[付録] ニュースと感想 (116)

[ 2007.1.01 〜 2007.2.23 ]   

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● ニュースと感想  (1月01日)

 年が明けましたが、一週間ぐらいはお休みする予定です。


● ニュースと感想  (1月08日)

 すっかり怠け癖がついたので、あと一週間ぐらい、お休みします。
 どうして怠け癖がついたのか? ネット上の顔のない多数を相手に書くよりも、リアルな世界の相手と交渉する方が、ずっと楽しいからです。
 この件は、下記に記しました。
   → Open ブログ 「バーチャル愛」


● ニュースと感想  (1月10日)

 朝日の略字が正字になる。
   → Open ブログ 「朝日の略字」


● ニュースと感想  (1月16日)

 「朝日の略字2」について。
 前項の補足。
   → Open ブログ 「朝日の略字2」


● ニュースと感想  (1月17日)

 「大リーグ挑戦」について。
 今年は大リーグに挑戦する人が多く出現した。松坂・井川・岩村・桑田だ。では、これらの人々は、成功するだろうか? こう考えたとき、面白い点に気がついた。
 これまで大リーグに挑戦して成功した人の例を見ると、二つのポイントがある。
  ・ 確固とした意志の強さ
  ・ 異なる環境への適応力の高さ
 後者は、前者にも影響される。大事なのは、前者だろう。
 で、その観点から見ると、成功した人はいずれも意思がメチャクチャに強い。野茂、イチロー、松井、などだ。一方、失敗した人は、わがままタイプだ。メッツのリトル松井、ドジャースの中村ノリなどだ。この二人はどちらも金髪だったことがある。遊び半分で大リーグに挑戦したようで、「自分の実力ならメジャーなんてチョロイものさ」と思っていたのだろう。
 
 で、この観点で見直すと、松坂・井川・岩村・桑田の四人は、いずれも意思がメチャクチャに強い。野茂、イチロー、松井に、勝るとも劣らない。日本人のなかでも並はずれた意志の強さがある。この七人の姿を並べてみると、なんだか、怖くなりますね。  (^^);
 というわけで、松坂・井川・岩村・桑田の四人が成功することは、まず間違いなし。
 ま、若干の心配はあるだろう。井川の場合は、調整の問題があるので、調整してくれる人がいないと、調整を乱すかもしれない。岩村の場合は、ストライクゾーンに慣れるのに苦労しそうだ。桑田の場合は、もともと高いレベルを望めない。(その分、合格ラインも低めかな。)……とはいえ、彼らが「実力を発揮できずに失敗した」ということは、まずありえない。「日本にいれば良かったのに」と後ろ指を指されることは、まずありえない。
 この四人を、拍手で送り出したいと思う。

 みなさんも、何か学ぶべきことがあるとしたら、それは、「意志の強さ」です。「金銭欲の強さ」じゃないですよ。   (^^);

 [ 付記 ]
 巨人の小笠原はどうか? ヒゲを剃らなければ怖いが、ヒゲを剃るとかわいい。ヒゲを剃った猫みたいになるかもね。  (^^);


● ニュースと感想  (1月18日)

 「掲示板と論争」について。
   → Open ブログ 「掲示板と論争」


● ニュースと感想  (1月19日)

 「レーガノミックス」について。
 朝日新聞の匿名コラムに、レーガノミックスについて評価する良い記事があった。抜粋しよう。
レーガノミックスと俗称された供給重視政策だった。企業減税などでモノをつくる側を豊かにすれば、設備投資が増えて景気が良くなる、という考えだ。所得税減税などでモノを買う消費者を豊かにすれば、需要が増えて経済が拡大するという需要重視政策の逆である。
 しかし、減税が投資を促進するというレーガノミックスは神話に過ぎなかった。企業は減税で浮いた資金を設備投資に回さず、企業買収や金融投資などマネーゲームにつぎ込み、そこに「ホリエモン」的な若い昇進志向の強いヤッピーたちが群がり、コンピューターを駆使して「新人類相場」に踊り狂奔した。その揚げ句、87年10月19日、ニューヨーク株価は大暴落。さらに世界的な株価の連鎖暴落を誘発して国際金融市場をパニックに陥れた。悪名高きブラックマンデーだ。また設備更新を怠った米企業の国際競争力は落ち、貿易赤字が増大、減税で財政赤字も膨らみ、この時代、米国はついに債権国から債務国に転落した。
( → 経済気象台
 この話は、何を意味するか? 
 経済成長のために「減税」を、という政策にも二通りある、ということだ。  一つは、レーガノミックス。「減税」をするのだが、その「減税」の対象は、企業および富裕層である。(ブッシュの場合は富裕層。)その目的は、「経済活力の増進」を狙う供給拡大策だ。しかしながら、目的はそうでも、結果はそうならない。目的とは違って、大量の金は、設備投資には向かわず、資産投資に向かった。……これは、バブル期の日本にも当てはまるし、現在の日本にも当てはまる。
 もう一つは、南堂流。「減税」をするのだが、その「減税」の対象は、国民全体である。根源的には「タンク法」の発想だ。この「減税」によって、国民全体の「消費」を増やす。つまり、「供給」ではなく「需要」を増やす。そのことで、「生産量」を増やす。なぜなら、需要不足のとき(不景気のとき)には、不足しているのは需要であって供給ではないからだ。当り前ですね。
 比喩的に言えば、水不足の人には水を与えれば良く、栄養不足の人には栄養を与えればいい。不足していないものを過剰に与えても意味がない。水不足の人に渇いたパンを与えても食べられないし、栄養不足の人に水だけ与えてもかえって死んでしまうかもしれない。( → 水中毒で死者
 結局、「減税」をするにしても、どこに向けて減税をするかが大切だ。金の余っている企業に減税をしても無意味だが、金の足りない国民に減税をすれば有効だ。「減税ならば何でもいい」というわけではない。
 なお、私の見解はこれまで「国民向けが大事だ」と述べたが、「企業向けはダメだ」ということはあまり言及してこなかった。この言及不足のことをうまく説明したのが、上記のコラムだ。「レーガノミックスの失敗」という形で、うまく説明している。


● ニュースと感想  (1月20日)

 「日銀の利上げ見送り」について。
 日銀が利上げの見送りを決定した。では、本来ならば、利上げをするべきか否か? これについて、私の見解を示そう。
 結論から言えば、こうだ。
 「利上げしようとしまいと、どっちも無意味」
 比喩的に言おう。患者に薬を与えるとして、「この薬は改善効果があるか、改悪効果(副作用)があるか?」と医者同士が論議している。そこに私が現れて、「これはただの偽薬だから、効果は何もない。飲んでも飲まなくても同じことだ」と唱える。

 この件は、前項とも関連する。前項では、次のように述べた。(再掲)
 もう一つは、南堂流。「減税」をするのだが、その「減税」の対象は、国民全体である。根源的には「タンク法」の発想だ。この「減税」によって、国民全体の「消費」を増やす。つまり、「供給」ではなく「需要」を増やす。そのことで、「生産量」を増やす。なぜなら、需要不足のとき(不景気のとき)には、不足しているのは需要であって供給ではないからだ。当り前ですね。
 比喩的に言えば、水不足の人には水を与えれば良く、栄養不足の人には栄養を与えればいい。不足していないものを過剰に与えても意味がない。水不足の人に渇いたパンを与えても食べられないし、栄養不足の人に水だけ与えてもかえって死んでしまうかもしれない。( → 水中毒で死者 )
 結局、「減税」をするにしても、どこに向けて減税をするかが大切だ。金の余っている企業に減税をしても無意味だが、金の足りない国民に減税をすれば有効だ。「減税ならば何でもいい」というわけではない。
 ここでは、企業に与える「減税」について「無効だ」と述べている。この企業向けの「減税」と同じなのが、企業向けの「利下げ」である。企業に与える金の形が「減税」であろうが「利下げ」であろうが、どっちみち無効である。なぜなら「景気刺激のために企業に金を与える」ということが、そもそも無効だからだ。

 利下げが有効なのは、次の場合だ。
 「投資意欲が旺盛で、企業が投資したがっているのに、金利が高いせいで、なかなか投資ができない」
 こういう場合には、利下げをすることで、投資が増える。では、現状は? ゼロ同然の金利であるのに、投資は増えない。
 つまり、現状では、投資意欲は非常に小さいのだ。こういう場合には、企業の投資において利下げの及ぼす影響力は非常に小さい。つまり、利下げをしたからといって、投資がどんどん増えるわけではないのだ。
 ということは、逆に言えば、少しばかり利上げをしたからといって、企業の投資がどんどん減るということにはならない。今回、利上げをしようが利上げを見送ろうが、どっちみち企業の投資には何ら影響しない。

 「金融政策で生産量が増減する(景気が変動する)」
 というのは、マネタリズムの発想だが、それは必ずしも成立しない。生産量は、利上げや利下げに鋭敏に反応する場合もあるし、ほとんど反応しない場合もある。景気が過熱している頂点の状況ならば、かなり鋭敏に反応するが、景気のドン底に落ちているときには、金利には非常に鈍感なのだ。
 現状では、金利はゼロ同然だ。ここで、金利がコンマ以下のパーセントで上がろうが下がろうが、そんなことは投資の有無には影響しないのだ。そもそも投資意欲がドン底なのだから。

 なお、このことは、マネタリストという教条主義的な人々には理解できないだろうが、現実の経済を知っている人ならばすぐにわかるだろう。現実の経済では、次のことがある。
 たとえば、人気商品の iPod は、価格に敏感である。値段が少し下がるだけで、「ほしいけれどお小遣いが足りなかった」というような人がどんどん買うようになる。しかし、不人気商品である「豆腐のおから」や「パンの耳」は、価格に鈍感である。値段が少しぐらい上がっても下がっても、需要はほとんど増えも減りもしない。もともと「タダでもほしくない」と思われている商品ならば、30円のものを20円に値下げしても、販売量はほとんど増えないのだ。
 不況期の投資もまた同じ。「投資なんかしたくない」と思っている企業がほとんどであるときには、金利を少し上げようが下げようが、ほとんど影響はない。

 [ 付記 ]
 むしろ、「投資なんかしたくない」と思っている企業がほとんどであるのはなぜか、ということを考える方がいい。そうすれば、「消費が少ないからだ」とわかる。
 「豆腐のおから」や「パンの耳」の需要を増やしたいときには、その価格を少し上げたり下げたりするよりは、購入意欲を増やして、需要そのものを拡大すればいい。
 たとえば、納豆の売上げを大幅に増やしたいときには、納豆の価格を下げればいいのではなく、「納豆でダイエット」という嘘をテレビで放送すればいい。たちまち、日本中で納豆が売り切れで、消えてなくなる。(今、そうですね。)
 しかしまあ、こういうことがわからないなんて、マネタリストや日銀っていうのは、本当に馬鹿ですね。嘘つきテレビの方がよほど利口だ。

( ※ 「納豆でダイエット」は、嘘か本当か? 根拠は嘘だが、結果的には真実になる。というのは、肉やバタートーストなどのカロリーの多いものを食べなくなり、納豆ご飯を食べれば、カロリーが減るので、ダイエットができる。……嘘から出たまこと。というわけで、納豆を食べ続けることは、私としてはお勧めします。健康にいいのは確かです。井川なんて、納豆を食べないから、顔がむくんでいるんですよ。[これは嘘。  (^^); ])


● ニュースと感想  (1月21日)

 「略字の理由」について。
  → Open ブログ 「略字の理由」


● ニュースと感想  (1月23日)

 「漢字のトリビア」について。
 文字コードや漢字についての細かな話題。お暇な人向け。
  → Open ブログ  「康熙字典」の「熙」
  → Open ブログ  「しんにょう」


● ニュースと感想  (1月24日)

 「字形の変更」について。
 2004JISでは、字形の変更がなされたが、一部に例外がある。その例外とは何か?
  → Open ブログ  「字形の変更の例外」


● ニュースと感想  (1月24日b)

 「そのまんま東と納豆」について。
 そのまんま東と納豆の共通点は? (〜とかけて〜ととく。そのこころは?)
 それは、「マスコミの嘘報道」である。

 納豆ダイエットは、私はすぐに「嘘だ」と書いた( → 該当箇所 )。一方、新聞などのマスコミは調子に乗って「納豆でダイエット」と騒いだ。「嘘だ」と書かなかった。かと思うと、嘘だと判明したあとは、「効果なし」というふうに逆のことを言い張っている。納豆は少しは健康にいいんですけどね。「納豆は役立たずだ」なんて書いたら、納豆業者が可哀想です。マスコミは極端に走るばかり。嘘ばかり。

 そのまんま東もそうだ。「淫行」だの「暴行」だの騒いでいるが、実はこれはマスコミの捏造報道であった。正しくは本人の弁明。( → 該当サイト
 要するに、逮捕されたわけじゃない。「淫行で逮捕」ではなく、「参考人として事情聴取」であり、「暴行で逮捕」ではなく、「昔の暴行のことで脅迫されたから、ついでに暴行について書類送検・略式起訴・罰金刑」である。(逮捕ではなく任意出頭だろう。罰金刑ぐらいで逮捕されるわけがない。逃亡の恐れがないときには。)
 なのに、読売新聞(朝刊 2007-01-23 )は「傷害で逮捕」というふうに書く。調べもしないで書いているんですね。
 結局、事実でなく風評を書くばかり。かくて、風評ばかりが拡大再生産していく。


● ニュースと感想  (1月26日)

