「無理心中日本の夏」1967年松竹


大島渚監督 佐藤慶 桜井啓子 戸浦六宏 小松方正 殿山泰司

「まあなんていうか、40年前の日本映画って面白いねー
「これは大島作品のなかでもかなりアバンギャルドな寓話路線にシフトしていた頃の作品で、今見ても斬新だし、さっぱりワケが分からないし、そして同時になんだかくすぐったい(笑)」
「一応ストーリーはというと・・なんだったっけ?(笑)当時としちゃ時代の最先端をいくフーテン娘が『殺されたい願望』の男佐藤慶と出会って、なにがなんだかヤクザの抗争のために集められた殺し屋?みたいな人たちと一緒にコンクリートの部屋に閉じ込められてる。そこで一晩明かすとヤクザの抗争は終わっていて、そのかわり東京では白人のライフル魔が連続殺人を起こしていてテレビで実況中、それで殺し屋たちもフーテン娘も佐藤慶もこの白人青年に加勢しに出かけて行って最後は仲間割れで死にました、フーテン娘と佐藤慶は銃弾雨あられのなか貪るようにセックスに励む」
「まあ(笑)ストーリーなんてまるで意味がなくて、セリフのいちいちもあんまり意味がなくて、映像にもさしてグッと来ない、意味があるらしいのは大島監督の一種の小児病的な暴力へのこだわり、それだけが突出しているから政治的な背景とか時代状況的な文脈とかもあまり伝わってこない。根っこを切り離された生け花感覚、それこそがこの寓話映画の命脈っていう気もするし、だから40年もたった今でも少しは新鮮な感じがするんだね」
「当時の日本映画っていうのはまあ多かれ少なかれ期待過剰なほど政治的な文脈で語られたし、当然にそれを意識して製作もされていたけど、今となってはもう左翼映画とか革命映画とか(笑)言われてもワケわかんないし」
「松田政男とか小川徹とか言われてもね(爆)ま、僕がさっきくすぐったいって言ったのはそういうこともある。当時、キネ旬だの映芸だのでは、映画なるものと政治なるものは同じ地平で語られていたわけで、はぁそういう時代があったんですなーと懐かしんだり呆れたりしてその後の蓮実評論を耽溺するのはいいけれど(笑)、それならあの頃あんなに費やされた論評だの、音調高い進軍ラッパだの、まあ映画人たちの熱意だの論戦だの内ゲバだの馴れ合いだのといったものはどこに行きましたか?というあたりにボクのくすぐったさがあるなー」
「それは団塊世代に対する、わたしたち後発世代のシニカルなくすぐったさでもあるよね〜でも今どきの学生はしないかもしれないけど、狩刈くんが大学生の頃なら、ついつい天下国家について飲み屋で論じたり革命がぁーとかニッポンはぁーとか口角泡飛ばしたもんでしょ?もちろん今は口幅ったい(笑)だから日本映画にもそういう時期があった、というだけなんじゃないかしら?」
「あらら〜ま、僕も確かに天下国家を論じたことはありますが同時にエログロ映画も論じてましたよーだ!(笑)それはともかくこの映画に即してちょっと考えたいのは、いったいどうして白人ライフル魔が出てきて、そこへキテレツな日本人のオッサンたちが加担・協調・同盟しようとするのかってこと。ああいうスジ運びをなんかの象徴と考えちゃう僕って、やっぱり政治と映画を切り離せない人なんでしょーか(爆)」
「映画のなかでテレビのナレーターが『まるでダラスの夏であります!』とか実況するのね。そういうセンスも面白い、こりゃもう博物館に入ってミイラでも見てるような気分だわーなんて思ったけど、とにかく当時の世相?みたいなことを考えれば、アメリカじゃケネディ暗殺があり公民権運動のデモもありベトナムもあり、といったなかで日本じゃ60年安保はあったけれど70年まであと少し、つまりそこそこ平穏無事、そこに大島監督がいらいらしてた、っていうような気持ちなのかしらねぇ」
「ははあ、そう言われればあのライフル魔の白人青年はケネディ暗殺犯オズワルドに似てなくもなかったな(笑)。ライフル魔に日本人を据えなかったのはこの映画の弱点だと思うんだけどもね。とにかく作品としては暴力、それも肉弾戦みたいに生身が激突し合う暴力ではなく、銃の撃ち合いといった擬似戦争的な暴力に対して徹底的にシンパシーを寄せている。それは田村正和扮する少年が劇中で一番の愛着をこめて描かれていたことで分かる」
「田村正和は可愛かったよねぇ。確かに彼と、あとは戸浦六宏からはなんとなくエモーションっぽいものが伝わってきた。佐藤慶の悩みはなんだか分からない」
「ま、予感の映画、なーんていうキャッチフレーズもあって、当時の大島監督ならいつも通り日本の閉塞的な状況に風穴あけるくらいのつもりで作った映画には違いなくって、その風穴は弾痕と言い換えてもいいはずだった・・けれどなんとなく不発感もあって所詮はまだ閉塞に取り巻かれてるなぁっていう感想もある。ないものねだりとはいえ、例えば金嬉老とかシージャック事件、連合赤軍事件は予感しなかったらしい(笑)」
「それは辛くあたりすぎ。こういう念入りに練り上げたみたいに作られた寓話映画っていうのは、まあそこそこに世情に食いとどまって終わり、所詮ツクリもん、っていうのが仕方ないのかも。たとえばあのセットとかを見ると、これ、しょうがないくらい映画だもん(笑)寓意とか前衛とかに振れれば振れるほど、ワザとらしさもつきまとうし、なんだかわたしとしては『ああ、これって美術さんの腕の見せどころよねぇ』っていうふうに見ちゃうし(笑)」
「それはそうなんだ、大島監督が京都太秦で松竹資本で撮りましたっていうこと自体、この作品は所詮は映画であることから逃れられない・・となると、それなのに、あるいはそれだからこそ日本の映画ジャーナリズムはあんなに嬉々として楽しげに映画政治を語ろうとしていたのかな、っていう気もするね」
「例えば映画に銃が出てくるじゃない?そうすると、戦争放棄、軍隊ナシの憲法窮状国家としては、大量の銃が画面に出てくる合理性を担保しようとしたらヤクザの抗争くらいしかないの。<気狂いピエロ>で無造作に箱詰めされていた銃がアルジェリア戦争向けの密輸品として世間と地続きになっていたのに対して、日本の機関銃はヤクザと地続き。そういった映画環境のなかで革命だのナンだのと議論していたのは、まあ飲み屋の天下国家話に似てるなっていうのがわたしの整理ね」
「ま、そういうことなのかねぇ? 40年経って今のこの日本を見ると政治談議よりエログロ談義のほうがまだ多少は元気だし(笑)というわけでお次は僕らにとっては個人的に懐かしい日活ロマンポルノの名作をお届けしまーす」



(2008.04.26)


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