[付録] ニュースと感想 (101)

[ 2006.01.27 〜 2006.02.12 ]   

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● ニュースと感想  (1月27日)

 「ライブドア問題の本質・その1
 ライブドア問題の本質を探ろう。世間ではいろいろと騒ぎをしているが、その騒ぎが錯覚だらけであることを、これまで示した。このあとは、錯覚ではなくて、「真実とは何か」を示す。やや長い話になるので、連載とする。

 まずは、真実の前に、錯覚を示そう。これまでに述べたことを整理して、どういう錯覚があるかを示そう。簡単に言えば、次の図式によって、錯覚を示せる。

 世間の主張:「ライブドアは黒い。それは事実だ」
            


 私の主張:「ライブドアより周囲の方が黒い。そっちを見失うな」
            

 社会全体(青枠)がある。そのなかで、人々はライブドアに着目して、「ライブドアは黒い。それは事実だ」と主張する。それ自体は、ある程度、正しい。だから世間の人々は、自分が正しいことを主張していると思い込んでいる。
 しかし、彼らはライブドアを見ているとき、そのまわりにあるものを見失っているのだ。彼らは、自分の見ているものについては理解しているが、自分の見ていないものについては理解していないのだ。
 そこで私は、彼らの見失ったもの(周囲)に着目して、こう主張する。「ライブドアは確かに黒っぽいが、それよりむしろ、周囲の方がずっと黒い。そっちを見失うな」と。なぜか? 小さな灰色の部分よりは、周囲の黒い部分の方が、ずっと重要だからだ。

 以上のことは、一言で言えば、こうなる。
 「真犯人を見失うな」
 つまり、社会に大損害をもたらす大事件の真犯人がいるのに、その真犯人をほったらかして、目につく小物ばかりにとらわれていては、駄目だ、ということだ。
 たとえば、NYテロでビルを破壊したときに、真犯人がビンラディンであるとしよう。そのとき、NYビル内で帳簿のチョロマカシをして、百万円を盗んでいたコソ泥のような犯罪者がいたとする。こんなコソ泥は、枚挙に暇がないし、普通なら誰も着目しない。ところが、このコソ泥がたまたま、世間で有名な人物だった。時代の寵児ともいわれていた人物であった。するとたちまち、新聞とテレビのワイドショー番組担当者が、このコソ泥を追いかけるようになった。「落ちた偶像の末路」という話題でしきりに報道するようになった。あげく、NYテロの真犯人探しはなおざりにされ、視聴率を上げるためにコソ泥の報道一色に塗りつぶされた。

 私は別に、「ライブドアは間違っていない」と主張したいのではない。むしろ、「日本全体(社会全体)が間違っている」と主張したいのだ。ここで言う「日本全体(社会全体)」とは、「ライブドア報道に血道を上げているマスコミと世間」のことではない。そこにあるのはただの錯覚にすぎない。
 では、何を主張したいか? 「日本全体(社会全体)が真犯人だ」と主張したいのだ。「ライブドアが悪い、あいつが真犯人だ」と詰っているような、社会(政府とマスコミと国民)の全体こそが、真犯人なのだ。
 この話を、このあとで数回にわたって連載する。

( ※ 本日は分量を減らします。これまでたくさん書いて、疲れてしまったので。肩凝りがひどくて。)


● ニュースと感想  (1月28日)

 「ライブドア問題の本質・その2
 「犯人は市場原理だ」という説がある。「市場原理主義が過度に行き過ぎて、そのせいで、ホリエモンのような利益至上主義者がのさばるのだ」という説。で、それに対する処方は、「市場原理を制約する規制を増やせ」という反市場原理か、「利益ばかりをめざさず、倫理を大事にせよ」という倫理主義か、どちらかだ。
 たとえば、数学者の藤原正彦は、このような説を取る。(読売朝刊 2006-01-25 にも特集インタビューがある。)

 しかし、「犯人は市場原理だ」という説は、冤罪(えんざい)である。なるほど、確かに 市場原理万能主義は、問題だし、弊害がある。それは事実だ。しかし、市場原理万能主義は、今回の問題とはほとんど関係ないのだ。
 そのことは、普通の市場(マネーでなく商品を扱う市場)では、市場原理を採用しても、ライブドアのような問題がまったく起こっていないことからわかる。たとえば自動車会社やIT機器会社は、市場原理を貫徹して、激しい競争をしている。弱肉強食の世界で、次々と優勝劣敗の変化が生じている。デジカメ市場では、ミノルタは市場における敗者となって縮小していき、ひところはトップだったソニーも今では下位に落ちてしまった。自動車会社の競争も激烈だ。で、これほど激しい市場競争をやっていて、ライブドアのような問題が起こったか? いや、起こらなかった。これらの会社では、「財テクで儲けよう」なんて考えていた会社はさっさと市場における敗者となり、「研究開発費に莫大な金を投じよう」と考えていたシャープやキヤノンが商社となった。

 市場原理は、普通の市場に関する限り、ライブドアのような問題は起こさないのだ。「市場原理万能主義は駄目だ」というのは、確か偽立するが、それは、次のことだけである。
 「競争が激烈でありすぎて、各企業が賃下げをやり、そのせいで、マクロ的に、不況がかえって悪化する」
 これは「合成の誤謬」と呼ばれる状況である。その意味で、確かに、「市場原理は万能ではない」と言える。つまり、「不況を解決するどころか悪化させる」という弊害はある。しかしそれは、ライブドアの問題とは、何の関係もないのだ。