 「五つの不正経理」について。
 ライブドア関係の不正経理について。
 ライブドア以外に、次の五つの不正経理があった。一カ月ぐらい前の話の蒸し返しになるが。(一カ月ぐらい前に書こうと思った話で、メモしたまま、今日まで日が過ぎてしまった。遅れて済みません。)
  1. ミサワホーム
     …… ミサワホームの九州子会社で、不正経理があった。不正の意図は明白なので、真っ黒の犯罪。不正の内容は経理の前倒しにすぎないので、罪の大きさは小さい。(大騒ぎされた事件。)
  2. 日興コーディアル
     …… 日興コーディアル(旧名:日興證券)で、不正経理があった。不正の意図は弱いので、グレーの犯罪。不正の内容は粉飾なので、罪の大きさは大きい。また、発覚後には、組織的な隠蔽工作があったので、悪質である。(大騒ぎされた事件。)
  3. 夕張市
     …… 財政破綻した夕張市でも、不正経理があった。赤字の蓄積を黒字に見せかけるという、典型的な粉飾。不正の意図は明白なので、真っ黒の犯罪。国庫による補填などがなされるので、全国民が実害をこうむるわけだ。実害の大きさから言うと、最悪レベル。(あまり騒がれなかった事件。知らない人も多いはず。情報は、「夕張市 不正経理」で検索すると見つかる。読売・朝刊・経済面 2006-12-17 も。)
  4. 行革担当相
     …… 佐田玄一郎行革担当相の関連政治団体(今年10月解散)で、不正経理疑惑が浮上したという報道があった。(ネット上に情報多数。)
  5. NHK
     …… NHKで不適切な経理処理があり、1000件以上もあって、職員183人を処分したという。NHKの過去7年分の調査。( → Yahoo ニュース
 どれもこれも、不正経理。最後の二つは、付け足しで小物だが、最初の三つは、大物だ。似たものの類似をつけると、次のようになる。
  1. ミサワホームの子会社 …… NECの子会社
  2. 日興コーディアル …… ライブドア
  3. 夕張市 …… エンロン
 ライブドアが似ているのは、日興コーディアルだ。この場合、政府としては金融庁がらみで、行政処分で是正するつもりのようだ。実際、行政処分で是正するのが妥当だろう。そして、そのことはまた、ライブドアにも当てはまる。ライブドアと日興コーディアルを比べれば、日興コーディアルの方が罪は重い。日興コーディアルが行政処分なら、ライブドアも行政処分が当然だ。
 こういうことは、冷静に考えれば、すぐにわかることだ。にもかかわらず、マスコミはライブドアに限って、大騒ぎしている。物事を冷静に見ることができない。単に騒ぐために騒いでいるだけ。
 納豆騒ぎと同じですね。「みんなが騒いでいるから、当社も騒ぎます」というわけ。まともに検証しようとしたのは、一社(週刊朝日)だけだった。で、納豆については、冷静に検証したが、ライブドアについては、アエラの一記者ぐらいしか検証しようとしない。……腐ったマスコミ。賞味期限の切れた納豆よりも腐っている。
 なお、朝日は納豆騒ぎについて、捏造の背景を検証する、というような特集記事を出しているが、その前に、自社のデタラメの背景を検証した方がいいでしょう。ライブドア事件のとき、あんなに大騒ぎしたこと(マネーロンダリングだの、虚業だの、大犯罪だの、さんざん大騒ぎしたのに、結果は、大山鳴動ネズミ一匹)。……ここでもデタラメ報道があった、ということを検証するのが先決だ。
 過去を反省しないと、またいつか同じことを繰り返すだろう。つまりは、「政府・検察が騒いだものだけを、自社でも騒ぐ」という三下根性。


● ニュースと感想  (1月27日)

 「出産システムの崩壊」について。
 医療の場では出産システムが崩壊しつつあるようだ。妊婦は子供をまともに産めない状況にある。なぜかというと、ちょっとでも危険性のある(と疑われる)妊婦は、みんな地域の出産センターみたいなところに送られため、そこに妊婦が集中して、まともな出産ができなくなってしまう、というわけだ。(朝日・朝刊・特集 2007-01-26 )
 比喩的に言うと、一つの救命センターだけに救急患者が大量に送られると、処理能力を超えてしまうため、死者が多数に出る、というありさまだ。

 では、なぜ、こんなことになったのか? 「危険性のある手術のあとで妊婦が死んだという事件で、産婦人科医が検察に起訴される」という事件があったからだ。記事はこの件も指摘している。
 だが、指摘の程度が足りない。より根源的には、私が前に書いたことがあるので、昔の記述を一部抜粋しよう。
 たしかに、下手な医者は多いが、だからといって、こういう下手な医者をいちいち「逮捕」していったら、産婦人科はほとんどいなくなってしまうから、現状を改善するどころか、かえって悪化させてしまう。
 今回の問題は、警察の言うように、「技術が未熟ならば他の医者に転送するべきだった」ということよりも、「患者が自ら、セカンドオピニオンを聞いたりして、高度な経験ある医師のもとに行くべきだった」となる。
  ……
 ともあれ、仕事にミスがあったということぐらいで、いちいち逮捕していたら、日本中の医者の大半が逮捕されてしまって、日本から医療が消失してしまう。
  ……
 「最善の策を取らなかった」ということは、犯罪要件をなさない。また、誰もかもが最善の医療を求めたら、医療体制は破綻してしまう。
( → 2006年3月10日
 つまり、朝日の記事の内容は、昨年3月の時点で、すでに予想されている。これは私だけの意見ではなく、同様の意見を出す産婦人科医はたくさんいた。産婦人科医の団体も同趣旨の抗議していた。なのに、社会はそのことに耳を傾けなかった。そのせいで、出産システムの崩壊が、起こるべくして起こった。意外なことが起こったわけではなく、予想されたとおりのことが起こっただけだ。
 つまり、出産システムの崩壊は、社会があえて招いたのだ。一種の自殺行為である。自分で勝手に毒を飲んで、「自分が死ぬのはどうしてだろう?」と思うようなものだ。馬鹿げている。その前に「毒を飲むと死ぬから、毒を飲むな」という声があったのだから、それを聞き入れればよかったのだ。その声を聞かない方が悪い。

 では、社会はなぜ、その声を聞かなかったのか? 理由は二つある。
 一つは、マスコミがその声を報道しなかったこと。「産婦人科医が殺人を犯した」というセンセーショナルな記事ばかりを報道した。虚偽ばかりを報道して、真実を報道しなかった。(納豆騒ぎに似ている。)
 もう一つは、検察が余計なところにしゃしゃり出たこと。先の2006年3月10日には、詳しい説明してあるが、その結論をを引用すると、こうだ。
医療の方法を警察が指南するなんて、医者が逮捕の方法を警察に指南するのと同様で、馬鹿げている。
 ともあれ、以上の二つの理由(マスコミと検察の暴走)によって、社会は崩壊しつつある。これは途方もない大問題だ。日本の人口を大幅に抑制するという効果がある。ざっと見て、十万人の人口が増えなくなるというのは、十万人の人間が殺されるのと、似たようなものである。そういうことをやらかすのが、検察なのだ。
 先の2006年3月10日には、次の結論もある。
 今回の警察の介入は、ライブドア事件に対する検察の介入に、非常によく似ている。勝手に「正義」を振り回して、たまたま目立った小さな悪だけをことさら過大に騒ぎ立てて、犯罪性のないものを巨悪のようにねじまげて解釈する。そのせいで、社会を改善するどころか、かえって社会に巨大な損害をもたらす。
 一人よがりな「正義」の主張は、テロと同様なのだ。「正義」を名分に、社会を破壊する。
 このことは昨年のうちに早くも予想されていた。その予想がまさしく的中したということが、今回の朝日の記事からわかる。(ただし朝日は、そのことに気づいていない。検察とマスコミが悪の根源だということに気づいていない。無反省。単に事件の表層を撫でるだけだ。群盲 象を撫でる。)


● ニュースと感想  (1月28日)

 「ライブドア事件の行方」について。
 ライブドア事件で被告側の最終意見陳述があった。( → ライブドア・ニュース
 いろいろとあちこちの話を読むと、「弁護側に勝ち目はない」と思わざるを得ない。ライブドア事件では、検察とマスコミがとんでもない間違いを犯したが、それに輪をかけて、被告と弁護側が間違いを犯している。これじゃ、どうしようもないね。
 個別に見よう。
 ホリエモンは、次のように述べている。
堀江被告は最終意見陳述で、「検察庁は真実を明らかにしようとしているのではなく、どんなことをしても私を主犯に祭り上げて絶対に有罪にしようという強い意志を感じた」と泣きながら訴え、無罪を主張。
( → ライブドア・ニュース
 馬鹿じゃなかろうかね。被告に対して、「主犯に祭り上げて絶対に有罪にしようという強い意志」があるのは、当り前でしょう。どの裁判だって、検察はそういう態度を取る。
 なのに、いちいち文句を言っているのは、被害妄想にとらわれている阿呆ぐらいのものだ。自分が被害妄想にとらわれているから、くだらない泣き言を喚いているのだ。まったく、情けないね。「おかあちゃん。えーん、あの子が僕をいじめたんだよ。あの子が悪いんだよ、えーん」
 泣き言を言うくらいなら、検察の論理を論破すればいいのだが。勝手に泣いていなさい。……というのは皮肉のつもりだったのだが、記事を読むと、ホリエモンは本当に泣き出したらしい。馬鹿らしくて、見ていられない。

 一方、弁護士は、次のように弁論した。
 事件は検察官が作り上げた蜃気楼(しんきろう)だ――。初公判から27回に及んだ集中審理の最後に、弁護側は509ページ、約38万字を超える膨大な弁論の要旨を読み上げ、検察批判を繰り広げた。
( → Yahoo ニュース
 こっちはまた偉く尊大だ。「自分は世界一の秀才だ」とでも自惚れているのだろう。夜郎自大というべきか。
 「事件は検察官が作り上げた蜃気楼」と言ったって、現実にはこの事件はある。この事件が存在しないはずがないでしょうが。
 とにかく、現実に、何らかの経理操作はあった。あったものを「ない」と主張するのは、嘘八百である。
 ホリエモンにしたってそうだ。彼は何らかの権限があったのだし、何らかの関与もしていた。なのに、「何もしていません」「何も知りません」というのは、嘘八百である。熊谷被告が「何も知らないと言うなんて悲しい」と語ったのも当然だ。

 以上のことを離れて、考え直そう。そもそも、真実は何か? 
 まず、事件は検察官が作り上げた蜃気楼なのではない。事件そのものは事実だが、事件に対する評価が蜃気楼(錯覚)であったのだ。ここでは、「小さなものを巨大なものと勘違いする」という評価の錯覚があった。とはいえ、事実そのものがなかったわけではない。
 なのに、弁護士も被告も、事実そのものがなかったことにしようとした。つまり、真実を隠蔽して、嘘でゴマ化そうとした。
 弁護士は、「事実はなかった」というふうに、一切を否定しようとした。
 被告は、「自分は何もしていなかった、何も知らなかった」いうふうに、一切を否定しようとした。
 そのいずれも、嘘八百だ。事実は、なかったのではなく、あった。ただし、巨大な犯罪はなく、小さなグレーな犯罪もどきがあっただけだ。
 被告は、何もしていなかったわけでもなく、何も知らなかったわけでもない。よく知らずに、よくわからずに、いい加減な経営判断をした。「どうせ宮内がよく知っているのだから、自分はよくわからないけど、彼の判断にOKをした方がいいな。さもないと自分が解任されちゃうかもしれないし」と思って、いい加減にOKをした。……ここでは、何もしていなかったわけでもなく、何も知らなかったわけでもない。よく知らないまま、いい加減なことをしたのだ。

 以上をまとめてみよう。
 事実は、小さな灰色である。にもかかわらず、検察はこれを「巨大な黒」と誤認して、「巨大な黒」としての判決を求めた。これに対して、「巨大な黒というのは間違いだ。小さな灰色だ」と真実を指摘すれば、弁護側は見事に勝利を収めることができただろう。「なるほど」と誰もが納得して、「被告は無罪(または微罪)」という判決を下しただろう。しかし現実には、弁護側はそうしなかった。自ら「自分は真っ白だ」と主張した。被告はそのために偽証もした。知っていることまで知らないフリをして嘘をついた。その嘘は次々と見破られた。「偽証をした悪党」という心証が裁判官に刻まれた。そして、「偽証をしたのは、自分が悪をなしたと知っているからだ。とすれば、偽証したがゆえに、こいつは真っ黒なのだろう。ゆえに有罪」となる。
 結局、検察の論拠はすべて破綻したのだが、被告が偽証ばかりをしていたので、弁護側は自滅した。
 また、弁護側は検察の論拠を崩すことも失敗した。本当は錯覚なのに、蜃気楼だと主張した。つまり、見当違いの主張をした。これは間違いだから、検察側の論点を崩せない。
 以上を点数で評価すれば、こうなる。検察は(嘘をついたというよりは針小棒大の)誇張ばかりをしたので、マイナス20点。被告・弁護側は、何もしなければ0点なのに、ひどい偽証したことで、マイナス 80点。どっちもマイナスだが、被告・弁護側のマイナスの方が大きい。ゆえに、有罪。
 要するに、ホリエモンを有罪にした原因は、ホリエモンと弁護士にある。何もしなければまだしも、余計なことばかりをしたせいで、自分にマイナスの評価を加えてしまった。自業自得の自滅。自分で墓穴を掘ったわけ。オウンゴール。

