[付録] ニュースと感想 (131)

[ 2008.8.01日 〜 2008.10.11 ]   

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         8月01日 〜 10月11日

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● ニュースと感想  (8月01日)

 (1)
 竹島の領土問題について、また話題になっている。そこで、私がうまい解決案を示す。
  → nando ブログ 「竹島の解決案」

 (2)
 WTO の合意が破綻した。そこで、うまい解決策を示す。
  → nando ブログ 「WTO の解決策」

 (3)
 ヘリコプターの墜落事故があった。谷間にかかった高圧線にヘリコプターの墜落事故が引っかかって墜落したもの。これを防止するにはどうすればいいか?
  → Open ブログ 「ヘリコプター事故の防止」


● ニュースと感想  (8月02日)

 (1)
 夏のピーク電力への対策として、「太陽光発電が有効だ」と言われる。本当にそうか?
 → Open ブログ 「ピーク電力対策」

 (2)
 政治的な紛争の解決には、ゲーム理論の発想を持ち込むといい。領土紛争、関税、戦争など。これらのようなエゴのぶつかり合いでは、正しい解決策がある。
 → nando ブログ 「政治紛争とゲーム理論」


● ニュースと感想  (8月03日)

 「朝日と死刑問題」について。
 朝日新聞が死刑問題について反省する旨、記事で表明している。ただし、見出しが小さくて、ほとんど気がつきにくい記事。見逃しやすい記事なので、ここで指摘しておく。(たぶん読み落とした人が多いはず。)
 記事は、2008-08-02 朝刊・第三社会面。見出しを読むと、「『死に神』発言に被害者遺族が納得した」とだけ書いてあるので、どういう趣旨だかよくわからないが、要するに、朝日が自己の非を全面的に認めて、白旗を掲げた、ということ。いくらか弁解もしているが、「当社は死刑廃止論を社の方針としているわけではありません」と述べたり、「被害者遺族の感情に理解が足りなかった」などと述べたりしている。また、「法相は単に職務を実行しただけだぞ」という批判については「まことにごもっとも」と平伏している。特に、「死に神」発言をした筆者は、 
 「自己の不明を恥じ入るばかりです」
 と全面的に平伏しているようだ。
 というわけで、記事の見出しを見ると、「遺族が朝日の方針に納得した」というふうに読み取れるが、実際はその逆に、「朝日が自己の非を認めて、遺族の方針にすり寄った」ということのようだ。ただし、そのことを認めるのは癪だから、「当社はもともと死刑廃止論ではありません」と強弁している。(潔くないね。)
 
 で、結局、どういうことか? 朝日が「死刑廃止論」という方針を撤回したということか? 
 ま、それはそうなのだろう。だが、単に「圧力を受けて撤回した」ということではあるまい。「被害者遺族の気持ちを初めて理解した」ということのようだ。つまり、「愛する人を殺された人々の悲しみを初めて理解した」ということのようだ。
 それまでは机上の観念論だけで、「人の命を奪う死刑はいけない」とだけ考えていた。そこでは人命を「一つ、二つ、三つ」と数えているばかりだった。  しかし、人間の命というものは、数で数えられるものではないのだ。愛する人を失った遺族にとっては、その人の命は無限大の価値がある。ただ一人のわが子を失った人。ただ一人の妻を失った夫。……彼らにとっては、無限のものを失ったことになる。それに対して、人命を「一つ、二つ」と数えるような浅はかな新聞記者の鈍感さが許せなかったのだ。そして、そういう無限に深い遺族の悲しみに、初めて記者が気がついた、ということなのだろう。

 朝日は死刑廃止論を唱えるとき、「復讎は何ももたらさない。復讎心よりも許す心を」などと述べている。そこには「他人の悲しみへの理解」など、ひとかけらさえもない。……これほどにも傲慢で鈍感だった朝日が、ようやく、他人の悲しみを理解できるようになったとしたら、とりあえずは、朝日も一つは利口になったということなのだろう。殺人犯への優しさだけでなく、遺族への優しさをも持てるようになった、ということなのだろう。
 ただし、相手と直接対面して告げられてようやくわかった、というよりは、書物などを読むだけでも、相手の悲しみを理解できる、というような感受性を、備えてほしいものだ。いちいち本人に教えられなくちゃわからない、というようでは、あまりにも鈍感すぎる。もうちょっと、傷ついた人々の痛みに共感する心(優しさ)を、備えてもらいたいものだ。


● ニュースと感想  (8月03日b)

 トヨタが「ウィングレット」という名前の、立ち乗り2輪車を開発した。米国のセグウェイの小型版。
 → Open ブログ 「トヨタ・ウィングレット」


● ニュースと感想  (8月04日)

 トヨタのウィングレット( → 前項 )は、実は、トヨタ独自の開発によるものというより、ソニーの技術によるものらしい。というのは、トヨタのロボット部門というのは、元はソニーのロボット部門だったからだ。
   → Open ブログ 「ウィングレットとソニー技術」


● ニュースと感想  (8月05日)

 (1)
 トヨタ・ウィングレットは、任天堂の Wii Fit で、バーチャル体験することができそうだ。
  → Open ブログ 「ウィングレットの Wii 版」
 (2)
日航と全日空は、海外の航空会社に比べて、燃油運賃を過剰に高くしているという。
 → Open ブログ 「燃油運賃」  【 追記2 】


● ニュースと感想  (8月06日)

 太陽光発電のために、太陽を追尾する「回転式の太陽電池」というものが考えられる。これの実証実験をシャープが行なっている。
  → Open ブログ 「回転式の太陽電池」


● ニュースと感想  (8月07日)

 ゴルフGT TSI について、「評論家やマスコミは『燃費がいい』と報じているが、たいして燃費は良くない」と、前に述べたことがある。その続報。
  → Open ブログ 「輸入車の燃費」



● ニュースと感想  (8月08日)

 「これからは太陽電池の時代だ」と言われているが、実はその逆になりそうだ。つまり、太陽電池は時代遅れのものとなり、あげくはただのゴミになりそうだ。
  → Open ブログ 「太陽電池はゴミになる」


● ニュースと感想  (8月08日b)

 「松本サリン事件とマスコミ」について。
 松本サリン事件で、濡れ衣を着せられた河野さん妻が死亡した。このことで、マスコミ反省している。
  → 読売・編集手帳朝日・天声人語
 しかし、「申し訳ありません」という気持ちは伝わってくるが、「どうして間違えたか」という反省がまったく見られない。気持ちはあるが、思考がない。このままでは、同じ失敗を何度もやらかすだろう。

 この事件では、マスコミが警察発表(虚偽)を鵜呑みにしたことが、原因だ。ただし、警察発表が間違いだらけなのは、毎度のことだから、単に警察発表を信じたこと自体がけしからん、ということにはならない。(いちいち警察発表を疑っていたら、仕事にならない。)
 では、問題の本質は、どこにあるか? 次を見るといい。
   → Wikipedia 「松本サリン事件」
  “一部の専門家が「農薬からサリンを合成することなど不可能」と指摘していた”
 このことは当時も何度も話題になった。つまり、科学的・合理的に考えれば、この容疑者は真犯人ではありえないのだ。そういう科学的・合理的な判断が欠落していた。……ここに事件の根源がある。
 実際、マスコミというのは、科学的・合理的な判断のない扇情的な非科学的報道が多すぎる。「地球温暖化」というのもそうだ。「太陽電池・風力発電があれば原発はいらない」というのもそうだ。「補助金を出せば太陽電池のコストは劇的に下がります」というのもそうだ。「燃料電池自動車はもうすぐ実用化します」といのもそうだ。……とにかく、まったく非科学的な報道ばかりしている。こういう非科学的な態度を改めない限り、このあと何度も、事実に反するデタラメ報道を繰り返すだろう。

 さらに言えば、推理小説的に考えるといい。そうすれば、事件の真犯人を見出すことができる。
 推理小説で真半にのを見出すコツは、次の二点だ。

 (1) 怪しい奴は犯人ではない。
 一番簡単に「犯人らしく見える」という人物は、たいていは犯人ではない。特に典型的に言えば、「第1発見者は犯人ではない」と言える。
 一方、警察では、「第1発見者を疑え」というのが基本原則だ。今回の松本サリン事件でも、警察はその方針に則って、第1発見者である河野さんを容疑者にした。(毎度のことだが。)
 しかし、推理小説の頭をもてば、「第1発見者は犯人ではありえない」とわかるはずだ。なぜなら、利害得失を考えれば、真犯人はさっさと逃げ出すに決まっているからだ。というわけで、第1発見者は、真犯人ではない、と言えるのだ。合理的に考えれば、そう言える。
 しかし警察は馬鹿だから、「真犯人が第1発見者のフリをして、とぼけているだけ」と思い込む。馬鹿丸出し。そんなはずがないでしょうが。真犯人は、「第1発見者は疑われる」と知っているのだから、さっさと逃げ出すに決まっている。
 というわけで、マスコミに推理小説の頭があれば、「第1発見者は真犯人ではない」とわかるし、「第1発見者を真犯人と見なしたら、警察は間違っている」とすぐにわかる。

 (2) 動機のあるものが犯人である
 犯人捜しで最も有効なのは「動機を見出すこと」だ。たいていは、それで犯人は当たる。
 ただし、推理小説では、動機がはっきりと見えないように、二重三重に入り組んだ形になって隠されていることも多い。とはいえ、良く探せば、動機はちゃんと見出されるものだ。
 今回の事件では、どうか? 動機があったのは、ただ一つ。オウムだけである。どういう動機かは、上記の Wikipedia に記してある。こうだ。
 「松本サリン事件の背景には、オウム真理教松本支部の立ち退きを周辺住民が求めていた裁判におけるオウム真理教側の敗訴の公算が高まったことがある。オウム真理教の教祖松本智津夫は、この状況を打開するために、同教団信者である村井秀夫・新実智光・端本悟・中村昇・中川智正・富田隆・遠藤誠一等に、裁判を担当する判事の殺害を指示した。これを受け、同信者等は長野地方裁判所松本支部官舎に隣接する住宅街にサリンを散布した。」
 だから、まともに頭を使えば、「真犯人はオウムだ」とすぐにわかるはずだったのだ。

 (3) 心のフィルター
 ではなぜ、わかるはずの真犯人がわからなかったのか? それは、心にフィルターがかかっていたからだ。
 「宗教関係者を悪と見なすのは、偏見である」
 こういう判断があった。そのせいで、「宗教は関係者は善である(悪ではない)」という、逆の偏見(過剰是認)が発生した。たとえば、次のように。
 失踪当初、坂本が所属していた横浜法律事務所等の関係者からは、オウム真理教の関与を指摘する声があったが、神奈川県警察は一貫して事件性を否定する立場をとり続けた。これは、横浜法律事務所が労働問題(国労横浜事件で県警が誤認逮捕)や日本共産党幹部宅盗聴事件において、警察側と対立していたためといわれている。そのため記者クラブにおいて、県警が「坂本は借金を抱えて失踪した」とか「(仕事で得た)大金を持ったまま逃げた」などのデマを流し、まともに捜査をしていなかったことが判明している。
 小林よしのりのゴーマニズム宣言にも事件に関する推理が描かれた。そのために小林はオウム真理教に命を狙われたことは有名。
( → Wikipedia 「坂本堤弁護士一家殺害事件」
 小林よしのりの指摘などでも、オウムの犯罪性ははっきりと表れていた。
  ・ 小林よしのりが坂本事件でオウムを容疑者にあげた。
  ・ 小林よしのりがオウムに殺されそうになった。
  ・ 坂本事件ではオウムが真犯人であろう。
  ・ オウムは危険な殺人集団である。
  ・ オウムは松本サリン事件で強烈な動機があった。
 ここまでを見れば、「松本サリン事件で最も疑わしいのは、オウムだ」とわかる。動機でも、方法でも、悪質さでも、あらゆる点で容疑者の要件を満たす。これほどにも真っ黒な容疑者がいたのだ。その時点で。
 にもかかわらず、マスコミは、その重要な容疑者に気づかなかった。かわりに、警察の言葉を鵜呑みにして、河野さんを容疑者に仕立て上げた。

 ここで、マスコミの態度は、何か? 
  ・ 科学的・合理的な判断の欠如。
  ・ 正しい真実を指摘する専門家の声を無視して、お上に迎合。
  ・ 「売れればいい、面白ければいい」という扇情的な報道方針。

 ここに根本的な原因がある。だから、どうせ反省するなら、ここを反省するべきなのだ。……単に「申し訳ありませんでした」と詫びるだけなら、何にもならない。このあと何度も、同じように頭を下げるハメになるだけだ。
 反省するだけなら、猿でもできる。人間なら、自分がなぜ間違えたか、しっかりと分析する必要がある。


● ニュースと感想  (8月09日)

 今年も夏は暑い。では、過去に比べて、どのくらい暑いか?
  → Open ブログ 「今年('08)の猛暑」


● ニュースと感想  (8月09日b)

 「景気の後退」について。
 景気が後退し始めた、と新聞各紙が報道している。これについて私の見解を示す。
  ・ 景気拡大はもともと存在しなかった。
  ・ 現状はスタグフレーションである。
  ・ マネタリズムの主張は破綻した。
  ・ マネタリズムの政策は破綻した。
 以下では順に述べる。

 (1) 景気拡大はもともと存在しなかった。
 今ここで急に景気が(上昇から下降へ)方向転換したわけではない。景気はもともと悪化していた。というか、低迷していた。この件については、先に述べたとおり。
  → 2007年2月22日
 つまり、景気拡大のペース(0.3%程度)は、生産性の向上率(2.5%程度)を、大幅に下回っている。本来ならば生産性の向上の分、経済は拡大しているはずなのに、そうなっていない。とすれば、その差( 2.5% − 0.3% )だけ、経済は縮小していることになる。
 今までの景気拡大は、まやかしの景気回復であるにすぎない。たしかに企業業績は回復したが、国民の賃金水準は大幅に低下した。これはつまり、「労働者の富を企業が奪っている」というだけのことだ。それは景気回復を意味しない。なのにそれを「景気回復」と偽っていたのが、これまでのことだ。(まやかしの景気回復)
 比喩的に言えば、これまでは「駄目夫」が「優秀夫」と見せかけていたのに、本当は駄目夫であることがバレた、という状況である。……ここでは、「優秀夫」から「駄目夫」に急変したのではなくて、単に化けの皮が剥がれただけだ。勘違いしないように注意。

 (2) 現状はスタグフレーションである。
 では、現状は景気が悪化したとしたら、現状はデフレなのか? いや、違う。物価の上昇がある状況であるから、デフレではない。スタグフレーションである。
 ここを勘違いしないようにしよう。「景気が悪化したから不況だ(デフレだ)」と見なすのは正しくない。ここには「物価上昇」があるのだ。その事実を見る必要がある。

 (3) マネタリズムの主張は破綻した。
 マネタリズムに従えば、
   貨幣量の増加 = インフレ = 物価上昇 = 景気拡大
 であるはずだった。しかし、現状では、それは成立しない。物価上昇があるにもかかわらず、景気は悪化している。
 とすれば、マネタリズムの主張は、破綻したことになる。
 「量的緩和をすればいい、そうすれば貨幣量の増加にともなって、物価が上昇する。したがって人々はこぞって消費を増やす」
 という主張は、成立しない。逆に、次のことが成立する。
 「所得が増えないのに物価上昇が起これば、実質的な消費額は減少する。ゆえに、景気は悪化する」
 これは私がかねて主張していたことだが、まさしくその通りになりつつある。人々は物価上昇にともなって、実質所得が減少するから、財布のヒモを引き締めるのに熱中する。たとえば、ガソリン代が上昇すれば、ガソリン代の支出が増えるので、その分、他の支出を減らす。たとえば、外食費を減らす。……こうして、経済全体が縮小していく。現状は、そうなっている。

