「荒馬と女」1960年アメリカ


ジョン・ヒューストン監督マリリン・モンロー クラーク・ゲーブル

いやー実に、実に不思議な映画で、こりゃカルト入ってるよね
「主役は末期症状と化したモンローの神経症って感じ・・とにかく掴みどころがないの」
「なんというか、こうなると一種の離れワザ映画だ(笑)。一応、設定としちゃ、シカゴから西部の街にやって来た傷心の女が、土地のカウボーイたちと3人と仲良くなって、うち一人と恋に落ちたはいいけれど、酔っぱらってははしゃぎまくり、ロデオ大会で一人が怪我すると泣きわめき、3人が野生の馬を捕まえてドッグフード業者に売ろうとするのを知ると泣きわめき、あとは・・急速に大団円に向かう(笑)」
全編のメリハリのなさったら、狩刈くんの大好きなジェス・フランコも真っ青の出来ね(笑)。一応、カウボーイたちもワケありで、妻とうまくいかなかった過去が未だに尾を引きずっている元爆撃機の操縦士とか、子供たちに愛想尽かされちゃった時代遅れの中年男とか・・あとはマザコン気味のモンゴメリー・クリフトとか」
「なんかさ、登場人物たちがしてることというと、議論してるか酒を飲んでいるかワメいているか、どれかなんだ。物事の展開に因果関係がなくて、出来事が深まっていくカケラもなく、ただ連続して次々に、クルクルとエモーションが変わってく・・まったく映画自体が躁鬱病ていうか神経症の症状なんだ」
「モンロー最後の映画ってことで、彼女の精神状態次第の撮影は、相当に苦労したんだってね・・それで完成後にCゲーブルが、ひゃー心臓がマイっちゃうかと思ったよ!って言ってたら本当に心臓発作で彼は10日後だかに死んじゃった!」
「Cゲーブルの寿命が縮んだのもよく分かる感じだな・・この映画、ほんと掴みどころがなくて、悪夢みたいな展開だもんね。こういうの、シュールで、実はキライじゃないんだけどさ(笑)」
モンローのカラダばかり嘗めるように撮っていたりしてね」
「そう(笑)。大体西部の荒くれた街、女たちもみなコットンシャツにジーパンてな出で立ちのなかで一人モンローだけがスケスケヒラヒラのワンピースってのがね・・いいんだよね!それでいて、あきらかにサスペンス調の音楽。なんなんだろ、あれは?」
「Cゲーブルが演じた、馬に乗る代わりにトラックを転がしてるカウボーイも、彼なりにすごく人生に行き詰まっていて、オレってアナクロなのかなあ(笑)って・・なんかものすごくシリアスなの」
「爆撃機の元パイロットってやつも屈折してるし・・本来ならば、そういう人生に行き詰まった男たちと、孤独な女とが出会って、互いに心が癒されるみたいな、そういう映画にはおあつらえむきの題材なんだけど」
「全然この映画は癒してくれない(笑)見ててカリカリしちゃう」
「それが快感だったりして(笑)」
「モンゴメリー・クリフトだけが、ちょっと曖昧だったのね」
「彼の登場の仕方が面白かった・・映画の中盤で登場して、その途端に長々と母親に電話して、その間ずっとそのシーン。全体としてこの映画は、いわゆる映画的な展開、つまりエモーションに応じて時間の密度の濃淡をつけていくって展開じゃなくて、なんか次々と変わるエモーションを追いかけていくだけで、それがなんか夢みたいな感じになってる」
「さっきまで口論していたかと思うと突然抱き合ったり・・とか」
「モンローのウィスパーヴォイスも、あれがどう聞いても病的でね・・」
「いろいろと制約があったんでしょうけど、意図的にこういう風な映画を作っている作品があったら、わたしも一度は見てみたい気はするわ」
「なんとなくラス・メイヤーとかさ、ポルノまがいのお手軽映画にはこのテのものがあるかもしれないね」(2001.2.27)


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