[付録] ニュースと感想 (113)

[ 2006.09.16 〜 2006.09.27 ]   

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● ニュースと感想  (9月16日)

 「ライブドアの判決の予測の補足」について。
 前日までで話をいったん終えたつもりだったが、予定を変更する。追加すべきことができたので、話をいくつか加えておく。

 [ 付記20 ]
 ライブドア裁判のニュースがある。
資金調達のため堀江前社長の保有するLD株を借り受けて売却する手法について「堀江に報告された」と証言。粉飾決算につながる仕組みを堀江前社長が認識していたと指摘した。
 宮内被告の証人尋問はこの日が初めて。自身の公判では起訴事実を大筋で認め、堀江前社長の粉飾への関与について「事前に報告し、了承を得ていた」と述べていた。  この日、宮内被告は、携帯電話販売会社「クラサワコミュニケーションズ」の買収前、投資事業組合(ファンド)を介在させてLD株を売却する仕組みを、野口英昭エイチ・エス証券元副社長(自殺)が提案したと証言。「誰が株を貸しているか分からないようにした方が市場からの悪影響もないと提案した。提案が報告された03年9、10月ごろのLD定例会議には堀江前社長も出席していた」と述べた。【篠田航一】
( → Yahoo ニュース
 とにかく、ホリエモンはそのことを「知っていた」のであるのだから、「知らなかった」とシラを切れば切るほど、「悪党だ」という心証が深まる。これでは自分で自分を追いつめるだけだ。
 「経理の操作がなされたのは知っていたが、その経理の捜査が違法だとは思わなかった。やばいとは思っていたが、違法性ではなくグレーだと思っていた」
 とはっきり述べればいいのだ。なのに、「白だ」と言ったり、しらばっくれたりするから、どんどん心証が悪くなる。上記の新聞記事のように、「粉飾を知っていた」というふうに、勝手に「粉飾を」という言葉が追加されるのを放置してしまう。それというのも、自分がその「粉飾を」というのを否定しないからだ。「知らなかった」というだけで、目的語が抜けている。「犯罪性を知らなかった」だけであって、「操作を知らなかった」のではないのだが、単に「知らなかった」と言うだけだから、マスコミや検察が勝手に「粉飾を」という言葉を追加するのを放置する。
 グレーならグレーだとはっきり言えばいいのだ。なのに「ホワイトだ」と言い張るから、「こいつは嘘つきだ、ゆえにブラックだ」という結論が出てしまう。
 ホリエモンであれ、ヤメ検弁護士であれ、まったく愚劣の極み。自分で自分を有罪にしようとしている。自殺行為。
 だから、馬鹿は死ななきゃ直らない。

 [ 付記21 ]
 上記の記事には、次の文句もある。
 「宮内被告は、堀江前社長のことを『堀江』と呼んだ。」
 この記事の意図していることは、「宮内被告は堀江を馬鹿にして、『さん』づけまたは肩書きで呼ぶのをやめた」ということなのだろう。
 しかし、これは世間知らずの阿呆の書いた誘導記事だ。なぜなら、社会常識は、こうだからだ。
 「自社の社長については、謙遜表現で、呼び捨てにする」
 たとえば日産の社長ならば、「ゴーン社長は」と話してはいけない。それは自社の社長に敬意を向けるということであり、対面している相手に敬意を向けない(自社の社長に対する敬意を強要する)ということだ。語るときは、「ゴーンは」と語るのが第一。次に、「当社社長のゴーンは」であり、第三に、「当社の社長は」である。
 この記事を書いた記者は、社会常識が欠落している。自社(毎日新聞社)の社長を呼ぶときにも、「○○社長は」と述べているのだろうか? 非礼。マナー違反。愚劣。常識知らず。
 こういう馬鹿が、勝手な意図を込めた記事を書く。誤解が出回るのを助長する。デタラメ・マスコミの典型だ。
 で、それというのも、もとはと言えば、ホリエモンが馬鹿な自殺行為ばかりをしているからだ。たとえば、すぐあとの話を参照。

 [ 付記22 ]
 ホリエモンが雑誌 Friday にスクープされた。美女と会食した晩の場面。
 ( → Friday の紹介ブログ

 この写真の服装は一目瞭然だから、特にコメントはしない。問題は、別のことだ。
 ま、「美女と会食するのはいけない」という野暮なことは言わない。しかしねえ、女遊びよりほかに、やるべきことがあるんじゃないですかね? 
 美女との会食それ自体がいけない、ということはない。しかし、である。やるべきことをやった上でならばいいが、やるべきことをやっているんですか? やるべきことをやらないで、遊びほうけているんでしょ? 
 ホリエモンには、株主に対する責任感が感じられない。拘留されている間なら、何もできないから、責任はない。しかし、拘留されなくなったなら、自由を得たのだから、自分の行動に責任がある。やるべきことをやっていないのなら、責任をはたさねばならない。
 どうも、拘留されなくなったとたん、「自由だ、遊べる」と思ったらしい。ガキ並みの発想ですね。
 拘留されなくなったということは、「遊んでいい」ということを意味するのではなく、「検察と対決するべきだ」ということを意味する。今やホリエモンは、検察と対抗する機会を与えられたのだ。なのに、その機会(その自由)を、女遊びをするために使ってしまって、検察との対決のためには使わない。「どうせ遊んでいたって、ヤメ検がやってくれるんだろう」と思っているんだろうが、何たる情けない判断だ。
 そもそも、検察がライブドアに大被害をもたらしたのは、なぜだったか? 法律の力を使ってか? 違う。マスコミを利用して、世間を洗脳したからだ。
 とすれば、ホリエモンは今こそ、逆に、マスコミを利用して、世間を逆洗脳するべきなのだ。(検察の洗脳を解く、ということ。)なのに、そうしないで、遊びほうけている。……情けないことだ。
 ホリエモンが検察に負けているのは、法律解釈で劣っているからではなくて、マスコミを利用するという「経営能力」で劣っているからだ。ウサギとカメでも、ウサギが寝ていれば、ウサギは戦わずして負けてしまう。検察の経営能力などは、たいしたことはないが、ホリエモンが遊んでいれば(ウサギのように眠っていれば)、経営能力は発揮されないから、マスコミを逆洗脳することができない。……馬鹿なウサギと同じである。
 まったく、おめでたい道化だ。で、そういう道化だから、こういう服装をするのだろう。よく似合っていますね。  (^^);

 [ 付記23 ]
 教訓ふうに言おう。
 ホリエモンにまったく欠けているのは、自己反省である。
 たしかに、検察はひどいデタラメをしているし、マスコミもひどい誤報をしているが、ホリエモンがまったく純白無垢であるわけではない。「のないところに煙は立たない」という言葉のごとく、何らかのボヤみたいに小規模なはあったのだ。そのことを自覚するべきだ。
 なのに、自分のやったことを、自覚できない。検察の非(≒火)はよく見えるくせに、自分の非(≒火)はまったく見えない。自分で自分を見ることができない。自己反省が欠落している。で、検察はホリエモンの非をよく見ることができるから、そこを強調する。それに対してホリエモンは、自分の非が見えないから、何もできない。
 本当ならば、自己反省をするべきなのだ。自分の非を認めるべきなのだ。たしかに「巨悪」をやらかしていないが、「小悪」をやらかした。その事実をはっきり認めるべきなのだ。
 結局、自己反省がなくて、自分自身を見ることができなければ、真実を告げることができないので、嘘をついたまま、嘘つきとして、敗れるしかない。
 検察や世間の「虚構」を打破するには、「真実」を告げるしかないのだが、告げるべき自分自身が「真実」を隠蔽しようとすれば、しょせんは「虚構」に押しつぶされてしまうのだ。自ら招いた結果。その理由は、自己反省ができないこと。

( ※ 「補足」の話はこれで終わり。ただし、関連する話がまだある。不正経理の意味について、核心的な話がある。……翌々々日分で。)


● ニュースと感想  (9月17日)

 「ライブドアの判決の予測の補足」について。
 前日までで話をいったん終えたつもりだったが、オマケでいくつか付け加えておこう。

 [ 付記24 ]
 村上ファンドの村上が、容疑を全面否認することにしたそうだ。
 ( → Yahoo ニュース 。読売朝刊・社会面 2006-09-16 )
 なるほど。さすがに頭がいい。拘置所に入れられたら、あっさり罪を認めて、三週間だけで釈放される。いったん釈放されたら、起訴のあとで全面否認する。……これは、私のお勧めした方法だ。これが最も利口な方法だろう。
 愚かな方法は? 拘留されても絶対に罪を認めないで、三カ月も拘留される。いったん釈放されたあとは、検察の主張を全面否認しないで、すべてをヤメ検に委ねて、ヤメ検と検察の馴れ合いに任せる。全面対決を避けて、「錬金術」という容疑には一切反論しないまま、あっさり敗れる。戦わずして敗れる。
 利口な人は、形式的に負けるが、実質的には全面的に戦ったすえに勝利する。愚かな人は、形式的には負けないが、実質的には戦いを避けたせいで敗北する。
 利口と馬鹿とは、これほどにも対極的なのだ。

 [ 付記25 ]
 ホリエモンはなぜ沈黙しているのか? ホリエモンはなぜ逆襲しないのか? 「(ホリエモンの)逆襲」というようなタイトルの題名の本もあるし、雑誌のタイトルにもしばしば「ホリエモンの逆襲」という言葉が出るのだが、当のホリエモンは借りてきた猫のように沈黙している。では、それはなぜか? なぜ、かくも愚かなのか? 
 よく考えたすえ、結論が出た。こうだ。
 「ホリエモンは、ヤメ検に言いくるめられている」
 具体的には、次のように言われているのだろう。
 「裁判のことはわれわれ専門家に任せてください。裁判の素人が、勝手に余計なことをすると、勝てる裁判も勝てなくなります。だから裁判のことはすべてわれわれ弁護団に任せてください。さもないと、責任を持てませんよ」
 ま、ヤメ検ならば、このくらいのことは言うだろうね。こういうふうに強圧的に依頼者を抑圧する。で、被告になった経験のないホリエモンは、怖じ気づいて、「はい、そうします」と頷く。
 馬鹿げた話だ。たとえば、民間人の弁護士ならば、こう言う。
 「裁判についてはすべて依頼者の方針に従います。法定外でどういうことをするかは、依頼者がご自分でお考え下さい。すべて顧客優先です。ただし、法廷内での裁判の公判中の実務は、われわれの方針に従ってください。これだけはわれわれの仕事ですからね。ただ、それ以外は、すべて顧客の意思が優先です」
 こういうふうに「お客様第一」の方針を取る。しかし、ヤメ検は、そんな方針は取らない。「自分第一」である。「自分の仕事がやりやすいようにすること」が第一であって、そのためには顧客の方針なんか蹴っ飛ばしてしまうのだ。世界で一番偉いのはおれ様であり、おれ様の言うことに従わない奴は蹴っ飛ばしてしまうのだ。
 で、最終的に負けたら、責任を取るのかというと、そうでもない。負けてもちゃんと、弁護料をいただく。「勝てば自分のおかげ」だが、「負ければ依頼人のせい」なのだ。なぜなら、世界で一番偉いのはおれ様であって、おれ様が悪いということはありえないからだ。
 で、裁判中はとにかく、おれ様の仕事がやりやすいように、依頼人には口をつぐませる。何でもかんでも、おれ様の指示に従ってもらう。法廷外で勝手な作戦をやることなど、断じて許さない。それで依頼人が負けようが、別に、おれ様が損するわけじゃないから、知ったこっちゃない。大事なのは何よりも、おれ様が裁判で名前を売ることであって、裁判で勝つか負けるかは、どうでもいいのだ。とにかく、勝てばおれ様のおかげ、負ければ依頼人のせい。どっちみち、おれ様の損にはならない。だからとにかく、おれ様の気分がよくなるように、依頼人には黙っていてもらう。── これがヤメ検の方針だ。
 で、ホリエモンはあっさり、この方針に従う。……つまりは、ヤメ検に洗脳されているのだ。愚かしくも哀れ。
 まずはフジテレビにだまされ、次に平松にだまされ、最後にヤメ検にだまされる男。七面鳥が羽をむしられるようなものですかね。最後はローストになってしまう。

