[付録] ニュースと感想 (120)

[ 2007.5.22 〜 2007.7.25 ]   

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● ニュースと感想  (5月22日)

 「役者の不正経理」について。
 歌舞伎役者の不正経理事件。架空の人件費を 2000万円計上した。
  → zakzak

 つまりは、不正経理なんて、どこでもあふれている、平凡な事件なのである。騒ぐほどのこともない。(相撲の八百長ならともかく。)

 では、なぜ、ライブドアの事件では、変に騒がれたのか? それは、「ライブドア・二重の虚構」の書いてあるとおり。

 では、ホリエモンが実刑(懲役2年半)にもなったのは? それは、「私は白です」と言い張ったからでしょう。歌舞伎役者みたいに罪を認めれば懲役にはならないはずだが。……馬鹿弁護士を雇ったのが最大の失敗でしたね。
( ※ せめて当サイトを読んでおけば、こんなことにはならなかっただろうに。……世間知らずの坊ちゃんだったんですね。オタクというのは、世間知らずのせいで、いざというときに身を滅ぼす。パソコンだけでなく、ちゃんと本を読みましょう。)


● ニュースと感想  (5月22日b)

 「タクシー料金」について。
 タクシー料金を値上げしよう、という動きがあるそうだ。タクシー運転手の所得が急降下しているので、それを補償するため。これは交通省の方針。ただし、そんなのはダメだ、という反対の声が、経産省(大臣)から上がっているという。(読売・朝刊・3面・特集 2007-05-20 )
 
 さて。タクシー運転手の所得が急降下しているのはなぜか、というと、小泉流の規制改革で、タクシー運転手になりたがる人がわんさと参入したからだ。で、失業者がこぞってここに流入したせいで、「供給過剰・需要不足」という状況になって、一人あたりでは大幅な所得不足という現象になった。そこに根源がある。で、記事もまた、それを指摘している。
 ただし、記事はこのあとで、「規制緩和そのものは正しい。努力して頑張っている会社もあるのだから、それを見習え」というふうに主張している。
 しかし、その発想は成立しない。たとえあらゆる企業が同じように努力しても、全員が救われる、ということはない。なぜならしょせん、全体では、供給過剰・需要不足だからだ。
 つまり、「最も努力すれば、その人は救われる」という発想は成立するが、「みんなが努力すれば、みんなが救われる」という発想は成立しない。……これがマクロ的な発想だ。

 では、本質は? 
 実は、タクシー業界は、日本全体の縮図にすぎない。根源的な「供給過剰・需要不足」という状況があるのに、それを放置して、規制緩和などばかりをやって、「努力しましょう」と音頭を取っていうだけだからだ。根源的な「供給過剰・需要不足」という状況を解決することが大事だ、ということに気づいていない。

 では、正解は? 
 この問題は、タクシー業界だけの問題ではない、ということに気づくことが大事だ。日本全体で失業者があふれているから、タクシー業界に歪みが集中する。なぜ集中するかというと、ここが最も規制緩和されているからだ。
 とすれば、正解は、「規制緩和をやめること」ではなくて、「根源対策をすること」だ。つまり、日本中の失業者を解消することだ。そうすれば、「供給過剰」の問題はなくなる。また、タクシーの需要も増える。

 一般に、景気対策では、個別の業界をどうこうしようと考えても、無効である。日本全体が悪化しているときに、個別の業界や企業をどうにかしようとしても悪あがきにしかなららい。
 景気対策の王道は、マクロ政策のみ。つまり、総需要の拡大のみ。ここをはずして、規制緩和だの、企業の努力だの、生産性の向上だの、くだらない些末なことばかりを唱えるのは、物事の本質を見失うことになる。

 比喩的に言おう。百人の人間がいて、食料が50人分しかないときには、どうすればいいか? 
  ・ 古典派経済学者 …… 「各人が努力をしよう。努力した50人は救われた。とすれば、残りの 50人も、努力すれば救われる」
  ・ マクロ経済学者 …… 「各人が努力しても、無駄である。食料を百人分に増やす以外、全員を救う方法はない。」

 [ 付記 ]
 古典派経済学者の論理は、「ホラ吹き男爵」の論理である。
 「月にたどり着くには、月と地球の距離の半分の長さのロープがあれば足りる。まずはロープを空中に投げる。ロープが落ちる前に、ロープをするすると上る。ロープのてっぺんに達したら、ロープを引っ張りあげて、そのロープを、月に向かって投げる。そのあとは、ロープをたどって、月まで下りてゆけばよい」
 半分うまく行くのを二回繰り返せば、全部うまく行く、という発想。底抜け論理。
 嘘みたいだが、今の古典派経済学者は、みんなそれを信じている。読売の記事だって、そうだ。
  (1) A社は努力して成功した。
  (2) B社も努力すれば成功する。
  (3) ゆえに、双方が努力すれば、双方が成功する。

 さて。どこに底抜け論理があるか、わかりますか? 
 兄弟が二人(AとB)いて、お菓子が一つある、というふうに考えると、わかりやすい。上の論理だと、お菓子が一つなのに、二人が一つずつ食べられることになる。
 笑わないでください。今の経済学は、これを前提とし、成立しているんですから。新聞も政府も、この方針を続けています。その結果が、現状です。  (^^);
 「美しい国」ならぬ「おもろい国」。吉本国家。


● ニュースと感想  (5月23日)

 「研究費と成果主義」について。
 国立大学に支給される「運営費交付金」の配分方法について、「成果主義を導入せよ」という方針を、経済財政諮問会議が打ち出した。理由は、「そうすれば競争が進んで、成果が上がるようになる」ということ。
( → 読売新聞

 呆れましたねえ。成果主義もここまで来たか。
 このポイントは、「研究費」ではなくて「運営費」の配分の問題だ、ということ。人間でいえば、「成果に応じてボーナスを増減する」ということではなく、「成果に応じて最低限の生活費まで増減する」ということ。当然ながら、たったいっぺんでも「最低限度額」を下回れば、その時点で、餓死する。
 たとえば、「高温超伝導」を研究していた人は、どうだったか? 「最低限度額」を保証された上で、日常的な研究費によって、オマケのような形で研究をし続けていた。成果の見込みは全くないまま、無駄を覚悟で研究していた。すると、大発見を成し遂げた。……これに「成果主義」を当てはめると、コストのほとんどかからないような研究さえもできなくなる。そもそも、そのようなことをする人は、「成果が上がらない」という理由で、大学から排除されてしまう。毎日ひたすら、「目先の成果」をあげることを要求される。その要求を満たさない人は解雇だ。
 企業研究に当てはめると、こうだ。応用研究ならば、1〜2年で成果が出るので、「成果主義」により優遇される。基礎研究ならば、1〜2年で成果が出ることは決してあり得ない(数年後に実用化されることを研究する)ので、基礎研究はすべて排除される。……こんなことをやっていると、どうなるか? アメリカの自動車会社と同様だ。長期的展望をなくして、目先の財務決算ばかりを優先して、そのあげく、長期的に没落する。
 経済財政諮問会議が打ち出した方針は、そういうことだ。「成果主義」の本質を、根源的に誤解している。競争によって実現できるものと実現できないものとを区別できずにいる。
 競争信者。ただの新興宗教の信者と同じ。「神の見えざる手に任せましょう。そうすればうまく行きます。さあ、『市場原理』さまと『市場競争』さまを、称えましょう。みんなでそろって信じましょう」
 こういう妄想で、日本全体を洗脳しようとする。イスラム教もびっくり。彼らは科学をイスラム教でやろうとは思っていない。「科学と宗教とは別」だと理解している。しかし日本は、その区別ができないのだ。とんでもない盲従。……こういう信者を、政府から排除できないと、日本の科学システムは完全に破壊される。

 [ 付記 ]
 大昔、アレキサンドリア図書館という最高の科学の場が、当時の人々によって破壊された。そのせいで、人類の科学の発達は、1000年ぐらい遅れてしまった。すなわち、5世紀から15世紀ぐらいまでは、科学の停滞期である。15世紀ぐらいになってようやく、5世紀の水準に追いついた。15世紀のヨーロッパはようやく、5世紀のアレキサンドリア図書館に追いついた。
 人類は科学の破壊のせいで、1000年も無駄にしてしまった。仮に、そういうことがなかったなら、10世紀のころには、コンピュータが発明されていただろう。そして、21世紀のわれわれは、30世紀に相当する科学水準を享受できていただろう。
 現実には? 今や、5世紀における科学の破壊と同じことを、またしてもやらかそうとしている。少なくとも、日本では。(日本はカルタゴみたいに滅びるかも。金儲けばかりに目を奪われたせいで。)

 ※ 上記の科学史の出典は、カール・セーガンの「コスモス」である。


● ニュースと感想  (5月24日)

 「ユーロ高」について。
 ユーロの相場が上昇しており、円安・ドル安に対して、一人勝ちの状況だ。これを見て、「欧州はすばらしいが、日本はダメ」と自嘲している経済解説記事がある。読売の経済部次長によるもの。(読売・朝刊・コラム 2007-05-20 )
 「羨ましい、羨ましい」と思うのは勝手だが、そこにはひどい誤認が二つある。それを指摘する。

 (1) 日本の円安
 日本が円安であるのは、なぜか? 日本が円高政策を取って失敗したからではない。逆に、円安政策を取ったからだ。「円安はすばらしい、どんどん円安にしよう」と。特に、マネタリストといわれる連中がそうだ。また、トヨタを初めとする、輸出企業に牛耳られた経団連もそうだ。
 では、その本質は? 「(国際的に見た)賃金低下」である。それによって、輸出企業の国際競争力は強まる。まさしく、狙い通り。その一方で、国民の(国際的に見た)賃金水準は低下する。
 要するに、ことの本質は、「労働者を虐待して、企業を優遇することで、企業の業績を改善すること」である。それを狙って、それを実現した。単に、そういうことをやっただけだ。
 比喩で言えば、右手の富を増やすために、左手の富を減らした。しかも、全体で見れば、富の総量は減っている。だとしても、右手(企業)の富だけは増えているから、右手はウハウハと大喜びだ。……右手だけのエゴイスティックな勝利。国を滅ぼして、右手だけが得をする。
 ここで、この経済次長は、右手または全体に着目して、「右手の富が減っている」または「全体の富が減っている」と嘆く。よそをみて、「あっちの家では、右手の富が増えているし、全体の富も増えている」と羨む。
 ことの本質を見誤っている。日本は右手の富を増やすこと(円高)に失敗したのではない。左手の富を増やすこと(円安)を狙ったから、まさしくそうなっただけのことだ。
 ある国に、狂人がいた。狂人は自分で自分の右手を切って、ケガをした。しかるに、他人を見て、羨んだ。
 「あいつは右手をケガしていない。なのに、おれは右手をケガをした。おればかりが割を食った。ああ、おれはなんて不運なのだろう。神様、どうかおれにも、少しは幸運を分けてください。それが平等というものです」
 自分が何をやっているか気が付かないで自殺行為をする狂人。それが日本だ。

 (2) 欧州のユーロ高
 欧州のユーロ高を見て羨むのは、逆の意味で馬鹿げている。たしかに経済は好調だが、日本と同様に、経済の絶対水準そのものは低い。成長率が2〜3%ぐらいになっているという意味では、日本よりは先の見通しは明るいが、現状を比較すれば、やはりひどい失業が蔓延している。
 本当をいえば、欧州のユーロ高は、経済学的に間違った政策である。もっとユーロ安になるような経済政策を取るべきだ。つまり、財政赤字を拡大して、物価上昇率を高め、通貨価値を下げる(ユーロ安にする)、という政策を。そうすれば、物価の上昇にともなって、経済規模は自然に拡大し、失業も収束する。それが、あるべき姿だ。
 現状は、武士の痩せ我慢に似ている。ひもじいくせに、見栄ばかり張って、失業という苦痛に耐えている。見栄をよくする代償として、実質を悪化させている。他人から「すばらしい」と称賛されても、実状はひどいものだ。
 つまり、日本から見れば、ユーロ高はすばらしいと見えるが、それは見かけだけであって、実状は見かけ倒しなのだ。見栄っ張りの空威張り。日本という阿呆をだまして威張れる効果はあるが、自分自身は苦しんでいる。

 まとめ。
 日本についても欧州についても、人々は経済認識を間違えている。通貨が高いかどうかということは、経済の指標にはならない。比喩的に言えば、他人に見える背広や自動車を立派にするかどうかということは、所得の指標とはならない。見かけの指標となるだけだ。
 真の経済指標は、GDPや失業率だ。どんなに通貨が高くても低くても、人々が失業や低賃金に悩んでいる状況では、それは悪しき状況なのである。
 なのに、「通貨が高い、通貨が低い」というふうに騒ぐのは、物事の本質を見失った態度だ。
 物事の本質を見るべし。見かけよりも、核心を見抜くべし。

