「殺人捜査」1970年イタリア


エリオ・ペトリ監督 ジャンマリア・ボロンテ フロリンダ・ボルカン

なんだかシュールな映画だったねぇぇ最後にカフカの引用とかがあって、なおさら???って感じだったんだけど」
「人間心理ってのはまったくフクザツカイキだな、って思ったけど・・でもこれ、実は女王様にコトバいじめされてイッちゃう中年男が逆ギレしちゃっただけ、って話、なのかな?(笑)」
「主人公はカルロス・ゴーンそっくりのボロンテ警部。彼はローマ市警の殺人課長から公安部長という要職に抜擢された花形刑事。ところが、愛人のFボルカンを殺しちゃう。映画はこの殺人シーンから始まる・・」
「で、よくわからないのは、ボロンテは自分が殺したと証明する証拠ばかりをわざと残していくんだね。ワザと目撃者に顔を見せつけたりして・・ここらでは、どーしてこのオッチャンはこんなことするんかいな??と、映画はかなり観客の心を掴むと思う」
「で、捜査にあたる自分の元部下たちに、だんだんと嫌疑を掛けられていくんだけど、公安部長だからフンぞりかえったりしていて、これは権力とポストをカサにして逃げ切るつもりかしら?と思っていると、なんだか、違うの。彼は、本当は早く逮捕してもらいたくてしょうがないって感じ・・」
「あのあたりがね、僕はこの映画がヒトスジ縄では行かないところで見ていてすごく面白かった・・罰を求める権力者、という構図。構図なんてもんじゃなくて、実際は心理学なんだろうけれど・・これは実は原作がドストエフスキーなんだ」
「えっ!?ほんと?」
「ウソ(笑)。でも、そう言われてもそうかなー?と思わない?かなり不可思議な、でもなんとなく奥が深くて意味深長な人間心理の黒々としたものを感じるよね」
「捜査の合間に、Fボルカンとの愛憎入り交じったすごい関係がフラッシュバックされるのね・・二人は有名な殺人事件の現場を再現しようとして写真を撮ったり・・あと、Fボルカンが、あんたは権力者なんだから赤信号くらい突っ切れるでしょ!とか挑発したりして、ボロンテ警部はボロボロに罵られたり(笑)」
「権力を握ってるヤツこそ、実はマゾだ、という構図かな?」
「今日は構図ばっかりだね(笑)」
「(笑)というか、あの男女関係もまた深い深い〜〜って感じでね、素材はちょっと図式的なんだけれど、でも描き方は暗示的。人間のダークサイドをたっぷり味わうことができる。Fボルカンは筋肉質美人で、とにかく捨て身の有閑マダム。途中出てくるあのダンナとは全然釣り合わないよね(笑)。見てるウチに、ムンムン来るわりに、なぜかどことなく嫌悪感も募ってくるような悪相の美人て感じで、こりゃひょっとして、もっとすごい女王様と奴隷の関係が期待できるか、なあんてワクワクしちゃったよ」
「それで彼は公安部長だから、テロリスト摘発のシーンもいろいろと描かれていて、そこはなんとなく社会派ドラマかなあ・・っていう味わいもあるの」
「でも全然、社会派じゃないよね・・これはウルトラ個人的な欲望と葛藤のジレンマ映画だ。女史の嫌いな警察内部の腐敗モノ、とかいうかたちで締めくくられたら、ヒドイ結末になっていたかもしれないけれど・・」
「うんうん。それはそうなの・・ただボロンテ部長が最後には完全にパラノイアックになってきて、なんだか彼の静かなるヒステリー状態で幕切れになるというのは、ちょっと、なんだかここまでつきあってあげたのに結局は彼一人のオカシナ頭で出来た一人芝居かあ・・ってはぐらかされた感じもしたけれど」
「まあ、そういう意味ではこの映画は視野は狭いんだな。でも、テーマの奥深さとか、何度も繰り返すようだけれど人間心理のダークな部分の抉り出し方。そこは実にいい。例えば<愛の嵐>とかさ、<流されて>とかさ、そういった男女関係の愛憎の組んず解れつとともに、一方では警察権力の内部に垣間見るマゾヒスティックなパラノイア、みたいなところが、断然、オトナの味わいっていう感じなわけだ」
「はぁ・・ま、ね。それと可笑しかったのは、警察ってやっぱり男社会だからでしょうけれど、どことなくこの映画にはホモセクシュアルな空気が漂っているの・・取調室とかでは特に濃厚なの。もしかするとこの映画の監督か原作者か脚本家か、誰かは分からないけれど、きっとホモセクシュアルがいたんだと思うなあ」
「なるほど・・でもこの映画は外国語映画賞でオスカーをとってるんだね。アメリカ人にはどうウケたのか興味深いところだ」
「とはいえ全体に、キツネにつままれる感じは残るよね・・モリコーネの音楽が、ナンダカ!ナンダカ!って聞こえるの(爆)
(2001.5.5)

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