[付録] ニュースと感想 (127)

[ 2008.2.03 〜 2008.3.20 ]   

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● ニュースと感想  (2月03日)

 「中国の毒入りギョーザ」について。
 中国の毒入りギョーザが話題になっている。これまでの情報によると、どうやら故意に毒を入れたようだ。
  ・ その毒物質は、工場内にはもともとない。(ミスによる混入ではない。)
  ・ 毒は非常に大量(致死量* )であり、偶然の混入や残留ではない。
  ・ 外部からの通常の持ち込みは念入りにチェックされている。
  ・ 工場は清潔でクリーンルームのようだ。

 こうして「ミス・偶然」などの理由は却下される。
 その一方で、労働紛争があり、解雇・低賃金などの理由で、労働者との間で軋轢があったという。また、この手の紛争があると、労働者が頭に来て、製品に金属片などの異物を混入させることは、中国ではよくあることだという。
 そういうことなら、頭に来た労働者が、「経営者に仕返しをしてやろう。ついでに、南京大虐殺をした日本人に毒を飲ませてしまおう」と思ったのかもしれない。
 以下では、このことを前提として考えよう。

 以上のことからすると、毒入りギョーザの真の理由は、中国製品の品質低下というよりは、中国におけるワーキングプアの問題であることになる。工場の技術などが劣っているのではなくて、工場の待遇が劣っていたことになる。現場の工場技術などの担当者に責任があるのではなく、労働者虐待という経営方針を取る経営者に責任があることになる。

 では、真の原因は、経営者なのか? そうも言えない。なぜなら、中国は人口が過剰で、労働者は余っており、賃金を下げるのは経営者としては当然だからだ。実際、経済学の原理によれば、労働力が過剰なときには、低賃金でもいいからとにかく労働者を雇用する方がいい。急に不況になった場合には、ただの需要刺激で問題は解決するが、ずっと失業者があふれているようなときには、高度成長政策を取る必要がある。その場合には、ある程度の低賃金はやむを得ない。(労働者は余っているからだ。)
 では、経営者に責任がないとすれば、誰に責任があるのか? ……ここまで考えてくると、ようやく、真の責任者がわかる。
 問題の原因は、中国のマクロ経済政策だ。では、どこがまずいのか? いろいろと考えてみると、次のことだろう。
 「中国通貨(元)のレートが低すぎるので、国内の需要が増えない」
 
 中国通貨(元)のレートは低すぎる。そのせいで、輸出が過剰になる。中国には多額の輸出超過の金が入り、その金は米国に預金されている。ここでは、「途上国の中国が米国に金を投資する」という逆転が起こっている。
 通常、このようなことは、ありえない。「先進国が後進国に金を投資して、後進国はそこで金を投資に回す」というのが普通だ。中国はその逆をやっている。つまり、国内に入るべき金が入らず、米国への預金に回って、米国民を(借金で)豊かにすることにしている。中国は、自分の手元には金が入らず、預金通帳の金だけが溜まる、という形だ。
 当然ながら、国全体では、入るべき金が入らないので、その分、貧しい生活を強いられる。また、投資に回す金も不足してしまう。結果的に、消費も投資も停滞する。その一方で、(通貨レート低下のための資金供給が過剰なせいで)金余りになり、不動産バブルが起こる。……全体としてみれば、国民は働いても働いてもワーキングプアとなり、一部の富裕層には富が集中してバブル騒ぎを起こし、かつ、国全体では莫大な預金をかかえながら、それを国民に回さずに政府の預金にして、政府の関係者ばかりが喜んでいる、という図式になる。
 一言で言えば、「気違い経済のせいで、国民が虐待されている」ということだ。経済政策の狂気である。そして、これが、毒入りギョーザの真相だろう。

 中国はなぜ、そういう馬鹿げたことをするのか? その理由は、二つの面から考えられる。
 第一に、間違ったことを正しいと信じていることだ。それは「輸出で経済成長」という発想だ。ま、日本も小泉政権時代には、同様だった。古典派(サプライサイドやマネタリスト)は、「円安によって企業を有利にして、外需による景気回復」というのを唱えた。その結果、たしかに外需は増えたが、国民は貧しくなったので、全体としてはほぼトントンだった。その一方、外需を中心とした企業はどんどん富み、労働者は円安のせいで所得を奪われて貧しくなった。企業は栄え、労働者は貧しくなり、景気回復は起こらずじまいだった。日本はそうだ。……そして、そのことは、中国にも当てはまる。「輸出で経済成長」という発想は、成立しないのだが、そういう妄想を信じていたことが、根底にある。
 第二に、「内需振興」という正しいことを理解できなかったことだ。たとえば、日本の高度成長期には、たしかに「輸出主導」「外需主導」という方針が取られ、それによって高度成長を成し遂げた。しかし、このときは、労働者にもたっぷりと配分があった。時代はおりしも労働組合や社会党が強いころで、ストもしばしばあり、たっぷりと賃上げを勝ち取った。かくて、企業は富み、労働者も富み、所得向上による総需要が拡大して、内需がたっぷりとあったので、「外需をきっかけに内需も拡大する」という形で、経済は拡大のスパイラルに乗った。それゆえ、高度成長が成し遂げられた。
 現状の中国や日本は違う。外需拡大を理由に、金はどんどん入るのだが、労働者の力が弱いせいで、労働者に金が入らない。本来ならば労働者にも金がたっぷりと配分されていいはずなのだが、労働者はワーキングプアの状態に陥り、低賃金に喘ぐ。結果的に、金は、企業(や資産家)に滞留している。中国が金を米国に預金しているのと同様で、日本の企業も金を米国に預金している。(企業が直接預金するのではなくて、企業が黒字で貯め込んだ金を金融市場に預金し、その金を国が米国国債を買う形で米国に預金している。企業は間接的に、米国に預金している。)
 つまり、中国でも日本でも、労働者に回るべき金が労働者に回らず、米国の国債を買うことに費やされている。そのせいで、金の流れが滞る。労働者の所得が増えず、内需が増えず、高度成長もできないままだ。かくて、労働者は日本でも中国でもワーキングプアの状態になる。
 中国と日本で違うのは、次のことだ。
 「中国ではストが禁止されているので、虐待された労働者はギョーザに毒を入れるぐらいのことでしか抵抗できない」
 「日本ではストは禁止されていないが、虐待された労働者はストをするかわりに、ケータイとテレビゲームをすることに熱中している」

 つまり、ケータイとテレビゲームがあるから、日本の労働者はギョーザに毒を入れないだけだ、というわけ。(落語みたい。  (^^);  )
 ま、それはともかく、根源的には、政府の経済政策の失敗がある。それに対して、国民がどう抵抗するか、という違いだけがある。
 なお、昔の日本人は、毒も入れず、ケータイとテレビゲームもやらなかった。かわりに、ストをして、高賃金を獲得した。そのことで、どうなったか? 所得が増えたか? ストをすると、労働者の取り分が増えるようだが、企業はすぐに値上げをするから、労働者の取り分が増えるわけではない。単にインフレが起こるだけだ。実際、70年代のころには、インフレが起こった。そして、そのおかげで、労働需要は緊迫し、ワーキングプアの問題は起こらなかった。経済は(内需拡大により)高度経済成長を成し遂げた。
 つまり、過去では、ストのおかげで内需拡大と高度成長があった。現在では、ストがないのでワーキングプアの問題がある。そして、それにともなうひずみの形で、中国では毒入りギョーザという問題が起こった。
 こういうふうに整理できる。どこに問題の根源があるのかも、理解できるだろう。経済学の知識を用いることで。

 [ 付記1 ]
 「何でもかんでもストをすればいい」というものではない。それはそうだ。特に、不況期には、労働者の立場が弱くて、ストはやりにくい。
 しかし、今では企業が黒字なのだから、ストはできるはずだ。全企業でできるとは言わないまでも、円安のおかげで外需による利益を得た輸出産業では、たっぷりとストができるはずだ。トヨタやソニーやキヤノンなど。……しかしどこでも、ストをやらない。利益は企業にたっぷりと滞留し、労働者はそれを甘んじて眺めているだけだ。自分の金を得られなくても、平気でいる。こうして、黒字の輸出企業で賃上げが起こらないから、全般的に賃金は低下したままで、デフレ傾向が持続する。いつまでたってもインフレ傾向にならない。
 つまり、ストができてもストができないでいると、会社を豊かにするばかりで、大多数の国民はまずしいままだ。で、労働者は、ストをやるかわりに何をやっているかというと、ケータイとテレビゲーム。あと、ときどき、2ちゃんねるに下らないことを書き込む。貧乏の憂さ晴らしを、2ちゃんねるでやる。
 2ちゃんねるとは、ストをやらせないように、労働者を骨抜きにするための場である。経営者の陰謀?

 [ 付記2 ]
 毒は致死量であったようだ。というのは、最も重症の人は、病院に運ばれたとき、生命の危機に瀕していた。ただし医者が毒物を疑ったので、ただちに胃洗浄をして、解毒剤(たぶんアレだな)を投与したので、かろうじて生命は救われた。
 この医者が毒物を疑わなかったら、たぶん死んでいたはずだ。医者の適切な処置により人命が救われた、という例。
 なお、通常の医者だと、「これは食中毒だろう」と思うだけなのだが、この医者は毒物という例外的な事情をうまく想定して、それへの対処ができた。「いつもある例」ばかりを考えて、特殊事情に頭が及ばないような、頭の固い医者だったら、「たぶん食中毒だから経過を観察しましょう」と言っていただろう。その場合、患者は死んでいたはずだ。
 ここで大切なのは、単なる知識や能力ではなく、臨機応変に対応できる、頭の柔軟さだ。それが人の生命を左右する。


● ニュースと感想  (2月03日+)

 「中国の毒入りギョーザ (補足)」について。
 前項の補足。
 中国のこの犯罪は、たぶん、「ストのかわり」だと思う。
 中国は共産党政権下で、(たぶん)ストが禁止されている。だから、ストをするかわりに、操業妨害の形で、毒を入れたのだろう。通常は金属片でも入れるのだが、よほど頭に来て、毒を入れたのだろう。実際、会社側は致命的な損害を受けたのだから、狙いは見事に当たったことになる。
 ストを禁止すると、かえってひどいことになる、というわけ。それが事件の本質じゃないですかね?