 (4) マネタリズムの政策は破綻した。
 マネタリズムの政策もまた、ここに至って完全に破綻したことになる。つまり、次の政策は無効であった。
  ・ 「量的緩和によって企業の投資を増やす」
  ・ 「円安政策によって輸出企業の収益を増やす」
 これで景気回復が起こる、というのが、マネタリズムの政策であった。しかし、現実は、もくろみ通りにならなかった。次のようになった。
  ・ 「量的緩和があっても、企業は投資を増やさない」
  ・ 「円安政策で輸出企業の収益が増えても、内需は増えない」
 なぜかというと、次の理由による。
  ・ 「消費が増えないから、企業は投資を増やさない」
  ・ 「企業の収益は企業の内部留保になり、労働者に還元されない」
 この二つのことは関連する。次のように。
  「円安政策で輸出企業の収益が増えても、企業の収益は企業の内部留保になり、労働者に還元されない。だから、消費が増えない。そこで企業は、供給拡大のための投資をしない」

 結局、いくら「量的緩和」をしても、まったく無効であるわけだ。なぜかというと、「金は天下の回りもの」とはならないからだ。なるほど、金が回る限りは、量的緩和は有効になる。貨幣量を増やした分、経済はどんどん拡大していく。しかしながら、金が回らなければ、どうにもならない。特に、輸出企業がいくら金を稼いでも、トヨタのように内部留保にするだけでは、金は労働者に回らないから、内需はいつまでたっても拡大しない。たくさん増やした金は、輸出企業の内部留保(つまり銀行口座)に貯まるだけであって、金はちっとも回らないのだ。したがって、景気はいつまでたっても回復しない。
 これが現状だ。

 ここまでわかれば、対策もわかる。「金は天下の回りもの」となるようにすればいい。そして、現状では、「ボトムネック」になっているのは、消費である。だから、ボトルネックである消費に、金をつぎこめばいい。すなわち、大規模減税をすればいい。……そうすれば、金はぐるぐる回るようになり、経済は急拡大していくだろう。
 ただし、政府はその政策をしない。なぜか? 政府はマネタリズムという間違った経済主義にしたがって運営されているからだ。
 「過ちて改めず、これを過ちという」
 こいつが現在の経済政策である。マネタリズムという間違った経済政策。……こうして、間違った経済政策ゆえに、日本経済はいつまでたっても、奈落の底を脱せない。というか、あえて奈落の底に留まろうとする経済政策を取り続けるから、その経済政策にしたがって、いつまでたっても奈落の底に留まり続ける。その間に、海外の物価上昇が押し寄せて、日本経済はどんどん地盤沈下していく。
 とすれば、物事の根源は、次のことにある。
 「おのれの過ちを認識できない愚かさ」
 ここにすべての根源はある。正しい真実を知らない限り、いつまでたっても馬鹿は馬鹿として自傷行為をしつづけるものだ。「これで幸福になれる」と勝手に思い込んで。
( ※ これは一種の妄想ですね。日本の経済学は狂気に染まっている。分裂病[統合失調症]みたいな錯覚・錯乱。それがすべての根源だ。……いつになったら正気になることやら。正気なのは、このサイトを読んでいる人だけ。他の人々な、気温が暑くなくても、頭が熱中症状態。……地球温暖化のせいですかね?   (^^); )


● ニュースと感想  (8月10日)

 ミクロ経済学とマクロ経済学の区別を示す。両者は本質的にはどう違うか?
  → nando ブログ 「ミクロとマクロ(経済学)」


● ニュースと感想  (8月11日)

 グルジアとロシアのあいだで戦争が起こった。どうしてこの戦争が起こったのか、事情がわかりにくいので、私なりにまとめてみた。
  → nando ブログ 「グルジアの戦争」


● ニュースと感想  (8月12日)

 (1)
 医薬の効能を調べる調査に、医薬品会社が資金援助している。そのことで調査結果が左右されている、ということがはっきりわかったようだ。(高血圧の薬で。)   → Open ブログ 「医薬調査と資金援助(高血圧)」

 (2)
 天然林が日本では消失している。自然に消失しているのではなくて、人間が破壊しているからだ。特に、国が破壊している。   → Open ブログ 「天然林の消失」


● ニュースと感想  (8月13日)

 新型インフルエンザ(パンデミック)への対策として、ワクチンの接種が推進されている。ただし、日本製のワクチンは効果があまりなく、英国製のワクチンは効果が高いという。
  → Open ブログ 「医薬調査の問題(インフルエンザ・ワクチン)」


● ニュースと感想  (8月14日)

 「輸入物価上昇とインフレ」について。
 原油価格上昇と食糧価格上昇が世界的に生じている。米国では「インフレ阻止」を目的に、FRBが利上げを考慮しているという。(読売・朝刊・経済面 2008-06-20 )
 しかし、これは妥当ではない。彼らは「インフレとは何か」を勘違いしているのだ。
 そもそも、インフレとは、貨幣的な問題である。貨幣量が実体経済よりも多い。だから、実体経済が 500兆円分しかないのに、貨幣量が 600兆円分あれば、貨幣量が過剰だから、それに合わせて、物価はじわじわと上昇していく。……この問題を解決するには、貨幣量を実体経済に合わせて縮小すればいい。その方法が「利上げ」だ。
 一方、今回の問題は、「輸入物価の上昇」である。これは一国内部の問題ではなく、外部から到来した問題だ。もちろん、貨幣量の問題ではない。だから「利上げ」という方法は正しくない。
 ここでは、「価格上昇を阻止しよう」という目的そのものが間違っている。「輸入物価の上昇」があるとしても、それは継続的にずっと続くものではなく、「輸入物価の上昇」をきちんと反映する分だけでいい。「輸入物価の上昇」が持続的に続くのであれば、国内の物価上昇もその分、持続的に続く。とはいえ、      輸入物価の上昇 → 国内物価の上昇  という過程は、あくまで一回限りのことである。それはそっくりそのまま認めていいのだ。無理に阻止する必要はない。

 たとえば、石油や小麦の価格が上昇して、運輸料金やパンの料金が上がったとしよう。それはそのまま受け入れればいい。どうしようもないことだからだ。このことは、石油や小麦の価格が上昇した分を反映するが、別に持続的に続くわけでもない。将来いつか、石油や小麦の価格が下落すれば、国内の物価水準も下がるだろう。だから、あくまでそのまま受け入れればいいのだ。

 結局、この現象を「インフレ」と見なして、強引に金融政策で物価を調整しようと言うのは、根本的に間違った方法である。それは「経済実態を市場が自動的に調整する」という市場原理を否定して、「金融政策で国家が物価水準を調整しよう」というものである。広い意味では社会主義的な公定料金制度に近い。市場原理を否定するものであり、完全間違った政策だ。
 市場原理のもとでは、石油や小麦の価格が上昇したときには、それをそのまま受け入れればいい。かわりに、競合する別のものが伸びればいい。
 たとえば、ガソリン価格が上昇したなら、ガソリンを食わないようなハイブリッド車を購入する。そのことで、人々の金は、ガソリン代から自動車代へとシフトする。と同時に、国全体で省エネが起こって、状況が改善する。ここで「ガソリン代が上がったなら、ガソリン税を減税しよう」というような発想では、ガソリンの浪費が止まらないので、間違った施策となる。

 とにかく、「輸入物価の上昇」は、「インフレ」ではない。なのに、これを「インフレ」だと思って、無闇に「利上げ」という金融政策を取ると、「スタグフレーション」が起こってしまう。
 米国はそういう愚を犯そうとしている。

( ※ なお、日本はそれとは別に、「消費税上げ」というもっとひどいことを狙っているようだ。こいつは最悪である。この件は、別に述べる。)

 [ 付記 ]
 なお、小麦について述べておこう。これはちょっと事情が異なる。
 小麦の価格が上昇したなら、小麦のかわりに米やソバを食えばいい。ソバならば、あちこちのスーパーをめぐれば、けっこう安いものが買えるはずだ。(激安と言ってもいいほど安い。乾麺で、5食百円程度。)また、国内の小麦農家への補助金も、大幅に減額することができる。(輸入物価と国内価格との差を補填するのが補助金の狙いなのだから、輸入物価が上昇したなら、その分、補填する額を減らすことができる。補填価格を一定にする必要はない。国内の小麦農家の所得が補償されればいいのだから、輸入小麦が上がった分、補填の額を減らせばいい 。……制度的にはちょっと面倒な点があるが、原理としてはそうなる。)

 [ 注記 ]
 以上は、実は6月20日ごろに書いたもの。古い記事を引用してごめんなさい。ただし、話の趣旨は、今でも古くなってはいない。
 なお、最近、日本では景気が悪化してきたが、これは「インフレ阻止、と思って高金利にしてはいけない」ということを意味する。


● ニュースと感想  (8月17日)

 「オリンピックと国家主義」について。
 オリンピックでは「日本の国威発揚」というふうな調子の「日本礼賛」の記事があふれているが、こういうマスコミの態度は信用しがたい。特に朝日は、普段は国家主義を否定しているくせに、いざオリンピックとなると豹変する。むしろ、国家主義を戒めることの方が大事だろう。
 たとえば、円谷幸吉の自殺、という事件がかつてあった。これについては、私はマスコミの記事から、「彼は重圧に耐えかねて、ノイローゼになって自殺した」とばかり思っていた。実は、そうではない。国家主義のせいで、彼は殺されたのだ。
 これは、Wikipedia を読んで、初めて知ったことだ。
 所属する自衛隊体育学校の校長が替わり、それまで選手育成のために許されて来た特別待遇を見直す方針変更を打ち出した。その上、ほぼ決まりかけていた円谷の婚約を「次のオリンピックの方が大事」と認めず、結果的に破談となってしまう。
 直後に、婚約に対する干渉の際も「結婚に上官の許可(「娶妻願」の提出)を必要とした旧軍の習慣を振り回すのは不当だ」と抵抗した畠野(コーチ)が突然転勤となり、円谷は孤立無援の立場に追い込まれた。
( → Wikipedia
 彼はノイローゼになったのではなく、ノイローゼにさせられたのだ。最愛の女性を奪われたら、絶望して死にたくなっても、不思議ではない。たとえば今、あなたが婚約中または結婚中だとして、「国のためにメダルを取れ。そのために彼女と別れろ」と強制されたとしたら、ノイローゼになってもおかしくないだろう。
(「いや、しめしめ」と思う人もいるかもしれないが。…… あ、私のことじゃありません。  (^^); )
 とにかく、オリンピックにおける国家主義は、彼を殺した。こういう事実を報道することこそ、加熱したオリンピック騒ぎのときには、必要なことだ。競争に狂騒している連中の、熱っちい頭を冷やすんだ。

 [ 付記 ]
 朝日ではしばしば、個人主義を礼賛する記事が出る。しかし、国家主義を礼賛する必要はないが、だからといって「個人主義が偉い」というふうに個人の自分勝手を礼賛する必要もない。
 私見を言えば、オリンピックなんてものは、ただの金儲けの事業なのだから、いちいち騒ぐ必要はないのだ。北島だって何億円も儲けているし、そういうプロなんだから、彼が金儲けをしたからといって、「感動した」などと騒ぐことはない。どちらかと言えば、iPS 細胞を発明した教授がちっとも豊かになれないことの方を騒いでほしいね。それどころか、まともな研究費さえも与えられていない、ということに気づいてほしい。(年 20億円程度の予算を組んだだけで、「5年で百億円だ、すごいだろう」と政府は威張っている。しかしそれでは、米国に大差をつけられて負けている。負けを価値と偽る詭弁。)
 で、オリンピックよりもひどい敗北となるわけだ。iPS細胞の分野では。もともとは日本が切り開いた分野なのに。ああ、情けない。
 とにかくまあ、実質的にプロの選手がほとんどのオリンピックで、大騒ぎするのは、馬鹿げている。今のオリンピックは昔のアマチュア主義の時代とは全然違うのだ。野球だって、日本はプロ選手ばっかり。年収は数億円。こんなのが出場してメダルを取っても、ちっとも自慢にならない。「感動した」と思うのは、馬鹿げているね。


● ニュースと感想  (8月18日)

 「オリンピックと省エネ」について。
 世間は「オリンピック」と騒いでいるが、ちょっと前までは「省エネ」で騒いでいたはずだ。もう忘れちゃったんですかね?  (^^);
 しかし、省エネを考えるなら、「オリンピックを見ないで、テレビを消しましょう」と唱えるべきだろう。テレビをつけるだけで、レジ袋の何枚分かの石油が消費されてしまう。もちろん、テレビは発熱して、それの分のエアコン代もかかる。
 どうせなら、「戸外で散歩しましょう」とか、「自転車で近所のスーパーに行きましょう」とか、そういうことを訴えた方がいい。その方が省エネになるんだしね。

 馬鹿馬鹿しい? はい、馬鹿馬鹿しいです。でもまあ、省エネというのがそもそも、たいていは馬鹿馬鹿しいものだ。省エネを突き詰めたら、文明生活を捨てるしかないからだ。
 オリンピックだってやはり馬鹿馬鹿しい。他人のスポーツを見て騒ぐくらいなら、自分でスポーツをする方がよほど有益だろう。炎天下はともかく、夕方なら運動できるはずだ。(はい、私はもちろん運動しています。有言実行。)
 
 で、何が言いたいか? 省エネであれ、オリンピックであれ、大騒ぎするのは馬鹿馬鹿しい、ということ。それよりは、冷たいビールでも飲んでいた方がいいですね。
( ※ 本日別項を参照。)


● ニュースと感想  (8月18日b)

 「ビールの冷やし方」について。
 ビールを冷やして飲むのに、冷凍庫でグラスやビールを少しだけ冷やす、という方法がある。このことで、冷蔵庫の温度(5度)よりも低く、0度近くまで冷やすことができる。
 しかし、これについて、「それは邪道だ」という説がある。「ビールは5度ぐらいで飲むのが一番おいしいのだ。あまり冷やしすぎると、味が落ちる」という説だ。ビール会社がそういうふうに説明をしている。( → 参考サイト
 で、これをそのまま「はい、そうです」と受け止める人が多い。しかし、私は、それは妥当だとは思わない。理由は二つ。

 第1に、ビールというものは、いっぺんに飲みきるものじゃない。ジョッキで飲むこともあるし、ビール用コップで飲むこともあるが、かなりの量がある。それを一気飲みするわけじゃない。時間をかけて飲む。5〜10分間ぐらい。としたら、最初と最後では、温度が変わる。
 もし最初が度ぐらいなら、最初は冷えすぎだが、それで涼味を味わう。そのあと、しばらくするうちに、ビールの温度もだんだん上がっていく。5度ぐらいになる。その味も楽しめる。しかも、その間、ビール温度が低いから、炭酸ガスもあまり抜けていない。
 もし最初が度ぐらいなら、そのあとはどんどんビール温度が上がる。最初の一口はなかなかおいしいが、涼感が足りない。しかも、そのあとは、どんどん温度が上がって、まずくなるばかりだ。しかも、温度が上がるにつれて、急速に炭酸ガスが抜けていく。10分ぐらい立ってから飲むと、ビールは生ぬるいし、気は抜けている。こんなもの、飲めたもんじゃない。
 というわけで、最初と最後とのあいだの時間差を考えるなら、最初は少し冷えすぎの方がいいのだ。それとも何ですか。ビールというのは、最初の一口だけ飲めば、それでおしまいなんですかね? ビール会社は、「ビールをたっぷり飲みましょう」と言うかわりに、「ビールを一口だけ飲みましょう」と言いたいんですかね? だったらその旨、最初に断っておくべきだろう。「一口だけ飲むなら、ビールは5度が適温です」というふうに。(で、売上げ激減となる。  (^^); )

 第2に、味よりも涼感の方が大事だ、ということもある。ビールを飲むのは、味を楽しむためじゃない。味だったら、ビールよりもワインの方がずっといい。雲泥の差だろう。しかし、それでも人々は、夏はビールを飲む。なぜなら、その冷たい涼感が楽しいからだ。ま、涼しい部屋で5度ぐらいのビールを飲むのが、一番味はいい。しかし、30度以上のくそ暑いときに、ギンギンに冷えたビールを飲む、という楽しみもまた捨てがたい。ここで「味が落ちる」なんて言っている人は、何か根本的に見当違いをしているようだ。だいたい、ビール会社がそんなことをいったら、ビールの売上げが下がりますよ。
 私「くそ暑い部屋で、ギンギンのビールをがぶがぶ飲みたい。ぷはーっ。気持ちいい」
 ビール会社「それじゃ味が落ちます。5度にしてください」
 私「くそ暑い部屋で5度のビールじゃ、体が冷えない」
 ビール会社「だったらエアコンを効かせて、室温を下げてください」
 私「なるほど。エアコンを効かせたよ。……あれ、喉が渇いてないぞ。ビールを飲むのは、やーめた。かわりに、ワインを飲もう」


● ニュースと感想  (8月20日)

 地球温暖化の本質は何か? 「地球全体の温暖化」ではなくて、「陸地だけの温暖化だ」という仮説を提出する。
  → Open ブログ 「陸地温暖化説」


● ニュースと感想  (8月21日)

 「産科医への無罪判決」について。
 大野病院の医療事故で、産科医に無罪判決が下った。おおむね予想どおりだし、妥当であろう。ただ、これについて、マスコミの評価が妥当ではないので、論じておこう。
 マスコミの評価は、次のようなものだ。
 「起訴以降、産科医の激減などが起こり、社会的な損害が発生した」
 「だから無罪判決は妥当であろう」
 「しかし、医療事故への解決策は見出されていない。第三者の事故調査など、いろいろと考えるべきだ」

 マスコミは好き勝手なことを言っているが、てんでピンボケである。そもそも、今回の起訴は、第三者の事故調査が原因だったのだ。第三者の事故調査の委員会が「医師の判断は妥当ではなかった。かわりに別の方法で処置するべきだった」と結論した。そこで、その報告を受けて、「なるほど」と思った検察が起訴したのだ。だから、「第三者が客観的に評価すればいい」というような対策は、マトを射ていない。
 では、本質は、どこにあるか?

