「フェイク」1975年 西ドイツ・フランス


オーソン・ウェルズ監督 エルミア・デ・ホーリー クリフォード・アーヴィング

「映画とは体験するものだ、っていうのが僕の持論で、だから観客と作品とがキャッチボールをしながら、観客にとって実生活では経験できないものや映画にとって作品のなかには実際に描かれていないものとがシンクロしていくのが一番楽しい・・とはホドロフスキー監督の時に話したことなんだけれど、この<フェイク>もそういう鑑賞にちゃんと答えてくれる作品だね」
「近代絵画の巨匠たちの贋作を作り続けているというエルミアと、彼の伝記を書いて贋作の実態を暴露したマユツバ?作家アーヴィングの二人を軸に、ウェルズ監督がコケットリーなフェイクの世界をチャーミングに描いてみせたのね」
とにかく情報量が一杯、沢山ありすぎてなんにも明らかにならない(笑)って感じで、ハワード・ヒューズだのウェルズ監督自身の<火星人>だの、またしてもJコットンだの(笑)、ピカソだのナンだのとあれよあれよという間に終わっちゃう。85分にしては見終わったあと脱力〜〜って感じなんだけれど、でもこれはウェルズ監督の、まあ遺作と言えば遺作だしね」
「映画って自分自身を相対化できる、つまりメタ映画ってのが存在する特異なジャンルで、それは多分に映像、言葉、音楽、照明、美術、それに俳優たちの演技と、あとは編集、宣伝その他もろもろといった、実にさまざまなファクターから出来てる表現形式だからなんだと思うんだけど、とにかくこういうニセモノについての映画は映画自体をニセモノにしちゃって、その境界線が分からなくなるのがすごく面白いよ」
「うーむ。女史も理論武装しないとこの映画には立ち向かえないって感じだねぇ(笑)」
「(笑)いえこれは狩刈くんの受け売り(笑)。とはいえ、前半のエルミアとアーヴィングの部分は実話で、実際にアーヴィングはエルミアについて『贋作』とかいう本を書いていてちゃんと出版されてるし、Hヒューズの伝記本も書いてるし・・まあウェルズ監督自身も前半は事実だ、とはちゃんと言ってるのね」
「ちゃんと言ってるところがまたウサン臭いわけだね(笑)。まあ女史が言う、チャーミングに描いた、ってのは同感でね。ほとんど催眠術まがいなくらいに夥しいカット割りに被せてユーモアたっぷりに片目をつぶるようなスタンスで次々にフェイクの世界を開陳してくれる語り口はまったく絶妙だった。セミ・ドキュメンタリーっぽくしながら、ところどころにウソをついて、しかも自分自身の最大のフェイク作品<火星人>を取り上げてケムに捲くあたりなんかは彼ならではの味わい深さだ」
「よく、ウェルズ監督はウサン臭い人物のように思われてるけど、実際には彼は、ただやみくもに他人の映画に出て、なかには傑作も駄作もあるけどとにかく数多くの映画で色んな仕事をしたっていうだけで、彼自身が実際にウサン臭い人なのかっていえば実はそうじゃないの」
「まあね。俳優業だけで見れば確かにそうだし、あるいは実際の人柄から見ても決してペテン師というわけじゃない・・のに、ペテン師的なイメージが付きまとうのはやはり<火星人>のせいだし、若くしてハリウッドに敬遠された経歴のせいだし、それに数多くの実現しなかった映画の企画、立ち上げては潰れ、潰れては流れた(笑)という未完の企画の多さ、綱渡りの監督人生、そういうものも手伝ってる」
「そしてあの芝居っ気タップリの存在感ね。この映画のオーソン監督はまあほんと、ピタっと映画の世界に合っていたの。でもわたしは彼の一人称の部分よりも、実は贋作画家のエルミアという人物、彼に惹かれたなあ・・なんか田舎に引っ込んでる巨魁って感じがしない?」
「なるほど・・実際には巨魁を演じてる小物(笑)って感じもしたけど、作家アーヴィングに比べると踏んだ場数の数が違うような雰囲気は伝わるし、ウェルズ監督ともいい勝負っていうような存在感を漂わせてたね」
「エルミアが描いては燃やし燃やしては描く、それでいて平然と『さよならピカソ』なんて言ってるのが、すんごく小粋なおじさんって感じなの・・まあ別に好きにはなれないとは思うけど」
「僕はオヤ・コダールは好きになりたいタイプだったな(笑)」
「彼女はウェルズ監督晩年の伴侶で、ユーゴスラヴィア出身の女優、彫刻家ね。ウェルズ監督のミューズ兼秘書、みたいな感じで、だから後半のピカソのエピソードもまたウェルズ監督自身の思いが一部、錯綜してるみたいな感じ」
僕はあのピカソの部分はちょっと楽しめなかった・・っていうか、そう、ウェルズ監督とオヤ・コダールの寸劇はちょっと内輪受け的な感じがして、シニカルでユーモアたっぷりなフェイクの世界とはまた別の、まあなんていうか私情のモツレ(笑)みたいなものを感じちゃったね」
「ヤラセというより、ヤラセをヤラセて裏をかいてるような感じ?・・っていうか、まあそういうヤラセがフェイクなんです、最初に言っといたでしょ? って舌を出すところをオチにして済ませてしまうのはもったいない気がした」
「そう思うのは、ありとあらゆる映画はヤラセだからだ、とついゴダールみたいなことを言っちゃうけど(笑)」
「そういうことかなあ・・わたしとしちゃラストで別にウェルズ監督が舌を出さなくても良かったように思うわけ。まああれは実在のピカソに配慮したのかも知れないけどね〜」
「映画そのものがすでに生まれたときから舌を出してるわけでね・・だから僕なんかは却って、映画ってのはすべてドキュメンタリーだ、カメラの前にあるものすべてを写したドキュメンタリーで、そのカメラの前にあるものが現実かフェイクものかはまた別の話だ、なんていうふうに考えるわけなんだけれども」
「とにかく、イヤな言葉でいえば(笑)これはポストモダンのメタ映画」
「あっイヤな言葉だなあ(笑)・・ウェルズ監督入魂の遺作と言ってよ。すごいウサン臭い(笑)」
(2002.4.4)

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