● ニュースと感想  (2月04日)

 ミツバチの話の続き。
  → Open ブログ 「ミツバチの教訓 4 (生物の目的)」
  → Open ブログ 「ミツバチの教訓 5 (生物の目的)」

 ※ これまでの話とは違って、文系の話。
   「地球環境の破壊を避けるには」「愛とは何か」「医者の使命は」
   というような、社会論や人生論の話。生物学をヒントにして、人間を語る。
 ※ 「4」の方はちょっと生物学っぽい。「5」の方は純粋に文系の話。
   面倒ならば、「5」だけ読んでください。
   しかし時間があれば、順々に読んでください。その方が首尾一貫する。


● ニュースと感想  (2月06日)

 「朝日の世論調査」について。
 ガソリン税の減税をめぐる朝日の世論調査。「減税賛成(暫定税率廃止)が6割」という結果。(朝日・朝刊・1面 2008-02-05 )
 無意味な世論調査。財源を示していないからだ。本来ならば、次のようにするべし。
 「ガソリン税を減税して、その分、消費税を上げます。ガソリンはリッターあたり 25円安くなりますが、消費税は5%から10%に上がります。そういう海辺を望みますか?」
 これなら、意味がある。逆に言えば、そうでない世論調査は、ペテンにすぎない。

 「道路税の一般財源化」には 54%の賛成だという。これはこれで、意味がある。しかしこれは、ガソリン税の減税とはリンクしない。その分、所得税を下げてもいいし、一律に十万円を還付してもいい。福祉や医療の充実をしてもいい。これはこれで世論調査の価値はあるが、とにかく、ガソリン税とは別個のことだ。

 朝日の世論調査がナンセンスなことは、別のことからもわかる。仮に、この手の調査が可能であれば、次の調査も同時になすべきだ。
 「消費税の減税に賛成ですか?」
 「所得税の減税に賛成ですか?」
 「住民税の減税に賛成ですか?」
 「固定資産税の減税に賛成ですか?」
 こういうふうに質問すれば、すべての項目で「賛成」となるので、「日本は税収ゼロ」となり、国家が崩壊する。原始社会。

 結局、今回の世論調査が示したことは、民意の動向ではなくて、民意の馬鹿さだ。つまり、次のことだ。
 「国民は朝三暮四の猿である。目先のものだけを好む。減税を一つ唱えれば、先のことなどは構わず、とにかく目先の減税に食らいつく」
 こういうことを調査して、国民の馬鹿さを指摘しよう、という意図ならば、まだわかる。しかし、その馬鹿さを増長させるようでは、新聞としての見識が疑われる。(もともと朝日に見識を求めるべきではないのかもしれないが。……)


● ニュースと感想  (2月07日)

 「野口悠紀雄の食糧自給論」について。
 食糧自給について、狭い日本で自給するよりは世界各国から買った方がいい、という説がある。特に、野口悠紀雄が言っている。下記。
 これまでの説明から明らかなように、比較優位原則を無視して自給率にこだわるのは、合理性を欠く、愚かな考えである(さらに、食料確保の安全性の観点からも、供給源を分散させるほうがよい)。
 以上で述べたような考え方は、初等教育で教えるべきだ。このような基本的思考法のトレーニングができていないから、「食糧自給率を高めなければならない」というプロパガンダに簡単にだまされてしまうのである。
( → 野口悠紀雄のサイト
 これはいわば、「国際分業論」である。基本的には、間違っていないだろう。
 ただし、野口悠紀雄が言うと、おかしなことになる。というのは、彼は以前、こう語っていたからだ。
 「日本が不況なのは、中国の低賃金に対して、国際競争力を持たないからだ。日本が国際競争力を持つには、中国に見習って労働コストを下げるべきだ」

 彼のこの説に従えば、日本人の所得は中国人並みに低下することになる。すると、たとえ世界で食糧があっても、日本はそれを買うだけの金がないので、変えないことになる。つまり、「賃下げ」ということを前提にすれば、彼の「国際分業論」は成立しないのだ。

 彼は古典派だから、やたらと「市場原理だけで万事解決」と主張する。しかし、本当にそうなら、経済学者などは必要ない。
 本当は、経済学者のなすべきことは、「どうして原理のようにならないか」ということを突き詰めることだ。「原理のようになるので何もしないでいい」と言うだけでは、自分の存在価値をなくすだけだ。

 正解を言おう。
 「国際分業論」は、原理的には成立するが、次の二つが条件となる。
  ・ 品物を買うだけの所得があること。(需要面の解決)
  ・ 金で買える品物が市場で十分に供給されていること。(供給面の解決)
 この二点が満たされている場合のみ、「国際分業論」は成立する。だから、この二点が満たされているかどうかを、検証しなくてはならない。
 しかし古典派というものは、そういう検証をしない。なぜなら、
 「供給も需要も十分であることを仮定する」
 というふうに、勝手に仮定を持ち込んでしまうからだ。勝手に仮定を持ち込んでしまえば、もはや、過程について論じることはできなくなる。かくて、古典派は思考停止に陥る。「原理だけで万事解決」とうそぶくばかり。デタラメ経済学の見本。

 では、まともな経済学者は、どう答えるか? 「市場任せで万事解決」と唱えるかわりに、どう唱えるか? こうだ。
 第1に、中国並みに労賃を下げるのではなく、労賃を大幅に向上させる。つまり、所得をアップする。そうしてこそ、市場で商品を買えるようになる。(実際、日本の漁業では、カツオの購入で、欧州に競り負けているという。欧州はユーロ高で購買量が高く、日本は円安で購買量が低い。所得低下のせいで、市場にある商品を買えなくなってきているわけだ。……読売新聞・1面 2008-02-06 による。この状況は、と野口悠紀雄なら、「労賃低下で万歳」と喜ぶだろうが、現実には、日本国民は金がなければどうしようもないわけだ。)
 第2に、供給を向上させる。農産物であれ海産物であれ、供給全体を拡大することに努力するべきだ。次のように。
  ・ 途上国で農業生産を支援する。技術指導などで収量を大幅アップ。
  ・ 海産物で「乱獲による漁獲減」をなくす。昔に比べれば激減している
   漁業資源を、昔の水準に回復させる。
 このように、「市場における供給曲線そのものを動かす」という発想が必要だ。「市場で買えばいいさ」なんて思っているだけでは経済学にならない。「金さえあれば買える」というのは、市場を動かさないような個人レベルでは成立する。しかしながら、市場を動かすような国レベルでは成立しないのだ。実際、近年では、中国が大量の農産物を購入しているので、市場価格が高騰してきている。こうなれば、「金さえあれば買える」ということはない。
 例示しよう。農産物が 100万トンあって、1トン1円だったとする。では、100万円あれば、100万トン買えるか? もちろん、買えない。なぜなら、市場の大部分を買おう等すれば、価格が急騰するからだ。この場合、100万トンをほしければ、市場で買えばいいのではなく、100万トンを新たに生産するように、供給側を拡大する必要がある。それが正解だ。
 「市場で金を出せば解決する」
 というのは、成金趣味の田舎者の発想である。そこにはミクロ経済学の発想はあっても、「全体を買える」というマクロ経済学の発想がない。
 野口悠紀雄は、こう言った。
 以上で述べたような考え方は、初等教育で教えるべきだ。このような基本的思考法のトレーニングができていないから、「食糧自給率を高めなければならない」というプロパガンダに簡単にだまされてしまうのである。
 しかし、同様のことは、野口悠紀雄にもそっくりそのまま跳ね返ってくる。
 以上で述べたような考え方は、中等教育で教えるべきだ。このような基本的思考法のトレーニングができていないから、「市場原理で万事解決」というプロパガンダに簡単にだまされてしまうのである。
 というふうに。

 [ 付記 ]
 ついでだが、生物学の世界も同様だ。「自然淘汰で進化は万事解決」というプロパガンダに、たいていの生物学者が簡単にだまされてしまっている。あっちもこっちも、いずこも同じ。


● ニュースと感想  (2月08日)

 「食糧自給の私案」について。
 食糧自給について、あちこち調べてみたが、経済学者の論説としては、前項の野口悠紀雄と同様であるようだ。つまり、「比較優位論による完全分業」という発想のもとで、「食糧自給なんかナンセンス」という発想であるようだ。つまり、「何もしないのが最善である。規制なんかやればやるほど悪化する」というわけ。
 しかしねえ。これじゃ、経済学者の必要性がない。単に「政治家の悪さをやめさせるだけ」であって、経済学者によるプラスの効果がまったくない。知恵がないんですよ。つまんないねえ。「何もしないのがベスト」なんて。  (^^);

 そこで、私が頭を働かせて、知恵を二つ。
 第1に、前項の二番目の方策にしたがって、他国の供給を拡大する。たとえば、アフリカでもアジアでもいいから、適当に食糧増産の開発援助をして、長期輸入契約を結ぶ。日本で「食糧自給」をするかわりに、多国の同盟国(?)における「食糧自給」をやるわけだ。たとえば、ベトナム、タイ、ニューギニア、フィリピンなどで食糧増産をして、そこから食料を輸入する。別に、日本で自給しなくたって、これらの国と契約したって、同じことだ。これらの国から輸入するなら、十分、採算ベースに乗るはずだ。
 第2に、現在の農家における所得補償として、「土地の買収」をやる。たとえば、日本の農家で農業所得が年収 100万円の農家があるとしよう。これを外国の農産物に置き換えると、20万円ぐらい。残りの 80万円は、国庫による補助と、消費者による高額の負担によってまかなわれている。そこで、この分の農産物は、輸入に置き換える。すると、80万円が浮くので、この 80万円を農家にプレゼントする。農家は、働いて 100万円を得るかわりに、何もしないで遊んで 80万円を得るようになる。ただし、これじゃ、話がうますぎる。そこで、その代償として、土地を国家がもらう。その土地の購入代金として、毎年 80万円を払う。

 このうち、第2の点がポイントだ。そのメリットは、こうだ。
 「永遠に農業補助金を与えるのではなく、土地の買収代の分割払いの分だけで、10年から 20年ぐらいしか、金を払わない」
 要するに、高齢者向けに、年金を払うかわりに、農業補助金みたいな形で、土地買収費を払うわけだ。その土地は、本当は、100万円ぐらいの価値しかないのだが、高齢者への所得補償の形で、毎年 80万円ぐらいを払う。そして、結果的に、土地は国有化されるから、次世代まで無駄な農業生産が続くことはなくなる。
 で、国の買収した土地で、どうするか? 国は適当な農業従事者に、安値で農地を貸せばいい。よい耕作地ならば、大規模農業がなされるだろう。山間の棚田などでは、米作は採算に乗らないから、桃か栗でも植えて、遊び半分で農業をやればいい。別に所得は期待しないで、荒れ地にならなければいいだけ。
 結局、20年ぐらいの間は、特に支出は増えない。20年後には、無駄な農業支出が一切なくなり、国有の農地がたくさん増える。田んぼは減らして、森林にでもすれば、地球温暖化対策にもなりそうだ。
 で、その一方で、海外からはたくさんの農産物が流入するが、それによって相手国はとても豊かになるので、それらの国に対して輸出が増える。結局、日本の農業従事者は、工業従事者にかわり、高収入を得るようになる。
 こうして、比較優位に基づく、最適の状況がなされる。……ただし、注意。それは、「自由放任・無為無策」という古典派的な方策によってなされたのではない。国家の方針で、最適の生産状態ができるように、最適の枠組みをつくったからだ。

 古典派経済学者は、経済というものを、根本的に間違えている。何でもかんでも自由放任にすればいいのではない。経済というものは、枠組みのなかでは、自由放任で最適配分されるが、枠組みそのものは、国家がつくった方がいいことが多いのだ。
 たとえ話をしよう。「器の中で、水は高きから低きに流れる」というふうにして、最適化される。「だから何もしないのが一番いいのだ」と古典派は考える。しかし、何もしないのでは、器そのものができない。そこで、マクロ経済学者は、「器を作ろう」と提案する。しかし、古典派経済学者は、それを邪魔しようとする。「政府は介入しないのがいいのだ、何もしないのがいいのだ」としきりに主張して、政府が枠組みをつくろうとするのを邪魔する。
 「介入しない」というのはミクロの話であり、「枠組みをつくる」というのはマクロの話だ。しかしながら、古典派経済学者は、そのことに気がつかない。というわけで、マクロ的な問題についても、いつも「何もしないのがいい」としか語らないのである。

 もしあなたが「何もしないで遊んで暮らす」というのを理想とするなら、古典派経済学者になるといい。「何もしないのが最善ですよ」と語るだけで、学者になって給料をもらえる。
(ただしそのせいで、国民はひどい目に遭う。……今の日本がそうだ。)


● ニュースと感想  (2月09日)