 [ 付記 ]
 冒頭付近で引用したように、ホリエモンが泣きながら訴えたということは、彼自身、おのれの罪を自覚していることの証拠であろう。
 仮に、彼が本当に「自分は何も悪いことをしていない」と思っているのであれば、泣き出したりするはずがないでしょう。怒ったはずだ。たとえば、やってもいない痴漢の濡れ衣を着せられたら、「絶対、断固として、違うぞ」と怒り狂ったはずだ。腹立ちが収まらずに、拳を握って、目をむいて怒ったはずだ。
 現実には彼は、目を細めて泣き出した。それはおのれの罪を自覚しているからだ。「たいして悪いことをしたわけじゃないのに、こんなにひどい目に遭わされるなんて、悔しくて仕方ない」という感情に襲われて、やむにやまれず涙が出てしまったわけだ。おのれの不幸を哀れんでいるわけだ。
 ただ、ここでは、「たいして悪いことをしたわけじゃない」という本心があるのだから、その本心を正直に述べれば、まだしもだった。正直に述べずに、「何もしていません」という嘘をついたから、泣き出すハメになったのだ。
 「ライブドア・二重の虚構」を読んでおけば、こうはならなかっただろうに。書籍代の 1575円を惜しんだせいで有罪を宣告されるケチな男。ふだん本を読む癖をつけておかなかったから、こういう結果になったんですね。


● ニュースと感想  (1月29日)

 「正字を使えるか?」について。
 Vista 導入以降は正字が使えるようになる、という俗説の問題点。朝日新聞の記事のミスの指摘。
  → Open ブログ「正字を使えるか?」


● ニュースと感想  (1月30日)

 「ホリエモンと中村ノリ」について。
 ホリエモンと中村ノリを比べると、実によく似ていることに気づく。
 中村ノリは、(実績に比べて過大な)8000万円の年俸を提示されたのに、「気に食わん」と怒って、ケツをまくった。立つ鳥跡を濁すという感じで、「この球団のためには命を賭けて戦う気にはなれない」と語り、球団の顔を汚した。顔に唾を吐いたというか、顔にションベンをかけたというか。……そのあげく、あらゆる球団に嫌われて、「こいつを取ることなどまかりならぬ」という最高指令が、各球団のトップから下された。かくて、球界から追放されたような形だ。
 中村ノリを取ることは、どのチームにとってもマイナスだから、たとえ金をもらったとしても、雇用することはなさそうだ。たぶん。
 中村ノリを取る可能性のあるチームは、オリックスぐらいかな。オリックスならば、「おうようなところを見せた」という形で、世評が高まるからだ。とはいえ、その前提は、中村ノリが土下座することだ。ちょっとありえないですね。

 中村ノリとホリエモンが似ているのは、「どちらも唯我独尊だ」ということだ。「世界中で一番偉いのは自分だ」と自惚れるばかり。他人に対する敬意などは微塵もない。常に威張って、他人を見下す。他人の欠点はものすごくよく見えるが、自分の欠点はまったく見えない。……まったく、とんでもないやつだ。(南堂久史みたいだ。  (^^); )

 ホリエモンが裁判で負けると思えるのは、自分の欠点をまったく見ようとしないからだ。仮に、彼が自分の欠点を見ることができたなら、「自分は無実だ(潔白だ)」と主張することもなかっただろうし、「検察が僕をいじめようとしているんだよ、えーん」と泣き出すこともなかっただろう。
 結論。無反省の唯我独尊は身を滅ぼす。(他山の石です。私も注意しなくっちゃ。特に私は。)

 [ 付記1 ]
 じゃ、南堂久史の顔は、ホリエモンや中村ノリの顔に似ているのか? と言われれば、「いいえ、全然似ていません」と答えます。私に顔が似ているのは、たぶん、この人でしょう。
     → 次の米国大統領?若かりし日
 ええと、私は逮捕されないですよね。偽証罪で。  (^^);

 [ 付記2 ]
 その点、腰の低い人は立派ですね。そのまんま東も、知事になっても腰が低いのは立派です。田中康夫や石原慎太郎とは正反対。あとは横山ノックみたいにならないように注意すれば大丈夫。美人秘書が話題なので、ご注意あれ。

 [ 付記3 ]
 追記すると、最新ニュースでは、日本ハムが獲得をいくらか考慮しているらしい。小笠原を取られて、穴ができてしまったため。ハムの材料は豚肉ですからね。(ごめんなさい。)


● ニュースと感想  (1月31日)

 「JIS2004 のフォント」について。
 WindowsXP 用に JIS2004 のフォントが公開されてダウンロード可能だ、ということだが、アクセスが集中しているせいか、つながらない。そのせいか、利用したというニュースも報道されないし、利用者の体験もブログに見つからない。
 しばらく時間がかかるみたいですね。

 ( ※ 今日は疲れたので、これだけ。)


● ニュースと感想  (2月01日)

 「JIS2004 の破綻」について。
 JIS2004 では、正字は使えるだろうか? 「新たに正字をいっぱい使えるようになった」と思っている人が多いようだ。だが、これは正しくはない。
  → Open ブログ「JIS の破綻」

( ※ 愚かな担当者は、愚かな規格を定める。「それではいけない、沈没するぞ」と私が警告したのに、その警告を聞かないから、沈没するハメになる。……これについて私を非難するのは、逆恨みというものだ。)


● ニュースと感想  (2月01日b)

 「ライブドア問題への注釈」について。
 ライブドア問題についての私の見解については、誤解されないだろうとは思っていたのだが、けっこう誤解する人が多いらしいので、初心者向けに解説しておく。
 私は先に「ホリエモンは有罪になるだろう」と述べたが、これは、「ホリエモンを有罪にするべきだ」ということではない。私が裁判官ならば、無罪か微罪だが、現実の裁判官は有罪判決を下すだろう、という予想である。
 比喩的に言うと、私が「まもなく日本に台風が来るだろう」と予想したからといって、私が日本に台風を起こすわけではない。── 当り前ですね? なのに、そこのところを誤解している人がいるようなので、注釈しておくわけだ。
 ここで言う台風とは、何か? 「裁判官が愚かである」ということである。愚かな裁判官ならば、愚かな判決を下す。かくて、間違った判決(有罪判決)が下るだろう。それを私は予想する。が、だからといって、私が愚かな判決を是認しているわけではない。そこのところ、勘違いしないでくださいね。
 「そんなこといちいち解説しなくてもわかっている」と文句を言う人が多いだろう。だが、実は、読解力の低い読者がいるらしいので、赤子に対するように、噛んで含める解説をするわけだ。

 さらに言うなら、ホリエモンというのは、「台風がある」(愚かな裁判官が愚かな判決を下す)という状況で、その台風の中に自分から飛び込む愚か者である。どうせなら台風をよければ助かるのに、あえて台風に飛び込む。で、彼は台風のなかで沈没するだろうが、だからといって、私が彼を台風のなかで沈没させたと思うのは、間違いだ。
 私はむしろ、「こうすれば沈没しないから、こうしなさい」と彼に告げたのだ。台風の進路を教えて、台風を免れる方法を教えてあげたのだ。これほど親切な人は、私ぐらいだろう。なのにホリエモンは、私の忠告を無視した。で、だから私は、「それじゃ沈没するよ」と、今のうちに教えてあげてやるわけだ。
 ところが、愚かな人は、私を逆恨みする。ホリエモンに沈没しない方法を教えてあげた私に対して、「南堂がホリエモンを沈没させる」と非難する。
 まったく、ひどい逆恨みですね。

 ( ※ なお、文字コードの分野でも、似た理屈で私を逆恨みする人が多い。どうせなら、原因である JIS担当者を恨むべきなのだが。なのに、是正方法を示した私の方を逆恨みするわけだ。)


● ニュースと感想  (2月02日)

 「残留孤児への判決」について。
 残留孤児への保証を否定する東京地裁の判決が出た。
判決は、まず、早期帰国を実現させる義務について、「日中国交正常化前に国が施策を実行することは不可能だった」とし、国交正常化後についても、「孤児になって26年以上がたち、中国で一定の地位を得ていた」ことを理由に、早期帰国を実現させる義務は国にはなかったと判断した。
( → 読売のサイト
 判決の是非はさておいて、この判決の理由は驚くべきものだ。ひどい詭弁である。このような詭弁が許されるのであれば、日本ではどのような犯罪も可能となる。

 まず、基本としては、「国交正常化後に速やかに孤児を帰国させるべきだった」ということがある。これに要する費用は、船舶運賃ぐらいで、たいしたことはない。裁判所は「莫大な費用がかかる」というふうに述べているが、船舶運賃ぐらいはたいしたことがないのだ。
 なお、火山爆発のあった三宅島の復興では、一世帯あたり一千万円を超える巨額の公費が投じられている。ここでは、人々を「安全な地に住まわせるための費用」ではなくて、「あえて危険な地に住まわせる費用」として、金を払っているのだ。つまり、国民(孤児)を安全にしてあげるためには一円もかけず、国民(島民)を危険にするためには巨額の費用をかける。これでは、なすべきことが、逆である。狂気の沙汰だと言えよう。
( ※ これをイラク人質事件に即して言うと、「イラクにいる国民を危険な地から救い出すために費用をかける」のではなくて、「日本にいる国民を安全な地から追い出すために費用をかける」ことになる。わざわざ金を払って、あえて状況を悪化させるわけだ。つまり、狂気のためには金をかけるが、正気のためには金をかけない、というわけ。……狂気の政府と狂気の裁判所。)

 以上のことを踏まえた上で、次の二点がある。

 (1) 別々のこと
 そもそも、国が悪いことをしたことと、孤児が生きながらえていたこととは、全然別のことである。孤児が生きながらえていたことを理由に、国が悪いことをしたということは免責されない。「孤児になって26年以上がたち、中国で一定の地位を得ていた」ということを理由に、国の義務や責任は免責されないのだ。
 たとえば、あなたの財産を泥棒が盗んだとする。それでもあなたはちゃんと生きながらえている。そのことを理由に、泥棒の罪は免責される、ということはないはずだ。……なのに、そういう詭弁を述べているのが、今回の判決だ。

 (2) 生きていない
 一方、孤児が生きながらえていなければ、どうなるか? その場合は、訴えを起こすことができない。つまり、こうなる。
  ・ 生きながらえていた  → 生きながらえていたので、国に責任なし。
  ・ 生きながらえていない → 死んでしまったので、訴えを起こせない。
 これでは、どっちみち、国に責任がない、ということになる。悪をなしても、悪が免責されてしまう。
 たとえば、殺人鬼があなたに向けて拳銃をぶっ放す。あなたが生きていれば、「あなたは実質的に損をしなかった」ということで、殺人鬼は免責される。あなたが死んでしまえば、あなたは殺人鬼を訴えることができないので、やはり殺人鬼は免責される。どっちみち、殺人鬼は免責される。……そういう詭弁を述べているのが、今回の判決だ。

 結論。
 結局、こういう詭弁を使うと、多くの犯罪がやり放題になる。例。泥棒が銀行に入って金を盗もうとする。金を盗むのに成功すれば、そのまま外国にトンズラする。金を盗むのに失敗したら、「金を盗んだことにならないから犯罪にはならない」と言って釈放してもらう。……犯罪が成功すれば、逃亡可能。犯罪が失敗すれば、免責される。結局、悪のやり放題。
 これはまあ、悪魔の論理(悪魔の詭弁)である。裁判所ってのは、ひどい詭弁を弄するものだ。……この裁判官はたぶん悪魔の手下なのだろう。(人間的な常識が欠落している。人を残虐に虐げて平気でいられるなんて、頭が狂っているとしか思えない。……なお、金がない金がない、と裁判所は言うが、無駄な談合のための金なら、余るほどわんさとあるのだ。)


 [ 余談 ]
 本項と前項には、共通する点がある。「裁判官が変な判決を下す」ということだ。
 私がこう述べると、「まさか」と疑う人もいるだろう。そういう人は、「裁判官は正当な判決をするはずだ」と信じているわけだ。しかし、それはとんでもない妄想だ。裁判官なんて、もともと正当な判決をするはずがないのだ。
 実際、日本の裁判官は、政府が関わる問題については、メチャクチャな判決をすることが多い。なぜか? 彼らの原則は、「政府に逆らわないこと」であるからだ。
 政府がメチャクチャな悪をなしたときは、政府のメチャクチャな悪に対して「よろしい」とお墨付きを与えることが、日本の裁判官の常である。というのは、政府のメチャクチャな悪に対して、「それはダメだ」という判決を下すと、自分の出世に差し支えるからだ。政府が最高裁判所の裁判官を任命し、最高裁判所の裁判官が一般の裁判官を任命する。ここでは、政府に逆らわないことが、出世のコツなのだ。
 政府の問題に関する限り、裁判所はメチャクチャな判決をするのが常道である。こういう現実を理解しよう。「裁判所は公正な判断をするものだ」などと思ってはならない。ライブドア問題についても同様だ。 ¶


● ニュースと感想  (2月03日)

 「字形の変更の漏れ」について。
 正字にならずに、略字ないし誤字のまま取り残された文字がある。それは、何か? 
  → Open ブログ 「字形の変更の漏れ」


● ニュースと感想  (2月04日)

 「JIS2004 の死」について。
 「 Vista では JIS2004 が採用された」という俗説がある。しかし、Vista で採用された文字コード規格は、JIS2004ではない。Vista では、規格が JIS90( X 0208 )から JIS2004( X 0213 )に変わったのではなく、従来と同じ X 0208 という規格のなかで「字形の変更」があっただけだ。
  → Open ブログ 「JIS2004 の死」


● ニュースと感想  (2月05日)

 「漏れた 23字の用例」について。
 JIS2004 で正字に修正されていない文字 23字の用例を示す。
 ほったらかしにされているが、これらの文字は重要だ、と示すため。
  → Open ブログ 「漏れた 23字の用例」


● ニュースと感想  (2月05日b)