 [ 付記 ]
 「通貨が高い、通貨が低い」ということは、経済指標ではなくて、経済的な対処の一つにすぎない。対処の有無は、病気の有無を意味しない。
 比喩的に言えば、「風邪薬を飲むか飲まないか」というようなものだ。で、「風邪薬を飲むのは、風邪を引いている証拠だ」と思ったあげく、「風邪薬を飲まなければ、病気だということにならない」と思う人もいる。だが、そう思って、「だから、風邪薬を飲まなければいい」と思うのは、馬鹿げた態度だ。
 風邪のときには、風邪薬を飲むか飲まないかで決めつけるべきではない。まずは、風邪であるかどうかを正しく認識するべきだ。つまり、真実を見抜くべきだ。


● ニュースと感想  (5月25日)

 「マネタリズムの限界(1)」について。
 マネタリズムは、現在の経済学では、最も主流派を占めていると言えよう。欧州の経済政策もまた、マネタリズムのもとで運営されている。

 では、マネタリズムとは? その原理は、こうだ。
 「貨幣量(金利と言い換えてもいい)によって、景気を制御する」

 これに基づいて、次のように主張する。
 「経済は何としてもインフレを抑制することが最優先である。ゆえに、物価上昇率を低めにコントロールするべきだ。理想はゼロパーセントだが、3パーセントぐらいまでは許容する。それを上回ると、インフレになるから、物価上昇率を抑制するべきだ。そのためには、物価上昇率が高めになったら、金融政策による利上げで、物価上昇率を低下させるべきだ」

 ここから、次の結果がもたらされる。
 「欧州では失業率が非常に高いが、物価上昇率が1〜3%ぐらいあるので、この状況はインフレに近い。ゆえに、金利を高めに維持するべきだ。さらに金利を低くするべきではない。」
 こうして、失業率が高いのに、金利を高めにする、という政策が取られる。

 結論。
 欧州がいつまでも失業率を高くしているのは、マネタリズムの政策そのものによる。すなわち、失業率が高いという不況状況にあっても、物価上昇率だけにとらわれて、その状況を「インフレに近い状況」と見なして、景気抑制策を取る。だから、いつまでたっても、高い失業率が改善されない。

 [ 付記 ]
 このことは、日本も同様である。高い失業率のまま、放置されている。タクシーの運転手の賃金が急低下しているのも同様だ。
 ただ、日本では、ゼロ金利状態になっている。そこだけが違う。……この意味は、次項(翌日分)で解説される。


● ニュースと感想  (5月26日)

 「マネタリズムの限界(2)」について。
 前項の続き。
 前項では、マネタリズムの問題を指摘した。では、その問題は、どこから来るか? 
 答えを言おう。マネタリズムの問題は、マネタリズムの名前から見てもわかるとおり、「マネーを重視する」ことから来る。より正確に言えば、「マネーだけを重視する」ことから来る。その意味は、「マネー以外のものを見ない」ということだ。

 では、何を見ないか? それは、「税政策」だ。
 一般に、金融政策の二つの柱は、「金融政策」と「税政策」である。通常、「税政策」は、「財政政策」の一部分と見なされがちだ。次のように。
   「財政政策」 = 「税政策」 + 「政府支出」(公共投資・一般支出)
 しかし、この認識は、妥当でない。「政府支出を高めること」というのは、ケインズ政策だが、(少なくともインフラの整った先進国では)無意味だからだ。つまり、「政府支出」の部分は無視してよい。残る「税政策」(増減税)だけが残る。
 そして、「増減税」こそは、「金融政策」と並んで、車の両輪である。だから、「金融政策」だけでなく、「税政策」をも重視するべきなのだ。
 なのに、マネタリズムは、「金融政策」ばかりを採用して、「税政策」を採用しない。これでは、車の両輪のうち、片方が書けている。そんなことでは、まともに経済政策を運営できない。わからいきったことだ。……ここに、マネタリズムの難点がある。

 数値的に言えば、こうだ。
 「2変数の関数があるとき、マネタリズムは1変数だけを操作して、全体を制御しようとする」(2変数で制御するべきときに、1変数だけで制御する)
 こんなことでは、まともに操作することができない。当り前だ。

 比喩的に、飛行機を考えよう。飛行機は、主翼と尾翼(それぞれのフラップ)を操作することで、機体の上昇が制御される。つまり、2変数によって制御される。なのに、主翼だけとか、尾翼だけとか、片方だけで制御しようとすれば、まともに制御できるはずがない。小さな制御であれば、一方だけでも何とかなるが、大きな制御をするなら、一方だけでは無理だ。  こういうこと(1変数だけの制御)が、マネタリズムの根源的な限界だ。

 なお、より本質的に見れば、二つの政策は、次のように分担される。
  ・ 金融政策 …… 短期的に急激に作用するが、力は小さい。
  ・ 税 政策 …… 中期的に緩慢に作用するが、力は大きい。
 景気が小刻みに上がったり下がったりしたときには、金融政策でこまめに制御すればいい。それが上手だったのは、グリーンスパンだ。
 一方、景気が数年をかけて大幅に上昇したり下降したりしたら、もはや金融政策だけではカタが付かない。どうしても税政策の力を借りるしかない。金融政策だけでやろうとするのは、おのれの力を過信した小人のようなものだ。大きな力に襲われたときに、押しつぶされてしまう。……それがつまり、マネタリズムで運営されている国家経済である。実例がどの国であるかは、いわずもがない。

 [ 付記 ]
 言わずもがなだが、解説しておこう。

 (1) 欧州
 マネタリズムで金融政策だけを取る。しかし、税政策を取るべきだ。失業率が高い国では、減税し、かつ、物価上昇率を高める。当然、貨幣価値は下がる。
 (従って、他の健全な国と、同じ貨幣を使うことはできない。経済状況の異なる国が、同じ貨幣を使うのは、有害だ。現状では、「貨幣の統一」を「経済の健全化」よりも優先してしまっている。そのせいで、「貨幣の統一」をなした代償として、「経済の健全化」は損なわれる。)

 (2) 日本
 マネタリズムで金融政策だけを取る。しかし、税政策を取るべきだ。失業率が高い日本では、減税し、かつ、物価上昇率を高める。当然、貨幣価値は下がる。
 とはいえ、貨幣価値が下がったといって、別に困ることはない。人々はその分、損をするが、その一方で、減税によって得をするからだ。差し引きして、トントンである。では、国民の配分は? 次のようになる。
  ・ 働く人は得をする。(所得税の低下の方が大きい。)
  ・ 働かない人は損をする。(金利の低下と物価の上昇で利子所得が減る。)
 つまり、働く人と働かない人で、損得が分かれる。結果的に、より多くの人が働くようになり、国家経済の規模は拡大する。
 一方、現状は? 次のようになる。
  ・ 働く人は大損をする。(失業や賃下げ。)
  ・ 働かない人は損をする。(金利の低下。)
 どっちも損だ。みんな損だ。誰もが損だ。それがつまり現状だ。


● ニュースと感想  (5月27日)

 飛行機はなぜ空を飛ぶのか? 
 百トンもある重い飛行機が空を飛ぶのは、不思議に思える。「ベルヌーイの定理により揚力が発生するから」
 というのが、よくある説明だ。しかし、次のように考える方がいい。
 「百トンの空気を押し下げるから、その反作用で、百トンの飛行機が押し上げられる」
  → Open ブログ 「飛行機はなぜ飛ぶのか?」


● ニュースと感想  (5月28日)

 「シュレーディンガーの猫」で、猫は生きているのか死んでいるのか? 猫の生死の話。
  → Open ブログ 「猫の生死」

 ※ 物理学でいろいろと述べたのは、量子力学の話。
   今回新たに述べるのは、猫の話。にゃんにゃん。
   猫は生きているのか、死んでいるのか? どっちでしょう?


● ニュースと感想  (5月28日b)

 「松坂の談話」について。
 松坂投手が、インフルエンザ胃炎にもかかわらず登板した。5回を投げきり、チームに勝利をもたらした。そのあと、次のように述べた。
「責任を果たすために最善を尽くそうとしたが、チームに負担をかけたことで申し訳ない」
 この言葉に感激したレッドソックス・ファンの言葉を引用する。
 → Red Sox 掲示板

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Dice-K Matsuzaka's statement after last night's Red Sox game in which he pulled himself due to a severe stomach virus was incredible! In this age of the selfish, spoiled I-ME-MINE professional athlete, Dice-K gave me hope for the future of America's pastime. His statement after the game so impressed me that I copied it, enlarged it, and put it up on my son's wall for him to read daily. My boy wants to be a professional baseball player someday and I told him that if he emulated Dice-K's attitude, he would have a better chance of reaching his goal. Here is Dice-K's post-game statement:

“I tried my best to take the team as deep into the game as possible to fulfill my responsibility as the starter,” Matsuzaka said in the statement. “I regret that I ended up being a burden on my teammates (Friday). I'll do my best to prepare for my next start.”

What a breath of fresh air.

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 なお、レッドソックスの監督は、「日本の文化ではなく、松坂の人間性による」と解釈している。
 → 公式サイト記事

 [ 余談 ]
 ちょっと関係ない話だが、米国の大リーグは、公式サイトを一括して業者に発注しているので、各チームのサイトを横断的に読める。ジャンプが容易。
 日本では、各チームがバラバラなので、他のチームにジャンプできない。換言すれば、他のチームから来てもらえない。
 それぞれが他のチームのための便宜を図らないので、自分自身も他のチームから便宜を得られない。全体として、全チームの利益の総和は、減少する。
 上記の感想では、「自分のことばかり考えている自己中心的な人々の時代」というふうな言葉があるが、日本の各チームはそうなんですね。皮肉。
 各チームは大リーグや松坂に学ぶ方がいい。そうしないから、視聴率もどんどん低下するわけだ。


● ニュースと感想  (5月29日)

 「農水相の自殺」について。
 農水相が自殺した。例の「何とか還元水」で数百万円も使った、という下手な弁明をした大臣。政治資金の不正経理の責任を追及されたあげく、ついに自殺。
 これは、一義的には、首相に責任があると思う。本来ならば、このような問題を起こした大臣は、首相が任免権を使って、解任するべきだ。それが当然だ。
 しかるに「大臣を信じます」といって世間の非難を浴びる。あげく、「参院選が近いから大臣は自分で決断するべきだ」という気運が党内に高まる。
 ところが、下手な弁明を見ればわかるとおり、この大臣はもはや正常な判断力ができなくなってしまっている。「名誉 = 生存」であり、「不名誉 = 死」という発想になってしまっている。狂人または神経症(鬱病)みたいなものである。
 こうなったら、本人に決断を任せるべきではない。何が何でも、首相が決断するべきだった。
 しかるに、この無能首相は、本来の自分の仕事をやらないで、部下にやらせようとした。部下に責任転嫁しようとした。……というわけで、無理なことをやらせようとした無能首相に、自殺の責任はある。

 [ 付記 ]
 昨日の例だと、松坂は頑張ったが、5回を終えたところで、裏でげろげろ吐いていたそうだ。監督は「まだ投げられるか?」と聞きに行ったが、げろげろ吐いているのを見て、「もうダメだ」とわかったらしい。そこで、監督は決断して、「投手降板」と決めた。この監督は、決断力があった。
 さて。もし安倍がレッドソックスの監督だったら、どうなったか? この無能な監督(安倍)は、自分では決断できないので、松坂に「自発的な決断」を求めただろう。しかし松坂としては、自分から「降板」を言い出すわけには行かないから、げろげろ吐きながらも、無理をして登板し続けただろう。そのげくと、体をこわすか、死んでしまう。……そういう結果になる。
 これがまあ、無能な監督のやることだ。

( ※ 別に、他人事じゃないですよ。げろげろ吐いている日本経済に対して、「自発的な判断」を主張して、何もしないでいる。だから日本経済は、げろげろ吐きっぱなしで、いつまでたっても治らない。)
( ※ つまり、農水相の運命は、あなたの経済的運命と、まったく同じ。無能な首相のせいで、死に追いやられる。)


● ニュースと感想  (5月29日b)

 量子力学の「観測問題」についての話。
   → Open ブログ 「重ね合わせと観測」

 「間違った前提にもとづいて、間違った結論を得る」という例は非常に多い。それでいて本人は、「正しい論理を使ったから結論も正しい」と主張する。……そういう話題。


● ニュースと感想  (5月30日)

 量子力学の「場の量子論」についての話。
   → Open ブログ 「場の量子論とは」

 後半に、余談がある。次の趣旨。
 「数式ばかりにとらわれて、物事の本質を見失うようでは、ダメである。真実を知るためには、物事の本質を見るべきだ。」


● ニュースと感想  (5月31日)

 「農水相の自殺(2)」について。
 前々日の「農水相の自殺」の続き。
 農水相の自殺について、朝日新聞が批判している。「自殺したのでは責任を果たしたことにはならない。責任の取り方を勘違いしている。むしろ、生きて、真実を明かすべきだった」と。(29日・社説,30日・天声人語。ネットにもあるはず。)
 しかし、この主張は、見当はずれである。