 「マクドナルドの嘘(残業時間)」について。
 マクドナルド残業手当の問題については、1月30日b にも述べた。
 ( ※ 日本マクドナルドの男性店長が起こした「管理職」をめぐる裁判で判決。「店長は管理職だ、という理由で残業代を支払わなくてもいい、ということにはならない」という判決。)
 これについて、その後、続報が出た。
 東京地裁判決を受けた日本マクドナルドも残業代を支払う考えはないとして控訴した。原田泳幸会長兼社長は朝日新聞の取材に「店長は今でも管理職で、自分の判断で残業時間を管理できるから『みなし労働』にはあたらない」と語っていた。
( → 朝日新聞
 この情報は二度目に掲載されたものだが、ちょっと遅れ気味でも、論じておこう。
 上記では、「自分の判断で残業時間を管理できる」と述べている。本当か? 実は、真っ赤な嘘である。
 普通の会社ならば、そのことは成立するだろう。しかし、マクドナルドは今や、24時間営業の店舗を大幅に増やしている。
 ( → Google
 店が 24時間営業なのに、どうして「自分の判断で残業時間を管理できる」と言えるのか? ひどい詭弁。実際、判決では、こう述べている。
 「店長は社員の採用ができないこと、営業時間やメニュー、商品価格の設定も自由に行えない」
( → 朝日新聞
 つまり、本部の方針で 24時間営業となってしまったら、残業時間を管理できるはずがない。それとも、何ですか。社員が誰も働かなくても 24時間営業ができる、ということなんですかね? (今回の判決の事例では、アルバイト店員さえもいなかったという。店長一人で勤務する状態。)
 
 結論。
 「自分の判断で残業時間を管理できる」というのは、営業時間が7時間以下である場合に限られるだろう。
 したがって、「残業手当なし」という管理職制度のある職場では、営業時間を7時間以下に制限するべし。マクドナルドがどうしても「自分の判断で残業時間を管理できる」と言い張りたいのであれば、このような企業に対しては、営業時間を7時間以下に制限するべし。
 とにかく、法律が実態に合わなくなってきている。法律は 24時間営業というものを想定していない。そのもとで「自分の判断で残業時間を管理できる」という建前をつくってしまった。かくて、現実と建前とが食い違うようになった。
 マクドナルドみたいな詭弁がはびこるのは、法律が不備なせいだ。こういう会社には業務を制限するべきである。また、業務を制限しないのであれば、まともに残業手当を払うように、法改正するべきだ。どっちみち、法改正が必要である。

 [ 付記 ]
 なお、残業手当を出すばかりが能じゃない。それだと従業員が無駄にダラダラと残業をし続ける危険もある。だから、一番いいのは、「残業税」である。税金をかけて、従業員からも会社からも、金を召し上げる。こうすれば、残業時間が減る。また、マクドナルドみたいに、残業手当を払わない企業は、実質的に残業税も払わないことになるので、脱税と見なされる。高額の課徴金を科して、さらには、営業停止処分にもして、さらには、社長を逮捕して監獄にぶち込むべきだ。
 こうすれば日本はよくなる。ギョーザに毒を入れる会社の経営者は監獄にぶち込むべきだし、マクドナルドの社員を過労死させようとする経営者も監獄にぶち込むべきだ。これで社会は改善される。
( ※ マクドナルドの社長は、毒入りギョーザの社長と同じぐらい悪質だ。また、相撲のしごき殺人の親方と同じぐらい悪質だ。……ちゃんと比較してほしいですね。日本は経営者に甘すぎる。)


● ニュースと感想  (2月11日)

 性の誕生によって、われわれは何を得たか? 
 エッチなことをすることそれ自体が大事なんじゃない。そこにはとても深い意味がある。
 ( ※ これによってエッチを正当化することで、女性をうまく口説いてベッドに運ぶことができる……かどうかは不明です。  (^^);
  → Open ブログ 「性の誕生(半生物を越えて)」

( ※ とても重要な話があります。面倒なところは読み飛ばしてもいいので、ざっとでも目を通してください。)


● ニュースと感想  (2月13日)

 生命と進化についての、細かな話。
 重要ではないが、気になる人向け。
 「生物の目的は増加だ」
 という俗説が、どのくらいの意味で正しいか、という話。
 (まったくの間違いではないが、重要性が低い、という評価。小進化については当てはまるが、大進化については当てはまらない、ということ。)
   → Open ブログ 「増加の意味」


● ニュースと感想  (2月14日)

 太古の生命の誕生について、「たぶんこうだろう」という仮説を示す。
 生命の誕生については、よく知られている説がある。── 原始の海で放電が発生して、アミノ酸ができる、という説だ。そこまでは、まあ、いい。だが、そのあとが問題だ。アミノ酸のあと、細胞膜と核酸をもつ生物ができるには、途方もない距離がある。そんなことはとうてい、偶然では起こりえない。(確率的にはゼロ同然。)
 では、その途中では、何が起こったか? それが不明だ。現在、定説がない。あれやこれやと、いくつかの仮説があるのだが、どれも信頼性に乏しい。
 そこで、もうちょっと信頼性の高い仮説を、新たに提出する。これで全貌がわかるというほどではないのだが、生命の誕生について、それなりの(そこそこの)信頼性のある仮説を提出する。今までのように「まったくの謎だ」という状況に比べれば、いくらかは真実に近づけるだろう。(おおよその全体像がわかる。)
 「最初の生命はどういうふうに誕生したのか?」
 という謎の答えを探りたい人は、お読み下さい。(そんなことは金儲けにならないから、おれの知ったこっちゃない、と思う人には、向いていませんが。  (^^); )
   → Open ブログ 「生命の起源」


● ニュースと感想  (2月15日)

 「医療と最適配分」について。
 厚労省が医療関係の予算を増やした。(各紙報道 2008-02-14 朝刊)
 これの関連で、各紙で医療の危機を報じている。特に、夜間医療や救急医療が厳しいらしい。あちこちで関連記事が出ている。
 新聞は問題点を指摘するばかりだが、この問題は実は簡単に解決がつく。経済学の方法を応用すればいい。

 まず、新聞記事では、次の批判もある。
 「一部の救急病院が医師を高給で雇っても、解決にはならない。その病院では医師が増えるが、その分、他の病院で医師が減る。配分の変更があるだけで、問題は解決しない」
 これは、正しそうでいて、間違いである。あらゆる病院がみんな高給を払えば、問題はあらかた解決するだろう。次のようにして。
  ・ 他の診療科から、救急医療科へと、医師の移転が起こる。
  ・ 産休や育休で休んでいた女医が職場に復帰する。
 このようにして、総数が増える。だから、高給を払うということには、ちゃんと効果がある。

 さて。「高給を払う」というのは、(医療の)供給面での解決法だ。一方、(医療の)需要面での解決法もある。「需要を減らす」という解決法だ。次のように。
 「夜間医療や救急医療では、初診料や診察料を大幅に引き上げる」  現実には、今回の改定で、初診料・再診料が 500円引き上げられたらしい。3割負担で 150円。これじゃ、効果はなきに等しい。
 現状では救急医療の「コンビニ化」が問題となっている。「昼間は会社や学校が忙しいが、夜間ならば仕事も終えて、行きやすい。だからコンビニみたいに 24時間営業をしている救急病院に行こう。便利だしね」というわけ。
 こうして、昼間に病院に行くべき患者が、夜間の病院に行く。あるいは、あえて救急車に乗って、救急医療科に行く。このことで患者は大幅な利益を得るが、一方、医師は大幅な損害を受ける。
 したがって、解決するには、「需要面で料金を上げる」というふうにすればいい。

 結論を言おう。
 この問題は、ミクロ的な需給のミスマッチの問題だ。それには、価格調整で簡単に解決がつく。しかしながら、現状では、国定価格で料金の変動がない。そのせいで、需給にミスマッチが生じてしまう。需要はやたらと増え、供給はやたらと減る。そのせいで、結果的に、医療の全体が崩壊していく。
 この場合は、医療の供給側だけに「しっかりしろ」と命じても、解決はつかない。むしろ、市場原理ふうに、価格調整をすればいい。次のように。

 (1) 救急医療科では、初診料を大幅に引き上げる。1万円程度。3割負担で 3000円。別に問題はあるまい。初診だけなのだから。次回以降は、昼間に来てもらえばいい。(再診は原則禁止。どうしても再診の場合には、やはり高額料金。)
 (2) 救急医療科では、手術料その他も大幅アップ。
 (3) 夜間勤務は、あらゆる点で、3割〜5割の残業手当。深夜勤務は倍増。(患者の払う金が、ですよ。)
 (4) これらのことによる収入を、医者への手当てとして払う。

 以上によって、需要の抑制と供給の増加がなされる。なお、救急病院は、受け入れた患者を、どんどん外部の病院に転院させるべきだろう。そうすれば、ベッドがあくので、多くの救急患者を受け入れることができる。そのことで、救急医療の高額収入が得られる。
 うまく行けば、救急医療をやる病院ばかりがボロ儲け、というふうになる。こうなれば、問題は何もなくなるだろう。

 まとめ。
 最適配分の問題は、ミクロ経済学の方法で解決がつく。にもかかわらず、国定価格によって、社会主義の価格決定方法を取るから、全体が崩壊していく。……これはソ連の経済体制で現実に起こったことだ。それと同じことが日本の医療でもなされている。ソ連経済が崩壊したのも、日本の医療が崩壊するのも、原理はほぼ同じである。


● ニュースと感想  (2月15日b)

 利己的遺伝子説における「遺伝子」とは、実は、遺伝子ではない。名前だけは「遺伝子」なので、誰もがそれを遺伝子のことだと思っているが、実はそれは遺伝子ではないのだ。
  → Open ブログ 「反利己的な遺伝子 1」
 ( 4回シリーズの第1回。問題提起・編。)


● ニュースと感想  (2月16日)

 「利己的な遺伝子」について、その難点の核心を示す。ドーキンスの「利己的な遺伝子」というものは、正しくは、「反利己的な遺伝子」と表現するべきだ。
 つまり遺伝子は、利己的ではなく、反利己的なのである。そのことをドーキンス自身が主張しているのだ。
 ただし彼は、「反利己的」という内容を「利己的」という言葉で表現してしまっている。ちょうど、白いものを「黒い」と表現するように。
 → Open ブログ 「反利己的な遺伝子 2」


● ニュースと感想  (2月16日b)

 「ガソリンの暫定税率」について。
 ガソリンの暫定税率の問題では、次の二点が混同されている。
  ・ 税収としてのガソリン税
  ・ 支出としての道路建設
 この両者は、本来、別のことである。ここに注意するべきだ。(重要!)