 [ 付記26 ]
 さて。ここまではホリエモンの悪口ばかりを言ってきたが、私は別に他人の悪口を言って喜ぶサディストじゃない。そこで最後に、優しい言葉をかけてあげよう。慰める言葉ではなくて、真の意味で優しい言葉を。
 ホリエモンが逆襲できないのは、なぜか? 臆病だからか? 勇気がないからか? ……ここまでは、そのように悪口を言ってきたが、それは現象面でのことだ。つまり、表面的に見える行動だけのことだ。ただしもっと本質を見てみよう。
 ホリエモンがここまで臆病にふるまうのは、なぜか? たしかに臆病だからだが、それは彼が根源的に臆病だからか? いや、そんなことはない。これまでの彼の経済的な戦いを見ればわかるとおり、彼は本質的には勇気のある人間である。一人で体制を打破しようとする勇気のある人間だ。ではなぜ、現在はかくも、臆病になったのか? 
 それは、彼が心理的な打撃を受けたからだ。国家に攻撃され、日本中に攻撃され、監獄に三カ月も閉じ込められた。イラク人質事件の人質よりももっとひどい。あの人質たちは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のような心理的な病気になってしまったほどだ。それに比べれば、いまだに健全でいられるだけ、ホリエモンは精神的には強いと言える。が、そうはいっても、心理的な打撃はひどかったはずだ。
 彼が臆病にふるまうのは、彼が心理的に傷ついたせいだ。とすれば、臆病なのは、不思議でも何でもないのだ。また、彼のせいでもない。臆病になったからといって恥じることはないのだ。
 では、どうすればいいか? このまま女遊びでもしていればいいか? いや、それでは、裁判に負ける。
 彼のなすべきことは、心理的に立ち直ることだ。勇気をふたたび取り戻すことだ。かつて他社と戦おうとした勇気を。今度は世間と戦おうとする勇気にするために。
 では、それは、可能か? いや、勇気というものは、ひとりでに湧いてくるものではない。勇気がないときにはないのだ。求めて得られるものではない。
 ここで、私がアドバイスをしよう。勇気は得られないが、勇気を得るための愛は得られる、と。
 男は自分自身では勇気を湧かせることはできないが、女の愛に支えられたときには勇気を湧かせることができる。だから、彼にとって必要なのは、愛なのだ。それも、金で買えるような愛ではなく、真の愛なのだ。
 彼にはこれまで、何人か何十人か、交際した女がいるはずだ。そのなかで、逆境のなかの彼を助けてくれるような女は、一人ぐらいはいないだろうか? 金をもっているときの傲慢な彼を愛することはなくても、世間に批判されてうちひしがれている彼を愛してくれる女はいるかもしれない。ナイチンゲールに似た魂をもつ女が。
 その女を探し出して、その前にひざまずいて、こう語るべきだ。
 「おれにはきみが必要だ。助けてくれ。自分一人では世間と戦う勇気がない。でも、きみの愛があれば世間と戦う勇気ができる。今のおれはほとんど文無しのようなものだし、千億円という金はほとんど絵に描いた餅になってしまった。このままでは刑務所に入ることになりそうだ。こんな最低なおれだが、もし助けてくれるなら、助けてほしい。おれはこれまでの自分を反省した。金がすべてだということはない。金で買えないものがある。金をもてばもつほどかえって遠のいてしまうものもある。また、金儲けを目的にして、他人を傷つけたこともあった。経理の嘘をついたこともあった。法律違反になりさえしなければ何をしてもいいと思ったこともあった。これまでのおれは最低な人間だった。でも、反省したよ。おれは一人では何もできない人間だ。おれにはきみがどうしても必要だ。きみなしには生きていけない。だからどうか助けてくれ」
 ひざまずいて、そう頼めばいいのだ。心から、助力を乞えばいいのだ。そのとき、相手は、助けてくれるかもしれないし、助けてくれないかもしれない。とはいえ、その人なしには、ホリエモンが助かる道はないのだ。
 人間にとって一番大切なのは金ではない。愛だ。そのことを理解して、他人の愛を求め、他人の愛を尊重したときにこそ、ホリエモンはふたたび立ち上がることができる。

 [ 余談 ]
 落ち穂拾いのような細かな話があります。
   → 後日談(密告者の話)

( ※ 前日で予告した「核心的な話」というのは、翌々日分に延期します。 )


● ニュースと感想  (9月18日)

 「ライブドアの判決の予測の補足」について。
 「南堂はホリエモンを擁護している」と見なす人がけっこういるようだ。そこで、誤解を正すため、注釈しておこう。
 ホリエモンを擁護しているのは、実は、私ではなくて、大鹿や魚住などである。世間が「ホリエモンは悪党だ」と主張すると、この二人は「検察こそ悪党だ」と批判する。そういう形で、ホリエモンを援護射撃する。
 では、私は? 一見、私は検察を批判しているように見えるが、実は、私の攻撃の矛先は、検察よりは社会全体(特にマスコミ)に向かっている。「検察なんて、しょせんは法律しか知らない馬鹿だ。経済的に無知な素人だ」というふうに軽んじている。
 つまりは、検察は、ガキみたいなものだ。ガキが間違うのは仕方ない。ガキの間違いにいちいち目くじらを立てても仕方ない。検察というガキは、法律には詳しいが経済には無知なのだから、フジテレビや錬金術サイトの嘘八百を真に受けても、仕方ないのである。素人はしょせん素人だ。

 私は検察のことをほとんど批判しない。私が批判しているのは、社会全体だ。特に、マスコミだ。事実の一面だけを報道して、賛否両論を報道しない。また、世間もまた、マスコミの一面的報道を真に受けて、あっさりと洗脳されてしまっている。
 だから、私は、「こいつが悪い」というふうに、誰かを批判することはない。単に「目を開け、真実を見よ」と主張するだけだ。

 私は別に、ホリエモンを擁護することもないし、検察を批判することもない。また、逆に、ホリエモンをことさら非難することもないし、検察をことさら称賛することもない。私は、誰も非難しないし、誰も称賛しない。ただ「目を開け、真実を見よ」と主張するだけだ。
 換言すれば、「マスコミは一面的な報道をやめて、賛否両論を掲載せよ」と主張する。
 現実には、マスコミには、ホリエモン批判と検察批判があるだけだ。いずれにせよ、悪口の言いあいである。そして、その悪口が適正であるかを検証することがない。その悪口が真実であるかを検証することがない。単に悪口の言いっぱなしだ。……その方が視聴率を取れるので。
 私は、こういう現状(つまり社会)を批判している。ホリエモンや検察を批判しているのではない。私の目的は、誰かの悪口を言うことではなくて、人々を覚醒させて真実を知らしめることだ。

 [ 余談 ]
 ついでに一言。粉飾やら、風説の流布やらは、「泥棒」ではなくて「嘘つき」の罪である。とはいえ、「嘘つき」が途方もない巨悪であるなら、私だってちょいちょい嘘をつく「嘘つき」であるから、「巨悪だ」と批判されかねない。下手をすると、検察特捜部に「法律違反だ」と言われて、逮捕されかねない。「ライブドアを擁護して、ネットに間違い情報を流したから、風説の流布で逮捕する」と。
 なるほどね。私が書いた膨大な文章のうち、どこかには不正確な文章も混じっています。特に、誤字は大量にあります。ゆえに、形式的には、私は有罪です。それを認めます。ついでに言えば、こんなに誤字だらけの私が経理をやれば、必ずどこかで計算ミスをするので、やはり、「粉飾」容疑で逮捕されてしまうだろう。ひょっとすると、確定申告のときにも。……下手をすると、懲役五年だな。誤字と計算ミスで懲役五年。  (^^); 
 ま、検察はともかく、世間は「南堂は嘘つきだ」と大批判しそうだ。いや、もう大批判しているかも。「南堂はトンデモだ」と。  (^^);
 日本というのは怖い国ですね。体制支持をしないと、たちまち吊し上げられる。……で、そういう人々の体質を指摘したのが、「ライブドア・二重の虚構」なのだが、この本を読んだ人はそういうふうに正しく理解しても、この本を読まない人は「これはホリエモン擁護の本だな」と勝手に勘違いする。で、勝手な勘違いに基づいて、「南堂はトンデモだ」と批判するんですね。
 げに錯覚は恐ろしきものなり。


● ニュースと感想  (9月18日b)

 「ホリエモンの錬金術の有無」について。
 前項(本日別項)で示したとおり、私の主張は、「真実を知れ」ということだ。
 では、真実とは? 「ホリエモンまたはライブドアは、六千億円を盗んでいない」ということである。「錬金術をやっていない」と言い換えてもいい。ごく簡単に言えば、「巨悪ではない」ということだ。
 ただし、そのことは、「小悪ではない」ということを意味しない。経理を操作して人々をだまそうとした、という点での悪はある。そのことまで否定しているわけではない。当然、ホリエモンを「純白無垢だ」と擁護しているわけではない。混同しないように、注意。
 ただし、この点を混同している人もいる。たとえば、次のように。
 南堂氏の「小泉の波立ち」によるホリエモン擁護・・・・・
 9月8日、突如、南堂氏は、一方的に山根氏を攻撃し始めました。
   ……
 南堂氏という人は、結局のところ、証券業法が理解できない素人だということです。
 証券業法においては、具体的な被害者の特定など必要ないのです。 なぜなら、粉飾や風説の流布、インサイダーといった犯罪は、取引所という装置を使って、具体的な被害者がはっきりしない形で「詐欺」を行うことだからです。
 そして、このような犯罪で、どこかの弱者が"具体的に"被害を受けているし、何より、株取引への信頼が揺らげば、資本主義そのものが成立しなくなるからです。
 ですから、むしろ法の不備で、実質的に犯罪性がありながら「合法」になりかねない、つまり、「無罪(無実ではない)」になりかねないということの方が、問題だと思います。
( → 該当ブログ
 この主張は、私がホリエモンを「純白無垢だ」と主張している、と誤解しているようだ。それにしても、私のことを「ホリエモン擁護」と勘違いするとはね。苦笑。(前日までの馬鹿だのチョンだののひどい悪口を読めばわかるとおり、ホリエモンの擁護なんかこれっぽっちもしていないのだが。)
 私が主張しているのは、「ホリエモンは巨悪ではない」ということであって、「白だぞ」と主張しているわけではない。つまりは、「小悪である」ということだ。
 私はホリエモンを擁護しているのではなく、ホリエモンを巨悪だと思い込んでいる世間の錯覚を批判しているのだ。比喩的に言えば、右手について白か黒かを主張しているのではなく、左手について白か黒かを主張している。「右手は白だ」と述べているのではなく、「左手は黒だ」と述べている。
 ま、頭の悪い人だと、この手の勘違いをするだろうな、とは思っていたが、案の定、そういう勘違いをしてブログに書く人も出てきたわけだ。
 そこで、勘違いしやすい人にもわかるように、注釈しておこう。
 ホリエモン(つまり右手)は、どうか? 彼はたしかに人をだまそうとしたのだし、その方法は合法か違法かはグレーだが、ともかく違法性はいくらかはありそうだ。とうてい好ましいことではない。だから、放置するべきことではない。私の主張は何度も書いたとおり、「証券監視委による是正処分」である。たとえば、営業停止一週間でもいいし、罰金一億円でもいい。そのような行政処分が妥当である。この意味では「有罪」にした方が好ましい。決して「無罪で放置した方がいい」などとは主張しない。このことは最初から首尾一貫している。

 ライブドア事件には、法的な犯罪かどうかはともかく、とにかく「悪」の臭いはある。放置するべきことではなく、無罪にするべきことでもなく、処罰するべきことだ。ただしそれはあくまで「行政処分」に留めるぐらいのことなのだ。
 「粉飾や風説の流布、インサイダーといった犯罪は、取引所という装置を使って、具体的な被害者がはっきりしない形で「詐欺」を行うことだからです。」
 という上記の引用文についてコメントすれば、こうだ。
 粉飾や風説の流布などは、同じ罪名であっても、実際の被害の大小が異なる。「嘘つき」という罪状は同じでも、それを通じて大金を盗んだ「詐欺」もあるし、たわいのないジョークもある。その違いを理解するべきだ。(その違いを理解しないと、小を大と見なす錯覚が生じる。)

 たとえば、形式的な違反性が軽微であっても、その操作がまさしく巨額の被害(六千億円の被害)をもたらしたのであれば、形式的な違反性にかかわらず、懲役刑も当然だ。
 その一方、被害がほとんどない場合もある。たとえば、ちょっとした経理ミスをして、帳簿の数字を間違えてしまった場合。また、どこかの企業について、ちょっと間違い情報を流した場合(誰も信じないので被害が生じた場合)。……このような場合には、形式的には、粉飾や風説の流布に該当するとしても、いちいち検察特捜部が出て、社会に六千億円もの損害をもたらすべきではない。
 大事なのは、形式的な違反性ではなくて、実際の損害の有無なのだ。実際の損害がほとんどないのに、その違反を咎めて社会全体に六千億円もの損害をもたらすようでは、本末転倒であろう。
 こういうことがわからない人が多すぎる。巨大な金額に関しての形式的な違反があったから、それはきっと巨大な悪なのだ、と勝手に勘違いする人が。……こういう人は、ともあれ、「ライブドア・二重の虚構」を読んで、自分がどこをどう勘違いしているか(錯覚しているか)を、しっかり理解してほしい。

( ※ 本項を読んでも「まだ納得できない」と思う人が多いだろう。それは当然だ。納得してもらえるような内容は、「ライブドア・二重の虚構」に書いてあるからだ。逆に言えば、上記のような批判を言う人は、「ライブドア・二重の虚構」を読んでいないから、いまだに錯覚しているのである。ありもしないものを「ある」と信じて文句を言っているのである。ありもしない怪物に向かって突き進むドン・キホーテ同様。虚構・錯覚に向かって、怒りの声を上げている。)
( ※ お金が惜しくて、本を買いたくないという人は、とりあえず、翌日の話を読んでください。前々日で予告した「核心的な話」があります。)


● ニュースと感想  (9月19日)

