「イル・ポスティーノ」1995年イタリア・フランス

マイケルラドフォード監督 マッシモトロイージ フィリップノワレ

「心に浸みます・・」
「まったく。僕は冒頭、寡黙な父親とマリオが食事しているところ、その後ろに亡くなったらしい母親の遺影。あれだけでジワッときた
「チリからナポリ沖の小島に亡命してきた詩人パブロネルーダが、郵便配達人の恋路に一役買う。エールを送り元気づけ、そして再び去っていく」
「とにかくジワッときた(笑)。ああ、なんていい映画なんだろう!青い海を背景に、ひからびた山道をポスティーノが自転車で登っていく、そこにアコーディオンの明るい音楽・・それだけでジワッときた」
「素朴な人々の巧まざるセリフ回しが、もう絶妙で素晴らしいわね」
「ジワッと来るねぇ」
「分かった(笑)分かりました。最近の狩刈くんはボキャブラリーが貧困! 映画では詩・言葉というものの持つ美しさ、ダイナミックさ、そこには言い尽くせないほどに感動した・・でも映画自体としては、一編の詩のようにはいかず、ちょっと長い気もしたの、特にネルーダと島の人々たちが疎遠になっちゃうあたりの描き方は冗長に思えたし、最後にはマリオが死んでしまったの、というあたり。ああした終わり方でなく、やっぱり二人は再会した!みたいな、もっとハッピーで至福感だけに包まれて見終わりたかったの」
「うん、僕もそこはしばらく疑問だった。どうして映画はああいうふうに終わらなきゃならなかったのか? マリオの死は必然的なものじゃないから、感傷的に余韻残すための方策だったのか? でも今はこう思うんだな、この映画は内気で純朴な郵便配達人と政治から恋愛まで達人の詩人との、センチメンタルな兄弟愛の映画としてだけでなく、過ぎ去ってしまったある時代に対するノスタルジックな思いのたけ、みたいなものでも出来上がってるんじゃないかって。でも僕の生まれる前だからよくは分からないけど」
「・・1952年という時代」
「まだ戦後を引きずりながらも、そこから抜け出ようとしている、世界は冷戦真っ直中の時代。ネルーダが共産党員だからマリオもコミュニストで・・というだけではどうにも世相的に必然がないしね、点描であるべきところが締めくくりになっちゃったのかな」
「Mトロイージは死を目前にして入魂の演技だった。彼の死が映画の幕切れに影響したかも知れない・・」
「パゾリーニにも似てた(笑)」
「まあ(笑)不満と言えば、映像はもっと綺麗に鮮明に撮れたはず・・それに録音のバランスが悪くて絵と合ってないところがあったよー」
「それは・・まあいいでしょう。海に山道。大きな空。懐かしいイタリア映画の、美しい素材集だよ」
「素朴な田舎のお祭りに・・神父さんね」
「鉄砲担いだ強気な婆さん(笑)」
「・・と魅力爆発の美人の娘」
「ニュース映画・・」
結婚式!
「漁師たち」
「共産党(笑)」
「集会」
「選挙運動」
「友情」
「えっとね・・宴の音楽・・」
「男たちの微笑・・」

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