 ただし、世間を見ると、この両者が混同されてしまっている。
   暫定税率の廃止 = 無駄な道路建設の廃止
 という統合で認識されるようになってしまっている。それというのも、「特定財源」という発想ができてしまったからだろう。

 しかし、そのような固定的な発想は、改められるべきだ。つまり、次のようにすればいい。
  ・ 税収としてのガソリン税 → 現状維持
  ・ 支出としての道路建設  → 廃止
 これは、つまり、「一般財源化」のことである。こうすれば、特に問題ないはずだ。

 しかしながら、在廷税率廃止論者は、「無駄な道路建設を廃止するために、暫定税率をなくせ」と述べている。これは理屈になっていない。つまり、こう考えるといい。
 「無駄な道路建設は、もちろん、なくす。それは別の問題だ。一方、暫定税率は、維持するか維持しないか、二通りの道がある。次のように。
  ・ 維持する  → 普通の税は下がる。
  ・ 維持しない → 普通の税は下がらない。
 つまり、「ガソリンで減税するか、所得税や消費税で減税するか」という、減税の方法が異なるだけだ。そのどちらを取るか、という問題だ。

 ここで、「無駄な道路建設を廃止するために、ガソリン税率を下げる」というのは、話の筋がズレている。それは全然別の問題だ。それは「ガソリン税を道路建設のみに使う」という「特定財源」の発想そのものだ。そんな発想は、道路族の発想と同じで、利権そのもの発想だ。
 そういう利権まみれの発想を捨てることこそ、大切だ。それがつまりは「一般財源化」である。そして、その下で、「無駄な道路建設を廃止する」とすればいい。
 私だったら、それで浮いた金で、「医療崩壊を止める」という政策を取る。逆に、「医療崩壊を放置したまま、ガソリン税を下げて、地球温暖化を促進する」というのは、あまりにも馬鹿げた政策だろう。

 [ 付記 ]
 本質的に言えば、「ガソリン税というのは、名前が悪い」と言える。
 名前が「税」であるせいで、誰もがこれを「税金」だと思い込んでしまっている。で、これが「税金」ならば、自動車利用者だけが税金を払ういわれはないので、「税金はかけるな」という発想になるだろう。
 本当は? こうだ。
 「ガソリン税とは、国有財産である道路を利用するための、道路利用料だ」

 道路のうち、歩道ならば全員が使うが、車道は自動車利用者だけが使う。その意味では、鉄道と同様だ。ただし、鉄道利用者は鉄道の土地に対して固定資産税の形で料金を払うが、道路利用者は(道路が国有財産であるせいで)税を払わない。単に道路建設費を払うだけだ。実は、道路建設費さえもまともに払わないで、長年、一般財源から補助をもらっていた。鉄道で言えばJRに莫大な国費を投入するのと同じことが、長年、道路に対してなされてきた。

 したがって、この問題を回避するには、次のようにするのが明白だ。
 「自動車利用者に対しては、道路の利用を一切、禁止する。その場合、あらゆる税金を、免除する。重量税もガソリン税も、免除する。そのかわり、道路を走る権利も与えない」
 「自動車利用者が道路を利用したい場合には、道路利用料金を払う。その料金は、長年、国費から道路建設費や道路の土地買収費にかかった分を、まかなう額だ。ま、走行1キロあたり 10円ぐらい。ガソリン換算だと、リッターあたり 100円ぐらい。そのくらいの金を、道路利用料金として、払ってもらう。(GPSや距離計などによる。)」
 「料金の徴収は、国ではなくて、民営化した会社に任せる。その会社は、莫大な収入を得ることができるので、株価が膨大になる。その膨大な株を、市場で売却することで、国庫には数十兆円の金が入る。その金で、長年の道路建設にかかった分の赤字を、まかなう」
 要するにね。自動車利用者というのは、税金を払っている立派な人たちではなくて、国の財産にただ乗りしている泥棒なのだ。国有財産への泥棒と同じ。無銭飲食のようなもの。で、彼らが盗んだ分を、返済してもらう。そのために、道路利用料として、現在のガソリン税の何倍かの金を払ってもらう。

 これで、万事解決。自動車利用者は、今後、税金を一切払わないで済む。文句はあるまい。ただし、かわりに、免れた税金の何倍かの道路利用料を払ってもらう。それがイヤなら、ナンバーを取らずに、自動車を車庫に眠らせておけばいい。
 え? それじゃいやだ? だとしたら、あなたは泥棒や無銭飲食と同じである。
 だったら現状の方がマシ? もしそう思うなら、話は最初に戻ってしまう。「税金を下げよ」なんて言わないでほしいね。だいたい、もともと税金を1円も払っていないのと同じなんだから。


● ニュースと感想  (2月17日)

 「ゆとり教育の改定」について。
 ゆとり教育が改定されることになった。授業時間は1割増。(各紙・朝刊 2008-02-16 )
 私の感想を言えば、「全然駄目」である。ゆとり教育のときには、授業時間は3割削減された。これを元に戻すには、1割増では足りず、3割増でも足りず、4割増にしなくてはならない。( 0.7 × 1.4 = 0.98 )
 つまり、1割増では足りず、あと3割の上乗せが必要だ。それでようやく、元に水準になる。
( ※ ここのところを理解できない人が多いんですよねえ。「3割削減したんだから、3割増加すれば、元に戻る」と思い込んでいる。しかし、そうはならないんですよね。なぜなら、「 0.7 × 1.3 = 0.91 」だから。……ここを理解できない人が多いんですよね。特に、新聞社や文科省あたりに。……小学校に入った方がいいんじゃないの?)

 では、4割増にするためには?
 簡単だ。週休二日制なんていうのをやめればいい。そもそも週休二日制なんていう制度は、大人向けである。大人ならば、週休二日制のメリットはある。
  ・ 大人はまとめて休む方がいい。
  ・ 通勤の時間が節約できる。
 しかし、子供は違う。
  ・ 子供は疲れやすく飽きっぽい。毎日少しずつの方がいい。
  ・ 学校は徒歩圏にあるので、通学時間は考慮しなくていい。
   (むしろ徒歩の運動になる効果さえある。)
 
 結論。
 週五日制をやめて、週六日制に戻して、毎日きちんと勉強させればいい。どうせ今だって遊び時間はたっぷりとあり、ゲームやケータイで遊んでいるばかりだ。その上、土曜と日曜まで遊びほうけていては、馬鹿になるばかり。それを避けようとする賢明な親が、子供を私立や塾に通わせる。
 結局、現状は、「教育の格差」を親の資力によってもたらすだけだ。
  ・ 豊かな親の子供は、塾や私立で、学力を維持する。
  ・ それ以外の子供は、公教育だけなので、学力が大幅に低下。
 で、その間違いに気づいて、修正しようとしているのだが、いかんせん、1割増だけなので、効果は四分の一だけ。……馬鹿げいますね。
 過ちて改めず、これを過ちという。馬鹿丸出し。

 まずは政府やマスコミや世間を教育するのが先決だろう。……そこで、本サイトが教えてあげるわけだ。「馬鹿なのは子供たちじゃなくて、あんたたちだよ。馬鹿が馬鹿を再生産しているんだよ」と。
 彼らの馬鹿さ加減をチェックしよう。「3割減らして、4割増やしました。さあ、前より増えましたか、減りましたか?」と。

 [ 付記 ]
 ちょっと思ったんだが、昔のクイズ番組は、やたらと難しくて、素人には答えられない問題が多かった。今のクイズ番組は、タレント回答者が、やたらとお馬鹿な回答をして、それを視聴者が喜んでいることが多い。
 それを見て喜んでいる視聴者は、明らかに白痴化している。バカを見て喜ぶバカ。だから橋下知事が当選したんでしょうね。いつもバカやっていたから。


● ニュースと感想  (2月17日b)

 ドーキンスの意義を正当に評価する。
 たいていの人がドーキンスの業績の偉大さをよく理解できていない。「ただの遺伝子淘汰さ」「遺伝子淘汰を比喩で述べただけさなどとうそぶく人も多い。
 違う。ドーキンスはまさしく偉大な業績を成し遂げたのだ。その意義を明らかにする。(前回分の続き。)
  → Open ブログ 「反利己的な遺伝子 3」


● ニュースと感想  (2月18日)

 ドーキンスの「利己的遺伝子説」には、功罪ともにある。「功」については、前回で述べたとおり。今回は、「罪」について指摘しよう。
  → Open ブログ 「反利己的な遺伝子 4」

 なお、生物学に興味のない人は、最後の[ 付記2 ]をお読み下さい。科学的に固定観念にとらわれると失敗する、という教訓的な話が書いてある。イヤミを利かせた科学者批判。
  → 同じページの [ 付記2 ]

● ニュースと感想  (2月18日b)

 「タミフルによるインフルエンザ流行」について。
 みんながタミフルを飲むから、インフルエンザが流行して多数の死者が出る、という話。
 新型インフルエンザ(パンデミック)対策のために、タミフルが必要だ、という話がある。
 http://iiyu.asablo.jp/blog/2008/02/17/2634747

 で、日本はどうしているか? 実は、日本では、世界で生産されているタミフルの7割ぐらいを消費しているという。(上記の朝日新聞の記事による。)

 その意味は? こうだ。
 「せっかく生産したタミフルを、新型インフルエンザのために備蓄するかわりに、ただのインフルエンザのために消費する。どんどん消費するから、ちっとも備蓄が進まない」
 医療関係者が「タミフルを飲みます。飲みましょう」と推奨するから、きたるべきパンデミックタイプの到来では、多数の被害が出ることになる。……この矛盾に気づいていない人が多い。

( ※ 本項は、Open ブログのコメント欄に記述したことと同内容。コピー。)


● ニュースと感想  (2月18日c)

 「東芝のHD撤退」について。
 東芝のHD撤退について論じよう。
 この件は、ハイテク技術の話題かとも思ったがのだが、そうでもない。ただの経営の問題だ。技術面の問題は少ない。
 まず、次のことがある。
 「東芝HDは、性能的には劣るが、生産的には容易」
 つまり、性能は劣るので、まともに勝負しては勝ち目はないが、生産するのが容易だから、生産の時点で勝てるはずだ。次のように。
  ・ 技術的には古いので、生産開始が早い。
  ・ すでにある技術を使えるから、生産コストが安い。
 これを勘案すると、経営的には次の戦略が成立する。
 「二年早く生産開始して、先に市場を占拠する。その後、相手が出たら、じわじわと市場を侵略されていくが、5年から10年ぐらいは優位を保てるので、商売になる」

 で、現実には? こうだ。
 「生産開始は大幅に遅れ、ブルーレイとはほぼ同時期の販売開始。少し先行しただけ。価格もまた、ほんの少し安いだけで、ほぼ同価格」
 これではまったく勝負にならない。こんな物を買う人はよほどのバカだけだろう。従って、生産開始の時点で、すでに「撤退」を決めておくべきだった。つまり、「撤退」を決めるのは「勝負には負ける」と決定した1年半前の時点であるべきだった。
 さらに言えば、この勝敗が判明したのは、1年半前よりも古く、2年以上前(たぶん3年ぐらい前)だろう。その時点で、HD連合をつくることに失敗し、ブルーレイ連合と対抗することになった。多勢に無勢になったということは、技術的・商売的に劣ることが多くのメーカーの合意となった、ということである。だから、自軍の構築に失敗した時点で、撤退するべきだった、と言えよう。その時点でもはや、他のメーカーからは見放されていたのだから。

 結局、この失敗は、経営の失敗にある。技術がどうのこうの、ということは、経営者にはわからない。私にもよくわからない。しかし、商売がどうなるか、ということなら、もはや他のメーカーの技術者が判定していたのだ。「あんたの仲間にはなりませんよ」と。だったら、その時点で、白旗を揚げるべきだった。にもかかわらず、無理に依怙地になって突き進んだせいで、莫大な損失をかかえることになった。経営者の経営判断の失敗である。
 それが結論。

 [ 付記1 ]
 ただし、これは、東芝だけの問題ではない。どこの会社にも起こることだろう。
 ちなみに、キヤノンのSED も同様だと思う。これは非常に優れた技術だと思ったし、推進するべきだとも思ったが、実用化にあまりにも時間を食いすぎている。また、特許関係でもトラブルをかかえている。相手は「共存共栄」をめざさず、「キヤノンを食い物にしてやろう」という会社だ。こういう会社と組むのは、ひどい結果を招く。そこで、特許回避のために、自社開発技術を採用する、という方針を取ったが、その方針も、ろくなものではなかろう。二流の自社技術を使えば、別のトラブルをかかえる。
 キヤノンはもはやSEDから撤退するべきだ。このまま突き進んでも、東芝以上の莫大な損失をかかえることになるだろう。時代はもはや有機ELの方に進んでいる。SEDはあまりにも時代遅れになりすぎている。
 SEDが提案されたころは、液晶テレビの画質はブラウン管よりもひどく劣っていたが、今はあまり遜色がない。IPS液晶ならば、特に不満のない画質だ。とすれば、SEDの優位点(画質)はもはや存在せず、価格が大幅に高いというデメリットだけが残ることになる。もはや勝負にはなるまい。さっさと撤退するべきだろう。
 ただし、撤退はできない。なぜかというと、キヤノンの社長は、SED開発のリーダーだったからだ。自分が手塩をかけた技術をあっさり捨てることはできまい。「これに命運を賭ける」と思うはずだ。そして、そのあげく、沈没するだろう。「SEDとともに去りぬ」だ。……東芝の二の舞ふう。
 というわけで、経営者の経営判断はとても大切だ、ということになる。勝てる勝負を続けるのは容易だが、負ける勝負から引き上げるのは難しい。必ず損失が残るからだ。しかし、勝負を続ければ、さらに大幅に損失が出る。最終的には、倒産というハメにもなる。
 キヤノンはそうなりかねないが、なんだか、これ、日本経済にも似ていますね。  (^^);
 古典派の経済政策で、愚かな道を突き進む。これで駄目だとはわかっちゃいるんだけど、行きがかり上、これを続けるしかない。かくて、いっそうひどい状況へ。