 典型的に言えば、市場原理が問題なのは、「人の健康をそこなう傷害行為」や「賃金を不払いにする泥棒行為」なのである。一方、ライブドアの問題は、「詐欺行為」なのである。両者は別の犯罪だ。
 市場原理は、ある意味では犯罪的であるが、今回のライブドア問題については、まったく無関係なのだ。市場原理を「犯人」と見なすことは、ライブドア問題に関する限りは、冤罪である。
 擬人的に言おう。市場原理を「犯人だ!」と逮捕したならば、市場原理はこう抗弁するだろう。「たしかにおれは犯罪者だけどね。どうせ逮捕するなら、正当な容疑で、逮捕してくれ。やってもいない容疑で逮捕されても困るよ」と。
 こうして、「市場原理」は、「真犯人」の容疑から圏外となる。

 もう少し本質的に言おう。
 ライブドアの行為は、違法性は少ないとはいえ、はっきりと違法である。「嘘つき」という犯罪は、殺人や泥棒に比べれば軽いとはいえ、犯罪であることには変わらない。「罰金刑」程度に相当する犯罪だとはいえ、犯罪は犯罪だ。その意味は、「法の逸脱」である。
 とすれば、「市場原理の否定」として、「規制強化」をなしても、方向がズレているのだ。どんな規制をしたとしても、しょせん、その規制をはずれる行動については、無意味だからだ。
 ライブドア事件の問題は、「ルールの不備」というよりは、「ルールの逸脱」なのだから、「ルールを整備せよ」という方向では、しょせんは解決できないのだ。
 具体的に言えば、「株式分割の制限」とか「企業買収の制限」とか、そういう規制をやたらと強化しても、健全な市場にやたらと束縛を加えるだけであって、「ルールの逸脱」をするライブドアにはまったく無効なのだ。

( ※ 本項は、「何か物足りない」と思う読者が多いだろう。実は、この件について、本質な話はまだ示していない。「何かでない」ことは示したが、「何かである」ことは示していない。本質的な話は、翌々日あたりで説明する。)


● ニュースと感想  (1月29日+)

 正誤訂正。
 先に紹介した、琴音「愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ」については、記述が一部正しくなかったので、再度修正します。
  → 該当箇所


● ニュースと感想  (1月29日)

 「ライブドア問題の本質・その3
  「犯人は錬金術だ」という説がある。「ただの株券を巨大な金額に増やす手品をやった。これは錬金術だ。とんでもないことだ」という説である。
 この説を、「事実そのもの」としての解釈と、「比喩」としての解釈に分けてみよう。
 まず、「事実そのもの」としての解釈は、ありえない。錬金術などは存在しないのだ。これは当り前のことだろう。(ただし当り前のことが重要である。この件はあとでまた言及する。)
 次に、「比喩」としての解釈がある。一見、錬金術のように見せかけて、その裏では悪いことをやっている、という解釈だ。で、その「悪いこと」とは何か、というのが問題となる。

 これについては、次のサイトが今回の事件で有名になった。
 http://blog.goo.ne.jp/yamane_osamu/ (ホリエモンの錬金術)
 このサイトでは、「ホリエモンの錬金術」と称して、経理のゴマ化しの手口をいろいろと示している。何でそんなことを知っているかというと、自分自身が公認会計士で、かつ、自分自身がかつて同様に逮捕されたことがあるかららしい。「蛇の道は蛇」というようなものですかね。
( ※ 「山根さんは、土地の売買は仮装であって、ウソの土地の購入で脱税をしたという容疑が中心部分なのですが、その中心部分については、高等裁判所で全員無罪となったのですが、別件の些細なミスで、懲役刑を課せられ、執行猶予にはなりました。」という記述が、ネットにある。とすると、今回同様、検察の「見せしめ」の手口かも。)

 で、このサイトの結論は、「ホリエモンの錬金術は詐欺である」というもの。「大衆から金を奪い取って、私腹を肥やした」というわけだ。
 このサイトがあまりにも有名になったので、世間では次の評判がにぎわった。
 「ライブドアの錬金術とは、詐欺のことである」
 しかし、錬金術などは、もともとありえないのだ。錬金術は、ただの錯覚である。とすれば、ここで言う「詐欺」というのも、錯覚であるのだ。
 
 わかりやすく言おう。仮に、ライブドアが詐欺によって金を奪い取ったとする。多大な投資家が百万円を投資して、80万円を失う。これだけ見ると、確かに、被害が発生している。そこで、「詐欺がなされた」と人々は思い込む。
 しかし、よく考えてみよう。ライブドアで投資家が 5000億円を奪われたとしたら、ライブドアには 5000億円の不正な利益が入ったか? いや、 5000億円の不正な利益など、どこにもない。5000億円という多額の利益を計上したことは、一度もなかったのだ。実際、ライブドアの決算は、粉飾しなければ赤字になっていた。利益が出ていたどころか、赤字だったのだ。
 とすれば、もともと詐欺などは存在しなかったのだ。つまり、下図は錯覚である。

            5000億円
    投資家 ─────→ ライブドア
   (−5000億円)      (+5000億円) 

 では、別の詐欺はあったか? 具体的には、粉飾による詐欺。たとえば、粉飾によって 10億円の利益を繰り出したとき、詐欺がなされたか? いや、10億円の粉飾の際には、子会社の利益が親会社に流れ込んだだけだった。

            10億円
    子会社 ─────→ ライブドア
   (−10億円)      (+10億円) 

