「ジキル博士とハイド氏」1941年アメリカ


 ビクター・フレミング監督 スペンサー・トレーシー イングリッド・バーグマン ラナ・ターナー

「原作のもつ怪奇趣味、探偵趣味をちょっとだけ残しつつ、なんていうか、愛憎からまるアンチロマンスに翻案したアイディアは面白いね。最新のJロバーツ主演作は、住み込みの女中から見た恐怖映画で、それも秀逸だけど」
「ボクはこれ、なんか身につまされる・・ううう(笑)」
「って、なにが?変身願望ってこと?」
「えー、それもあるけどさ、例え相手が良家の娘で、お互いに愛し合っているとしても、なんか結婚を目前にしてジタバタしたくなる男の気持ちってやつには、ジワーッと共感しちゃった」
「(笑)はあ・・そういう見方ね。確かにジキル博士は、ラナ・ターナーとの結婚を望んでいるようでいて、でも気が進まないでいるみたいな」
「そこで酒場のオンナに手を出すんだけど、これがバーグマン!若い頃のナスターシャ・キンスキーみたいで、下品なアピールがビシッと決まってるんだよね、ああいうバーグマンもいいなー〜〜色気というより募る欲望、が伝わる
「で、ハイド氏はクラウス・キンスキーね(笑)。ジキル博士はモラリズム、人間の本性は善か悪か?、みたいなところでジレンマに陥っていて、自分で人体実験するんだけど、よくよく見ると、バーグマンに手を出したいのに出せない、だからその勇気づけにクスリを飲んでいるのね」
「そうなんだ、まるで酔っぱらわないと女の子に声もかけらんないみたいな、情けないヤツって感じ(笑)。でもクスリを飲んで変身していく瞬間に描かれる彼の妄想がオカシクてね・・潜在意識ってやつだろうけど、それがコミカルなサディスティック・イリュージォンのオンパレード」
「二頭の馬を走らせてると、それがラナとイングリッドに変わっていったり・・なんか妄想が身近すぎちゃうけど。きっと、ああいうところも狩刈くんは共感するでしょねー」
「おーあたり(爆)・・は、ともかく、だからこれはすごく身近な、人間の欲望、そのダークサイドに訴えかける魅力がある。ダークといってもまま表層的だけど」
「はいはい。表層的ね。そのあたり、名優スペンサー・トレーシーはうまく演じてたよね、善人ぶったジキル博士には、実はあんまり人間味っていうか面白みが感じられないの。でもハイド氏になると、なんかすごく・・」
「ミリョク的?」
「(笑)ていうか・・厚みが感じられる、人間的っていうか」「まあ確かに僕なんか性悪説だから、当然にハイド君に真実味を感じるんだけど」
「で、博士のちょっと平板な感じを、執事がうまくカバーしてたのね」
「この映画はハスッぱなバーグマンの小鼻ピクピクものの演技とSトレーシーが変身していく見事な特撮だけでも十分に楽しめるけど、もうひとひねりすればだよ、これは例えばルイス・ブニュエルの<エル>とかOウェルズの<市民ケーン>みたいな、ある種の男のプロトタイプを極限まで突き詰めるような、野心作にもなりえたよね。それは男に限らないだろうけど」
「まあハリウッドで、しかも<オズの魔法使い>のあとにそれを求めるのはちょっとムリ。でも、わかるよ、普段は極端に自我が強くてパラノイアックなのに、沸騰点が過ぎると急にメソメソしたり善人ぶったりするタイプって、きっといるよね」
「そういう二重人格ってものを人工的に起こすっていうのが原作の素晴らしいアイディアだったわけだけど・・超人ハルク、急に見たくなっちゃった」
「(笑)デビッド・バナー博士ね」
「僕、ああいうマッド・サイエンティスト映画ってすっごく好きなんだよね」
「その種の映画って、大まじめでありながら、人間だれしもがこっそり思ってる欲望みたいなもの、あるいは哀しみみたいなものをアイロニカルに描いてる感じよね」
「ははあ・・僕、女史がこっそり思ってる欲望は知らないけど(笑)・・でも少なくとも僕は、ハエ男にはなりたくないなあ〜〜」
(2001.1.29)

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