「交渉人」1998年 アメリカ


F・ゲイリー・グレイ監督 サミュエル・L・ジャクソン ケヴィン・スペイシー

警察内部の不正映画って、もう飽きたの(笑)。なんていうか、ほんと魅力的な『悪』がいなくなった昨今の映画界を嘆いちゃうわ。悪者と言えば警官かサイコ野郎しかいないみたいじゃないの」
「あああ、いきなり嘆きモードだねぇ。ま、確かに某県警本部みたいな不祥事もあるわけで、警察内部の犯罪だって決して非現実的な設定というわけじゃないだろうけど・・ま、女史のそのお気持ちは<ナイトウォッチ>みたいな映画のために取っておくとして」
「<ナイトウォッチ>、ありゃヒドかったよねぇ、ユアン君目当てで見たから許すけど・・でももっとイタめつけても良かったよね、彼」
「(爆)なんか<交渉人>の話題に入っていけないんだけど・・ユアン君のハダカは実は僕も好きだ。なめらかそう(笑)さて、<交渉人>だけど、僕はこれ、もっと期待していたからアテが外れたって感じもあってね」
「なにを期待してたかにもよると思うよ・・Kスペイシーは、憎らしいくらい凄い芝居をしてたと思う。でも設定がねぇ」
「ま、横領と殺人という無実の罪を着せられ仲間から裏切られた警官が、警官を人質にして連邦政府ビルに立て籠もる、というのはヤリスギか(笑)」
「そういう無理を前提にしてるから、俳優たちがどんなに素晴らしい芝居をしていても全ては絵空事なのね。エモーションの面でシラけちゃう」
「一番の見応えは映画冒頭の猟銃男との交渉でね・・僕ががっかりしたのはKスペイシーとSLジャクソンとの『交渉』そのものに見応えがなかったこと。広告にあったような知恵比べの息詰まる死闘を期待しちゃってたんでね」
「そういう期待をするとアテは外れるよね。わたしは、この映画、<ブルースブラザース>みたいに機動隊をずらりと並べるんじゃなくて、もっとダウンサイジングして、そうね・・やっぱりオープニングの籠城事件くらいのスケールにした方が良かったと思う」
「籠城事件というのは、もの凄い心理的な葛藤の凝縮があるはずで、犯人の思惑や人質の焦燥、警察の交渉、どれをとってもドラマにはなる」
「その点、この映画に深い葛藤は感じられなかったの。むしろ直線的で平板。だって観客にとってSLジャクソンの無実は明白。だから彼が不正を暴いて真実を探ろうとすればするほど、『正義は勝つ』みたいな予定調和が予想されるし、それなら彼が人質を殺すわけはないし、それならKスペイシーがどんなに智恵を巡らしたって結論は見えてるし・・と、どんどんと平板になって緊迫感がなくなるの。興味の焦点は、誰が不正事件の首謀者か?ということに絞られてしまって、それも登場人物を見ていれば最初から察しはつく」
「どうしてこの作品は交渉人と交渉人との対決、という図式をとったのかなあ? この映画は別に『交渉』のテクニックに観客を引きずり込もうとしてるわけじゃないよね。それが目的だったら、むしろ、全くキテレツで常識が何一つ通じないようなサイコ野郎を相手に交渉人が手練手管を発揮して事件解決を図ろうとする・・といった映画にした方がグッと来るはずだし」
「観客にとって、SLジャクソンは正義の人すぎたのよ。もしかしたら彼は悪人かも・・というヒッカケがあればねぇ」
「配役の問題かな?SLジャクソンは、実は芝居が平板。これがゲイリー・シニーズだったら・・(笑)」
「というより、映画の焦点は『交渉』の息詰まる死闘でなく単なる謎解きに当たっていて、しかもそれがコンピューターのファイルで明らかになるというのがお粗末で、じゃあこの大騒ぎの末にネズミ一匹の後始末はどうしてくれんの?っていう不満が、すっきりしないわけ」
細部は丁寧に作られてたと思うから、そういうところ、つまりKスペイシーが奥さんと娘相手に『交渉』するところとか、新妻との会話で明らかになるSLジャクソンの意外なウブさ加減とか、そういうアットホームな?ところを楽しむのもいいね」
「これほど緊迫しない籠城事件はないもんね」(2000.1.13)
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