 「ライブドアと錬金術」について。
 ちょっと前日の補足ふうで、錬金術の有無について。
 検察のライブドアに対する求刑があった。次のように。
 “ 時価総額増大を至上目標とし、高収益企業のように見せ掛けて多数の投資者を欺いた”( → ニュース
 これは「嘘つき」ということである。これは事実であって、議論の余地はあるまい。一方、肝心の問題は、「金を盗んだ」かどうかだ。検察の主張では、次のようになる。
 “ 「最高首脳だった堀江被告が時価総額増大を至上目標に掲げたが黒字が困難となり、業績が急成長しているように見せかけて株価の引き上げを図った」と指摘。自社株売却益を連結売り上げに計上する方法を「いわば『錬金術』になぞらえ得る」と述べた。”( → ニュース
 “ 「ダミーファンドなどを使い、発生していない売上高や経常利益を発生したかのように偽ったという意味で、『錬金術』ともいえるものだ”( → ニュース
 ここでは「錬金術」と決めつけている。その意味は、「金を盗んだということを、検察は何ら実証することのないまま、言葉の比喩だけで、金を盗んだと決めつける」ということだ。つまりは、証明することなしに、口先三寸で相手の有罪を決めつける。ほとんど魔女狩りの裁判ですね。
 「こいつを魔女だとは実際には証明できないが、こいつは魔女に決まっているから有罪!」
 というわけだ。で、そのすえに、こう結論する。
 “ 事業収益力と成長性を装って投資家を欺いており、破綻時期を先送りする従来型の粉飾よりも悪質性が高い”( → ニュース

 かくてホリエモンは、ひどい重罪を宣告されることになりそうだ。なぜ? ひたすら「無罪だ、無罪だ」と喚くだけだから。「検察の主張はただの口先三寸であり、ただの錯覚だ」と論証できないから。
 近代の裁判制度では、被告側が無実を論証しない(沈黙している)限りは、罪を認めたと見なされて、有罪が判決される。当り前ですね。
 で、その「経済的に沈黙」という方針を取ったのがヤメ検であり、そのヤメ検を盲目的に信じたのがホリエモンであるわけだ。

 [ 付記 ]
 例の錬金術サイトは、「ホリエモンは約2400億円を奪ったと推定される」というふうに述べている。2400億円? そんな現金が、ホリエモンの手元のどこにあるんですか? 売るに売れないで塩漬けになった株券があるだけだ。その株券だって、うまく時価で売っても百億円にしかならない。ありもしない 2400億円の盗みを勝手に想定している。嘘八百のエセ論理。
 で、こういうエセ論理を、検証することもなく、「破綻時期を先送りする従来型の粉飾よりも悪質性が高い」と決めつける。「破綻時期を先送りする」というのは、カネボウのように四千億円を盗むということだ。こういう莫大な大金を実際に盗むよりも悪質な犯罪だ、と決めつけるわけだ。……ひどい錯覚。しかし、弁護側は、一言も反論できないのである。相手の錯覚を是正できないのだ。経済的な無知ゆえに、検察も弁護側も、同じ錯覚にとらわれているせいで。
 というわけで、ホリエモンの運命は、次の写真のとおり。
( → 未来のホリエモン ) [ = 七面鳥のロースト]

 この写真を見ると、面白く感じるだろう。その通り。大衆にとって最大の娯楽は、有名人が犠牲者となって火あぶりになるのを見ることなのだ。
 だからマスコミは、大衆の要望に応えて、火あぶりを放映しようとする。それでマスコミは、せっせと魔女狩りに熱中して、「ホリエモンは魔女だ」という趣旨の番組を放映するわけだ。視聴率稼ぎのために。つまり、金儲けのために。
 その意味で、彼を「拝金主義」と批判するマスコミは、自分自身が拝金主義なのである。なぜなら、自分の金儲けのために、ほぼ無実の人間をいけにえにしようとするのだから。

 現代のマスコミは、誰もが拝金主義の守銭奴である。マスコミのなかには一人として、「真実を告げよう」という人はいない。まさしく、一人としてない。大鹿や魚住だって、「検察は悪だ」と述べることはあっても、「いけにえに対する容疑は錯覚だ」と述べることはない。誰もが錯覚を許容し、誰もが錯覚を放置する。一人として真実を伝えようとする人はいない。……現代のマスコミの仕事は、虚偽を報道し、真実を隠蔽することなのだ。金儲けのために。
 マスコミには、良心のある人など、一人もいない。いるのは、錯覚している大多数と、錯覚せずに沈黙している少数との、二種類だけだ。前者は狂っているし、後者は臆病である。要するに、正気で勇気のある人は、一人もいない。かくて、真実を語る人は一人もいない。マスコミには。……ゆえに、七面鳥はローストになる。

  【 追記 】( 2006-09-19 )
 雑誌 Friday の最新号を見ると、ホリエモンが見解を述べている。自分が起訴されて非難されていることについて、「僕がさらし者になると面白いからでしょ」という趣旨のことを述べている。(文言はうろ覚え。)
 この主張は、正しいようでいて、ズレている。人々はもともとホリエモンに恨みがあるわけじゃないから、もともと彼を火あぶりにしたいと思っているわけではない。人々が火あぶりにしたいのは、ホリエモンではなくて、魔女・悪魔なのである。人々は自分が善をなしていると信じるからこそ、悪である人物(ホリエモン)を処刑したがる。決して面白半分でいじめたがっているわけではない。善をなしているつもりで処刑したがっているのだ。
 なのに、ホリエモンは、「人々は自分を面白半分で火あぶりにしたがっている」と思い込んでいる。勝手に自分を殉教者に仕立て上げている。ひどいナルシシズム。……人々はホリエモンを殉教者として処刑したがっているのではなく、魔女・悪魔として処刑したがっているのだ、ということに気づいていない。
 彼は現状を誤認しているのだ。この事件の本質が「魔女狩り」ないし「錯覚」であるということに気づいていないのだ。で、しきりに、法的な正当性を訴える。魔女裁判で法的な正当性を訴えても無意味だ、ということに気づかないまま。
 おのれの無知が、おのれの身を滅ぼす。


● ニュースと感想  (9月19日b)

 「ライブドアとエンロン」について。
 ライブドアの問題を理解するには、エンロンと比較するといい。

 (1) ライブドア
 ライブドアの容疑は、不正経理である。自社株売買で生じた利益を、「資本の増加」と見なすべきなのに、「(営業の)利益」に見せかけた、ということだ。
 ここで注意すべきことは、何か? 「ありもしない利益をあるように見せかけた」ということではなくて、「資本となるべき金を利益に見せかけた」ということだ。つまり、「ない金をあるように見せかけた」のではなく、「金はまさしくあった」ということだ。
 比喩的に言えば、葉っぱを小判に見せかけたのではなくて、小判に付ける名前が違っていただけだ。本当は自分の貯金箱からもってきたお金だったのに、「商売で儲けて得た金ですよ」と嘘をついて、自分が働き者であるように見せかけた、ということだ。── ここでは、金を盗んだわけではない。もちろん、被害者は(ほとんど)いない。

 (2) エンロン
 ライブドアの容疑も、不正経理である。ただしこの不正経理は、ライブドアの場合とはまったく違っていた。「ありもしない金をあるように見せかけた」ということだ。
 その手口は、いくつかある。次のように。
 以上をまとめてみよう。
 エンロンもライブドアも、どちらも不正経理をなした。ただし、違いもある。
 エンロンは、実態が赤字企業であり、実態が皆無であった。ゆえに、集めた金はすべて食いつぶされた。金を出した株主は、金を奪われた。
 ライブドアは、(ほんの一時を除けば)実態が黒字企業であり、実態がちゃんとあった。ゆえに、集めた金はちゃんと残っていた。金を出した株主は、金を奪われていない。
(ここまでは、「ライブドア・二重の虚構」でも説明したとおり。著作の方が要領よくまとめてある。本項はごちゃごちゃ書いてあるが、ま、仕方ない。)

 さて。こうして「エンロンとライブドアには、大きな違いがある」とわかった。
 ただし、わかっているのは、われわれである。一方、ライブドアを摘発した検察は、そのことがわかっていなかった。当然、検察は、「ライブドアは不正経理をやらかした」と思ったとき、「ライブドアはエンロンと同じようなことをやった」と思ったはずだ。つまり、「虚業であるにもかかわらず、虚業でないと見せかけて、株主から巨額の金を奪い取った」と。
 ところが、である。あにはからんや、ライブドアは他人の金を奪ったわけではない、と判明した。たしかに利益は架空の利益ではあった。しかしその利益は、何もないところから架空に生み出した利益ではなくて、自社の「資本」から生み出した利益だった。葉っぱから生み出した小判ではなくて、名前を変えられた小判であるにすぎなかった。無から生じた有ではなくて、もともとある有(つまり金)の名前を変えたものにすぎなかった。
 ここに気が付いたとき、検察はやむなく、容疑事実を変更したのである。

 検察の最初の容疑事実は、「風説の流布」や「虚偽記載」であった。その意味は、「ありもしない嘘を並べ立てて、金を奪い取ったこと」を意図していたはずだ。これは、泥棒と同じで、ひどい犯罪だ。
 しかしながら、よく調べてみると、実は、ライブドアは少しも金を盗んでいない。葉っぱから小判を生み出したたわけではない。小判に付ける名前を変えただけだ。エンロンとはまったく違う。
 そう気づいたので、検察は、容疑事実を変更した。「虚偽記載」という犯罪の分類は同じでも、「ゼロを百に見せかけた」のではなくて、「百を別の百に見せかけた」という容疑事実に。そして、この容疑事実に絞って、「ライブドアは犯罪者だ」と訴えて、「検察の摘発は正しかったのだ」と自己正当化しようとした。

 しかしながら、ここでは、「検察の最初の目論見はまったく崩れてしまった」ということに注意するべきだ。検察はもともとエンロンのような巨大な泥棒(詐欺)として摘発したつもりだったのだ。しかしながら、それがいつのまにか、「帳簿の記載ミス」というような種類の問題に転換されてしまった。
 ここでは、論理のすり替えがある。最初は「殺人犯だ」と主張して摘発したあとで、「実はただの信号無視でした」と言い換えるようなものだ。で、「殺人犯を摘発するのだから、やむを得ない」と主張して六千億円のビルを倒壊させた(テロをなした)、ということには、知らぬ顔の半兵衛をする。

 こうやって、検察は、論理のすり替えをしながら、知らんぷりをする。そして、マスコミはそのことを理解せずに、検察にまんまとだまされる。
 検察は、ほとんど詐欺まがいのことをやって、六千億円のビルを倒壊させたことを正当化しているのだが、にもかかわらず、マスコミの誰もがそのことに気が付かない。
 また、マスコミが気が付かないだけでなく、ホリエモンの弁護士もまた気が付かない。
 というわけで、マスコミも弁護士も、「法律的にはどうのこうの」という重箱の隅みたいなことばかりを検証している。重箱の隅の有罪無罪を論じている。検察が「ここを見よ」と重箱の隅を差すので、誰もが重箱の隅ばかりを見る。一番最初の肝心の話題から、目を逸らさせる。(めくらまし)
 かくて、検察は、「ほとんど詐欺まがいのことをやって、六千億円のビルを倒壊させた」ということを、隠蔽するのである。人々は検察のインチキにたぶらかされる。

( ※ 人々の馬鹿らしさは、たとえば、パロマの事件と比較するとわかる。これは多くの人命を「未必の故意」で殺した殺人事件なのに、ほとんど放置されている。岐阜県では相当多額の金が「不正経理」と「泥棒」の重複で盗まれているのに、ほとんど放置されている。……結局、ライブドアという「重箱の隅」ばかりに目くじらを立てているから、より大きな被害から目を逸らされてしまうのだ。)

( ※ ま、こういう人間心理を覚えておくと、いくらか役立つこともある。たとえば、浮気がバレたとき、「浮気をした」という肝心のことから目を逸らさせてしまえばいい。「実は超リッチなホテルで、すごいグルメの食事をしたんだ」と告げると、妻は「何ですって! そんなリッチなホテルで、すごいグルメ! 二人で5万円の料理? そんな金額、絶対に許せないわ」というふうに、重箱の隅ばかりに目を奪われるようになる。かくて、肝心の浮気から、目を逸らすことに成功する。……ライブドア事件の教訓だ。……ただし、あなたの妻が、検察や世間と同じぐらいバカである、という保証はありません。  (^^); )

( ※ 関連情報 → Open ブログ 「ITバカ」の 追記


● ニュースと感想  (9月20日+)

 前日分への追記。( Friday にあるホリエモンの記事について) 
   → 該当箇所


● ニュースと感想  (9月20日)

 「ホリエモンは粉飾を指示したか」について。
 ホリエモンは粉飾を指示したか? ── そういう疑問が世間にはあるようだ。しかし、この疑問には、簡単に答えられる。
 まず、検察は、「粉飾を指示した」と主張する。マスコミもまた、その主張を報道する。
 しかし、実は、ホリエモンが指示したのは「粉飾」でなく、「経理の操作」である。( → 9月16日
 こうして、疑問には簡単に答えることができる。ホリエモンはたしかに何かを指示した。問題は、それ違法か合法かだ。指示したか指示しないかではなく、指示したことがが違法か合法かが問題なのだ。── 世間の人々は、ここを勘違いしている。

 さて。論点はわかった。では、この論点(指示したことは違法か合法か)には、どう答えることができるか?
 実は、簡単である。ホリエモンがどう主張するかに関係なく、宮内がこう述べている。
 「違法なことをしているという認識はなかった(合法的に経理の操作をしていると思った。)」
 当り前だ。あのような複雑な操作をしたのは、ズルを形式的には白に転じるためだ。純然たる悪を隠蔽するためではない。純然たる悪を隠蔽するとは、カネボウの不正経理のように、帳簿を書き換えることだ。証拠の改ざんである。ライブドアの場合には、それがなかった。
 ともあれ、宮内が違法なことをしているという認識がなかったのだから、ホリエモンが指示したのが違法なことであるはずがない。── これが答えだ。