 「『女性は産む機械だ』という捏造記事」について。
 厚労相が「女性は産む機械だ」と発言した、ということで、マスコミは大騒ぎだ。しかしこれは、マスコミの捏造記事である。言ってもいないことを言ったと書いている。特に朝日がひどい。読売はマシで、「女性を産む機械に喩えた」と書いている。これが正しい。
 厚労相の発言そのものは、朝日夕刊 2007-01-31 に書いてあるが、口頭の言葉でごちゃごちゃしているので、文章語に書き直すと、次の通り。
 「15から50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」
( ※ なお、実際の発言では、途中の言葉が挟まっている。「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「機械って言ってごめんなさいね」と。ま、それは釈明であるから、話の本筋とは関係ない。)
 
 上記の発言を、わかりやすく私が書き直すと、こうなる。
 「女性を『産む機械』にたとえると、装置の数は決まっている。(だから……だと思う)」
 ここでは、「女性は産む機械だ」という発言はないのだ。なのに、ありもしない発言をあったと書くのは、捏造である。

 どこがどう問題なのか、わかりにくいだろうから、次の形に書き換える。
 「彼女はバラのように美しい」→「人間を植物だと見なすのはけしからん!」
 「亥年ですから猪突猛進で頑張りましょう」→「人間をイノシシだと見なすのはけしからん!」
 要するに、比喩を比喩として理解できないわけだ。「AはBのようだ」と書いた場合、「A = B」は成立しない。「A ≒ B」が一面だけで成立するだけで、原則としては「A ≠ B」である。
 つまり、「女性を産む機械に喩えると」という比喩表現は、「女性は産む機械(そのもの)ではない」ということを前提とした発言である。さもないと、比喩にならない。(仮に比喩でなくて平叙表現だとしたら、この発言者は狂人であるから、非難されるよりは「狂人はかわいそうに」と同情されるべきだ。)

 まとめて言おう。今回の問題で狂っているのは、厚労相ではなくて、ありもしない発言をあると信じているマスコミである。「彼女はバラのように美しい」という言葉を聞いて、「彼女はバラだ」と聞き違えて理解するマスコミである。耳では「彼女はバラのように美しい」と聞いたのに、頭では「彼女はバラだ」と聞く。勝手に発言を歪めて理解する。まさしく、狂っている。
 仮に狂っているのでないとすれば、文章読解力が著しく低い。比喩を比喩として理解する能力に欠けている。小学校一年生よりも低く、幼稚園レベルである。(もっと低いかも。)そういう幼稚なマスコミ連中が、今回の狂想曲を奏でているのだ。
 この「狂想曲を奏でている」のは、比喩表現であるが、マスコミの人は、理解できるだろうか? 「おれたちは何も演奏していないぞ」と文句を言うだろうか? たぶん、そうでしょうね。

 [ 付記1 ]
 本項では、文章読解の問題を述べた。一方、政治的な問題もある。これについては、どう理解するべきか? 
 婦人擁護団体などは、「女性を機械扱いするのはけしからん」と言うかもしれない。それはそれで、ある程度は妥当である。ただし、文句の言い方を間違えないようにしよう。
 厚労相が女性を「産む機械」に喩えたという、その発想そのものは好ましくない。ゆえに、「女性を機械扱いするような比喩を言うのはけしからん」と批判するのは、妥当である。
 しかし、「『女性は機械だ』と発言したのはけしからん」と批判するのは、ありもしない事実をあったと見なすことなので、ただの妄想に基づいた批判にすぎない。これについては、厚労相を批判するよりは、自分の頭を批判するべきだ。
 比喩的に言おう。気違いが妄想して、「周囲の人々がおれを殺そうとするのはけしからん」と被害妄想をしたとしよう。この場合、悪いのは、周囲の人々ではなくて、妄想をしている気違いの方だ。
 「『女性は機械だ』と発言したのはけしからん」という批判も、また同様。悪いのは、そんな発言をしていない厚労相ではなく、気違いマスコミだ。

 [ 付記2 ]
 なお、私としては、厚労相は辞任した方がいいとは思う。ただし、その理由は、今回の発言の「産む機械」という失言ではなくて、後段の「あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」という発言の方だ。
 少子化の対策は、一人一人の個人が何かをすればいいのではなく、政府が何かをすればいい。そのことは、フランスで出生率が急上昇したのを見てもわかる。
 ある一人についてならば、その一人が頑張ればいい、と言える。(正確には、夫婦込みで、二人が頑張ればいい、となるが。この点でも厚労相は不見識。)
 ただし、一人ではなく国全体についてマクロ的に考えるならば、一人一人が努力すればいいのではなく、国全体の施策が必要となる。経済でも同様だ。ある一企業が業績改善するためには、その一企業が頑張ればいいが、日本全体の企業が業績改善するためには、マクロ政策が必要となる。……「一人一人が頑張れば全体もよくなる」という市場原理主義(神の見えざる手)は成立しないのだ。むしろ、「一人一人が頑張れば全体が悪化する」という「合成の誤謬」が成立しそうだ。
 厚労相の難点は、こういう基本認識にあるのであって、比喩的な発言の方にあるのではない。言葉の良し悪しという表面的なことが問題なのではなくて、少子化対策の基本という核心的なことが問題なのだ。
 マスコミは、表面的な言葉だけをあげつらっているから、本質が見えずにいる。

 [ 付記3 ]
 最近、話題になっているものとして、産婦人科医の不足と、助産婦の不足がある。これらのせいで、出産が困難になっている。厚労相がやるべきは、こういう状況の改善だ。「一人一人が頑張れ」なんて述べているところからして、大臣失格。
 で、この点を突かずに、男女差別の問題にしているマスコミも失格だし、言葉尻をとらえて失言騒ぎにして審議拒否している野党も失格。……妊婦が泣くよ。

 [ 余談 ]
 日本テレビの女子アナウンサーである大杉君枝さんが亡くなった。結婚前は鈴木君恵という名だった美人女子アナだ。自殺したらしいが、理由は「線維筋痛症」という難病のため。高齢出産が理由で、発病したらしい。地獄責めの苦痛だとも言われる。
 出産というのは実に危険なものであって、死ぬこともあるし、体をこわすこともある。女性は自分の命を削って、次の命を生み出す。単なる「産む機械」ではない。自分を代償としてまで産み出そうとする、崇高な存在なのだ。
 似た例は、鮭がある。鮭は散乱のために川を遡上する。最後に、受精を終えると、まもなく、オスもメスもボロボロになって死んでしまう。産卵のために(次世代のために)自己をボロボロにして死んでしまうわけだ。……これを「産む機械」と言えるだろうか? 
 女性を「産む機械」と喩えることは、女性蔑視になっているというよりは、生命蔑視になっている。女性への蔑視があるというより、生命への敬意が足りない。これを男女差別の問題として扱うのは、認識が足りない。鮭であれ、人間であれ、生命の誕生というのは、とても大切なことだ。そのことゆえに、あなたもまたこの世に誕生したからだ。
 「産む機械」に喩えた大臣は、自分もまた「産む機械」から誕生した、とでも思っているのだろうか? とんでもない誤認だ。そして、そのとんでもない誤認は、大臣を批判するマスコミもまた同様である。ここでは、女性を侮辱していることが問題だというより、生命誕生の行為を侮辱していることが問題なのだ。そして、生命誕生の行為を侮辱するような人物が厚労相をやっている、ということが問題なのだ。
 なお、厚労相が女性差別をしたというのなら、たいして問題ではない。それは社会的な男女差別の問題にすぎないから、そのくらいのことで大臣を辞める必要はない。なぜなら厚労相の職務とはさして関係ないからだ。どちらかと言えば、一般の民間企業の方が、はるかに悪質であろう。公務員は一応、男女差別がないが、民間企業には、男女差別がある。マスコミだって同様だ。産休が整っているマスコミがどのくらいあるというのか? そもそも、ふだんから、女性差別みたいな興味本位のセミヌードを掲げている週刊誌やテレビ番組が多い。どの面下げて、他人の女性差別を批判できるというのか。


● ニュースと感想  (2月06日)

 「表面と本質」について。
 前項の[ 付記2 ]では、「物事の本質を見抜け」という話をした。このことから、教訓を得よう。
 何事であれ、表面よりも核心を知ることが大事だ。なのに人は、表面ばかりにとらわれて、本質を見失いがちだ。しかし本当は、目先にある目立つものばかりにとらわれず、見えないものを見るようにすることこそ、大切だ。
 その一例が前項だ。「産む機械」という言葉を聞いて、その言葉にダボハゼのごとく食らいつくのは、愚かなことである。

 ついでに言えば、ホリエモンも同様だ。彼は自分が無罪になることばかりにとらわれている。しかしそれは目先の餌にすぎない。そんなものに食らい好くべきではないのだ。彼が本当にめざすべきことは、自分の無罪ではなくて、ライブドアの救済である。自分が刑務所に入らなければいいのではない。ライブドアという会社を元通りに再生することが大切なのだ。そして、そのためには、自分が刑務所に入ることすら覚悟するべきなのだ。たとえば、こう語る。
 「私はたしかに、よくわからないまま、承認の経営判断をしました。その意味で、間違った経営判断をしました。ここには経営責任があります。犯意らしい犯意はなくとも、経営責任があります。決して無実ではありません。それが罪であるとするならば、私は潔く刑務所に入ります。しかし、私の責任は、私の愚かさにあるのです。私の犯意にあるのではありません。したがって経営者のミスによる問題があるだけで、ライブドアという会社そのものは何ら問題がありません。株価が急落する必要もありません。株価は維持されるべきだし、会社も維持されるべきです」
 こう語り、会社と株主の全員を救うべきだった。自分を犠牲にして、他の全員を救うべきだった。
 しかるに彼は、そうしなかった。自分を救うことだけを考えて、他の全員を犠牲にした。会社の経営はガタガタになり、会社は切り売りされ、株も外資に乗っ取られたような形になった。株主は株を売るに売れないありさまになった。自分自身、株の価値をなくして、大損した。

 これは、村上ファンドの村上とは、正反対だ。村上は自分の有罪をほんの一時的に認めた。「悪いのはみんな私です。他の人やファンドは悪くありません」と他人を擁護した。そうすることで、ファンドの関係者および出資者の全員を救った。……これが賢明なやり方だ。
 二人には、明確な差がある。なぜか? 村上は物事の本質を見抜いたことだ。村上は、自分の表面的な名誉を犠牲にすることで、実質的なものを救った。そこが、目先のことばかりにとらわれるホリエモンとの違いだ。もちろん、結果も大違い。世間は村上を批判したが、出資者や社員で村上を恨んでいる人は、一人もいないだろう。むしろ「自分一人を犠牲にしてくれてありがとう」と村上に感謝しているだろう。
 彼は、うまく検察とマスコミをだますことで、組織の実質を救った。狡猾で利口な人は、なすべきことを知っている。善良で愚鈍な人は、なすべきことを知らない。

 ホリエモンは、刑務所に入るのを恐れたが、留置場に三カ月も入った。村上は、刑務所に入るのを恐れなかったが、留置場に入っても、すぐに出た。要領がいいですね。  (^^);


● ニュースと感想  (2月06日b)

 「23字以外の9字」について。
 JIS2004 で正字に修正されていない文字 23字ではないもの( 32字中の9字)について説明する。簡単に言えば、「フォントごとに異なる。正字に修正されている文字も、そうでない文字もある。フォントしだい」ということ。……ま、どうでもいい話。
  → Open ブログ 「23字以外の9字」


● ニュースと感想  (2月06日c)

 「ライブドアニュースの廃止」について。
 2月06日(前々項)の話を書いたあとで、新しい話を聞いたので、急遽、書き加えておく。
 ライブドアニュースというニュースサイトが廃止されるという。
   → 該当サイト (他にも検索で見つかる。雑誌記事にもある。)

 けっこう有益だったんですけどね。残念。
 ホリエモンのあとを継いだ社長は、ライブドアを解体することに邁進しているようだ。で、最後に残るのは? 弥生会計だけでしょう。

 [ 付記 ]
 ライブドア問題については、後述の ¶ の箇所に一段落を加筆した。特に読む必要はないが。
  → 該当箇所


● ニュースと感想  (2月07日)

 「機種依存文字の可否」について。
 丸数字やローマ数字などの機種依存文字は、JIS2004 に規定されている文字だ。しかも、シフトJISで符号化されている。では、これらの文字は、今後はおおっぴらに使ってもいいのか? 
  → Open ブログ 「機種依存文字の可否」


● ニュースと感想  (2月08日)

 「文字使用の指針1」について。
 文字使用の指針を示す。
 「どの文字を使ってよいか?」「どの文字を使ってはいけないか?」という観点からして、2007年以降ではどうなったかを示す。(初心者向けにわかりやすく。)
   → Open ブログ
  ※ 重要な話です。使ってよい文字と使って悪い文字を理解する必要があるので。


● ニュースと感想  (2月08日b)

 「『あるある』にないもの」について。
 捏造番組の「あるある」について検証する記事が出ている。番組の制作をした末端の話ばかりが出ているが、どれもこれもピンボケである。誰がどんな仕方で捏造をしたかが問題なのではない。捏造をさせる仕組みそのものが問題なのだ。
 今回、捏造がバレて、どうなったか? 制作担当者は処分されたが、捏造番組を放送したテレビ局は変善として被害者ヅラをしている。彼らは、捏造番組で、損するどころか、大儲けをした。嘘をついて高視聴率を稼いで多額の広告料金を得たが、捏造が発覚されたあとも何らペナルティが科せられない。
 しかし、将来の捏造を防ぐためには、ペナルティが必要となる。今回の捏造番組では、放送した放送局自体がペナルティを課せられるべきだ。たとえば、一カ月間の営業停止。といっても、番組を放送禁止をするのは弊害があるから、CMだけを放送禁止にする。これで放送局は干上がる。で、「もう二度とこんなことはないように」と、下請けの捏造に目を光らせるようになる。……これがあるべき姿だ。
 現実には、そうなっていない。これでは、悪のやり得だ。表では「ごめんなさい」と謝って、裏では「ここまでバレずに大儲けできたぞ。しめしめ」とほくそ笑む。それがフジテレビだ。(会長は日枝。ライブドア事件で有名。)
 フジテレビは金儲けが上手ですね。国民をだまして手玉に取るのも。