 つまり、投資家の金は奪われなかった。とすれば、ここでも、詐欺はなかった。ここでは、投資家にとっては詐欺はなされなかった。

 では、不正な利益は? たとえば、粉飾で高値を維持して、その高値で株を売ったときに、ライブドアは不正な利益を得たか? なるほど、これだけは、「不正な利益を得た」と言える。本来よりも高い株価で株式を売却したのだから、その分、不正な利益を得たことになる。
 では、それは、詐欺か? ここで、よく考えてみよう。ライブドアが不正な利益を百億円得たとしよう。すると、その百億円は、誰のものになるか? ホリエモン一人のものになるのか? いや、違う。株主全体ものになる。つまり、ライブドアが不正な利益を得たら、その不正な利益は、株主全体のものになるのだ。── ここでは、不正な利益によって、利益を奪われたのも株主なら、利益を得たのも株主である。株主同士の間で、利益のやりとりがあっただけだ。
 では、その結果は、どうなるか? チャラか? いや、違う。次のようになる。
 「高値で株を買った株主が損、それ以前の株主全体が得」
 たとえば、本来の株価が 300円であったとしよう。しかるに、ライブドアが株価を粉飾して、市場価格を 600円にしたとしよう。 300円のものを 600円で買った株主は損をする。一方、その株主から得た分の利益は、既存の株主全体で分けあう。── こうして、株主間で「配分の変更」がある。それだけだ。

    投資家(高値づかみ)    (−3000億円)
     ↓ 3000億円
    投資家(株主全体)     (+ 3000億円)

 結局、錬金術とは、無から有を生み出すことではない。また、詐欺でもない。投資家から奪われた金は、ホリエモンの懐に張ってしまったわけでもないし、どこかの詐欺師の懐に入ってしまったわけでもない。不正に得た多大な金は、消えてしまったわけではなく、ライブドア本体のなかに残っているのだ。それは株主全体のものである。
 このことは大切なので、明日の分で引きつづき言及する。(ライブドアの株主にとっては必読かな。)

 [ 付記1 ]
 「不正に得た多大な金は、残っている」と言えるが、投資家の払った金の全額が残っているわけではない。たとえば、株価が暴落して、暴落した時点で株を売却すれば、大損が発生する。
 この大損は、いかにして発生するか? 次の図式でわかる。
 どちらかと言えば、次の図式の方が正しい。

    投資家(狼狽した人)     (−4000億円)
      ↓ 4000億円
    投資家(狼狽しない人)    (+ 4000億円)

 狼狽した投資家が、実際のあるべき価格以下で投げ売りするから、大損するのだ。その大損による分の金は、ホリエモンのものになるわけではなく、冷静に対処した人のものになる。たとえば、今すぐフジテレビがライブドアを買収すれば、それだけで、ボロ儲けする。フジテレビが「底値で売って、その損失をライブドアに請求する」としたら、フジテレビは大損するだろうが、フジテレビが「底値で買って、ライブドアを自分のものにしてしまう」とすれば、ボロ儲けできる。狼狽して大損した投資家の大損の分を、すっかり独り占めできる。仮に、上場廃止になろうが、ちっとも問題ではない。ライブドアが上場廃止になっても、フジテレビが上場廃止になるわけではないのだから。
 同様のことは、フジテレビ以外のどの会社にでも、成立する。

 [ 付記2 ]
 すぐ前に述べたことから、次のことがわかる。
 現在、狼狽売りした投資家は、大損をしている。しかし、この損は、「不正による損」ではなく、「異常な暴落による損」である。そして、その犯人は、ライブドアではない。何か? 世間である。ここで言う「世間」とは、大騒ぎしている投資家のことではなくて、大騒ぎしているマスコミと東証のことだ。
 特に、東証の罪は大きい。「上場廃止」なんてチラつかせて、しきりに不安を煽り、株価を暴落させている。それで人々は「株券が紙屑になってしまう」と大あわてして、「売り」に走る。
 本当は、たとえ上場廃止になっても、株券が紙屑になってしまうことはない。含み資産は1株 180円もあるのだから、たとえ上場廃止になったとしても、どこかの誰か(たとえばフジテレビか村上ファンド)が、180円程度で買ってくれるだろう。株券が紙屑になってしまうことはないのだ。なのに、そうなることがありそうだというふうに、東証は風説を流している。こういう風説を流す連中が、最大の犯罪者である。
 暴落したあとの安値で株を売った投資家は大損する。その大損はまさしく発生する。ただし、それは、ライブドアの不正による大損ではなくて、世間(東証を含む)の風説による大損だ。……その点、勘違いしないようにしよう。

 [ 付記3 ]
 東証の罪は、実に大きい。ライブドアは投資家をだまして金を吸い上げたが、東証は現実に投資家に莫大な損をもたらしている。ライブドアのだました額を圧倒的に上回る損をもたらしている。それも、下らない風説(上場廃止という説)によって。
 こういう風説を流す東証というのは、実に犯罪的であるから、「悪い奴は罰せよ」という原則に従うと、「東証の営業停止」または「東証の廃止」という処分が最も適正だ、ということになる。しかし、「東証の営業停止」または「東証の廃止」という処分をやれば、日本経済全体が混乱する。だから、たとえ東証がどんなに悪質であるとしても、「東証の営業停止」または「東証の廃止」という処分をなしてはならないのだ。
 同様に、ライブドアがどんなに悪質であるとしても、「上場廃止」という処分をなしてはならないのだ。ライブドアの問題で損を受けたのは株主であり、それに輪をかけて株主に損をかけるというのでは、本末転倒である。たとえて言うと、こうだ。
 「交通事故で、自動車が人を轢いたとしたら、それは悪質である。ゆえに、轢かれた被害者をぶんなぐってやる」
 被害者を救済するならわかるが、被害者をぶん殴るのでは、方向が正反対だろう。そういうメチャクチャをやっているのが、東証だ。そのせいで、市場は大混乱。
 被害者である株主としては、ライブドアに頬をぶん殴られたあとで、東証に刺し殺される、というようなものである。今の日本の状況は、狂気の沙汰と言える。

