「踊れトスカーナ!」1998年イタリア


レオナルド・ピエラッチョーニ監督 Lピエラッチョーニ ロレーナ・フォルテーザ

最近はイタリア・ブームということで、例えば『トスカーナの優雅な昼下がり』なんていう本が巷には溢れていて、そんなのを読むと、フィレンツェ郊外のナントカ村の会計士レバンテさんの家は農園で、夜にはパソコンで昼間の仕事を整理しながら豊潤な自家製ワインを傾けてくつろぐ、なんて紹介する記事があったりする。ヒマワリ一面の畑と、人なつこそうに笑顔のヒゲヅラをこっちに向けてる写真と一緒に。僕らはなんとなくその人を知ったような気になって、終わり。はい次のページ。これはそういう類の映画だね」
「ここまでイタリアがもてはやされていなかったら、見向きもされないかも(笑)。映画としてはちょっと見てるのがツライ。退屈」
「まあね、そんなもんだよね(笑)。登場するのが一風変わってるけど善意の人ばかり、というのが全体に現実離れしていて、そこなんか僕は<ライフ・イズ・ビューティフル>とかにも共通して言えるから、これは昨今のイタリア映画特有のモードなんだろうって思うんだけど、良い人たちばかりだと人間模様はまったく味気ないという典型的な例だね」
「いろんな小咄みたいなエピソードを繋いで映画は続いて行くんだけれど、そのどれもが不発で踏み込み不足でお終いまでトコトン出来ない、この監督は余程に度胸がないのね。で、いちいちあのわざとらしいカントリー調の音楽が差し挟まれて、わたしなんかもう失笑って感じ(笑)」
「ははあ女史の失笑はシンラツだからなあ(笑)。それはともかく、唯一面白かった場面は『サイの眉間にはツノがある』っていうところだけ。あそこはさすがの女史も笑ってたじゃないか」
「ま、それはともかく物語・・会計士レバンテの家にひょんなことからフラメンコ・ダンサーの一行が泊まって、そのダンサーの一人とレバンテが恋に落ちるっていう、なんていうか、なんなの、それ?って感じで。だから?って感じよね。田舎町の人間模様? この映画に出てくるのは人間じゃないわ、みんな。ただのツクリもの。わたしは見ていてブキミだった」
「わわわ、いよいよシンラツになって来たけど・・まあ、そうだね。会計士の僕は人生も数字で割り切ってるんだ、なんてナレーションが最初にあるのに、全然そんなのウソで、おちゃらけてばかりだったし。一方、あのレズの妹ね、彼女だけが屈託があって、人間的には魅力を感じた」
「一時期のブリジット・フォンテーヌみたいなショートカットの妹ね。確かに彼女の造形はユニークで、オクテの兄に向かってダンサーにアタックするようにけしかけたりね。それに比べて弟の方はもう・・どうでもいいわ(笑)」
「僕はスペイン娘たちの長い手足とコンモリバストばっか見てたから、これ以上はとやかく言わない(笑)」
「こういう映画でなにか人生の機微について語ったとか思うのは多分間違いで、そこは最初に狩刈くんが言ったように、旅行雑誌の延長にある多くのイタリア生活紹介本と同様に、結局はなにも伝わってこないのね。それを本場のイタリア人が作ってるってことが、どうにも理解に苦しむんだけど」
「だからそんなに大した映画じゃないのにブームに乗って輸入されちゃったというわけさ」
「原題はチクローネ、つまりサイクロンね。フラメンコダンサーという台風が、のどかな田舎町にやってきて、平凡な会計士の胸の内に吹き荒れた、という感じ。そこを<踊れトスカーナ!>と翻訳したのが、まさしくイタリア・ブーム恐るべしっていうかなあ」
「なんでもいいんだよ、<恋のティラミス大作戦>とかね(爆)」
「ま、<ニュー・シネマ・パラダイス>とか<イル・ポスティーノ>といった、昔ながらに人生の幅を体験させてくれるイタリア映画が健在だから、今回もつい見ちゃったの」(1999.11.6)

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