「アルチバルド・デ・ラ・クルスの犯罪的人生」1955年メキシコ



ルイス・ブニュエル監督 エルネスト・アロンソ ミロスラバ・ステルン

「僕はこの映画も大大大好きで、まあブニュエル作品のなかでもかなり上位を占めているんだけど今となってはなかなか観られる機会がないね」
例によって妄執狂の紳士が主人公、と言ってしまうと、ああそうか!ブニュエルだもんね、で終わっちゃいそうなんだけど・・」
「でも細部のアイディアが素晴らしくて、しかも全体にアンビギュアスだ」
「物語はというと、女性に殺意を抱くとその女性がひょんなことから死んでしまう、という男の物語ね・・話は幼年時代に母親からもらったオルゴールにさかのぼる」
「オルゴールの由来を家庭教師に聞かされるんだね。このオルゴールは昔々ある王様の持ち物で、呪いをかけると相手を殺すことが出来る・・と。それで主人公アルチバルド少年は口うるさい家庭教師に殺意を抱くと、なんと目の前で、革命騒ぎの流れ弾が飛んできて彼女は死んでしまう・・そして首筋から流れる黒々とした血と倒れた拍子にめくれ上がったスカートから覗き見えるまだ暖かい太股!うううむ。フェチにはたまらん」
「(笑)ああいうダイレクトな入り方、ストーリーの導入の仕方が、こちらの心をぐっと掴むのね・・」
「僕のフェチ心も」
「まあ(笑)そうかも。そしてアルチバルドは今や立派なブルジョワ紳士になっていて、自分は犯罪者だ、相手の死を願っただけで相手を殺してしまう・・なんていうパラノイアに陥ってる」
「なぜ主人公が陶芸に凝ってるのか分からないんだけれども、ロクロを回しながら濡れた粘土をコネコネしてるシーンなんかが奇妙に生々しくてエロティックだったりして」
「それとブニュエル映画でいつも感心するのは、主人と執事・使用人たちの会話なの。なんかお互いの信頼関係の厚さみたいなものが伝わってくる・・」
「ヘンなとこに気が付くね(笑)確かに彼の映画には必ずといっていいほど主人と執事の会話が出てくるし、それが以外にワンパターンでいつも主人は着替えてるところだったりする・・あと、僕はなぜ主人公が酒を飲まないのか、みたいなところも気になったんだけれど、ちょっとあれは意味不明だな」
「全体にストーリーは<欲望のあいまいな対象>にも似てると思わない? 立派な紳士が女をモノにしたくても自分の思うところに自家中毒になっていって妄想狂に傾いてく、っていう話し」
「それはブニュエルにとっては定番、というよりライフワークなんだろうね。語り口も『まあ聞いて下さい、実はこんなことがありまして』といったスタイルだし。でも僕は全体より細部を楽しみたいわけ・・途中で知り合ったラビニアという女をからかうために彼女そっくりのマネキン人形を手に入れて、それで彼女からイッパイ喰わされたと知ると頭に来て、そのマネキンを焼き物のカマで焼いちゃう・・」
「人形を引きずっていく途中、その片足が外れて転がったりして・・あれは<トリスターナ>ね」
「そうなんだね、あの人形のシーンは見事だった。まったくブニュエル・テイストのエロティシズムで、それは要するにフェチってこと」
「はいはい(笑)ついでに言うとこの映画にはハイヒールのアップが二回出てくるし」
「(笑)おお、女史も分かってるじゃない!」
「それにラビニアはアメリカ人観光客のガイドをやっているんだけれど、アルチバルドと彼女とが二人切りでいいムードになって来た時に突然、観光客の一団がドカドカ屋敷に踏み込んでくる・・なあんていうのは<ブルジョワジー>で演習のために一団の兵隊が勝手に野営を始めちゃうのとそっくりね」
「そうなんだね・・この映画には後のフランス時代の傑作がずいぶんと先取りされてる・・というか晩年のブニュエルは、この<アルチバルド>の翻案めいたシーンがとても多いのも事実」
「アルチバルドの言い分を聞かされ続けてる観客としては、彼がどんなふうに相手の女に殺意を抱くか、そしてその相手はどんなふうに死ぬことになるのか・・そういう興味で観客を引っ張っていって、特にあのマネキンのエピソードの直前で焼き物のカマのバーナーを全開にするところなんかゾォ〜っとしちゃう(笑)。で今度はそれまでチラチラと出てきていた婚約者のエピソードに焦点が定まってく、このあたりはじっくり見せてくれてホント飽きない」
「出てくる女性のタイプがみんな違うっていうあたりもいい。最初は口うるさくまとわりついてくる遠慮のないイヤな自意識過剰女。次がコケットリーで頭の回転も良さそうな好感の持てるラビニア。で、次が伏し目がちで本心を秘めたまま彼と結婚しようとしてる婚約者・・ところがこの婚約者には建築技師の恋人がいて、その彼が最後に・・と、まあ結構ピッチが上がってくる」
「細部と言えば、結婚前夜のアルチバルドに一通の密告状が届くじゃない? フィアンセの真の姿を見たければ何時にどこそこに来い、とか。あれは実は建築技師が自分で切羽詰まって書いたのかしら?」
「僕もそう思うな・・わざとアルチバルドに見せつけてやろうとしてね。でもそれをそうとは描かないで余白にしておく、そういう心憎さがいいね」
「まあすべての一件を警察で告白したアルチバルドに対して、警部は、そんなのは犯罪じゃない、人を殺したいと願うことは誰にだってあることだ、あんただけが特別じゃないさ、と諭されて、それで気が晴れて・・彼はついに因縁のオルゴールを池に投げ込んじゃうの」
「ステッキ振り回したりして妙に晴れ晴れとしてる(笑)異常なくらいで、そこは<エル>のラストシーンみたいな狂気さえ漂う」
「そこに再びラビニアが登場するんだけれど、実はあれはアルチバルドの妄想なんじゃないかしら?」
「うーん。僕もだいたいはそうは思うんだけど、女史はどうしてそう思うの?」
「ラビニアの登場の仕方ね・・アルチバルドが『どうしてこんなところにいるんだい?』と尋ねると『わたしどうしてここに?今まで本を読んでいたのに』って彼女が答えるの・・これって夢のなかみたいな話しでしょ」
「なるほどね・・僕ははっきりと、あれはアルチバルドの妄想だ、とは断言できないんだけど、少なくともアルチバルドはこれからだってラビニアを殺すかも知れないぞ・・ってな、タノシイ予感がするな。ブラックな終わり方だよ」
「確かに彼自身はべつに心を入れ替えたわけじゃないんだしね・・で、最後に関係ないけれど、この映画の撮影完了後すぐに、このラビニアを演じた女優は自殺をしちゃって、マネキン人形のように火葬された、っていうブニュエル神話があるのね」
「モダンで可愛い感じの女優だったけれど、惜しいねぇぇ」(2001.8.25)


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