「アメリカン・ビューティー」1999年アメリカ


サム・メンディス監督 ケビン・スペイシー、アネット・ベニング

「不思議な映画、というのが第一印象だったのね。どこか非現実的でフワ〜っとした感覚があるのに、なんか身につまされるような日常的な事件が続いて結局すごい遠いところまで連れていかれちゃった、みたいな」
「そうだねぇ。僕はこれファンタジーみたいに思って見終わったんだけど、それはかなりブラックな毒々しいファンタジーだった。父親がイロっぽい娘の同級生に夢中になっちゃうなんてのはまだ序の口でね・・これは怖い映画だよ
「概していい歳した父親ってものは世間的な体面もあるから、家庭は波風たたないでそこそこ平凡であるべきって考えてるもんよね、そうやって家庭内のほころびを取り繕いながら、まあなんとか皆の幸せってものを考えてる」
「で、そうした体面を取り繕うために彼が犠牲にしなきゃならないもの、抑圧されたものが必ずや父親の内面にはダークに蓄積されていて、それが意外な瞬間に噴出する(笑)・・その意味では、Kスペイシーの行動は実に合理的なんだよ」
「一見普通に見える家族が実はバラバラで・・なんていうのはまあよくある題材だし、それがどうなっていくか?円満に戻るか分解するか?なんてことには、わたしはあんまり興味がなかったの、むしろ本題としては・・」
「ケヴィン・スペイシーがどこまでどうやって狂っていくか?でしょ」
「(笑)言われちゃった・・そうねぇ。狂うっていうか、踏み外し。それも一気に行くんじゃなくて日常的に。まずは体面を捨て去るの。悪態ついて会社を辞めて、ドライヴスルーのハンバーガー屋で店員やって、麻薬はやるしトレーニングはするし(笑)どんどん好き勝手やっていって、でも、それを埋め合わせるもの、結果的に得るものが、ないのね
「ああ、僕もそういう視点はあったなあ・・Aベニングにしても一人娘にしても、あのキュートな同級生にしても、なんだかまあ我が道を行くって感じのオーバーアクション混じりでその日その日を生きているんだろうけど、それと釣り合うだけの、なんか『成果』『展望』ってもんがちっとも出てこないんだよね。それを一番に正面からバチって出していたのがKスペイシーでね」
「みんなそうよ。一人娘だけは隣の息子とイイ仲になりそうなんだけれど、そこでしてる会話は『うちのパパ、殺してくれない?』『いいよ、殺そう』みたいな(笑)。全てにわたって不毛、って感じでそこがまたドライでソラ恐ろしい」
「Aベニングはそこいらを完全にコメディで演じていたね」
「彼女一人が浮いてた」
「でも、もしかしたらあれがオーソドックスな、これまでのセンスなのかもしれないよ。すべて空回りするけど、人生に笑いだけは残る、みたいな。セックスと男のことしか頭にない同級生が実はバージンだった、とかいうのも、まあ常套だ。けれどKスペイシーの破壊的で依るべなき虚無・・っていうと理屈っぽいけど、ガレージでバーベル上げ下げしていい汗かいてるのにそれがちっともいい汗になってない空虚な営みっていうのは、これはもう恐るべき世界観を提示してる。好景気が続く神なき国アメリカでの、人間的な価値なき生活
「それはますます理屈っぽいよ(笑)。アメリカン〜というタイトルね。これがまた二律背反で、アメリカ人がなんとかまあイージーゴーイングでやっていこうとしてる姿を見せながら、一方でその裏には、もう彼らを支えているものは何もないんだって思わせる」
「つまりKスペイシーのラストだね。あれはまさに女史の言う、彼らを支えているものはなにもない、っていう裏書きだと思うね。あの後ぶつぶつと、それでも人生ってもんは・・なんて感じでスペイシーの粘液的な声色のナレーションが続くけど、あそこはイギリス人監督らしいブラックなまとめ方で、決してライフ・イズ・ランダフル的にまとめた訳じゃないね。でも、突き放しもしなかった、そこがシュールにブヨッと凝結した」
「隣に住む海兵隊の将校の家庭っていうのがまた・・(笑)すごい壊れ方。でもあれはまだ昔の、っていうか、今までの家庭の壊れ方なのよ。権威主義的な父親と、もう一言も口を出せないでいる母親と、屈折してヤクの売人やってる息子。そういうのがアメリカの、ある種の壊れた家族の典型だったの」
「確かにそうだな・・DV家族みたいな、ね。それに引き替えKスペイシーはただ一人、新しい壊れ方をしていって、それに自分自身でも薄々気がつきながらまだ、なにかと肯定的にぶつぶつ締めくくる・・」
家庭崩壊っていう以上の突き詰め方があったと思うのね。バーナム家では一人一人が自分てものに目覚めて、それで家族は崩れ去る・・けれど、そこにとどまらないで、自分に目覚めて、その後には何もないってことに薄々気がついてるの」
「自己チュー(笑)とかさ、ミーイズム、エゴってものを突き詰めていくとそこには『無』しかない、自力自力と詰めていっても残るのは『無常』でしかない・・っていうのは、東洋人の僕らには実によく分かる。夏目漱石の頃からそうだったし(笑)」
ところがアメリカでは、そこにピストルがバン!て来て終わり・・そこがもの凄く切実なんでしょうね」
「それを深いところからまざまざと伝えたKスペイシーのオスカー受賞は、頷ける。とにかく凄い演技で感服したよ。それとAベニングの鬼気迫る最後もよかったな。僕は彼女が最後にピストルを隠して声にならない泣き声をあげるところ、あそこはこの映画の作り上げた見事なまでに虚しい日常世界を食い破っていた、それだけの現実的な迫力、ズバッと底が割れた戦慄の瞬間があったと思ったな」
「あちこちにコメディタッチをつきまぜて飽きさせないし、隣の息子のヘンテコな存在感とかゲイカップルとかで非日常的な感覚を持続させてって、おまけに隣の父親がKスペイシーと息子がヤクを売買している様子を窓越しに覗くシーンなんか、もうゲラゲラものなのに、それがあんな結末まで行ってしまうという・・なんていうか、これはとても面白い作品だったよ」
「確かに・・よくもまあこんな映画が出来たな、って感心するくらいに、これは離れ業に近いものを感じたんだ。例えば僕はこれ、キューブリックの遺作だ、なんて言われても本気で信じるかもね」
「映画は素晴らしいの。でもそこに描かれてる世界は、とても素晴らしいとは言えない(笑)」
「怖い。寓話的でないだけに、なおさらだ。監督が親心にバラのCGを散らしてくれたのにおもねて、ただひたすらファンタジーだと思いたいくらいだよ(笑)」(2000.10.10)


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