 [ 付記4 ]
 「ホリエモンが不当な利益を得た」という説もある。たとえば、小型ジェット機を 30億円買う資金にした、という話。
 しかし、30億円というのは、あまりにもみみっちい話だ。九牛の一毛にすぎない。
 また、30億円がまるまる不正な利益であるかどうかは、はっきりとはしない。もともと莫大な株をもっているのだから、その株を売れば、不当ではなくても、ある程度の利益を得るのは、当然である。六本木ヒルズのIT長者は、みんな創業者利益を得ている。ひところはこれらのIT長者を「みなさん真似しましょう」さんざん持ち上げていたマスコミが、今になって「けしからん」と非難するのは、筋違いだ。
 ま、全員を非難するならまだわかるが、「創業者利益を得たホリエモンはけしからんが、それ以外のIT長者はすばらしいから真似しよう」なんていうのは、二枚舌も甚だしい。
 とにかく、肝心なのは、莫大な金がどこにどう流れたか、ということだ。この件、本日分では、世間の誤解を示した。では、正解は? その話は、翌日分で。


● ニュースと感想  (1月30日)

 「ライブドア問題の本質・その4
 前日分では、「錬金術は錯覚だ」と述べた。つまり、次の図式は正しくない。

            5000億円
    投資家 ─────→ ライブドア
   (−5000億円)      (+5000億円) 

 つまり、「投資家 → ライブドア」という「利益の移転」は、ない。では、この図が正しくないとしたら、何が正しいのか? 答えを示そう。真実は以下のようにして図で示せる。

 (1)
 まず、基本として、次の二つの図がある。

   (−3000億円)      (+3000億円) 
    投資家 ─────→ ライブドア
          3000億円(株価代金)

          3000億円(株券発行)
    投資家 ←───── ライブドア
   (+3000億円)      (−3000億円) 

 ここには、二つの図がある。
 上側の図では、「投資家 → ライブドア」という「金の流れ」がある。それは「株価代金」としての「金の流れ」である。
 下側の図では、「投資家 ← ライブドア」という「価値の流れ」がある。それは「株券発行」としての「株券の流れ」である。
 つまり、投資家は、3000億円の金を払い、3000億円分の株券を受け取る。このことは、一般に、どの会社への投資についても当てはまる。ライブドアへの投資であろうが、トヨタへの投資であろうが、同じことだ。投資家は、金を払い、株券を受け取る。ここでは原理的に、損も得もない。もちろん、詐欺もない。

 (2)
 次に、今回の事件で問題となったこととして、「不正による株高」がある。本来は 300円のものを 600円で売る、というような不正だ。この場合、投資は、金を余剰に払ったことになる。たとえば、本来ならば上記のように 3000億円を払うべきなのに、6000億円を払ってしまう。差し引きして、3000億円の払いすぎだ。この払いすぎの分は、同様に、次の図式で示せる。

   (−3000億円)      (+3000億円) 
  一部投資家 ─────→ ライブドア
          3000億円(余剰吸い上げ)

          3000億円(余剰価値)
  投資家全体 ←───── ライブドア
   (+3000億円)      (−3000億円) 

 ここでは、先の図と比べて、金の流れはほとんど同様だ。つまり、投資家は 3000億円を奪われ、その見返りに、「株式価値の向上」という儲けを得る。なぜか? ライブドアは、3000億円を不正に得るが、その 3000億円は、ライブドアを保有している株主のものだからだ。ライブドアは株主のものであるゆえに、ライブドアが金を得たということは、株主が金(価値)を得たということなのだ。その金が不正であろうとなかろうと、ライブドアの手元に入った金は、ライブドアの株主のものなのである。その金は、決して空中に消えてしまったわけではないし、ホリエモン一人のものになったわけでもない。その金はまさしく、会社の価値の一部として、会社の内部に残っているのだ。
 結局、「投資家 → ライブドア」という金の流れがあると同時に、「投資家 ← ライブドア」という価値の流れがあるから、投資家全体としては、損も得もないのだ。ということは、もちろん、詐欺もなかったことになる。

 (3)
 では、このような「往復の流れ」は、正当な経済活動であるか? いや、不正な経済活動である。なぜか? そのことは、左側に注目するとわかる。
  ・ 金を吸い上げられたのは、高値で株を買った一部投資家である。
  ・ 会社価値の増加を得たのは、会社を保有する投資家全体である。

 この二点に注目すると、右側では、次のことが起こっている。
  ・ ライブドア自体は、損も得もない。(会社自体は、無駄遣いをしない。「会社」という抽象的な存在は、酒を飲むこともないし、女遊びすることもない。)

 一方、左側では、次のことが起こっている。
  ・ 投資家を見ると、一部投資家は損をして、投資家全体は得をしている。
 このことは、次の図で示せる。(金が コ の字形にぐるりと回るから。)