 マスコミはこの事件について「善か悪か」という判断をしようとする。そこで、医師の判断を巡って、「正しい判断か、正しくない判断か」を考えて、「善か悪か」を決めようとする。しかし、そのような「善か悪か」という判断は、全然ピンボケなのだ。
 なぜか? ここには、「悪をなそう」という犯罪はなかったからだ。この医師は、患者を殺そうとして殺したのではない。また、「殺してもいいかな」というふうに気を緩めて、過失で殺したのでもない。彼は能力の限り注意を払っていたし、常に患者を救おうと努力していた。それにもかかわらず、「事故」という形で、患者は死んでしまった。
 つまり、「犯罪」ではない「事故」を、刑事事件で裁くことの是非が問題となっているのだ。

 まず、基本として、次のことがある。
 「人間は誰しも、いくらかはミスをする。ミスをしたことのない人など、一人もいない」
 これは当り前だ。新聞記者ならば、誤報をしたり誤字を書いたりする。オリンピックの体操選手ならば、鞍馬から落ちたり、吊り輪から落ちたり、鉄棒で着地に失敗したりする。野球選手ならば、失投をしたり、打ち損じをしたりする。
 こういうふうに、人は誰しもミスをする。そして、その際に、「頭を坊主にする」というダルビッシュみたいなことをする人もいるが、たいていの人は何もしない。朝日に至っては、誤記や誤報をして、私に指摘されても、しらばっくれて訂正さえもしないことが多い。

 さて。こういうふうに人は誰しもミスをするが、そういうミスに対して、刑事罰を科することが、妥当であろうか? それが今回の問題の本質だ。
 ここで検察は「イエス」と考えた。「彼は自分のミス(または能力不足)ゆえに、最善を尽くすことができなかった。そのせいで、人を死なせた。ならば、彼は刑事罰を受けるべきだ」と。
 しかし、「人は誰しもミスをする」ということを前提とするならば、「ミスをした人には刑事罰」と言うことから得られる結論は、次のことだ。
 「ミスをしたら刑事罰を受けるような、人の生死に関わる仕事をしない」
 これ以外にはない。つまり、医者をやめる以外にはない。医者以外ならば、ミスをしても人の生死には関わらない。だから刑事罰を受けることはない。
 そして、こう判断したから、全国で産科医が急減してしまったのだ。そして、そのせいで、産科医不足による妊婦の死亡や死産が大量に発生しているわけだ。
 これが今回の起訴という問題の本質だ。

 だから、ここでは、次のことを考えるべきではない
 「今回の産科医の処置は、正当か不当か(善か悪か)」
 かわりに、次のようにするべきだ。
 「医療事故については、刑事事件とはしないで、民事事件とする」
 たとえば、今回の事件では、産科医の能力不足などがいくらかは影響したかもしれない。産科医は自分では処置せず、他の高度な病院に妊婦を送るべきだったかもしれない。そういう「判断の不適切さ」があったかもしれない。……ただし、それらのすべては、「犯罪」ではない。だから、「刑事事件」とはしない。とはいえ、現実に、患者の側には損害が発生している。だからそれについては「民事事件」として損害賠償をすべきか否かについて争う。
 つまり、医療事故については、「刑事」ではなく「民事」で争う。……これが妥当だろう。換言すれば、「検察の出る幕じゃない」ということだ。

 今回の裁判で、検察の求刑は、「禁固1年または罰金 10万円」だ。馬鹿馬鹿しくて、話にならない。禁固1年ならば、執行猶予が付くから、実刑はない。罰金 10万円ならば、ほんのハシタ金にすぎない。それよりは、民事事件として、遺族が病院側に百万円かそこらの賠償金を請求する方が、よほど道理が通っている。検察が出たせいで「無罪判決が出た」となると、そのためには逆効果になるだけだ。また、仮に「有罪判決」となれば、日本中で妊婦や胎児が大損害を受けてしまう。

 結局、今回の事例は、「本来ならば刑事か民事か」ということにある。そして、それにもかかわらず、「善か悪か」というふうに争った。そこに、人々の根本的な勘違いがあるのだ。
 比喩的に言えば、朝日が誤字を書いたときに、「善か悪か」を争って、「悪だから朝日の記者を終身刑にしたい」という方針で検察が起訴をしたとする。ここでは、「善か悪か」は、物事の本質ではない。なのに、物事の本質をずらして、全然別のレベルで争ってしまうところに、根本的な勘違いがある。
 人々はそのことに気づいていない。

 [ 付記1 ]
 ここまで言えば、気づくかもしれない。この問題は、「ライブドア事件」とよく似ているのだ。あの事件は、「善か悪か」という問題ではない。「巨悪か否か」という問題なのだ。
 ライブドアのやったことは、悪は悪だが、ごくちっぽけな小悪にすぎなかった。にもかかわらず、世間は「悪だ」と大騒ぎした。そして、自分たちが大騒ぎをしたことを理由にして、「巨大な損害が起こったから巨悪だ」と決めつけた。自分たちが巨大な損害をもたらしたことに気づかず、「ライブドアが巨大な損害をもたらした」と決めつけた。「あいつは悪だ。悪だから巨悪だ」という理由で。
 物事の本質をずらして、全然別のレベルで争ってしまうと、根本的な勘違いが生じるのだ。……何事も。

 [ 付記2 ]
 法律的な細かな話で言えば、検察が「業務上過失致死罪」を適用したのは、法の解釈をまったく取り違えている、と言える。
 「業務上過失致死罪」が適用されるのは、「重大な過失があった場合」であり、「過失がなければ通常は生命に影響しない場合」だ。
 たとえば、自動車事故で人を死なせれば問題だが、普通の人は自動車を運転しても事故を起こさない。また、機械を誤動作させて火災を起こしたり人身事故を起こしたりすれば問題だが、普通はそんなひどい誤動作を起こさない。「業務上過失致死罪」が適用されるのは、あくまで特別な例外だ。
 しかし、医療の場では違う。医療の場では常に生命の危険と隣り合わせだ。特に、今回の事例のように、癒着胎盤の場合には、死亡率が極端に高まる。「何もしなければ死亡しない」のではなく、「何もしなければ死亡する」と言える。ここで、最善を尽くせば助かる可能性はあるが、そもそも癒着胎盤の発生頻度は約0.01%(出産1万件に1件)である。( → Wikipedia
 こういうふうに死と隣り合わせの場において、「普通ならば死亡しない」というのを原則とする「業務上過失致死罪」を適用するのは、根源的に狂っている。そういう狂ったことをするから、医者のなり手がなくなるのだ。
 とにかく、こういう検察の馬鹿馬鹿しさを指摘するのが、本質的だ。はっきり言えば、検察は、医師のなり手を減らすことで、日本中でたくさんの妊婦と胎児を死なせている結果をもたらすような、殺人犯なのだ。だから、検察が本当に正義の味方を辞任するのであれば、今回起訴した検察官を、「業務上過失致死罪」で起訴すればいいのだ。なぜなら、彼は、何もしなければ人を死なせたのに、間違った仕事をしたせいで、多くの生命を危機にさらせ、実際に何人かの人々に死をもたらしたからだ。

 [ 補足 ]
 医療関係者向けに注釈しておこう。本項では、医療ミスの有無については論じていない。念のため。ここでは、
 「もし医療ミスがあったとしても」
 という仮定の上での話があるだけだ。現実には、医療ミスはなかった、という判断も十分に成立する。弁護側証人の証言からも、そういう結論は出せそうだ。
 ただ、そういう医学的な判断についてまでは、本項は踏み込んでいない。あくまで「もし医療ミスがあったとしても」という仮定の上での話であり、訴訟の措置のことを話題にしている。(刑事か民事か、という話題。)


● ニュースと感想  (8月22日)

 「産科医への無罪判決とマスコミ」について。
 この件について、朝日と読売の社説を読んだ。朝日の方はまともだが、読売の方はよくわかっていないようだ。以下、引用。
 刑事責任を問うべきほどの事案かどうかは、まず中立的な専門機関で判断した方がいい。厚生労働省が検討中の「医療安全調査委員会」の創設を急ぐべきだ。
 故意や重大な過失、カルテの改竄(かいざん)といった悪質な事例のみ、警察に「通知」する。
 悪質な事例を通知するのは当然だろう。犯罪の可能性があるのに通知しないのならば、調査委ができたとしても、警察が直接捜査に乗り出す状況は変わるまい。
( → 読売・社説 2008-08-21 )
 ここでは「故意」は「犯罪」という言葉が使われている。どうも勘違いしているようだ。
 医療事故というものは、せいぜいただのミスであって、「故意」や「犯罪」などはありえない。たとえば、「この患者を殺してやろう」と思って死なせることはないし、「治療をデタラメにして、ひどい目に遭わせてやろう」と思うこともない。もしそういうことをしたならば、「殺人」または「傷害」になる。その場合には、殺人罪や傷害罪で起訴すればいい。それだけのことだ。
 たとえば、安楽死を意図して、患者に塩化カリウム液を注射して、死なせた事件があった。( → 東海大学安楽死事件 ) このリンク(Wikipedia)にも記してあるが、「殺人罪に問われた刑事事件。日本において裁判で医師による安楽死の正当性が問われた現在までで唯一の事件である。」とのことだ。
 こういうふうに、犯罪事件があれば、通常の犯罪事件として裁かれる。「殺人」または「傷害」で。……そして、それで十分なのだ。
 一方、今回の事件では、おそらくは「最善の医療行為ではなかった」というだけのことであり、せいぜい「過失があった(かもしれない)」というだけのことだ。そういうことを「犯罪」で裁くのは、てんで見当違いのことだ。読売はそこのところを全然理解していない。

 どうせ「犯罪」というのであれば、もっと明白な犯罪はたくさんある。次のように。
 「食品や薬品などの品質・効能を偽って、高額で販売する詐欺事件」
 こういう事件は山のようにある。食品の偽装事件は何度もあった。実際、(賞味期限の偽装ならまだしも)原産国を「中国」から「国産」に偽装した事件がいくつもあった。また、薬効があるという食品の薬効を偽った事件や、医療効果があるという器具の医療効果を偽った事件もあった。また、同じ日の記事でも、次の事件があった。
   → 磁気活水器、有害物質除去せず
 こういう明白な犯罪(詐欺)がある。なのに検察はまったく摘発しない。「ただの不当表示さ。公取委の仕事さ」と思って、犯罪(詐欺)が放置されている。かくて日本では経済犯罪が野放しになる。

 要するに、真面目に骨身を削って奉仕する医師は、ちょっとでもミスをすれば「犯罪だ」と騒がれて逮捕されて豚箱に留置される(たとえ無罪でも)。一方、国民をだます悪徳業者は、悪意たっぷりでも「犯罪」とは見なされず、たとえバレてもせいぜい行政指導か、短期の営業停止ぐらいだ。
 で、実質的な罰は、マスコミによる風評被害ぐらいのものだ。(たとえば船場吉兆が騒がれて倒産したこと。)
 ここでは、検察がまともに仕事をしないから、マスコミが検察にかわって「正義の味方」のフリをしたがる。セーラームーンをもじって、「検察にかわってお仕置きよ」とばかり、針小棒大に大騒ぎして、勝手に民間人を罰する。つまり、検察がトチ狂っていると、社会の仕組みが歪んでしまうのである。
 そして、マスコミは、そういう問題点を指摘すればいいのに、逆に、読売に至っては、検察の暴走を推進しようとする。無知のマスコミというのは、まことに困ったものだ。

 [ 付記 ]
 じゃ、どうすればいいかというと、前日分に述べたとおり。要するに、これは刑事事件ではなくて民事事件なのだから、「検察の出る幕じゃない」ということだ。
 医師が何をやっても許される、ということはないのだが、あくまで民事として争うべきであって、刑事事件として争うべきではない。もともと範囲のないところに、勝手に範囲を見出して、勝手に犯罪と決めつけるようでは、人の生命にかかわる仕事をする人(医者)がいなくなる。
 そういう根源を理解しないから、表層的に「ああしろ、こうしろ」と好き勝手に騒ぐわけだ。根源を理解しないで騒ぐだけなら、子供と同じだ。ガキの出る幕じゃないのだが。

 [ 余談 ]
 ついでに一言。例の安楽死事件(塩化カリウム)について言えば、日本の裁判所は頭がイカレている、と思う。
 なるほど、裁判所の言うとおり、医師に「殺意」を認めて、「殺人罪」で裁くことはできる。それはそれでいいだろう。
 しかし、この事件では、医師は患者の遺族に強く頼まれ安楽死させたのだ。とすれば、主犯は患者の遺族であり、医師は従犯であるにすぎない。殺人罪では、主犯は計画者(推進者)であって、直接の実行者は従犯にすぎないからだ。
 たとえば、ボスが手下に、「銃を撃って捕虜を殺せ。それがイヤならおまえが死ぬハメになるぞ」と命令したなら、主犯はボスであり、手下は従犯である。
 例の安楽死事件でも同様だ。これを殺人事件と見なすのであれば、患者の遺族が主犯である。こちらを殺人罪で起訴するべきだろう。ここが一番肝心の点なのに、ここについては論議されなかったようだ。
 これは、法的に考えれば仕方ないのかもしれないが、あまりにもピンボケだ。本質を見失ってしまっている。
( ※ この点は、ライブドア事件に似ている。あちこちでよくなされているような帳簿の操作だったのに、そのことが論議されなかった。ま、そういう方針を取ったホリエモンが馬鹿すぎた、ということではあるが。自業自得か。……かくて、肝心の争点が失われてしまった。かくて、人々はいまだに物事を誤解したままだ。)


● ニュースと感想  (8月22日b)