● ニュースと感想  (2月09日)

 「ニュース・クリップ
 特に感想はないのだが、ニュースのクリップを二件。

  (1) MSのフォント
 正字体のフォントがいよいよ公開された。
   → MSのサイト
 だけど、使ってみたら、困ったことも発生した。「MS Pゴシック」というプロポーショナルフォントは、文字の幅がかなり大きくなっている。見なす區なったとも言えるが、そのせいで、ブログのレイアウトが崩れてしまう結果になった。
 たとえば、私の Open ブログ は、800×600 ドット表示のとき、本文が下方に落ちてしまう。レイアウト崩れ。MS-IE を使った場合には、だが。
 困ったことである。そのうち css を直す必要があるな。とんだ弊害。

 (2) 学歴詐称
 学歴詐称は犯罪にはならないらしい。
あの東大医学部卒ソープ嬢がアダ…超高級店摘発
ホントに東大卒? 捜査関係者は苦笑

 逮捕事実にもなった……案件は、「東大医学部卒」と銘打ち、写真週刊誌「FLASH」にインタビューとヌード写真で2度にわたって登場した藤花嬢……
 関係者は「……特に『東大医学部卒』と雑誌に紹介されてからは『本当に東大生なの』という問い合わせが相次ぎ、週5回の出勤日はすべて予約で埋まるほどの大人気だった」と証言する。
 昨年、夕刊フジは藤花嬢が本当に東大医学部卒だったかどうかを取材、「グレー」と判断したが、この件について捜査関係者は、「医学系の専門学校を出たと聞いている。容疑者ではないので、本当に東大を出たかは確認していない。例え『東大卒』がウソでも、それをうたって客を集めたとしてもただの宣伝文句で、問題はない」と苦笑していた。
 ZAKZAK 2007/02/08
( → ZAKZAK
 「へえ、そうなの」という感想が浮かぶ。学歴詐称は犯罪にはならないんですね。が、まあ、それだけ。
 もっとも、年齢詐称(鯖読み)なら、女なら誰でもやっているだろうが。

 ※ お。MSの新フォントにしたあとは、「鯖」の字が正字体になっているぞ。気持ちいい。 (^^)


● ニュースと感想  (2月10日)

 「マスコミのデータ操作」について。
 マスコミのデータ操作について、ちょっとした話題が上がっている。
  → 高木浩光のサイト その1その2
 棒線グラフの下の方を足切りして、上の方だけを見て、変動を過度に誇張している、という話。
 ま、マスコミではよくある誇張である。こういうのは、よくある話なので、「ふーん」と思っただけだったが、ちょっとした感想があるので、列挙する。

 (1) 反発
 最初に驚いたのは、これを「よくあるペテン」と理解しないで、「ペテンじゃないぞ」と反発する人がけっこういた、という話。「増えるのは増えるんだから、間違いじゃないぞ」というわけ。
 しかし、それは問題を見誤っている。問題は、「都合のいいデータを虫食いしていること」と「誇張していること」だ。その根っこには、「自分の都合によいデータだけを勝手に採用する」というご都合主義がある。これは、「あるある」と同じ。
 で、そういう愚かな人のために、高木浩光氏ご本人が鋭い反撃を加えている。それは、上記ページを見ればわかる。

 (2) 用語
 とはいえ、やはり、この手の問題は「誇張」「歪曲」と見るのが正しい。「捏造」というのは、ちょっといいすぎだ、という感じ。
 最近は「捏造」という用語がはやっているが、悪のりの嫌いがある。「誇張」「歪曲」と呼ぶべきでしょう。
 で、そういうふうに呼べば、マスコミの体質もまたよくわかる。まさしく「誇張」「歪曲」こそ、マスコミの体質である。それはまた「視聴率獲得」ともほとんど同義。
 これを「捏造」と呼ぶのは、ちょっとまずい。
 なお、私も (2月05日b) の箇所で「捏造」という言葉を使っているが、ここでは、「言ってもいないことを言ったと書いている」というふうに表現している。「捏造」という言葉は、こういう場合に使う。ま、ただの国語の問題ですけどね。

 (3) もっとひどい例
 どうせなら、もっとひどい例がある。
 だいたい、生活番組なんか、数字よりもあくまで印象で語るものであるから、「増えた、減った」というふうに二分法で考えることしかできないものなのだ。頭がデジタル。特に、1ビット・デジタル。
 こういう1ビットCPU並みの頭しかない連中のことなど、初めから相手にしない方がよろしい。どうせ文学部出なんだろうし。数字のことなんか、最初からわからないし、定量的に考えることなんて、とても無理なんだろう。たぶん、私大文学部出だから。
 それよりは、数字を商売にしている、経済学部出のいる経済面を相手にした方がいい。経済面で数字のペテンをすると、とんでもないことになる。
 一番ひどいのは、「増減比」というやつだ。「前年度比の伸び率」というやつ。
 例。
        \  A社    B社    C社
 01年の利益  100億円  1億円   0円
 02年の利益  200億円  5億円   10円
────────────────────────
  前年度比   200%    500%   ∞

 比率だけ見ると、
   A社 < B社 < C社
 となる。だが、こんな比較は、何の意味もない。
 絶対額で見ると、
        \  A社    B社    C社
 01年の利益  100億円  1億円   0円
 02年の利益  200億円  5億円   10円
────────────────────────
  前年度差  +100億円  +4億円  +10円

 差額を比べて、
   A社 > B社 > C社
 となる。こちらならば、意味がある。

 なお、正解を言おう。絶対額の差額を見るのもいいが、実は、相対額の伸びを見ることも可能だ。ただし、相対額の伸びを見るときには、「前年度比の%」ではなくて、「売上高比の利益率のポイントの増減」を見る。たとえば、「利益率が1%から5%へと4ポイント上がった」というふうに。こういう数字ならば、意味がある。
 一方、「前年度比の伸び率」というのを見るのは、まったく無意味である。たとえば、前年度に赤字の企業が、今年度に黒字になると、伸び率はマイナスだ。また、前年度に赤字の企業が、赤字を倍増させると、伸び率はプラスだ。
 利益について「前年度比の伸び率」というのを見るのは、経済数値としてはまったく無意味である。にもかかわらず、朝日新聞の経済面には、こういう馬鹿げた数値がしばしば掲載される。
 こういうのを堂々と記事にしている連中は、頭が1ビットであるわけではないが、頭にバグがあるのだ。ずっと修正されないバグ。こういうバグを指摘してあげましょう。

( ※ 高木さんのことを批判しているわけじゃないので、念のため。相手のテレビ局がもともと文系の馬鹿なんだから、馬鹿をまともに非難するのもね、という感じ。どちらかと言えば、馬鹿を馬鹿と理解できないでマスコミをそっくり信じる人がいることの方が驚き。高木さんのサイトを見る人は、理系の人が多いはずなんだが、これじゃ、先が思いやられる。文系の人が数字馬鹿なのは仕方ないが、理系にも数字馬鹿が増えているんでしょうかね? ……だからプログラムにバグが多いのか? )


● ニュースと感想  (2月11日)

 「円安の是正」について。
 久しぶりに経済の話題。米国の議員が、円安を是正するようにと、米政府に求めた。
 ランゲル下院歳入委員長ら下院民主党の有力議員4人が、ヘンリー・ポールソン米財務長官に対し、円安是正を求めて日本政府に圧力をかけるよう求める書簡を送っていた。……円安で日本車の輸入が急増している現状を指摘し、円安はこれまで行われた巨額の円売り介入の影響と低金利政策の反映だとして「円は自由な市場で価格決定されていないことは明らか」と断定した。……日本が外貨準備で保有するドルとユーロを売却し、円高に誘導するよう求めた。
( → Yahoo ニュース
 円安だという認識は正しいのだが、原因と対策が正しくない。
 円安だという認識については、「日本政府は為替介入していないから円安ではない」という米国政府の反論があった。しかし、これは正しくない。なぜなら、日本政府は為替介入していないが、財務省や日銀あたりが米国政府の国債をどんどん買っているので、実質的には為替介入しているのと同じことになっているからだ。
 じゃ、どうすればいいかというと、米国政府の国債を買わなければいい。その点は、上記の議員の見解と同じだ。では、国債を買わないで、その分の金を、どうするか? 次の3通りがある。
  ・ ユーロを買う
  ・ 中国の元を買う
  ・ 外貨を買わない (= 円のままにする = 日本国債を買う)
 ま、どれでもいいんですけどね。最後の「日本国債を買う」というのは、ちょっと無理でしょう。ただでさえ買いオペが進んでいる(資金がだぶついてみんなが日本国債を買いすぎている)ので、ドカンと買えるほどの日本国債は残っていない。ない物を買うわけには行かない。強いて買うとしたら、百円の日本国債を百二十円ぐらいで買うことになる。利息はマイナス(!)になる。メチャクチャな状態だ。
 というわけで、ユーロか元を買うことになるが、ま、そのどっちでもいいでしょう。常識的にはユーロを買うべき。中国元への切り上げ圧力を狙うなら、元を買うべき。これも一つの案だ。ただし中国と喧嘩することになる。
 とりあえずは、米国国債を買うのはもうやめましょう。米国国債を全部売却すると大変だが、これ以上は買わないことんすればいい。そうすれば、円安は収まる。
 で、どうなるか? トヨタやキヤノンのボロ儲けがなくなり、一方、国民は円高のおかげで物価低下の恩恵を得る。たとえば、ガソリン価格が下がったり、肉が安くなったりする。
 で、それは、実現するか? 国民のためになる政策だから、たぶん、実現は無理でしょう。自民党政府は、国民のためにあるんじゃなくて、トヨタやキヤノンのためにあるんだから。国民よりは、経団連会長の方が偉いんです。


● ニュースと感想  (2月12日)

 「円安の是正2」について。
 前項の補足。舌足らずの点があったので。
 ドルを売ってユーロを買っても、それ自体では外貨の間でバランスを調整するだけであって、円自体が外貨全体に対して円高または円安になるということはない。だから、前項のことは、理論的には円への調整の効果はない。
 ただし、理論と現実とは食い違う。実際の相場は身が影響する。それは、「円とドルの相場ばかりを見る」ということだ。
 現状では、ドルばかりを見ているから、1ドル=110円ぐらいで相場は安定しているように見える。しかし本当は、ユーロがどんどん高くなっていて、ユーロとの間でどんどん円安になっているから、円は外貨全体に対して円安になっている。これが真相だ。なのに、ドルとの間の相場ばかりを見ているから、円安になっていることに気づかない。相場が安定しているように見える。
 そこで、真相を暴露して、正しい方向に進むようにする。では、正しい方向とは?
 まず、ドルとユーロとの比率は、現状のまま変わらない。それでいて、円安全体を是正する。すると、現状の「1ドル=110円、1ユーロ=150円」から、「1ドル=90円、1ユーロ=120円」ぐらいになる。これが、あるべき姿だ。
 ただし、これは、円とドルの比率だけを見ていると、すごい円高に見える。しかし、これは、円が高いというよりは、ドルが安くなっているだけなのだ。ドルが弱体化しているから、円とドルの比率では円が高くなるように見える。しかしそれは、円高ではなくて、ただのドル安である。そういうドル安は、あるがままに是認するべきだ。
 なのに現状は、円とドルの比率だけを見て、ドルとの相場を固定しようという政策判断が働く。そのせいで、ドルの弱体化といっしょに、円までも弱体化する。かくて、現実にはふさわしくないような円安になる。
 これを是正して、ドル安を放置し、円は円で「ユーロとドルの中間」ぐらいの相場にするべきだ。ドル安も放置し、ユーロ高も放置し、そのどちらでもないようにするべきだ。
 しかるに現状は、円はドルに釣られて、いっしょに下がっているが。で、こういうふにおかしくなっている状況から目を覚ますために、「ドルばかりを見る」「ドルばかりを買う」という政策をやめて、「ドルとユーロを見る」「ドルとユーロを買う」という政策を取るべきなのだ。
 「ドルを買わずにユーロを買う」というのは、それ自体では、ドル安・ユーロ高をもたらす効果がある。しかし、そんなことは、どうでもいい。それよりは、人間の見る目を改める方が、ずっと重要だ。ドルばかりを見ている限りは、現実の異常さに気づかない。ここでは市場原理による是正は働かない。「多くの人が馬鹿なことをする」と思われているときには、いっしょに馬鹿なことをした人が勝ち、正気のことをした人は負ける。ケインズの美人投票と同じ。こういうときには、一人一人が正しいことをすればいいのではなく、全員が目を覚ますことが必要だ。「各人にとって最善の行動は何か?」と考えるよりは、「全員の錯覚をほどく」ことをめざすべきだ。

 [ 付記 ]
 「通貨当局は介入していないから現状でもよい」という趣旨のことを、IMFの理事が発言した。( → 朝日のサイト
 そりゃ、ないでしょう。前項の話を見ればわかるとおり、米国国債を大幅に買っている。それは実質的には為替介入と同じだ。ちなみに、米国国債を買うのをやめて、日本国債を買えば(または現金のままもっていれば)、急速に円高が進む。それが正常な姿だ。
 解説すると、米国国債を買うときには、手持ちの円を売ってドルを買う。円売り・ドル買い。円安介入と同じ。ここでは、円安の方向に為替介入しているのと同じ効果がある。
 米国国債を買うのをやめたらどうなるか、ということぐらい、考えてから発言してほしいですね。