 そもそも「自殺」というのは、「責任を取るため」になすのではない。物事を根源的に勘違いしている。
 農相は、「政治家としての責任を取るため」に自殺したのではない。「鬱病状態になって、精神が混濁してしまったから」自殺したのだ。正常な精神をなくして死んでしまった人に対して、「正常に思考せよ」と主張するのは、暴言に等しい。たとえば、風邪を引いた人に対して、「風邪になるのはけしからん。健康になれ」と非難するようなものだ。普通の人がそういう非難を受けたら、無理に仕事をして、返って健康を悪化させる。つまり、逆効果。
 こういうことは、精神医学では、常識だ。もうちょっと「ストレス病」のような話題を考察してほしいものだ。日本では今、過労死など、ストレスで死ぬ人が多い。農相もまた、似たような状況にある。鬱病状態になった人を、非難するようでは、そういう人自身が、(狂人とは言わぬまでも)阿呆である。

 では、正しくは? どうするべきか? これについて、前々日では、こう述べた。
 「真の責任は、任免権をもつ首相にある。首相が解任のなどの措置を取るべきだった」
 これが正しい措置だ。マスコミとしては、こう主張するべきだった。農相を批判するのでは、批判するべき相手を間違えている。

 なお、農相が「自殺したことで政治家としての責任から逃げた」というニュアンスの批判が多いので、解説しておこう。
 責任逃れをするために自殺をする、ということは、論理的にあり得ない。あなただってそうでしょう。何らかの責任を追及されて、その責任を回避しようと思ったとき、「自殺」という選択肢があるか? あるわけがない。
 責任を回避するというのは、「生きる」という意欲が強いからだ。とすれば、「生きる」ために「自殺する」というのでは、論理矛盾である。ゆえに、ありえない。
 では、正しくは? 農相は、責任感はあった。ただしそれは、「政治家としての責任」ではなく、「自民党員としての責任」だった。農相はそれゆえ、葛藤にぶつかった。
  ・ 真相を明らかにして国民に謝罪する。(国民のため)
  ・ 自民党員としてあくまで「違法行為はなかった」と言い張る。(党のため)
 この二つの間で、葛藤があった。前者を取れば、話は簡単だ。単に辞任すればいい。自分が非難を受ければいいだけだ。(……朝日はこれしか目に入っていないので、これだけを主張する。)
 しかし、そうすれば、国民は満足するが、自民党は傷つく。「汚いことをやった」(そういう大臣がいるので内閣も汚い)ということで、自民党が傷つく。さらに、今さら認めれば、「嘘をついた」「それを首相がかばった」ということで、政権は大打撃を受ける。国のためにはなっても、党のためにはならない。
 そこで、農水省は、国民も政権も傷つけないようにと、自殺する道を選んだのだ。こうすれば、自分が批判されることはあっても、政権は批判されないからだ。
 
 結局、農水省は、「国民のため」「党のため」という二つの間に挟まれて、葛藤状態になった。どちらにしても、ダメである。……孝ならんと欲すれば忠ならず。忠ならんと欲すれば孝ならず。そういうようなものだ。
 というわけで、現実の世界にはまともな道が残っていなかったので、他の道に逃げたのである。死という道に。
 そして、その目的は、見事に果たされた。彼が死ぬことで、マスコミは彼のみを「無責任」と批判し、首相は責任を問われずに済むようになった。愚かなマスコミを見事に欺いて、ご主人様を守り通した。……「無責任男」と言うより、「忠臣」と言うべきであろう。

 [ 付記1 ]
 首相が非常に頭がよければ、首相自身がそういうシナリオを描くことができる。呼びつけて、「真に責任感のある大人物は、国のために一命を捧げるものだよ」と告げたりして、自殺へ誘導する。
 首相がそれほど頭がよければ、見事な作戦だと言えよう。
( ※ 実際には、それほど頭がいいとは、まったく思えないが。いつもドジを踏むような方針ばかり取る。今回はたまたま、部下が気を利かせた、というだけだろう。)

 [ 付記2 ]
 本項の要点は、二つ。
 「自殺というものは鬱病の一種だ、と理解すべし」(精神疾患の話。)
 「政治の世界で、責任の取り方について、勘違いするべからず」(政治の話。)


● ニュースと感想  (6月01日)

 「陪審員を免れる方法」について。
 陪審制が始まったと言うことで、「大変だ、大変だ」とマスコミが大騒ぎしている。どういう場合に免責されるか、ということも話題になっている。
 で、「免責されたいなあ」と思っている人もいるだろうから、読者サービスで、方法を教える。
( ※ これは、「市民の義務を免れる方法」である。お勧めするわけではないが、個人事情から、知っておいた方がいいこともあるだろう。例。婚約者がすごく怒っていて、何としてもなだめないと、というとき。運悪く陪審員になって、市民の義務を果たしたのはいいが、彼女を失ってしまった、となったら、踏んだり蹴ったりだ。)
( ※ だから、常にこれをやることはお勧めしないが、是が非でも免責されたいというせっぱ詰まった場合には、これをやることをお勧めする。……ま、どうせ、日本中の国民が相手ではなくて、私のサイトを読んでいる人限定である。せいぜい千人ぐらいか。大勢に影響なし。)

 (1) 基本
 裁判所に訴えても、たいていは個人事情は却下される。そこで、検察または弁護士に「忌避」してもらうことを狙う。「無条件の忌避」というのがあるからだ。

 (2) 忌避の基本原則
 忌避をされるのは、どういう場合か? 検察または弁護側から、「こいつはおれたちに不利だな」と思われた場合だ。たとえば、「こいつは貧乏人だから金持ちの被告には反発するだろう。ゆえに、貧乏人はダメだ」というふうな。あるいは、「低学歴の陪審だと、高学歴の被告に反発するだろう」とか。
 ただし、被告がどういう被告かは、わからないことが多い。そこで、被告に嫌われるのは諦めて、検察に嫌われるようにするといい。
 「検察に忌避される(嫌われる)こと」というのが、基本原則となる。

 (3) 反検察
 検察に嫌われるには? 「検察なんてダメだ」というふうに、検察を侮辱するといい。政府・権力を侮辱してもいい。
 例。「検察は無実の市民を無理な訴えで有罪にする」
    「冤罪が多い」
    「日本の司法制度は腐っている。インチキ裁判だ」
    「検察が訴えたると99%が有罪だ。変だ」
    「疑わしきは被告人の利益に」を徹底する。

 (4) 本心を隠す
 忌避されることを狙うには、本心とは逆のことを言うといい。「是非とも陪審員になりたい」と。「私はいっぱい勉強してきたんです。是が非でもやりたいと思います。司法制度にこれこれの問題があることは熟知しています。陪審員としての役割を果たし、歪んだ司法制度を是非とも正したいと思います。いっぱい勉強してきました。あちこちで歪んだ判決の例が出たのを勉強しました。私ならば真実を発見できるという自負があります。私ならば絶対に間違えません。裁判官や検察よりも、私の方が優秀だ、という自負があります。全員の意見をリードして、真実に導きたいと思います。善良な市民としての役割を、是非とも果たして、社会貢献するつもりです。……え? 何? 余計なことは言わずに黙れって? ……うるさいな。私はしゃべるのが好きなんです。ペラペラと徹底的にしゃべって、全員をリードしたいんです。黙れと言ったって黙りませんからね。ふん。あんたたちはただ聞いているだけでいいんだよ。政府の犬は黙っていろ。とにかく私は口がうまいんですよ。口八丁、手八丁。すべて私に任せなさい。そうすれば正しい裁判がなされます。私ほど頭がいい人はいないんですからね。これで大丈夫。」
 こういうふうに自信満々でぺちゃくちゃと早口で言えば、一発で忌避される。間違いなし。

( ※ 一般に、人に一番嫌われるのは、利口ぶった自惚れ屋である。……え、誰のこと?  (^^); )
( ※ なお、以上のように主張することは、ちっとも悪いことではない。「やりません」と言って逃れようとしているのではなく、逆に、「絶対にやらせてください」と主張しているんですからね。……勘違いして文句を言わないように。)


● ニュースと感想  (6月02日)

 バイオ燃料(バイオエタノール)の普及にともなって、穀物価格が上昇している。このままだとどんどん価格が上昇して、人間様の食べるものがなくなりそうだ。では、どうすればいいか? 
  → Open ブログ 「バイオ燃料の問題」


● ニュースと感想  (6月03日)

  人類の直立歩行について、「樹上説」ともいうべきものが現れた。類人猿が樹上生活をしているうちに、直立するようになった、という説。 
  → Open ブログ 「人類の直立歩行:樹上説」


● ニュースと感想  (6月05日)

 米国のテレビ局の番組を、ネットで見ることができる。
  → Open ブログ「YouTube もどき」


● ニュースと感想  (6月08日)

 自動車の燃費削減の話。
  → Open ブログ 「ミラーサイクル」


● ニュースと感想  (6月09日)

 二酸化炭素削減が話題になっているが、もっと危機的な環境問題がある。
  → Open ブログ 「生態系の維持」


● ニュースと感想  (6月10日)

 画面で文章を推敲するのと、いちいち印刷して推敲するのとは? 
  → Open ブログ 「推敲と印刷」


● ニュースと感想  (6月11日)

 JR西日本の列車事故と、他のさまざまな事故要因との、関連性や根本問題を考察する。
  → Open ブログ 「危険学と市場原理」


● ニュースと感想  (6月12日)

 ITネタのジョーク。(食事中はご遠慮下さい。)
  → Open ブログ 「Winny 異聞」


● ニュースと感想  (6月13日)

 Google が IE7 を勧めているが、とんでもないことだ、という話。重要なバグ情報を紹介する。
  → Open ブログ 「Google と IE7」


● ニュースと感想  (6月14日)

 【 告知 】
 しばらくお休みします。
 数日後に、また来てください。そのころ新たに何か書くかもしれません。(未定。)


● ニュースと感想  (6月17日)

 「読売巨人軍」について。
 巨人のユニホームを昔のV9時代のものに変えて交流戦をやったら、やる気が出て強くなった、という記事がある。胸の「TOKYO」という文字も気持ちが良いという。(読売・夕刊・スポーツ面 2007-06-16 )
 確かに、今のユニホームは、大昔のものの復刻版で、カッコ悪い。
 だが、それよりもっとまずいのは、(一時期だが)「TOKYO」でなく「YOMIURI」になってしまったことだ。ユニフォームはその後に修正されたようだが、名前は「読売巨人軍」のままだ。こんなの、誰が応援する気になりますかね? 「東京巨人軍」なら応援する気にはなっても、「読売巨人軍」なんてナベツネの部下になるだけだ。気持ち悪い。
 巨人の人気が低迷しているのは、自業自得ですね。金儲け主義、損得主義だから、かえって自分の首を絞める。……介護産業のグッドウィルの社長や、駅前留学のNOVAの社長と、よく似ている。金に卑しい社長たち。そいつのせいで、金儲け主義のあげく、会社をダメにする。
 巨人はいつ倒産するんでしょう? 

 これ、冗談みたいだが、巨人のテレビ放送がなくなるのも、そう先のことではあるまい。すでに九州では、巨人の放送はほとんどなく、ホークス一辺倒だという。他の地区でもそうなりそうだ。……下手をすると、東京地区でも見放されるかも。「あれはおれたちのチームじゃないからね」と。
 その点、「阪神」という名前を付けているチームは、実に頭がいい。儲かりまっか? 