 [ 付記2 ]
 個人的感想から言うと、東芝のHDがつぶれたのは、好ましい。なぜかというと、名前が気に食わない。HD なんて、ハードディスクだ、というのがすでに合意になっている。それと同じ略語を使うなんて、頭が狂っているか、HDという用語があるのを知らないのか、どちらかだろう。たぶん、知らないんだろう。つまり、パソコン音痴。だからそういう略語を平気で使っている。
 東芝の人はみんなパソコンを使えない。HDとはハードディスクだ、ということを知らない。だからこんな名称を付けられる。
 しかし、世間の人は、東芝ほどの猿じゃない。だから、HDなんていう名前を世間に増やしたくない。東芝のHDがなくなったのは、好ましいことだ。言葉の混乱を避けることができる。
 おかげで、詐欺も減るだろう。「HDを格安販売」と述べて、「ハードディスクを販売する」というふうな詐欺。こういう詐欺がなくなるだけでも、東芝が撤退したことの価値がある。
 はっきり言って、東芝って、イカレていますね。狂気的。会社名も変えた方がいいですよ。「とうしば → とうしろ」
 ばとうしろ、というわけじゃないんですが。


● ニュースと感想  (2月20日)

 「遺伝子淘汰」と「遺伝子集合淘汰」を区別せよ、という話。
 当り前のことなんだが、当り前のことをできていない人が多すぎる、という話。
   ※ つまり、「概念の混同を避けよう」という話。あまり面白い話とは言えない。
 → Open ブログ 「遺伝子集合淘汰」


● ニュースと感想  (2月21日)

 「自分の遺伝子を増やそうとして行動する」
 という利己的遺伝子説の発想は、根源的におかしい、という話。
 男が浮気をするとき、「自分の遺伝子を増やそうとしている」というふうに認識するのは、根源的におかしい。それは論理的に成立しない発想だ。
 (ウソまたはペテンである。)
 → Open ブログ 「自分の遺伝子 1」

 ※ 面白い話題というよりは、生物学者のペテンに引っかかってはならない、という話。


● ニュースと感想  (2月22日)

 「オレが浮気をするのは、利己的な遺伝子のせいだ。自分の遺伝子を増やすためには、あちこちで浮気をするのは当然だ」
 という主張についての話。「浮気の遺伝子」をめぐる話。
  → Open ブログ 「 自分の遺伝子 2 (雑談)」
   
  ※ 浮気とは何か? その本質を探る。  (^^);


● ニュースと感想  (2月22日b)

 「オタクは犯罪か」について。
 女装して騒がれて逮捕された男がいた。朝日新聞だけが報じているようだ。
女子高校生の制服を着て高校の敷地に無断で立ち入ったとして、***容疑者(39)を住居侵入容疑で現行犯逮捕した。「生徒に見てほしくて学校の近くに来たが、騒がれたので校内に入れば紛れ込めると思った」と話しているという。
 調べでは、**容疑者は20日午後5時40分ごろ、新座市池田の県立新座高校の敷地に入った疑い。車で学校の近くまできて、校舎の前で帰宅する女子生徒に制服姿を見せていたが、騒がれたため学校の敷地に侵入。さらに生徒が騒いだため逃走したが、事務職員の男性(37)が追いかけ、約150メートル離れた川の土手で取り押さえたという。
 朝日は氏名を明示してこれを報じているが、そんなに大々的に報じることなのだろうか? この容疑者は、女装趣味のある変態だが、メイドカフェの好きなオタクと大差あるまい。広義のオタクとも言える。で、オタクであることは、そんなに悪いことなのか? 
 この人は、何も犯罪を犯していない。
 第1に、女装は犯罪ではない。
 第2に、「住居侵入」という容疑は成立しない。なぜなら、敷地内に入っただけであり、建物に入ったわけではないからだ。( Wikipedia などを見れば、そのことがわかる。)
 結局、この人は、何も犯罪をやっていないのに、「住居侵入」という濡れ衣を着せられ、新聞で大々的に報じられてしまった。新聞がそんなことをやっていいのか?
 ま、私は、オタクは大嫌いだし、変態も大嫌いだし、当然、この男も大嫌いだ。しかし、だからといって、勝手に逮捕していいことにはならない。また、犯罪にもならない女装ぐらいで新聞に氏名を報じてもいいことにはならないはずだ。これはまあ、「個人情報の無断公開」に当たるだろう。つまり、明白な犯罪をやらかしたのは、朝日であって、今回の容疑者ではない。
 私はオタクは嫌いだけど、(オタク一般ではなくて)個別のオタクをことさら吊し上げるのはもっと嫌いだ。それは一種の魔女狩りである。暗黒社会。
 新聞がそんなことをやっていいのか? 金儲けのためであれば、一般人の人権を侵害してもいいのか?


● ニュースと感想  (2月24日)

 「浩宮の謎」について。
 浩宮が天皇に娘を連れていかないということが話題になっている。朝日の社説 まで騒ぎ出す始末だ。
 本人は「家庭の事情」と説明しているが、ちゃんとした説明になっていないようだし、国民が不審に思うのも不思議ではない。そもそも、家族では出掛けているのだから、健康上の問題ではないだろうし、国民の目から見ると疑惑いっぱいである。しかしながら、浩宮の人格を考えれば、「娘を親に会わせたくない」と思うはずもない。謎である。
 そこで私が頭を働かせて、この謎を考えたところ、一応の推測は、こうだ。
 「愛子様が皇居に行きたがらない」

 どうしてかは、子供の気分だから、知りませんけどね。「じいちゃん・ばあちゃんが嫌い」なのか。「皇居の雰囲気が嫌い」なのか。「侍従たちが嫌い」なのか。単に嫌いなんじゃなくて、「怖くて泣き出す」というような状況なのか。……ま、いずれにせよ、こういう理由だったら、納得もできるし、「家庭の事情」と浩宮が説明するのもわかる。
 これ以外に考えられないんじゃないですかね? 私が思うに、愛子様というのは、ナイーブすぎるのかも。籠の鳥みたいに育てられて、世間の荒波に揉まれていないから、子供同士で喧嘩したこともなさそうだし。一人っ子だし。……泣き虫でわがままに育ったんじゃないでしょうかねえ? なんだか、そんな感じの顔なんですよね。どっちの親にも似ていないし。
 こんなことを書くと「不敬罪」で逮捕されるかもしれないが、ま、子供相手の勝手な予想なんだから、あんまり真面目に受け取らないでください。ただの与太です。
 はて、あなたの想像は? 


● ニュースと感想  (3月03日)

  3D絵本というものがテレビで紹介された。絵本の上で、カラーの3D動画(人形など)が動く、というもの。見る人は、立体メガネをかける。
 ( 行列のできる法律相談所 2008-03-02 )
   → Open ブログ 「3D絵本」


● ニュースと感想  (3月06日)

 三菱の小型ジェット機 MRJ にトヨタが出資する、というニュースがある。これについて論評する。
  → Open ブログ 「三菱の小型ジェット機 MRJ」の「追記」
 ( ※ 前に書いた項目への追記。)


● ニュースと感想  (3月06日b)

 「二人の兄弟または八人の従兄弟のためであれば、私は自分の命を犠牲にしてもいい」
 という珍説について。「自分の遺伝子」 をめぐる話題。
  → Open ブログ 「自分の遺伝子 3 (関連)」


● ニュースと感想  (3月08日)

 ライオンはなぜ「子殺し」をするのか? 「自分の遺伝子を増やすためだ」というのが通説だが、もしそうだとしたら、人間だって「自分の遺伝子を増やすために子殺しをする」というふうになっていいはずだ。
 では、本当は? 
  → Open ブログ 「自分の遺伝子 4」


● ニュースと感想  (3月11日)

 「自分の遺伝子」シリーズの結論。
 生物は「自分の遺伝子」を増やそうとしているのではなく、単に「遺伝子を増やそうとしている」だけだ、ということ。ただ、自分で遺伝子を増やすと、結果的に、自分にある遺伝子を増やすことになってしまう。それは結果であって、目的ではない。結果と目的を勘違いするな。……そういう話。
  → Open ブログ 「自分の遺伝子 5 (結論)」

 経済に話を移して比喩的に語ると、こうだ。
 あなたは仕事をして、金をもらっている。では、金をもらうことが、あなたの目的なのか? ま、そうかもしれない。では、あなたの妻は? あなたの妻は、あなたと結婚して、あなたの金をもらっている。あなたの子は、あなたから生まれて、あなたの金をもらっている。では、あなたの妻やあなたの子は、あなたの金をもらうために、結婚したり生まれたりしたのか? 
 もちろん、違う。あなたの妻やあなたの子は、あなたの金をもらうが、それは、結果であって、目的ではない。結果と目的とは違うのだ。
 ただし、こういうことを理解できる人は、少ない。特に、たいていの生物学者は、まったく理解できない。彼らはあくまで、物事を目的論で語る。


● ニュースと感想  (3月11日b)

 「ミクシィの株価暴落」について。
 ミクシィが馬鹿なことをやって、株価が暴落した、ということだ。
   → zakzak
 これは、馬鹿な経営による不始末の顛末のようだが、そうでなくても、ミクシィの株価はもともと下がっていた。記事によれば、
 2月29日に124万円だった株価は先週、売られ続け、3月7日は84万8000円と約3割も下落した。週明け10日も前週末比5万8000円安の79万円で引けた。これで6営業日連続しての下げとなった。
  ……
 ミクシィは、創業2年目の2006年9月に鳴り物入りで上場した。155万円の公募価格に対し、買いが殺到して上場2日目にやっと295万円もの初値が付いて大いに話題を呼んだ。
 ということだから、下がる前から、上場時の半値以下だったことになる。つまり、上場時の大騒ぎは、とんだ馬鹿騒ぎだった、ということになる。
 それにつけても思うのは、この上場時のころの「ミクシィ騒ぎ」だ。特に朝日新聞がひどくて、「ミクシィはITの寵児」なんていうふうに持ち上げていた。で、それに乗せられた読者が、ミクシィの株を買ったりして、大損したわけだ。

