「幻影は市電に乗って旅をする」1953年 メキシコ


ルイス・ブニュエル監督 リリア・プラド カルロス・ナバロ ドミンゴ・ソレル

「この映画はリリア・プラドが出ていることもあって<昇天峠>と似通ったようなセンスで、どちらかというとその二番煎じみたいな感じもしたなあ」
「市電の車掌と整備技師が廃車にされることが決まった市電を無許可で乗り回す、その一日を描いたものね・・市電には肉屋とか楽隊とか修学旅行の小学生たちとかが次々に乗り込んできて、まあいろいろとヘンテコな事件が起こる」
「本当を言えば、もっと奇想天外な事件を期待しちゃいたいところだったんだよ。大道芸人が乗り込んできて窓から火を噴くとかね(笑)、ってそれじゃフェッリーニ的だけれども、この映画はなんとなく小さくまとまっちゃってるって感じがしない?」
「する・・っていうか、まとまってるというより逆にちょっと散漫みたいな気がしたの。<昇天峠>の時はなんか冠婚葬祭みたいな一貫したモチーフで次々に事件が起きて相乗的な感じがしたんだけれど、今回は行き当たりばったりで、しかも交通局のOBとかいうご老人が出てきて絡んだりするあたりがシュールな味わいを艶消ししちゃってると思った・・」
「まあね。肉屋が出てきて市電のなかがそこいらじゅうブタの頭とかフトモモとか子牛のノーミソとかでいっぱいになる、なんていうのは、例えば<アンダルシアの犬>でピアノのうえにロバくんの腐った死体が乗っかってる発想をヨリ、ソフィストケートしたものだしね・・」
「キリスト像を持ったお婆さんが乗り込んでくるのも<昇天峠>で娘の棺を持って乗り込んでくるお爺さんのインパクトにはかなわないし・・」
「とまあ、珍しくブニュエル監督にツラくあたるなんてバチあたりなことしてるわけだけど(笑)、そうは言っても一流のシュールさがかなり『軽み』の閾で披瀝されてると思えば、この作品は決してツマラないわけじなくて、もう十分に楽しめる作品だよ」
「まあ主役のデコボココンビが動く漫才をしてる、って感じの楽しみ方かなって思った・・前半でキリスト降誕劇みたいなのをやってる、あの素人芝居なんかも面白かったよね。あとはインフレとか食糧危機とかいったメキシコらしい世相をあちこちで反映させてるあたりも」
「僕はなぜか、小学生たちが修学旅行のために市電に乗り込んでるシーンが好きでね・・ケンカしたりふざけたりしてるうちに映画のロケ現場に到着してみんなワッと走り出す。ほんの一瞬だけど、なんか映画が相対化されてどちらがこの映画か分からなくなる、みたいな錯覚があった」
「この作品は、アイディアの段階としてはこれ、相当に面白かったろうと思うのね・・例えばもう少しドラマに踏み込んで、主役二人がリアルに切羽詰まった芝居をしたら、かなり感情移入できるコメディにもなったと思うの。夜までに市電を元に戻さなきゃクビになっちゃう、っていうところにドカドカと無関係な人たちが乗り込んできて邪魔をする、なんていう面白さ。ほとんどドタバタにもなりえたはず。でもこの映画はどちらかというと市電に乗り込んでは去っていく人々それぞれがなんとなくドラマの端くれを持っていて、主役の車掌と技師は狂言回しみたいな役回りだった・・」
「だからこれ、イタリアのネオリアリズムみたいな味わいも指摘されてるよね。車掌がピエトロ・ジェルミだったりすればなおさらだね(笑)。ただ、女史が言うような時間限定のサスペンスフルなコメディは娯楽の王道すぎてブニュエルには似合わないんじゃないかな〜むしろ無作為にヘンテコな事件が起こった方が彼らしいといえば彼らしい・・最初のナレーションで『メキシコシティでは、人々の欲求不満によって奇想天外な事件がよく起こる』なんていうのは、だからちょっと興ざめだった。それほど奇想天外でもなかった」
「でもメキシコでは本当に公共の乗り物がどこかに行っちゃう、なんていうのは日常茶飯事なんですってよ(笑)」
「(笑)さもありなん、ていう気がするな・・それでいつの間にか元に戻ってたりするわけだね」
「きっとそういう日常茶飯事を知り尽くしていれば、この映画の奇想天外な展開にただ驚いて楽しむ以外の楽しみ方があるのかもしれないよね。とにかくタイトルは実に素敵なタイトル
「まあね。前回の<グラン・カジノ>だってタイトルは素敵だったよ(笑)」
(2001.12.2)


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