「パリ空港の人々」1993年フランス



フィリップ・リオレ監督 ジャン・ロシュフォール ティッキー・オルガド

「ポストモダン潮流の一時期、よく越境とかボーターレスとかいうキーワードがもてはやされたもので、これは訳知り顔で言えば、そういう類の映画と整理されやすいだろね」
「それは訳知り顔ね(笑)ヒョーロン家なら、それでいいの。でも、わたしはこの映画にはジイ〜ンと来ちゃって、でもその感動がうまく言い表せないんだけど」
「僕もね、この作品は素晴らしいと思う・・のに、うまく言えない。色々と事情があって無国籍になっちゃってる人々がドゴール空港だかに足止めされているうちにそこに住み着いちゃってるっていう発想は、これは素晴らしくファンタジックであるし同時にシリアスでもあるし」
「物語はというと、パスポートを盗まれたままカナダからパリにやって来たイタリア在住のフランス人ロシュフォールが、そういう国籍からパージされた人々と、空港で数日を共に過ごすのね」
「で、実に彼らは滑走路に出てウサギを捕まえたり(笑)それを空港の職員食堂の厨房に持ち込んで売りつけたり(笑)、とまあ、彼らの行状はほとんどコメディなんだよ。でも、彼らには彼らなりの事情があって、国というものを背負っていない・・そこがとてもシリアスでね、全体的にはかなり感傷的でもあるし」
「最初のうちは、ヘンテコで掴みどころのない映画だなあって思ったの。でも、なんていうかしら、隙間に生きる、って言うかしら、国籍とか言葉とかでは括れない、人間の生きざま・・ってヘンな言い方だけど、そういうものが伝わってくるのね」
「例えば以前とりあげた<パリ、18区、夜>みたいな不法滞在者たちのドラマなきドラマにも近いんだけど、この作品にあるのは、もっと痛切な遊離感や寂寥感。根無し草の悲哀も・・特にテーブルのうえで、空港のパリ土産とかマッチ箱とかで作るパリの街・・マドレーヌで作るマドレーヌ寺院(笑)」
「あの場面には、理由もなく涙が出た。はじかれた者の哀しさみたいなね。でも一方では諦念もあって、前向きなところ、ポジティヴなところがなかったのも事実なんだけど」
「そう。彼らには、事態の改善に向けた努力みたいな、平易でお手軽な前向き志向は見られなくて、なんかどっかで諦めてるんだよね。その一方では入管の官僚的な態度を揶揄したコミカルな感じとか、そんな役人が不法滞在者たちの住処に出入りしてる不可思議さとか、ロシュフォールの奥さんのバタバタして荒っぽい描き方とかもあって、僕としちゃ、なんとなく映画全体のトーンが掻き乱され過ぎって気もするんだ」
「ボーダーレスの人々が空港に住みついてるっていうこの映画の発想は、すごく新鮮だったんだけれど、国とは何か?とか、人間にとって国籍・言葉に代わるものとは何か?っていうことろまで、この映画は踏み込んでないのね」
「でも、そいつぁそう易々とは踏み込めない問題だよ(笑)」
「それは分かってる(笑)でも、なんていうかなあ、例えばタルコフスキー監督の<ノスタルジア>が亡命者の望郷の思いのなかで、何か生まれる前の記憶、ミクロコスモスみたいなものに繋がっていったように・・この映画でも・・」
「それを目指したとしたら、この映画は着想の時点で余計な部分を入れ込みすぎたんだろうけど・・僕は、女史の言いたいことは分かるし、確かにそういう部分に踏み込んでいく映画は見たい。冷戦以後の僕ら現代人にとって今やいよいよ、民族とか国家とかいった近代の問題をどう発展させていくのか、という課題が突きつけられてるし、これはこれでとてつもなく大きな、歴史の課題だから」
「と、まあ狩刈くんの大きな問題意識はそれとして、この映画だって、もっと言いたかったことが沢山あったと思うの。でも、それは言わなかった・・そこが感傷的と言えば感傷的になってる理由だし、特に夜のパリ見物あたりのシーンはぐっと情緒的に胸に迫って、まあ、ただそれだけでもいいって気にさせるよ」
「ラストでね、僕はちょっと予定調和的だな、ここはちょっと弱いなって思った。この映画自体が越境に展望を持っていないことが図らずも示されたって感じだ。要するにシャンソンなんだよ(笑)人生ってもんに収斂されそうになる。むしろあの言語不明の男ね。彼が、なにかしら、展望を拓きうる存在として暗示されていたと思うんだけれど、その象徴的な意味は、僕にはまだ掴めないな・・」
「ま、とにかく、いろんな人にお勧めして、いろんな感想を聞きたい映画ね」(2000.9.19)

シネマギロテスクに戻る