 [ 付記 ]
 Wikipedia からの引用。
これに伴いビジター用ユニフォームの胸マークも「TOKYO」から「YOMIURI」に変更となった(2004年まで使用)。なお、これが「我々は東京にある巨人という球団を応援しているのであり、読売の巨人という球団を応援しているのではない」というファンの反発を買い、ファン離れの第一歩となった。


● ニュースと感想  (6月19日)

 二足歩行をするのは、人間だけじゃない。トカゲもだ。
  → Open ブログ「トカゲの二足歩行」


● ニュースと感想  (6月20日)

 「需給ギャップの意味」について。
 需給ギャップがプラスになった、と報道された。
 内閣府は18日、日本経済の実際の需要が潜在的な供給能力をどの程度上回っているかを示す「GDP(国内総生産)ギャップ」(需給ギャップ)が、2007年1〜3月期はプラス0・9%となったと発表した。
( → 読売新聞 2007-06-19 )
 しかし、これは経済実感に合致しない。あちこちで失業や低賃金に悩んでいる人が多いのだから。
 その理由を示す。

 (1) 設備と人員
 基本的には、「設備と人員」の違いがある。現状では、設備が縮小したので、供給が縮小しただけだ。一方、人員は、以前も今も総労働人口はほぼ同じである。ここでは、「需要が供給を上回った」というが、その実態は、「需要が設備能力を上回った」というだけのことだ。「需要が総労働力を上回った」というわけではない。
( ※ 結果的に、どうなるか? 設備不足が生じて、設備投資が増えるが、人員は過剰だから、賃金は相も変わらず低水準で低迷する。)

 (2) 高水準と低水準
 ここでは、「設備と人員」の乖離がある。この乖離は、普通の景気のときには生じない。「設備と人員」はほぼ一致している。人員にふさわしい量の設備があり、その双方にふさわしい需要がある。……これが普通の均衡状態だ。
 ところが、不況になると、需要が低下する。すると、まずは設備の稼働率が下がる。次に、設備が廃棄されたり人員が解雇されたりする。これがリストラだ。
 その後、景気が低迷期を脱しかけると、今回のように「需要超過」という状況が発生する。ただし、その意味に注意。
 100の生産量が80に低下して、その後、しばらく低迷状態が続いたあと、80の生産量が 82に上昇する。ここでは、供給は、設備によって決まり、80ぐらいしかない。なのに需要が 82に増える。(その差は? 流通在庫をつぶすことでまかなわれる。だから生産する以上に需要があっても大丈夫。一時的には。)
 これを見て、「需要超過だから景気が回復している」と思うのは、早計である。なぜか? 
 100の生産量のときに需要が 102 に増えるという「需要超過」ならば、インフレの危険がある。最大生産量を上回るからだ。
 80の生産量のときに需要が 82 に増えるという「需要超過」ならば、インフレの危険はまったくない。それどころか、相も変わらず不況である。
 この両者を区別するべきだ。正常な状況でさらに上がる場合と、低迷した状況で少し上がる場合とは、まったく異なる。

 まとめ
 「需要不足ならばデフレ」「需要超過ならばインフレ」という発想は、景気を需給だけから判断する発想だ。それは古典派の発想である。物事をすべて需給関係だけで考える。すべてを市場原理で考える。
 しかし、マクロ経済学では、供給というものを「設備」と「人員」に分けて考える。市場における需給が均衡しても、縮小均衡の状態にあるのならば、多大な失業者が発生したままだ。失業問題を解決するには、需給の均衡を実現するだけではダメで、生産量(GDP)を増やすことが必要だ。
 これはケインズ経済学のイロハである。45度線グラフによって示され、マクロ経済学の教科書の初歩に書いてあることだ。
 ところが、こういうマクロ経済学の初歩を、ほとんどの経済学者が理解しない。相も変わらず、「需給が均衡した」とか「需要超過だ」とか主張して、「現状は景気は回復している」と主張するばかりだ。「総生産が減少したままだ」ということをまったく理解できない。
 経済音痴ばかり。

 [ 付記 ]
 特にひどいのは、小林慶一郎だ。二日ぐらい前(土曜か日曜)の朝刊で個人的な珍案を提出していた。「金利が下がったままでも景気が回復しないのなら、金利を上げてみればどうか」という珍案。
 「押してもダメなら引いてみな」というわけか。馬鹿丸出しである。(こういう馬鹿が朝日の社の方針を引っ張っている。)
 では、正しくは? こうだ。
 「金利が下がったままでも景気が回復しないのは、『金利を操作すれば景気を操作できる』というマネタリズムの発想そのものが、根源的に間違っているからだ。そういうマネタリズムの発想を捨てることが必要だ。経済において大切なのは、需要の統御(コントロール)である。金利を操作することではない。」
( ※ 「需要の統御」については、本サイトの「需要統御理論」「需要統御理論・簡単解説」を参照。)

 マネタリズムを信奉する彼には、マクロ経済学の発想がない。だから、前述のこと(マクロ)がまったく理解できないわけだ。
 たとえて言おう。たいていの病気は、寝れば治る。そこで、肝炎になった患者を直そうとして、やはり寝させた。しかし、治らない。そこで、寝る部屋を高級にした。ただのアパートから、高級ホテルへ。さらには超高級ホテルの最高の部屋へ。……しかしどんなに部屋を変えても、ちっとも治らない。
 そこで小林が主張した。「押しでもダメなら引いてみな。部屋が最高でダメなら、最高から最低に変えればいいんだ。病人を網走の監獄に移せ。そうすれば病人も治るだろう」
 彼は物事のすべてを「寝る部屋」だけで決めている。「病気を治療する」という発想がない。(マクロ的認識がない。)
 ひどいエセ経済学者。……とはいえ、この人だけじゃないですけどね。政府はみんなそうだし。


● ニュースと感想  (6月22日)

 年金情報などの公的情報の「電子化」について。
  → Open ブログ「公的情報の電子化」


● ニュースと感想  (6月23日)

  近代科学は「仮説を実験で検証する」ということで発展してきた、としばしば言われる。  建前としてはそうなのだが、現実にはそうはなっていない。
  → Open ブログ「科学主義と実験」


● ニュースと感想  (6月25日)

 Google の検索システムの話。サイトの検索ランキングを上げる方法など。
  → Open ブログ「Google Analytics」


● ニュースと感想  (6月26日)

 「市場原理の問題」について。
 「市場原理ですべてうまく行く」という発想には、問題がある。このことは、しばしば指摘される。では、どこがどう問題なのか? その核心を示す。
  → nando ブログ 「市場原理の問題」

  ※ 非常に重要なので、是非お読み下さい。


● ニュースと感想  (6月29日)

 「優勝劣敗と政治主義」について。
 前項の「市場原理の問題」という話の続き。完結編。
 「市場原理」の概念と、「右派/左派」という政治主義の概念とは、関連する。概念を整理しつつ、本質を明らかにする。
  → nando ブログ 「優勝劣敗と政治主義」

  ※ 非常に重要なので、是非お読み下さい。


● ニュースと感想  (6月30日)

 プロ野球のオールスターが楽天球団に占拠された。この問題は、ITについての無知のせいだと言えよう。
  → Open ブログ「オールスターとIT」


● ニュースと感想  (7月01日)

 バイオエタノールの増産のためにアマゾンの熱帯林をつぶすことは、「生態系の維持ができない」というよりは、「地球の砂漠化を推進する」というふうになっているようだ。
  → Open ブログ「バイオエタノールと砂漠化」


● ニュースと感想  (7月03日)

 「エネルギーを大量に消費する先端経済のかわりに、エネルギーをたいして消費しない自給自足型の経済にすればいいのでは?」
 という疑問についての解説。
  → Open ブログ 「孤立経済とエネルギー消費」


● ニュースと感想  (7月04日)

 「民営化すれば市場原理ですべてうまく行く」という発想があるが、そんなことはない。
 社保庁の民営化もそうだが、より広く一般的に話を考えることもできる。
  → nando ブログ 「市場原理の罠」


● ニュースと感想  (7月04日b)

 「年金制度の問題」について。
 最近、年金制度の問題が話題になっているが、これはたまたま発生した事件と言うよりは、もっと根源的なところに問題がある、と見なすといい。
 そもそも、現在の年金制度にはいろいろと問題がある、ということは、前からさんざん話題になってきた。そのとき、年金制度全体にメスを入れて、問題点をすげて洗い出せば良かったのだ。そうすれば、その時点で、問題点も発覚していたはずだ。今になって大騒ぎする必要もなかっただろう。
 ところが、現実には、違った。何をなしたか? 「コストダウンの狙い」だけである。つまり、「社保庁の民営化」である。
 自民党は参院選で、「社保庁の民営化」をしきりに宣伝している。「国鉄の二の舞になるのを避けるために、社保庁の民営化をしました。民主党は、その逆です」というふうに宣伝している。(片山さつきのアイデアだろう。彼女が広報の担当だから。党広報局長として、菅直人などの悪口を言うのが趣味。)
 しかし、である。「社保庁の民営化」は、それ自体が、「社保庁の民営化」を狙いとしている。そして、「社保庁の分割」なしに「社保庁の民営化」があれば、「コストダウン」の行きつく先は、ただ一つ。「年金を払わないこと」である。

 要するに、「コストダウンの狙い」「利益を出す狙い」で「社保庁の民営化」を下ということ自体が、根源的に狂っている。社保庁の目的は何か? 利益を出すことか? 違う。国民へのサービスを向上させることだ。コストを下げることではなく、サービスを上げることだ。……ここのところを勘違いして、「国鉄のように黒字にします」なんて述べているところに、根源的に間違いがある。
 本来ならば、次のようにするべきだった。
  (1) 日常の事務業務は、民営化する。効率向上が目的。
  (2) 管理業務は、国営のまま。サービス向上が目的。
 この両者は、狙いが相反する。あちらが立てばこちらが立たず、というような関係だ。だから、この両者をともに成立させて、うまく調和を取ると、最適化ができる。つまり、「事務業務はなるべくコストダウンして、サービスはなるべく向上させる」というふうに、最適点を求めることができる。
 現実には、そうしなかった。(1) だけをめざして (2) をめざさなかった。その結果、利益目的のことばかりが狙われて、粗雑な事務が横行し、結果的に、国民へのサービスが低下した。
 今回の事件(年金の記録のデタラメ)は、起こるべくして起こったことだ。もともと「国民へのサービスの向上」は、念頭になかったのだから。


● ニュースと感想  (7月05日)

 「年金問題の補足」について。
 年金に問題があることは、実はずっと前からわかってた、と報道された。(朝日深部・朝刊・1面 2007-07-04 )
年金ミス、社保庁40年前認識 「宙に浮く」は20年前
 年金記録のミスの多さが、40年前から社会保険庁内部で広く認識されていたことが、同庁の刊行物などでわかった。年金記録が「宙に浮く」ことも20年前には指摘されていた。
 この点について「年金の支給に関し被保険者等に不利益をもたらす」と指摘されたが、「制度発足当初から考えられていた」とも記されている。
 これを防ぐため、手書きで事務処理をしていた年金制度発足当初は、同一人物の記録がどこにあるのかを示した「索引票」が作られていた。  しかし、記録管理の機械化に伴い被保険者の氏名はコードに変換したうえで磁気テープやパンチカードに記録されたり、漢字のまま紙台帳に記入されたりして「記録方法の一貫性がない」(三十年史)状態が生まれたという。データ処理のために62年にコンピューターが導入されたが、氏名で検索できるようになったのは82年からだった。
( → 朝日新聞
 ミスがあったことが問題だというよりは、ミスがあったのに隠し続けてきた、というところが問題。
 食肉偽装業者と似たようなものですね。そもそも、政府首脳からしてそうだが。何事も「ミスを取りつくろってゴマ化そう」という方針ばかり。閣僚の失言・辞任でも同様。
 例外はただ一つ、エイズ事件で「ごめんなさい」と頭を下げた菅直人ぐらいだろう。(自分の責任じゃないけど、大臣としてちゃんと頭を下げた。)


● ニュースと感想  (7月05日b)

 「年金と医療」について。
 今度の参院選では、年金が主たる話題となりそうだ。しかし、もっと大事な話題もある。
 そもそも、年金を今になって話題にしても、手遅れだ。何とかなることもあるが、どうにもならないこともある。できることはやればいいが、できないことについては手遅れだ。この問題は、もっと前(手遅れになる前)に対処するべきだった。
 今になって「大変だ、大変だ」と騒いでも、仕方ない。比喩で言おう。火事になってから、「火事だ、大変だ」と騒いでも、仕方ない。むしろ、火事になる前に、火事の予防をしておけばいいのだ。耐火構造にするとか、燃えにくい設備にする(燃料を引火しにくいものにする)とか。
 とにかく、事件が起こってから騒いでも、仕方ない。事件は予防するべきものだ。このことを強調したい。

 その上で、今、何をなすべきかを示す。
 マスコミは「火事だ、火事だ」と騒ぐのが好きだから、「年金が大問題だ」と騒いでばかりいる。しかし、なすべきことは、「次なる大事件を予防すること」だ。その目で見ると、「年金崩壊」のほかにも、あちこちに問題が横たわっていると気づく。次のように。
  ・ 経済崩壊 (「景気回復」と浮かれている馬鹿。何度も述べた。)
  ・ 人口崩壊 (少子化。若手がいなくなる。)
  ・ 技術崩壊 (科学技術立国の基盤が危うくなりつつある。)
  ・ 教育崩壊 (ゆとり教育。部分的にのみ、是正の方向にあるが、不十分。)
  ・ 医療崩壊 (医者不足。特に、小児科・産婦人科・麻酔科で顕著。)

 どれもこれも長期的見地から対策が必要だ。今すぐ(今日か明日か)という問題ではないから、見過ごされやすいが、いずれも国家を崩壊させかねない問題だ。
 このうち、特に喫緊の課題となっているのは、最後の「医療崩壊」だ。まともに医療を受けることができにくくなっている。この問題を、何とかするべきだ。

 [ 付記 ]
 本項を書いたあとで気づいたのだが、読売新聞(朝刊・特集面 2007-07-02 )でも、医療の問題を扱っている。読売新聞は、ここに着目しているという点で、立派である。他のマスコミよりは、ずっと良い。
 ただ、画竜点睛を欠く。問題点を指摘するだけで、対策の欠落に触れていない。どうせなら、政府にインタビューをしたり、政党にインタビューをしたりして、その無為無策ぶりを明らかにするといいのだが。
 逆に言えば、そういうふうに「無為無策である」ことを浮き彫りにすることで、現状を改善できる。「問題点がありますよ」と報道するるだけでなく、「問題点を放置しています」と報道することが必要だ。
 さもないと、年金問題の二の舞になる。
( ※ 具体的な対策については、次項(翌日分)で述べる。)