 「『やかましい』の意味」について。
 「やかましい」という言葉について、政界が騒いでいる。
 太田誠一農相が食の安全について「消費者がやかましいから徹底する」と発言した 問題で、「問題視する方がおかしい」との意見が19日の自民党役員会で出席者 から出た。麻生太郎幹事長も役員会後の記者会見で、太田氏擁護論を展開した。
 麻生氏は会見でまず太田氏が福岡県、太田氏の母が島根県出身と紹介。そのうえで 「関西以西では、やかましいって、みんな言うだろうが。うるさい、騒々しいという意味じゃない。『あの人、選挙にやかましいもんな』って言ったら、くわしい、プロ、そういったのをやかましいと言う。『よく知っている』という意味だ」と主張した。
 これについてネットで検索したら、2ちゃんねるに批判があった。
 やかましいには自動詞と他動詞の用法があってだな
  自動詞 …… うるさい、騒々しい、喧しい
   「彼は やかましい」
  他動詞 …… に目端が利く、を知悉している、一家言を持つ
   「彼は 食の安全に やかましい」
  で、発言は明らかに自動詞用法なんだが。
 なお、辞書を引くと、関西に限らず、一般的に後者の用法があるとわかる。
 (4)自分の趣味に固執してあれこれ言い立てるさま。好みがむずかしい。
 「食べ物に―・い人」
  ( → 大辞林
 麻生くん、関西弁を教えてあげているつもりが、実は日本語をちゃんと理解できなだけのことだったんですね。オタク丸出し。  (^^);
 こんなのが首相になったら、ひどいことになりそう。(ま、現状でもひどいが。  (^^); …… 福田無能氏と、麻生オタク氏。どっちも、いやです。)


● ニュースと感想  (8月22日+)

 安価な自費出版について紹介する。(体験と紹介)
  → Open ブログ 「安価な自費出版」


● ニュースと感想  (8月23日)

 温暖化の原因がわかれば、温暖化への対策もわかる。本項では、具体的な対策をいくつか示す。(それは炭酸ガスの削減ではない。)
  → Open ブログ 「陸地温暖化への対策」


● ニュースと感想  (8月24日)

 (1)
 雨水タンクと打ち水によって、水分蒸発量を増やすことができる。雨を雨水タンクに溜めて、その雨水を打ち水として散布する。
  → Open ブログ 「雨水タンクと打ち水」
 (2)
 緑のカーテンというものがある。植物でできたスダレ状の構造物のことだ。これは、日陰を作ることで、エアコンがわりになる。しかも、温暖化阻止の効果がある。
  → Open ブログ 「緑のカーテン(植物スダレ)」


● ニュースと感想  (8月26日)

 ゴミの分別はあまり意味がないようだ。特に、プラスチックと紙をいちいち分ける分別は、意味がない。
  → Open ブログ 「ゴミの分別」


● ニュースと感想  (8月28日)

 (1)
 水分蒸発量( or 保水力)を高める方法では、次のように言える。
  ・ 草と木は、いずれも人工物よりも優れている。
  ・ 草よりも、木の方が優れている。
  → Open ブログ 「草と木の効果」
 (2)
 太陽光発電のために国が補助金を出す、という方針が出された。200億円あまり。この金額は、医師不足の対策のための金とほぼ同額。
  → Open ブログ 「太陽電池と医師対策」


● ニュースと感想  (8月29日)

 洋上で太陽光発電と風力発電をする、というアイデアが報道されている。原発よりも大幅にコスト安だ、という触れ込み。しかしこれは正しくない。
  → Open ブログ 「洋上のエコ発電所」


● ニュースと感想  (8月30日)

 電力をエコにするには、太陽光発電、風力発電、原子力発電などの、どれが最適か?  実は、発電するよりも、「省エネ」で電力消費を抑える方が有効だ。そのためには「電気料金の値上げ」をすればいい。
  → Open ブログ 「電力エコの方法」


● ニュースと感想  (8月31日)

 関東と中部地方でものすごい豪雨があった。これへの対策として、「人工降雨」を提案したい。(中国が北京五輪でやったのと同じ。)
  → Open ブログ 「豪雨対策」


● ニュースと感想  (9月06日)

  「脳の大きさを決める特定の遺伝子がある」という趣旨の記事が、朝日にあった。しかしこれは間違いなので、指摘しておく。
  → Open ブログ 「脳と遺伝子」


● ニュースと感想  (9月08日)

 9月07日に関東地方であった雷雨は、8月29日にあった集中豪雨とは違う。その違いを解説する。
  → Open ブログ 「豪雨対策2」


● ニュースと感想  (9月10日)

 Google の無料ブラウザ Chrome を評価する。簡単に言えば、IE よりはマシであるようだが、Firefox よりは劣るようだ。
  → Open ブログ 「Google Chrome の評価」


● ニュースと感想  (9月11日)

 「汚染米と食糧自給」について。
 農薬などで汚染された事故米が、食用に転用されていた。この問題は、食糧自給と密接な関係がある。
 そもそも事故米は、もともと引き取り手がいない。やむなく農水省が押しつける形で業者に売りつけているという。
 「国から頼まれて買った米。とても迷惑な話だ」。奈良県の工業用のり製造販売業者は04年11月、水害に遭った事故米の購入を農水省側から勧められたという。だが、買った米は相当傷んでおり、のりの原料としても使えず、結局、焼却処分したという。
 山形県内のコメ油製造業者は、農水省側から「何とか有効利用を考えてくれ」と頼まれ入札に参加した。約140キロを買い、発酵有機質肥料の原料として商品化を試みたが失敗。今も大半が余っているという。「恩を売っておけばという考えで入札に参加していた」と打ち明けた。
( → 朝日新聞・夕刊 2008-09-10
 ではなぜ、政府はそんなものを業者に押し売りするのか? それには、理由がある。米の最低輸入量(ミニマム・アクセス)があるからだ。
 保管中にカビが生えたり、残留農薬が検出されたりした米で使用はノリなどの工業用に限られる。世界貿易機関(WTO)の協定に基づき、国が中国やベトナムなどから輸入したものだ。ミニマムアクセス(最低輸入量)が決められている。
( → 読売新聞・夕刊 2008-09-10
 つまり、こうだ。
 もともとミニマムアクセス(最低輸入量)がある。そこで外国から米を輸入せざるを得ない。ただし、普通の米を輸入すると、その分、国産米の売上げが減ってしまう。おいしくて安い米国産米やタイ米が大量に出回ると、国産米にとって不利だ。そこで、何としても国産米を守るために、食用にならない米をミニマムアクセス枠で輸入するわけだ。つまり食い物にならない米を、あえて輸入するわけだ。……「食糧自給」という立場から。
 しかしながら、そんなものを輸入しても、誰も欲しがらない。いや、少しは欲しがる人もいるが、あまりにも大量すぎて、余ってしまう。そこで、政府は業者に無理やり押しつける。無理やり押しつけられた業者は、タダで捨ててしまうか、偽装して販売するかだ。

 かくて、「食糧自給」にこだわったあげく、巡り巡って、われわれの胃袋には、農薬で汚染された事故米が入ることになる。「国産米がいい」ということは、「輸入米は駄目」ということだが、それでも輸入せざるを得ない。となると、残る道は、「駄目なものを正常なものとして偽る」というふうになる。さもなくば、大赤字だ。
 こうして、後者の事件が起こる。なかば必然的に。
( ※ なお、偽装された事故米は、今回の分だけでなく、以前からこっそりと大量にあるらしい。今回の分は、氷山の一角。……たぶん、あなたも私も、とっくに事故米由来の食品を食べている。)

 結論。
 「食糧自給」なんていうことに無理やりこだわるから、世の中に歪みが出る。その歪みが、どこかで噴出する。それが今回の問題の根源だ。
 本当ならば、カレーライス用などに、タイ米の輸入をすればいいのだが、そういうのを極端に嫌がるから、問題が噴出することになる。
 これが今回の事件の本質だ。

 [ 付記 ]
 実は、米の輸入を自由化したって、大したことはない。小麦が暴騰した今では、米は現在価格でも、比較的安価である。(課税された)外国産米との価格競争力は十分にある。無理に輸入制限するほどのことはないのだ。
 なお、今のところ、市場のおいしいと評判のお米の銘柄は、「ミルキー・クイーン」である。コシヒカリよりはちょっと高いらしいが、抜群においしいと評判。……ただし、買えません。どこでも売り切れ。  (^^);
 値段よりも味、ということですね。安いタイ米なんかをいちいち怖がる必要はない。別に国産米が全滅するわけじゃないんだから、シェアをいくらか明け渡したっていいのだ。

 【 関連項目 】
  → Open ブログ 「食糧危機と自給率」


● ニュースと感想  (9月12日)

 「汚染米と政府」について。
 前項の続き。
 汚染された事故米があちこちで食用に転用されていた、と判明している。今度はアサヒビールの芋焼酎。(ニュースを参照。)
 ま、これに限らず、あちこちで汚染されているはずだ。たいていは、調べないからわからないだけ。調べればどんどん出てくる。特に、過去の分は調べようもないが、とっくに口に入っているはずだ。……せんべいあたりが怪しいですね。ひょっとしたら、日本酒も。さらには、コンビニ弁当も。  (^^);

 では、どうしてこういう問題が起こるのか? それについては前項で述べたが、もっと根源的なことがある。こうだ。
 「汚染された事故米を政府があえて国民に食わせようとしている」

 これは、換言すれば、次のことだ。
 「汚染された事故米があれば、それを摘発しようとせずに、あえて隠蔽しようとする。事故米を隠蔽して、その事故米を国民に食わせようとしている」

 このことは、次のことから判明している。
 「汚染された事故米があった、と政府にたれ込みがあったときに、政府はそれを調査するが、調査する直前に、『調査しますよ』と事前通告して、調査を骨抜きにする」

 ではなぜ、政府はそういうことをするか? 理由は、こうだ。
 「農水省は、農産物の生産者のためにあるのであって、農産物の消費者のためにあるのではない」
 つまり、こうだ。
 「汚染された事故米があれば、政府は、悪質な方の生産者を擁護し、可哀想な被害者たる国民を犠牲にする」
 政府にはこういう体質がある。農水省はあくまで、農産物の生産者のためにあるのであって、農産物の消費者のためにあるのではない。だから、こういう問題が起こるのだ。

 結語。
 今回の事件を見て、国民は「どうしてこんなことがまかり通るのか? いったいどうなっているんだ!」と怒る。しかし、それは勘違いだ。今回の事件は、手抜きやミスによって生じた過失ではない。あえて意図的に起こそうとした故意の事件である。
 比喩的に言えば、間違ってうっかり人を殺してしまったのではなく、故意に人を殺した、ということだ。過失致死ではなくて、殺人である。……ただし、これは、明白な殺人というより、「未必の故意」に当たる。というのは、自分自身で毒を混ぜて売ったのではなく、毒が入っているとわかっている物を売ったからだ。「毒入り米」は安価で出回っている。それを安価で購入して、「毒入りではありません」と言って売りつければ、ボロ儲けできる。それが本質だ。その意味で、これは「未必の故意」による殺人事件に相当する。(過失致死ではない。)
 そして、それは、政府の推進する政策なのだ。なぜなら政府は、「毒入り米であろうと何だろうと、外国から米を輸入するべきだ」という方針を取るからだ。「日本の生産者を守るためには、外国から毒入り米を輸入するべきだ」と。
 こうして、「生産者を守るため」という名分で、消費者は犠牲になる。……そして、それは、決してミスによって生じたのではなくて、政府が意図的になしたことなのだ。
 「国民は、ただのモルモットさ。国民なんか、いくらでも死んでしまって構わない。バレなきゃいいのさ。バレそうになったら、隠せばいいのさ。大切なのは、生産者だけさ。え? 国民の命? そんなの関係ねえ。オッパッピー!」

 [ 付記 ]
 上記では「毒入り」という言葉を使ったが、これは決して誇張ではない。今回の事故米に入っていた農薬は、メタミドホスであるが、これは例の「毒入りギョーザ」の農薬と同じだ。あれで重症患者がいくらか出た。
 今回は、業者自身が「毒入り」を認識していたので、他の米と混ぜて薄めていたから、被害はあまり出ていない。しかし、混ぜていた物質は、あれと同じ毒だ。違いは、濃度だけである。
 毒入りギョーザでは「中国はひどい」と思われていたが、ひどいのは中国の特殊な例外にすぎない。一方、日本では、政府自身が毒入り米を推進しているのだ。未必の故意で。
 というわけで、中国食品の方が、日本食品よりは、安全です。安全性を期待したいのであれば、国産品はやめましょう。  (^^);

  【 追記 】
 本項を書いたあとの記事で、「病院の給食に汚染米が使われた」とか、「せんべいに使われた」とか、その他あちこちで、いろいろと汚染米の利用が明らかとなった。懸念したことがあっさり判明したとなると、現状はとてもひどいことになっているようだ。


● ニュースと感想  (9月13日)

 「ドラフト流出」について。
 プロ野球のドラフト候補である有名投手が、大リーグに流出しそうだ。これをもって「大変だ」とプロ野球界は大騒ぎしている。
 ただ、私としては、「騒ぐほどのことじゃない」と思う。個人がどこの国で働こうが、それは個人の勝手だ。日本で働こうがアメリカで働こうが、どっちでもいいはずだ。
 どうせ騒ぐなら、「頭脳流出」の方を騒ぐ方がいい。日本の理系の研究者・技術者の待遇が悪いせいで、どんどん流出が起こっている。ITは言うに及ばず。また、ちょっと古い例では、青色ダイオードの発明者である中村修二がそうだ。こういう頭脳流出こそ恐れるべきだ。それらはまさしく日本の工業技術力を低下させるからだ。
 ひるがえって、プロ野球の投手がアメリカに行くのは、別に、どうってことはない。別に、アメリカのヤンキースやレッド・ソックスが、日本の巨人や阪神と戦うわけじゃないからだ。全然、影響はない。また、野球の水準を言うのであれば、もともと日本の方が圧倒的に劣っているから、今さらどうってことはない。そもそも、タカが野球である。技術開発とは同列に扱えない。
 「カラスの勝手でしょ」
 というのが、私の結論。
 ___

 ただし、である。彼個人について言うならば、私は、彼の選択はまずい、と思う。彼はちょっと自惚れすぎている。日本のプロ野球に入った方が、彼のためになる、と思う。
 まず、日本のアマチュア野球は、レベルが低い。プロよりもずっと低い。たとえば、一昨年のドラフト1位に、金刃(巨人)と小嶋(阪神)がいるが、どちらも鳴り物入りだった割には、全然活躍できていない。阪神の岩田も、今年は活躍しているが、それまで何年もかかった。彼らは、いくらアマ球界で活躍しても、プロでは活躍できる保証はないのだ。
 では、今回の田沢は? 彼は去年はリリーフで、今年は先発。今年だけは大活躍だったが、実績はたったの一年だ。来年に大活躍できる保証はまったくない。こんな状況で米国の3Aに入っても、ろくなことはない、という気がする。
 米国の3Aは、食事も自腹で、選手はマクドナルドのハンバーガーなどで飢えを満たしている。一方、日本の二軍は、専属のコックがおいしい料理を出して、たらふく食べ放題だ。寮があり、衣食住完備である。また、コーチも付きっきりで、ていねいに教えてくれる。一方、アメリカのコーチは全然駄目だ。ヤンキースの井川に至っては、アメリカで壊されてしまったようなものだ。彼も日本に残れば、コーチに教わって、活躍できただろうに。
 田沢はたったの一年しか実績がなく、未完成である。未完の大器かもしれないが、それをちゃんと成長させるには、日本の立派な育成システムが必要だろう。そこをはみ出して、アメリカに行けば、ほったらかしにされたあげく、井川の二の舞になりかねない。成功するかもしれないが、リスクがあまりにも高すぎる。
 これは、ギャンブルだ。
   ・ 勝てば …… メジャーで大活躍。年俸も巨額。
   ・ 負ければ…… メジャーで失敗。年俸も少額。
 一方、日本に残れば、可能な限り、育成システムが支えてくれる。リスクは最小限となる。(あとは自分の先天的な能力次第。)
 たった一度の人生で、このようなギャンブルをする気には、なれないのが普通だ。大リーグで 10億稼ごうが、日本で2億稼ごうが、その差は大したことはない。どうせ大金持ちだからだ。しかるに、大リーグで失敗するのと、日本で失敗しないのとでは、大差がある。ここでは、「失敗しない」ということが最大の差であって、「成功したときの報酬」はあまり意味がないのだ。
 クジで言えば、一等の金額が「1億」か「1千万」かは、大した違いではない。「はずれにくい」ということが大切になる。(正確に言えば期待値だが。)
 ともあれ、「当たったときのこと」ばかりを考えて、賞金の多額さに釣られると、失敗したときに、目も当てられないことになる。
 田沢選手は、人生を賭けてギャンブルをする前に、もうちょっと謙虚になった方が、身のためだろう。私だったら、自分の人生をサイコロには委ねません。「当たったらどうなるか」を考えるよりも、「いかに はずれないか」を考えます。
 井川の二の舞にならないことを願う。(自惚れという点では井川そっくりだが。)

