「ミュリエル」1963年フランス  


アラン・レネ監督 デルフィーヌ・セイリグ

「この前、<ニュー・シネマ・パラダイス>で、解消できない過去の恋愛って話になって、それをモチーフにしたのがこの<ミュリエル>ね。グッドタイミングといえばグッドタイミングなんだけど、もともとレネ監督は、過去の現在的解消についてよく映画にしてた・・<二十四時間の情事>から<マリエンバート>。そしてこれはその次に撮った作品ね」
「過去の現在的解消、とは言い得てるな。昔の恋の痛手が今になってもまだ疼く、でもそうは言っても、それに囚われて感傷に耽ってばかりはいられない現在の自分・・っていう感じかな」
「そうねぇ・・つらい恋は肥やしにはならないよ、絶対に。それはやっぱり、傷だよ」
「はあはあ。分かるな。でもそこんとこを個人的にいろいろ知ってる僕としちゃ、なおさら生半可なことは女史には言えない」
「・・まあ・・いいんだけどね・・・・っていう意味でも『解消』って言い方は正確じゃないんだけど」
「人生ってさあ、なんか、それまでの過去の一切合切がすべて表面張力的に支えている平板な現在、って感じに思えることがある。過去のすべてが今の自分を支えていて、なかには底の方に沈んで淀んでるものもあるし、表面近くでピンと張ってるものもあるし・・」
「でも思わぬ時に、底の方にあったものが浮かび上がってきて、それで表面に胸騒ぎの波が立つって感じ・・この映画は、定かには語られないけれど、昔、大恋愛をした男女が、なぜか別れてしまって、そしてまた、どういう理由か分からないんだけれど再会して同居して、でもうまくいくはずがなくて・・と、なにひとつハッキリとは語らないのね」
「不思議な映画だ・・ってレネだからまあそうかなって思うけど。フランス映画特有の、シャンソン的な人生の諦観みたいなものとも少し違う。語り口はまるでモダンジャズなんだ、ゴダールを意識したようなツナギや幾何学的な構図が、画面を奇妙にナマナマしくしてる」
「そんな過去を持つ母親に対して今度は、その息子が、昔アルジェリア戦争で仲間と一緒に現地の女の子をリンチして殺しちゃったって暗い過去を持ってる。その、殺された女の子の名前がミュリエル」
「そうなんだね。そこは僕、いろんな解釈はあるだろうけど、こう思うな、概してそういう残酷で凶暴なヤリクチで抹殺されたものが僕らの過去にはあるものなんだ・・っていう監督の示唆なんじゃないかって受け止めてる」
「例えば<二十四時間の情事>で、恋人のドイツ兵が殺されて、地下室に閉じ込められて青春を喪失してしまった女優のように?」
「モチーフはそこに繋がるよね。でも今回は、そのモチーフを脇役の息子のエピソードにして、しかも彼は最後にリンチ仲間を殺すというような展開になっていっちゃって、どうにもアヤフヤなんだけど・・息子に関して言えば、これまたミリュエルという名前のガールフレンドがいて、どうやら二人は波長が合ってるイイ仲みたいなんだけど、別に発展してくわけじゃないしね」
「とにかくとりとめのない映画、って感じで、よく分からない部分が多すぎるのね、でも、それが<ニュー・シネマ・パラダイス>で話した人生の曖昧さ、みたいな感じなのかも」
「それをことさら印象派風に描いたというかな・・もっとモダンなキュビズムかな。例えばDセイリグが時として元恋人をなじると、パッパッパッって極端に短いショットが積み重なって、なんか現代音楽風の、居心地の悪い緊迫感が漲ったり」
「途中、端々に挟み込まれる、それこそ現代オペラ風のヒステリックなソプラノがね、歌詞の意味とか良く掴めないんだけど、過ぎ去った時間はもう戻らない〜みたいな感じ?ほとんど恐怖映画に近い音楽ね(笑)」
「この映画の副題はle temps d'un retour。女史が最初に言った、過去の現在的解消にあって、解消しきれずに過去が甦ってくる・・それが平穏をかき乱す不安として暗示されてるんだね」
「この映画で唯一マトモに思われる若い女優、彼女がもうすこし観客の視線に立ってくれて、その他の登場人物を見据えてくれたら・・とも思ったなあ」
「そうだね。作りがモダンで恣意的で、だからこの映画は人生の深淵をかいま見せてくれてる割に、情緒的に共感することが出来ないんだね」(2001.1.30)


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