● ニュースと感想  (7月06日)

 「医療の崩壊」について。
 現在、医療制度が崩壊しつつある。このことは、マスコミでも間欠的に何度も話題になっているので、知っている人も多いはずだ。読売新聞でも2カ月ほど前にキャンペーンみたいな特集をしていた。
 基本的に言えば、医者の人数が足りない。高齢者の急増にともなって、医療の仕事はどんどん増えているのに、医者の数はさして増えないから、医者不足となる。いくらか医者を増やしても、スズメの涙である。
 また、「医者を増やせばいい」という問題でもない。単に増やしても、粗製濫造になるだけだ。ここにはいろいろと問題がある。

 (1) 待遇の問題
 医者の待遇は非常に悪い。普通の勤務医の場合、残業が非常に多いので、時間あたりの賃金で見ると、コンビニのアルバイト店員ぐらいにしかならないことが多い。ものすごい残業をしているわけで、過労死や鬱病自殺もかなり多い。……まともな人間のやる仕事じゃないですね。

 (2) 医者は儲かるか?
 「医者は儲かる」という固定観念があるようだ。しかしこれは、まったくの間違いだ。「医者は儲かる」ということはない。
  ・ 勤務医は儲からない。(上記)
  ・ 開業医になりたくても、初期資金が莫大にかかるので、無理。
   (世襲の場合を除く。)
  ・ 開業医になっても、あまりもうからない。
   (「脳内革命」の著者である医者は、病院の赤字で自己破産した。)
  ・ 儲かるのは、帳簿のゴマ化しなどでインチキをした医者だけ。
   (しかし医薬分離以降、このゴマ化しは困難。)
 結局、「医療コストの削減」は実現したが、肝心の医療は崩壊しつつある。コストは下がったが、サービスは大幅に低下しつつある。)

 (3) へき地勤務の義務化という案
 じゃ、どうすればいいか? これについては、「へき地勤務の義務化」という対策が考えられている。たとえば、読売新聞の記事(朝刊・特集面 2007-07-02 )には、次の見解がある。
 「問題のポイントは、医者が大都市に集中していることだ。半面、へき地には医者が来ない。そのせいで、残された少数の医者に負担がかかり、ますます負担がかかる。いくら高給で招いても、過労死しやすい。そこでますます医者に嫌われて、へき地の医者が減るばかりだ。こういう問題がある。だから、この問題を解決するために、へき地勤務を義務化すればいい。研修制度を終えたあとで、へき地勤務を義務づける。これで解決」
 この案(へき地勤務の義務化)が国民の大多数の支持を得ているという。
 馬鹿じゃなかろうか?
 「過労死する人が多い職場には、義務的に投入すればいい」という発想をすれば、医者のなり手がますます減る。本末転倒でしょう。
 「過労死する職場が嫌われる」というときには、「そこに無理に投入する」のではなく、「過労死する職場をなくす」ということが先決でしょう。
 非常勤医の所得は、多大な残業をしても、年収 1000万円ぐらい。技術系のサラリーマン並みです。これなら儲かると思うだろうが、その前に莫大な投資をしていることに注意。医学部は六年で、二年も多く多額の学費を払い、その二年間は無収入だ。さらには、研修も二年ある。おおざっぱに言えば、28歳ぐらいまでは無収入で、多額の学費を払うばかりだ。専門書を買えば、一冊が万円単位。理工系の十倍近くの参考書代がかかると思った方がいい。
 しかも、せっかく卒業しても、過労死したり、酷使されたりする。さらには、医療ミスの疑いで、殺人罪で起訴されたりする。それでいて検察は「検察の誤り」を認めないから、人生をメチャクチャにされる。
 医者というのは、まともな人間のやる仕事じゃないですね。人命を救うが、自分の人生を破壊してしまう。よほどの博愛精神のある人しかできません。……しかも、ですよ。「医者は博愛精神が法的に義務づけられている」と主張して、「ちゃんと治療せよ。さもないと訴えるぞ」という患者まで出る始末だ。あげく、ちょっとでも感謝のお金をもらうと、「袖の下をもらっている!」と非難されることもある。やってられんわ。
 こういうふうに「医者は犠牲を甘受せよ」というふうに強要してばかりいるから、医療システムが崩壊していく。ケチな国民が、金を惜しんで、命を救う術を自分で崩壊させてしまう。

 [ 付記 ]
 「へき地勤務の義務化」というのは、最悪ではないにせよ、患者本位すぎて、駄目である。当面はいいが、長期的には医者のなり手がなくなる。まずい。
 私だったら、次のようにする。
 「若い独身の医師を高給で雇う。人数も2倍ぐらいに増やす。そのうえで、三カ月勤務ぐらいのローテーションを組んで、へき地と大都市とを交替で回す。若い医師は、病院に雇用されるのではなく、『医師派遣会社』に雇用されて、転勤する」
 「中高年の場合は、同様に、高給かつ短時間勤務を条件に、5年ぐらいのローテーションで回す」

 これで医者の人数が減るかといえば、そんなことはない。医者の仕事がきつくてやめた女医は非常にたくさんいる。これらの女医さんが復帰して、産婦人科や小児科に戻れば、医者の数がかなり増える。
 なお、より抜本的な対策は、次項(翌日分)で示す。

 [ 参考 ]
 本項では、「医者に高給を」という提案をした。これを聞いてやっかみを覚える人もいるだろうが、現実の医者は他の技術職や銀行員などに比べて低所得なのだから、この分だと、まともな医者のなり手がいなくなる。結果的に、誤診が増えて、国民の生命が危うくなる。
 似た例は、公務員にも言える。「天下り禁止」なんてことばかりを主張して、公務員の給与を下げることばかり考えている。そのせいで、最近では、公務員の質が著しく低下している。たとえば、政府の出す法案には、ミスが続出、というようなハメになっている。
 そのうち、公務員は馬鹿の集団となって、日本政府自体が崩壊してしまうかもしれない。しかも、それは、当然の帰結なのだ。
 その典型は、政治家だ。政治家の給与を制限することばかり考えているから、政治家の質は著しく低下してしまっている。私としては、政治家の給料をもっと高額にして、定員を減らして、「少数精鋭」にするべきだと思う。しかし現実には、「粗製濫造」になっている。「政治家の給料を下げれば、清廉な政治家ばかりになって、政治は良くなる」と思い込んでいる人が多いせい。
 一般の企業でそんな方針を立てたら、ゴミのような人材しか集まらなくなるのは自明だが。気がつかない人が多いんですよねえ。「安けりゃいい」という発想。だから、クズ肉コロッケなどが生じる、ということがわからないんですね。


● ニュースと感想  (7月07日)

 「医療システムへの対策」について。
 善行では、「医療崩壊」の問題を示した。そこでは一応、対策も示したが、より抜本的な対処策を示そう。
 抜本的な対策は? もちろん、医者を増やすことだ。ただし、単に医者を増やすだけだと、コストがアップする。そこで、うまく折り合いを付ける必要がある。単に「医者を増やせ」というだけでなく、「賢明な対処策」が求められる。
 そこで、私としては、次のことを提案したい。

 (i)混合診療
 医者の待遇を良くすることが必要だが、コストアップを避けたい。その方法としては、次の案がある。
 「サービスに見合うコストを負担してもらう」
 つまり、質の良いサービスには、そのための金を払ってもらう。最低限の公的医療制度の上に、二階をかぶせるようにして、高品質の医療を高額で提供する。
 たとえば、質の良いサービスをする産婦人科は、高額の料金を徴収できる。……こうすると、高所得者はそちらに移動するので、その分、低所得者の方も、余裕が出る。
 医者としても、優秀な医者は高報酬を得ればいいし、凡庸な医者は低い報酬で低いサービスをすればいい。
 全体的には、最適化されるだろう。特に、優秀な人材が、医者の分野に流れ込むだろう。医療の質の低下を防げる。
 現状では、「医者は奴隷だ」という状況なので、有為の人材が集まりにくい。

 (ii)医療補助員
 医者の総数を増やすためには、どうすればいいか? 単に医者の数を増やすよりは、「医者の助手」を増やすのが一番いい。現在の医者は、雑用をやらされすぎていて、肝心の医療に専念できない。たいていは看護婦が「医者の補助」をやっているが、看護婦にやらせるのはとんでもないことだ。
 そこで「医者と看護婦の中間」となる「医療補助員」を制度化するといい。そのことで、医者の仕事の大半を、そちらに委ねることができる。「カルテの記入、注射、検査の確認」など。……医者は、最終的な方針決定と、最終的な手術だけをやればいい。手術後の確認などもいちいちやる必要はない。大半を、医療補助員に任せる。
 これは「補助弁護士」と似たような発想だ。つまり、「専門家としての試験」に合格できなかったような一流半の人間を、一流の人の補助として使うわけだ。
 医者になれる能力をもつ人が、総人口の5%だとすれば、医療補助員になれる能力をもつ人は、総人口の20%ぐらいにはなる。これらの人々を医療補助員として雇用することで、医者の総数を増やしたのと同等の効果が出るし、かつ、コストが下がる。
 ついでに言えば、医者の所得は、どんどん増える。(1) のような「医者は奴隷だ」という状況は解消される。

 (iii)マネージドケア
 アメリカの医療制度も参考になる。以下、引用する。
 マネージドケア型の保険では次のような流れで医療が提供されています。
  ・いわゆる「かかりつけ医」としてPrimary Care Physician(以下PCP)を決め、ほとんどの問題はその医師に解決してもらう。必要に応じてPCPに専門医を紹介してもらう。
  ・急病のときはPCPに急患としてみてもらうか、救急Emergency Room(以下ER)を受診する。
 PCPは Family Practice(家庭医)、Internal Medicine(内科医)、Pediatrics(小児科医)、OBGYN(obstetrics/gynecology)(産婦人科医)のいずれかの専門科でなくてはなりません。
 大人は家庭医か内科医を、女性ならそれに産婦人科医をPCPに選ぶことになります。小児は小児科医もしくは家庭医をPCPに選びます。……以下に成人男性と成人女性のPCP のパターンを挙げておきます。

成人男性のPCPパターン=家庭医のみ、内科医のみ
成人女性のPCPパターン=家庭医のみ、内科と産婦人科医、家庭医と産婦人科医

ここで知っておかなくてはならないのがアメリカの医療保険の仕組みです。簡単に言うとどの医者、どの病院にかかっても一定の割合だけカバーしてくれるIndemnity Insurance「補償型」と、かかれる医者や病院を制限する代わりに医療費の手出しや掛け金をやすく抑えるManaged Care「管理医療型」があります。上記で述べたPCPを決めるやり方はManaged careのなかのHMOというタイプの保険で主に採用されている方法です。
アメリカにも公的保険(Medicare/Medicaid)はありますが、老人や身体障害者、低所得者やその子供などを対象にしているため、ピッツバーグにいる日本人の方にはあまり当てはまらないかもしれません。

 マネージドケア型保険の特徴を保険のカバー率で説明します。
 例えばおなかが痛いとき。自分では胃が悪いと考え、消化器専門医(Gastroenterologist)の診療を受けたいとする。その場合、 PCPの紹介なしに受診すると保険でカバーされる率がグッと下がり、かなりの診察料金を請求されます。もしPCPを受診して、PCPが消化器専門医が必要と判断し紹介された場合のカバー率は高く、非常に良心的な支払いで済みます。
 こうやってマナージドケア型保険では専門医への受診を制限しています。そのシステムを良いものにするためにこの国のプライマリーケア、つまりPCPの養成には日本以上に力が注がれています。
救急や入院診療は手厚くカバーされます。外来診療よりも入院や救急診療はコストがかかるため、マネージドケア型の保険はこの部分をカバーする割合を高めてあります。
  → アメリカ(ピッツバーグ)での お医者さんへのかかり方
 アメリカでは、このような仕組みがある。だからアメリカでは、医者の報酬は非常に高い。医者なら誰でもそうだというのではないが、優秀な医者は非常に報酬が高い。日本の二十倍ぐらいになることもある。優れた医療を提供する見返りとして、大金持ちからふんだくるわけだ。
 これを見て、「高所得の医者が羨ましい」と思って、「優秀な医者が儲かるのはけしからんから、そういう制度をつぶしてしまえ」と思っていると、国全体の医療水準が低下してしまう。……それが日本だ。
 日本という国では、どうなっているか? 「医療コストの低減」という面では成功している。だが、その半面で、「医療を必ず受けられる」という保証がない。交通事故になっても、緊急医療を受け入れてもらえないで、たらい回しにされたあげく、死んでしまう、ということもある。子供が高熱を出しても、どこにも受け入れてもらえないで、高熱を出したまま死んでしまう、ということもある。
 それでも日本は、そういう医療制度を自慢している。「とても低コストですよ」と。「安けりゃいい」という発想。

 ま、患者が死んでしまえば、それ以上は治療しないで済むので、医療コストは最低で済むだろう。
 「最高の医療とは、何もしないで患者を死なせてしまうことだ。そうすればコストが最低だから、最高の医療制度となる」
 これが今の日本の医療制度だ。

