「ホーリーマウンテン」1973年アメリカ



アレハンドロ・ホドロフスキー監督 アレハンドロ・ホドロフスキー

「狩刈くんは今回のホドロフスキー監督作品のDVDに一枚カンだって言ってたよね?」
「ああー今回はカンだというよりカジらせていただいたっていうか。パゾリーニの時は字幕監修とかブックレットの解説を書かせてもらったりとかもしたけど、あれ、書きすぎて字がちっこくなっちゃってねぇ(笑)読ませないための高度な作戦だったという見方もあるけれど(爆)。今回ホドロフスキー監督のやつは、オマケについてるインタビューの質問項目を発売元のディレクター氏と一緒にコネコネ考えただけで・・」
「BOX版にはインタビュー映像だけでも特典ディスクが一枚ついてたよね。なんだか随分と気前よく喋ってくれてたよねぇ・・あれのことね」
「そうそう。なにしろ相手はホドロフスキー監督だから聞きたいことはいっぱいあって、あれやこれや書き出したらまた止まらなくなっちゃって。ディレクター氏も内心、困っちゃったかもね(笑)・・」
「例のプレゼントの方がもっと困ったでしょうに(笑)。額縁入りの石ころの話を友達にしたら、狩刈くんらしい凝り方だって感心してたよ〜。元手は100円だったとか。ほんとに渡してもらったの?」
「(笑)そうみたい。不敬だよな(爆)。監督インタビューをカジらせてもらえるって聞いたとき僕は即座に、なんか特別なプレゼントを持って行ってもらおうって思ったわけ。しかしナニがいいかな? いいアイディアが出ない。ホドロフスキー監督が貰って喜んでくれるものって、いったいナンだ? うーん! 悩む悩む・・」
「ヘンなもの贈って怒りだしたら、怖いしね(笑)・・」
「そうでしょ!心配しつつも思いつくのはヘンなもんばっかり。最終的に決めたのが、石ころ(笑)。でもただの石ころじゃないんだ。なんと日本の三大霊場のなかでもひときわオドロオドロしい、あの恐山で拾ってきた石ころ。三角形気味になってちょっと富士山ぽくもある。これに手紙をつけてね、ジャパニーズホーリーマウンテンの山頂から持ってきた由緒正しい石だ、と解説して(笑)。だってホントだもんね〜〜」
「わざわざあなたのために拾ってきた、とか? それはウソでしょ〜? それで元手が100円かかったっていうのは?」
「ああ、ほら、パリまで出向いて世界に冠たるカルト映画監督にただの石ころを、綿とかにくるんだまま渡して貰うんじゃ、僕はいいけどディレクター氏が困るでしょ(笑)。彼もカッコいいからさ〜〜まさかポケットから真綿にくるんだ石ころを取り出したくはないでしょ(笑)・・。だから100円ショップでインテリアの額縁を買ってきたわけ。で、なかに入ってた貝殻を外して恐山の石をボンドで止めて、またガラスをはめて・・すごい見栄え良くなったよ。ホドロフスキー監督も喜んでくれたらしくて、すぐデスクのうえに飾ってくれたとか。まだあるかどうかは知らないけど〜」
「それでお返しに監督も石ころをくれたんですって? ただしパリの路上で拾った石だとか?」
「あ(笑)それは僕が某バーでしたバカ話。そんなことないよ、お土産には監督自身が原作書いたコミックとサインをいただきました〜〜」
「質問も結構答えてくれていたよね、日本の禅の影響とか若さの秘訣とか、自作の解説とか、俳優の演技指導とかまで・・結構細かい質問したんでしょうに」
「そうなんだ。答えてくれただけでも感謝感激。ほかにも質問を集めようと思って例のフェチバーに行って話したんだけど、そこの女の子が是非聞いてもらいたい、っていう質問が『普段はどんな寝間着を着てますか?』(爆)。おいおい!『それとお揃いのナイトキャップはかぶりますか?』(笑)やめてくれ〜〜。でも、聞いてもらってもよかったような気がするな(笑)。きっとちゃんと答えてくれたろうよ」