  一部投資家   (−3000億円)
     ↓ 3000億円
  投資家全体   (+3000億円)

 ここでは、損をするのは、一部投資家である。正当な価格以上の価格で株を購入し、その後、株価が下がった時点で売却する。そのことで、損が発生する。
 一方、得をするのは、投資家全体である。たとえば、ずっと昔に安値で株を買った投資家は、ライブドアが不正をしたことで、株価価値の上昇という得を得る。あるいは、今現在の株価が暴落している時点で株を買った投資家も、ずっと昔に安値で株を買った投資家と同様に、あとで得をする。たとえば、フジテレビが底値で株を拾えば、フジテレビは濡れ手で粟で巨万の富を手中にできる。(ライブドアが上場廃止になっても、フジテレビは上場廃止にならないから、何も不都合はない。)
 もしそうなった場合には、次の図式となる。

  狼狽投資家   (−3000億円の狼狽売り)
     ↓ 3000億円
  フジテレビ    (+3000億円のボロ儲け)

 ここで、ボロ儲けすることができるのは、フジテレビとは限らない。どこの誰でも、ボロ儲けすることができる。一般に、株式でボロ儲けするには、「逆張り」という方法がある。世間が勝手に狼狽して一つの流れに進んでいるときには、その逆を張ると、ボロ儲けすることができるのだ。(必ずうまく行くとは限らず、ケースバイケースだが。)
 これが結果だ。しかも、不適切な結果だ。だから、このようなことを招く不正(帳簿の不正)は、悪いことである。
 とはいえ、ここでは、狼狽投資家の狼狽売りを引き起こしたことには、ライブドアだけに責任があるのではない。ライブドアは最初の原因であるにすぎない。この最初の原因のあとで、狼狽投資家に狼狽売りをさせて、巨額の損をこうむらせたのは、ライブドアではなく、東証とマスコミである。(上場廃止をチラつかせた東証と、世間の騒ぎをあおったマスコミ。)
 
 まとめ
 ライブドアの事件では、投資家に莫大な損が発生する。しかしそれは、「錬金術」によって、投資家たちの金がどこかに奪われてしまったからではない。金は、投資家たち全体のなかで、配分が変更されただけだ。つまり、損をした投資家がいる分、得をした投資家がいる。投資家たちのなかで、損得が発生しただけだ。
  「一部投資家(狼狽売り) → 残りの投資家全体」
 という利益の移転がある。そこで、今すぐ急いで逆張りをした投資家は、狼狽売りをした投資家が損をするのとちょうど同じ額だけ、得をすることができる。
 このように、ライブドアの投資家たちの間で、利益の配分が変更されるだけだ。一般の人々はまったく損得がないし、他社(トヨタなど)の株主も損得はない。あくまで、ライブドアの投資家たちの間で、利益の配分が変更されるだけだ。
 そのことは、全体として損得はないとしても、良いか悪いかと言えば、悪い。被害者と加害者がともに出て、その総和は一定だとしても、被害者が出ることは悪い。ただし、その被害は、ライブドアによって生じたものというよりは、東証とマスコミによって生じたのだ。

 [ 付記1 ]
 錬金術などはない。多くの株主が金を払った分、ライブドアには多くの金と資産が残っている。それが今、バーゲンセールである。とすれば、利口な投資家は、底値で拾うだろう。濡れ手で粟のボロ儲け。
 というわけで、週明けには、ライブドアの株はどんどん上がるだろう、と私は予想する。最低でも、180円の価値はある。「どこかの買い手が買収に入った」という報道が入ったとたんに、300円ぐらいには上がるだろう。そのくらいが正当な価格だ。さらに、いわゆるITバブルの影響を受ければ、もっと上がってもおかしくない。
 特に、景気がうまく回復すれば、数年後に 600円ぐらいに戻ることも十分にあり得る。(景気が回復しなければ駄目だが。)……その意味で、ライブドアの問題よりは、景気回復の方が、よほど肝要だ。ホリエモンによる株価の変動など、たかが知れているが、小泉による株価の変動は、日本経済全体に影響するので、途方もなく巨大である。たとえば、小泉が正しい経済政策をなしたなら、株価価値は全部合わせて数十兆円も上昇しただろう。現実には、それがなされなかったし、この先もなされない。そのせいで、日本国民は、数十兆円も損失をこうむっている。一般国民は、ホリエモンのせいではちっとも損していないが、小泉のせいでは莫大な損をこうむった。
 ホリエモンより小泉の方が、一万倍ぐらい多くの責任があるのだ。

 [ 付記2 ]
 なお、一番頭の良い(ずる賢い)相場師は、次のようにやる。
 「ライブドアの株に、TOBをかけます。一株、120円で、無制限に買います。ただし、いったん買ったあとは、株式数の減少などを理由として、必ず上場廃止にします。上場廃止が怖い人は、すぐにさっさと売りなさい。かならず上場廃止にしますよ」
 こうやって、ライブドアの株を人々から安値で買収する。そのあとで、まさしく、上場廃止にする。ただし、買収する側の会社の株は、上場したままであり、上場廃止にならない。かくて、濡れ手で粟で、ボロ儲け。
 フジテレビであれ、村上ファンドであれ、この手を使えば、ボロ儲けできます。なぜ? 「恐怖をあおること」に、東証とマスコミが協力してくれるから。

( ※ 明日以降では、より広い範囲で、真相を見抜く。)


● ニュースと感想  (1月31日)

