「情事」1960年イタリア

Mアントニオーニ監督 モニカ・ヴィッティ

「愛の不毛、で有名な傑作。映像的にも、失踪したアンナを孤島で探すところで各人がばらばらな位置に立っている連帯感を欠いたシーンや、空と壁がスクリーンを真っ二つにした断絶のラストシーンなどが映像表現の妙として語り継がれている」
「とはいえ、あんまりあの主人公の男、魅力的じゃないわね。どこがいいんでしょ?」
「それは・・そうかもしれない。自分じゃ何にも決められない男、みたいな描かれ方だったね。で実は僕もMヴィッティには魅力を感じない。ちょっと大味なかんじだし表情に乏しいし、それを気怠いというのは間違ってる。共感を呼ばない。だからこの二人がこういう愛の不毛に陥っても、それはそれでご苦労さんと言いたい」
「ラストで男が泣くじゃない。あれって身から出た錆でしょ。なにも泣かなくてもねぇって思うんだけど」
「それは女史がクールだからだよ、Mヴィッティは優しく男の頭を撫でるじゃないか。あれは私も同罪よって言ってるんだ」
「そうかなあ? だとしたら途中、変に色気づいた若い男に言い寄られた時にMヴィッティは応じたんじゃないの?」
「心では応じていた(笑)」
「そんなのちゃんと描かれてなかったよ!」
「まあまあ・・実は僕は失踪したアンナって女ね、彼女は魅力的だなって思う。父親との短い会話に性格がよく出ている」
「アンナはどこに行っちゃったんだと思う?」
「また別の情事に耽っているとは思えないな」
「最後まで明かされない、というか途中から、例の二人はこの失踪劇から脱線していくという作りね。彼女の失踪と捜索は二人で旅を続けるための口実になってしまうだけ」
「それで思うんだけどさ。この映画の原題はアバンチュール、まあ情事という意訳は本質を突いてるんだけど、内容からいうと『失踪』というタイトルでも良いなって思うんだ。アンナは実はとっくに家に帰っていて、今となっては彼女を探し続ける二人の方こそ失踪したと思われてる、というような。アンナの失踪劇から『失踪』してしまった二人」
「わたしはこの映画の人物たちにまとわりついてる後ろめたさからすると『自己嫌悪』ってタイトルがいいな」
「そのまんまじゃないか!ひねりがない」
「描かれているのは愛じゃなくて淫乱。ただ裸を出さないで表面的に取り繕ってるだけなのよ。やってることは同じでしょ」
「時代を考えなよ」
「そうじゃなくて、あの取り繕い方がむしろまだ健全なのかもしれないなって思うのよ、身から出た錆と思えるうちはまだ救いようもあるのかなって」
「何からの救い?」
「なんだろね」
「なんだろ・・話変わって、音楽はサスペンスフルで実に小気味よい感じだ」
「ヒッチコック映画にも使えそう。ただイタリアンテイストの異国情緒豊かだけど」
「ヒッチか。そういえば<サイコ>も後半は失踪(本当は殺された)した姉を捜索する妹と若い男、という作りだ。誰かを探す旅、というのは映画の有力なモチーフだね」
「ミステリアスだからね、<インド夜想曲>みたいに。そのモチーフはこの映画から始まったのかしら?」
「うーん。分からん。誰もそうは言ってない(笑)」
「研究しなよ!」(1998.5.3)

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