 そもそも、明白な犯罪を堂々と経営会議で決めるはずがない。仮に、違法なことを決めるとしたら、こうなる。
 「こういう犯罪をやろうと思うんだが、どうだろう?」
 「それはやばいなあ。バレたらつかまるぞ。弁護士に頼まなくちゃ」
 「証拠の湮滅や改ざんも必要ですね」
 「秘密が漏れないような防護措置も必要ですよ」
 「バレたら知らんぷりをしようぜ」
 「つかまらないように海外逃避の方法も考えなくちゃ。資産も海外に移転しておこう」
 こういう謀議があったなら、それは「違法性を認識していた」と言える。しかし誰も、そんな謀議をしなかった。なぜなら、誰も犯罪をしているとは思わなかったからだ。「バレたらお灸を据えられるかも」(不適正な経営だと見なされて行政処分を受けるかも)ぐらいのことは思っただろうが、まさか犯罪と見なされて懲役刑という爆弾を食らうとは予想もしていなかっただろう。── つまり、検察や世間が狂うとは予想もしていなかっただろう。

 ともあれ、答えは得られた。「ホリエモンは粉飾を指示したか?」なんていう問題を出す必要はないのだ。その問題は、問題の論点自体がズレている。問題自体が、錯覚に基づいている。虚心に事実を見れば、ホリエモンや宮内が「経理の操作をしただけだ」(ズルをするつもりはあったが、犯罪をするつもりはなかった)ということがわかる。
 とういわけで、「小さな事件に大騒ぎをする必要はない」という結論が得られる。何度も述べたとおり。
 要するに、「大きな事件があるぞ、あるぞ」と勝手に思い込んでいるから、冒頭のような無意味な問題が提起される。勝手に無意味な問題を提起して、この問題への答えを知りたい、と思いたがる。馬鹿げた錯覚。この錯覚を理解することが大事だ。
(とはいえ、現状は。……嘆くのにも、飽きてきた。  (^^); )


● ニュースと感想  (9月20日b)

 「法と道徳」について。
 ライブドアのやったことが違法か合法か、ちょっと判然としないところがある。グレーだ、とも言える。そこで、次のような意見が生じる。
 「ホリエモンには道徳(倫理観)がなかった。彼は法律をゲームのように扱って、法の抜け穴探しをやっていた。しかしそれは、悪しき資本主義(拝金主義・市場原理主義)である。企業は金儲けだけに走るべきではない。経営者には道徳が必要だ」
 いかにももっともらしい理屈だが、今回の事件に関する限り、まったく理屈になっていない。

 まず、すぐに思いつく反論は、こうだろう。
 「経営者には道徳なんか必要ない。どこの経営者だって、道徳ではなく、利益第一の資本主義で行動している。トヨタだって、そうだ。この会社には、道徳なんてものはほとんどなく、ひたすら利益追求できているが、そういう会社から、経団連の会長が出た。ことさらライブドアだけについて、道徳などを主張するのは、公平性の観点からして、おかしい」
 これはこれで、その通り。とはいえ、いかにも形式論議であって、本質的ではない。「だとしても、トヨタもライブドアも、ともに道徳を備えるべきだ」という結論も出る。

 より本質的に言えば、こうなる。
 「道徳は必要ない、とは言わない。道徳はたしかに必要だ。ただし、道徳がないからといって、そのことをもってウルトラ級の厳罰に処するべきではない」
 道徳がない企業には、それなりのお仕置きを与えればいい。たとえば、お尻をぶつように、営業停止一週間にする。このくらいのお仕置きはあってもいいだろう。そのことで、企業に道徳心を持たせる。
 一方、道徳がないからといって、ウルトラ級の厳罰を処するというのは、とんでもないことだ。たかが「嘘つき」という不道徳をしたからといって、「上場廃止」だの「懲役刑の求刑」だの。……こんなことを言い出したら、たいていの会社は解体処分になってしまう。
 これは、いわゆる「万引きで死刑」というふうにも言い換えられる。もっと正確に言えば、「嘘つきで死刑」である。万引きは盗みをしたので、明白な犯罪だが、「嘘つき」は、盗みをしていないので、明白な犯罪ではない。グレーである。
 でもまあ、「嘘つきで死刑」という魔女狩りが、今の日本ではなされている。で、それでいて、その狂気性に気づかない人が多いわけだ。

 結語。
 「企業や経営者には、道徳が必要だ」
 という意見は、もっともらしい意見だが、その意見によって、法的にはほぼ無実の人を「魔女」と呼んで殺害することもある。そこには狂気性がある。おのれの狂気性(世間の狂気性)を自覚することが大事だ。
 ここでは、「自分は正しい」と思い込んでいる人こそ、最も狂人なのである。今の世間の論理は、オウムの麻原と同じだ。「こいつらには道徳が欠けているから、サリンで救済してやる」という論理。おのれの勝手な基準による道徳を、特定の相手にだけ勝手にいびつに当てはめて、それで正しいことをしていると信じ込んでいる。
 社会の麻原化(オウム化)である。狂気の日本。
 では、なぜ? それというのも、マスコミがその狂気性を報道しないからだ。オウムが信者を洗脳したように、マスコミが国民を洗脳する。かくて国民はそろって、魔女狩りという狂信的な破壊行為に突き進む。

( ※ なお、「魔女狩りとは何か?」という疑問への答えは、「ライブドア・二重の虚構」の 41頁以降で本質的にある。54頁も参照。ついでだが、岩波新書を含め、「魔女狩り」というタイトルの本はたくさんあるが、たいていは殺害法や殺害者や殺害理由を細かく記したウンチク本である。つまり、「魔女狩りはこういうふうに起こった」ということを示すだけで、「なぜ魔女狩りが起こったか」については答えていない。要するに、「魔女狩りの本質とは何か?」に答えてはいない。本当は、処刑道具や政治や金などが本質ではなくて、人間の心理が本質なのだが、そういうこと[錯覚]について言及しているのは、本書以外にはほとんどあるまい。)


● ニュースと感想  (9月21日)

 「テロリストの論理」について。
 テロリストとは何か?
 「テロリストとは社会に恐怖を与えようとする者」という定義が一般的だが、それではただの狂人である。狂人に対する対策などを考えても無駄だ。なぜなら実際には、テロリストは、発狂した狂人ではないからだ。あくまで正気だからだ。……つまりは、上記の定義のような認識は、本質的に狂っている。(テロリストを狂人と見なす人の方が、かえって狂っている。)

 では、正しくは? テロリストの本質は、こうだ。
 「自分では正義をなしていると信じて(自己陶酔して・錯覚して)、破壊活動を行なう者」
 たいていの過激派は、これに当てはまる。中東の過激派も、おおよそ当てはまる。さらには、次の人々も、この定義に当てはまる。
 これと似たものとして、次の例がある。  ライブドア事件では、人々は「投資家を欺く犯罪者たるライブドアを打倒することは正義だ」と信じる。そのあげく、加害者でなく被害者であるはずのライブドア株主に、莫大な損害をもたらす。容疑とした犯罪の損害よりもはるかにひどい損害をもたらす。(こっちの方が犯罪的だ。)
( ※ 詳しくは、「ライブドア・二重の虚構」170頁以降を参照。「検察によるテロ」の話。)

 たとえ話。
 「イラブ家の主人は、奥さんを欺いて、浮気をした。おまけに家計の財布をちょろまかして、50万円をこっそり取って、浮気代に当てた。それはしばらくバレなかったが、『イラブ家の浮気術』という告発サイトが暴露したせいで、世間に知られることになった。イラブ家を嫌う不治放送が検察にたれ込んだ。検察はホイホイと引っかかって、イラブ家の主人を逮捕することにした。ただし、普通に逮捕するだけでは、世間にアピールしない。そこで大々的に逮捕することにして、特殊装置(=特装)によってイラブ家を爆破した。爆破したせいで、イラブ家には巨額の損失が発生した。恐ろしく巨額の損失。── しかし、検察と世論は納得した。『奥さんのためには、家を爆破するのも仕方ない』と。その論理は、こうだ。『浮気を放置すると、世間の風紀が乱れるから、この爆破は正しい。正義のためには、巨額の損失をもたらす爆破は当然だ。正義のためには、被害者もろとも、悪の家をどんどん爆破してしまえ』」
 すなわち、テロリストの論理。
( ※ その一例は、9月18日b で記したサイトにある。その引用文を見るといい。)
( ※ どうしてこういうことが起こるのか? その理由は「ライブドア・二重の虚構」に書いてある。「魔女狩り」という言葉をキーワードにするといい。なお、前項[9月20日b]も参照のこと。似た趣旨のことが書いてある。)


● ニュースと感想  (9月21日b)

 「検察とマスコミ」について。
 前任の検察・特捜部長である井内という人が、以前、面白いことを言っていた。マスコミ批判。
 さらにマスコミとの戦いがあります。正直なところ、マスコミの取材と報道は捜査にとって有害無益です。マスコミが無闇に事件関係者に取材したり、特捜部が誰を呼びだして取り調べたとか、捜索をしたとかの捜査状況の報道をしたり、逮捕や捜索の強制捜査のいわゆる前打ち報道をしたりすることによって、事件関係者に捜査機関の動きや捜査の進展具合を察知され、事件関係者が否認や黙秘に転じたり、その口が固くなって供述が後退したり進展しなくなったり、証拠隠滅工作がなされたり、関係者の逃亡やあげくの果てには自殺に至るということが少なくありません。
 そのような報道や取材は、まさに、捜査を妨害し、事件を潰して刑事責任を負うべき者や組織にそれを免れさせ、社会正義の実現を妨げ、犯罪者及び犯罪組織を支援している以外の何物でもありません。それは、同時にマスコミが犯罪者そのものに成り下がっていることの現れであると言って少しも過言ではありません。
 その上、マスコミは、無責任に捜査をあおるだけあおっておいて、結果があおった通りにならないと、一転して手の平を返すごとく捜査を揶揄したり皮肉ったりするのが常套手段です。
 しかも間違ったあるいは捜査妨害の報道や取材をしても、謝罪するどころか、論理をすり替えて他に責任を転嫁するのが彼らのこれ又常套手段です。この世の中で、マスコミほどいい加減で無責任な組織はないというのが、私が特捜検事を長くしてきた経験に基づく実感です。  そして、そのような取材や報道をする記者達の動機は、社会正義の実現などという崇高なものでは決してありません。自分がマスコミの社内で高く評価されるための功名心、あるいはそれと裏腹の自分が低く評価されて左遷などされないための自己保身以外の何物でもないのです。
 そのような意味で、マスコミは、やくざ者より始末に終えない悪辣な存在です。少なくともやくざ者は、自分たちが社会から嫌われ、また社会にとって有害な存在であることを自覚し、自認しています。ところが、マスコミは表面的には社会正義の実現などというきれい事を標榜しながら、実際はそのような卑しい薄汚い動機に基づいて捜査を妨害し、社会正義の実現を妨げ、犯罪支援を行っているのです。
 そのようにマスコミは本当に有害無益な存在です。マスコミに気づかれずに強制捜査に着手できれば、その捜査はほとんど成功したと言っても過言ではありません。
( → コピペしたブログ
 こういうことを言っている検察自身が、マスコミを利用して、「ライブドアは悪党だ」という錯覚を振りまいたんですよね。汚いマスコミとグルになって、いっしょに悪をなしている。それでいてマスコミを批判する。笑止千万。
(ま、部長はマスコミ嫌いで、副部長はマスコミ好き、という差はあるのかも。それで副部長は解任されたのかも。)

 でもね。上の「マスコミ」という言葉を「見込み捜査をする、出世欲の強い検察官」に置き換えてごらんなさい。だいたい、同じことが当てはまります。
 で、捜査を妨害されるのは、「真相を把握しようとする、誠実な検察官」です。こちらは捜査を邪魔されっぱなしで、デタラメ検察官ばかりがのさばる。こう言う検察は「本当に有害無益な存在です」という彼の評価がぴったりと当てはまる。

 教訓。
 人のフリ見てわがフリ直せ。── この言葉を、検察に送りたい。

 [ 付記 ]
 ま、検察も馬鹿だが、マスコミがどうしようもない悪党であることは、検察もちゃんと理解しているわけだ。
 とはいえ、マスコミの横暴さを、「検察の捜査を邪魔する」という観点からしか理解できないのが、彼の視野の狭さ。自分の立場からしか、物事を考えられない。本来、国民の立場から、物事を考えるべきなのに。
 で、結局、マスコミにせよ、検察にせよ、自分の都合でばかり道を進むから、とんでもない方向に迷走して、自分の誤りを自覚できないわけだ。……他人の難点だけは目につくんですけどね。
( ※ ま、その点は、私も他人事は言えないかも。家でもちょいちょい言われている。「あなたって人は本当にまあ自分勝手なんだから!」)


● ニュースと感想  (9月22日)

