「髑髏軍団美女虐殺」1975年スペイン



アマンド・デ・オッソーリオ監督 ヴィクター・プティ マリア・コスティ

「その村には、7年おきに海から死人がやって来て、娘たちをさらっていく。娘たちは二度と帰らず、その哀れな魂はカモメとなって夜の海に啼く・・そして、あの死人たちはフランスの騎士たちだ、という言い伝えがある」
「・・なんて始めると、魅惑的な伝説に取材した怪奇浪漫なんだけど、これはまあお安く作られたゾンビ映画ね」
「まあまあ(笑)。オッソーリオ監督のゾンビものはこれと<エル・ゾンビ>というのを見たことがあるけど、僕は甲乙付けがたい気がする。有名なだけのことはある。この作品にはちゃんと怪奇浪漫の味わいはあってスプラッター風ドロドロゾンビ映画とはワケが違うよ」
「確かにドロドロはなくて、雰囲気で恐怖を盛り上げてくれる感じはあったの。でもねぇ・・」
「物語はというと、若い医者夫婦がとある海辺の村に赴任してきた。ところが村人たちはヨソ者を極端に嫌って口もきかない。それというのも、この村には身の毛もよだつ恐ろしい死人の伝説があって、まさに今夜から、娘たちを生け贄に捧げる儀式が始まるのだ・・ってな感じだね」
「そして医者夫婦のところに転がり込んだ身体の不自由な若い男と村の娘。4人は襲ってくる死者たちと戦って、でも次々に殺されて・・という展開。実に単純なんだけど、ところどころでは確かにゾッとする。もうちょっとあの医者の立ち振る舞いとか感情的なものが突っ込んで描かれていたら、もっと怖かったろうにと思うけど、彼、ちょっと気ままなご都合主義野郎なの」
「うーん、女史が言いたいのは、この映画は演出がちょっとザツだ、ってことかな?」
「まあ、そうね。もっとオドロオドロしく、Mバーヴァみたいな古風な怪奇趣味があっても良かったと思う」
「それはやっぱお安く作られちゃったから、っていう恨みはあるな。せっかくのゾンビたちも、あんまり魅力的でないし」
ボロまとって馬に乗ったガイコツっていう造形ね。ガイコツだから動きが鈍いの(笑)」
「あれはオッソーリオ監督のゾンビのトレードマークって感じだ。何度も使い古しちゃったって恨みもある(笑)。それはともかく、僕はこの映画、例えばブルターニュ地方のドルイド信仰とかさ、カトリックが入る前の異端宗教とかさ、なんかそういうヨーロッパに伝わる根の深い精神世界を土台にしている部分が確かにあって、そこが単にリアルなゾンビたちとベトベトした戦いを続けるだけのゾンビ映画とは決定的に違う、一種の伝奇的なポエジーを醸し出してる。伝説の恐怖と民間信仰とは裏腹だっていうテーゼがある、と思うんだよね」
「はあ・・無理矢理のこじつけで、すごい思い入れね(笑)」
「(笑)喋ってて息が切れちゃうんだけどね」
「百歩譲って、そういうポエジーとかテーゼとかいうのがもしあるとしたらよ、わたしは、この映画自体の時代設定をもう少し昔にして、例えば19世紀の科学と進歩の万歳時代とかに設定して、そこで科学者として使命感に燃えた医者が村に伝わる古来からの怪奇伝説に挑む、みたいな作りだったらなーって思うよ」
「まあ、そいつもありがちだけどね。でもそういう丁寧な練り上げがなかったのは事実で、それは僕としても残念なんだ。もっと言うと、このビデオ版は英語版で、しかもクレジットタイトルとかもひどくゾンザイな体裁になってる。まるでテレビドラマみたいに味気ない」
「最後にドクロのおメメからドヒャーと血が沸いてくるなんて、エゲツなくて正視に耐えないよー」
「とか言って、結構わわわ、とか笑ってたじゃないか(笑)」
「だってボコボコ沸くんだもん、意表を突かれたの」
「まあ女史はあんまりお気に召さなかったみたいだけど、僕としちゃ、例えば医者が生け贄の娘を救い出しちゃったことが知れ渡ると村人たちが死者たちの報復を恐れて、家財道具を大八車に乗せて我がちに村から逃げ出そうとする、ああいう場面をきちんと挿入しているところにオッソーリオ監督のロマンを感じたいな」(2000.8.4)


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