「リキッド・スカイ」1982年アメリカ


スラヴァ・ツーカーマン監督 アン・カーライル ポーラ・E・シェパード

「これは封切りの時に見て、なんとも目がチカチカする陰惨な映画だったんだけど、今ビデオでちんまり見ると、そんな衝撃もなくなって結構笑える」
「なんとなく古ぼけちゃったのかな・・って感じもするけれど、でも、最初に見た時はね、これは近未来SF映画だと言われてもなんか納得しちゃうような非現実感が楽しかったんだ。でも、ヤク映画と無軌道な若者映画がキライな女史が笑える、っていうのも、面白いね」
「なんていうか、80年代のニューヨーク・アングラシーンっていうのが、ケバケバしく暗く描かれていて、まあ、題材はヘロインとセックスと空飛ぶ円盤なんだけど、ヒロインの描き方がクールでアンニュイで、でも退廃的ななかにどこか批判精神がある映画・・そこいらかな、楽しめたところは。もちろん<チャオ!マンハッタン>つながりの見方も出来るし」
「確かに・・この映画はいろんな要素で出来てるから、いろんな楽しみ方はあるんだよ。この映画のヒロインと、同棲相手の歌手エイドリアンの、まあ女同士のイヤらしい関係なんかでさえ、僕としちゃ見応えがあった。ある意味ドキュメンタリータッチなところもあって、わざわざ空飛ぶ円盤なんか出してドラマ仕立て?に飛躍しなくたって良かったんじゃないかな、とも思う」
「あの円盤は、なんとなくただの方便、て感じね。もしかしたら映画の資金集めのために、プロデューサーがヒネり出した苦肉の策(笑)だったのかも」
「SF映画の流行に便乗しようとしたとか?(笑)それもまたありうる話しだなあ・・要するに円盤みたいなものを出さなきゃ救いようがない連中だけどさ、そこは最後までクールに、というか冷徹に突き放してもいいよね。それでも余韻だけは残る世界を描いていたと思うし」
「・・とにかく物語はというと、円盤に乗ったエイリアンがヘロインを求めてマンハッタンに着陸するのね。だけどセックスの最中に、人間の脳のなかにもヘロインと似たような物質が出来ることをエイリアンは知っていて、それでドラッグとセックスと円盤のせめぎ合いが映画を彩るようになる・・あとは、とにかくパンクパンクパンクで、すごいデコレーションで着飾ったエッジな若い男の子女の子が大行進
「単純にいえば、これは腹上死をエイリアンのせいにした映画だとも言える(笑)。途中、エイリアンの視点に映画が切り替わると、もうそこは蛍光色がピカピカ発光する目潰し効果満天でね・・あとピーピーいう効果音的シンセ音楽がね、なんとも当時としてはパンキッシュなネオ・サイケ・ニュー・ウェイヴで、そこが逆に今となってはレトロなわけなんだね。デビット・シルヴィアンとかさ、デュラン・デュランとかいった当時のヴィジュアル系をさらにトンガらせたみたいで・・
「そのヘンは、ほら、ちょっと前に出入りしてたデパートメント・Hみたいな、グログロゲテモノアングラ的なクラブシーンと大して違わない・・という意味では、これ、結構時代を先取りしていた映画だなってあらためて思うよ」
「先取りねぇ・・デパHが二番煎じなんだよ、きっと。映画全体は、まあ極端に感覚的なんだね。モデルやってるヒロインのアンニュイで没目的的で荒んだ生活は、単にドラッグとセックスだけで出来ていて、それを取り去ったらナニも残らない。彼女が死なないのは彼女が不感症だから、というだけでしょ・・行き着いた彼岸、という感じもする。むしろ歌手エイドリアンの存在感が僕にはクールに思えた。彼女には少なくとも、リズムボックス♪というメタフィジカルな命脈があったし、叫んで死んだ、って感じがしたな
「円盤を追ってる科学者とか、彼が部屋を貸して貰う一人住まいの女とのやりとりとかがあまりに実際的に描かれているんで、どうにも居心地悪かったっていうか・・なんかこれは座りの悪い映画なの」
「でも僕はこの映画は、なんか好きだ。ヘンなんだよね、全体に・・タイクツではあるしラストも、え?そうなの? てな感じなんだけど、ヴィジュアルに面白いし、決して見世物になっていないアングラパワーが感じられるしね、そこいらをセンスで見る・感じることが出来れば、この映画はまあ一種の環境ビデオみたいなカッコ良さもある」
なんとなく後半、畳みかけるように円盤がマーガレットの肩を持つみたいなところ、次々と相手を殺して消していくところが、どことなく女の子の気持ちの奥底を突いてる感じもした
「えっえっ!さささ殺人願望ですか?」
「そうじゃなくて、まあ、なんていうか、脱出願望・・脱出というより、まわりを消したいってことね」
「それはきっと監督が外国人で、やっぱりN.Y.のニューウェイヴ・シーンを自分とは異質なモノとして捉えていたからだね。このテの世界に深く共感してない。そうしたそういう見方では、僕は大好きなんだけれども。でもついにはマーガレットも姿を消す」
「二役こなして脚本まで参加したアン・カーライルの存在感にはとても厚みがあって彼女の絶望的な状況には説得力があったの。それになんか印象的で感傷的で・・でもまあ、これは作為的で人工的な魔法ね。世界のマシック・ショー!みたいなベガス的にケバケバしいショウアップ。それをN.Y.のアングラシーンでやってみた。だからもしかしたらうまく酔えるかも」
「そのテの世界に憧れる人は、作品の結末は曖昧にすぎるかもね。僕はマーガレットがついには究極のエクスタシーに上り詰めて円盤に殺されるシーン、というのが見たかったんだけれどもね」(2000.4.10)

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