 「泥棒と詐欺師」について。
 ライブドア事件の著作をいろいろと見ると、面白いことに気づく。ホリエモンの写真をさんざん利用していることだ。
 これらの本では、ホリエモンをさんざん批判していながら、ホリエモンの肖像写真を利用しているわけだ。自分の金儲けのために。── 呆れたものですね。
 ただし、法律違反ではない。公的な記者会見の写真だから、プライバシーの侵害にはならないし、肖像権も成立しないだろう。
 とはいえ、ホリエモンをけなして儲けるために、ホリエモンの写真を利用するなんて、倫理観のかけらもないようだ。よくもまあ、恥ずかしげもなく、そういうことができると思う。そういう連中が「倫理観が大切だ」などと説くのだから、聞いて呆れる。
 私が自著でなぜ赤いバラの写真を著作に利用したかというと、本当は何でもよかったのだが、とにかくホリエモンの写真だけは使いたくなかった。検察の写真もね。誰かを論じるのであれば、その誰かに負い目を感じるようなことはしたくない。……これが当然の倫理観だろう。

 ついでに言えば、「ライブドア監査人の告白」というタイトルも、「看板に偽りあり」と言えなくもない。「ライブドア監査人の告白」ならば正確だが。また、本当は、粉飾をしていたときの監査人は、他の二人であって、この人ではないのだ。このタイトルは「看板に偽りあり」だ。
 また、「〜告白」というタイトルなので、読者は「この公認会計士は、どんなふうに粉飾に加担したのか」と思って読み進める。すると、あにはからんや、実は、「粉飾には加担していませんでした。粉飾を阻止しました」と弁明してあるだけだ。悪の話かと思うと、善の話だ。肩すかし。(他の二人が、「私はこうやってズルをしたんですよ」と悪を打ち明けたのであればまだわかるが。)
 これでは「告白」ではなくて「釈明」である。「ライブドア監査人の釈明」または「ライブドア監査人の弁明」ならば、まだわかるのだが。というわけで、この本は、「看板に偽りあり」とか「タイトルが詐欺的だ」とか見なせるだろう。
 また、「マネーゲーム崩壊」という本は、サブタイトルが「ライブドア・村上ファンド事件の真相」だが、ここには真相なんか書いていない。「謎だ、謎だ」という疑問と、誰もが知っているような常識ばかりが書いてあって、「なるほど」と思えるような真相は何も書いていない。(ちょっと説明が上手なだけだ。)……とすると、これもまた、「看板に偽りあり」とか「サブタイトルが詐欺的だ」とか見なせるだろう。

 結局、ライブドア関係の本は、私の本を除いて、どれもこれも「泥棒」か「詐欺師」か、どちらかである。検察がインチキなだけじゃない。多くの著作もみんなインチキなのだ。
 なのに、こういう連中がライブドアを「インチキだ」と批判するのだから、ちゃんちゃらおかしくて、ヘソがお茶を沸かす。
 ま、これらの本は、省エネ対策には役に立ちそうだ。ヘソでお茶を沸かせるので、ガスを節約できる。

 [ 付記 ]
 誤解を避けるために注記しておくと、「上記の本はみんな駄目だ」と言いたいわけではない。本の内容は関係ない。表紙やタイトルなどが問題だ。その問題とは、
 「誰もが拝金主義である」
 ということだ。つまりは、「おれこそは聖人君子なり。ゆえに拝金主義のホリエモンを懲らしめる」なんていうのは噴飯ものだ、ということだ。
 世の中、誰もかもが拝金主義(詐欺・泥棒ふう)なのである。かくて、誰も大上段にかぶって偉そうなことを言う資格はないのだ、ということ。

( ※ なお、「私の本だけが正直者だ」と述べているわけではありません。そもそも私の本は、ホリエモンを懲らしめようとしているのではないから、これらの本とは範疇が全然異なる。どうせ分類するなら、私の本は「魔女狩り」研究の本の方に置いてください。バラ戦争のあたりでもいいです。  (^^); )


● ニュースと感想  (9月22日b)

 「厳罰主義」について。
 犯罪に対しては、厳罰主義というものがある。すなわち、
 「犯罪があったら厳罰に処すればいい。そうすれば犯罪の発生率が下がる」
 という発想だ。一種の恐怖政治のようなものである。しかし、「犯罪が起こったら事後的に罰する」というよりは、「犯罪が起こらなくする」という発想の方が、本質的である。このことは、飲酒運転についても当てはまる。
( → Open ブログ 飲酒運転についての「追記2」)

 ライブドア事件にも、この「厳罰主義」を唱える人が多い。しかし、そんなことになったら、次の問題が起こる。
 「ささいな不正経理でいちいち検察が出てきたら、検察がパンクしてしまう」
 このことを暴露するには、次のことを人々がそろってなすといい。
 「私は不正経理をしました。帳簿を間違えて、利益を多めに出しました。しかし本当は、利益はもっと少なかったのです。間違えて、税金を払いすぎてしまいました。そこで、税金を返還してもらいたいと思います。そのためには、検察に『利益が多すぎる』と認定してもらう必要があります。だから、どうか、私の犯罪を認定してください。」
 こう述べて、利益を多めに出した、という実例を示して、検察特捜部に自分を告発する。「私は不正経理をやったぞ」と。
 日本中の人がこういうふうに申告したら、検察はパンクするだろうが、検察がいちいちこういうのに対応するだけでも、話題になりそうだ。
 ま、物好きな人がいたら、検察に自分を告発してみてください。検察の馬鹿らしさを訴えるために。(ただし検察が馬鹿正直にあなたを逮捕するかもしれないので、リスクはあります。)


● ニュースと感想  (9月23日)

 「小悪の認識」について。
 ライブドア事件の裁判が続いているが、マスコミやホリエモンを含めて、どうして人々は真実を正しく認識しないのだろうか? 
 まず、真実とはこうだ。
 「ライブドアのなした経理操作は、小悪である」
 たとえば、架空取引というのは、「利益の移転」である。子会社の利益を親会社に移転することだ。これは、経理処理としては真っ黒だが、犯罪としては白に近い。なぜなら、連結決算のグループで見れば、グループ内の総額では何も変わっていないからだ。単に親会社の利益が増えて、子会社の利益が減っただけのことだ。……ま、インチキはインチキだが、脱税したわけではないし、ただの「嘘つき」であるにすぎない。実際、この程度のことなら、多かれ少なかれ、たいていの企業がやっている。たとえば、「子会社の利益を増やすために、子会社向けに払う代金を多めに払う」というふうな。……日常茶飯のことだ。(なぜそうするか? 税金を少なく払うため。一種の節税または脱税である。こっちの方がずっと悪質ですね。ライブドアの場合は、税金を多く払うことになるのだから、国民としてはかえって得である。)

 ともあれ、ライブドアのしたことは、悪は悪であるが、小悪である。比喩的に言えば、駐車違反みたいなものだ。形式的には明白な犯罪だが、どこにでもあるような平凡な犯罪であるにすぎない。
 にもかかわらず、人々は、これを正しく「小悪である」と認識しない。なぜか? 
 
 第一に、ホリエモンは、「自分はまったくの無実だ」と主張している。これは、ホリエモンが馬鹿だからだ、と言えるだろう。「グレーを白だと主張すればするほど、真っ黒に見える」ということに気づかない。ついでにいえば、ヤメ検弁護団もまた、強気一辺倒だ。これもまた、頭が悪いので、同じことに気づかない。
 で、ホリエモンもヤメ検も、頭が悪いせいで、自ら墓穴を掘る。よくある話。強気一辺倒の道を取り、真っ正面から壁に激突して、自損事故を起こす。馬鹿丸出し。

 第二に、世間は、「白か黒か」という単細胞な発想しかできないからだ。途中に「灰色」というものがあることに気づかない。これもまた、頭が悪すぎる。ほとんど昆虫並みの頭だ、と言えるかもしれない。いや、昆虫よりも、頭が悪いかも。
 たとえば、「ライブドアは倫理観が欠落している」「拝金主義に染まっている」などという理由で、「厳罰に処する」と結論する。頭が狂っているんですかね? 「真っ白でないから真っ黒である。ゆえに厳罰に処する」という昆虫並みの思想を取ると、日本中の全員が監獄に入れられる。恐怖の暗黒国家。(ただし、「自分は聖人君子であって清廉潔白な人間だ」と思い込んでいる自惚れ屋だけは、「自分は無実だから絶対につかまらない」と勝手に決め込んでいる。自己認識のできない阿呆ですね。……ホリエモンと同類。)
 
 ま、いずれにしても、頭が悪すぎ。それが問題の原因だろう。

 [ 付記 ]
 この問題を避けるには、「ライブドア・二重の虚構」のような本を読めばいい。そうすれば、真実がわかる。
 なのに現実には、そうすることがない。ホリエモンであれ、ヤメ検であれ、マスコミであれ、「ライブドア・二重の虚構」を読まないで、検察発表ばかりを信じる。
 とすると、物事の根源は、「人々が本を読まなくなったから」と言えるかもしれない。ネット時代には、本の売上げが減る。所得との比較では、昔の半額ぐらいのコストに下がっている(何しろ電子組版が可能になっている)のだから、もっと本が売れてもいいはずなのだが、今の人々は、ケータイばかりに金を払うから、本を買う金がなくなっている。一億総文盲化。一億総白痴化。……それが原因ですね。


● ニュースと感想  (9月23日b)

 「IT企業と錬金術」について。
 ライブドアについて、「利益を出していないのに時価総額をふくらませたから錬金術だ」という批判がある。しかし、それを言うなら、楽天だって錬金術師だし、今話題の mixi だって錬金術師だ。どっちみち、創業当初は、赤字なのに時価総額が多すぎる。そういう時期が数年間続いた。あらゆるIT企業に当てはまるだろう。(IT企業以外にも当てはまるが。)
 mixi は最近話題になっているが、これだって、利益額に比べて莫大な時価総額になっているから、錬金術師みたいなものだ。SNS (ソーシャル・ネットワーク・サービス)なんて、本当はたいしたことはないのだが、素人連中の期待が現実を大きく上回りすぎている。一種のバブルである。( Web2.0 なんていう馬鹿な言葉にだまされているわけ。)
 そもそも、mixi というのは、ユーザーは、加入した当初は大いにのめりこむが、やがては飽きて離れてしまうものだ。加入者が急増した時点では、将来の成長力があるように見えるが、早晩、行き詰まるはずだ。ブログ事業がたいして儲からないのと同様に、SNS もたいして儲かるはずがないのだ。
 実を言うと、「IT企業はみんな儲かる」という発想が、根本的に狂っている。ネット分野でも、goo だって infoseek だって Lycos だって excite だってたいして儲かっていない、という事実を見ればわかるはずだ。google が儲けたのは、google がIT企業だったからではない。ITという分野で、ITとは別の特別なこと(すごく儲かる方法)をなしたからだ。
 一般に、「すごく儲かる方法」には、ちゃんとした特別の理由がある。そして、それは、ITという分野とは何の関係もない。ITであれ、何であれ、「すごく儲かる方法」をやれば儲かるし、やらなければ儲からない。それだけのことだ。
 「 mixi はIT分野だから急成長するだろう」なんて思うのは、とんでもない勘違いである。
(「すごく儲かる方法」とは、何か? それは、次の著作で示します。ただし、「すごく儲かる方法」ではあるが、「誰もが楽して儲かる方法」ではありません。誤解なきように。この方法を使えばたしかに儲かるが、誰でもこの方法を使えるわけではない。比喩的に言えば、「すごいフォークボールを投げる方法」のようなもの。素人がやれば、ケガをするだけです。)

 [ 付記1 ]
 ブログなら多くの会社が無料サービスをしているが、たいして儲かっているわけではない。最大手の livedoor だって、たいして儲かっていない。これを「儲かる」と思うのであれば、まさしく「 livedoor は超優良企業だ」ということになるが。  (^^);
 SNS なら、so-net だって無償サービスをしている。 ( → 案内ページ
 これは、メールアドレスを登録して ID を取る必要はあるが、基本的には誰でも利用できる。クローズドなネットなので、加入にはいちいち手間が掛かるが、基本的には mixi と同じサービスを誰でも利用できる。mixi のかわりに nando.so-net.jp みたいな URLを使って、自由に使えるわけだ。
 しかし、こんなこと、やる気はありませんね。利用する人は、比率で言えば、少ないでしょう。mixi の会員が急増したといっても、たかが 500万人。多くは休眠会員だろう。このくらいまでは増えるだろうが、このあとはたいして増えるわけでもなさそうだ。  mixi という会社が「急成長する」という見込みは成立しないだろう。「急成長した」ということは成立したが、過去の延長上に未来があるわけではない。(素人株主はここでだまされる。)

 [ 付記2 ]
 結論ふうに言えば、こうなる。
 「詐欺師(または錬金術師)というのなら、Web2.0 なんていうことを大騒ぎしている連中の方がよほど詐欺師的である。嘘をついた本を書いて、金儲けをしよう、としているわけだ。」
 どうせ読むなら、まともな google 本でも読んだ方がいい。この会社の真価は、Web2.0 なんかではなくて、もっと根源的なところにある。それは普遍的な経営の問題だ。
 ただし、「経営がいいから大儲け」というふうになるとは限らない。優秀な経営をしていても、たいして儲からない会社も多い。google が優秀なことはわかる  ま、儲かる理由が Web2.0 のせいでないことは確か。これで儲かるなら、livedoor は Web2.0 をやっているので、livedoor を「超優良会社」と推奨した方がいいでしょう。……かくて世論は、自己矛盾に陥る。
 「mixi はすごい」なんていう記事を連発している新聞は、livedoor やホリエモンを持ち上げてから落としたことを、すっかり忘れているようだ。そのうちまた、同じふうに、mixi を落とすのかもね。自分で持ち上げて、自分で落とす。……損をするのは、引っかかった株主。となると、真の詐欺師は、マスコミであろう。