 井川と、田沢と、小沢(民主党)とは、どれもちょっと似ていますね。  (^^);

 [ 付記 ]
 井川は実は、そんなに悪くはない。昨年はひどかったが、今年はあまり悪くないし、最近ではちょっと好投している。2008-09-06 には、次のレポートがある。
Kei Igawa showed why he was voted SWB Pitcher of the Year. He went seven strong innings allowing five hits, three walks and two runs (only one earned). He also struck out four. In all honesty only two of the hits were solid. One was a double to CF that Matt Carson had in his glove but dropped when he hit the wall. The other came in the two run 4th inning. Igawa walked Keith Ginter on a 3-2 pitch. Two of the balls were VERY close and probably should have been called strikes. Gil Velazquez then reached on catcher's interference. Jonathan Van Every then tapped one down the 1B line that Igawa fielded had no chance to throw out Van Every. The two runs came when Josh Wilson hit a 3-1 pitch to LF. After that, Kei settled in and ended up retiring the final 10 hitters he faced.
 → 引用元
 だけど、いくらマイナーで好投しても、メジャーには上がれない。メジャー登録の 40人枠をはずれているからだ。いったん見放されると、いくら結果を出しても、認めてもらえないわけだ。チャンスすらも与えられない。
 才能があれば何とかなる、というほど米国は甘くない。松坂みたいに成功した実績があればともかく、無名の新人が米国に行っても、チャンスを得られるかどうかすら、はっきりとしない。井川みたいに、いくら頑張っても飼い殺し、という可能性すらある。
 また、井川でさえ、米国に適応するには二年間もかかった。実績のない新人では、どうなることやら。何をすればいいのかすらよくわからないだろうし、ぽしゃる可能性は十分にある。
 大リーグに行くとしたら、「高校から日本プロ野球に。その後に大リーグ」というのが一番いいと思う。高校卒業時に日本プロ野球に入れなかった程度の実力では、米国に行っても苦労しそうだ。少なくとも、野茂や松坂やダルビッシュのような才能がないことは確実。

 [ 余談 ]
 本項の話は、下らない話かもしれない。
 「そんなのおまえの余計なおせっかいだ。おまえの意見なんか、関係ねえ」
 と言われたら、「はい、そうです」と頭を下げるしかない。   (^^);
 しかしまあ、他人の進路について、「ああだ、こうだ」とちょっかいを出すという点では、日本のプロ野球界やマスコミも、同様である。彼の人生は彼が決めるべきであって、彼の人生を日本球界のものだと思っている連中は傲慢不遜だとしか思えない。その点を指摘したい。それが本項の趣旨。
 ただし、そのあと、話が脱線してしまった。余計なちょっかいを出すという点では、私もまた同じ穴のムジナかも。   (^^);

  【 追記 】
 週間モーニング( 09-12 発売)の漫画に、転職を教える漫画が連載されているが、それに「投機の方法」というのがあった。
 「資金の9割は安全な投機に。残りの1割はハイリスク・ハイリターンで」という方針。その1割の方もいくつか分散投資。いくつかはときどき失敗して資金が消滅するが、いくつかは成功して大化けする。こうして、大金を稼ぐことが出来た、という話。
 あくまで話半分ではあるが、なかなか賢明な方針である。「自分のすべてをハイリスクの一点に、集中投資」というのは、賢明な方針ではない。人生、そんなに甘くはない。



● ニュースと感想  (9月15日)

 Firefox にはさまざまなアドオンがある。それを使って、機能を拡張することが出来る。ざっと紹介しよう。
  → Open ブログ 「Firefox の拡張」


● ニュースと感想  (9月16日)

 「リサイクル」という名目で人々から金をふんだくる詐欺がある。しかもこれを天下の朝日新聞が「すばらしい」と推奨して、詐欺に加担している。だまされないようにしよう。
  → Open ブログ 「リサイクル詐欺」


● ニュースと感想  (9月17日)

 「潜望鏡の迷彩色」について。
 日本の領海に潜水艦が侵入して、発見された。この潜望鏡は、1キロメートル先にあったという。それがたまたま目視によって潜望鏡が発見された。
 ここで疑問がある。「なぜ目視で発見されたのか?」ということだ。そんなに簡単にバレてしまうのでは、潜望鏡を使う意味がない。本体をまるまる さらしているようなものだ。「見つけてください」とばかりに。
 本来ならば、迷彩色によって、バレないはずである。ではなぜ、バレたのか? 不思議に思ったのだが、その推定は「迷彩色が下手だから」というものだ。そこでネットを検索してみたところ、まさしくその通りだと判明した。以下の画像がそうだ。
  → 日本の潜望鏡
  → 米国の潜望鏡 (サイト

 馬鹿げているね。これでは全然、迷彩色になっていない。遠くから見れば、次のように見えるだけだ。
  → 潜望鏡の遠景

 要するに、何が問題かというと、迷彩色の周波数だ。わかりやすく言えば、斑(まだら)の大きさだ。これが、小さいと、意味をなさない。
 たとえば、通常の潜望鏡が、次のように見えるとする。(横に倒して描く)
          ________

 これに迷彩を施して、次のような模様を描くこともできる。(規則的である必要はない。あくまでおおまかな目安。)
          

 しかし、このような迷彩だと、周波数が高すぎる。つまり、斑が小さすぎる。その結果、離れてみると、次のように見えてしまう。(上の「潜望鏡の遠景」と同様。)
          ________

 要するに、「直線状の物体」であることが、漠然とわかるわけだ。それでは発見されてしまう。
 これを避けるには、遠くから見たときに、次のように見えるようにする。(周波数が低い。つまり斑が大きい。そのことに注意。)
           _ ■ 
 なめらかさが欠けるのはご容赦してほしい。なお、ここでは四角形を用いているが、現実には、斜めの曲線を含む模様にする。戦車の迷彩色のような模様にするわけだ。
   → 戦車の迷彩模様

 このような迷彩にすれば、潜望鏡は直線状のものであると認識されなくなるので、斑状の波模様の海面を背景にして、認識できにくくなる。(上の「潜望鏡の遠景」において、どう見えるか想像してほしい。)……これは視覚心理学的な効果だ。

 ともあれ、迷彩模様の意義を、間違えてはならない。正誤を示すと、次の通り。
 (誤) その物体が見えないようにする。背景と同じ色にする。
 (正)その物体の形状が認識されないようにする。特に直線状の形態が人間に認識されないようにする。そのために、あえて全然別の形状(斑状)をめだたせる。戦車ならば、あえて白っぽくて目立つ斑を見せる。潜望鏡でも、あえて白っぽくて目立つ斑を見せる。そのことで、当の物体の形状を埋没させる。

 つまり、見えなくすることが大事なのではなく、バレなくすることが大事なのだ。「見えても気づかれない」というようにすることが大切なのだ。
 潜望鏡で言えば、その潜望鏡の一部はあえて見えるようにするといい。ただし、見えても、「波の一部だな」と認識されるようにすればいい。それが正しい迷彩の意味だ。
 自衛隊の潜望鏡は、全体が灰色の直線に見えてしまうので、これでは迷彩の効果が少ない。「見えなくしよう」という発想ばかりがあって、「バレなくしよう」という発想が足りないからだ。黒い着色はあっても、白色っぽい着色がないことからもわかる。
( ※ なお、白色だと、夜間に白色が目立つと思えるかもしれないが、夜間なら白色は見えない。もともと光源がないのだから、闇夜では何も見えません。)

 [ 付記 ]
 わかりやすい例で、人間につける迷彩色を考えよう。
 素人ふうの発想だと、「葉っぱ模様をたくさんつける」というふうに考えられる。しかし、遠くから見ると、細かな葉っぱ模様が全体としてかすんで、緑色をした人間の形になってしまうから、「人がいる」とバレれしまう。
 だからここでは、「背景と同じ色にしよう」という発想をしてはならない。むしろ、「人間の形でない形を見せる」というふうにする。たとえば、左肩から、臍を経て、右の脇の下へと移るような曲線を付けて、その線の上と下とで、明暗を変える。そうすると、人間の形とは異なる曲線が見えるから、そこにある人間の形はわからなくなってしまう。(別のものが目立つから、本来のものが目立たなくなる。)
 迷彩色というのは、このような発想でなされるものだ。
    → ドイツの雪上迷彩服
 ここでは、あえて目立つように、黒い色がつく。単純な白にはしない。なぜか? 黒いものは目立つが、人間はかえって目立たなくなるからだ。逆に、単純な白だと、白いものは目立たなくなるが、人間の輪郭が目立ってしまう。
 ドイツの雪上迷彩服では、人間の輪郭を消すために、別の黒い部分が目立つようになっているのだ。

 [ 余談 ]
 こういうのはちょっと、詐欺師のテクニックに似ている。リサイクルなどで詐欺をする連中は、「リサイクル」を目立たさせることで、「詐欺」を目立たなくさせるのだ。Aを目立たさせることで、Bを目立たなくさせる。(単に「詐欺」を隠せばいいのではない。「詐欺」を隠すためには、別のものを目立たせる。)
  → Open ブログ 「リサイクル詐欺」


● ニュースと感想  (9月18日)

 「原油と食糧の価格低下」について。
 米国の金融危機(?)で、大騒ぎが起こっているが、悪い話ばかりではない。景気悪化の見通しが出たので、おかげで投機による価格高騰が収まっている。
  → ロンドン原油、一時7か月ぶり90ドル割れ
  → 穀物価格が値下がり…小麦は37%下落
 
 ただ、それでわれわれの生活が一息つくかというと、そうでもない。農水省が値上げをするからだ。
  → 小麦価格、10月に20%上げ=1年半で1.7倍に−農水省

 この間の国際相場は7割ぐらいアップしているが、農水省の売り渡し価格も7割ぐらいアップする。
 さて。「どっちも7割だから公正だ」と思ってはならない。農水省の価格は、もともと「国際相場と国内価格との差額を埋める」という意味合いがある。その差額は一定だから、その分まで7割もアップする必要はない。金額の絶対額が保たれていればいいのであって、差額の埋め合わせの分(価格調整の課徴金)までアップする必要はない。なのに、その分まで、火事場泥棒みたいな感じで、値上げする。
 というわけで、10月からはパンが値上げです。いや、もう、あちこちでチラホラと値上げが始まっているぞ。
 パンは値上げしたから、米でも食おうかと思ったら、米は事故米でした。  (^^);
 農水省って、そういうものなんですね。


● ニュースと感想  (9月19日)

 ウェブ上で表示された語句について、Firefox で簡単に辞書検索することができる。辞書検索の内容は任意。英和辞典も、日本語辞典もOK。Wikipedia もOK。
  → Open ブログ 「Firefoxで 辞書検索」


● ニュースと感想  (9月20日)

 米国で金融危機が起こっている。これはサブプライムローンから生じたものだ。では、その本質は?
 → nando ブログ 「米国の金融危機の理由」

 ( ※ この項目の次の項目にも、続きの話があります。)


● ニュースと感想  (9月21日)

 パキスタンのホテル・テロの爆発後の惨状。海外メディアの写真。
  → その1その2

 [ 付記 ]
 関連して、興味深い情報を見つけた。以下、引用。
 「A harsh winter and a summer drought damaged the harvest this year, leaving central and northern Afghanistan facing a food shortage this winter. Bamian, where these ethnic Hazara children are playing, is one of the provinces that is expected to face serious hunger problems.」( → 出典
 つまり、アフガンでは中部・北部で、大飢饉で飢餓に瀕しているという。

 では、それに対して、国際社会は何をしてくれるか? もちろん、何もしてくれない。だから人々は餓死しかけている。米国や日本はアフガンで、人殺しをすることはできても、人命を救うことはほったらかしだ。その意味では、テロリストと大差ない。天使のフリをしても、同じように悪魔である。
 今回のテロで、保守系マスコミは「テロに屈するな」と正義漢づらをするだろうが、天使のフリをしないでほしいね。血も涙もないくせに。

( ※ ついでだが、天使のようにふるまえば、日本では非難される。他国で人命を救えば、「国益に反する」と国賊扱いされる。そのことは、イラク人質事件を見ればわかるだろう。 → イラクの人質問題 の本質


● ニュースと感想  (9月22日+)

 パキスタンのホテル・テロに関して、「自衛隊は給油活動から撤退するべきではない」という趣旨の話が読売に出ている。社説もそうだし、米国高官の寄稿もある。( 2008-09-21 )
 しかし、米国高官の寄稿を見ればわかるように、「自衛隊の給油はパキスタン軍から万歳三唱された」などと自画自賛しているばかりだ。現実はどうかと言えば、米軍はパキスタン国民から毛嫌いされている。嫌われているのに好かれていると思い込んでいるらしいね。いかにも米国人的な発想。  (^^);

 「テロとの戦いだから、軍事的に強権的に弾圧せよ」という発想で、万事が片付くわけではない。アフガンの問題をちゃんと知るには、その根源を理解する必要がある。それは、次の箇所で述べてある。
  → 戦争と平和の理論 【 追記1 】


● ニュースと感想  (9月22日)

 トヨタのウィングレットは、役立たずのオモチャに見える。だが、両足のない身障者向けの移動手段としては、役立つかもしれない。
  → ウィングレットと身障者


● ニュースと感想  (9月23日)

 「北朝鮮への対処(民主化の方法)」について。
 北朝鮮では金正日が倒れたようだ。脳卒中かとの推測もあるが、とにかく姿を見せないことから、健康に異常があることは間違いない。北朝鮮は現在、事実上の(国家的な)脳死状態にあるようだ。
 ここで、日本や米国はただ黙って見ているだけだ。読売新聞のようなお馬鹿な新聞に至っては、時期もわきまえずに「北朝鮮からミサイルが来ないように、ミサイル防衛網を整備せよ。そのために一兆円をつぎ込め」という社説を掲載している。( → 読売・社説 2008-09-22 )

 しかし、ここで私がすばらしい提案をしよう。この時期をうまく利用して、戦争のかわりに平和を築くのだ。次のように。
 「北朝鮮に物資を援助する。日本から北朝鮮に、食糧や医薬品などを大量に輸送する」
 これはまあ、ただの援助政策である。通常は、こんなことをやっても、相手国が儲かるだけで、たいして政治効果はない。しかし北朝鮮に限っては、すばらしい効果がある。
 大量の食糧を援助したとしよう。そのあと、どうなる? 港に積み上がる。それはそのままでは腐ってしまう。なぜなら北朝鮮には、物資を輸送する能力がないからだ。トラックも燃料もろくにない。そこで、これらの輸送手段もいっしょに送る。そのことで、北朝鮮の各地に、日本のトラックが突き進んで、あちこちで援助物資をばらまく。
 こうして、閉鎖的だった北朝鮮に「蟻の一穴」があく。これが重要だ。それまでは「日本と米国は悪魔の帝国だ。鬼畜日米だ」と信じていた北朝鮮の国民に、天使のような日本の援助物資が送られる。ついでにチョコレートもばらまく。
 その意味は? 「北朝鮮国民の洗脳を解く」ということだ。これこそが最も重要なことだ。
 すると、どうなる? 大半の国民だけでなく、大半の軍人の洗脳も解かれる。これまでは「偉大なる首領様にしたがって、悪魔的な日米を打倒しよう」と思っていたのだが、「あれれ。日米は天使じゃないか。何でおれたちを救ってくれる天使を打倒するんだ? 馬鹿げている」と思うようになる。
 かくて、ミサイル防衛網なんていう馬鹿げた金を使うかわりに、ただの援助物資を与えることで、北朝鮮との戦争の懸念が解消する。しかも、費用は激安だ。(1兆円もかかるわけがない。)