 「ライブドア問題の本質・その5
 250円の価値しかないもの(株)を、600円の値段で買うとしよう。すると、高値づかみした新規の投資家は、損をする。── ここまでは、前項で述べたとおり。
 では、その損の額は、どれだけか? それが問題だ。一見、次の式が成立しそうだ。

 損の額 = 600円 − 250円 = 350円

 しかし、そうはならない。なぜか? 差額の 350円がライブドアに入る結果、その差額の分、ライブドアの全株の価値が上昇するからだ。そして、その恩恵は、新規の投資家も受ける。結果的に、株価が 250円から 300円に上がる。
 つまり、新規の投資家は、余剰の 350円を払うが、そのうち 50円は「株価価値の上昇」という形で、戻ってくるのである。要するに、250円の価値しかないもの(株)を、600円の値段で買ったあと、株が 300円に上がることで、損は 350円でなく 300円となる。
 一方、残りの株主たちは、(600円を払うことなしに)得をする。250円の価値しかないもの(株)が 300円になることで、その分、得をする。それはつまり、不正な利益の分け前に預かる、ということだ。

 さて。ライブドアが同様のことを次々とやっていけば、どうなるか?
 その場合、高値づかみをした株主は、さらにあとで高値づかみをした別の株主から不正な利益を徴収するので、たいして損はしない、ということになる。
 ただし、これは、自転車操業である。ネズミ講のようなものだ。新規加入者から金を得て、既存の加入者で金を分けあう、という形である。

   元の株主  ←  新規の株主  ←  さらに新規の株主

 というふうに利益が移転する。
 こんなことは、もちろん、永遠に続くわけはない。いつかは破綻する。その意味で、ライブドアのやったことは、不正であると言える。ネズミ講と同様の不正である。── ただし、それは、詐欺の不正とはまったく異なる。つまり、金は消えてしまったわけではなく、特定の少数の詐欺師に奪われてしまったわけでもなく、加入者全体で分けあっているのである。(このことは、前項で述べたとおり。)

 というわけで、ライブドアに不正があったにせよ、どんな不正がなされているかを理解することは、大切だ。あわてふためいて「詐欺だ、ゆえに全損する」なんて思うと、そのあわてた行動のせいで、自分自身で墓穴を掘ることになる。普通に歩いていれば大ケガをしなくて済むのに、急に走り出すから、けつまずいて、大ケガをするハメになるのだ。

 [ 付記 ]
 本項で述べたことを、これまでに述べた観点から評価すれば、こうなる。
 「ライブドアのやったことは、明らかに不正であり、実際に被害を発生させる」
 「ただし、人々が多大な被害を受けるのは、ライブドア自体による分よりも、検察と東証とマスコミによる分の方が、ずっと大きい」
 「ゆえに、逮捕するなら、ホリエモンを一罰百戒で逮捕して いい気になるよりも、より罪の重い検察とマスコミ(と東証)を逮捕するべきだ。」
 検察は、ホリエモンを検挙するよりは、検察自体を検挙するべきなのだ。
 検察は本来なら、あらかじめ警告して、「もうやめなさい」と諭して、罰金刑や営業停止処分にするだけに留めるべきであった。そうすれば、不正は是正され、かつ、混乱は起こらなかっただろう。ところが、現実には、どうだったか? 検察はことさらスタンドプレーに走り、マスコミはネタを追って針小棒大なデタラメ記事を報道した。かくて両者は、世間を大混乱させた。その罪は「風説の流布」と同種であり、かつ、被害の量はずっと大きい。主犯はこの両者なのだ。


● ニュースと感想  (2月01日)

 「ライブドア問題の本質・その6
 前々項では、次の趣旨を述べた。
 「金は、詐欺師の懐に入ってしまったわけではなくて、ライブドアという企業のうちに残っている」
 このことから、重要なことがわかる。それは、次の疑問だ。
 「ライブドアはなぜ、あんなに猛烈に次々と企業買収に走ったのか?」
 その理由は、こうだ。
 「ライブドアは、株主から、多大な現金を入手した。その現金は、ライブドアの利益になるわけではなくて、資本金になるだけだった。だから、その資本金を運用するための、運用先を求めた

 要するに、ライブドアがやったのは、「金を奪うこと」ではなくて、「金を集めること」である。つまり、「金を集めて運用する」という村上ファンドとそっくりなのだ。どちらにしても、金を集めて、フジテレビやら阪神電鉄やら、他の企業に投資する。それだけのことだ。
 ただ、村上ファンドは資金を(投資の)債券の形で集め、ライブドアは資金を(投資の)株券の形で集めた。債務の形態に、「債券」と「株券」という違いがあるだけで、どっちにせよ、金集めをやっただけなのだ。集めた金で私腹を肥やしたわけではない。詐欺でもない。ただの「金集め」と「事業投資」があっただけだ。

 「ライブドアがフジテレビの株を買おうとしたのは、ライブドアに特別な野望があったからだ」
 という世間の風評があるが、これは正しくない。ライブドアは自分の金(自分の利益)でフジテレビを買収しようとしたわけではない。投資家から集めた金で買収しようとしただけだ。ライブドアというのは、「投資組合」のようなものなのだ。