 で、その教訓は? 
 「ITでボロ儲け、なんてことはありえない」
 ということだ。そもそも、こういう発想は、小泉内閣時代以降、ずっと続いていた。しかし今や、プログラマは薄給だし、ソフト産業は氷河期だし(家電量販店のソフト売場なんてすっかり縮小してしまった)、ゲームソフト産業もひところの勢いはすっかり消えているし、どこもかしこも儲かっていない。
 で、儲かるための唯一の方法は? 自分で富をつくりだすることではない。「自分は富を作り出せますよ」と見せかけて、多くの投資家からたくさんの金を集めて、株を高値で売りつけることだ。そうすれば、価値のない株を高値で売りつけることができて、創業者利得を得ることができる。ミクシィやライブドアの社長も、似たようなものだろう。
 要するに彼らは、自分では富みをろくに作り出さないが、「自分はものすごい富を作り出しますよ」と見せかけることで、莫大な金を投資家から奪うことで、ボロ儲けができる。一種の詐欺である。彼らは、富を作り出すかわりに、富を奪うことで、ボロ儲けするのだ。
 ただし、彼らは、自分一人では投資家をだますことはできない。そこで、彼らのために役立って、投資家を欺いてくれる人が必要となる。それが朝日新聞(などのマスコミ)だ。また、小泉もそうだ。……こういう詐欺師連中がペラペラとした舌で「ITでバラ色」という夢をふりまく。そして、その夢に乗って、クズを高値で売る人が、ボロ儲けする。
 これが真実。……「泉の波立ち」をちゃんと読んでいれば、「詐欺師にだまされるな」という言葉をいつも聞くから、下手なIT株をつかまされて大損することもないだろう。
( ※ ただし、もっと賢い人は、うまく阿呆をだまして、自分も詐欺師のようになって、ボロ儲けができる。……ただし、それをお勧めしているわけではありません。それはまあ、良心や魂を売って、金儲けをするようなものだ。)


● ニュースと感想  (3月12日)

 「救急医療の崩壊」について。
 救急患者が受け入れ拒否にあっているという。東京では 10%を越える高率。ひどいありさまだ。( → 読売新聞朝日新聞
 金がないかと思いきや、東京都は赤字垂れ流し銀行にさらに 400億円もの無駄金をつぎこもうとしている。千億円を無駄にしても懲りず、さらに湯水のごとく金をつぎこむ。無駄にするための金ならありあまっているが、人命を救うための金はない。だから東京では救急医療が最悪だ。

 さて。だったらどうしたらいいか? 
 これは単純に「需要と供給」の問題と見なすこともできる。「需要過剰、供給不足」なのであるから、「価格を上げる」ということで、解決がつく。次のように。
 「救急医療の料金を上げる。医療単価を引き上げ、また、初診料・再診料を上げる」
 たとえば、単価を2割アップし、かつ、患者の負担率を3割から4割程度へ上げる。また、初診料として、一律 3000円を徴収する。
 この場合、国の負担は、ほとんど増えない。単価がアップしても、患者の負担率も引き上げられるからだ。
 これは要するに、「残業手当の支払い」と「夜間割増料金の負担」である。どっちみち、世間では当然である。会社員ならば残業手当をもらえるし、レストランなら夜間割増料金の設定がある。同じことが病院でもあっていい。そうすれば、自然に、需要と供給が釣り合うようになる。

 なお、ここまで書いて思い出したが、前にも同趣旨のことを書いていた。引用すると、次の通り。
 ( …… ) 需要面での解決法もある。「需要を減らす」という解決法だ。次のように。
 「夜間医療や救急医療では、初診料や診察料を大幅に引き上げる」  現実には、今回の改定で、初診料・再診料が 500円引き上げられたらしい。3割負担で 150円。これじゃ、効果はなきに等しい。
 現状では救急医療の「コンビニ化」が問題となっている。「昼間は会社や学校が忙しいが、夜間ならば仕事も終えて、行きやすい。だからコンビニみたいに 24時間営業をしている救急病院に行こう。便利だしね」というわけ。
 こうして、昼間に病院に行くべき患者が、夜間の病院に行く。あるいは、あえて救急車に乗って、救急医療科に行く。このことで患者は大幅な利益を得るが、一方、医師は大幅な損害を受ける。
 したがって、解決するには、「需要面で料金を上げる」というふうにすればいい。
 これは、2月15日の記述。( → 該当箇所
 なお、本項では新たに補足しておくと、「供給面での改善」のために「賃上げ」(夜間残業手当)も必要だろう。

 [ 付記 ]
 実を言うと、もう一つ、ドラスティックな改善策もある。次のことだ。
 「看護婦となる外国人を外国から輸入するかわりに、慢性的な病気の患者を外国に輸出する」
 こうすれば、長期療養する患者の数を減らすことができるので、ベッドもあくし、医療スタッフの不足も解決する。また、途上国の病院で暮らせば、ベッドの宿泊代や人件費も安く済むので、費用の低減が図れる。さらには、外国における失業の解決にもなる。外国としては「時刻の医療産業」を輸出するような効果があるので、医療産業で大儲けができる。日本はコスト負担が計れるし、外国は産業の育成が計れる。一石二鳥。
 ただし、私がこういうふうに提案すると、朝日新聞あたりが、「非人道的だ」というふうにエセ倫理を持ち出して、邪魔しそうだ。そのせいで、日本では、医療を受けられないで死ぬ人が、大幅に増える。日本では、エセ倫理の方が、人命よりも大切なのである。マスコミなんて、みんなそうです。「人間の命なんか大切だ」なんて思っていないんですよ。都知事と同じで。
( ※ 誰もが自分の命が大切で、他人の命のことなんか大切にしない。……特に、生物学者は、そうだろう。彼らは「自分の遺伝子を増やすことが大事だ」と思うので、他人が死ねば死ぬほど、「自分の遺伝子が増えて嬉しい」と思うのだ。子殺しをするライオンのようなもの。)


● ニュースと感想  (3月13日)

 「日銀総裁人事」について。
 日銀総裁人事で、政府案が野党に拒否された。(各紙報道)
 NHKニュースを見ていたら、福田首相が「なぜ拒否されたのかわからない」と述べていた。ふうん。わからないんですねえ。頭悪いですねえ。思わず、「馬鹿」と叫んでしまいました。  (^^);
 そこで、頭の悪い首相のために、教えておこう。
 まず、野党などの方針として、「財政と金融の分離」ということがある。これに対して、「諸外国でも分離していないことがあるぞ。分離は必然ではない」という反論もある。しかしこれは、日本の事情を理解していない。日本では「財務省」というのがやたらと権力が強くて、ほとんどすべてを牛耳っている。そこに輪をかけて、さらにその出身者に権力を渡したら、財務省の一極集中が過度に進んでしまう。つまり、政治が歪んでしまう。そして、その典型が、バブルだ。あのバブルは、財務省関係に大いに責任があったのに、その責任が問われることもなく、放置されてきた。こういうふうに「権力集中による弊害と、チェックなし」という状況が進んでいるのが、現状だ。だから、これを是正する必要がある。 ( → 1月28日 も参照。似た趣旨。)
 比喩的に言えば、財務省というのは、石原都知事のようなものである。やたらと権力が集中しているので、新銀行東京という馬鹿をやらかして、しかも、暴走にストップをかける人がいない。単に暴走が起こる。こういうふうに、権力の集中というのは、有害なのだ。だからこそ、財務省の権力集中を、排除せねばならない。これが一番の理由だ。

 ただし、である。こういうことは、経済学の深い知見が必要となる。だから、ただの政治家にすぎない福田首相には、理解できないだろう。彼が「わかりません」と語るのは、ある意味では、仕方ない。
 だが、彼は、政治家として、もっと重要なことを理解してない。それは、次のことだ。
 「国会同意人事では、政府の独断専行は許されず、妥協が必要である」
 仮に、野党が「何でも反対」と唱えるのであれば、野党に非がある。しかし今回は、「これこれの事情で、財務省の出身者だけは駄目だ」というふうに述べて忌避しているのだから、該当の候補者を下ろせばいい。それだけのことだ。
 そして、ここで重要なのは、理由なんかはどうでもいい、ということだ。政府側は、相手の理由について納得する必要は、さらさらない。単に「相手は相手の事情で反対している」と理解するだけでいい。そして、そのあとは、「ならば別の候補者を立てよう」と考えればいい。これが政治における「妥協」である。
 政治というものは、すべからく、「妥協」をなすことなのだ。なぜなら、それこそが、民主主義だからだ。
 仮に、それがイヤなら、「独裁」にするしかない。読売の解説記事( 2008-03-12 夕刊・1面)では、「こんなことだと政治が進まないから、衆院の再議決で決まるように法改正せよ」などと述べている。しかし、こんなのは、「民主主義は非能率だから独裁主義にしてしまえ」というのと同じである。
 民主主義というものは、「対立する意見が、たがいに歩み寄って、妥協する」という形で生じる。「多数派が何でもかんでも決めてしまう」ということではない。仮にそんなことならば、「民主的な手法を取った独裁主義」になる。そして、その典型が、石原都知事だ。何でも好き勝手をやって、暴走して、止める人がいない。かくて、血税が大幅に浪費される。さらにはまた浪費されそうだ。都民の財布から勝手に万札を抜き取っているような、大泥棒みたいなものだ。

 実を言うと、政府にも、似た例がある。それは、「NHKの会長人事」だ。12月27日 にも批判したとおり、政府はNHKの会長人事を、実質的に(正確には間接的に)好き勝手なように決めている。そのせいで、政府はNHKを「御用放送」にしてしまった。NHKはもはや「政府のためのおかかえ放送」になってしまった。共産党時代のプラウダや人民日報と同じである。共産党のための「赤旗」みたいなものだ。つまりは、ただの政府のCM機関である。(北朝鮮の国営放送に似ている。「金正日様万歳」と唱えるかわりに、「自民党万歳」と唱えているのが違うだけ。)
 NHKの会長人事は、国会同意人事ではない。私としては、これを国会同意人事にするべきだ、と思う。そうすれば、政府の都合で勝手に財界人が会長になることもなかったはずだ。
 要するに、NHKであれ、日銀であれ、中立的な立場を要求されるものについては、中立性を担保するために、「国会同意人事」が必要なのだ。そうすれば、「妥協」を通じて、中立性が実現する。
 しかしながら、読売みたいな主張をしていると、「何でもかんでも政府の好き勝手」というふうになる。なるほど、そうすれば、非常に能率的に事は運ぶだろう。そして、それゆえに、状況の悪化が非常に能率的に進む。ちょうど、石原銀行が、ものすごく効率的に、莫大な金をどんどん無駄に捨てたように。

 国会同意人事が大切なのは、「善を効率的になすため」ではなく、「悪が効率的に進むのを阻止するため」である。ここを誤解して、「物事を効率的に進めよう」という発想をする読売は、民主主義とは何かということを根源的に誤解しているのだ。


● ニュースと感想  (3月14日)

 「ニューヨーク州知事のお色気問題」について。
 エッチな話題。(真面目な人は読まないでください。)
 ニューヨーク州知事がお色気で辞任した。世間で話題になっている。
   → zakzak1
 で、「へえ、そんなに大金を払うような相手とはどんな相手なのか?」と思う人が多いだろう。そこで調べてみた。これです。
   → zakzak2該当クラブの女性の写真

 感想。
 モデルみたいな人が多いですね。なあんだ、という感じ。ちょっとがっかり。夢を壊されたような・・・・・   (^^);

( ※ 「じゃ、何を期待していたんだ?」と言われたら、……ううむ。しいて言えば、ハリウッドの女優かな。デミ・ムーアとか、サンドラ・ブロックとか、キャメロン・ディアスとか、ニコール・キッドマンとかみたいな。ただしいずれも若かりしころの。それならまあ、わからなくもない。 あと、ゴールディ・ホーンもいいですね。  (^^); )


● ニュースと感想  (3月15日)

 「円高と春闘」について。
 1ドル= 100円を割る円高になっている。これでトヨタなどの輸出産業は「困った、困った」と悲鳴を上げている。だが、これは、自業自得と言うべきだろう。というのは、「春闘で賃上げを抑制したから円高になる」という図式があるからだ。
 トヨタは「国際競争力が大事だから賃上げをしない」と述べる。だが、これはもともとおかしい。日本の産業が国際競争力を持たないのであれば、中国のように、人件費を下げて、国際競争力を高めるしかない。しかし日本の自動車産業はもともと世界最強の国際競争力をもつ。それでいて賃上げを抑制すれば、どうなるか? 国際競争力が強くなりすぎて、輸出が増える。となると、当然、円高になる。これは自明の理。
 逆に言えば、賃上げをすれば、国際競争力は弱くなるが、その分、円は安くなる。だから、賃上げをしたからといって、単純に「国際競争力が弱くなる」というふうにはならない。技術水準と通貨レートは、ちゃんとバランスが取れている。「珍な元をすれば大変なことになる」ということは成立しないのだ。

