「赤い影」1973年イギリス・イタリア


ニコラス・ローグ監督 ドナルド・サザーランド ジュリー・クリスティ ヒラリー・メイソン

冬のヴェネツィアというのは、こんなにも陰気でカビくさいものかねぇ。僕は2月の終わり頃に行ったことがあるけど、ここまでジメッとした辛気くさい感じはしなかったけど」
「わたしは夏に行ったから、もうバカンス〜〜って感じで、まあ賑々しい街だった。でもこの映画で描かれたヴェネツィアは、まったく死の街ね」
「実際、この映画の主役はヴェネツィアという死の迷宮だった、という気もする」
「まったくゾーッとしちゃう映画・・物語は、以前、愛娘を池で亡くしてしまったイギリス人の夫婦が、夫の仕事の都合で今ヴェネツィアに滞在していて、ふとしたことから盲目の小母さんに出会うところから始まる。で、その小母さんには霊感があって、レストランで食事をしていた夫婦に向かって、ちいさな女の子の姿を見かけた、あなたたちのお嬢さんはとても楽しそうにしているわ・・と話し始める」
「この夫婦は、妻の方が、娘を亡くしたショックでちょっとノイローゼっていうか、精神が不安定になっていてね。でも、お嬢さんはアノ世で楽しそうにしているよという話しを聞かされて、すっかりその霊媒師を信じるようになる。すると夫はまた、そんな妻を心配に思う・・このあたりの夫婦間のメンタリティの描き方は手応えがあるよね」
「そして霊媒師は、あなたたちはこのままヴェネツィアにいたら危ない、あなたたちの娘がそう教えている・・と言い出して、あとは、なんとも言えない心理的な切迫感にさいなまれるの」
「全体に、取り越し苦労のサスペンス映画、という感じもするけれど(笑)、とにかくイヤ〜な緊張感があってね・・夫に仕事を依頼した当地の司教とかいうのも陰気だし、警察もヨソヨソしいし・・。で、夫婦にはもう一人、息子がいて、その息子がイギリスの寄宿学校で怪我をしたんで妻が一時帰国した・・と思ったのに、あの霊媒師たちとまだヴェネツィアにいるじゃないか!そこで夫は慌てる・・」
「そのへんで急速に切迫していくのね・・オカルトっていうか、まあサイキック・ホラー? そういう映画ではあるんだけれど、エモーションの面ですごくギリギリとした緊張感が漲ってて、ホラーというよりサスペンスの味わいね」
「そしてひたすら暗い暗い迷宮に陥っていく、って感じだ」
「特に、アップが多くて、しかも広角で撮ってるから、画面の端っこなんかすごく歪んでいて、それでヴェネツィアのあの建て込んでる街角が余計に縮み上がってるように見えるのね・・」
あの映像設計は僕みたいな閉所恐怖症の人間にはもう耐えられないよ(笑)。そして邦題の元にもなっている、赤い影が、時折、サブリミナル効果のように画面を横切ったり、滲んだりする。つまりそれは溺死した時に娘が着ていた赤いレインコートの影なんだけれども」
「夫婦は、すれ違い、再会できずに夜の迷宮を彷徨うばかり・・そして問題のラスト!」
「いやいや。ここで話すのはよそうよ、あのラストには、なんか、マイッタ!やられた〜〜っ!て感じがする(笑)正直いって、意味もなくホントにゾ〜〜〜ッとしたよ」
「そうね・・なんの必然性もなかったけれど、あそこはショックだった・・わたしは、もしかしたら夫は娘と同じように、運河に溺れ死んだりするのかと思っていたんだけれど」
「なるほど〜〜それはヴェネツィアならではだね。迷宮とか死の街とか色々言ってきたけれど、ヴェネツィアという街はもうひとつ、大地がないって言うかな・・人間が両脚フンばってしっかり立つ、ということがどうも出来ないような街だよね。そういう意味でも非常に、不安とか疑心暗鬼とか恐怖心とかいったものが醸し出されやすい、一種、精神の船酔い状態みたいなものに陥りやすいんだと思う」
「最後に、それまでの映像がいろいろとフラッシュバックされて、ああ、このカットはそういう意味だったんだ・・っていう感じがするの。でも決して単純な謎解きとかじゃなくて、分厚いエモーションと凍り付いた恐怖感が覚めやらないうちに、淡々と謎が開かれていくから、なんか、ドカーッと来る余韻のなかで、ああそうだったのかあ・・みたいな
「楽しめる映画か?と言われると、僕はこれ、ちょっと軽々に人には薦めないな(笑)。ナニが起こるか? 最後の瞬間まではナニも起こらない・・でも全体に怪奇であり、ショックであり、緊張感が漲っていて、例えば<シャイニング>みたいなね、ああいう、ホラーというだけでは済まされないタイプの映画だね」
「ある種、エドガー・アラン・ポーの小説みたいに、得体の知れない身の毛もよだつ感じに掴まれて、でも特別になにかが怖い、とは言い表せない感じがしたよ」
「なるほどね、ポーの小説にはそんな感じがあるな・・カメラアングルとか色彩感覚とかはもうバツグンでさすがローグ監督。スタイリッシュでさえあった」
「夫役のドナルド・サザーランドは、表面的にはさりげなく、でも実は根深く、妻の身を案じている気持ちをよく演じてたと思う」
「そして妻のジュリー・クリスティ。見ようによっては<エクソシスト>のエレン・バースティンのようにも見える、繊細で、無力な感じがとてもこの映画のトーンに合っていたね」
「邦題<赤い影>も素敵なタイトルだと思うよ。原題がdon't look nowというのは、ちょっとね(笑)」
「今は見ないで、っていうことか・・映画のタイトルにしちゃ、困ったタイトルだね(笑)」(2001.5.18)


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