 そして、ライブドアが集めた金は、空中に消えてしまったわけではなく、今もちゃんとライブドアのなかに残っている。
 仮にライブドアが詐欺師だとしたら、その金はほとんど消えてしまったはずだ。(たとえば、黄金取引の詐欺をした豊田商事とか、シロアリ駆除の詐欺をした会社とかは、従業員にものすごい高給を払っていたので、利益は消えてしまった。これは純粋な詐欺。)……しかし、ライブドアには、そのようなことはない。ライブドアの集めた金は、現金や投資先株券として、ちゃんと資産が残っている。詐欺などはほとんどなかったのだ。
 このことを偽って、「ライブドアは詐欺をやった」と主張している人は、その人自体が、詐欺をしているのである。「ライブドアは詐欺をやった」と主張している人は、たぶん、裏でこっそりライブドアの株を買って、ボロ儲けしようとしているのだろう。これこそ本当の詐欺だ。
  ・ 東証    …… 「上場廃止」と叫ぶ
  ・ マスコミ …… 「ホリエモンは詐欺師だ」と叫ぶ
 こういう連中が、本当の詐欺師なのだ。彼らは、投資家を狼狽させて、大損させる。その陰で、彼らはこっそり儲けるのだ。
  ・ 東証    …… 取引増加で、ウハウハ
  ・ マスコミ …… テレビCMの売上げ増加などでウハウハ
 特に、マスコミは、罪が重い。
 「ホリエモンは悪だ、と主張した方が、視聴率が取れるから、この方針で、スケープゴートにしてしまえ。血祭りに上げよう。お、視聴率が2ポイント上がった。これでCMの売上げが増えるぞ」
 テレビはそうだし、新聞だって同様だ。私がいくら真実を書いて、あちこちに「納得した」という読者があふれていても、知らんぷりして、相も変わらず、いけにえを上げることにばかり熱中している。で民衆をたぶらかして、大損させて、自分ばかりが儲けている。
 本当の詐欺師は、ライブドアよりも、マスコミなのだ。

 [ 余談 ]
 余談として、ライブドア以外に、最近の世相の話題。3件。

 (1) 東横インの違反
 東横インの法律違反・条例違反が問題になっている。
 ここでは、被害を受けたのは、弱者である障害者である。ここでは、障害者の利益を奪って、自分の利益を増やしている。私腹を肥やしている。とすれば、悪質さの度合いで言えば、こちらの方がずっと悪質だ。
 しかも、マスコミは気づいていないようだが、この悪質な行為は、東横インだけでなく、たいていのホテルに当てはまる。なぜか? 朝日の投書欄(声欄 2006-01-31 )を読めばわかる。障害者が地方に出掛けようとして、ホテルに問い合わせると、たいていのホテルは、障害者向けの施設がない、ということだ。これはつまり、たいていのホテルは法律・条例に違反している、ということだ。
 警察の発表した目立つ例だけを鵜呑みにして、多くの違反に目をつぶる。これじゃ、何にもならない。単に騒ぐために騒いでいるだけだ。
 ついでに言えば、悪質さではこっちの方が上なのだから、さっさと社長その他を逮捕すべき。さらに、日本中のたいていのホテルの社長を逮捕するべき。それじゃ、監獄があふれる? だったら、ホリエモンを監獄から追い出せばいい。  (^^);

 (2) 防衛施設庁の談合
 防衛施設庁の談合が話題になっている。(31日・朝刊各紙)
 実は、ライブドアの問題よりは、こちらの方が国民にとってはずっと切実である。ライブドア問題では、一般の人は一円も被害を受けていないが、談合によっては、国民は莫大な被害を受ける。たとえば、千億円が無駄になれば、国民一人あたり千円弱の損。家族が4人なら、3千円程度の損だ。それも、毎年毎年。実際には、無駄な公共事業は千億円程度では済まない。国民一人あたり、数万円〜数十万円の損になっていそうだ。
 談合は、防衛施設庁以外に、他の省庁でなされている。これらの談合はずっと放置されてきた。とすれば、最高の責任者が、責任を問われるはずだ。誰が? もちろん、小泉が。── 検察は、ホリエモンを逮捕するよりは、小泉を逮捕するべきなのだ。小物ではなく、大物を逮捕するべきだ。どっちにしたって、必要な監獄は一人分だ。
( ※ 防衛庁と防衛施設庁の関係は → 組織図

 (3) レジ袋
 レジ袋の有料化が決まりかけている。ここでは、レジ袋の有料化という形で、スーパーが消費者の金をふんだくる。
 これは詐欺に近い。なぜなら、「環境保護」と称して、レジ袋一袋ごとに5円か10円をを徴収したならば、当然、その金を環境保護に使うべきだからだ。なのに、スーパーが懐に入れてしまう。消費税の横領と同様である。単に違法でないだけで、税金の猫ババと同じ。
 現在、年間 280億枚のレジ袋が使われているという。これが 100億枚に減ったとしても、年1袋5円の猫ババで、総額 500億円の猫ババだ。それも、国民全体から。これだってライブドアより、ずっと悪質だ。

 なお、レジ袋の問題については、詳しい話があるので、下記も参照。
  → Open ブログ


● ニュースと感想  (2月02日)

 「ライブドア問題の本質・その7
 これまでいろいろと述べてきたが、真犯人が何であるかは、まだ示していない。そこで、真犯人がどこにいるかを探るために、おおまかな構図を探ろう。

