「マルホランド・ドライブ」2001年アメリカ・フランス

デビッド・リンチ監督 ナオミ・ワッツ ローラ・ハリング

レズの相手をしてきたスター女優が結婚しちゃったんで、その腹いせに端役女優が耽ってみたヤツアタリ妄想の映画ね
「(笑)ははあ・・女史としちゃ、始まって二時間はずっとベティっていうかダイアンの妄想でした、と見たわけだね。つまりこれは夢オチ映画ということかな」
「ちがう? でも、そうやって見るとなんとなくそーか、って思えるんじゃない?」
「なんとなくそーか、だねぇ。ま、僕はタイプの違う美人女優レズシーンが見られて良かったな〜くらいの(笑)ショボい演出だったけど」
「とかいって結構真剣に見てたくせに。ま、出足は良かったけれど途中からいかにもリンチっぽい道具立てが始まって、なんか、またか〜みたいにも思ったけれど」
「そうだねぇ。まず出足は快調だった。犯罪を匂わせたまま記憶喪失になっちゃった謎のオンナが『自分とはナニか?』を探っていく筋立てが面白くないはずがない。そこに新進女優のベティが無意識にアクセル踏んでどんどん謎の展開に巻き込まれていくのかと思わせるあたりまでは実に良かった・・」
「途中の主演女優のキャスティングを巡る映画監督のエピソードとか、たちまち三人も殺しちゃうハメになるトンマな殺し屋のエピソードとか、あのへんもいつか本筋に流れ込んでくるんだろうな〜っていう思わせぶりでうまく出来てたしね」
「そうなんだね。ところが女史がいうリンチのいつもの道具立て、つまり例のドレープのかかった赤いカーテンだね。お馴染みキラーボブのお部屋(笑)がまたしても出てきて、今回はなんかヘンテコな劇場だったけれど、そこから急展開でアレヨアレヨという間にワケが分からなくなってくる・・」
「で、無理やりコジつけた締め括りが端役女優の妄想映画・・つまりそれまでの展開は全部ユメでした〜ってこと」
「案外そうなのかもしれないよね。ま、もうちょっとリンチワールドを楽しんでみたい向きには、例えば、夢というものは他人と共有できるか?なんてことも僕は考えた
「はあはあ。夢の共有ねぇ・・もうちょっと続けてみて・・」
「最初の方に、ハンバーガーショップみたいなところで男二人が『こんなユメを見た』なんて話をするでしょ。あのあたりの異様さが僕はとても面白かったんで、だからユメの共有、なんてことを考えたんだよ。それから、ダイアンと部屋を交換したという女がダイアンに向かって『刑事が二人来たわよ』とか言うけれど、あの刑事二人っていうのは実は実際にダイアンを訪ねてきたベティとカミーユのことなんじゃないか、とかね・・。自分の見てる夢が他人の現実だったりすると面白いし、それっていかにもリンチっぽくない? もともと映画ってものは夢の共有に近いものがあるし」
「でもまあ、Dリンチ監督とユメを共有したいとは、わたしは思わないけれど・・」
「(爆)誰も思いたくないよ、そんなこと!迷惑だよ!(笑)」
「(笑)けれど、まあ、そういう見方は、つまるところ結局ほぼ全編ダイアンの妄想でした、ってことと同じでしょ?」
リンチ作品の場合、妄想と現実に本質的な違いはないから、あんまり妄想妄想というのはどうかな〜っていう気はするよ。ただ今回の作品は、彼の不可知論、これについては<ロスト・ハイウェイ>の時にも言ったけれど、現実的には計り知れない異界みたいなものの存在、そういったものは今回あんまり感じなかった」
「キャスティングのシーンとかで椅子に座ったままの、例によってヘンテコな謎のオジさんがまた登場してたけど?」
「ああ。でも、あのくらいなら異界っていうより、ハリウッドの黒幕って感じでしょ? 映画産業にあってはかなり現実的だったよ」
「まあそうね。それで更に現実路線で見ていくと、ダイアンは映画監督にも惚れてたしカミーユとはレズだったし、でもその二人が結婚しちゃったんで気持ちがバラバラになっちゃって、二人に対して心のなかで復讐する空想に耽ってみた・・そして映画はそれをずっと追いかけていた・・というわけ」
「ずいぶんと女史はその見解に固執してるね(笑)そうでもしないと落ち着かない?」
