「メル・ブルックスの逆転人生」1991年アメリカ


メル・ブルックス監督 Mブルックス レスリー・アン・ウォーレン

「僕、コーエン兄弟の作品<ビッグ・リボウスキ>の楽しみ方が、最初のうちはよく分からなかったんだよね。ジョン・グッドマンのシニカルな声色で始まったせいもあって、なんかどことなく人をバカにしてるんじゃないかって思っちゃってね」
「Jブリッジスほかのみんなが、見た感じは貧乏人らしいんだけどその実ボーリングに命を賭けてるみたいな、ああいう落差が可笑しかったけど?」
「それはそう。ただ最初のうちは、僕はそこをファンタジーという風には取れなかっただけなんだ、大富豪と貧乏人が、結構生身同士で対峙していたじゃない?だからクールな映画にも思えた」
「考えすぎだよ、それは(笑)。富める者にも貧しい者にも、両方に向かって皮肉っぽいけれどイージーゴーイングを感じさせてくれたと思うし、それが楽しかったからこそ逆にあのラストのセリフがちょっとお説教くさく思えちゃった」
「で僕は、あのボーリング仲間の遺灰を海に捲こうとする(笑)、あのシーンで、ああ、これはブルックスの<逆転人生>へのささやかなオマージュなんだ、って分かった。それで<リボウスキ>も、まあ傑作だ、と納得したね」
「持って回った納得の仕方ね(笑)。それで今回とりあげたのが<逆転人生>というわけね。この作品では、ある大富豪がスラムを潰して都市開発しようとして、ライバルの大富豪と賭けをするのね。一ヶ月間、無一文でスラム生活を生き延びることが出来たら、自分が持っている土地を売ってやろうって」
「それで大富豪ブルックスがスラムのペプトおじさんになっちゃう。そこで僕、思うんだけれど、この映画は別に浮浪者への共感というか、貧しい者の味方というような世界観を持っているかというと、実は全然違う。もちろんこれは金をかけて作った映画で、浮浪者全員は役者で、スラムもオープンセットで、悪意を持って見れば、これは貧困を茶化しているヒドイ映画だ(笑)となりかねない。ところがブルックス監督にそんな意図はさらさらなくて、つまりは全てはファンタジーさ、というところに素敵に持って行ってる
「つまり<リボウスキ>にもそういう風合いがあったってことね」
「そう。なんかどっちの映画の話をしてるのか分からなくなっちゃったけど(笑)、<逆転人生>では、所詮これは娯楽映画、っていうトーンがまずあって、だからこの話は一種の『王子と乞食』なんだよ、って結末がすぐに分かる。ブルックス監督の、例によっての一人二役みたいなフレームを崩さないし。スラムで暮らしているのに大富豪たらんとして形を崩さないところにユーモアがあって、結局これは、富裕を茶化しているスバラシイ映画(笑)ということになる」
「しかも、やっぱり人間に対する愛情みたいなものを感じさせてくれるよね、ヒューマンな眼差し。そこは今回は特に大事だと思うのね。もしも文字通りに貧困を絶望視して、救わなきゃ、だなんて思ってしまったら、こういう映画は作れない」
「寛容なんだよね。ブルックスの持ち味はいつもお手柔らかなんだね。エレガントなんだよ。そこはコメディが成立する大切な要素の一つかも知れないな。トコトンやらずに、ユーモアでスっとかわす。だから余韻が残る」
「結末はどうなるかすぐに分かるの。でもライバルが賭けしたことをトボケてブルックスが本当に無一文になると、本当に富める者への皮肉を効かせて、それで最後はブルックスの仕返しの話に映画は集中していくのね。そういうふうに観客の意識を巧みにさばくところが一級の娯楽映画ね。しかもライバルとの対決は馬鹿げたパワーショベルの一騎打ちで・・」
「そのうえ恐竜の叫び声が被さったりしてね(笑)子供っぽいんだよね。だから罪がない」
「けど毒はある(笑)」
「それもエレガントな毒だ(笑)」(2000.2.20)

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