 一般に、次のことが成立する。
 「景気が回復すると、輸入が増えて、貿易赤字が増える。そのせいで、円安になり、輸出はしやすくなる。しかしながら、実際には、内需の拡大のために生産が向けられるから、輸出の余力はなくなる。輸出があまり増えないので、円安はさらに進む。つまり、景気が回復すればするほど、輸出産業は利益が大幅に増える。」
 だから、トヨタが本当に頭がよければ、「賃上げを抑制しよう」とは思わず、「何よりもまず景気を回復させよう」とすればいい。そうすれば、円安は進むし、内需は増えるし、トヨタはボロ儲けができる。
 しかしながら、現実には、トヨタはそうしない。頭が悪いので。経済音痴なので。

 では、トヨタは、どう考えているか? こうだ。
 「賃上げをすると、労働コストが増えるので、国際競争力が低下する」
 では、ここに書けているのは、何か? 次のことだ。
 (i) 「景気回復による円安効果」(前述)
 (ii)「賃上げによる景気回復」
 この (i)(ii) がある。ただし、順序としては、 (ii) → (i) だ。つまり、先に「賃上げによる景気回復」があって、次に「景気回復による円安効果」がある。だから、方針としては、まずは(ii)をめざすべきだ。
 そして、それはつまり、「賃上げをする」ということだ。

 個別企業のことしか考えられない経営者は、単に「労働コストによる経営悪化」だけを考える。
 国全体のマクロ経済を考えることのできる経営者は、「国全体の賃上げによる景気回復」を理解できる。トヨタが本当に経済学を理解していれば、「円安で大変だ。だから賃上げを抑制しなくちゃ」とは思わずに、「円安で大変だ。だから賃上げで景気回復をしよう」と思うはずだ。
 ただし、現実には、トヨタは経済学音痴なので、そういう発想ができない。そして、そういう経済学音痴が、日本の経済を牛耳っているから、日本経済はいつまでたっても不況から脱せず、底辺をうろうろしている。
 つまり、各人が「自分だけが得をしよう」と思っているせいで、全員が「みんな損をする」という蟻地獄に嵌まっている。(合成の誤謬。)

 さて。こういう愚か者とは逆の例を挙げよう。それは、同じ自動車産業の開拓者である、フォードだ。
 ヘンリー・フォード( Wikipedia )は、T型フォード を大量生産・販売して、自動車を普及させた。ただし、注意。彼の自動車は、画期的ではあったが、それだけでは、あれほどにも普及しなかったはずだ。なぜなら、いくら安価でも、それを買えるほど、大衆は豊かではなかったからだ。
 では、フォードはどうしたか? 次の方針を取った。
 「自社の従業員の賃金を、世間の倍にする」
 このような方針は、トヨタの経営者から見れば、狂気の沙汰であろう。労働コストが倍になるからだ。そもそも、世間並みの賃金で、いくらでも労働者を雇えるのだ。だったら、そんなに高い賃金を払う必要はないはずだ。
 しかしながら、フォードは、その方針を取った。すると、どうなったか? 多くの解説には、次のように書いてある。
 「自社の労働者が高賃金になったので、自社の労働者がフォードを買うようになった。だから、フォードは大量に売れるようになった」
 これは、正しくない。こんなことをしても、タコが自分の足を食うようなものだ。豊かになったように見えても、ちっとも豊かになっていない。だから、この解説は、成立していない。
 では、正しくは? 次のことが起こった。
 「フォードの労働者は、2倍の高賃金を得た。その高賃金で、自動車を買ったか? いや、買わなかった。では、何も買わなかったか? そんなことはない。さまざまな商品を買った。生活必需品や、嗜好品や、教養娯楽費や、教育費や、……多種多様な分野で金を使った。そのせいで、国全体に、多額の金が出回った。そして、その金で、多くの分野の人々が少しずつ自動車を買うようになった。」
 つまり、フォードの労働者がフォードを買ったのではない。フォードの労働者が買った商品の売り手が、所得増加の効果で、フォードの自動車を買ったのだ。これをまとめて言えば、次のようになる。
 「フォードの賃上げによるマクロ的な所得増加効果で、乗数効果が出て、何倍もの所得増加が起こり、それがさらにスパイラル状に拡大して、好況が起こり、どんどん経済が成長していった」
 ここでは、フォードの賃上げは、それ自体の効果があっただけでなく、「起爆剤」としての効果があったのだ。フォードの労働者の賃上げは、それ自体ではたいしたことはなかったが、そこから波及した経済効果が、何倍にもなったのだ。
 しかも、それだけはない。次のことが起こった。
 「フォードの自動車を買った一般の人々は、自動車による作業能率の向上により、生産性が大幅に向上し、所得が大幅に向上した」
 実は、これこそが、最大の効果だ。この当時、アメリカとーロッパでは、ものすごい経済格差ができつつあった。次のように。
  ・ アメリカ  …… 自動車が普及して、運輸が近代化された。
  ・ ヨーロッパ  …… 自動車が普及せず、徒歩や自転車は馬で済ませた。
 この差は圧倒的な差である。アメリカでは何十万台もの自動車が普及して、運輸が近代化されたのに、ヨーロッパでは少数の高価な自動車しかなく、たいていは人馬で済ませるばかりだ。その生産性の違いは圧倒的である。一人あたりの生産額の違いも圧倒的である。
 こうして、フォードのせいで、アメリカとヨーロッパの間には、劇的な経済格差が生じることになった。T型フォードが発売されたのは、1908年。第一次大戦が起こったのが 1914年。この6年間の間に、両者の間には大差がついてしまった。……ちなみに、今の日本で、自動車の数が激減したら(たとえばガソリンが消滅したら)どうなるか、考えてみるといい。日本の近代社会は崩壊してしまうだろう。そのくらいの差が、当時のアメリカとヨーロッパの間にはあった。
 つまり、アメリカが第一次大戦前に世界的な大国となったことには、フォードの力が非常に大きかったのだ。T型フォードはまさしく「世界の歴史を変えた自動車」なのである。仮にこれがなかったなら、アメリカは超大国の位置を得たかどうかもおぼつかない。
 フォードは、自分の会社の労働者の賃金を、切り下げるかわりに、大幅に上昇させた。そのことで、自社の労働者に自動車を買ってもらったのではなく、国全体を大幅に発展させることで、自社の自動車を買わせた。自分だけが儲けようとしたのではなくて、国を富ませることで自分もまた富もうとした。……これが賢明な人間の判断というものだ。
 トヨタはそれとは逆のことをやっている。だから、「円高で困った、困った」などと悲鳴を上げているのだ。経済音痴の極み。

 教訓。
 ケチな人間は、自分だけが利益を独占しようとする。そのせいで、利益の全体を台無しにして、自分もまた貧しくなる。 (イソップ物語にありそうな話。)


● ニュースと感想  (3月16日)

 「妥協の意味」について。
 三日前の 3月13日 では、日銀総裁人事について、「妥協が大切だ」と述べた。
 これと似たことはどこかで書いたことがあるな、……と思っていたが、思い出せないでいたが、思い出した。下記である。
  → nando ブログ「三方一両損の真相」
 落語をネタにしながら、「妥協が大切だ」という趣旨。二カ月ほど前に書いた話。私みたいに記憶力の悪い人は、もういっぺんご覧ください。


● ニュースと感想  (3月16日b)

 「読売の言論統制」について。
 日銀総裁人事について、読売新聞がしきりに民主党を攻撃している。ま、それはそれで勝手だが、ここには問題が二つある。
 一つは、記事に追加する形で、解説記事を書いて、「民主党はけしからん」という一方的な論調を加えていること。これは与野党が対立するときに片方の見解だけを妥当と見なす偏向報道だ。新聞の氏名は、報道であるのに、片方の見解ばかりを押しつける。これでは赤旗や人民日報と同じだ。マスコミの使命を果たしていない。
 もう一つは、投書欄において、読売と同じ意見ばかりを三つも掲載して、反対論を掲載しないことだ。ここには「検閲」のようなことがなされており、反対意見が削除されてしまっている。ま、読売の方針を特に掲載したいのであるとしても、2対1ぐらいで反対論を出すべきだろう。また、自社で賛成論を載せるのであれば、読者の方は反対論を多く出して、1対2ぐらいにしてもいいだろう。しかるに現実には、3対0で、自社と同じ見解ばかりを掲載している。その他、解説記事がこれまで2本、社説も2本ぐらい。あれもこれも、自社と同じ意見ばかりを掲載しており、反対論が掲載されない。これは言論統制である。

 ネットにはしばしば「朝日は偏向報道をしている」という批判が出回る。しかし、世の中の大部分が右寄りの報道をしているときに、ちょっとぐらい左寄りの歪んだ報道があるとしても、そんなことで大騒ぎするほどのこともあるまい。産経新聞だって、右寄りの歪んだ報道をしているのだから。……ま、歪んでいること自体は問題だが、たいていの批判者は、「左寄りで歪んでいる」ことばかりを批判する。で、結果的に、どうなるか? 「右寄りで歪んでいる」意見ばかりがのさばることになる。なぜなら彼らは、「右寄りで歪んでいる」意見は批判しないからだ。
 それだけではない。もっと問題なのは、読売のように、「他の意見を封殺する」ということだ。朝日は朝日ふうの歪んだ意見を掲載するが、だからといって、政府の喧嘩を報道しないわけではない。だから、朝日の記事を読めば、政府の意見と、その批判意見との、双方を読める。しかるに読売や産経の記事を読めば、政府の意見しか読めない。……これでは中国や北朝鮮やキューバと同じである。体制よりの見解しか認められないわけだ。
 で、こういうふうに偏向した見解に染まった偏向した思想が、ネットにあふれている。特に、2ちゃんねらーあたりに多いようだ。ま、中国でも、ネットにいるオタクたちは体制寄りであることが多いようだし、日本でも同様だなのだろう。

 ともあれ、日銀総裁人事を見て、はっきりとわかることがある。政府であれ、読売のようなマスコミであれ、独裁体制づくりが進んでいる、ということだ。ただ一つの体制側の意見ばかりが許容され、ネットにはそういう体制寄りの見解があふれ、それに対する批判者は朝日や民主党のようにたたかれる。戦前の日本と同様である。こういう状況では、反体制側に一定の権限を与えておかないと、体制側の権力が暴走する。独裁体制がますます進捗する。だからこそ、日銀総裁人事であれ何であれ、たとえ非能率であっても、反体制側に一定の権力を与えることが、どうしても必要なのだ。民主主義社会では。
 そして、そうならないと、どうなるか? 次の二つの例がある。
 (1) 石原独裁体制 …… 都政で独裁を行ない、莫大な税を浪費し、止められない。
 (2) 渡辺独裁体制 …… 読売社内で独裁を行ない、記事の言論を統制し、止められない。

 読売新聞は、「日銀総裁人事を阻止する民主党はけしからん」と述べているが、そういうふうに独裁的に述べることで、かえって民主党の存在意義を浮かび上がらせている。読売新聞が独裁的・与党寄りであればあるほど、民主主義のためには、その独裁体制を阻止する側が必要なのだ。
 そもそも、一通りの意見しか成立しないところに、民主主義が存在できるだろうか? 報道機関が権力支持しかしないところで、民主主義が成立するだろうか? 読売はそこのところを、よく考えた方がいい。