● ニュースと感想  (2月13日)

 「グラフと思考」について。
 2月10日 に、グラフの歪曲の話をしたが、その続報。同じ 高木浩光のサイト に、後日談が出ている。こういう歪曲があると知っていたかどうか、というアンケートの結果。
 その最後に、本人が「これらから何が読み取られるだろうか」と、ご丁寧に書いている(引っかけようとしてる?)から、私が注釈しておこう。

 Q(問題) 一般に、グラフからは、何を読み取るべきか?
 A(正解) グラフからは、何も読み取ってはいけない。

 しばしばあるのは、折れ線グラフを見て、「上昇しているから、このまま上昇するだろう」「下落しているから、このまま下落するだろう」という推量。外挿法とも言える。これで株をやると、たいてい損をする。馬鹿げているのだが、政府もしばしばやる。たとえば、「出生率はどんどん低下しているから、数年後にはこのくらいの水準まで低下するだろう」というふうに。ところが一転して、先日は「出生率が上がった」というデータが出た。  (^^);

 グラフというものは、見てわかりやすいが、ただそれだけである。大事なのは、数字そのものであって、数字を視覚化してわかりやすくする、という意味だけが、グラフにはある。で、グラフは、しょせんはデータそのものであるから、そこには何も意味はない。グラフ自体は事実であって、どんな意味ももたない。意味があるように見えるとしたら、それは、見た人がそういう判断をする、というだけのことだ。
 つまり、何かがわかるとしたら、それは、事実そのものに付随しているのではなくて、事実をどう認識するかという各人の判断で各人ごとにわかるだけだ。
 グラフを見て、それだけで何かがわかった気になってはいけない。グラフを見た後で、いかに考えるか、ということが大事なのだ。「何が読み取れるか」が大事なのではなく、「何を読み取るか」が大事なのだ。グラフを穴のあくほど見つめても、何かがわかるわけではない。グラフを見たあと、頭で何を考えるかが大事なのだ。いかに見るかが大事なのではなく、いかに考えるかが大事なのだ。

 同じ事実を見ても、異なる認識ができる。阿呆は阿呆の事実を見出し、賢人は賢人の事実を見出す。どう認識するかは、各人しだいであって、各人の認識は事実そのものとは異なる。
 典型的なのが、地球温暖化だ。データからは、何らかのことがわかる。それをどう認識するかは、各人によって異なる。
  ・ 悲観派 …… 「このままだと地球温暖化で地球は破滅する」
  ・ 楽観派 …… 「データは曖昧だから地球温暖化が来るとは言えない」
 ま、どう認識するかは、各人しだいである。データそのものは、どちらにも読み取れる。あとは、どう判断するか、という問題だ。

 ただし、ここで、詭弁を弄する人もいる。「地球温暖化は科学的に検証されたわけではない」と。
 当り前でしょうが。科学的に検証されたとしたら、そのときにはもはや手遅れである。「手遅れになる前に何とかせよ」ということが議論になっているときに、「まだ手遅れになっていないから、このままでいい」というふうに論じる。これは論理的な倒錯であり、詭弁である。
 例。「あなたが青酸カリを飲むと、あなたは死ぬだろう」と私が言ったとしよう。それは、本当かどうか、科学的に検証されていない。で、「科学的に検証されていないから、それが真実だとは言えない」と思って、あなたは青酸カリを飲む。すると、たぶん、あなたは死ぬはずだ。で、あなたが死んだあとで、私の主張が正しかったと判明する。で、あなたが死んだあとで、あなたは「やはり南堂の言うことを信じればよかった」と思う。……そんなことって、あるんですかね?
 地球の運命であれ、あなたの生命であれ、その危険性が科学的に検証されたあとでは、もはや手遅れなのである。手遅れになってからでは遅いのだ。

 馬鹿げている? 馬鹿げていますね。ただし、馬鹿げているのは、私の頭じゃない。「地球温暖化なんて検証されていないから安全だ」と騒いでいる連中だ。
 あと、もう一つ。JISの規格を定めた連流だ。「南堂の主張が正しいとは検証されていない(ゆえに間違っている)」と主張して、メチャクチャな JIS2004 を策定した。で、今になって、JIS2004 の破綻が判明した。このときになって、「7年前に南堂のいうことを聞いておけばよかった」と思っても、もはや手遅れなのである。

 結論。馬鹿は死ななきゃ治らない。で、死んでからなら治るかというと、やはり馬鹿を治すことはできない。地球温暖化もそうだし、 JIS2004 もそう。
( 参考 → Open ブログ「JISの破綻」

 [ 付記 ]
 グラフとの関連で言えば、こういうこと(上記)を理解しない人が増えている。なぜか? 「エクセルによるグラフ化の方法」なんていう馬鹿げたことを仕事だと思う人が、やたらと増えているからだ。数値をグラフ化しても、それ自体は何の意味もない。単に見やすくしただけだ。大事なのは、その数値ないしグラフから、いかに情報を引き出すかだ。
 たとえば、自動車販売のグラフを作ったとしよう。そのグラフをいくらきれいに書いてプレゼンで訴えても、それ自体には何の意味もない。大切なのは、そこから隠された秘密情報を引き出すということだ。そして、そのためには、グラフをきれいに表示するという表面的なこととは正反対のことをやる必要がある。表面よりも真相を見抜く、ということを。
 現代人は、グラフをきれいにすることばかり考えているから、本質を見抜けなくなる。……で、そのことを典型的に指摘するのが、高木氏のサイトの本当の意味だ。
 マスコミのデータ歪曲なんていうのは、ほんの表層にすぎない。現代人がグラフ馬鹿になっている、ということにこそ、真相がある。グラフ馬鹿というか、エクセル馬鹿というか、パワーポイント馬鹿というか。
 新聞や雑誌にも、「エクセルとパワーポイントできれいなグラフを書いて仕事の能率をアップ」なんていう記事を書く連中が多い。こういう阿呆が多い、というところにこそ、現代人の問題がある。思考を忘れた現代人。猿化していく。ロボット化かも。
 昔、「猿の惑星」というのがあった。そのうち、人間はパソコンにとらわれて衰退して、残るのは猿だけになるのかも。あるいは、ロボットだけになるのかも。人間の召使いとしてロボットを作ったら、いつのまにか人間がロボットの召使いになった、というふうになりかねない。ま、それでも、人間は幸せなのかも。萌え型ロボットの召使いになって、「萌え〜」と言って喜ぶ。


● ニュースと感想  (2月16日)

 「景気の診断」について。
 景気についての経済速報が出た。
 内閣府が15日発表した国内総生産(GDP)速報によると、2006年10〜12月期のGDP(季節調整値)は、物価変動を除いた実質で7〜9月期に比べ1・2%増、年率換算で4・8%増となり、05年1〜3月期以来8四半期連続のプラス成長となった。
 個人消費が冷夏の影響で落ち込んだ前期の反動で増加したほか、設備投資も好調で、民間需要主導の景気回復が改めて確認された。( → Yahoo ニュース・読売新聞
 予想を上回る数値で株式市場は好感。( → Yahoo ニュース・ロイター

 安倍晋三首相は15日夜、……国内総生産(GDP)が大幅増となったことについて、「構造改革の大きな成果で、もっと広がるよう努力したい。( → Yahoo ニュース・時事通信

 大田弘子経済財政担当相は15日、昨年10〜12月期国内総生産(GDP)の発表を受けて記者会見し、「景気回復の動きがしっかりしている」と表明した。ただ、個人消費の大幅増については「7〜9月期とならせば横ばいで、依然弱さが見られる」と慎重な見方を重ねて示した。( → Yahoo ニュース・時事通信

 実質GDPの個別項目では、全体の5割強を占める個人消費が前期比1.1%増となり、昨年7〜9月期に示した前期比マイナス1.1%から反転した。内閣府によると、宿泊サービスや自動車、薄型テレビなど昨年7〜9月期に販売が落ち込んだ商品・サービスの回復が顕著だったという。
 これまで景気を下支えしてきた設備投資は前期比2.2%増で、7〜9月期の同0.8%増に比べて伸びが拡大。企業が好業績で得た資金を順調に投資に回している動きが確認された。また、公共事業費削減や談合事件の影響などでマイナスが続いていた公共投資は同2.7%増と5期ぶりにプラスになった。 ( → 朝日のサイト
 まとめてみると、事実は次の通り。
 「7〜9月期には落ちたが、10〜12月期には上昇した」
 これに対する解釈は、次の二通り。
 「いったん落ちたと思ったが、それを越えて力強い景気回復がなされつつある」(楽観派)
 「いったん落ちて、また元に戻っただけ。プラスマイナスは相殺して、よくも悪くもなっていない」(悲観派)
 私は、どちらかと言えば批判派に近いが、もう少し詳細について述べよう。

 まず、安倍首相のように、10〜12月期だけ見て「大幅向上」と見るのは、馬鹿としか言いようがない。賭けで言うと、一回負けて、一回勝って、トントンになったとき、後半だけを見て、「勝った、勝った」と喜んでいるだけだ。馬鹿丸出し。猿知恵である。……ま、新聞の見出しを見ても、こういう調子の見出しが大半なので、マスコミ全体が猿知恵だと言えなくもないが。
 それに比べれば、悲観派の方がよほど正確だ。大田弘子大臣は、最近の大臣には珍しく、経済のことをよく理解できるようだ。見直しました。これを聞いて理解したのか、朝日では次の解説が紙面に出ている。(ネットにはない。)
 「個人消費の額を見ると、4〜6月期も、10〜12月期も、どちらも 305兆円で同じである」
 つまり、7〜9月期には落ち込んで、そのあとで元に戻っただけ、というわけだ。グラフに書くと、次のようになる。

      ̄ ̄\/ ̄ ̄
 いったん下がったあとで、元の水準に戻る。それを「上がった、上がった」と喜ぶようでは、猿知恵ですね。
 朝日の解説記事では、個人消費の額(**兆円)を見ているから、そういうことがわかる。一方、朝日の統計記事では、GDPの上昇率という比率だけを見るから、ちょっとわかりにくい。( → 朝日のサイト のグラフ )

 以上の分析・講評を踏まえた上で、私の認識を述べよう。
 まず、個人消費は、上記のようにまったく増えていない。一方、設備投資や公共事業はいくらか伸びている。そのせいで、GDP全体はいくらか伸びている。一時的に減ってから増えた分を相殺すると、全部ならして(2006年全体を見て)、年率2%程度の上昇となるが、これが、GDPへの認識としては妥当だろう。
 では、その数値は、何を意味するか? 以下のことだ。
 以上のことから、次のように結論できるだろう。
 設備投資や公共事業や輸出増加などの寄与で、個人所得は本来ならば増加しているはずだし、個人消費も本来ならば増加しているはずだ。なのに、実際には、増加していない。とすれば、増えているはずの分が、食いつぶされていることになる。では、なぜ? 賃下げによってだ。
 設備投資や公共事業や輸出増加などがあれば、その分、労働時間は増えている。なのに、実質的には個人所得も個人消費も増えていないとしたら、「多く働いても賃金は同じ」という形で、賃下げがなされているからだ。経済統計では横ばいでも、「賃金切り下げ」という形で状況は悪化していることになる。
 では、本当に賃下げがあるのか? そうではあるまい。かわりに、「高年の退職と、新卒者の雇用増」という形で、賃金階層がシフトしているのだろう。団塊の世代が退職して、高所得者が減り、その一方、最低賃金に当たる派遣社員や新卒者が増える。こうして、労働者全体の平均賃金は下がる。
 その一方で、新卒者はどんどん雇用され、かつ、退職した団塊の世代は失業率にカウントされない。だから、(統計上の)失業率は低下する。実際には雇用者は増えなくても、団塊の世代が一挙に大量に退職していくので、統計上の(統計上の)失業率は低下する。
 これらをまとめると、次のようになる。
 以上を見て、「景気回復」と診断する見方も生じるだろう。しかしその実態は、こうだ。
 結果的に、状況は少しも改善されていないことになる。本来ならば(外需と設備投資により)もっと改善されていていいはずなのに、ろくに改善されていない。
 となると、このあとの状況は、悪化する懸念がある。やたらと設備投資が増えても、内需が増えていないようだと、増えた設備が遊休する危険がある。ちょっとぐらいいい気でいても、そのうちまたちょっと景気が悪化すると、せっかくの設備が遊休して、赤字を出す危険がある。

 結論。
 現状は、景気回復とは言えない。どちらかと言えば、「底打ち」に近い。「縮小均衡」と言ってもいい。ただし、設備投資と外需によって、当面はいくらか上昇基調にある。とはいえ、持続的に上昇基調にある状況(= 好況)とは異なるから、外需が冷えたり、内需が冷えたりすれば、設備の遊休によって、再びデフレスパイラルが発生する危険がある。設備投資が増えたということは、当面は良いことのように見えるが、消費の拡大なしに設備投資が増えるということは、将来のデフレスパイラルの準備にもなっている。
 現状は、綱渡り状態と言えるだろう。このまま外需頼みで、どんどん設備投資を増やしていけるのも、しばらくは続きそうだ。とはいえ、そのうち、外需頼みという「頼みの綱」が切れてしまう。そうなると、再び景気悪化の芽が生じる。
 比喩的に言えば、現状は、素敵な女の子と一時的に付き合っていられる状況だ。とりあえずは今のうちだけは幸福だ。しかしやがて、素敵な女の子には、本命となる白馬の王子様が現れる。そのとたんに、こちらは捨てられてしまって、楽しい日々は終わりを告げる。そのあとには、楽しい日々の高額のデート代の分、借金返済の日々が来る。今はいいけれど、将来はつらい。ただし、その将来が、いつになるかは、わからない。とりあえずは、素敵な女の子とつきあってもらえるので、この楽しい日々を楽しく過ごしていこうと思う。刹那的に。借金を重ねながら。
 それがまあ、日本経済です。ただし楽観派は、「この楽しい状況が永続する」と楽観していて、やがて来る破綻の日を予想できないでいるわけ。おめでたいですね。……まるで、バブル破裂直前の人々みたいだ。「この幸福が永続するだろう」と。