 [ 付記 ]
 ま、たいていの場合は、まともに医療を受けることができるので、その意味では、日本の公的医療制度は、アメリカよりはずっとマシである。
 とはいえ、「緊急の事態において、とにかく金を出せば医療を受けられる」
 というアメリカに比べると、
 「緊急の事態にどうなるかはわかりません」
 という日本は、劣っている面も多いわけだ。これはまあ、問題が発覚するまでは、平気でいられる、という能天気な発想だ。……年金問題に似ている。
 馬鹿につける薬はない。お医者さんもお手上げ。馬鹿は死ななきゃ治らない、ということか。


● ニュースと感想  (7月08日)

 「企業とメセナ」という話題。「技術ばかり考えていると、技術バカになるぞ」というような話。
  → Open ブログ「企業とメセナ」
 社会的・経済的に言うならば、自分の金儲けのことばかりを考えていると、社会意識が希薄になり、人間性が軽薄になり、金儲けにも失敗する、ということ。
 日本人は卑しいとか、日本商品は気品がないとか、そういうふうに批判されるのは、なぜか? それは、自分の金儲けのことばかりを考えていて、人間に気品がないからだ。
 あなたのそばに、自分の利益ばかりを考えているエゴイスティックな人がいれば、その人は軽蔑される。逆に、みんなのために奉仕する人がいれば、その人は尊敬される。……企業もまた、同様だ。


● ニュースと感想  (7月09日)

  IT分野における日本の国際競争力を強めるには、どうすればいいか?
  → Open ブログ 「ITの国際競争力」


● ニュースと感想  (7月12日)

 「スティールのTOBへの判決」について。
 スティールのTOBへの判決が出た。
 米系投資ファンドのスティール・パートナーズが、ブルドックソースの買収防衛策の発動差し止めを求めた仮処分申請の抗告審で、東京高裁(藤村啓裁判長)は9日、申請を却下した東京地裁の決定を支持し、スティールの抗告を棄却した。藤村裁判長は、スティールを「乱用的買収者」と認め、地裁の判断より更に踏み込んだ。
 東京高裁は、企業の経営に参加する意思がなく、株価を上昇させてから関係者に株式を高値で売りつけるような「乱用的買収者」は、「差別的取り扱いを受けてもやむを得ない」との判断を示した。その上で、スティールについて過去の投資活動を分析し、「投資ファンドという性格上、自らの利益のみを追求しようとしている存在と言わざるを得ない」とし「乱用的買収者」と認定した。
( → Yahoo ニュース
 この件について、私なりに評価しよう。語るべき点はいくつかあるので項目分けして示す。

 (1) 判決への評価
 判決は、ブルドッグの言い分を認めて、スティールの言い分を否定している。これは、どう評価するべきか? 私の見解を言えば、この判決はちょっと偏りすぎていると思う。ブルドッグばかりに肩を持ちすぎている。(ま、日本の裁判所は、やたらと保守的だから、それは予想できるが。)
 経済的に説明しよう。
 第一に、ブルドッグの言い分(または高裁の判決)は、妥当ではない。スティールは典型的なグリーンメーラーではない。企業の焦土化もしていないし、切り売りもしていないし、経営者に買い取りも要求していない。これを「乱用的買収者」と認めるのは、行き過ぎであろう。ちょっとした兄弟喧嘩を見て、殺人罪で逮捕するようなものだ。反応が過剰すぎ。(要するに、ここにあるのは、ブルドッグの経営者の保身だけである。ぬくぬくと甘い環境に浸っていたい、というだけのことだ。積極的に保護するべきものではない。)
 第二に、スティールの言い分もまた、妥当ではない。スティールは「長期投資を目的とする」と主張しているが、嘘八百である。過去の例を見れば、それがわかる。また、原理手にも、当然だ。長期投資が目的であれば、次のいずれかになるはずだ。
  ・ 経営権を獲得して、経営を改善する。
  ・ 小規模の投資にとどめて、TOBをやらない。
 このどちらでもいい。しかるに、「TOBをやるのに、経営権を獲得しない」というのでは、矛盾している。というわけで、「長期投資を目的とする」というのは、嘘八百であり、スティールの言い分は正しくない。

 (2) スティールの本心
 以上のことからわかるように、訴えた方も、訴えられた方も、ともに間違っている。二つの対立した意見があるが、そのどちらも間違いであり、真実はそのどちらにも見出されないのだ。(ライブドア事件に似ている。)
 では、真実は? つまり、スティールの本心は? それを示そう。それは、こうだ。
 「二流会社の株を買って、一流会社に買わせる(転売する)」
 その意味は、こうだ。
 「二流会社と一流会社の合併を推進して、合併による利益をいただく」
 たとえば、次のようなことだ。
  ・ 明星食品の株を買収して、その株を日清食品に高値で売りつける。
  ・ ブルドッグの株を買収して、その株をキッコーマンに高値で売りつける。
 このような例では、二流会社の株を買って、一流会社に買わせることになる。その際、一流会社は高値で株を買う。なぜならば、一流会社には、合併(または吸収)による利益が追加的に生じるからだ。
 たとえば、明星食品は、それ単独では、単独での株価にしかならないが、日清食品に吸収されると、日清食品の子会社としての株価になる。単独の明星食品の価値よりは、日清食品の子会社としての明星食品の価値の方が高いから、その分、株価は高くなって当然だ。
 わかりにくいかもしれないので、似た例を示そう。
 自動車業界では、ダイハツという軽自動車専業メーカーがあった。しかしダイハツは、それ単独では事業規模が小さすぎて、生き残れない。排ガス規制や安全対策や燃費対策など、さまざまな技術開発の費用を、自社だけではまかなえない。そこで、トヨタの傘下に入って、トヨタの子会社となった。すると、トヨタからあれこれと技術などを供与してもらったので、傘下に入ったメリットが生じた。単独のときよりも、子会社になったときの方が、価値が高まった。
 一般に、二流の会社は、一流会社の傘下に入った方が価値が高まる。そこで、その利益をちょうだいしようとするのが、スティールの本心だ。

 (3) スティールの善悪
 では、スティールの行為は、良いことなのか悪いことなのか? これは、二つの面から評価される。
 第一に、スティールの金儲けの仕方そのものは、「ずる賢い」と言える。自分では何の質的改善のための努力をしないで、単なる転売だけで、短期間に差額をボロ儲けしようとする。実に、ずる賢い。村上ファンドみたいなずる賢さだ。……とはいえ、これは、悪ではない。なぜなら、他人のものを盗んでいるわけではないからだ。スティールの行為によって、損は発生しない。あくまで全体の利益は増えるのだし、その増えた利益を独り占めするだけだ。他人の富を減らすわけではない。その意味で、悪ではない。(経営者の利益だけは減るが、経営者の利益は保護するものには値しない。)
 第二に、スティールの金儲けの仕方を阻止することは、明白に悪である。つまり、高裁の判決や、ブルドッグの方針は、明白に悪である。なぜならば、「全体の価値を増す」ということを阻止するからだ。
  ・ ブルドッグがキッコーマンに転売されれば、ブルドックの価値は高まる。
  ・ ブルドッグがキッコーマンに転売されなければ、スティールが損するだけ。
 ここでは、コインの「表か裏か」というような二者択一がある。そして、「表」のときには全体の価値が高まり、「裏」のときにはスティールがリスクを全部負担する。とすれば、この賭けは、やる価値がある。社会的には、プラスの場合だけがあって、マイナスの場合がないからだ。……そして、それを阻止するのは、明白に悪である。
 ゆえに、高裁の判決は、まったく不当である。(ブルドッグの主張も不当。)

 (4) ずる賢い者と愚かな者
 では、ブルドッグの主張が不当であるとすれば、スティールの主張が正しいのか? いや、そうではない。前にも述べたとおり、どちらも正しくない。では、正しくは? 
 二流会社が一流会社の傘下に入った方がいいのであるならば、二流会社は自発的に一流会社の傘下に入るべきなのだ。たとえば、ダイハツが自発的に、トヨタの傘下に入ったように。……こうすれば、増えた利益は、当の会社(二流会社と一流会社)が分かちあうことができる。これがベストだ。
 しかるに、そこにスティールが介入すると、増えた利益を、スティールが独り占めしてしまう。それでは、当の会社が損する。いや、損するわけではないが、得られるはずの利益を得られなくなる。……これは、金を盗まれるのとは違うが、得られるはずのものを得られなくなるというデメリットが生じる。
 比喩的に言おう。宝くじの券をもっている人が、「その券、百円で買ったんだろう? でも、二百円で売ってくれないか?」と言われて、二百円で売る。その後に、その件は百万円の価値があったのだ、と判明する。券を売った人は、損をしたわけではないが、得られるはずの利益を得られなくなってしまう。
 ここには、犯罪はない。ずる賢い者と、愚かな者があるだけだ。スティールはずる賢く、ブルドッグは愚かである。ここで、「どちらが正しいか?」と問うても、仕方ない。それよりは、「ずる賢い者に利益を奪われないように、愚かな者が賢くなればいい」というのが正解だ。
 しかるに、現実にはそうなっていない、というところに、問題がある。

 結語
 以上のことをまとめて、結論を得よう。
 この問題は、「どちらが正しいか?」と言えば、「どちらも正しくない」と言える。どちらも間違ったことを主張しており、そのどちらにも真実はない。そして、真実はと言えば、「ずる賢い者と愚かな者がいる」ということだ。
 スティールは、悪質なのではなく、ずる賢いのである。目の付けどころがいい、とも言える。愚か者が、得るべき利益を得ようとしないで、放置しているから、それをごっそりちょうだいしてしまえ、というわけだ。(宝くじの当たり番号に気づいていない愚か者から、利益をちょうだいするように。)
 しかし、だからといって、スティールを批判すれば済むわけではない。放置したままでは、愚か者の愚かな状態が続くだけだ。それは日本全体では、かえって悪しき状況になるのだ。(この意味で高裁判決は間違っている。)  ブルドッグの経営は劣悪である。単独で生き残ることは困難かもしれない。もっと大きな一流企業の傘下に入った方が、経営効率は改善される。……少なくともスティールは、そう判断した。そして、スティールの判断が正しいかどうかは、スティール自身が賭金を賭けた。「スティールの判断の判断が正しければボロ儲け、スティールの判断が間違っていれば損失を自己負担する」というふうに。……そして、それをそしするべきではないのだ。そんなことをいちいち阻止していたら、日本全体の体質改善が阻止されてしまう。(小泉流の構造改革を阻止することになる。)
 しかし、だからといって、スティールの行為が正しいというわけではない。本来ならば、ブルドッグの経営者が自発的に他社の傘下に入るべきだったのだ。……ところが、現実には、それができない。なぜなら、ブルドッグの経営者は、お山の大将で痛いので、他社の傘下には入りたがらないからだ。こうして、古い非効率な体質が存続することになる。
 要するに、スティールのやることは、決して褒められたことではないのだが、スティールのようなものが登場するのは、日本企業そのものが古い経営体質を維持しているからだ。そのせいで、スティールのようなものの標的になってしまう。ここで、スティールを批判しても、日本企業の古い体質が改善されるわけではないし、かえって古い体質が残ってしまう。
 問題の本質は、裁判の判決の是非ではない。日本企業には古い体質が残っていて改善されないというところに、根源的な問題がある。それは決して、裁判の判決で改善されるようなものではないのだ。

 [ 付記 ]
 オマケで言おう。スティールがブルドッグや明星食品を買収したとき、キッコーマンや日清食品はスティールの要請に応じる必要はない。スティールが転売したいと言っても、自社が買収する必要はない。
 しかし現実には、「スティールが明星食品を買収した」となると、日清食品が大騒ぎして、高値で明星食品を買収する。あわてふためいたせいで、高値でつかまされる。……実に愚かだ。本来なら、「勝手にすれば」とほったらかしておいて、相手が痺れを切らしたころに、やや安値で引き取ればいいのだが。すぐに買うなんて、愚の骨頂。
 日本企業は、こういうふうに、あわてふためくから、足元を見られる。スティールのような商法がまかり通るのは、本当は好ましくないのだが、現実にはまかり通る。その理由は、スティールがずる賢いからというよりは、あわてふためく人々が愚かすぎるからだ。
 スティールの買収提案を聞いて、「大変だ、大変だ」と日本中で騒げば騒ぐほど、高値でつかまされるハメになる。「ふん、企業買収なんてどうってことない。勝手に買収すれば」と放置しておけば、引っかかることもないのだが。
 スティールに対しては、放置プレイをすればいいんですよ。騒ぐのは愚の骨頂。
( ※ この「付記」の話は、本文中の「自社で解決せよ」という話とは別件。本文中の話は、買収される側[明星食品]の態度だが、「付記」の話は、買収する側[日清食品]の態度だ。)


● ニュースと感想  (7月15日)

 ネット上の英和辞典の使い方。
  → Open ブログ 「Web英和辞典」


● ニュースと感想  (7月16日)

