「フェイス」1997年イギリス


アントニア・バード監督 ロバート・カーライル フィリップ・デイヴィス

「Rカーライルの魅力って、人さまざまでしょうけれど、わたしはどこか、いつも軽い感じがするの」
「でも、軽いからダメっていうんじゃないでしょ?」
「そうなのね。役柄も様々だから一口に軽いとも言えないんだけれど、シリアスな割にはあんまり深く悩まないっていうかなあ。深刻な問題にブチあたっても、本当の深刻さにまでは頭が回らないで、そこで泣き出しちゃうっていうかしら」
「要するに・・僕には、ちょっと女々しいって感じかな、彼の魅力は。ヒロイックなマッチョでない分、人間的な厚みは豊かに思う」
「人間の弱さを演じさせたら、今のところ彼の右に出る俳優はいないかもね」
「で、この映画は、クセのある5人の前科者たちが銀行強盗して、一夜明けたらそれぞれの分け前が消え失せていて、誰かが裏切って金を持ち逃げした、誰だ?・・と疑心暗鬼になったり、そのウラ事情が明るみに出るともうシンミリして切なかったり、仕舞いには持ち逃げされた金を奪いに警察署に押し込んだり、と筋立てを実に巧みに繋いで飽きさせない
「しかも人間味が豊かなのね。ただのドンパチでなくて。5人それぞれの家庭の事情だとかもとても丁寧に描かれていて、特にRカーライルには左翼活動家の恋人がいて彼女の立ち回りはとても素敵」
「ああいう恋人がいたらなあ・・という、これはちょっと理想化(笑)されすぎかも」
「些細なセリフ回しも小気味イイし、わたしはすごく楽しめた。いい映画だったって思う」
「そうだね。僕も例えば『こんなに朝早くからどうして起きてるんだ』『赤ん坊が泣けば何時だって起きるさ』みたいな生活感覚溢れた会話には、ハッとさせられた。はあ、そうなんだなあ・・っていう場面がとても多くてね」
「パブのシーンで色んな会話が飛び交う時の、その役者たちの目の置き所なんか、すごく雄弁ね」
「でも・・・」
「でも?」
「これだけ誉めておいて『でも』はないんだけど、僕は実はこの映画の奥底には<トレインスポッティング>とかに通じる軽薄さ以上のものはないようにも思った。情緒的には共感できるけれど、そこに描かれた世界が、ちょっとね・・食うために犯罪を犯すところまで彼らは堕ちていなくて、家も立派でクルマもあるし意外といい生活してるじゃん(笑)て感じ。人に説教までしながら、共産活動から転向したら強盗かよ?って感じだ」
「例えばRカーライルが、オレみたいな人間はカスだ、って言うけれど、そうよ、そんなに偉そうに言わないでよって思っちゃうくらい平然とカスだと言い放つのね」
「なんだか、観客のこっちがバカにされてるみたいでね。こっちも、ナイーヴな中学生とかだったらRカーライルの頼りないアンチヒロイズムに感じ入っちゃうだろうけど、まあ一応いい歳した僕ら大人としちゃ、お前もいい歳して馬鹿コクでねェ、カスならカスらしく、もっとまっとうな生き方はあるはずだろ、って言いたくなる。要するに泥棒までしなきゃなんない彼らの人生の本質的な問題までは、描かれてなかった」
「ま、そうなのよね。そこをイギリスのワーキング・クラスのいわずもがな、って感じで済ませてしまって、サイドストーリーばかりが楽しくて、結論はなんなんだ?って言われても、Rカーライルは人を殺しちゃったし、左翼の彼女だってはっきりした将来像を描けそうにないし・・・人情味溢れるドラマが続いてアクションもあって、なんとなく切なく終わって余韻は残るけど、展望はないの。あるとしても、うんと先のことね」
「僕は、例えば往年の『傷だらけの天使』とかさ(笑)、ああいう情けな〜いアンチヒーロードラマを思い出した。女史の言うとおり、多分Rカーライルは、まっとうにはやり直せないだろうなって予感もあって、その展望のなさは、実はこの映画の最初のカーライルとほとんど変わらないんだよね。つまり彼のキャラに随分と依存した映画だったってことだね。人間の、表面的な弱さ、という意味で」
(2000.1.25)

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