「鞄を持った女」1961年イタリア



Vズルリーニ監督 クラウディア・カルディナーレ

「<激しい季節>に続いてズルリーニ監督で、また年上の女に夢中になる男の子の話
「とはいえ今度は世相を背景にせずCカルディナーレの個性だけで作った。だからドラマの発生している領域は狭かったね」
「見ていて前半はかなりツラいものがあったわ。テンポも遅いし。ぐっと引き込まれるものはなかったよ」
「上流家庭の16歳の少年が、兄が気晴らしに遊んで捨てた場末の歌手に熱烈な恋心を抱く。けれどやっぱり住む世界は違うし相手は大人で少年には手が届かない。だから悲恋で終わり二人は別れる。文学作品がベースというけれど、このテの話は、だからなに?って感じだな」
「たださ。ヒロインの人間味には興味を持ったわ。Cカルディナーレは上手な役者じゃないけど、こういうヒロインにはお似合いだったよね。アイロンを売ろうとするよなセコいけど精一杯の気持ちとか、育ちの良くなさ、品のなさ、底の浅さとか、それに決して人を恨むことがないっていうか、根は善良って人柄はよく伝わったと思う。総じて<刑事>とか<ブーベの恋人>の路線と同じだけどね」
「一応年は上なんだけれど行き当たりバッタリで生きてきて、それでもなんとか切り抜けてきたって感じがうまく出ていて、それが家庭教師つきの箱入りブルジョワ少年の、守ってやらなきゃ!僕が助けてあげなきゃ!って気持ちに火をつけるんだね」
「そうそう。ヒロインにも、少年をたぶらかすとか純情を弄ぶとかいうつもりは全くなくて、それがウソなく伝わる。後で神父が彼女に、なんか企んでるんじゃないか?って咎めるけれど、そんなことはないって観客は思う」
「ただ時折ふと、好意は有り難いけど本気にならないでねっていう曇った顔を彼女は見せるな」
「そりゃそうよ、所詮大人の世界はあんたにはまだ早い、も少し場数を踏んでねって気持ち。それも嫌味じゃなく・・っていうか。このヒロインは物事を考えたりしないのよ。行動原理は、無垢じゃないけど、少年同様に純情なの」
「惚れっぽい軽率な純情。僕も、少年とのメロドラマは見ていてアクビ・・その後JMボロンテが出てきて俄然面白くなるかと期待した」
「大人同士でね。そうなるとヒロインは、今度はロリータ風のコケットリーな感じで・・」
「落ちそうで落ちない。身持ちは本当は固いんだってところが伝わるな。あれで少年がまた出てくるからウンザリした(笑)」
ヒロインならずとも興醒めね」
「せっかくタイトルが鞄を持った女、だろ? ここはひとつロードムービー風にさ、最初は放蕩息子に捨てられて、次にその弟と知り合ったけれど身を引いて、更に遊び人と出会って・・というふうに行きずりの出会いと別れを繰り返しながら、何か語れたんじゃないかな?」
「演出としては、アイーダを鳴らしながら階段を降りてくるところ、プールサイドでダンスしてヒロインと少年二人だけになると情熱的な歌謡曲になるところ、それから駅でヒロインが昔の男と話し込んでいるのが少年には聞こえないでいるというセリフ省略。そういうオーソドックスな映画表現が印象に残ったわ」
「ま、そこは教科書通り。僕は、鞄にはきっと何か象徴的な意味が込められているんだろうって気がかりが、なかなか消えなかったよ。思わせぶりなオープニングだったしね」(1998.5.7)

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