 実は、これと同様のことは、第二次大戦直後の日本でも行なわれた。それを「ガリオア資金」という。( → Wikipedia
 日本人はそれまで「偉大なる現人神に従い、鬼畜米英を打倒しよう。一億総玉砕だ」と思って、飢餓に瀕していたが、ガリオア資金による援助物資が来て、飢餓を救ってくれたとたんに、あっというまに態度を豹変した。「カム カム エブリボディ」なんていう英語番組を聞くのが大流行になった。
 血液型の本をちょっと覗いてみたら、O型の性格の特徴は「食べ物を恵んでくれる人になつく」ことだそうだ。  (^^);
 ま、O型には顕著だが、いずれにせよ人間にはそういう基本的な性格がある。植えているときには、食べ物を恵んでくれる人になつくのだ。日本人もそうだった。北朝鮮人もまたしかり。
 だから、北朝鮮を国家転覆させるには、爆弾をばらまくかわりに、ミルクや米をばらまけばいいのだ。そっちの方が安いし。ま、言いたければ、「ミルク爆弾」「チョコレート爆弾」とでも呼んでもいい。とにかくそいつを大量に投下すればいいのだ。  (^^);

 戦いの要諦は、「相手の攻撃力を上回る防御力を整備すること」ではなく、「戦わずにして勝つ」ことである。そして、そのためには、相手の体を動けなくすればいいのではなく、相手の心を洗脳から解除すればいいのだ。
 ただし、そのためには、最も大切なことがある。相手の洗脳を解くのではなく、自分自身の洗脳を解くことだ。読売みたいに、「北朝鮮人は悪党ばかりだ。あいつらは人でなしの悪魔だ」と思っているようでは、自分の洗脳が解けない。むしろ、真実に気づくべきだ。「相手は悪魔ではない。相手は洗脳されているだけだ。だから相手の洗脳を解けば、相手は平和的になるのだ。相手もまた同じ人間なのだから」と。
 問題は、ブッシュやナベツネがそこに気づかないことだ。「相手もまた同じ人間だ」とは思わない。「おれ様は偉い、だから他人は馬鹿だ」と思い込む。こういう人間は、「相手もまた人間だ」ということに気づかないのである。自分自身が洗脳から逃れることができない。

 北朝鮮人は、たぶん、ミルクやチョコレートで洗脳を解くことができるだろう。一回だけならまだしも、1年以上に渡って大量の援助物資を送れば、「有効こそ大切だ。敵対は愚かだ」とはっきり知るだろう。しかしながら、ブッシュはナベツネは、いくらミルクやチョコレートをもらっても、洗脳から解かれない。……ここ日本国民や米国国民の悲劇がある。われわれにとっての身の敵は、金正日ではなくて、ブッシュやナベツネなのだ。金正日は日本のものを何一つ奪わないが、ブッシュやナベツネはミサイル防衛網などのために、日本人から莫大な富を奪う。(そのすべてはゴミになるだけだが。……もし北朝鮮が民主化されれば。そして、それは、不可能ではないのだ。戦後の日本と同様で。)

 [ 付記1 ]
 本項に対しては、ネット右翼からの反発が予想される。
 「独裁国家に対して、甘いものばかり与えると、食い逃げされるのが関の山だ。見返りなしに援助するのは馬鹿げている。せめて核兵器中止や拉致疑惑解決を条件にするべきだ」
 それはそれでもっともである。ただし、「独裁者がいれば」という条件のもとでだ。これまではたしかにそうだった。しかし今いるのは「独裁者」ではなくて「地方老人」である。ここで大切なのは、次のことだ。
 「状況は流動的である。ほんのわずかな力の入れ方で、右にも左にも変動する」
 これはちょうど、山の稜線の雨水が、わずかな違いで、右にも左にも隔てられるのに似ている。日本の中央部のどこかに降った雨が、ほんのわずかな違いで、太平洋に注ぐか、日本海に注ぐかが、決まってしまう。

         ↓
         ∧
       ←   

 そういうふうに「分水嶺」にある状況というのは、確かにあるのだ。そして、それが、今の状況だ。
 ここでは何もしないのがベストであるわけではない。ほんの小さな力を入れることで、「独裁状況の維持」から「民主国家への転換」へと転じることができるのだから、そうすればいいのだ。(これはいわゆる「バタフライ効果」の核心である。)
 そして、こういうことが、たいして多額でもない「援助」によってなされる。そのよい見本は、米国のガリオア援助だ。最初にごくわずかな金を援助したが、その後、日本から安保条約という名目で、莫大な金を徴収している。十億円の援助で10兆円の金を取るようなものだ。まるでエビタイだ。
 わずかな金で民主主義への転換をなすことができる。そして、それが可能なのは、分水嶺にある今という時期に限られる。……このような認識をすることが大切だ。
 北朝鮮への食糧援助は、普段ならばまったく無効だ。しかしながら、今という特殊な時期においてのみ、きわめて有効となる。

 [ 付記2 ]
 そして、ここまで理解すれば、物事の本質もわかる。援助において大切なのは、相手にとって「欲しいけれど欲しくない」という両面価値のあるものを無理やり与えることで、相手に混乱を引き起こすことだ。
 だから、「欲しければくれてやる」という態度では駄目だ。相手がどうしようかと戸惑っているときに、無理やり物資を送り込んで、相手を混乱させてしまえばいい。それが目的だ。そして、その意味は、少額の物資を与えることの損得ではない。あくまで混乱の有無だ。
 ここを理解することが大切だ。
 
 [ 余談 ]
 「欲しいけれど欲しくない」という両面価値のあるもの……の例を示す。
 こういうのを得られるとしたら、人はどうするか? 迷うでしょうねえ。「欲しいけれど、やめた方がいいな。でもチャンスはいっぺんきりだし。どうせ人間はいつか死ぬんだし。だったら……」などと思い悩む。そこで、そいつが無理やり押しつけられて、否応なしに受け取るハメになったら。……
 そりゃまあ、混乱の極みでしょう。そして、そういう混乱こそ、本項の狙いとなる話題だ。ここでは物事を損得で考えてはいけない。経済的合理性で考えてはいけない。なぜか? こういうものを無理やり押しつけるのは、「悪魔の発想」なのである。決して「合理的な人間の発想」ではない。  (^^);


● ニュースと感想  (9月25日)

 「米国金融界への出資」について。
 日本の銀行が米国金融界へ出資している。これについて私の意見を聞きたい人もいるようだから、簡単に述べておこう。(読みたい人だけ読めばいい。)
 まず、事例は次の三つ。
  ・ 三井住友 …… ゴールドマンに出資(1000 〜 3000億円?)
  ・ 三菱UFJ …… モルガン・スタンレーに出資(9000億円、20%)
  ・ 野村 …… リーマン・ブラザーズのアジア部門と欧州部門の買収

 これらについて評価する。

 (1) 三井住友
 額が小額すぎる。5%程度の出資らしいが、これではただの出資ないし投資に過ぎず、経営にはほとんど関与ができない。デメリットも少ないが、メリットも少ない。三井住友の本体に何か影響するというようなことはない。ただの一般の投資と大差ない。無視。
 たぶん、何年かしたら、株の全額を売り払ってしまうのだろう。そのときの帳尻だけが問題となる。
 
 (2) 三菱UFJ
 これも、額は多いが、三井住友と大差ないらしい。20% も出資すれば、経営にはいくらか関与できるはずだが、「経営に関与する能力はありません」と初めから及び腰。ま、それはそれで妥当だろう。(自分の無能さを知っているね。 (^^); )
 とはいえ、失敗することがないかわり、成功することもない。微々たる効果がある程度、ということか。結局、うまく利用されるばかりかも。ま、損得勘定で言えば、損することはなさそうだが、三菱UFJに何か影響するというようなことはないだろう。もともと自分がそのつもりなんだし。

 (3) 野村HD
 野村HDの場合は、明白に異なる。完全に買収したことで、相手を傘下におくことになるからだ。問題は、そのあとだ。これが考察の対象となる。
 米国金融界の見通しでは、「人材が流出するのでは」ということだ。「アジアと欧州の部門ばかりでは、人材が米国に帰ってしまうだろう。あとはもぬけの殻」というわけだ。
 確かに、シナリオとしては、それが成立する。また、実際、そうなる可能性が最も高い。野村HDは、人材が流出したあとで、もぬけの殻を大金で買ったことに気づくことになりそうだ。(この点、技術や工場のある工業系の会社の買収とはまったく異なる。禁輸会では人材がすべてだ。)
 ただし、である。頭のいい経営者ならば、これを逆手に取ることができる。次のように。
 「人材を流出させるのではなく、人材を吸収する」
 現状では、アジアと欧州しかない。とすると、ここから米国に人材が流出するかわりに、米国の人材をここに流入させてしまえばいいのだ。つまり、「米国の金融界の優秀な人材を求む」と銘打って、独自の米国部門を構築し、そこに米国人の人材を招けばいい。
 その場合、現在のアジアと欧州にいる人材の一部が、米国部門に移転して、そこで昇格する。つまり、栄転だ。それまで欧州部門の課長だった人が、米国部門の部長になれる。すばらしい! こうして、社内の人材を引き止め、かつ、社外の人材を吸収する。今は米国部門がゼロだから、そこをローコストで急拡大することが可能となる。
 要するに、「守りでなく攻めの経営」である。……こうすることができれば、野村HDは大成功を収めるだろう。逆に、そうすることができなければ、野村HDは大失敗をするだろう。
 ここは経営者次第だ。野村HDの経営者が本項を読むか読まないかで、野村HDによる買収の成否は決まる。


● ニュースと感想  (9月26日)

 「米国と日本の不良債権処理」について。
 米国の金融危機で、不良債権処理の方法が模索されている。ここで、日本の不良債権処理について、朝日が紹介していた。(朝日・朝刊・経済面 2008-09-25 )
 最初は、整理回収機構(RCC)が設立されたが、実効性がなかった。これはただの帳簿の操作をするだけで、実際の売買はなされず、不良債権の処理は実質的になされなかったからだ。そこで、竹中蔵相の方針で、次のことがなされたという。
  ・ 銀行への公的資金の投入。
  ・ 不良債権処理の強制。(半減せよ、という政府方針。)
 この方針のもとで、不良債権処理はどんどん進んだという。

 さて。以上のことは、おおむね妥当だが、評価がおかしい。これをもって「日本では不良債権処理が進んだ」と見なすのは、見当違いだ。正しくは、次の通り。
 「日本では、不良債権処理をせよという方針のもとで、不良債権処理だけがなされた。国全体の景気回復を犠牲にして、銀行の回復だけがなされた。その結果、銀行の利益は急上昇し、大幅な黒字を計上して、銀行だけはわが世の春を謳歌した。一方で、国民は、大幅に犠牲になった。預金をしてもゼロ同然の利息しかつかないが、その一方でローンやATM手数料などにはたっぷりと金を取られた。しかも、不良債権処理のせいで、マクロ経済が悪化して、あちこちで倒産が進んだため、失業が急増して、所得が大幅に低下した。ワーキングプアや派遣・請負という形で低賃金を強いられた人々も多かった。」
 結局、一将功成りて万骨枯る。銀行だけは大幅に利益を得たが、国民は大幅に損失をこうむった。これには、二つの意味がある。
  ・ 銀行が国民の金を奪った。(金利や手数料などの泥棒。)
  ・ 銀行が日本経済全体を破壊した。(経済テロ。)
 銀行は国民の富を奪うことで、泥棒をして、それによって不良債権処理のための大金を得た。(こうして不良債権処理だけは見事に成功した。)
 その半面、同時に、不良債権処理の形でマクロ経済を縮小させた。経済テロをなした。自分が利益を得るために、国家経済全体を破壊してしまった。
 前者だけならば全体としてプラスマイナスゼロだ。配分が変わっただけだ。国民の富が銀行に移転しただけで、総量は変わらない。
 後者があると、総量が変わる。総量が縮小してしまう。……そして、たとえ総量が縮小しても、自分の富だけが増えれば、それでいいさ、と銀行は思う。百万人が飢えても、自分だけが豊かになれば、それでいいのだ。

 これが日本の不良債権処理だ。その結果、今現在、日本はひどい経済苦境になっている。小泉が「構造改革」と唱えて7年ぐらいたっているのに、成果は何も上がっていない。空白の7年間。銀行だけは栄えたが、国民はひどく苦労している。自動車産業だけは儲けていたようだが、それも極端な円安(各国の物価上昇を込みにした実効レートでは大幅な円安になっている)のおかげであるから、国民の富を自動車産業に移転する形で、自動車産業が栄えているにすぎない。しかも、それでいて、今や米国の経済苦境のせいで、自動車産業もまた苦境に陥っている。
 まったく、何やっているんだか。何もやっていない、とも言えるが、それより悪い。
 本当ならば、不良債権処理など、何もしない方がよかった。そうすれば、不良債権処理は遅々として進まなかっただろうが、そのかわり、経済悪化もまたひどくならなかったはずだ。その場合、ワーキングプアの問題は生じなかっただろうし、経済は今よりもずっと好転していたはずだ。
 現実には、不良債権処理がなされた。そのせいで、銀行の不良債権処理だけは進んだ。そして、これをもって、「日本では不良債権処理に成功した」と見なすのでは、とんでもない見当違いなのである。
 それはいわば、下手な手術をして、「手術は成功しました、患者は死にました」というようなものだ。「不良債権処理は成功しました、日本経済は駄目になりました」と。……だったら何もしない方がよほどよかったのだ。
 ここのところを勘違いしてはならない。朝日みたいな判断をしてはならない。それは自殺を喜ぶ狂人の発想だ。「自殺をすればもはや病気でなくなる。だから病人の私は自殺して幸せになれる」という発想。
 でもって、米国にも「自殺は素敵ですよ」と推奨しているんですかね。


● ニュースと感想  (9月26日b)

 読売新聞に、「ゴルフ・ターボはすばらしい省燃費だ」という嘘記事があった。
( ※ 夕刊 2008-09-25。ネットでは → 読売新聞のゴルフ賛美

 これについては、Openブログの過去記事で、批判的な話を記したことがある。そちらを参照。

 → ゴルフ・ターボの省燃費
 → 輸入車の燃費

( ※ 特に加筆するべきこともない。上記の過去記事のまま読んでOK。)


● ニュースと感想  (9月27日)

 新常用漢字の9月修正案(2008-09-23)が出た。これについて解説する。
  → Open ブログ 「新常用漢字4 (9月修正案)」


● ニュースと感想  (9月28日)

 「金融危機への対処法」について。
 米国の金融危機について、どう対処するべきか? これについて、日本の金融危機と比べて、「公的資金の投入は是か非か」という議論がなされている。
 まず、「米国も日本がやったように、銀行に公的資金を投入するべきだ。金融システムの崩壊を回避することが最優先だ」という見解がある。(読売・社説)
 一方、「日本の公的資金の投入は良くなかった。農協系の金融機関を救済するために血税を投入したのが主な狙いだっただけだ」という見解も一部にはある。(読売・朝刊・経済面 2008-09-27 )
 で、私の見解は? 

