「コクーン」1985年アメリカ



ロン・ハワード監督 スティーヴ・グッデンバーグ ブライアン・デネヒー

「女史は最近プールは行ってないの?」
「うーんたまに勤め帰りにスポーツクラブには寄ってるけど・・マシン相手よりは爽快ね、これからは愉しみたい季節ね〜」
「そんじゃニューオータニのプールでも行きますか、なかなか付き合ってくれる人がいなくてねぇ(笑)水泳はトシとっても出来るいいスポーツだしね〜って、女史はまだそんなにトシじゃないか(笑)失礼しました」
「こらこら。ま、泳がなくても、歩くだけだって筋力アップには効果的だし、お年より向き」
「というわけでこれは水泳やって若さを取り戻した老人たちの映画、というククリは・・出来ないか(笑)」
「語り口はまあまあ飽きずに見られたから良かったのかな〜って思う。ほのぼのしてたし。でも映画全体として考えると・・」
「またですかい?最近、語り口と映画全体にこだわってますな(笑)物語に入る前の導入部分なんかはすごくいいよね。男の子が天体望遠鏡で月を見てると宇宙に場面が映って、そこで地球にスポットライト。なんだろ、って思っていると場面は老人ホーム。元気で珍妙な老人三人組がヤンチャな雰囲気でオカしい・・」
「Sグッデンバーグ扮するモーターヨットの船長が悪態ついてるうちに、そのヨットを借りたいと申し出る大富豪然とした謎の男たちが登場・・」
「一人は女、ラクウェル・ウェルチの娘、ってんで早くも水着姿を期待(笑)はともかく、そうした周辺情報をキチっと抑えさせてくれる導入部にはとても惹きつけられる・・理解しやすいしね」
バラバラに出てきた登場人物たちが交差していくプロセスが自然で、しかも物語の舞台としてはこれ、老人ホームのご近所だけで出来上がっているわけで、そうした小規模でアットホームな設定と一方でのエイリアンとの遭遇という大きなテーマがヘンに小さくうまく溶け合って、全体は小さなハートウォームコメディに仕上げましたって感じ」
「無論そのハートウォームさに貢献したのはジェシカ・タンディやウィルフォード・ブライムリーたち、つまり老人ホームの愛すべき老人たちが実に可愛いってところ。彼らの無邪気さは、老後はかくありたし、って感じで実にいい感じ」
「でも、そこにおもねちゃった、って感じはあるの。つまりあの老人たちはまあ、かなり楽しい、いい老後を過ごしてるわけよ。きっとお金持ちだったんでしょう、それぞれ。それなのにプールでさらに若返って、さらに永遠の命を〜なんていうあたりは、なんていうかちょっと、そこまで望むわけぇ?贅沢だよね〜って感じね(笑)」
「うーん、僕はまああんまりヒネた見方はしたくないけど(笑)確かにこの映画には罪ってものがまったくナイんだね、小綺麗でお上品なコメディ、お菓子映画みたいなもので、心は温まるけれどそれも芯から温まるというよりはホンワカした雰囲気だけで暖まった感じがする。例えば同じ異星人遭遇映画の<未知との遭遇>でリチャード・ドレイファスが地上のすべてを投げ打ってでも宇宙に行きたいと願うその切羽詰まり方、そしてトリュフォがキミが羨ましいと微笑む慈愛に満ちた科学者としての態度、そうした、宇宙へ旅立つ大冒険を前にした細部ながら大切なエモーションの下支えは、この映画には少なかったとは思う。あの老人たちが全員安楽死しました、翌日遭難したボートが海上で発見されましたって結末であったとしても、この映画のハートウォームさはほとんど変わらないんじゃないかな〜」
「それは言い過ぎ(笑)ただ老人たちが、なんていうのかしら、それぞれ長い長い自分の人生を生きていて、今、海辺で最後の余生を送っていて、いつ訪れるかも分からない死を前にしている・・にしては、彼ら一人一人のそれまでの人生の厚みみたいなものが描かれてなかったという気はしたの。それがあったらもっと胸に迫る感動があったはず
「そうそう、僕が言いたいのもそんな感じでね〜老人たちには余白がありすぎ。裏を返せば彼らにとって目前にある死を迎えていこうとする態度とか、これまでの罪深き人生との決着の付け方とか、そうしたいわば『現世的』なしがらみが豊かに描かれていないのは残念・・罪なき老人たちの穏やかな老後ってのはドラマとしては深まらない」
「三人組の個性とかもハッキリしないし、ちょっとお年寄りたちを類型的に大づかみしすぎたのかな〜っていう感じかしら」
「確か一人はもと海軍だったらしいけど。例えば最初に出てくる男の子がもっと活躍するとかね・・実はあの男の子は母子家庭でしかも母親と不仲だとかさ(笑)、そんな孫を見捨てて宇宙へ昇天できようはずがない、とかいった葛藤でもあればね〜(笑)」
「よくもそう簡単にお手軽なヨタ話を思い付くわね〜(笑)」
「いやナンでもいいんだよ、要するにお爺ちゃんと孫との愛情の深まりとか葛藤とかいったサブストーリーでメインの宇宙人との邂逅というテーマを支えて、だからの葛藤を克服すべくラストの昇天がキワ立つ〜みたいな物語でもよかったってこと。この映画の老人たちはナニゴトに対しても疑問や葛藤を持たない。いつも葛藤だらけの僕としちゃそれは非常に不満だ(爆)」
「よく子供を中心にしてエモーションを深める『子役映画』ってあるじゃない?子供が主人公だから、物語の語り口とか視点の据え方とか大人の反応の仕方とかがおキマリながらも安定してる、っていう既成概念依存ジャンル。わたしはこの映画は似たようなことを『老人映画』っていうジャンルでやろうとした、って気がするの(笑)老人ておそらくこんな感じだろう〜みたいな類型的な描き方で止めておいて、それぞれ一人一人がキワだつようなドラマにはしなかった・・」
「ははは『子役映画』ってのは、観客は誰もがみんなかつては子供だったから、ある程度細部をハショったり類型的な語り口で進めてもみんなに共通の情報が与えられる、そういう『お約束』が許される既成概念依存型ジャンルなわけだよ。しかし多くの観客はこれから老人になっていくんだから、そうした女史の言う『老人映画』というジャンルはまあ、あんまり共感は得られないんじゃないかな(笑)」
「少なくともこの映画は異星人とのコンタクトという大事件をすんなりとかわしちゃった・・第三者的なポジションにあったグッテンバーグにしてからがそう。であればこそ『未知との遭遇』がメインテーマだったんじゃなくって・・となると、永遠の命とか、狩刈くんが言うよな『人生の決着の仕方』みたいな個体ドラマの視線があのプールに注がれないと・・」
「ただの水泳療法映画になってしまう、と(笑)・・まあ例えば不治の病に冒された孫を救うためにお爺ちゃんが異星人にご来光を頼む、な〜んていう人情話なんかは見たくはないけれど、そうした個体のドラマをすっ飛ばしちゃってオモシロオカシイ老人たちの奇行で繋いだという悪意ある見方をすると、この映画、ちょっと見方を変えなきゃなんないね〜(笑)」
(2005/05/23)



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