「悪魔のいけにえ」 1974年 アメリカ

トビーフーパー監督 マリリンバーンズ

「スプラッターホラーファンのバイブル的な作品なんだって聞いたわ」
「ま、Tフーパーとこの作品が後世のホラー映画に与えた影響は計り知れないものがあるよ。即物的な恐怖。ただ人が殺される。相手は殺人鬼。それだけでも映画は出来るしそれが十分に面白い、鑑賞に耐えうる、いやむしろ実にスリリングな作品になっていることを思うと、映画って結局は覗き趣味を満たすためのものだなぁって思った」
「最初ワゴンのなかで突然腕を切られる場面、あそこはショックだったわ、予期してなかったから」
「自分が切られたかと思っちゃうよね」
「あとは鉤に吊されるところ、あれも痛そう!!」
「痛そう・・って、そういう問題じゃないような気がするけど(笑)、ああいう嫌悪感と苦痛と恐怖をないまぜにする演出ってのはこの作品の白眉だよね。全体としては吐き気すら催させる緊張感が漲っているんだけど、どこかで間延びしてるっていうかな、アメリカ中西部の気怠い昼下がりって感じもすごく出ていたし」
「そういう、狂気を育む風土がアメリカにはあるんだろうね、<サイコ>もそうだったし。面白かったのはさ、学生だかなんだかの例の若い男女が、いちゃついたり、仲間割れしたりしながら、連日の田舎巡りでなんとなく退屈してるみたいな雰囲気を出してるじゃない。口ではそうは言わないけれど、なんかオモシレーコトねぇかなー、みたいな。そういうかったるくてダレた気分と、圧倒的に鮮烈で手際が良いとさえ思える殺人シーンとの対比みたいなもの。そういう演出は、被害者がコワイコワイってビビッて追いつめられてくよりもよほどに怖かった。あと、GSで親父が出ていくと息子が窓拭きにつられて出る、みたいなギャグも冴えてたわ、あれはおかしかった」
「反面、最後まで残った女の子一人がいたぶられる後半になると、ちょっとペースが落ちるんだよね、あそこはもうサド映画ってかんじ。気絶して目を開けるとまだ同じ場面が連続していて、という駄目押しに感心した。ああいう場面では、ほんの少しでも経過時間を端折ったりしちゃだめ。時間経過が急にジャンプしたりしたら興醒めだ。あくまでも延々と延々と止まっているみたいに粘っこく現実が進行していかなきゃならないんだよ」
「確かに後半になるとちょっと長い!って気もしたけれど、飽きてきたというよりは次にどうなるか知りたくて焦れて待てないって感じになった」
「初めて見た人はそうかもね」
「窓から飛び出したにせよ、ほんのたまたま助かったわけよね、トラックが通りかかって。その偶然が、ご都合主義でなく却ってリアル」
「あのラストの女の子の叫び声は実に名演だと思うな、ほとんど気が狂ってる」
「ま、恐怖映画のバイブルっていう触れ込みは納得したよん。すんごく怖かったもん」
「パッと顔隠したりして・・指の隙間からつい見ちゃうみたいな(笑)」
「特にあの車椅子が襲われるシーンね、暗闇に懐中電灯が照らし出す、返り血の血しぶき!」
「スプラッターの元祖みたいに言われるけど、実際に凄い血しぶきっていうのは出ていないんだ。ただチェンソーの唸りと叫び声だけで」
「殺人鬼が最後には自分の足を切っちゃうというのはご愛嬌ね」
「僕だったら・・そうだな。チェンソーを振りかざして追いかけてきてさ、女の子の乗ったトラックがエンストを起こして運転手が逃げ出しちゃって、みるみる殺人鬼は迫って来る、女の子はトラックの荷台で完全に発狂する、片手を頭上に翳してのけぞって、そこにチェンソーが襲いかかる瞬間でエンド。この一部始終を三十秒くらいで見せる」
「後味わりーって感じ!」
(1998.5.25)

シネマ・ギロテスクに戻る