  年金のデータに、大量の欠落があることが判明している。そこで、これを修正しようとして、あれこれと努力がなされている。
 この問題は、IT技術の「エラー補正」技術を使うことで、大幅に改善ができる。
  → Open ブログ 「年金とエラー補正」


● ニュースと感想  (7月18日)

 「後発薬(ジェネリック薬)の推進」について。
 後発薬(ジェネリック薬)は、価格が安いので、医療費抑制のために有効である。そこで、これを推進しよう、という運動があるそうだ。(読売・夕刊 2007-07-17 )
 しかし、こういうふうに患者の個別意思によって状況を改善する、というのは、非常に効率が悪い。それよりは「一網打尽」方式の方がずっと効率的だ。
 たとえば、学校の生徒に予防接種をするのなら、一人一人が自発的に保健所に行くよりは、全員をまとめて一挙に予防接種する方が効率的だ。何事も同様だろう。

 本件では、「後発薬を推進する」ということが目的である。だったら、「一人一人の患者が、個別に医師に要求する」という運動をしても、非効率的すぎる。次のいずれかがいいだろう。
 (1) 原則として、すべて後発薬にしてしまう。
 (2) 勝手に後発薬にしてしまえる薬局を、任意に選べる。
 具体的には、次の通り。

 (1) 原則として、すべて後発薬にしてしまう。
 先発薬を提供した薬局には、後発薬と同じだけの金額しか渡さない。先発薬が千円で、後発薬が五百円なら、先発薬で後発薬でも、薬局には五百円しか渡さない。つまり、先発薬を提供すると、薬局が(差額の分だけ)大損する。
 これはちょっと無理かも。きつすぎる。

 (2) 勝手に後発薬にしてしまえる薬局を、任意に選べる。
 先発薬が医師によって処方されていても、薬局が自発的に(互換の)後発薬に変更して、患者に提供する。
 ただし、その旨を、あらかじめ薬局が店頭で明示しておく。「当薬局ではすべてそのようにしています。ですから安上がりで済みますよ」と。
 患者は、二種類の薬局から、自分で選んで決める。
  ・ 後発薬に変更する薬局
  ・ 先発薬を維持する薬局
 おおざっぱに言って、(薬代を比較すると)前者は後者の半額ぐらいの金額で済む。で、患者は、「高くても純正品がいい」という人と、「同じものなら、ブランド代に馬鹿高い金を払えない」という人との、二通りに分極される。
 で、こういうふうにすれば、それでいいんじゃないでしょうかね? 

 [ 付記 ]
 なお、現状はどうかと言うと、この二通りのうち、後者(先発薬を維持する薬局)だけがある。つまり、選択肢がない。
 本項の提案は、「選択肢を一つ増やす」ということに相当する。現状を否定したり廃止したりするのとは異なり、別の道を一つ追加することに相当する。
 で、結果的にはどうなるかというと、医療費が大幅に抑制される。健保による薬代の負担分(本人負担を除く分)が大幅に減少する。このことから、金の使い道がマシになるので、医療の質も改善するようになるだろう。

( ※ 参考サイト → かんじゃさんの薬箱

  【 追記 】
 後発薬が先発薬と同じである、というのは嘘だ、という話がある。
   → 内科医のサイト その1
 先進国では後発薬が普及している、というのも嘘だ、という話もある。
   → 内科医のサイト その2
 ふうむ。なかなか、奥が深いですね。

( ※ ただし、ここに書いてある内科医の評価は、あまり信用できない気がする。「ゴミが混入、簡単に商品が壊れるという商品」というふうに記述しているが、日本の製薬会社って、そんなに粗雑なのだろうか? たとえば、武田薬品や三共製薬のジェネリック薬は、粗雑なゴミ薬なのだろうか? ジェネリック薬がそんなに粗雑なら、先発薬だって、ゴミだらけの粗雑であるはずだが。……なぜかというと、先発薬が開発されてから 20年ぐらいたって、後発薬ができるからだ。20年後の商品の方が、技術的に安定していて当然だ。「開発当初の先発薬は危険である」というのなら、まだわかるが、その逆なんて、なかなか信じがたい。……ま、中国製なら、話は別だが。しかし、武田薬品や三共製薬もまた、中国の製薬会社みたいなものなのだろうか? 薬の成分の半分が段ボール入りの肉マンでできているんでしょうか?)
( ※ なお、二流の製薬会社だと、製造過程もいい加減なこともあるだろうから、そういう場合には、問題もありそうだ。)
( ※ とはいえ、「ゴミ」とは、何のことでしょうかねえ? 注射薬ならともかく、丸薬ならば、成分の大部分は無意味なデンプンだから、99%ぐらいはゴミだらけのようなものだが。また、デンプンみたいなゴミがあったからといって、問題になるわけでもなさそうだが。まさか、毒物が入っているわけじゃあるまいし。……そういうことが絶対にないとは言えないが、それは、インチキ牛肉コロッケと同様の問題であって、ジェネリック薬一般の問題とは異なる。四流会社が少しあるとしても、だからといってジェネリック薬がみんなインチキだということにはならない。……ま、四流会社があって、四流会社の薬を処方した医師が訴えられると困る、ということならば、あるだろう。しかし、この点は、私の案では解決されている。責任を取るのは、医師ではなくて、薬局であるのだから。)

( ※ 翌日分に続く。)


● ニュースと感想  (7月19日)

 「後発薬(ジェネリック薬)の推進・補足」について。
 前日分への補足。
 前日分の話について、読者から意見が来た。興味深いので、紹介しておこう。(以下、引用。)
 「後発薬(ジェネリック薬)の推進」について、気付いたことがありましたのでメールいたしました。
 私は医療従事者ではありません。ただ長く病気に掛かっていた為、医療費の負担を下げようと後発薬を利用したことがあります。そこで体験したことと、独自で調べた範囲ですが。
 『【 追記 】 後発薬が先発薬と同じである』
 という部分で、(南堂さんの意見と同じく、本当かどうかは解りませんが)後発薬が粗雑であるという問題の他に、
 『後発薬と先発薬が全く同じではない』
 という問題も有ります。
 後発薬は先発薬の「特許の切れた部分」が同じなだけで、効果も微妙に違います。
 例えば、解熱剤の「解熱」に関する成分が同じでも、「体内への吸収を促す成分」が異なる等です。そうなると、当然効き始めるまでの時間が変わります。
 この為、殆どの医師は過去に多くの実績がある先発薬を処方しているそうです。
 但し、「後発薬が悪い」ということではありません。
 私が利用した入眠剤に関しては、先発薬より後発薬の方が体に合いました。眠るまでの時間は掛かるのですが、朝起きたときに薬が残っている感じ(眠気)が圧倒的に少なかったのです。
 ですが、安定剤に関しては後発薬は全く効かず、先発薬を利用しました。同じ病気の私の知人は、全く逆のことを言っていました。
 数人の医師に伺ったところ、人と薬の相性は比較的シビアで、医師も実際に処方してみないとわからないそうです。
 新聞記事のように中途半端な知識で「安いから推進」なんて煽られると、患者にとっても医師にとってもマイナスがあります。
 先発薬と後発薬は、効能が同じでも、実際は違う薬なんだと捉えたほうがよいと思います。
 ですので私は、患者が医療費抑制の為に後発薬を選択するのではなく、医師側が先発薬・後発薬を区別せずに、患者にあった薬を処方するのが最善なのではと思っています。
 その為には、医療従事者はもっと後発薬に関する知識が必要に有りますね。でもまあ、それが医療従事者の仕事ですから。
 因みに私の経験上、医師に後発薬での処方をお願いすると、快く処方してくれます。
 「医師が後発薬を指定する」ことのかわりに、「薬局が後発薬を指定する」ことを私は提案したが、それとは別に、上記のように「患者が後発薬を指定する」という道もあるわけだ。
 なお、読売(夕刊 2007-07-18 )の記事によると、一部のチェーン薬局では、薬局が最適の後発薬を推奨してくれるそうだ。情報公開や成分や味見やメーカー信頼度など、さまざまな点を吟味して、たくさんある後発薬の中から、最適の一つか二つを推奨する。「安かろう悪かろう」とは違って、薬局が最適のものを推奨する。……これだと、ろくに知識のない医師より、ずっといいかもしれない。
 
 ともあれ、後発薬については、いろいろと考慮すべき点があるわけだ。厚労省や政府審議会なんかより、本サイトを読む方が、ためになりそうですね。
 読売は頑張っているからいいが、朝日は遅れているから、もっと努力した方がいいですよ。

 [ 付記 ]
 なお、薬局で後発薬を提供してもらうには、あらかじめ医師が処方箋で「後発薬でもOK」というふうに、チェックマークを入れておかないといけない。で、その割合いは、20%以下であるという。(上記の読売の記事による。)
 患者が積極的に「後発薬にしてください」と医師に要求する必要があるようだ。で、そうすれば、医師は「自分のせいじゃないよ」と言い逃れることができるから、それでいいわけだ。
 だけど、患者が要求しないと駄目だ、としたら、前日分の話と同じになってしまう。当面は、(賢い患者が)そうするしかないようだが、一般的には、いちいち患者が要求しなくても済むように、何らかの形で制度化しておくべきだろう。前項参照。


● ニュースと感想  (7月20日)

 「村上ファンドへの判決」について。
 村上ファンドの村上被告への判決が出た。実刑・懲役二年。これについて、講評してみよう。

 (1) 日本の裁判所
 まず、この判決自体は、不思議ではない。有罪率99%という日本の裁判所では、「絶対確実に無実」ということを被告が証明しない限り、自動的に検察の意見が採用されて、有罪となる。たとえば、痴漢をしていない無実の人が、証拠なしに有罪になる。人殺しをしていない無実の人が、証拠なしに有罪になる。……で、何年かたってから、「そのとき被告は別の事件で刑務所に入っていた」と判明するとか、「別の真犯人が真実を暴露する」とか、特別な場合にのみ、有罪がひっくり返される。
 今回の場合は、どうか? 堀江証人が「村上被告に情報を漏らしたことはない。なぜなら、そもそも株購入の計画がまだなかった」と証言しているのだから、無罪であって当然だ。しかるに、裁判所は、「こいつは悪人だから処罰する」という方針で、処罰した。その理屈は、ほとんどメチャクチャである。「聞いちゃったのではなく、言わせたのだ」という判決理由がある。だが、これでは、有罪の理屈になっていないことを、裁判所自体が認めているのも同然だ。「法的に犯罪は犯していないが、悪人だから有罪」というわけだ。メチャクチャ。
 陪審制にでもならない限り、まともな判決が下るはずがない。裁判所と検察はグルなんだから。
( ※ なお、以上とほぼ同趣旨のことは、あちこちの人もいっているはずだ。たぶん。)

 (2) 株の購入の理由
 「聞いちゃった」ことがインサイダー取引の理由になるか否かだが、これは経済的には、論じるのも無意味である。
 そもそも村上被告が株を買ったのは「株が安値だから」である。「ライブドアが株を買うから」ではなくて、「誰が買おうが、この先、株は上がるから」である。
 インサイダー取引の要件としては、特に「ライブドアが」ということが必要となるが、村上ファンドは別の理由で株を買ったのだから、インサイダー取引にはなるはずがない。別のことが理由となる。
 ただし、「インサイダー取引の可能性が1%もないか」と言われれば、1%ぐらいはあるかもしれない。どんな経済現象だって、複数の要因が組み合わさっているものであり、純粋な因果関係で起こる現象などはないからだ。で、「1%ぐらいは違法の可能性のある要因を含む」ということで有罪になるのであれば、そりゃまあ、何だって有罪になります。
 その意味で、法的には、「有罪」という根拠はある。そして、そのやり口は、「ちょっとでも疑わしい奴はみんな有罪」という原理だ。日本の裁判所は、そういう未開発国みたいな原理で運用されているのだから、いったん検挙されれば、誰だって有罪になるわけだ。
 今の検察は、昔の特高と同じようなものです。理屈なんか、後づけで、勝手にこねあげる。狙いを付ければ、誰だって逮捕してしまう。誰だって、スネに少しは傷があるだろうから、誰だって逮捕できる。そういうこと。
 
 (3) 裏切り
 ただし、村上という人間が、まったく善意の人間かというと、そういうこともない。この人は確かに悪人である。ただし、悪人といっても、法的に悪人というより、倫理的に悪人である。
 この人の悪の根源は、「裏切り」である。ここに本質がある。
 もともとは、ライブドアといっしょに、ニッポン放送の株を共同で購入するはずだった。そのままいっしょに購入しつづけていれば、「共同の経済活動」であるから、インサイダー取引に疑われることもなかった。
 ところが、途中で方針をひるがえした。ライブドアを裏切った。「共同の経済活動」から、「ただの株取引」へと、転じてしまった。……そのせいで、結果的に、インサイダー取引と同じことになってしまった。(一応。)
 要するに、この事件の本質は、「裏切り」「心変わり」である。村上ファンドが最初から、「裏切り」を意図していたのであれば、あくまで株取引を狙っていたことになるので、(一応は)インサイダー取引をしようとしていたことになる。……しかし、そうではあるまい。最初は、「乗っ取り」のつもりだったはずだ。それがいつのまにか、「株売買」になってしまった。それだけのことだ。
 これが真相である。この真相を見ないで、「インサイダー取引としての法的違法性」というのを問うのは、あまりにも馬鹿げている。真相とは関係のないところで、「こいつはけしからんから処罰してやろう」と論じているだけだ。愚劣。無意味。
 この事件の法的違法性を問うということからして、非本質的で、馬鹿げているわけだ。