 はっきりと断言できるほどではないのだが、次のように言いたい。
 「公的資金の投入は、昔も言ったように、私としては賛成できない。それによって状況が改善する、ということはない。ただ、大手銀行への公的資金投入ならば、株の購入という形になるだけだから、良くも悪くもない。」

 簡単に言えば、「どっちにしてもたいして差はない」のである。読売は「金融システムの崩壊を回避することが最優先だ」と主張するが、別に、公的資金を投入しなくても、日本の銀行が増資に応じたりするのだから、いちいち公的資金を投入するまでもない。一方、破綻する金融機関も出るだろうが(日本の山一證券や拓銀など)、その場合は通常の枠組みにしたがって、粛々と清算すればいい。この場合、金融機関そのものは消滅するが、預金者の預金は守られるから、特に混乱もない。そもそも大赤字を垂れ流した拓銀などが存在し続けること自体が間違いなのだから、こんなものは破綻するのが当然であって、いちいち救済する必要はないのだ。
 要するに、「駄目な企業は退出する」および「預金者は保護する」という通常の枠組みにしたがって、粛々と処理すればいい。
 これに対して、「金融システムの崩壊を何としても防がなくてはならない」と主張するのは、とんでもない間違いだ。山一や拓銀に公的資金を投入して破綻を回避するなんて、とんでもない間違いだ。
 結局、「金融システムの崩壊は大変だ」と騒ぐのは、「オオカミが来た」と騒ぐオオカミ少年と同じである。そんなことで「大変だ、大変だ」と大騒ぎすることはないのだ。

 より根源的には、次の妄想がある。
 「経済はすべて金の流れで決まる。金融システムが崩壊すれば、金の流れがおかしくなり、経済全体がおかしくなる」
 こういうことは、ない。「金回りが経済のすべて」ということは、ない。そういうのは、マネタリズムの発想だが、そういう発想自体が間違っている。( 重要!
 一部の銀行が破綻したとしても、それで金融システム全体が崩壊するということはない。たとえば、拓銀が資金供給できなくなったとしても、他の銀行が式供給できる。だから、「拓銀が資金供給できなくなった分、経済が縮小する」というようなことは成立しないのだ。「金融機関なんて、いくらでも代替が利く」というのが正しい。
 今回の状況で言えば、金融不安がささやかれたことで、資金供給はいくらか細っている。そのせいで、市場金利が少し上昇している。……そして、こういう場合には、政府が公的資金を投入して金融機関を救済すればいいのではなくて、金融市場に資金を投入して市場金利を低めに誘導すればいいのだ。(日銀がそういう行動を取った。横から金を出して市場を正常化しようとしたわけだ。これは正しい。)
 
 結論。
 公的資金を投入するか否かは、「良い」とか「悪い」とかいうより、「意味がない」のである。そうしなければ経済が崩壊するということもないし、そうすれば経済が救われるということもない。
 なすべきことは、次の二点だ。
  ・ 金融市場に資金投入する。(つまり普段しているような金融政策のみ。)
  ・ マクロ経済政策。特に、大規模減税。(経済拡大と物価上昇をめざす。)

 ひるがえって、次のことは必要ない。
  ・ 金融機関への資金投入。(民間企業同士で可能。例。日本の銀行。)
  ・ 不良債権の購入。(民間同士で可能。値引きすればいいだけ。)

 なお、後者のこと(不良債権の購入)が可能になるには、次のことが必要だ。
  ・ 景気回復
  ・ 物価上昇
 そして、このことをもたらすのが、上の「マクロ政策」だ。

 ここで、核心を言えば、次のようになる。
 「経済の病気を治すには、対症療法であれやこれやと症状をなくせばいいのではなくて、経済の病気そのものを治せばいい。すなわち、経済の正常化をなせばいい。不況を脱出することで、さまざまな症状も自然に消える。一方、不況から脱出しないまま、症状だけをなくそうとして、多額の公的資金を投入しようというのは、愚策である。」

 [ 付記 ]
 すぐ上のことは、背景を理解すると、わかりやすい。対症療法うんぬんは、マネタリズムへの批判だ。マクロ経済そのものを理解しないまま、金融システムだけをいじって、金融面だけを操作しようとする。そして、それだけで済むと思い込む。……これがマネタリズムの発想だ。「マネー操作が経済のすべて」という発想。
 そして、このことを、本項は否定している。(上の方で「重要!」と赤字で大きく記したとおり。)
 経済の本質は、マネーを操作することではない。生産活動をすることだ。そして、そのことを理解しないまま、マネーの操作だけで金儲けしようとするところに、誤りの本質がある。……その本質は、今回の金融危機をもたらした資産バブルにも当てはまるし、一般の経済学者にも当てはまる。
 マネタリズムという妄想にとらわれた人々が、資産バブルを起こしたし、また、資産バブルを対症療法で糊塗しようとする。そして、それを私は批判する。「経済とは金をいじくることじゃないんだ、生産活動をすることなんだ」と。
 ま、こういうことを言っても、たいていの経済学者は馬耳東風だろう。そして、だからこそ、馬鹿げた金融危機は何度も何度も起こるのだ。性懲りもなく。(……日本のバブルがあっても、そこから教訓を得た人は一人もいない。だから米国で金融危機が起こったわけだ。)


● ニュースと感想  (9月29日)

 「小泉とマスコミ」について。
 小泉・元首相が議員としての辞意を表明した。そのあと、自民党の有力者や、マスコミの記事などがあったが、いろいろ見聞きすると、彼への評価は否定的評価が強い。「今の不況は小泉のせいだ」という調子。
 それはその通りなのだが、小泉ばかりに責任をなすりつけるのは、感心しませんね。当時、「小泉の構造改革はすばらしい」とさんざん讃歌を鳴らしていたくせに、今になって掌を返さないでほしい。ずるい。

 はっきり言って、小泉も、他の人々も、同罪なのである。そして、その罪を免れるのは、当時から「小泉の構造改革はまったく駄目だ。そんなことではマクロ的に経済は縮小するばかりだ」と述べた人だけだ。
 誰ですか、それは? はい、私です。  (^^);
 そして、それ以外の経済学者や経済記者のすべては、嘘八百を付いていたことになる。特に罪が重いのは、古典派経済学者だ。
  ・ サプライサイド (構造改革の支援)
  ・ マネタリズム   (金融緩和だけを支援)
 この両者がいて、どちらもまったくの間違いだった。
 「構造改革で景気回復」「改革なくして景気回復なし」
 というのも嘘だったし、
 「量的緩和によって、円安と企業利益の向上があるから、これで景気は回復する」
 というのも嘘だった。
 そして、そういうのを「嘘だ」と指摘したのは、日本広しといえども、私ぐらいだったろう。
 日本中のすべては狂気に満ちており、正気の少数者はトンデモ扱いされる。……それが日本だ。そして、そのことに、いまだに気づいていない人ばかり。
( ※ このあと、麻生と小沢の、ひどい対決が起こる。口曲がりとホラ口の対決。どっちも嘘ばっかり。いやですねえ。日本はいつになっても破滅的な悲劇。)
( ※ じゃ、誰が首相になればいいかというと……、へそ曲がりです。つまり、私です。  (^^)v  ごめんなさい。別に、次の衆院選に出馬する気はありません。 (^^ゞ )

 [ 付記 ]
 小泉内閣の評価は? 「名ばかりの改革」である。そして、そのことを、私は当時も指摘してきた。次を参照。
  → 昔のポスター 1
 当時、もう一つ、次の案もあった。
  → 昔のポスター 2
 今回も、民主党はこれを使えばいいのだが。(ただし岡田ならともかく、小沢の顔だと逆効果??)
 上記のポスター案は 2004年08月 のもの。あれ以来、何か出来事があったかというと…… 2004年12月のギター侍ぐらいでしょうかね? 残念。名ばかりの改革 斬り!
 やってられんわ。  (^^); 


● ニュースと感想  (9月29日b)

 「小泉と世襲」について。
 小泉・元首相が議員としての辞意を表明したあと、息子への世襲の意向を明らかにした。その弁が「私も普通の親だ」とのこと。
 冗談じゃない。普通の親ならば、議席を息子に世襲するということはありえない。どこの誰がそんなことをするものか。普通の親は国会議員じゃないんですからね。
 普通の親ならば、財産を遺すことはある。しかしそれは自分の形成した財産である。一方、小泉の場合は、違う。彼の票は、彼が自分で得たものではなくて、選挙民(地区住民)から委託されたものであるにすぎない。彼の票は彼自身のものではないのだ。選挙民のものなのだ。彼はただ票を委託されているだけにすぎない。……そこのところを根本的に勘違いしているようだ。
 そして、彼が委託された票を、彼自身のものと錯覚したあげく、それを私物化して、それを息子に横流ししようとする。選挙民は、小泉を支持しているつもりで、その息子に票を与える。……これでは、選挙民を意図的にだますことになるから、詐欺同然であろう。
 とはいえ、小泉は国民全体をだました。詐欺同然のことをやらかした。「構造改革で景気回復」というスローガンで。
 とすれば、もともとの詐欺師が、今度もまた詐欺をしただけなのかもしれない。前は国民全体をだましたが、今度は地区住民だけをだまそうとしているのかもしれない。……詐欺の規模が縮小しただけか。   (^^);
 悪は悪でも、より小さな悪に転じた、ということなのかも。「普通の親」になったのではなくて、「小悪人」になったんですね。


● ニュースと感想  (9月30日)

 「麻生の施政方針」について。
 麻生首相の施政方針が国会で表明された。
  → 所信表明演説全文 その1その2

 全体としてみれば、ここ数年の首相のなかでは、最も良いようだ。悪いことばかりをやらかした小泉首相や、無為無策の福田首相に比べると、半分ぐらいは正しい。満点にはほど遠いが、零点ではないだけマシだ。特に、経済政策では、ひどいトンチンカンを冒していない。
 本人のサイトを見たら、この人は経済学をいくらかはわかっている。竹中に丸投げした小泉よりは、はるかに賢い。おおまかに言って、平均的な経済学者(古典派)よりは、ずっと利口だ。ま、経営の経験がある分、貨幣数量方程式なんていう机上の数式をいじくっているマネタリストなんかよりも、ずっとマシなのだろう。 (マネタリストへの嫌みですけど。首相を褒める形でマネタリストをけなしているわけ。   (^^); )
 話が逸れたが、施政方針に戻る。ざっと論評しよう。(引用しながら。)

 (1)【就任に当たって】
 この前口上は、下手な文学っぽいが、悪くはない。文学としてみれば下手くそだが、読むだけでうんざりとする無味乾燥の官僚作文よりは、ずっとマシだ。本人が意気がっているのが、ガキっぽくてほほえましいが、内容空虚よりは、腹を立てないで済む。……このあたり、オタク首相をちょっと見直しました。  (^^);

 (2)【国会運営】
 民主党への嫌み。私ならともかく、一国の首相が嫌みを言うのは、品がないというか。……でもまあ、この嫌みは妥当だ。特に、少しあとで、次の文句がある。
 「民主党に要請します。緊急総合対策実施の裏付けとなる、補正予算。その成立こそは、まさしく焦眉の急であります。検討の上、のめない点があるなら、論拠と共に代表質問でお示しいただきたい。独自の案を提示されるももちろん結構。ただし、財源を明示していただきます。」
 これは妥当である。財源なしで道路減税を示すなんて、民主党は最低。ここのところを徹底的に突けば、「民主党は嘘ばかり言っている詐欺師だ」というのが露見するだろう。
 嫌みも意味がある。  (^^);
 嫌みを言われた民主党は、「そんなこと所信表明で言うのは変だ」と反発している。ごもっともではあるが、大人げない。自分はさんざん悪口を言っているくせに、一言悪口を言われたからといって頭に湯気を上げるなんて、情けないね。

 (3)【着実な経済成長】
 「第1段階は、景気対策です」と述べて、これを最優先したのは、評価できる。「構造改革」なんかを唱えた小泉や安倍に比べれば、雲泥の差だ。
 「今年度内に、定額減税を実施します」と述べたのも、正しい。ただし、自分の手柄にしないでほしいね。公明党が要求したから、いやいや応じただけなのに。……何か、泥棒みたいですね。盗人たけだけしいというか。  (^^);

 (4) 財政再建
 「第2段階は、財政再建です」と述べている。このあたりから、おかしくなる。
 「目的と手段を混同してはなりません。財政再建は手段。目的は日本の繁栄です」
 と述べているが、駄目ですねえ。これでは反対です。正しくは、「日本の繁栄を通じて、財政再建がなされる」です。
 その意味は、「目的と手段」ではなくて、「先と後」です。先が繁栄、後が財政再建。ここでは時間的および論理的な順序関係があるが、その関係は「手段と目的」という関係ではない。
 やはり経済学をよくわかっていない。

 (5) 改革
 「第3段階として、改革による成長を追い求めます」と述べている。ここで、馬脚を現した。小泉の下手な後追い。
 改革と成長とは、何の関係もない。改革は質の問題であり、成長は量の問題。別のことである。
 わかりやすく言おう。
 改革とは、個々の企業のを改善することであり、労働者の給料を増やすことだ。それは個々の企業がなすことである。それは大切なことではあるが、政府がやらせることじゃない。政府が音頭取りして、推進されるわけじゃない。そんな社会主義政策は、かえって逆効果だ。(この件は、「生産性の向上」とも言い換えることができる。いずれにせよ、小泉がやって、失敗した方針。)
 一方、成長とはを拡大することだ。これはマクロ的な経済政策によってなされる。特に、減税で。
 「改革による成長を追い求めます」と述べた時点で、成長自体がもぬけの殻になりそうだ、と危惧される。やっぱり、経済のことをわかっていない。「定額減税」と言った先から、それとは違うことを言い出すんだから。
 たとえば、改革の方針として、「新規の需要と雇用を生み出すこと」と述べているが、これも構造改革で失敗した路線だ。大切なのは、「新規の需要と雇用を生み出すこと」ではなくて、「既存の需要と雇用を拡大すること」である。いったん縮小したものを、拡大することだ。
 わかりやすく言えば、日本全体で全産業の経済が5%縮小したときには、日本全体で全産業の経済を5%拡大すればいいのであって、かわりに北方領土で新規の需要と雇用が大量に生み出されても無意味なのだ。
 やっぱり、わかってないんですね。


● ニュースと感想  (10月01日)

 「麻生の施政方針(外交)」について。
 前項の続き。本項では、外交について。
 ( → 所信表明演説全文 その2

 【 外交 】
 「テロとの戦い」を標榜して、自衛隊の給油を継続しようとしている。
 「海上自衛隊によるインド洋での補給支援活動を、わたしは、我が国が、我が国の国益をかけ、我が国自身のためにしてきたものと考えてきました。テロとの闘いは、まだ到底出口が見えてまいりません」
 と述べている。
 しかし、これには二つ、難点がある。

 第一に、もしオバマが当選したら、その方針は成立しない。彼は他国にたいして多大な貢献を要求している(自国の負担を減らすため)。特に日本に対しては、給油以外の軍事活動を要求している。それを要求されたとき、何と答えるのか? 「給油だけです」でお茶を濁すのか? それでは自分の言ったことに反するだろう。「テロとの闘い」を標榜して、「対米協調」を推進するのであれば、自衛隊を派兵する必要が生じる。しかしそれでは憲法違反の疑いが濃厚だ。要するに、「テロとの闘い」「対米協調」「憲法の遵守」という三つは、同時成立しないのである。どれかを捨てなくてはならない。どうするつもり?