● ニュースと感想  (9月23日c)

 「ジダンの頭突きの理由」について。
 ジダンの頭突きの理由となった、イタリア人選手の暴言の内容がほぼ明らかになった。
マテラッツィがジダンのユニフォームを引っ張った際、ジダンが「そんなに欲しければ後でやるよ」と挑発的な言葉を投げたので、「もらうのなら、姉妹の方がいい」と、やり返したという。
( → Yahoo ニュース
 マスコミはこう報じているが、私は言葉を真に受けるほどお人好しじゃない。こんな言葉で頭突きが起こるはずがない。では、真相は? 
 まずは英語サイトで調べると、こうだ。「 I'd prefer your sister.」
 フランス語でも、同じ語源のほぼ同じ言葉が使われているので、まったく同義。
 イタリア語ではどうかというと、うまく調べられなかった(見つからなかった)ので不明。

 私の評価は? 
 「 prefer 」なんていう上品な言葉をサッカー選手が(罵倒のために)使うはずがない、ということ。どうせなら、もっと俗っぽい言葉を使うはずだ。で、それを日本語に直せば、こうだ。
 「(おまえはオカマかよ? 汗臭い)シャツがほしいのか? だったら、あとでやるよ」
 「ふん。(汗臭い)シャツなんかより、てめえの(汗臭い)姉ちゃんをくれよ」
 これは、聞きようによっては、「おまえの姉ちゃんは売春婦だ」とも聞こえる。で、ジダンにとっては、「姉を売春婦扱いされた」というふうに聞こえる。
 で、その理由はなぜかというと、そもそも「(汗臭い)シャツをやるよ」と自分が先に侮辱したからだ。自分が侮辱したから、相手の言葉もまた侮辱として聞こえるわけだ。……これはまあ、一種の「錯覚」だと言えなくもない。  (^^);

( ※ この件に限り、おしゃべりふうの私的なご意見も受け付けます。ご意見は nandoブログ へどうぞ。ただし、あまり真面目なことは書かず、下らないことを書いてください。)

 [ 付記 ]
 私の感想を言えば、こうだ。人々がホリエモンを非難するのは、人々がホリエモンを侮辱したがっているからだ。なぜかと言えば、自分たちがホリエモンに侮辱されたと感じたからだ。で、なぜ、人々がホリエモンに侮辱されたと感じたかというと、かねてホリエモンを「すばらしい金持ち」と羨ましがっていたからだ。羨ましがっていたがゆえに、そのあとで裏切られたと感じたわけだ。(この点は、「ライブドア・二重の虚構」の34頁のあたりを参照。)
 その点、私は、ホリエモンが何百億円もっていようと、ちっとも羨ましくなかった。だから別に、侮辱されたとは感じないし、怒って非難したくなることもない。私のホリエモンに対する感情は、ただ憐れみである。
 ホント、愚かしくも哀れな男ですねえ。さんざん美食を尽くして、最後には糖尿病か肝臓病で死にそうだし。フォアグラみたいなものです。……となると、刑務所でふたたび麦飯ダイエットした方が、長生きできそうだ。


● ニュースと感想  (9月23日d)

 【 予告 】
 本日は、詰まらない話がいくつか。
 明日から、ライブドア事件の本質を述べて、ライブドアシリーズを終えます。
 ライブドア事件をどうしてこれほどまでに述べたか、その核心を述べます。
 (本日は、落ち穂拾いふうに、詰まらない話題。)


● ニュースと感想  (9月24日)

 「老けた太陽族」について。
 国旗・国歌への起立・斉唱を強制する東京都の方針に、違憲判決が出た。「尊重」ではなくて、「強制」なのだから、違憲判決は当然だろう。
(この「強制」という点が問題となっている。「尊重」のことではない。ここを勘違いする人が多いので注意。国旗・国家であれ、葬式の死者であれ、褒賞の受賞者であれ、各人が自発的に出席して「敬意」を払うのはいい。しかし、権力が特定物への「敬意」を否応なしに強要して、それに逆らうと処刑する、というのでは暗黒国家だ。他人が尊重するものを侮辱するのはとんでもないが、何もしないで黙って静かにしている権利ぐらいは認めてほしいものだ。)

 で、これについて、皮肉を一言。
 「太陽族も老けたものだ」  (^^);
 慎太郎といえば、反逆精神を売りにした作家だ。真面目な文学者が多いなかで、慎太郎は極端な反逆精神を見せた。「太陽族」という言葉が話題になったり、世間の総スカンを食ったりしたものだ。……ま、若い文学者というのは、そうであってもいい。
 とすれば、国旗・国家への義務づけの制度が出てきたら、太陽族はそれに真っ先に反発していいはずだ。慎太郎は、真っ先に「反対」ののろしを上げていいはずだ。しかるに、その逆だ。慎太郎も老けましたねえ。

 彼は、政治に染まったすえ、文学的才能もすっかり衰えてしまったようだ。今ではもう、慎太郎の才能は、金正日並みかもしれない。北朝鮮では、
 「偉大なる首領様!」
 と唱えるのを義務づけて、それに従わない国民を、断罪する。下手をすれば、銃殺だ。権力への服従を強いる、恐ろしい暗黒国家。……あの国は、東京都にそっくりですね。

 ( 写真は、この人と、この人です。お仲間で、この人も。)

 [ 余談 ]
 リベラルなマスコミは、国旗・国家問題では、権力者による一方的な強要に反対している。とはいえ、目を転じよう。マスコミは、「検察」という権力者にだけは、ペコペコと頭を下げて従うのだ。……ライブドア事件には、そういう根源的な問題がある。


● ニュースと感想  (9月24日b)

 「錬金術の有無」について。
 ライブドア事件においては、その犯罪性については、検察もヤメ検も大鹿・魚住も、みんな「違法性の有無」という法律問題ばかりを論じている。しかし私は、犯罪性については、「錬金術の有無」を論じたい。これこそが核心的だからだ。(実際、検察は、この「錬金術」をもって、被告の悪質さと断罪している。 → 9月19日
 では、錬金術は、あったのか? これについては、「ライブドア・二重の虚構」でも論じているが、それとは別の観点から、次のように結論しよう。

 仮に錬金術があったとすれば、「ほとんど何もないところから、金を転がして、資本金を利益に見せかけるだけで、規模を拡大した」ということになる。とすれば、ライブドアは虚業であって、何ら生産活動をしていない、ということになる。
 ならば、2005年9月期には、錬金術をしたか、利益を生み出せないか、どちらかであるはずだ。しかし、これは矛盾する。
 この事実は、「ライブドアが錬金術をしていた」という疑惑を否定する。つまり、錬金術なんか、やっていなかったのだ。

 では、なぜライブドアは、2004年9月期には赤字決算で、2005年9月期には黒字決算なのか? ── このことは、経理マンや検察には、とうてい理解できまい。しかし、経済学者ならば、簡単に答えられる。日本全般の景気状況の改善である。つまり、2005年9月期には、別にライブドアだけが特別に好決算になったわけではない。2005年9月期には、多くの企業が、普通の黒字を出していた。その一方、2005年9月期には、多くの企業が、赤字を出していた。
 結局、2004年9月期には赤字決算で、2005年9月期には黒字決算だ、というのは、単に、「ライブドアは、他の企業と同様の決算だった」ということを意味するだけだ。そして、そのことは、ライブドア一社の状況で決まるのではなく、日本全体のマクロ的な経済状況で決まるのである。(マクロ経済的な認識。)

 さて。そうだとすれば、ライブドアが錬金術などをやる必要はまったくなかったし、もともと錬金術などはやっていなかった、と結論できる。なぜなら、2005年9月期に 150億円の利益を出せるような企業は、普通の優良企業であるからだ。まともに生産活動をして、まともに営業利益を出す。── それだけのことだ。
 ただ、2004年9月期には、景気の悪化にともなって、ライブドアもまた赤字決算となった。それでは印象が悪い。そこで、ブスがお化粧をするように、ライブドアも決算にお化粧をしようとしたわけだ。たいていの企業は、自社の赤字をそのまま正直に報告したが、ライブドアは下心があったので、自分を良く見せかけようとしたのだ。

 結局、こう言える。
 数年間にわたって経理のインチキをやっていたとしても、最終的に年間 150億円の利益を生み出せるならば、その企業は、虚業ではない。なぜなら、「富を生み出すもの」という実態が、最終的に生じたからだ。
 一般に、IT分野の新興企業というものは、創立してから数年間は、赤字である。しかし、だからといって、その企業を、「永遠に赤字体質だ」と見なしたり、「実態がない」と見なしたりするのは、勘違いである。楽天であれ、mixi であれ、多くの企業は創立後数年間は赤字だが、だからといって虚業であるわけではない。「ずっと赤字だから虚業だ」と思うのは、経理のことしか考えられない経理馬鹿(つまり経済音痴)の発想だ。
 ライブドアを「錬金術師」と見なすのは、こういう経理馬鹿の勘違いである。

 この勘違いは、次のようにも説明できる。
 詐欺師がインチキをして、客から金をだまし取ったとしよう。これは犯罪か? 犯罪かもしれない。しかし、最終的には、奪った以上の金を客に返済したならば、その詐欺師は実質的には詐欺師ではなかったことになる。
 この詐欺師に対しては、違法なことをしたという理由で非難してもいい。形式的な罪があると咎めてもいい。しかし、奪ってもいない金を「奪った」と非難するのは、とんでもない勘違いである。まして、奪ってもいない金を「奪った」と非難したあげく、この詐欺師を監獄にぶち込んで、そのせいで、客が受け取るべき金が消失してしまったとしたら、本末転倒であろう。ここでは、正義の名のもとに悪がなされたことになる。

 ともあれ、錬金術などはなかったし、詐欺もなかった。形式的ないし部分的にはあったかもしれないが、最終的にはすべては帳消しにされて、全体的・実質的には錬金術などはなかったのだ。ライブドアは虚業ではなかったのだ。他のIT企業と同様に、最初は赤字で、数年後に黒字になった、という、それだけのことだ。── ただし、それだと見かけが悪い。そこで、ライブドアは、見かけを取りつくろうために、素顔を偽るようなお化粧をした。で、そのお化粧を「嘘つき」と咎められて、大々的に非難されてしまったのだ。人々の錯覚ゆえに。

 [ 付記 ]
 比喩的を使って説明しよう。
 ライブドアは、お化粧をした。そのお化粧のために、資本金を食いつぶした。では、その意味は?
 ライブドアのしたことは、「将来の成長の原資を食いつぶす」ということだが、それは、タコが自分の足を食うのと同じである。もちろん、そういうことは通常、認められない。(悪といえば悪である。)とはいえ、景気が悪化したときに、タコが一時的に自分の足を食うだけならば、たいして問題とはならない。
 タコが永続的に自分の足を食うのであれば、エンロンと同様な問題(架空利益)が生じる。(タコがどんどん自分の足を食うと、8本で食い尽くすので、9本目の足はない。9本目の足はないのに、あるように見せかけると、エンロンのような問題が生じる。)
 とはいえ、8本の足のうち1本を食うだけなら、自分で自分の足を食うだけだから、特に問題とはならない。別に、他のタコの足を食ったわけではないからだ。
 ま、自分の足を食ったのに「よその魚を食べました」と告げれば、「嘘つき」にはなる。だが、「泥棒」にはならない。
 で、嘘をついたあと、景気がよくなると、自分の足がまた生えてきて、タコの足は8本になる。こうなると、先に食べた分の1本を返済することができるので、何ら問題はなくなる。自分の足を食べたことの悪は消えてしまうのだ。たとえ悪があっても、その悪は消えてしまうのだ。
 要するに、タコが自分の足を食べたとしても、黙って放置すれば、何ら問題は発生しなかったわけだ。せいぜい「自分の足を食べたんだから正直に言いなさい」と忠告すれば済んだ問題だ。
 なのに、実際には、「タコが正直に言わないで嘘をついたぞ」という理由で、タコを監獄に入れて、干上がらせてしまった。そのせいで、タコの持主は、かえって大損してしまった。正義漢ぶった連中が、「嘘つき」という小さな罪を大々的に摘発して、タコそのものを処刑してしまったので、結果的には、「嘘」の被害を上回るとんでもない大被害が発生した。
 まとめて言おう。タコはたしかに嘘をついた。だが、錬金術で自分の足をどんどん増やしたのではなくて、単に自分の足を1本食っただけだ。なのに、それを勘違いした人が、「タコは錬金術をやった。自分の足が無限にあるように見せかけた」と大騒ぎした。そのせいで、ありもしない大犯罪を、あるかのように見せかけた。
 「錬金術」という形で、「ありもしないものをあると見せかける」という詐欺があったとしたら、それは、ライブドアがやらかしたというよりは、検察がやらかしたのだ。ライブドアが「ありもしないをあると見せかけた」のではなく、検察が「ありもしない犯罪をあると見せかけた」のである。……で、検察のなした「犯罪の錬金術」に引っかかって、見事にだまされたのが、世間とマスコミだ。
 ライブドア事件とは、検察による「犯罪の錬金術」という事件なのである。つまり、ありもしない犯罪をあると見せかけた、(金でなく犯罪の)詐欺事件。── これが真相だ。

