「アルタード・ステーツ」1980年アメリカ



ケン・ラッセル監督 ウィリアム・ハート ブレアー・ブラウン

「前回、プールに入って若さと健康を取り戻す老人ジャンル映画<コクーン>を見たわけだけど、今回は、お風呂に入って原始時代の記憶を取り戻す科学者映画、ね〜(笑)」
「これ、封切りの時は結構キワモノっぽい人気があったような・・って、当時の記憶を思い出すために、ちょっとお風呂に入ってこようかな〜一緒にどう?(爆)」
「幻覚映画、摩訶不思議映画っていうような評判はあったような気がするけど、今回見直すまですっかり忘れてた」
「僕はほら、もっぱらブロン液とかさ、せいぜい今でも脱法ドラッグ系と呼ばれてるよ〜な薬しかやらなかったし、もともとLSD系幻覚剤よりは覚醒剤やハッパのほうだったから、あんまりこの映画には食指を動かされなかったんだよね・・」
「あはは、狩刈くんのジャンキー時代ももう20年ちかく前ねぇ(笑)高いクスリと安い牛丼生活で肝臓がパンクして、ついに入院したよね?」
「白衣の天使ちゃんたちに囲まれたパラダイスライフを一ヶ月も送らせていただきました・・父親の知り合いが院長やってる病院だったから、なんとかコトなきを得ました(笑)って、それはともかく映画の話」
「父親の死のショックで少年時代に信仰を捨てた生理学者ウィリアム・ハートが、精神分裂症患者の幻覚作用を研究しているうちに自分を人体実験してメキシコ産キノコと瞑想タンクにハマる・・」
「なるほど〜!神を捨てた、とかいうあたりが後になってアダムではなくサルになっちゃったとゆー罪深い原因だったのか!って今、気が付いたけど(笑)僕はこういう感じで見た・・『愛してる』と言えない堅物口下手な男がメキシコ産キノコと瞑想タンクのおかげで『愛してる』と言えるようになりました
「まあ、学者2人の夫婦愛、みたいなサブプロットはなんとかこの映画に結末をつけなきゃならない方便として書き込まれていたって感じ。出足は好調だし、ニューヨークとメキシコの場面転換なんかもあって途中は飽きないし、ケン・ラッセル監督らしい意表を突いたマンガ的幻覚も見ていて、まあ、まあ、楽しいし・・」
「レントゲン写真でゴリラじゃないか、って言われるあたりまでは緊張感もあってね。ハート博士もパラノイアックなマッドサイエンティストを好演してくれてね。もう一度実験したい!なんていうあたりでは、ヨセヨセ、ヤメとけ!って気持ちと、でもまだ先が見たい、っていう期待感を持たせてくれた・・でも結局ナニが起こったのか、っていう総括的なところで、発想と映像化との規模がチグハグになっちゃった・・例えばホドロフスキー監督が<ホーリーマウンテン>でやってみせたようなシニカルで奇抜で残酷な人間性の限界の描き方を、この映画は単なる幻覚、それも地獄とか細胞分裂とかいったかなり手あかの付いた類型的な幻覚シーンでやろうとした、しかもその幻覚は麻薬とタンクの力を借りて発生する、といったあたりで早くもダウンサイジングされた映像的発想に立ってしまったことは否めない・・」
「あるいはキューブリック監督が<2001年>で大宇宙に描いて見せたような壮大なSFX進化論を、まあ当時としては世界最高水準だったとはいえ単なるメイキャップでやっちゃった、っていう感じ?だから最終的には夫婦愛で収束するくらいの小さな規模になっちゃった、っていうか、むしろ着地点は最初からそこにあったのね〜って感じがした。特に2人が結婚するまでの描き方とか、離婚をちらつかせる中盤あたりで仕掛けが見えてきたし・・」
「まあウィリアム・ハートはあれだけの異常な事件を体験したわけだから、その使用前・使用後で、彼にナニかしら大きな変化が現れなきゃ不合理ではあるよね。けど結果的には妻への愛を素直に再認識するだけでした、というのはちょっと、いただけない・・」
妻役のブレアー・ブラウンは整いすぎの古風な美人女優で、学者という点ではハマっていたけれどエモーショナルなラストシーンにあっては古典的すぎて盛り上げ不足。ああいう終わり方をするのなら、夫ともども、二人でもっと泣きの涙で締めくくっても良かったはずなのに、どこかクールにとり澄ました感じだったよね〜」
「アーサーとメイソンという同僚科学者・医者たちがヘンに浮いてしまっていたりね。テーマは大規模ながら、これは結局は小規模な映画ではあってね。例えば脚本をちょっといじれば、世界人類学会を巻き込んでパニくった社会問題化していく展開とか、米軍やCIAとかが出てきて陰謀化していく展開とかいった、いわゆるハリウッド流の巨額投入誇大妄想映画にもなりそうなところ、そうはしなかった・・そこはラッセル監督の限界というか節度というかな。彼はチマチマした世界で密度の濃さを狙う作風だしね」
「興行的にはかなり失敗だったっていう話ね。80年にもなってアシッド映画なの?っていうクールな受け止められ方もあったと思う・・」
「まあ<未知との遭遇><スターウォーズ>みたいな宇宙モノSF大作が70年代最後に出てきて、人類の活動領域はぐーんと何万光年先まで広がったわけだよね(笑)けれどこの映画は都会の大学の地下機械室の狭いタンクに閉じこもって内省的に自分と人間てモンを見つめようとしてみた・・かなり思弁的でヘンにお手軽で妙に説教っぽくもある世界観が、すでに何万光年も先に行ってる一般大衆に届くはずがない」
「次作<クライム・オブ・パッション>の破れかぶれは一般大衆に届いたかしら?(笑)」
「僕にはあのバッドテイストはしっかり届いたけどね(笑)ってそれは<クライム>のとこで喋ったっけ。ただ僕にはいつもラッセル監督って一筋縄じゃいかないからね〜という過大評価もあってね。だからこの<アルタード・ステーツ>を本気でマジに彼が作ったのかどうか、ってことにも興味はあるんだよ。ひょっとしたら本当はキワモノなおバカ映画を作りたかったんじゃないかな〜とかね。サルの逃げた先がサファリパークっていうのが、そのあたりのハズし方のいい例のように思えてならないんだけど」
「そーれは、違うでしょ〜。幻覚を見たしサルにもなったけど、本来は神がいるべき場所に『無』しかなかった、だからその『無』を『愛』で埋めよう・・そういうこの映画のテーマは決してキワモノでないし、おバカ映画にはもったいないよ(笑)。『無』しかないってことをホドロフスキー監督みたく『これは映画だ』と切り返す剛胆さもないし」
「あるいはソコへいきなり人間の胎児を持ってきたキューブリック監督の舌足らずな確信もない、と・・しっかし、こう並べると、この映画は<ホーリーマウンテン>や<2001年>に匹敵するよな素晴らしく偉大な作品だった、という感じだね(笑)」
(2005/06/01)




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