「偉大なるアンバーソン家」1942年アメリカ



オーソンウェルズ監督 ティムホルト ジョセフコットン アンバクスター アグネスムーアヘッド
 
「これはまあ、呪われた映画という意味で、どうにもやりきれない作品だ」
「<市民ケーン>に続いてウェルズ監督が撮った第2作ね。けれど、試写会の反応が不味くて、会社の都合でズタズタにカットされたうえ余計なシーンを追加されて、30分以上も短くされちゃったといういわくつきの映画」
「ウエルズは、随分後になってさえ、これを見て涙を浮かべたっていうよね・・ま、それはともかく、だからこの映画をどうこう言えないことは百も承知で言わせて貰うけど、この映画は傑作です!」
「主人公のジョージは、旧弊豪奢な大富豪アンバーソン家の跡取り息子で、最初は悪ガキだったのに、恋をしたり母を気遣ったり叔母の悩みを知ったりしてるうちに、没落しちゃう、でも頑張る、という話でいいのかしら?」
「ジョージについてはね。そこに脇の筋書きが豊富で、まあ90分ながらも、なんか今世紀初頭のアメリカの大富豪をモチーフにした時代絵巻みたいな感もある。舞踏会も重厚で圧巻。何よりもセットがまた素晴らしいしね」
「画面が、とにかく暗いのはパンフォーカスのせいかしら・・」
「僕が好きなのは、あの叔母の悩みなんだ。叔母は、Jコットン扮する発明家のことが好きで、でも機会を失ってしまって、その発明家はジョージの母親のことを愛していたんだけれど、その母親も機会を失ってアンバーソン家に嫁いでいて、今はまあ皆、大人同士のつきあいなんだけれど、若かりし情熱の炎はまだ消えていない、といったあたり」
「あの叔母さんは、アンバーソン家が没落して無一文になってヒステリーになって・・すごい上手い演技って思ったの」
「モチーフとして、発明家コットンが、自分の開発した自動車が世間を席巻して、クルマ社会になっていくだろうことに深く憂慮してるというあたり。そういう社会的な視線が<市民ケーン>と共通するウェルズらしいモチーフだよ」
「それが今回は古き良き恋愛ゲームみたいなものと相まって、幅が出ていたとは思う。でも・・<市民ケーン>でもそうだったけど、ウエルズの映画って、中に入り込めないのよね。どこか冷徹な造りめいたところがあって、単なるメロドラマのようには感情移入も出来ないし・・」
「そう。造りが、メロドラマじゃなくて、ドキュメンタリータッチなんだよね。メロになびくにしては、テンポも早すぎるし、あっさり一言だけで、深い情感をさらりと伝えたりするし」
「そこは演劇から来た独自のものね。一行のセリフの迫力は比類がないくらい。でも、テンポの速い割りには、なんか長いっていう気もするし」
「そこは・・長回し。あの、もの凄い長回しに加えてセリフも膨大だからだと思う。それがなんか息が詰まる感じは、否めないんだ。でもそれってウェルズの映画ならではの緊張感だよ」
「この映画が本当はどんな映画だったのか、今となっては想像するしかすべがないんだけれど、一節によるともっと暗い(笑)映画だったというらしいし。って、画面がってわけじゃないと思うけど」
「同じキャストを集めて続編というか後日談を造るって企画もあったらしいんだ。まあまずは現在の90分バージョンをオリジナルに戻してくれって言いたいんだけど」
「・・呪われた映画、ねえ。わたし、アンバーソン屋敷の階段は、一生、忘れないと思うな」
なにかが下りてきそうな階段だった。でも何が下りてくるのか分からない・・そういう大富豪なりの重圧みたいな圧迫感があったね」(1999.6.3)

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