「ノスタルジア」1983年イタリア

アンドレイタルコフスキー監督 オレグヤンコフスキー

「タルコフスキー作品のなかでは一番好きなのが、これだな」
「一番わかりやすいわね、初期の作品とかを除くと」
「破滅しつつある世界を救え!と頭のヘンになった老人が叫ぶ。けれど誰も耳を傾けない。そこで老人はソ連から来た詩人にローソクを託すわけだ、これに火をつけて温泉を渡れば世界は救われるって。詩人は一応受け取るけれど後になってその約束を思い出し、心臓の発作を抑えながら約束を果たそうとする」
「ローソクを持ってあの干上がった温泉を渡るシーンはすっごく緊張したわねぇ、心臓が飛び出しそうだったよー」
「ドメニコとゴルチャコフの魂の交感みたいなものが感じられたよね」
「そして見ている自分自身の祈りも・・」
「彼の映画はいつもビチャビチャしていて(笑)水のイメージを根底に、光とか炎とかが物質のゆらめきのように輝く」
気が遠くなるような風景って感じがするの。特にラストシーン。あれはどうやって撮ったのかしら?」
「大聖堂の伽藍の中にロシアの小屋をミニチュアで建てて、相当の望遠で距離を圧縮しながらズームを引いていった、と思うな」
「そっかあ、すごく興奮したよ何がどうなっているのか分からないままに小宇宙って言葉が浮かんだの」
「そうだよね。<惑星ソラリス>で宇宙においてさえ人間は心、記憶というものから逃れられないことを描いた彼は、今回は追憶・郷愁、つまり心の中のノスタルジーが宇宙的な僕らの存在そのものと結びついていることを見事に描ききったと思う。ところでタルコフスキーの作品ていうのは、実はあまりその物語、テーマを云々する機会がないっていうかな、ストーリー映画とかテーマ映画じゃないってところが一種の彼の命脈のような気がする。その意味では映像詩的な<鏡>文芸的な<ストーカー>と比較してこの作品には明確な、世界を救え!という監督本人のメッセージが発せられていて、一見するとそれが彼が訴えたいことのようにも伝わる」
「確かにそういうメッセージは感じたけれど、それがこの映画のテーマかというと、そうじゃないわよね?」
「と、僕も思うんだな。テーマになる寸前で、なんかそうした切迫感すらも宇宙は包み込んでいる、みたいな神的な視線がある。ところが次の遺作<サクリファイス>となると、そのメッセージが直接的なテーマになってしまって、やや思想的に饒舌となってしまう。だから僕はこの<ノスタルジア>がタルコフスキーの最高傑作なんじゃないかと、まあ思うわけ」
「映像の質感、音響の臨場感にはふるえが来るくらい圧倒的な確信があるし」
「遠い追憶とともに遠い未来の自分を予見するっていうかな・・自分自身じゃなくて数世代後の自分の子孫の姿というのかな・・うまく言えないんだけれど単純に言ってしまえば原風景なるものを感じたんだな」
「原風景ね。だから俳優たちも個性ある個体の存在のようでいて実に普遍的というのかしら、個人的属人的なアレコレを前面には出さない形で一種の典型を演じていたと思うの、難しい役所でしょうけど」
「僕は最後のローソクのシーンでチラリと登場する掃除婦、あれはミレナブコティッチという女優なんだけど彼女のゴルチャコフを見守る表情がね、この映画を見守る僕たちの表情そのものだと思う」
「そうあってほしいと、わたしも思う」(1998.8.22)

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