****intermission****

「それでそろそろ映画の話・・いよいよ<ホーリーマウンテン>」
「まあ、この映画はあんまり語るところがない、ただおクチをあんぐり開けて見てるより仕方のない映画だとは思うけど、僕としては、今となっては地上で<2001年宇宙の旅>をやろうとした作品だ、とか言ってしまいたいね〜(笑)」
「そう言ってケムに捲いて(笑)。いつも取り沙汰されるのは問題のラストシーンね。やっとのことで山頂に辿り着いた人たちの前にマスターが現れて『カメラを引いて! ほらご覧、これは映画だ!』って言うところ。あれはなんなの〜って感じ・・」
「それを言うなら羊の肉を担いだ軍隊だって、あれはナンなの〜?って感じで(笑)。タコスのレストランから肉を借りたんだとか監督は笑っていたけど、そんなことを聞きたいんじゃないのに〜・・だからいちいち象徴と意味を考えだしてもちょっとねぇ・・」
「はいはい。だから<エル・トポ>の時に切り出したように、映画って体験するものだ、っていうのが狩刈くんの持論なわけでしょ。でもラストの締め括り方だけはちょっと別で、うがった見方をすればちょっとあざとい〜っていうか、観客を裏切ったような、ダマくらかされちゃったみたいな虚脱感もわたしは感じたなあ・・ま、そう真剣に見てる方がおかしくなっちゃうっていう気も、するけどねぇ」
「確かに真剣に見てるとオカしくなるな〜(笑)。でも僕がさっき地上の<2001年>と言ったのは、人間回帰っていうかさ、キューブリック監督も最後にスターチャイルドとかいって人間のかたちをした星を出したよね。あれは宇宙だから星だったわけだけど、もし地上だったら桃太郎になっちゃう(笑)。これは映画だ、と言ってみせるやり方に撮影現場を見せる方法しかなかったのかという問題は残るにせよ、現実ってものを観客に突きつけるにはあの場面では『これは映画だ』と言うのが一番合理的だよ、なにしろ観客は今の今まで映画を見ているんだから」
「ということはホドロフスキー監督は、このトリップ映画を見続けてきた観客に、最後の最後で現実ってもんを突きつけようとしたってこと? 裏を返せばそのために長々と悪夢みたいなトリップ映像を見せ続けたってことなのかしらねぇ??ま、どっちでもいいんだけどさ(笑)」
「ま、どっちでもいいけどね(笑)。細部に関して質問したなかで『主人公と目されていた青年だけが山頂を目前にして山を下りていくのかなぜか? しかもサル連れた女と一緒に下山するのはなぜか?』という質問にホドロフスキー監督は『この青年は女と出会い彼女を導こうと考えて山を下りる。それはとても愛情ある解決方法だ』と答えてくれた。なるほど〜と僕はすべてが氷解したね」
「つまり、芥川の『杜子春』みたいなものね。心を鬼にして仙人を目指していたのに愛によってついそれを断念する、みたいな話しってこと?」
「でしょ? そこんところを青年の側から突っ込んで描いてないのは不満、というかマスター一人の判断でサラッと描きすぎてるから解説を聞かなきゃハッキリしないっていう恨みはあるけどね。でも、それじゃ、それでもなお仙人を目指して山に登っていった連中の運命は?となると・・『杜子春』の場合なら本当に命を奪われてしまうわけだね。でもホドロフスキーはそうはせず、これは映画だってことを彼らと観客に見せた」
「そこがなんだか説話的には一貫してないっていうか・・急にこれが観客に対するメッセージだ!と言われてもねぇって感じで(笑)ホコ先かえないでよって感じ」
「ま、かなり性急だったってことは否めないとは思うけれどね〜。ただ僕は何度も言うけど、映画って体験するものだって思うし、それはつまり、一見、映画って、主人公の行状を追っていくだけに見えながら、実は常に観客になにかしらの体験を突きつけ続けてるものなんだっていうこと。だから最後の最後になって初めて映画が観客と向き合った、なんてことは起こりようがない。この映画は最初から、かなりの苦痛を観客に突きつけてるわけだし(笑)つまり最初から観客に向き合ってきてるわけだ」
「ま、理屈ではそうだけど、確かそこいらが大昔、狩刈くんが仲間内でケンカを起こした理由だったはずだけど、ま、それは不問に伏すとして・・」
「サンキュ(笑)あれは若気の至りでして・・」
「不問に伏すとしても、わたしたちは映画を見ながらすっかり現実を忘れちゃってるわけじゃないから、急に最後の最後でこれは映画ですと言われても、それでもってすぐに自分の現実に目を向ける、目からウロコが落ちた、っていうほど純朴じゃないってこと・・」
「まあ、ラストシーンは確かにこのバッドトリップ的な悪夢的なそれまでの展開をすべて空転・無下にしちゃう危険性はあったんだよ。でも体験ていうのはカラダに残る。脳裏に残る。女史だってヒキガエルのメキシコ征服は忘れられないでしょ?(笑)だから決して無になっちゃうわけじゃない。その意味ではこの作品は非常に存在論的な映画だし、そこを見つめてほしいと締めくくったようなものだ・・とまあ僕なんかは思うわけなんだけれども」
「まあ、難しいよね〜〜っていうか、そこまで語っちゃう狩刈くんの意欲がどうしてこの作品から掻き立てられるのかの方にも興味あるけど、それはまた別の機会ということで・・」
「そーしてもらえるとありがたいな〜(笑)なにしろ、そろそろ息が切れてきたから(笑)。でも最後に言うと、地上でやったら桃太郎になっちゃうスターチャイルドも、きっとそういう存在論的に客観視を強いるトリックとして宇宙から地球を見つめていたと考えれば、なんとなく浮かばれるでしょ?」
「浮かばれないのは山頂を目指していったその他の人たちってことかしら。まあ彼らはそれぞれ自分の生活にまた戻っていくのかもしれないけれど、さすがにそこまで親切に描こうとはしてなかったけれどね〜」
「ただし彼らはどうも、人好きのしない連中、ファシストとか兵器工場主とかヘンテコなポップアーティストとか・・無論、そういう人たちもこの世界には生きていて、そういう人たちこそ至高の智恵を欲しているというのは分かるけれど一般的じゃなかったっけ」
「だからこそ、無名の白面の青年が我らの主人公で、彼は女の子と一緒に山を下りました、それがあなたたちのもうひとつのありうべき現実ですね、っていうことだったのね」
「しかしサルを連れていくのはどういう現実かなあ?(笑)」
(03.7.31) thanks>Mr. Junichi Suzuki


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