「ドラゴン・ヒート」1999年香港


エリック・コット監督 エリック・コット THE ME

「いやあ、疲れた。頭が割れる。キモチ悪い・・うぅぅぅ」
「狩刈くんは二日酔いみたいね」
「レイトショーだったんで一杯飲んでから行こうと思ったら飲み過ぎた。で、この映画。頭がいたい・・」
「わたしも(笑)」
「だから手短に行くよ(笑)。これは映画というよりミュージックビデオ。全編ビデオ映像だのフラッシュだのを通したのはやりすぎ。それから例によってEコットは映画を作る楽しさに溺れてるだけ。セリフは繰り返しばかりでほとんどすべて無意味」
「・・映画に描かれていた、目的や責任を持たないような生き方の気楽さ、お遊び感覚が却って作為的でハナにつくわね」
「前作<初恋>の女史の評価はかなり高かったけど、今度はどう?」
「まああの映像とか音楽のめまぐるしさは二日酔いには悪いでしょうからもう言わないでおくとして、物語は特にないし、感情的な深まりもないしで、狩刈くんの言うとおり映画作りの楽しさだけで見せようとするのはツラかった。音楽も平板でありきたり」
「東京で、香港から来たヘンテコな男と知り合ったツルッパゲの女の子が、二人で天安門広場に行こうと旅に出て香港まで来て、いつの間にか男は姿を消していて、女の子だけが北京に赴く・・と、まあストーリーだけを言えば、なんか膨らみを期待させる作品みたいに聞こえるけれど、実は、中身はEコットとTHE MEのプロモーションビデオだった。で、僕は二人にあまり魅力を感じない。存在感があまりにも非現実的」
「Eコットはまるで自分を、フェアリーテールの無邪気な妖精みたいに描くのね(笑)あまりにも善意に満ちた作りが、呆れるくらいにハナもちならなかったの(笑)」
「悪意のなさか・・会社でお茶くみを注意されるシーンなんて、あんなの、当たり前のことだよ(笑)」
「ここで言い出すのは全然筋違いで憚られるんだけど、例えば、佐々木昭一郎監督の<川の流れはヴァイオリンの音>のことを思い出したの」
「あの傑作とコレとは全然スジが違うよ!」
「まあ違うのよ、でも、作り方によっては、ああいう素晴らしいドキュメンタリードラマにもなり得たはずね」
「それにはハゲ女に広東語を喋らせなきゃね。東京でEコットが日本語を話す。で今度は香港で女の子が広東語を話す。なんていうか、そうした異文化的なものがまるで感じられないし、べつにそんなものを描こうとしたワケじゃないとも思うけれど、それじゃ天安門てナンだよ、みたいな、要するにこの作品は観客に向かって、光と音を投げつけているだけで、ただ僕らの頭を痛くさせるために作られたようなもので、途中で席を立つ人もいたし、冗談じゃないよ、ったく!」
「まあまあ(笑)でも意外とこの映画は、古くならないかもっていう気はするの」
「だって無意味なものは古くならないよ」
「まあまあ(笑)。無意味と言えば、わたしは勝手に、こんな話を考えたの。例えば・・スキンヘッドのコが、例えばよ、ガン患者で余命幾ばくもなくて、でも死ぬまでに天安門を見たいっていう夢があって、それを叶えるために香港からきたラーメン屋の店員が奮闘している、みたいなメロドラマ」
「ははん?それで?」
「映画にはまったく出てこなかったけれど、もしもそういう設定があったとして、そして全編はそっくりこの映画のままだったとしたら、わたしは、もしかしたらグッと来ちゃったかもって(笑)」
「ははあ、なるほどね。あまりにもなんだかワケが分からない映画だから、見た人がそれぞれ勝手に設定を作っちゃう、これは参加型の映画だったんだ(笑)たった一言、THE MEが、あたしはガンでもうすぐ死ぬんだけど天安門を見たいってずっと思ってた、とか言えば良かったんだな(笑)。確かに女史の言うその設定だったら、Eコットの善意丸出しも、女の子の丸ハゲも、僕には理解できるな。でも、だ。僕はこの映画はキライじゃないよ、ほんと」
「(爆)今さら、遅いよ〜。才気は感じるの。でも才気のベクトルが分からなかったけど」
(1999.9.9)

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