( ※ 一番最初に「ホリエモンの錬金術」と騒いだ人が、検察と世間をまんまとだました、最悪の詐欺師だったわけだ。考えれば、検察もまた、この詐欺師に引っかかった被害者だ、と言えそうだ。なお、この詐欺師は前科一犯です。さすがに犯罪慣れしていますね。詐欺師は他人を詐欺師と批判することで、自分を詐欺師ではないと見せかける。)
( ※ この詐欺師を利用した一番のずる賢い人は、誰か? やはり、Fテレビの社長でしょうねえ。「ライブドアをぶっつぶしてやる」という宣言を見事に実現した。日本中をうまく引っかけた。……彼が悪質というより、引っかかった連中が馬鹿なだけかも。おめでたい連中。)
( ※ 本項と同趣旨のことを、別の視点から語ったこともある。エンロンとの比較だ。 → 9月19日b


● ニュースと感想  (9月25日)

 「小悪と巨悪をめぐる錯覚」について。
 ライブドア事件の核心は、錯覚である。この錯覚は、一言で言えば、こうだ。
 「小悪を巨悪と錯覚する」
 これは、換言すれば、こうなる。
 「罪の有無だけを論じて、罪の大小を論じない」
 検察は「有罪だ」と論じるし、弁護側は「無罪だ」(または情状酌量の余地がある)と論じる。ここでは、罪の有無だけを論じている。しかも、論じているのは、「不正経理」という小悪の有無だけだ。

 それでいて、検察が求刑するときには、「この上なく悪質な犯罪だから、厳罰を」と論じる。ここでは、罪の大きさをまったく論じることなしに、「巨悪だから」と勝手に決めつけて、「犯罪背が証明されたから、巨悪なのだ」と決めつける。(実際には、小悪が証明されただけなのだが。)
 一方、弁護側も同様で、「巨悪ではない」と論じることなしに、単に「有罪ではない」「小悪ではない」と証明しようとする。(もちろん、現実には小悪なのだから、そんな主張は成立しないで、敗北する。)

 結局、検察であれ弁護側であれ、「罪の有無」だけを論じて、「罪の大小」を論じない。かくて、「小さいものを大きなものと錯覚する」ということについては論じないまま、最終的な結論が出されるようになる。(論証なしの結論。近代裁判制度の否定。)

 では、正しくは? 語るべきことは、「罪の有無」ではなく、「罪の大小」なのだ。「罪の大小」とは、「大きな罪の有無」のことであり、「錬金術の有無」のことである。すなわち、「ライブドアは六千億円を盗んだか」ということである。しかるに、これについては、検察も弁護側も無視する。大鹿も魚住も無視する。なぜなら、これは、法律の問題ではなく、経済の問題だからだ。経済の問題は、彼らの理解の及ばないところだからだ。
 かくて、人々は、勘違いをする。どんな勘違いか?
   ・ 「不正経理」と「六千億円の詐欺」とを、区別できない。
   ・ 「不正経理」と「六千億円の詐欺」とを、同じことだと見なす。
   ・ 「不正経理」を証明して、「六千億円の詐欺」を証明したつもりになる。
 こういう勘違いだ。

 この勘違いに基づいたすえ、人々は「ライブドアは不正経理をしたか」ということばかりを論じたあげく、「不正経理があったのだから、六千億円の詐欺があったのだ」と結論する。(いくら探しても、六千億円の金は詐欺師の手元にはないのだ、ということに気が付かない。)

 人々は錯覚にとらわれている。人々が正気を取り戻す日は来ないのだろうか? 人々が真実に目を向ける日は来ないのだろうか? ……もしかしたら、来ないかもしれない。が、だとしても、とりあえず私は、真実を訴え続けよう。
 また、彼らは無知であるとしても、世間には無知でない人々もいる。そういう人々のために、私は真実を訴え続けよう。「詐欺などはなかった」と。「かわりに錯覚があったのだ」と。

( ※ 本日分は話が短いのですが、物足りないとお思いでしたら、Open ブログ をご覧ください。)


● ニュースと感想  (9月26日)

 「錬金術の錯覚」について。
 「ホリエモンの錬金術」という経理屋のサイトが、嘘八百のデタラメだ、ということは何度か述べた。このことは、詳しく説明すると、経済学的に面倒になる(多大な分量を要する)ので、ここでは詳しく説明することはしない。ただし、これは「経済学的な無知による」という核心は、はっきり指摘しておこう。

 この「錬金術」というのが、どうして間違いかは、次のことからわかる。
 「ホリエモンは莫大な現金を手にしていない」
 上記の錬金術サイトでは、「ホリエモンは一般投資家から莫大な金を奪った」と批判している。しかし、現実には、ホリエモンの手元には、塩漬けになった株があるだけだ。この株も、平松社長がライブドアを崩壊させた時点で、無価値になる。結局、手にしている金は、まったくない、という結果になる。(少しはあるが。)

 では、どこから、この錯覚が生じたか? 次のことだ。
 「ライブドアの株価が七千億円の時価総額があるというのは、計算上の値にすぎない」
 一株が 700円で、十億株あった。だから時価総額は七千億円である。そういう計算が成り立つ。……しかし、その計算は、あくまで計算値にすぎない。現物の金が七千億円も流れたわけではないのだ。
 現実に流れたのは、そのときの市場における株だけだ。たとえば、百万株。その百万株に 700円という価格が付く。しかしそれは、十億株のうちの、たった1%にすぎない。すべての株に 700円という価格が付いたわけではない。
 
 「株は売るまでは現金にならない。売るまではただの帳簿上の価格にすぎない」
 これが真実だ。にもかかわらず、経理屋は、帳簿の金を現実の金だと思い込む。帳簿上でホリエモンが千億円の株をもっていたら、千億円の金を株主から奪った(詐欺をした・錬金術をやった)と思い込む。本当にそうであれば、ホリエモンの手元に千億円の現金があるはずだ。しかし、現実には、そんな金はまったくない。

 要するに、ここでは、次の錯覚がある。
 「帳簿上の金を現実の金だと思い込む」
 これは経理上の数字を現実の現金と同一視する経理屋の陥りやすい錯覚だ。それはまた、経済学を知らない者にはよくある錯覚だ。

      *    *    *    *    *    *    *    *    *

 では、経済学的に言えば、どうか? 「ホリエモンが金を奪った」というのは、ある程度は真実である。しかしそれは、あらゆる創業者に言えることだ。楽天の社長であれ、ソフトバンクの社長であれ、mixi の社長であれ、リクルートの社長であれ、あらゆる創業者は、「創唱者が一般人の金を奪った」というふうになる。そして、それをもって「いけないことだ」「悪いことだ」と批判するとしたら、資本主義経済そのものを否定していることになる。それはつまり、「経済というものをよく知らないまま、経済というものの欠点ばかりをあげつらって、イチャモンをつける」ということに等しい。ただの揚げ足取りだ。

 経済に限らず、どんな分野にも、美点と欠点とがある。そのうちの欠点だけを見て、「こいつは駄目だ」というふうに否定したら、「角を矯めて牛を殺す」というふうになる。
 資本主義経済というものには、「創業者が奪うことでボロ儲けする」という欠点(悪しき面)がある。だからといって、資本主義経済を否定しても仕方ない。また、資本主義経済のなかのたまたま目立つライブドアという一社だけを取り上げて、「こいつは悪党だ」と批判しても仕方ない。
 この一社がたまたま「不正経理」という形式的な犯罪性のあることをしていたとしても、そのことと、資本主義の欠点(「創業者が奪うこと」)とは、まったく別のことだ。この両者を混同しているところに、上記の経理屋のサイトの経済的な無知がある。
 端的に言えば、「不正経理」は小さいが明白な犯罪であり、「創業者が奪うこと」は巨大な不道徳である。小さな犯罪と、巨大な不道徳はあるが、巨大な犯罪があるわけではない。ここを混同するべきではない。

 比喩的に言おう。
 小泉という首相は、女の面では、非常に汚いことをやったらしい。とんでもない悪党だ。倫理的に非難するに値する。が、だからといって、その倫理的な悪と、首相としての政治的な悪とは、まったく別である。女の面で汚いことをしようがしまいが、小泉の「構造改革」路線の悪はある。それはまた、小泉だけに限らず、(竹中を初めとする)古典派経済学者たちに共通する悪である。
 ここで、「小泉は女の面で悪だ」と批判するのはいい。しかし、「小泉は女の面で悪だから、経済面でもとんでもない悪だ。女の面で何人かの女をだました詐欺師だから、経済面でも一億人から金を奪った詐欺師だ。つまり、巨悪だ」と決めつけるのは、とんでもない論理の飛躍だ。女の面の悪は小さな悪であるにすぎない。経済面での悪は、巨悪かもしれないが、小泉一人の責任にできるものではなく、他の多くの人も同様のことをやっている巨悪なのだ。その巨悪は、犯罪ではなくて、ただの経済政策であるに過ぎない。

 ホリエモンが不正経理をやったというのは、小泉の女問題と同じような、小さな悪だ。ホリエモンが巨額の金を奪ったというのは、他のIT長者と同じように、資本主義においては当然の原理であるにすぎない。それは巨悪かもしれないが、その巨悪は、犯罪ではなくて、ただの不道徳(法的には平凡な経済行為)にすぎないのだ。
 結局、いくら悪(不道徳)に見えても、創業者が巨額の金を奪うことは平凡な経済行為にすぎないのだ。

 では、なぜ、巨額の金を奪うことが許されるのか? 資本主義というのは、そういう社会システムであるからだ。資本主義というのは、決して、善意の人々による善意のシステムのことではなくて、薄汚い連中がエゴを剥き出しにするシステムである。そこでは、成功した資本家というものは、事業において成功した分をほとんど独り占めするような権利を持つ。もともと奪うこと(非倫理的なこと)が許容されているのが、資本主義というシステムなのだ。
 なのに、「一般投資家の金を奪ったからけしからん」と否定するのは、単に、資本主義社会とは何かを知らないだけであるにすぎない。あるいは、「資本主義社会とは、善意のシステムだ」と錯覚したあげくの思い込みにすぎない。

 これがただの思い込みにすぎないことは、次のことからわかる。
 「経理屋のサイトが『(ホリエモンの)錬金術』と批判したことは、法的にはまったく違法性がない。それゆえ、検察としては、『(ホリエモンの)錬金術』を、違法行為として起訴することはできなかった
 錬金術という言葉はさんざん話題になったが、結局は検察の起訴の訴因には入っていないのだ。
 いわゆる錬金術というのは、汚いことは汚いが、合法的なありふれた(汚い)経済活動にすぎない。これを違法とするのであれば、日本人の大半を監獄に入れる必要がある。(客をだまして金を巻き上げるなんていうことは、多かれ少なかれ、あらゆる企業がやっている。
 そういう経済常識を知らない経済音痴が、勝手に「非倫理的」を「非合法」だと混同して、「汚い金儲けをしているから、とっちめてやれ」といきりたって、「錬金術」と名付けたわけだ。で、そのデタラメに引っかかったのが、無知な検察だ。
 しかし、無知ゆえの思い込みで断罪することは、あってはならないのだ。( → 9月24日b の最後
 
 ホリエモンを批判する人の多くは、「企業は倫理的であれ」とか、「拝金主義はけしからん」とか、勝手に理想的な企業像を持ち出して、その理想的な企業像から懸け離れていることを、ライブドアの罪の理由とする。……しかし、それは、とんでもない勘違いなのだ。
 そういう勘違いに基づく議論は、ただの書生論議にすぎない。そういう素人の妄想の上に立って虚構の主張を構築するよりは、まずは「経済とは何か」をちゃんと勉強するべきだろう。

( ※ 「じゃ、どういうふうに、経済を勉強すればいいんだ? マクロ経済学じゃなくて、個別の企業経営における経済の話は、どこに書いてあるんだ」という疑問が生じるだろう。その疑問への答えは、私の書く次の本に示してあります。そっちを読んでください。……宣伝みたいで、済みません。しかしまあ、私のホームページなんだから、私の著作の話が出てくるのは、当り前です。これもまた資本主義経済では当り前の原理。私のことを「キリストのような聖人でないからけしからん」と思う人がいたら、とんでもない勘違いです。……そんな勝手な錯覚をして他人を非難するのは、上記の経理屋だけで十分だ。)

( ※ 比喩的に言おう。「女というのは、かわいくて優しくて、萌えキャラをしているものなんです」と思うのは、とんでもない錯覚である。その錯覚に基づいて、「この女は汚いことをしたから、殺してやったんだ。当然だ」と弁解するのは、とんでもないことだ。「女というのは、かわいくて優しい萌えキャラなんかではない」と、はっきり現実を知るべきだ。女のきれいな点も汚い点も、はっきり知るべきだ。……勝手に妄想して理想像をいだいて、その理想像に反したからという理由で相手を罰するのは、狂人のやることだ。……だから私は重ねて言う。「錯覚から醒めよ」「妄想から醒めよ」「真実を知れ」と。)