 [ 付記 ]
 じゃ、どうすればいいか? もちろん、景気回復策を取ればいい。景気については、「景気は上がるか下がるか」なんていう予想をするべきではなくて、「是が非でも景気を良くする」という政策を取ればいい。船に針路については、「船は右に行くか左に行くか」なんていう予想をするべきではなくて、「自らの意思で船を右に進める」という舵取りを取ればいい。
 具体的な方法については、次項で。


● ニュースと感想  (2月17日)

 「金融政策と先食い」について。
 日銀が利上げをするべきか否かで、あちこちで論議が起こっている。(たとえば、読売新聞・朝刊・特集面 2007-02-15 )
 これらの対立は、おおむね、次の通り。
 利上げ賛成論 …… 「景気はいくらか回復しているから、若干の利上げは問題ない。金利低下の弊害を避けるため、なるべき早く金利を正常化するべきだ」
 利上げ反対論 …… 「いくらか良くなったとはいえ、まだまだ景気は回復していない。ここで手綱を緩めると、失速してしまう。ゆえに、まだ利上げをするべきではない」

 私の見解は、こうだ。
 「現状認識では、景気はまだまだ回復していない、と言える。企業所得は増えているが、家計の所得は減少しているからだ。とうてい景気回復とは呼べない。しかし、だからといって、金利を下げたままにしておけばいいわけでもない。なぜなら、金利を下げるというのは、見当違いの方策だからだ。」

 比喩的に言おう。風邪を引いて、最悪期を脱して、病み上がりの患者がいる。これに対して、二人の医者が主張した。
 「風邪はもう治った。ゆえに、さっさと働かせて、こき使え」
 「風邪はまだ治っていない。ゆえに、薬を買えるように、どんどん金を貸し付けよ」
 どっちも正しくない。風邪はまだ治っていないので、前者の見解は正しくない。後者の見解は、現状認識としては正しいが、処置としては正しくない。金を貸せば風邪が治るわけではないからだ。風邪を治すためには、風邪の治すための根本措置が必要であり、金を貸すというのは見当違いの方策だ。

 以上から、結論はこうだ。
 「利上げも利下げも正しくない。利上げはもってのほかだが、利下げもまた無効であるがゆえに正しくない。正しいのは、根本的な景気回復策である。それは、消費の増大による、マクロ的な生産量の増大だ。そのためには、個人消費を増やすための大規模減税のみが有効である」
 前にも何度も述べたとおりですね。

 さてさて。話はこれで終わりじゃない。ここからが本題だ。
 以上では、金融政策の無効性を主張した。では、金融政策とは、何なのか? なぜ金融政策(特に利下げ)には、有効なときと無効なときがあるのか? 
 ここで、新たな結論を言おう。それは、こうだ。
 「前にも述べたとおり、金融政策の効果は、局所的である。金利と生産量とが逆比例の関係でグラフ化される、ということはない。一対一の関係はない。関数関係はない。では、何があるか? 金利を上げるか下げるかという増分の変動と、生産量が減るか増えるかという増分の変動とに、関数関係がある。『金利を 0.1%下げると、生産量がこのくらい増える』というような、増分についての関係のみがある。」
 このことを、わかりやすく言えば、こうだ。
 「金利の増減は、一時的には効果があるが、中長期的には効果がない。」
 さらに直感的にわかりやすく言えば、こうだ。
 「金利の低下は、投資の先食いをもたらすだけだ」
 金利を下げれば、投資が増える。しかし投資が増えるとしても、投資は一時的に増えるだけだ。一時的に増えたように見えても、将来の投資を先食いしているだけだから、今が増えれば、あとで減る。たとえば、年産五百万台の工場が、年産六百万台に設備を増やそうという計画がある。金利が低下すると、前倒しで計画を実施するかもしれない。そのせいで、今の時点では、投資が増える。しかし、今が増えても、その分、将来の投資が減るだけだ。どっちみち、投資の総額は変わらない。
 現実には、「投資の総額がまったく変わらない」ということはないが、本質的に言うならば、上記のことが成立する。つまり、「将来の分の先食い」である。だから、金融政策は、一時的には効果があるが、中期的には効果がない。
 たとえば、1月に(気象変動などで)景気が急に悪化したとしよう。そのときは、利下げをすることで、数カ月先の投資を先食いできる。かくて、減った需要を、増えた需要で、相殺することができるので、結果的に、需要の急激な変動(急激な縮小)を回避できる。ここでは、「将来の分の先食い」が有効である。これはまあ、「急性の病気には応急手当が有効だ」というようなものだ。
 とはいえ、急性の病気への対策は、慢性の病気には有効ではない。1月だけに景気の悪化があったのなら、数カ月先の分を先食いしてもいい。(あとになって埋め合わせることができるから。)しかし、1月から12月までずっと景気の悪化があったのなら、「数カ月先の分を先食いする」という方策はもはや無効である。比喩的に言えば、給料の前借りは、一回か二回ならば問題ないが、何カ月もずっと前借りしていると、赤字が雪ダルマのようにふくらんで、破綻してしまう。(解雇される危険もある。)だから、慢性的な病根があるときには、一時しのぎのことをやればいいのではなく、根本から対策を取る必要がある。
 景気対策で言えば、「数カ月先の投資を先食いする」というのは、突発的な景気変動に対しては有効だが、慢性的な景気悪化に対しては有効ではない。慢性的な景気悪化に対しては、投資の先食いによる応急手当をすればいいのではなく、消費の拡大による根本措置が必要だ。
 というわけで、「金融政策で景気調整」という方策そのものが、根本的に間違っているのである。

 [ 余談 ]
 「金融政策で景気調整」というのを、比喩的に言おう。
 それは、いわば、栄養失調の患者に対して、栄養を与えることなしに、一時的なカンフル剤(マムシ酒)だけで一時的に元気をもたらそう、というだけのことだ。
 これは、ただの一時しのぎの方法だ。それは無効である。
 とはいえ、一時しのぎの方法がまったく無効だ、というわけではない。健康な人であれば、有効になることもあるだろう。たとえば、たまたま気力・体力が衰えたときには、マムシ酒を飲んで、妻と一晩頑張ることもできるだろう。
 しかし、栄養失調でガリガリになった人は、根本的に体力の増強が必要なのだから、一時しのぎのマムシ酒なんかじゃダメだ。マムシ酒なんかよりも、むしろ、栄養をたっぷり与えて何カ月もかけて根本的に体力を増強させることが必要なのだ。
 なのに、そういうことに気づかないのが、金融政策万能主義の人々。別名、マネタリスト。何でもかんでも、応急措置で済ませようとする。根本措置をやりたがらないで、小手先の措置ばかりをやりたがる。「熱が上がれば解熱剤、熱が下がれば加熱剤」というようなものでしょうかね。熱(≒ 物価上昇率と金利)のことしか考えない。失業も賃下げも無視する。経済の実態を理解しない。病気を理解しない医者と同じ。いつも体温測定による判断しかしないようなもの。ヤブ医者というか、医者の真似をしている看護師というか。……


● ニュースと感想  (2月18日)

 「ビール会社の競争」について。
 サッポロビールが外資系の投資ファンドに乗っ取られそうだということで、会社側はアサヒビールまたはキリンビールとの合併を考慮しているという。(各紙報道)
 しかし、これは根源的におかしい、ということに気づいていない人が多すぎる。特に、マスコミは。
 マスコミ報道だと、ライバル他社と合併した方が経営上有利である、という論調ばかりが出ている。そこにあるのは、企業の論理だけだ。社会の論理が欠けている。で、社会の論理からすれば、こうなる。
 「サッポロビールがアサヒビールまたはキリンビールと合併すれば、その合併会社は市場占有率が51%以上になる。独占体制の成立。市場競争がなくなる。今は、2強2弱の形で、2弱を1強と見れば、3強の体制になるので、ミス組み状態となり、激烈な市場競争がある。実際、ビール業界は最も熾烈な競争がある。おかげで、消費者は安くておいしいビールを飲める。しかし、独占体制の確立後は、1強1中1弱の体制となる。実質的には、超強力な一社による主導が成立し、競争はほとんどなくなる。その状況は、新日鉄の成立した直後の鉄鋼業界や、トヨタの寡占が成立したあとの自動車業界を見ればわかる。寡占体制の成立後には、競争が激減した。その結果、各社の利益率は大幅に向上したが、ユーザーは価格上昇という多大な不利益をこうむった」

 サッポロビールがライバルと合併すれば、その新会社は多大な利益を得ることができる。しかし、その利益は、独占による利益だ。会社は大儲けするが、消費者は大損する。安くて美味しいビールを飲むことは不可能となり、ひたすら高いビールを買わされるハメになる。
 日本のマスコミには、会社側の視点しかない。会社が儲かるかも受からないか、という視点だけだ。消費者が損するか否か、という視点が欠けている。
 本来ならば、こんな合併などは、「独禁法違反になるから成立しない」というふうに見なすのが正しい。なのに、近年、公取委が能なし状態になっているせいもあって、そういう視点が失われつつある。ま、公取委が能なしになったのは、公取委のせいではないが、マスコミまでもが「独禁法違反」を指摘できないようでは、真実の報道ができないということになる。権力の提灯持ちをやっていると思ったら、企業の提灯持ちまでやるようになっている。国民の視点が欠けている。

 まともな視点があれば、こう思うはずだ。
 「サッポロビールにとって、アサヒやキリンはライバルである。ライバルの軍門に下った方がマシだ、と考えているのは、経営者としては根本的に狂った判断だ。比喩的に言えば、米国が『ソ連の軍門に下った方がマシだ』と考えるようなものだ。根本的に狂った判断である」
 株主がどこの投資会社であろうと、会社にとっては関係がないはずだ。金を出してくれる(株を買ってくれる)株主は、それだけで会社にとっては最も重要な相手となる。比喩的に言えば、子供には親を選ぶ権利はない。自分の親がどんなに気に食わなくても、自分を養ってくれるたった一組の親(父・母)を選ぶしかない。今の親が気に食わないから養子に出してもらうぞ、などと主張する権利はない。虐待されているならばともかく、ちゃんと金を出して養ってくれる親を拒否する権利などはない。
 近ごろはわがままな子供が増えているそうだ。「こんな親など気に食わない」と思ったあげく、親の金を盗んだり、親を殺したり。……そういう馬鹿ガキと同じ発想をしているのが、このサッポロビールの経営陣だ。その狂気を指摘することが、マスコミの責務だろう。

 [ 付記1 ]
 ただし、だからといって、投資ファンドを正当化しているわけではない。実は、この投資ファンドは、一種のペテン師だ。サッポロビールの経営陣が馬鹿であるのを見越して、「馬鹿なら保身のために金を払うだろう」と見透かしているわけだ。で、案の定、馬鹿はわが身かわいさの余り、保身のためによそから金をかき集めようとする。
 馬鹿はおのれのエゴゆえに、金を巻き上げられる。
 だから、本当ならば、「どうぞどうぞ、買ってください」と言えばいいのだ。それだけの話。投資ファンドが勝ったとしても、どうせ売る先はないのだから。また、外資系のビール会社など、売る先が見つかったとしても、それはそれで構わない。たとえば、クアーズやバドワイザーがサッポロビールを買収しても、それはそれで構わない。何も困ることはない。困るとしたら、首になりそうな経営陣だけだ。結局、経営陣がわが身かわいさで、会社を私物化しようとしているだけだ。
 そこで、経営陣に忠告。どうせなら、「退職金の規程を変える」という形で、自分に莫大な退職金を払うようにした方がマシですよ。それなら、どう転んでも、損はない。

 [ 付記2 ]
 最新のニュースでは、アサヒビール社長はサッポロとの経営統合、資本・業務提携について否定した。( → 四国新聞
 とはいえ、事態は流動的だとの観測もある。( → Yahoo ニュース

 [ 付記3 ]
 なお、「公取委」についてニュース検索すると、次の記事が見つかる。
 改正案では、独禁法で企業の合併が「問題になるおそれは小さい」と判断する基準として、業界の寡占度指数(HHI)で測った数値を拡大するとともに、「合併後のシェア35%以下」の基準を明記した。経産省によると、過去5年の合併審査事例178件を対象にした場合、「問題となるおそれは小さい」と判断される基準をクリアするのは、従来まで27%だったのが改正案で47%まで拡大するという。
 さらに、従来までのガイドラインでは、「国内市場」を前提に合併を審査していたが、改正案では企業活動が世界市場で行われていることを考慮して、アジア市場や世界市場など国境を越えて製品の競争状況を審査することができると明記した。
 ビールについては、世界市場を考えるということはないでしょうね。ビールは典型的な、非・貿易的な商品だ。日がたつとまずくなるゆえ、船では送りにくいからだ。実際、日本における輸入ビールの割合は微々たるものだ。
 バドワイザーもクアーズも、輸入品はおいしくないです。現地でどうかは知らないけれど。


● ニュースと感想  (2月19日)

