「パッション」1982年 スイス・フランス


ジャンリュックゴダール監督 イサベラユペール イエジーラジヴィオビッチ

「僕はねぇ、冬になるとこれ見たくなるんだよね。で、冬の間中みてる(笑)春になると、やめる。封切りの時に見て以来、冬の過ごし方はずっとこれ」
「いわゆる復活後のゴダール作品としては最高傑作ね。復活して間もなく作ったから、あとに続くのは・・?」
「まあいいでしょう(笑)あまり見たいと思わないよね・・だからこそこれに戻ってしまう。全体に鮮やかな色彩や音のズレなんかは、またやってるなという感じ。往年の、映画で考えるスタイルの完全復活だった。しかもとにかく美しい映像設計。更に音楽!ああ・・でも、もう17年も前の作品か・・僕も年をとったものだなあ」
「感慨に耽ってないで、映画の話。ポーランドからスイスまで新作製作にやってきた映画監督が、光が見つからない、と行き詰まってしまってスタジオでNG出しながら、宿泊してるホテルの女主人や、その愛人が経営する工場の女工とかと三角関係的人間模様を繰り広げる・・という話で良いのかしら?結局撮影は中断、製作陣は解散、雪も積もってきたけれどそのうち春には溶けるでしょ・・って感じで終わる」
「全然違う!(笑)これは言葉というものが、僕らの情感のどこから発生してくるかというものに関する考察の映画でありまして、ここでいう言葉とは、愛の言葉と政治的イデオロギーの言葉、その両端のあいだにある言葉、すべてであり、ひいては物語すなわち歴史そのものの言葉であって、しかも物語=歴史=言葉は生きられなくては成立しない、というラジカルなマニフェストなんだ。もっともそのマニフェストだけは、あからさまに放言するんじゃなくて映画全体をその語られざるマニフェストに費やしているという感じなんだけれども」
「久々の狩刈節もいいけど、わけわからない(笑)」
「多分ね。この映画に限らずゴダール映画は問題意識を持たないと、まるで訳が分からないから。それにはこの映画が制作された当時の、例えばモスクワオリンピックを西側がボイコットしたとか、ポーランドでは戒厳令が敷かれていたとかいう時代背景に関する知識とかも必要だ」
「と、いうことはかなり同時代に従属してるってことかしら?だからついつい当時の感慨に耽りたくもなる、というわけね?」
「まあ、そうかもしれないな(笑)いや全然違う、知識は知識として必要だけど・・」
「でも、わたしはこの映画のすばらしさは、意味深長な数々のセリフ、名画を再現しようとして企てられた深淵かつ意表をついた天才的な造形美、何よりも自然の採光で撮られた映像美、屋内も戸外も!それに音響・・すべてが音楽のように作られている、美、というものを感じさせる、そういうすばらしさに感動したの。映画監督が映画に悩むとか、クビにされた吃音の女工が雇用主と闘うとか、そういうドラマの部分は、情緒的にはまるで不完全だったし添えモノみたい・・」
「情緒とかいう問題ではないと思うんだよね、飛行機雲とか初雪とかレンブラントとかの合間に、光が見つからないと悩む映画監督と、言葉が見つからないドモリの女工、この二人が行きずりに愛し合ってる、けれど別れる。だけどきっとまた必ず再会する・・それだけで鮮やかにロマンチックで、不思議と肯定的というのかな、希望があるんだね。ゴダールといえどもほんの僅かメロドラマの方に傾きながらも決してドラマじゃない、むしろメロだけ残ってるけれど、このメロも実はメロディのメロだ、みたいな感じでモーツァルトやドボルザークの名曲をバンバン入れてくる。そういう一種の映画アナーキズム自体が十分にロマンチックさ、ひいては物語を食い破ってる、例えば意図的に耳障りにも思える音楽のブチ切りとかね」
「ふうん。続けて」
「いや(笑)息が切れた(笑)でも言わんとするところは分かるだろ?」
「ま、この映画の見たことがある人なら、ね。でも例えばみんなでポーランド行こう、とかいうのは完全にメロドラマ。それから映画監督が悩む映画、というのはフェッリーニほかままあるけれど、それって独善になりがちよね、光が見つからないと悩むけど、あれだけ凄い光で撮ってる映画はほかにない、という意味で説得力のない贅沢な悩みに思えたの」
「僕らが言葉といってるものに対応する映画監督のソレが、光であることは当然で、それは説得力あると思ったけどなあ」(1998.12.4)

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