 [ 付記1 ]
 先にブルドッグソースのTOBを狙ったスティールの行為があった。スティールは、その前に、明星食品のTOBをしかけたあとで、日清食品に株を売却して、利益を得た。
 ここで、スティールは、明星食品や日清食品と話をして、何らかの話を聞いていたかもしれない。その場合、検察の方針に従えば、「インサイダー情報を得ていたので、スティールを逮捕してしまえ」ということになるだろう。……今回の村上事件を援用すれば、そういう結論になる。
 しかし、それは馬鹿げたことだ。ただの経済活動で、当初の方針とは違う結果になって、その結果、利益が出たからといって、いちいち検察が出てきて、経済活動を規制するべきではない。「スティールのやっていることはけしからん」というような理屈で、スティールの経営者を懲役二年にする、というようなことをするべきではない。そんなことをするのは、未開発国の検察だけだ。馬鹿げている。
 裁判所は今回、「聞いちゃったのではなく、言わせたのだ」と述べている。だったらこれは、(ずるい)経済活動であるにすぎない。本来のインサイダー取引とは全然違う。これをインサイダー取引と見なすのは、あまりにも拡大解釈にすぎる。

 以上のことをまとめれば、次のように結論できる。
 「検察も裁判所も、経済音痴である。それゆえ、とんでもないデタラメな判決を出す。経済音痴の素人が、法律判断だけで、経済問題について勝手にメチャクチャな判決を出す」
 ただし、これで話が済むわけでもない。次の問題がある。
 「なぜ村上被告は、反論しなかったか?」
 その問題の答えは、「彼の後ろめたさ」である。彼は完全な善人ではなかった。自分が法的に無罪であることを示すには、自分が倫理的に「裏切り」をなした悪人であることを示さなくてはならなかった。どっちみち、悪人である。……で、どうせ悪人になるのなら、法的に悪人になって懲役刑を受けるだけの方が、まだマシだ。逆に、倫理的に悪人だとなったら、日本中の人々から非難されて、日本にいられなくなる。日本中の人々から非難されるよりは、監獄に入る方がまだマシだ。何百億円という金を手に入れたのだから、そのくらいは我慢したっていいさ。……それがまあ、彼の判断であろう。
 それに、最高裁まで争ううちに、減刑されるかもしれないし、少なくとも時間をつぶすことができる。老人になってから入る刑務所ならば、老人ホームと同じようなものだから、そんなに悪くもないだろう。どっちみち似たような食事だし。

 [ 付記2 ]
 新聞にある判決要旨を見た。裁判所の経済音痴ぶりには、慄然とせざるを得ない。
 「利益至上主義はけしからん」
 「株で儲けた利益は他社の損失によって生じた」
 こんなことで有罪になるのであれば、ほとんど全員が有罪になる。
  ・ 利益至上主義である、ほとんどの企業(の経営者)。
  ・ 株で利益を出した投資家
 いずれも該当するので、ひどく非難されて、監獄にぶち込まれて当然だ、ということになる。たとえば、トヨタの社長。
 だいたい、資本主義社会の経済活動というものを、何だと思っているんだろう? あくまで利己主義でなされるのが、資本主義社会の経済活動なのだが、それを慈善事業と勘違いしているのだろうか? 
 もちろん、企業は、営利活動だけでなく、社会貢献もなすべきだ。しかし、営利活動と社会貢献活動は、別のことである。営利活動が「営利を目的としている」ということで非難されるのであれば、それはもはや社会主義と同じである。
 呆れた判決。経済音痴も極まれり。

  【 追記 】
 まとめて言おう。この事件の本質は、次のことだ。
 「当初の方針を変えて、高値で売り抜けたこと」
 もともとは「安値だから買う」(そのあとでグリーンメーラーのように高値高嶺で引き取ってもらう)という予定だった。しかし、想定外に、株価が暴騰した。そこで、当初の予定を切り替えて、市場で売却することにした。
 これは、当初の予定外のことである。したがって、「高値で売り抜けること」を規定するインサイダー取引には、根本的に該当しない。従って、誰もこれを「インサイダー取引」だとは思わなかった。少なくとも、経済というものを知っている人ならば、そうだった。
 ところが、経済音痴である検察は、経済のことなど何も知らないまま、法律的に条文を杓子定規に当てはめた。すると、本質とは別のところで、「インサイダー取引に該当する」という結論を得た。
 インサイダー取引の本質は、「高値で売却することを狙うこと」である。そのことは、本質であるが、法律の条文では規定されていなかった。仮に規定されていれば、村上ファンドは、無罪になっただろう。しかし、たまたま法律に欠陥があったせいで、物事の核心がまったく記されていなかった。かわりに、「聞いたか否か」という、副次的なことだけが規定されていた。そして、その副次的なことについては、村上ファンドはまさしく該当した。ゆえに、「有罪だ」という判断がなされた。
 つまり、経済音痴が定めた法律に基づいて、経済音痴に基づいた判決がなされた。彼らは、見当違いの副次的な法的条件に当てはまるかだけを吟味して、肝心の核心的なことについては吟味しなかった。かくて、どうでもいいことだけを吟味して、「有罪」という判決を下した。
 比喩的に言おう。「轢き逃げ殺人」という犯罪がある。ここで、愚かな法律制定者は、「轢き逃げ」ということを厳密に規定することばかりに熱中して、「殺人」ということをまともに規定しなかった。そのせいで、「猫の轢き逃げ」というものを、「轢き逃げ殺人」の犯罪者だとして検挙することにした。「この被告は、轢き逃げというあらゆる条件に合致する」と主張した。裁判官はそれを受け入れて、「有罪!」と判決した。こうして、を轢き逃げした人は、死刑もしくは懲役15年になった。
 物事の本質をはずれるというのは、こういうことだ。経済音痴の判決もまたしかり。


● ニュースと感想  (7月21日)

 「村上ファンドへの判決と陪審制」について。
 前日の続き。似たような話をする。
 とにかく、まったく、この判決には呆れる。裁判所は、「被告はいかに悪か」ということをあれこれと指摘するが、まったく無意味である。ここで言う「悪」というのは、「非倫理的」という意味だ。しかし、裁判所というのは、倫理を裁く場ではなく、法的な違法性を裁く場である。
 とすれば、「いかに悪か」ということを論じるより、「いかに違法性があるか」を論じればいい。しかし、そう論じようとすると、法的にはほとんど違法性がないので、有罪判決にできない。そこで、法的違法性よりも倫理性を持ち出して、倫理的な悪質さを批判する。
 しかし、こういうふうに倫理的な悪質さばかりを主張するのでは、裁判所として機能していないのも同然だ。中世の魔女裁判と同じで、法律違法性よりも感情だけで判決を下す。ひどいものだ。
 (で、新聞社はどうかというと、「村上がいかに悪質かがわかった」という賛同記事ばかりが出る。中世の馬鹿世論と同じ。)
 
 現代の日本は、もはや法治国家となっていない。裁判所は、法的に裁判する場ではなく、感情で善悪を批判する場になってしまっている。
 しかも、その感情というのが、市民感情からあまりにも懸け離れている。「金儲けはけしからん」というような、およそ常識から懸け離れた、異常に潔癖な基準によって、善悪を判断する。こうなると、普通の人は誰もが、有罪になるだろう。暗黒国家とも言える。(法治国家ではないので、当然だが。)

 これを是正するのは、裁判所に頼る限りは、無理だろう。では、どうすればいいか? 私としては、次の二つの案を提案する。

 (1) 裁判官を全員、罷免する。彼らは弁護士になってもらう。その一方で、長年の弁護士経験者から、裁判官を十年の任期で採用する。最高裁のみ、十五年。
 (2) 裁判官を全員、罷免する。かわりに、職業陪審員を採用する。普通のど素人を裁判員にするのではなく、ある程度の知性を持つ職業陪審員を採用する。任期は十年。採用に当たっては、試験をする。ただし、一般常識の試験のみ。任期の前に、高額の所得税を払っていた場合には、知性があるものと見なして、試験を免除する。(知性のない高所得者である野球選手や、バーの経営者も、パスさせる。そういう人は、どうせ数は少ないから、構わない。というか、そういう人は、職業陪審員になんか、なりたがらないはずだから、構わない。)

 ひるがえって、次の二つの方針は、好ましくないので、廃止する。
 (a)職業裁判官のみが終身裁判官として努める。(現状)
 (b)アマチュアの陪審員が抽選で選任される。(将来・一部)
 これはどっちもひどすぎる。特に、(a)は駄目だ、というのが、本項の前半で述べた趣旨。


● ニュースと感想  (7月21日b)

 地震の後で、火災発生があった。ここでおたおたしている問題について。
 → Open ブログ 「災害とエラー回避」


● ニュースと感想  (7月22日)

 地震の対策が後手に回ったことの根本原因。
 → Open ブログ 「前提の崩壊」


● ニュースと感想  (7月22日b)
 「プロ野球のFA短縮」について。
 プロ野球の選手会が、フリーエージェント権の短縮と、補償金の撤廃を要求しているという。
 労組・日本プロ野球選手会(宮本慎也会長=ヤクルト内野手)は20日、東京都内のホテルで臨時大会を開き、プロ野球の選手保留制度が違法だとして、日本プロ野球組織(NPB)や12球団を相手に、年内にも民事訴訟を起こすことを決めた。フリーエージェント(FA)権の取得期間短縮とFA補償金の撤廃が主な目的。
 現状の国内プロ野球では、選手が自由に移籍できるFA権を取得するには最短で9年かかる。さらにFA移籍した場合、移籍先の球団は元の所属球団に金銭または人的補償をしなければならない。米大リーグのFA権取得日数は6年間で、補償金制度はない。選手会ではこれまで、NPBとの協議などで「取得日数の長さと補償金の存在が移籍の活性化を妨げている」と主張してきた。
( → Yahoo ニュース
 何だかきれいごとを言っているようだが、その趣旨は、「別のチームに移りたい」ということではなく、「金を寄越せ」ということだ。たとえば、補償金があると、その金額の分、選手に回る金が減る。だからそれを廃止して、年俸水準を上げたい、というのが狙いだ。
 しかしねえ。現状を見るといい。プロ野球の現状は、お寒い限りだ。巨人阪神戦でさえ、テレビ中継がなされないこともある。愕然。
 現状のままでは、プロ野球はテレビから消滅してしまうだろう。そうなると、選手に高い金を払うこともなくなる。サッカーと同様で、ひところは億円単位の年俸だったが、その何分の一かに激減しそうだ。

 選手会は、別の方向を考えた方がいい。それは、「プロ野球を振興する」ということだ。現状では、プロ野球のテレビの視聴率は、どんどん低下するばかり。その理由を、よく考えた方がいい。
 裁判なんかやっている場合じゃないですよ。下手をすると、球団もろとも、破産する。


● ニュースと感想  (7月23日)
 村上ファンドの判決への追記。
 → 該当箇所


● ニュースと感想  (7月24日)
 原発があるとき突然、いきなり停止したら、どうなる? 電力不足で、社会は大混乱になりそうだ。
  → Open ブログ 「電力パニック」


● ニュースと感想  (7月25日)
 国産ステルス機を開発しようという動きがあるという。
  → Open ブログ 「国産ステルス機」


● ニュースと感想  (7月25日b)

 「ヤンキースの松井」について。
 ヤンキースの松井秀喜についての、米国人ファンの意見いろいろ。
    → ヤンキースの掲示板(英語)
 簡単に言うと、松井秀喜は一般的には、(実力の割に)あまり人気がない。他の選手の方が人気がある。……しかし、野球に詳しいファンは、そのことを嘆いている。松井がいかに立派な野球人であるかを強調しながら、素人たちがあまりにも真実を理解しないでいることを嘆く。
 ( ※ 何で紹介したかというと、これはなかなか面白くてためになるから。……ただし、野球についての詳しい知識が必要。)
 ( ※ 背景の説明。松井の成績は、6月は最悪で、打率2割以下。ファンから「クビにしろ」という声が続出。7月は逆で、米国の月間最優秀選手になりそうな勢い。ファンは称賛の声が続出。しかし、アンチ松井は、いまだにブーブー言っている。)
 ( ※ ついでに言うと、井川の評判は、先月までは史上最悪レベルの悪評。成績を取り戻したので、今では声は静まっている。一方、ヤンキースでなくレッドソックスでは、松坂の評判はずっと最高レベル。……ヤンキース・ファンは自チームの選手の悪口を言ってばかりで、レッドソックス・ファンは自チームの選手の称賛を言ってばかり。……何だか、政治みたいな面もある。)










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「泉の波立ち」
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