「黒い神と白い悪魔」1964年ブラジル


グラウベル・ローシャ監督 ジェラルド・デルレイ オソン・バストス

「・・例えばガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』なんかを読むと、わたし、ああ、まだ世界って広いなあっていうような、気の遠くなるような気持ちになるの」
「魔術的で土俗的で祝祭的で・・と、よく言われる陳腐な表現になっちゃうけれど、非常に多義的で複雑な世界観が、実は一人の狂信者の妄想によって造られていたにすぎない、みたいな・・まったくもって驚異の世界だよね」
「で、この映画はまあ、アンチ・コロニアリズムみたいなところから論じられることも多いけれど、わたしは狩刈くんの影響もあって(笑)ホドロフスキーとかいった路線ていうか、なんか普遍的な、哲学的なものを感じる。よく分からないんだけど」
「いや実にまったく。どうしてこういう映画が作れるんだろね〜この映画に描かれているのは、西洋合理主義の極北にあるようなもので、まあ<エル・トポ>なんかとも非常に近しいよね」
「物語は単純なのね。牛飼いの男が、飼ってる牛のことで地主を殺しちゃって、それで妻と二人で荒野の聖人のところに逃げ込むんだけれど、聖人の暗殺を頼まれた殺し屋が信者たちを片っ端から殺す・・で、夫婦だけが生き残って今度は山賊の一味に加わるんだけれど、この山賊もまた同じ殺し屋に襲われて、また夫婦は逃げ出す」
「その殺し屋というのがローシャ監督が69年に監督した映画<アントニオ・ダス・モルテス>の主人公アントニオなわけだ・・と、それはともかく、僕はこの映画、とにかく鮮明なモノクロコントラストがまず、黒澤映画かと思えるくらいに強烈でね。それにそこに描かれてる風物っていうかな・・荒野の狂信者たちとか、いわゆるカンガセイロ、つまり南米独特な山賊だね、それに不可解な殺し屋アントニオといった登場人物たちがもう、これは神話か!と思っちゃうくらいに人間離れした圧倒的な存在感で迫ってきて、この世の物語とは思えないわけ・・」
「映画作りとしても、なんかこの世の映画とは思えないっていうか(笑)極端にセリフが少ないし、コントラストが強すぎて画面全体が真っ暗になっちゃうなんてことはしょっちゅうだし・・モンタージュなんかエイゼンシュテイン監督バリだし(笑)」
「おまけに意味がよく分からないようなシーンが多いしね。山賊のコリスコ大尉なんか、いったいどういう人間なのかさっぱり分かん。おまけに彼につかず離れずしてる女はナニモノか? あるいは聖人と呼ばれるセバスティアン老人にしてもただのカルト指導者だったり、急に赤ん坊を殺したり・・と、なんていうか、普通の意味で、ドラマツルギーとかストーリーテリングなんかはとにかく吹っ飛んでる・・のに、なんか巨大な遺跡を目の当たりにしてついこちらが動揺しちゃうような不思議な感銘を憶えたよ」
「物語のつなぎめが歌で歌われたりして、そういうのも不思議といえば不思議・・カンガセイロのいでたちもね、体じゅうに弾丸のベルトを捲いてあちこちにピストルを差していて、バンバン人は死ぬし、急に人っ子一人いない砂漠に風が吹いたりして、うーん・・不思議だわ」
「僕はこの映画、大昔に見た時は正直いってよく分からなかったんだけれど、またここで持ちだすのは気が引けるけど(笑)ウォン・カーウァイ監督の<楽園の瑕>でね、あの映画で砂漠と風と人間と時間てものが作り出す巨大な世界を再発見したものだから、やっぱりそんな見方でこの映画も見たくなるわけ」
「はあ・・砂漠と風と人間と時間?」
「あ、ま、ただの思いつきなんだけどね(笑)。四大元素ってあるじゃない?地水火風とかさ・・そういう世界の構成要素と同じような意味で、映画の構成要素って、あると思うんだよね。で、その四大元素がバアンと剥き出しになっているほどに、荒々しく神話的で巨大な、驚異の世界が切り開かれていくようにも思うんだけれども・・」
「確かにこの映画は、チマチマしたものがないよ・・でも結局なんなの? って聞かれても、まあ正直いってコレコレ、とはやすやすと説明出来なくて、でも凄いもの見ちゃった、っていうようなオドロキはあるの・・で、それを四大元素?に還元したくなるのも分かるけれどね(笑)でもこの映画に比べたら<楽園の瑕>はずっと合理的」
「あっちはむしろ東洋的だからね。こっちは・・実は西部劇なんだ(笑)、と言うことも出来るんだろうけれど、ホドロフスキーの時にも話したように、まず南米風物のモノ珍しさに圧倒されちゃって、そこで止まっちゃってる、というのが我ながら情けないな・・<アントニオ・ダス・モルテス>になると、少しはストーリー展開があったりもするんだけれど」
「ま、とにかくわたしはこの映画を見て、ガルシア=マルケスの本みたく世界は広いなあ、っていう感じをあらためて持ったよ」
「確かに広いよね。僕はこういう映画に描かれた世界観で、なんていうか、西洋合理主義的な考え方とか、アメリカ的な大量生産消費システムとかを克服していくのが21世紀の目指すべき知の領域であり、神話のコードだと思うんだけれどね」
「あ・・でもそういうことは80年代に言われていたよ(笑)」
(2001.9.18)

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