 [ 付記 ]
 もう少し説明しておこう。経済学的な説明。
 上記の錬金術サイトは、こう主張する。
 「ライブドアは不正経理で利益を計上していただけであり、本当は利益を生む力がなかった。利益を生み出せないのだから、その実態は虚業である。つまり、会社は無価値であった。無価値の会社に、べらぼうな価格をつけたのだから、詐欺である」
 この主張は完全な間違いである。なぜなら、「利益を生み出せないのだから、その実態は虚業である」ということは、成立しないからだ。そのことは、次のことからわかる。
 「楽天もまた、長らく赤字または利益ゼロの状態が続いてきたが、企業の価値が無価値であるわけではない」
 「2002年ごろには、多くのIT企業が赤字または利益ゼロであったが、企業の価値が無価値であるわけではない」
 では、正しくは? こうだ。
 「企業の価値とは、現在の利益水準で決まるものではなく、将来の利益水準を含めた長期的な利益水準で決まる。長期的な利益水準にとって大事なのは、利益と生産量の双方である」(つまり、利益だけではない。)
 ソニーや日立の利益がほとんどゼロになる年もある。しかし、利益がゼロになったとしても、巨額の生産量があるのであって、まさしく生産活動をしている。それゆえ、これらのの企業には、立派な価値があるのだ。たとえ利益がなくても。
 企業の価値は、利益だけで決まるのではない。むしろ、生産活動の方が大事だ。企業の本質は生産活動なのだ。その生産活動が、年ごとに、質的に改善したり改悪したりすることで、利益水準が上がったり下がったりする。利益水準は、質の程度を示す。しかし利益が企業の本質ではない。生産活動こそが本質なのだ。
 たとえば、ソニーという会社で大切なのは、デジカメや液晶テレビなどの商品を生産することだ。この生産活動が本質である。
 しかしながら、物事を経理の数字だけで見ると、企業の帳簿の利益額だけが企業の本質だと思い込む。利益が黒字なら実体があると思い込み、利益がゼロなら実体がないと思い込む。── そういうふうに、物事を帳簿の数字だけで決めつける。あげく、現実の生産活動を無視する。
 これが「経理至上主義」という発想だ。つまりは、経済音痴の発想だ。

 繰り返す。経済活動の本質は、利益ではない。現実にまさしく何かを生産するということだ。つまり、生産活動だ。── その生産活動の結果として、黒字が出たり赤字が出たりするが、それは生産活動の質を示すだけであって、生産活動の有無を示すのではない。
 実を言えば、会計というのは、とても大切である。生産活動の質の良し悪しを調べるためには、会計の知識が是非とも必要だ。しかし、だからといって、会計屋が企業のすべてを知っていると思ったら、とんでもない間違いだ。会計屋が知っているのは、物事の一面にすぎない。技術内容も労働者心理も何も知りはしない。そういう無知な連中が、自分を全能の神だと思ったあげく、勝手に企業を「虚業」だと決めつける。あげく、その錯覚を社会に振りまいて、「こいつは虚業でだました詐欺師だ」と吹聴する。
 こういうふうに、おのれの経済的な無知を棚に上げて、デタラメを吹聴して、社会をたぶらかす経理屋こそが、本当の詐欺師なのだ。

( ※ ライブドアがどのくらいの生産活動をなしているかは、ライブドアの上げた利益額で測られるのではなく、ライブドアの売上高で測られる。多くの従業員がいて、たくさんの売上高を得ているのであれば、そこには確かに生産活動がある。結果的に赤字を出したかどうかは、あまり重要ではない。……そのことは、ライブドアに限らず、楽天にも当てはまるし、ソフトバンクのケータイ事業にも当てはまる。)
( ※ 利益ばかりを重視して、生産活動を無視する、というのは、人々の犯しやすい錯覚である。実際、「経済とは利益を増やそうとする活動のことだ」と主張する人が多い。……こういうふうに、利益だけを重視して生産活動を無視する、という拝金主義の発想は、経済についての錯覚である。この錯覚は、根本的に是正される必要がある。……この件は、話が長くなるので、次の著作で詳しく説明される。)


● ニュースと感想  (9月27日)

 「ライブドア事件の蛇足」について。
 ライブドア事件について、本質については本日別項(前項)で述べるが、蛇足ふうの話を一つ追加しておこう。
 裁判の判決を予想をすれば「有罪」だが、その理由は弁護士の怠慢である。これほど怠慢な弁護士は見たことがない。今回の事件では、検察や東証やマスコミも主犯となるが、弁護士もまた主犯の一つに追加されそうだ。いずれも「なすべきこととをやっていない(むしろ正反対のことをやっている)」ことで、世間に錯覚をもたらす。

 今回の裁判では、「ホリエモンは社会に莫大な損害をもたらした極悪人だ」ということが、何ら論証なしに決まりかけている。なぜなら、検察は論証なしにそれを主張し、弁護側は何一つ反論しないからだ。反論しなければ、検察側の主張がまるまる受け入れられる。
 これは「弁護の放棄」である。オウムの麻原裁判では、地裁では論議があったが、高裁と最高裁では論議なしに「控訴棄却」となった。記事を引用しよう。
社会を震かんさせた事件の首謀者に対する裁判は、96年4月の初公判から10年余で、控訴審が一度も開かれることなく打ち切られた。
( → Yahoo ニュース
 これは弁護士の怠慢である。裁判所側はこれをほとんど違法行為と見なして、弁護士の処分を要求した。
 しかし、これはまだマシである。地裁では論議があったからだ。ところがライブドア事件では、地裁でさえ論議なしに、「ホリエモンは社会に莫大な損害をもたらした極悪人だ」ということが決まりかけている。弁護側の怠慢のせいで。
 本来ならば、「ホリエモンは社会に莫大な損害をもたらしていない」ということを論証するべきだ。あるいは、「ホリエモンは社会に莫大な損害をもたらしている」という検察側に、その主張の根拠を論証させ、その論証を崩壊させるべきだ。そのことで、世間全般にある「ホリエモンは社会に莫大な損害をもたらしている」という錯覚を覚醒させるべきだ。── そしてそのためには、「ライブドア・二重の虚構」の内容をそっくりそのまま引用するだけでいい。誰にでもできる。なのに、その簡単なことを、ちっともやらない。ひどい怠慢。
 
 本来ならば、この時期には、弁護側はそのことをすでになしていて当然だ。それをもって、社会にある錯覚を覚醒させていて当然だ。なのに、やらない。社会の錯覚を放置する。── こんなにひどい弁護士は、麻原の弁護士よりも、もっと悪い。
 この弁護士のやっていることは何かと言えば、「私はすごく優秀です。だから検察を打ち負かして、無罪に持ち込めそうです」と自己宣伝することだけだ。馬鹿じゃなかろうか? この弁護士がなすべきは、自分が優秀であると主張することではない。世間全般にある「ホリエモンは社会に莫大な損害をもたらしている」という信念が、実はただの妄想にすぎない、と論証することだ。
 大事なのは、論証することである。自己宣伝することではない。なのに、この弁護士は、検察の論証の揚げ足取りという「重箱の隅」ばかりをやっている。「重箱の隅」がすごく得意で、それをやっているから、無罪にできる、と思い込んでいる。で、その間、肝心かなめのことをやらない。核心を突こうとしない。一言で言えば、「姑息」である。
 
 マスコミは「ホリエモンと宮内の友情崩壊」なんていう下らないことばかりを報道するし、弁護側は「検察の揚げ足取り」なんていう下らないことばかりに専念する。こうして、ライブドア事件では、まともな論議なしに、「ホリエモンは極悪人である」ということが法的に認知されそうだ。そして、その理由は、「弁護側の弁護放棄により、肝心な点については何ら論議もなされなかったこと」である。
 私としては、こういう弁護放棄をした弁護士は、麻原の弁護士と同様、処分されてしかるべきだ、という気もする。(ま、「無能」を理由に処分することは難しいでしょうけどね。「無能」と「怠慢」は紙一重だが、少しは違う。)


● ニュースと感想  (9月27日b)

 「ライブドア事件の本質」について。
 ライブドア事件についての話は、本日で終えることにする。ただし最後に、総括的な結論を述べることにする。
 私はこれまで、ライブドア事件を長々と述べてきた。では、なぜ、これほどにもライブドア事件について述べてきたのか? ── 国民の大多数のように、ホリエモンに興味があるからか? 株マニアのように、ライブドアに興味があるからか? ITマニアのように、IT企業のどうこうに着目するからか? いや、いずれでもない。むしろ、イラク人質事件に対して、かつて大々的に論じたのと同様である。
 私がテーマにしているのは、ライブドアという会社の不正ではなくて、ライブドアをめぐる国民の狂騒状態だ。ライブドアそのものではなくて、ライブドアを扱う国民やマスコミだ。ライブドアが悪をなしたことが問題なのではなく、国民全体が狂っていることが問題なのだ。かつてのイラク人質事件と同様に。── つまり、法律問題を論じているのではなく、社会問題を論じているのだ。(「ライブドア・二重の虚構」の裏表紙やあとがきに書いてあるとおり。)
 
 だから、私の話を聞いて、「何でライブドアのことを長々と論じるのか?」と感じるとしたら、ちょっとピンボケである。私はライブドアのことを論じているのではなく、国民全体(やマスコミ)を論じているのだから。
 比喩的に言おう。私は、この問題を「魔女狩り」「魔女裁判」「異端審問」と見なす。そこには国を挙げての狂乱状態がある。この狂乱状態を是正することが大事だ。つまり、狂気から脱出することが。── このことが最優先となる。

 一方、ヤメ検やホリエモンは、まったく立場が異なる。彼ら弁護側は、こう告げる。
 「被告は無実です。被告は容疑となるようなこと(魔女の犯罪)をやっていません。行為自体はやったかもしれませんが、そのことが魔女の罪になるとは思いませんでした」
 こういうふうに述べる。しかし、述べる場は、異端審問の裁判所だ。そんなことを、異端審問の場で述べても、あっさり却下されるだろう。ほとんど無駄である。
 「行為自体はやったと認めるのだな。自白したのだな。では、有罪! 処刑する!」
 これが判決となる。

 一方、大鹿や魚住は、魔女裁判において、こう告げる。
 「この女は魔女となるような大犯罪をやらかしていない。ちょっとパンを一口分、万引きしただけだ。それは魔女の容疑とはならない。悪いのは、むしろ、この女を魔女と見なす検挙官だ。検挙官こそ、頭がどうかしている」
 こう述べる。その主張自体は、まったく正しい。しかし、ここでは、大事なことが見失われている。頭がどうかしているのは、検挙官だけではない、ということだ。世間全体もそうだし、また、異端審問官もそうである。異端審問官とすれば、自分と同じ考え方をする検挙官を「頭がおかしい」と述べる奴の方が、頭がおかしい、と思うだろう。
 要するに、社会全体が錯覚しているなかで、検察だけを「狂っている」と批判しても、まったく無意味なのである。白のなかにある黒は黒く見えるが、黒のなかにある黒は黒く見えない。── そのことに気づかないのだ。ゆえに、主張は無効となる。

 では、どうすればいいか? 
 社会全体が錯覚のさなかで狂乱状態にあるときには、特定の誰か(検挙官)の難点だけを指摘すればいいのではない。むしろ、社会全体の錯覚を醒まし、社会全体の狂乱状態を是正する必要がある。
 大事なのは、社会全体の狂った状態を正すことなのだ。ライブドア一社や検察という一官庁を是正すればいいのではなく、日本人全体の精神状態を是正するべきなのだ。── ここまで理解すれば、私がどうして、これほどにもライブドア事件を論じてきたか、納得できるだろう。
 頭が錯覚の世界にとらわれている限りは、どんな事を語ってもすべては無効になる。錯覚の世界でいくら何かを論じても無効である。まずは、頭を錯覚の世界から覚ますことが先決なのだ。

 [ 余談 ]
 「検察はけしからん」と主張する人がけっこういる。しかし、本当にそう思うのであれば、「けしからん」「行き過ぎだ」と批判するだけでは仕方ない。「検察の職権乱用」を話題として、検察の不法行為を断罪するべきだ。
 検察が本当に悪をなしたのであれば、その悪を「職権乱用である」と強く批判するべきなのだ。なのに、「国策捜査」などという言葉で表現するのは、検察の不法行為を正当なものとして認めているだけだ。自己矛盾。
 むしろ、検察の行為は「錯誤」であると認めた方がいい。意図的に悪をなしたのではなくて、善をなしているつもりで(勘違いゆえに)悪をなしてしまったのだ。── それこそが、本質であり真実であるのだ。
 ここでは、「検察はフジテレビなどの罠に引っかかってしまった被害者だ」「検察は経済学的な無知ゆえに、だまされただけだ」と見なした方がいい。「検察は悪だ」「検察は行き過ぎだ」「検察はけしからん」というふうに述べるのは、すべてを検察のせいにして、もう一つの魔女狩りをやっていることになる。好ましいことではない。
 誰かを「悪党だ」とせめて解決するわけではない。真実を知ることこそが大事だ。検察が愚かさゆえに失敗したのであれば、その愚かさを知ることが大事なのであって、愚かしくも引っかかった検察を非難しても仕方ないのだ。検察は別に悪意ゆえに破壊活動をなしたのではなくて、善意ある愚かさゆえにたまたま破壊活動をなしてしまっただけなのだから。── そういうふうに真実を知ることこそ、事件の再発を防ぐ正しい道筋なのだ。
 その核心は、「愚かさや無知を直視せよ」ということだ。

( ※ 本項は、錯覚がテーマとなっているが、マスコミ論ともなっている。国民全体の錯覚を覚ますには、マスコミが真実を伝える必要があるからだ。この件は、何度も述べたとおり。)
( ※ 本項の趣旨は、「ライブドア・二重の虚構」の趣旨でもある。本項の話をよく理解するためには、同書を読んでほしい。)






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「小泉の波立ち」
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