 「変額年金保険」について。
 変額年金保険というペテン的なインチキが出回っているそうだ。朝日新聞(朝刊 2007-02-17 )の特集記事に詳しい話があるが、簡単な話は同社のサイトにもある。抜粋しよう。
主流の「元本保証型」であっても、中途解約すれば大幅に元本割れする恐れがある。説明不足によるトラブルも絶えず、金融庁は販売手法に問題がないか、銀行への検査で重点的に調べ出した。
 銀行は02年10月に保険会社の代理店として、変額年金保険の販売を開始した。商品を作った保険会社が直接に販売する割合は少なく、「銀行などを通じての販売が9割以上」(保険業界関係者)という。
 「解約金を取られるなら契約しなかった」。昨年7月、首都圏の消費生活センターで78歳の女性が訴えた。1月に自宅で顔見知りの銀行員に勧められ、運用期間10年で元本保証型の変額年金保険に1千万円を投じた。だが後日届いた保険証書で「1年以内に解約すると70万円の費用がかかる」と知った。
 保険会社の説明によれば、変額年金保険を早く解約すればするほど解約金は高くなる。保険会社の利益や経費を確保することに加え、販売を仲介した銀行に支払う手数料コストを一気に回収しなければならないからだ。  ある外資系保険会社の主力商品の場合、保険料1千万円で契約して、1カ月後に解約すると、その間の運用損益を考慮しなければ、解約金を差し引いて戻ってくる金額は約927万5千円に過ぎないという。
 金融庁は「今後、株式市場が反落したら、銀行の説明不足で売られた商品への苦情が、さらに表面化しかねない」とみて、警戒を強めている。 ( → 朝日のサイト
 特集記事には、次の情報もある。
 顧客の預金口座をチェックすれば、定期預金の満期だけでなく、退職金など多額の入金があったこともわかる。そのタイミングを狙えば、商品を販売しやすい。
 違法すれすれの保険販売に力を入れる背景には、……構造的な問題がある。銀行の本業は貸出ビジネス。それが奮わなくなったことで、……手数料収入に頼らざるをえなくなったのだ。特に変額年金保険は、銀行に入る手数料が販売額の5%前後もあり、……実入りがいいという。
 今、支店では「ノルマ達成のために手数量が高い商品を売るしかない」と、……励んでいる。
(朝日・朝刊 2007-02-17 )
 非常に良い記事である。私としては批判するようなことはない。この記事を書いた記者に拍手しよう。政府発表の鵜呑みではなく、自分で調べて書いている。提灯持ちではなく、批判をしている。こういう記事を書くことこそ、マスコミのあるべき姿だ。

 なお、私なりに話を整理しておこう。
 これは要するに、銀行と保険業がグルになって、顧客をカモにしてやろう、ということだ。ちょっとした口先三寸で、銀行は50万円ぐらいをがっぽりもらうし、保険会社も 30万円ぐらいをもらう。まったく、ボロい商売をしているものだ。ペテン師としか言いようがない。合法的な犯罪ですね。
 で、被害に遭うのは、可哀想な老人(定年退職者)だ。村上ファンドも、ちょっと汚いことをやったが、汚さの度合いでは、今回の銀行と保険会社の方が圧倒的に汚い。村上ファンドは、強者を引っかけただけだが、今回の銀行と保険会社は、弱者を引っかけている。反吐が出そうなくらいに汚い。

 [ 付記 ]
 記事では、「情報の転用がいけない」というふうに書いているが、物事の本質を見抜けていない。「詐欺同然のだましがある」ということが本質だ。だますために情報を悪用していることが問題なのではなく、だまして金を奪うこと自体が問題なのだ。
 小さな形式違反よりも、大きな合法的な悪が問題なのだ。そこのところ、ちゃんと見抜けないと、画竜点睛を欠く。


● ニュースと感想  (2月19日b)

 「文字コードの話」について。
 Open ブログ に、2項目追加しました。文字コードの話。
  ・ 2007年02月17日 ◆ 正字フォントを使うべきか?
  ・ 2007年02月18日 ◆「字形の変更」の意味
 日付順にご覧ください。


● ニュースと感想  (2月20日)

 「ビール会社の競争 2」について。
 2月18日の項の続き。
 サッポロビールが外資系の投資ファンドに乗っ取られそうだということで、アサヒビールが外資の株式を引き取って、サッポロと業務提携することを狙っているという。
 サッポロホールディングスに経営統合を提案しているアサヒビールが、サッポロとの資本提携について、月内の基本合意を目指して調整に入ったことが、18日明らかになった。
 両社は決算期末が12月末で、通常、定時株主総会を3月下旬に開く。アサヒはこうした日程も踏まえ、サッポロとの資本提携の合意を急ぐことにした。
 複数の関係者が明らかにした。
 ( → 読売のサイト
 両者とも、公式見解では否定しているが、水面下でこっそり相談しているらしい。「まだ決まってはいない」ということなのだろう。陣内と紀香の結婚が当初は公式には否定されたのと同様だろう。
 
 さて。私の見解は、前回と同様で、「独禁法違反」である。前回は「合併がダメ」だったが、今回は「業務提携もダメ」となる。なぜか? これは、独占ではないが、カルテルになるからだ。
 ちなみに、各社がそれぞれ株式を持ち合ったとしよう。アサヒ、キリン、サッポロが、おたがいに株式を 20%ぐらい持ち合う。すると、どうなるか? 各社は現状のシェアをたがいに維持し合うことを認める。競争はなくなる。かわりに、談合と同じ状態が起こる。協調して、価格をつり上げる。消費者は損するが、各社はいずれも大儲けをする。
 現状では、ビール業界は非常に競争が激しく、各社とも収益性は非常に悪い。その分、消費者は、安くて美味しいビールを飲める。逆に、カルテル状態が成立したら、今後は、まずくて高いビールを飲むことになる。通常なら、まずくて高いビールを造る会社は淘汰されるが、カルテル状態ならば、各社がみんなまずくて高いビールを売ることで、各社はみんな儲かる。たとえば、徹底的にコストを切り詰めて、低品質のまずいビールを売る。それでも、ライバルも同様だから、各社とも低品質のまずいビールがどんどん売れる。
 競争制限というのは、そういうものだ。企業は儲かり、消費者は損をする。──なのに、阿呆なマスコミは、「これによって各社とも収益性が向上するだろう」なんて報道をしている。頭がおめでたすぎる。企業の「経営」のことばかり考えていて、国全体の「経済」のことを考えていない。
 経済学音痴。「市場原理」ないし「市場競争と独占」という、イロハのイさえも理解していない。中学の社会科の教科書でも読み直した方がいい。
( → 中学生向け独禁法教室

 [ 付記 ]
 前日の「変額年金保険」では、「消費者の視点」という立場の記事を称賛したが、これはあくまで例外的だ。マスコミの経済部の視点は、いつも企業の視点だけ。誰に向けて情報を発しているか、てんで理解していないようだ。「顧客重視」ということが、まったくできていない。呆れるしかないね。


● ニュースと感想  (2月21日)

 「文字使用の指針3」について。
 字形の変更のあと、略字と正字が混在している。この状態で、われわれがなすべきことは、何か? 
   → Open ブログ「文字使用の指針3」


● ニュースと感想  (2月22日)

 「景気回復の嘘」について。
  ※ これは半年前に書いたまま、今日までほったらかしておいた話。
    数字は半年前の数字になっています。ただし、話の趣旨は正しいので、
    数字は適当に読み替えて理解してください。

 景気回復が実現した、という報道がしばしばなされる。たとえば、2002年2月以降、景気の上昇が4年半も続いている。これはバブル景気の4年3カ月を越えた。戦後最長の「いざなぎ景気」の4年9カ月を越えそうである。最大の景気回復になりそうだ。……というふうに。これは政府の発表でもある。  では、これは、本当か? もちろん、嘘である。では、どうしてか? ── その真相を暴露しよう。ここには数字のトリックがあるのだ。

 成長率の数値を見る。
  ・ いざなぎ景気 …… 4年半 で 65%の成長
  ・ バブル景気  …… 4年1/4 で 25%弱の成長
  ・ 今回の景気  …… 4年半 で 10%の成長
 ( ※ データの出典は → 朝日・朝刊・第三社会面 2006-08-15 )

 この数値だけを見ると、単に程度の差があるだけだ、というふうに見える。(朝日の記事もその趣旨で説明している。)

 ところがどっこい。ここには重大な差があるのだ。それは「生産性の向上の寄与」である。
 ここで示された成長率は、実質成長率だ。実質成長率は、生産性の向上の分が含まれる。その率は、年率 2.5%程度だ。つまり、5年で 12.5%である。
( ※ 正確に言えば、加算でなくて累乗だから、5年で 13.1%である。ま、たいして差はないので、無視してよい。四捨五入すれば、どちらも 13%だ。2.5%という値も概算にすぎない。)

 で、この 12.5%または 13%という値は、何を意味するか? 次のことだ。
 「景気状態が何も変わらなければ、生産性の向上によって、生産量は(5年で)13%延びるはずである
 ところが、現実には、10%である。この値は、13%よりも、明らかに低い。つまり、生産性の向上の分を差し引くと、景気は明らかに悪化(または縮小)しているのだ。
 要するに、上げ底である。上げ底によって、プラス身見せかけているが、上げ底の分を差し引くと、本当はマイナスなのだ。

 正確に経済学的に言えば、次のようになる。
 「日本の経済政策は失敗したので、経済規模は5年間で3%縮小した。その分、労働者は失業などの憂き目に遭っている。ところが、民間側が努力して、13%の経済成長を成し遂げた。そのおかげで、差し引きして、10%のプラスが残った。政府によるマイナス3%の失政を、民間によるプラス 13%で埋め合わせた。」

 比喩的に言えば、こうだ。
 「駄目野郎が3%の失敗したが、その失敗を、他の優秀な人が、13%のプラスで埋め合わせてあげた。すると、駄目野郎は、『おれが有能だから全体で10%のプラスのなったのだ』と自慢した」
 こうやって、駄目野郎である政府は、国民をだますのだ。マイナスをプラスと言いくるめて。


● ニュースと感想  (2月23日)

 「日銀の利上げ」について。
 日銀が利上げ(0.5%)を決定した。これについての私の見解は、2月17日に述べたとおり。つまり、「どっちみち無意味である」という結論。(理由は、「利下げの効果は、将来の分の先食いにすぎないから」。)
 この件には、新たに付け加えるべきことはないのだが、適切な比喩を新たに考えたので、示しておく。

 「肺炎の患者に与える風邪薬は、どの程度が適切か? 多い方がいいか、少ない方がいいか?」
 もちろん、肺炎の患者に風邪薬を与えても無効だから、多くても少なくても関係ない。多い方が、副作用という逆効果がちょっとあるかもしれないが、ま、その程度の話である。話の方向が根本的に狂っている。肺炎の患者には肺炎の薬を与えるべきだ、という方向に話が進んでいない。
 これは、正解を知らないで、処置の方向が狂っている、という話。

 「肺炎の患者に売るビフテキの値段は、どの程度が適切か? 0円ならばいいか、50円ぐらいに値上げした方がいいか?」
 もちろん、肺炎の患者にビフテキを売っても、肺炎の患者は食べないから、値段が安くても高くても関係ない。病気状態の経済に貸す金の利率は、0%でも 0.5%でも関係ない。健康な人間にとっては、ビフテキの値段が 1000円か 1050円かは、いくらか差が出るだろう。( 50円値上げすれば、消費者は少し損をして、供給者は少し得をするだろう。)しかし、肺炎の患者は、どっちみちビフテキ的を食べないのだから、値段が上がろうと下がろうと関係ない。健康な人間に適用されたことが、病気の人間にも適用されるわけではない。
 これは、病人の状態による差を理解していない、という話。Aに適用できたことがBにも適用できる、と勘違いしている、という話。

 結論。
 経験主義はダメである。「過去の似た例では、この処置(金融政策)がうまく行った。だから今回も、同様の処置をすればいいだろう」という経験主義では、物事は解決しない。「亀の甲より年の功」なんて言ってもダメなのだ。
 むしろ、物事の本質を見抜くべきだ。「肺炎は風邪とは違う」とか、「肺炎は栄養失調とは違う」とか。風邪には風邪薬が効いたし、栄養失調には栄養供与が利いた。そういう経験があった。しかし、その経験は、肺炎という重病には無効なのだ。

 [ 補説 ]
 経済学用語で説明する。(前に述べことの繰り返し。)
 企業に資金需要があるときには、金利を制御することで、投資の額を制御できる。しかし、企業に資金需要がないときには、金利を制御することでは、投資の額を制御できない。需要がないときに供給を制御しても、需要を制御できない。水を飲みたくない人に、水をたくさん与えようが少なく与えようが、水を飲む量は変わらない。
 需要がないときには、供給を制御すればいいのではなく、需要を制御すればいい。では、どうやって? 
 この需要は、資金需要である。資金需要は、投資の需要である。それがしぼんでいる。その理由は、消費がしぼんでいるからだ。
 だから、資金需要を増やすには、資金供給を増やすかわりに、(資金需要の増加をもたらす)消費を増やせばいい。これが根本策。
 では、消費を増やすには? そのためには、いろいろと考えられるのだが、最も本質的なのは「減税」である。ただし、減税のかわりに、「企業のいっせい賃上げ」でもいい。とはいえ、それは、まず無理だろう。となると、「減税」ぐらいしか残らない。
 「現在」がいやなら、「戦争」かね。昔は「戦争」で消費を増やした。とはいえ、個人消費ではなく、国家消費であったが。武器をどんどん消費して、そのことで景気を回復した。── 例は、第二次世界大戦。特に米国はこれが大成功で、軍需景気が生じて、それまでの不況が雲散霧消した。(実際には軍事インフレになった。)ともかく、それまでの長期の不況が、戦争のおかげで雲散霧消した。
 「景気回復のためには低金利しかない。0%か 0.5%か」なんていう非本質的なことばかりを言っていると、格差社会の大衆に不満が高まる。そのうち、2・26事件みたいなのが起こるかも。あげく、軍事国家になって、ふたたび戦争へ。(ま、それで景気の問題は解決するが。)




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