「銀河」1969年フランス・イタリア


ルイス・ブニュエル監督 ポール・フランクール ローラン・テルジュフ ピエール・クレマンティ

「パゾリーニ最晩年の企画で、二人の占星術師がヨーロッパ中を旅しながら現代イデオロギーの自家撞着について会話する、という寓話劇があったっていうんだよね。それ聞いて僕は真っ先に思った、それって<銀河>だなって。でもよく考えてみると彼は既に<大きな鳥と小さな鳥>でそのフレームをこしらえているんで、そうなるとどっちが本家か分かんないんだけど・・」
「この<銀河>の最大の魅力は、時空を越えて旅を続ける巡礼っていう設定ね。その旅がまったく齟齬無く歴史空間をつなげてく見事さには唸らされる・・」
「それに女史好みの中世建築とかも堪能出来るよね。戸外が多くて明るい映像も魅力的。物語はまったく不可解な事件の連続で、中世の異端学生が次の場面で現代の猟師になっちゃったり・・それも水浴びしてる狩人の服を奪っちゃうだけで(笑)。その鮮やかな転換はブニュエルの最も得意とするところ」
「ヒッチハイクを断った自動車を罵ると、突然事故を起こしてバクハツしちゃったり・・そこにピエール・クレマンティの悪魔!素敵ねぇ彼(笑)」
「あ、それは<昼顔>でやろうよ(笑)・・いちいちあげていたらキリがないくらいのエピソードが実になめらかに繋がっていて、もううっとりするしかないくらいに素晴らしい寓話だと思う・・でも・・テーマ的なとこが例によって分かんないんだけど」
「わたしはさ、ほら、ミッション系の学校に通っていたことがあるから・・」
「えっ、シスター間伏だったの?まさか修道院?」
「そうじゃなくてただの女子校・・はどうでもいいんだけど、つまり神学論争の発想が少しは分かるような気もするの。異端と戦うことが正統の正統たる根拠を強くしていく、そんな歴史がカトリックの歴史でしょ。それで正統の権威ってものが一層強固になるの・・そういう教会の権威を風刺してる一面は濃厚と思うのね」
「はあ・・なるほどね。神に対する素朴な信仰とはまた別ものの、カトリック教会のイデオロギーに対する批判だね」
「例えばレストランでボーイ長がウェイトレス達みんなに神学を解説するじゃない、権威をもって。あれは本来は神父と信者がするような会話のはずなのに、たかがボーイ長が尊大に威厳をもって話す、そういう揶揄が強烈に思うんだけど」
「思えばブニュエルは無神論者でアナーキストで、キリスト教会というものに対して無視というか、視野に入れてこなかったみたいな感じがあって、それで溜まっていたエネルギーが一挙にバクハツしたって感じだ」
「今のレストランの話もそうだけど、こういう神学論争みたいなのを、まったくそれをするに相応しくない状態でやってるってところ。そこに<自由の幻想>に通じるダイナミックな位相ずらしが準備されてる・・物語の中に別の物語があったり。それは<ブルジョワジー〜>にダイレクトに繋がるし」
「僕は、もうちょっと自分の中にカトリック的な予備知識があったらこの映画、もっと楽しめるんじゃないかな〜ってくやしい気持ちもあるんだけど、仮にそれがまるでないとすると、この映画と<自由の幻想>の間にはほとんど違いはないみたいにも思うね」
「ツクリとしちゃ、全然違うのよ。今回の二人の巡礼っていう設定ね。これは観客にとってブニュエル・ワールドの案内人って感じ。でも<自由の幻想>は、観客にバチッと正面切って映画世界を向けてる感じ」
「ラストで巡礼はどっか行っちゃって、キリスト本人が出てきて盲人を癒す奇蹟のエピソードで終わる。立ち止まった盲人の目はホントに開いたのかな? そこは観客にバチッと突きつけてるエンドマークだった」(1999.11.29)

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