 第二に、「テロとの闘い」なんていう冗談を口にすることからして、馬鹿馬鹿しい。そもそもこの問題は、「テロとの闘い」ではないからだ。麻生本人も自分のサイトで述べているが、この問題の根源は中東問題にある。そこではアメリカとイスラエルがパレスチナに対してテロ活動をしている。つまり、「テロとの闘い」を標榜すれば、自分自身を撲滅する必要がある。しかし、そういうわけには行くまい。とすると、可能なのは、二重基準(ダブルスタンダード)だ。つまり、「テロ行為は、自分がやるのは正しいが、相手がやるのはけしからん」というわけだ。そして、その方針のもとで、パレスチナに対するテロ活動をやり放題にしておきながら、アフガンにおけるテロを排撃する。……こんな方針を取っても、アラブ人は怒り狂うだけだ。「おまえが先にテロをやったんだろう? おまえが先にやめるのが先じゃないか。これからはパレスチナでテロをするのをやめろ」と言い出すだろう。そのときアメリカは、「やなこった。これからも市民を殺しまくってやる。おれがやるテロは、正義のテロだから、許されるのさ」と。こう聞いたら、アラブ人だって反発する。「こっちこそ正義だ。ジハード(聖戦)だ。悪のアメリカ人を懲らしめてやる」と言い出す。
 結局、この問題は、「テロとの闘い」ではないのだ。本当は、民族的・宗教的な戦争なのである。そして、それをゴマ化すために、「テロとの闘い」というふうに言いくるめて、人々を詐欺的にだましているだけだ。……したがって、「テロとの闘い」と標榜するブッシュも詐欺師だし、同じ言葉を使う麻生も詐欺師である。そういう言葉で日本を戦争に引き込もうとしているだけだ。
 麻生は、小泉ほどひどくはないが、やはり詐欺師なのである。小泉は「構造改革」党言葉で日本を経済的な泥沼に引き込んだが、戦争面ではうまくのらりくらりと言い逃れて、自衛隊の派兵を最小限にして済ませた。(サマワでキャンプしていただけで実戦はなし。)しかし、麻生は違う。彼はオタクですからね。ドンパチやるのが好きらしい。小泉とは違って、戦争の泥沼に日本を引き込もうとしている。そして、そのために、「テロとの闘い」という言葉で国民をだまそうとしている。
 「構造改革」という言葉でだまそうとした小泉と、「テロとの闘い」という言葉で国民をだまそうとしているオタク首相。……どっちもいやですねえ。そのうち、日本にもアルカイダがやって来て、どこかで爆弾をぶっ放すかも。小泉首相のあいだは大丈夫だったが、オタク首相になると危険性が高まる。とにかく、「テロとの闘い」を本当にやりだしたら、日本にもテロ連中がやってくるのだ。
 闘いというのは、そういうものだ。殺すばかりではなく、殺されることだ。そのことがわかっているんですかね、オタク首相は? バーチャルで考えているだけじゃないの? それとも、「ローゼンメイデン」ごっこ? 「最終兵器彼女」かな?
( ※ 保守派というのはそういうものだが、戦争になっても自分で戦う度胸はないのである。彼らは戦争になっても、政府庁舎でふんぞりかえっているつもりだ。自ら銃をもち、敵の銃弾にさらされる度胸なんか、皆無である。……ネット上の右翼もそう。軍事オタクっていうのは、そういうのばっかり。)

 [ 付記 ]
 関連して、別の話題を述べる。ニュースから。
 外務省の藪中三十二次官は29日の記者会見で、米紙ニューヨーク・タイムズが25日付社説で、麻生首相を「けんか好きな国粋主義者」などと酷評したことに対し、口頭で反論したことを明らかにした。
( → 読売朝日
 この記事を読んでの感想は、こうだ。
 「いちいち反論することじゃない。米国人の日本理解の不足をさらけだしているだけだ。馬鹿を相手に反論するほどのことはない」
 しかし、あとで首をひねった。米国人はそんなに馬鹿なのだろうか? そこで、英語の原文に当たってみた。
 Japan's new prime minister, Taro Aso, is well known ― and not fondly remembered ― by Japan's neighbors as a pugnacious nationalist. As foreign minister from 2005 to 2007, Mr. Aso soured relations with China and South Korea and raised tensions throughout the region, praising the achievements of prewar Japanese colonialism, justifying wartime atrocities and portraying China as a dangerous military threat.  Now, the power brokers in the long-governing Liberal Democratic Party have made him Japan's fourth prime minister in just two years and rebranded Mr. Aso as a “pragmatist.”
 Mr. Aso is expected to focus on stimulating Japan’s stagnant economy.
( → New York Times,Opinion,Editorial
 ここでは、 a pugnacious nationalist (喧嘩好きな国粋主義者)という表現があるが、その前には well known -- by Japan's neighbors as (日本の近隣国によれば……である〔 と知られている 〕)という言葉がある。
 つまり、「喧嘩好きな国粋主義者」と見なしているのは、米紙ではなくて、中韓のことだ。米紙はそういう偏見を紹介しているだけであって、米紙自身が麻生首相を酷評しているわけではない。にもかかわらず、上記記事では「酷評」という言葉を使って、米国の見解と見なしている。(読売では「酷評」、朝日では「評した」だが、どちらも主語は米紙。)
 要するに、外務省も読売も朝日も、日本の新聞各紙はそろって英文読解力がゼロである。こんなことで講義をするとしたら、米紙から馬鹿にされるだけだ。「あんた、英語力ゼロ?」と。
 恥さらし。……これが麻生内閣の最初の業績。  (^^);
 ( ※ ただしもっと恥ずかしいのは、読売と朝日かな。)


● ニュースと感想  (10月03日)

 「民主党のペテン」について。
 民主党が政権を取りそうな勢いらしいが、詐欺師のお株まで奪ってしまいそうだ。例の財源論争。
 麻生が「財源を示せ」と指摘したら、民主党はさっそく「財源はあります」と主張した。過去の積立金などを転用する、というもの。
  → 朝日新聞 「埋蔵金」などで20.5兆円確保

 ひどいペテンですね。指摘しようかと思ったが、あまりにも子供だましなので、ネット上でもさんざん批判されているようだ。次のように。
  → 2ちゃんねる
 2ちゃんねらーにコケにされるとは、民主党も地に墜ちたものだ。いちいち指摘するのも恥ずかしいが、それでもまあ、一応、解説しておこう。
 
 そもそも「埋蔵金」というのは、財源にならない。あくまで一時的なものにすぎないからだ。へそくりが1万円見つかったということと、所得が1万円増えたということとは異なる。ここを勘違いしてはならない。
 比喩的に言おう。小沢さんの家計は火の車だった。毎月1万円の赤字。このままでは家計が破綻する。「何とかしろ」と家族から責められている。ところがあるとき、家野中を捜したら、女房がこっそり貯めていたへそくりを見つけた。賢い女房は、万一のためにと、3万円を貯めていたのだ。ところが小沢さんは欣喜雀躍した。「3万円も見つかったんだ。これで贅沢ができる。もう我慢して節約する必要はない」。そう思い込んで、大盤振る舞い。家族にビフテキをおごり、自分はドライブでガソリンを浪費した。こうして、あっというまに、3万円は消えてしまった。それでも小沢さんは大得意。「誰にも迷惑をかけないで、これだけ贅沢ができたんだ。素晴らしい名案だろう?」と。しかし女房は激怒した。「あんた、馬鹿じゃないの? この3万円は、よそからもらった3万円じゃないのよ。もともと家に貯めていた3万円なのよ。それを『金が増えた』と思い込んで勝手に使ってしまったら、タコが自分の足を食っているのと同じでしょう。こんなに馬鹿なあんたには、愛想が尽きたわ」
 そこで、小沢さんは反省した。「ごめんなさい。3万円は、きみのバッグと靴を買うために使えば良かったんだね。こんどからそうするよ」
 それを聞いた馬鹿女房は、小沢さんを許した。「そう。あたしのバッグと靴を買ってくれるの。それなら許してあげるわ」と。……その金が自分のへそくりだとも気づかずに、大喜び。こうして、詐欺師の小沢さんは、一家の政権を取りましたとさ。

 以上は、「埋蔵金」の話。
 他にも、いろいろとある。たとえば、これだ。
  → Yahoo知恵袋
 つまり、「補助金を削減します」と吹聴して、財源があるかのように見せかけているが、実はその補助金の削減によって迷惑をこうむるのは、一般の国民だ、という話。
 比喩で言えば、「ビフテキをごちそうしてあげる」と言ったのはいいが、その財源として、朝食と昼食が抜きになる。ひどいペテン。
 さらに言えば、「公務員の人件費の削減 20%」というのもある。これなど、法律違反である。勝手に解雇するにしても、給与を下げるにしても、明白に労働者の権利侵害であるし、法律にも違反している。……ま、こんなのは絵に描いた餠だ、およそ実現不可能で、馬鹿馬鹿しすぎるから、公務員の労働組合も表だって反対はしない。「火星人が攻めてきた場合の公約」と同様で無意味だからだ。
 しかし、こういう嘘で国民をだまそうとするのも、困りものだ。何しろ国民は、「構造改革で景気回復」というペテンに何年間もだまされて、今になって反省している始末だ。今度もまた、馬鹿げたペテンにあっさりだまされるかも。
 まったく、小泉の悪いところばかり真似して、変にお株を奪わないでほしいものだ。オタク首相よりももっとタチが悪いのが詐欺師党首。

 それにしても、「ガソリン減税」というのは、筋が悪すぎる。ガソリン価格急騰で、ガソリンの使用量が大幅に削減されたというのに、今度は「ガソリンを浪費する人ほど減税」という馬鹿げた策だ。これでレジ袋有料化よりも圧倒的に多くの量が無駄になる。レジ袋有料化で 10グラムを節約しても、その千倍(10リットル)も石油が浪費される。馬鹿馬鹿しすぎる。
 おりしも、政府は「太陽光発電に補助金」という方針を出したが、これじゃまるで、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるようなものだ。狂気の沙汰。
( ※ この補助金は、発電能力でキロワットあたり7万円。一般家庭で25万円程度。経費の1割。 → 日経 。紙の新聞にはもっと詳しい話がある。)

 [ 付記 ]
 で、何が言いたいか? いつもと同じ。「詐欺にだまされないようにしよう」ということ。詐欺師は変わっても、詐欺師のタネは尽きマジ。政治家とは詐欺をするのが商売である連中だ。詐欺をすればするほど儲かる。……儲けるものが金か票か、と言う違いがあるだけで、本質的には詐欺師なのだ。上手な詐欺師ほど、政権を取れる。いやになるね。)

( ※ ただし、今回の民主党の詐欺は、見え見えすぎるようで、あちこちからさんざん批判されている。下手な詐欺。その点、小泉は上手だった。国民すべてを見事にだました。「ワン・フレーズ政治」とも呼ばれたが、とにかく、だまし上手。小沢って、何事も稚拙だが、だますのも下手なんですね。   (^^); )


● ニュースと感想  (10月03日b)

  ネットの検索は Google が優れていると思われているが、画像検索については、そうとも言えない。各社にそれぞれ特徴がある。併用するといいだろう。
  → Open ブログ 「画像検索」


● ニュースと感想  (10月04日)

 英語の検索をするには、英語版の検索エンジンを使うといい。いつも使っている日本語版の Google なんかでは駄目だ。ちゃんと英語版を使うこと。
  → Open ブログ 「英語検索」


● ニュースと感想  (10月05日)

 「そのまんま東のペテン」について。
 そのまんま東(東国原)・宮崎県知事が衆院選に立候補をすることを検討しているらしい。
 とうとう馬脚が現れた、というべきか。奥さんに愛想をつかされた理由が、ようやくわかった。この人は信用できないんですね。
 「宮崎県のために身を粉にして働きます」
 と述べて、一生懸命宣伝活動をしていたし、かなり頑張っているように見えたが、しょせんは権力欲にまみれて、宮崎県を蹴っ飛ばす。奥さんを蹴っ飛ばしたのと同じなのだろう。奥さんについてのことは本人は覚えていないのかもしれないが、その時点で彼をもっとも信頼していた相手を裏切ったわけだ。そして今回また。
 ペテン師ですね。頑張ってがっちり信頼を勝ち得たあとで、一挙に背信の行為をして裏切る。最悪の人物。

 彼は今回、自民党から出るらしいが、民主党から出るにしても、同様だ。どっちにしても、半分の側を選ぶのだから、彼を信頼していた宮崎県民の半分は裏切られる。残りの半分も裏切っているのかもしれない。
 なお、彼は、国政に出ても、結局は(国会で)ただの一票にしかならない。宮崎県において全能者であるのとは根本的に異なる。宮崎県では頑張ることはできるが、国会ではいくら一人で頑張っても何もできない。(それが議会制民主主義だ。)
 結局、宮崎県民は、すべてを失い、何も得るところがない。国民全体としてみれば、お笑い議員が一人増えるだけ。
 
 ま、こういうことは、私がいちいち言うことじゃないのかもしれない。だれだってわかっていることだろう。わからないのは本人だけ。
 しかし、ペテン師にだまされた宮崎県民が哀れである。……こんなことだと、大阪府民も二の舞になるのかも。
 どうせなら、東京都知事が国政に出てほしいものですけどね。あんなわがままなのが都知事じゃたまったもんじゃない。やめてほしい奴ほど、居座る。困ったことだ。
 誰か都知事にアピールしませんか? 「石原都知事を衆院選に担ぎ出す会」でもつくって。  (^^);


● ニュースと感想  (10月06日)

 米国の金融危機への対処として、金融安定化法案が成立した。成立が危ぶまれていたが、紆余曲折の末に成立。では、これは実効性はあるか? 
  → nando ブログ 「米国の金融安定化法案」


● ニュースと感想  (10月07日)

 横長画面の液晶テレビで、非・横長画像の番組やCMを映すと、両脇が黒くなる。そのせいで、液晶画面が焼きつくという。
  → Open ブログ 「液晶テレビの焼き付き」


● ニュースと感想  (10月08日)

 Google のストリートビューが話題になっている。かなり月日を経て、論点もいろいろと出てきたようなので、ここで核心を示す。
  → Open ブログ 「Google のストリートビュー」


● ニュースと感想  (10月09日)

 ノーベル物理学賞が日本人の三氏に授与された。南部陽一郎、小林誠、益川敏英の三氏。それへの論評。
  → Open ブログ 「ノーベル物理学賞」
  → Open ブログ 「対称性の自発的な破れ」


● ニュースと感想  (10月10日)

 (1) ノーベル物理学賞の話題
 CP対称性の破れについて考える。この概念によると、宇宙には反粒子よりも粒子が多い、ということが説明されることが多い。しかし、ここには問題がありそうだ。
  → Open ブログ 「CP対称性の破れ」

 (2) 経済の話題
 米国の金融危機に、人々は大あわてだ。しかし実は、この金融危機は、あらかじめ予告されていた。今になって急に訪れたのではなく、「必ず訪れる」と前もって予告されていた。
  → nando ブログ 「予告された米国金融危機」


● ニュースと感想  (10月11日)

 ノーベル賞から得られる教訓をいくつか。
  → Open ブログ 「ノーベル賞の教訓」


● ニュースと感想  (10月11日b)

 「ノーベル文学賞とノーベル経済学賞」について。
 ノーベル文学賞は、ル・クレジオ氏が受賞。
 ふむふむ。けっこう有名な人だし、当然か。今までもらっていなかったのが不思議かも。
 なお、村上春樹の受賞を期待する向きがたくさんあるが、それはちょっと無理でしょう。業績が駄目だというのではなくて、若すぎるから。
 ノーベル文学賞ってのは、年を取ってからでないと、もらえないものなんです。物理学だと、若い時代にもらえることもあるが、よほど画期的だったから。

 ノーベル経済学賞も、結果が出てすぐにもらえることもある。だが、そのせいで、後世の批判に耐えないこともある。
 たとえば、デリバティブによる受賞者がそうだ。当時はすばらしい業績だと称賛されたが、今にしてみれば、「すばらしい詐欺の業績」であったにすぎない。
 してみると、この詐欺師は、ノーベル賞の選考委員をもだましたことになる。史上最大の詐欺師。ノーベル賞をだまし取った。  (^^);
 ただし、その業績が非常に偉大であったことは、疑いを容れない。何しろ、その業績の結果として、米国の金融危機は起こったんですからね。
 現状は、「世界大恐慌以来」とも言われるが、それほどにも大きな状況変化を、彼はもたらした。「人類の歴史を左右した詐欺師」とも言える。史上最大。空前絶後。
 どうせ悪党になるなら、史上最大の悪党になるべきか?   (^^);



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「泉の波立ち」
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