「アメリカの友人」 1977年 ドイツフランス

ヴィムヴェンダース監督 ブルーノガンツ デニスホッパー

「まず原作パトリシアハイスミスの小説から見事に翻案した才能に脱帽ね」
「まったく、<太陽がいっぱい>のアランドロンと同じ人物をカウボーイ紛いのデニスホッパーがやるというところが感激。しかも眼鏡をかけたホッパー!
「原作ではトムリプリーが主人公で彼の活躍を追うんだけど、映画はガンツ演じる額縁職人が主人公で、サスペンス色が一段と盛り上がってたわね。白血病だかで余命幾ばくもない、殺人を依頼されて、どうする? カネのため家族のために引き受けるか・・っていう心境は内面的なサスペンスとしてとってもシリアスよね」
「そして決定的なところで突然Dホッパーが出てくる、ものすごくカッコいい。僕は彼のファンなんです」
「模造美術品の商いをしながら裏の世界に通じていて、でも決してスーパーマン的な全能者じゃなくて大汗かいて人殺しするといった存在感。単にテイ良くあしらわれたのが気にくわなかったから職人を殺人に巻き込んだ、というのも人間像として複雑かつ重厚に描かれていたと思うわ。それに映像がとっても綺麗だったよね、画面の色調がすごく計算されていたと思うの」
「パリの、メトロとか駅とかの白茶けた感じ、蛍光灯で照らし出された無機質的な感じと、ハンブルグの自宅の雑然としてるけれどいかにも小さい子供がいる家庭的な雰囲気とか、主人公の心情とシーンの造形がピッタリしてる。いかにもヴェンダース監督らしい気の配り方だね、ま、映画としちゃ当然に当然の演出なんだけれどさ、そういうところをハズす映画も多いからなあ」
「演出というか物語として気になったのは、ミノって男がギャングの一味に襲われていてニセの救急車に監禁されていて・・とかいった、ちょっと本筋と離れた枝葉の部分は、逆に、長いって感じたの。ヨナタンとトムの話に収斂しきれてない、背景っていうか随分と周縁的な挿話だわよねぇあそこは」
「まあ、そうだな。でもヨナタンとトムがチームを組むっていう、いやチーム以上の心のつながりみたいなものを感じるしねぇ、そこが友人、ってことかなあ」
「あの場面があったからこそラストの裏切りっていうか仕返しが効いてくるっていうのはあるかもしれないわね」
「ラストといえばヨナタンが本当に死んじゃうところまでは見せなくても良かったと思うな、突然、彼の運転する自動車が堤防を越えてぐうーんとスリップしながらガキッと止まる・・あたりはシイーンとして、それでお終いっていうのも良かったんじゃないかなあ、寸止めっていうかさ、余韻を残す終わり方。そこにジャンカジャンカってギターのテーマ音楽」
「それは感性の問題よ、あたしはラストに別に何の不満はないけど・・っていうか、なんか最後にもう一度あの奥さんの顔を見たかったの、哀しそうなあの顔はとても印象的だった・・」
「そう?印象的といえば、あのパラパラマンガみたいなものをちょっとした贈り物にするじゃない、あれって映画の原型っていうかさ、いかにも映画への愛を感じさせる小道具だよね、ああいうセンシティブなディテールへの凝り方も、実に素晴らしいと思ったなあ」
「フリッツラングとかダニエルシュミットとか、チョイ役で名だたる映画監督たちが友情出演してたわね」
「Dホッパーだって名だたる映画監督だよ!」
「でした!」
(1998.6.30)

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