「欲望のあいまいな対象」1977年フランス・スペイン

ルイスブニュエル監督 フェルナンドレイ アンヘラモリーナ キャロルブーケ

「僕はスペイン旅行をした時にフラメンコを見たけれど、ハダカ踊りじゃなかった(笑)」
「ブニュエル最後の作品ね、これはまたこれでシュールな傑作」
「<ブルジョワジー>の時にも言ったけれど、どうしてこういう映画が撮れるのかが僕には不思議なんだ、<自由の幻想>で一種阿鼻叫喚的な高笑で終わって、続いてこの映画にとりかかる、そういうバイタリティには敬服せざるをえない」
「とある紳士が、ある若い女に夢中になる。で、自分のモノにしたいとあれこれ世話を焼いて焼き尽くすんだけど、彼女はなかなかモノにならない。ならないどころか最後の瞬間にはいつもシッペ返しを喰らって、そのたびにもう彼女のことは諦めると心に誓う紳士なのに、また出くわして最初からやり直し・・というだけの話」
「それだけの話なのに、いちいちのエピソードがシュールとしかいえない味わいを持ってるよね。これは単なるコメディか?ってところまでいきそうなのに、その遙か彼方を行ってるっていうかな・・うまく言えないのがもどかしい」
「わたしは同じ役に二人の女優を使ったという発想は、あまり理解出来ないのよ、確かにキャラクターとしては違うわよね、Aモリーナは奔放でCブーケは楚々というか素っ気ない感じ。でも、一人の女優でも演じ分けられたと思うの」
「うん、そこなんだ(笑)なぜ二人なのか? その方が面白いからさ。もともとマリアシュナイダー一人で撮影は始められたけれどうまくいかなかった。ブニュエルのことだから、もしかしたら同じ女を二人で・・というのじゃなく、Fレイは二人の女をごっちゃにして一人のつもりで愛している、そういう混乱をしているのかも知れないよ(笑)それじゃなぜFレイはズダ袋を担いで歩き回るのか? なぜ街なかじゃ爆弾テロが起きるのか? 面白いとしか言いようがない(笑)結局いつものように同じところをグルグル回っていながら、物語が語られて、それが途轍もなく面白い」
「もう(笑)手放しね・・わたしはスイスだったかしら、Cブーケがヒッピーの仲間で、お金を返しに来るシーンが何故か好きなのよ、あの時の優しいFレイには凄く心惹かれる、オジサマの魅力がたっぷり!」
「ああいうオジサマだったら、僕なんか身も心も預けちゃうけどなー(笑)中世風の貞操帯と格闘して涙するところ(爆)哀れすぎる! 僕が好きなのはCブーケがウエイトレスのエプロンを取り去っていきなりレストランの客になっちゃうところ、ああいう身の返しというか文脈転換のハヤワザにはブニュエル一流のゲシュタルト崩壊というか(笑)発想の鮮やかな転換があって、小気味よかった」
「そもそも電車のなかで乗り合わせた乗客にいきさつを話し始めるのね、まあ聞いて下さい・・って感じで。ああいう語り口でやられると思わず身が乗り出る」
「バケツで水掛けて鼻息も荒いFレイが乗り込んでくる・・みんなが事情を聞きたいんだけど切り出せない・・ああいうオープニングは巨匠ならではの導入だね、おまけに小人の心理学者とか耳ダンボの母親とか」
「最後にレース編みをしている女が出てくるじゃない。ほつれを縫い合わせてる。ものの本だとブニュエルは理由もなく、このイメージは美しかった!なぜだか分からないけれど感動した・・永遠に謎めいたままだ、と言ってるのね」
「血染めのレースだね。不意の静けさ。確かに、理由はないんだけれど感動する。なぜだろうっていつも僕は思う、ブニュエルの面白さ、美しさってなんだろう?」
「その本では、<アンダルシアの犬>のトップシーンで切り裂いた眼が、このレースで縫い合わされた・・というのだけれど、まあそんな忖度は別にして、とても印象に残るブニュエル生涯の幕切れだったと思うの」(1999.1.20)

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