「ていうか、そうとしか思えなかったし・・というのは映画作りとして見ても、ダイアンだけはすごく行動的な人物として描かれてたでしょ。カミーユも映画監督も、それぞれ事情を抱えていてフリーに動けないでいたのに、ダイアンだけは能動的だった。ということは逆に、ダイアンが空想のなかで勝手にカミーユを記憶喪失にしてあらためて自分と知り合いになる場面を思い描いてみた、とかさ・・自分から離れていっちゃったカミーユを取り戻すための妄想よね。あるいは自分からカミーユを奪った映画監督に復讐するため、彼が破産するよな空想を思い描いてみた、とかさ」
「ずいぶんと良く見てたんだねぇ、うーむ、なるほど〜〜。ま、この作品はもともとテレビシリーズとして着想されて、記憶喪失オンナの自分探しとして始まったことは確かだろうね。けれどそれを混ぜっ返してすべては別のオンナのはかない妄想でした、と語り終えたとしたらまあそれはリンチ作品らしい。なんとなく僕もその説になってきたなあ(笑)」
心のなかでは復讐してるダイアンなのに、カミーユや映画監督に対する感情はまだ愛憎入り交じっているのね。だから一時はカミーユを死体にまでしちゃったのに、たちまち一緒に劇場に駆けつけて別れの歌を聴いてる別の妄想に耽って、彼女への愛が高まってきちゃったりもする・・」
「だから一時は完全に破滅かと思われた映画監督だったのに、突然テンガロンハット男が救いの手をさしのべたりする・・というわけか。たしかに全編がダイアンの妄想だったとすると、カミーユも映画監督も、その妄想のなかで勝手にイジメられたり救われたりを繰り返してる。それにダイアンがカミーユ殺しを頼む殺し屋にしても、実はトンマなヤツだし・・ってことがあらかじめ珍妙に描かれていたしね。過激な復讐妄想に対する心の安全弁が無意識に機能してるわけだな
「最後に昆虫みたいに小さかった老夫婦がダイアンを追い回すのは、ダイアン自身の不安の爆発、行き場のなさ、空しさのあらわれね」
「なるほど。そこまで完璧なら、僕、女史の読みに一票を投じます(笑)」
「(笑)ま、それでもつじつまが合わない部分は確実にあって、それは例の夢の話しをしてる男たちのエピソードだったりするけどね」
「僕としては、あのダイアンて女の素顔は、意外に引っ込み思案なタイプなんだろな、っていう気がする。つまり掃いて捨てるほどいる芽の出ないハリウッド女優の端くれ。なんかいつもオドオドしていて、スター女優のレズ相手しながら端役をもらってるような女の子だね。だから映画監督のパーティに招かれても浮き足立って落ち着きがない・・。そんな人間であればこそ、ついつい愛憎入り交じった妄想に耽って実際には解決できない心のなかのわだかまりをなんとか解消しようとしてる。女史の言うとおり、最後の二十分のダイアンが彼女のホントの姿なんだろな、っていう気もするねぇ」
「だからこそ映画のタイトルはマルホランド・ドライヴ。普段は古ぼけた汚いフラット暮らしなのに、叔母さんの豪勢なレジデンスで暮らすような夢を見てたりするのね・・」
「彼女が自分の妄想のなかでベティという爽やかな別人になりすましてオーディションに出る空想に耽ったり、ライトグレーでパリッとキメて元気いっぱい振る舞って記憶喪失のカミーユを快活に励ましてやる空想に耽ったりするのは、実はダイアン自身がホントはこういう自分でありたいなって願ってる気持ちもあるんだろうね。ていうか、そうやって見てやんないとダイアンて女は、なんか可哀想だな。だって現実には薄暗い部屋んなかでナキベソかきながらオナニーしてるんだもん。ゼッタイ僕は彼女の味方になってやりたいよ(笑)。彼女のオナニー妄想に二時間も付き合ってやったんだし!
「(笑)はいはい。ところで夢の共有の方は? 話し、続けないの?」
「うーん。今回は女史にやられちゃったからなあ(笑)歯がみ歯がみ!」
「なんでしょ(笑)ま、いいよ、これ以上は聞かないことにしとく。それにわたし、ホント言うと狩刈くんの夢も、あんまり共有したくないしなあ」
「あ〜言われちゃった!」
(2003.2.14)

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