 なお、こういう読売を放置して、朝日ばかりを批判する人々もまた、同罪である。
 ネット時代の人々は、朝日の偏向報道には目の色を変えて大騒ぎするが、右翼の独裁体制には大甘である。中国であれ、北朝鮮であれ、日本であれ、ネット時代の軽薄な人々は、特定の弱者をいけにえにして、炎上させることが、大好きなのだ。いじめと同じ。弱者をいじめることで、快感を覚える。なぜなら、そうすれば、自分が強者になった気分を味わえるから。(ゲームの上で、強者の側につく、というのと同じ。そうすれば、勝ちやすくて、気分がいい。)
 ゲーム時代のオタク連中が騒いでいる。


● ニュースと感想  (3月17日)

 「円高と小麦」について。
 円高が進んでいる、と大騒ぎだが、これは悪い面ばかりではない。輸入物価が下がる、という効果がある。
 ところが、おかしなことに、政府は4月から小麦の引き渡し価格を 30% も挙げる方針であり、この方針は既定となっている。おかしいですね。円レートは 20% も上がっているんだから、20%の輸入物価引き下げ効果がある。差し引きして、10% 上げるだけで済むはずだし、そのくらいだったら、ひとまず値上げを延期してもいいはずだ。 30%も上げるのはおかしいですね。……ラーメンもパンもみんな4月から大幅値上げすることになっているが、おかしいですよね。
 新聞は、「円高のせいで景気が悪くなる」ということばかり報道しているが、どうして「政府が値下げをしないか(値上げを縮小しないか)」ということは、報道しない。困ったマスコミだ。

 参考情報
  → Yahoo 円相場


● ニュースと感想  (3月18日)

 「円高の行方」について。
 円レートが一時、 95円台になったということで、マスコミは大騒ぎ。では、その行方は? 
 以前はもっと円高になったこともあるし、ここ数年、ドルは物価上昇の分、貨幣価値が下がっている(日本では逆にデフレだったから貨幣価値が上がっている)のだから、このくらいの円高は、ちっとも不思議ではない。
 ま、一時的に 90円割れになるぐらいなら、おかしくはない。もっと円高になっても不思議ではない。
 というわけで、95円台ぐらいで騒ぐほどのことはあるまい。株価も 12000円ぐらいになったというが、元に戻っただけだ。景気がちっとも回復していない(名目経済成長はマイナスである)のだから、株価が上昇しないのも当然だろう。

 結論。
 「円安にすれば、輸出産業が儲かり、そこから波及して、日本経済は景気回復するだろう……というマネタリストの主張は、嘘八百である。円安にしても、一時的にカンフル剤を打ったぐらいの効果しかない。しょせんは病気の根源をなくすことにはならない。(輸出という)アリナミンAやらオロナミンCで元気はつらつになっても、そいつを飲むのをやめたとたんに、元の木阿弥だ」
 「要するに、病人が健康になる方法は、カンフル剤を飲むことではなく、病気そのものを直すことだ。そのためには、円安による輸出振興なんかを頼りにするのでは駄目で、内需そのものを振興するしかない。物事の本質を無視して、対症療法ばかりに頼るようでは、経済学の存在意義がない。(病気を治す医者のかわりに、カンフル剤を飲ませる薬局があるようなものだ。)」
 「マネタリストの主張は、まったくの誤り。そういうマネタリストに経済運営を任せているから、いつまでたっても、日本の景気はよくならない。武藤だの福井だの、日銀総裁人事で騒いでいるが、どっちみち、どうでもいいことだ。日銀には、景気回復の能力はないのだから。(インフレ収束の能力ならばあるが、デフレ脱出の能力はない。非対称性。)」
 「大事なのは、正しいマクロ政策を取ること。ただそれだけ。しかしながら残ねなことに、そのための選択肢は呈示されていない。差し出された選択肢のなかには、正解がないのだ。自民党と民主党という選択肢はあるが、いずれも誤答ばかり。マスコミもまた誤答ばかり。経済学者も誤答ばかり。……それが日本の現状だ。そのことを理解することが、真実を知るということだ。」


● ニュースと感想  (3月19日)

 「児童ポルノ法」について。
 児童ポルノ法が立法化されつつあるようだ。販売で処罰、というのなら普通だが、単なる所持だけでも処罰、という法案。
 これを聞いたときには、「ただの所持でも処罰なんてけしからん」と思いましたね。自分の娘の写真を撮っただけでも逮捕されかねない。また、ダウンロードしたパソコンに変な写真が入っていて、それを気づかないままキャッシュに入れていただけでも、逮捕されかねない。ひどいものだ。
 
 ただし、である。アニメ・オタクたちが、「これはけしからん」と騒いでいるようなので、「だったらいいかも」と思いましたね。  (^^);
 こんなことで大騒ぎをするとしたら、アニメ・オタクたちはよっぽど児童ポルノを好んでいるのだろう。私の立場は、「ちょっと所持することぐらいで処罰するのは行き過ぎだ」というものだが、アニメ・オタクたちは、「どうしても好きだから保有したい」と思っているらしい。こういう変態たちは消えてもらいたいですね。(かといって、逮捕するというのは行き過ぎだとも思うが。)

 法案推進者たちの言い分は、「海外諸国でも児童ポルノの保有は禁止されているし、処罰される」というものだ。しかしねえ、それは、話の本質をずらしている。海外諸国では、「成人ポルノは処罰されない」という実状がある。つまり、「児童ポルノをやめて、成人ポルノにしなさい」ということだ。それならわかる。それなら成人の大人として正常でしょう。
 だから、国の方針としては、「児童ポルノを禁止して、かつ、成人ポルノを自由化する」というふうにするべきだ。これが論理というものである。こうすれば、変態ロリコンのアニメ・オタクたちは、まともなスケベ男になれるはずだ。  (^^); 
 単に「児童ポルノだけは処罰」という国の方針は、片手落ちである。だいたい、成人ポルノを禁止するなんて、馬鹿げている。そもそもネットでは、いくらでも見放題だ。処罰するのは、紙媒体と、立体的な彫刻などだ。これで被害を受けるのは、芸術家だろう。普通のエロ業者は、ネットで儲けるから、痛くも痒くもあるまい。
 
 結論。
 児童ポルノを禁止するのであれば、成人ポルノを自由化するべし。また、処罰するのは、必ずしも悪くはないが、せいぜい少額の罰金刑にするべし。また、単なる所持を罰するのではなく、所持の意思を確認するべし。
 仮に、所持だけで逮捕されるとなったら、国会議員の事務所に、児童ポルノ入りの封筒を送付しよう。そうすれば、その封筒を所持している国会議員は、みんな逮捕されてしまう。……こうして、独裁者による独裁国家が成立する。独裁者に反対する野党議員をみんな監獄に入れることができるのだから。
( ※ ナベツネあたりは、大喜びしそうだ。ナベツネにも、児童ポルノ入りの封筒を送ってあげよう。たぶん、警察はもみ消すだろうが。)


● ニュースと感想  (3月20日)

 「児童ポルノ法 2」について。
 児童ポルノについては、珍しく、nando ブログにコメントがいくつも来た。そこで、追記しておこう。

 読者の見解は、次のようなもの。
 「児童ポルノ禁止の難点として話題になっているのは、児童ポルノそのものではなくて、アニメの児童ポルノだ。写真の児童ポルノを禁止するのは、異存ない。それは現実の人間の被害を生む。しかしアニメの児童ポルノなら、被害者はいない。むしろ、思想の自由を侵す。また、児童ポルノを禁止されたオタクが、かえって現実の人間を被害者にする危険がある」
 
 ふうむ。なるほど。オタクというものは、こういう件になると、熱心になるんですね。  (^^); ま、皮肉はさておき。……
 たしかに、もっともであろう。だけど、それで「はいそうですね」という見解は、私に期待している人はいるまい。何か一言、ぴりりと聞かせてほしい、と思っているはずだ。では、ご期待に応えて。

 オタクはそんなこと言うけれどね。アマゾンのページを見ていると、普通のページを見ているだけでも、オタク系のかわいい画像が見えたりする。で、ちょっとクリックしてみたりすると、いつのまにかロリコンの成人アニメに移動していたりする。で、それがまた、恥ずかしいの何の。いや、気持ち悪いというべきか。……ロリコン・アニメなんて、あんな物を見る人は、頭がどこか異常ですよ。まったく。
 生物学的にも言える。オスが好きになるのは、第二次性徴を過ぎた女性であるべきだ。それ以前の女性は、エッチの対象にならないのだから、それを女性として好きになるというのは、生物学的にイカレているのである。第二次性徴を迎えていない女性は、生物学的にエッチをしたくなるはずがなく、そういう相手に妄想をすれば、どうしたって、強姦魔ふうにならざるをえない。犯罪すれすれ。または犯罪。(法的にも 13歳以前の女性とのエッチは違法である……はずだ。たぶん。間違っていたらごめんなさい。)

 で、何が言いたいか? たしかにまあ、上記のオタクの見解はもっともだし、被害者はいないのだが、オタク自体が被害者になっている。麻薬中毒のようなもので、自己破壊をしている。で、自己破壊が進むと、最終的には、狂って犯罪者になる人もいくらかでてきそうだ。たとえば、オタク千人につき、犯罪者一人、というような割合で。
 ま、オタクは「自分が異常になるのは自分の勝手だ」と思うかもしれないが、しかしまあ、社会的には、そういうのを助長しない方が、いいんじゃないでしょうか。むしろ、「オタクは異常だ」とはっきり指摘して上げた方がいいんじゃないでしょうか。(なお、本項で言う「オタク」は、一般のオタクではなくて、ロリコンオタクに限定する。)
 で、かわりに、どうすればいいか? それは、前項でも述べたとおり。「成人女性を好きになれ。成人女性に妄想を抱け。まともなスケベ男になれ」ということだ。  (^^); 

 児童ポルノ規制を推進する人には女性が多いせいか、「男性の性欲そのものがけしからん」というような論調もあるが、それは間違いですね。「幼女に対する性欲が間違いだ」と指摘するべき。私が付言したことは、「幼女に対する性欲というのは、生物学的におかしいので、そんなのを好むロリコン男は生物学的に異常である」ということだ。生物学的見解。で、それゆえ、「そういう異常性欲を推進するべきではない。たとえアニメであっても」というふうに言えそうだ。(ただし被害者がいないという点では、写真の場合ほど罪は重くない。)最終的な結論は、「幼女に対する性欲はけしからん」というのと同時に、「成人女性に対して性欲をもて。ただしアニメでなく現実の女性に」というふうになる。

( ※ ただし、性欲は、そのまま発現させちゃ駄目ですよ。性欲ゆえに愛情が同時に生じるのが正常です。性欲それだけが単独で生じるときは……ま、そういうときには、アニメや妄想で解消してください。だから成人ポルノが必要なんですよね。独身者向けに  (^^); )

 [ 付記 ]
 結婚して、エッチのやり放題になると、かえってエッチをしなくなるようだ。オタクが多くなりすぎて、現実の女性に興味をもたなくなったせいか? 亡国の危機。
   → zakzak 「夫婦 25% がセックスレス」

 [ 余談 ]
 前にも書いたと思うが、私は別に、オタクをいじめたいわけじゃない。異常であるオタクを、正常になるように、矯正して上げたいだけだ。救って上げたいだけだ。……ただ、彼らは、「自分は異常だ」と気づいていなくて、「自分は正常だ」と思い込んでいるから、「いや、異常ですよ」と教えて上げているわけだ。
 病気にかかったときには、まず「あなたは病気ですよ」と教えて上げないと。自覚症状があればともかく、自覚症状のない人には、「病気ですよ」ときちんと教えて上げる必要がある。 (ただしそれをもって、「この医者はオレを病気だと判断するから、この医者はオレを攻撃している」というふうに被害妄想になる患者が多い。困ったことだ。)





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「泉の波立ち」
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