 まず、注意すべきことがある。事件そのものの真犯人と、事件の余波の真犯人とは、別だ、ということだ。なぜなら、事件そのものと、事件の余波とは、異なるからだ。
  ・ ライブドア事件そのもの
  ・ ライブドア事件の余波
 前者(事件そのもの)は、すぐ前に述べたとおりで、「小さなものが大きくふくらむ」という増殖の過程である。ここでは、ライブドアは、事件のきっかけにはなったが、事件そのものとは異なる。理由は後述する。
 後者(事件の余波)は、前日までに何度か述べたとおりである。つまり、事件が起こったあとで、検察のスタンドプレーに乗ってマスコミや東証が大騒ぎして、被害を拡大させたことだ。これは、ライブドア事件そのものではなくて、事件のあとで事件に付随して生じた被害である。この「余波」における真犯人が誰かは、すでに述べたとおり。(検察・マスコミ・東証である。)

 では、ライブドア事件そのものについては、どうか? 次の図式が成立する。

     小さな犯罪 → 大きな被害
     (違法性)     (事件)

 犯罪自体は小さいが、影響は大きい。ここでは、「小さなものが大きくふくらむ」という増殖の過程がある。この増殖の過程こそが、事件の本質なのだ。
 比喩的に言えば、「ウィルスが存在して、それが体内で増殖して、風邪が発病する」ということに相当する。ここで、最初に存在するウィルスは少しあるだけだ。しかし、その少しのウィルスが、体内で増殖することで、人間に風邪を発病させる。……ここで、「ウィルスが悪いんだから、ウィルスを地上から絶滅せよ」と主張して、ウィルスを少しずつ駆除しても、何の効果もない。いくらやっても、ウィルスを地上から抹殺することはできない。むしろ、体内の「増殖する」という過程を、制御するべきなのだ。それがウィルス対策の正解だ。
 今回の事件も、同様だ。最初の「嘘つき」という小さな犯罪を撲滅することが大事なのではない。小さな犯罪が大きな被害にふくらむ過程こそが、何より重要なのだ。
 具体的に言おう。ライブドアでなくてどこかの小企業が、嘘を付いて株を分割したとしても、そのこと自体は社会に何の被害ももたらさない。ライブドアの場合、その嘘にだまされた大勢の人がいるからこそ、多くの被害が生じた。ここには、単なる嘘とは違って、何らかの社会的な病因がある。それこそが本質だ。それこそが本当の真犯人なのだ。

 まとめて言おう。事件全体の構図は、次の通り。

     小さな犯罪 → 大きな被害 → すごく大きな社会的影響
     (違法性)     (事件)         (余波)

 増殖の過程は、二つある。
 まず、ライブドアがやったのは、十億円とか二十億円とかの、粉飾である。このこと自体は、たいして問題ではない。この程度の不正は、掃いて捨てるほどある。ところが、この不正をきっかけにして、数千億円もの金がライブドアに吸い寄せらるようになった。
  数十億円の粉飾  →  数千億円の投資
 ここには、増殖の過程がある。
 さらに、検察や東証のマスコミのせいで、次の事が起こった。
  千億円程度の帳簿上の損失 → 四千億円程度の現実的な損失
 これもまた増殖の過程である。しかも、被害は、この方が圧倒的に大きい。なるほど、割合だけを比べれば、前者の増殖の方が、割合はずっと大きい。何十倍にもなるだろう。しかし、割合でなく額を見れば、後者の方がずっと額は大きい。そして、人々の財布を痛めるのは、割合ではなくて額なのである。誰かが1円を払ってその百倍の金を損しても、どうってことはない。しかし、誰かが1億円を払って2億円を損したら、それは途方もない被害なのだ。── そして、検察や東証やマスコミがもたらしたのは、この被害なのである。

 というわけで、とにかく、真犯人がどこにいるかは、わかった。その上で、いよいよ、真犯人は誰であるか、その正体を明かそう。その肝心の話は、明後日以降の分で。
( ※ 明日はちょっと一息ついて、軽い話題にします。)

 [ 付記 ]
 実際に大損した人の例を示そう。自分で損を公開している人がいる。次のブログ。
  → http://blog.livedoor.jp/easygame/ (1月30日)
 この人の場合、ひところ「 7000万円儲けた」と喜んでいたら、ライブドアの事件が報道されて、株が暴落。あげく、1億3000万円の損である。
 とてつもないバクチ損だ。ここで、注意しよう。この人の損は、割合で言えば、メチャクチャに大きな損ではない。ライブドアの株価は数分の1に下落したが、百分の1になったわけではない。とはいえ、ここでは、損の割合ではなく、損の額が問題なのだ。何分の1に減ったかが問題なのではなく、1億3000万円の損というメチャクチャな絶対額が問題なのだ。(なお、その額が巨大になったのは、保証金を通じた投機のせい。当たれば大きいが、はずれても大きい。)
( ※ このブログは、あまりにも話題になって、読者からのコメントが計千件以上も寄せられている。なお、サイドバーが落ちるとか文字が変になるとか、正常に表示されないのは、ブログ会社が駄目だから。livedoor blog ですけどね。)


● ニュースと感想  (2月03日)

 「ライブドア問題の本質・その8
 話題が脇に逸れるが、マスコミ批判をしておこう。
 ライブドア問題では、マスコミの罪はとても重い。最近になって、「一面的な報道ばかりをしている駄目なマスコミ」ということが、あちこちでも話題になってきたようだ。(マスコミ自体がそう報じることもちょっとはある。)しかし、それだけでは物事の半面にすぎない。
 まず、マスコミがやっていることは、次のことだ。
 「ホリエモンを悪と見なす(半面的な)報道」
  で、これに対するアンチテーゼとして、次の見解を示す。
 「ホリエモンを善と見なす(半面的な)報道」
 前者は「詐欺師」という言葉で形容され、後者は「改革者」という言葉で形容される。しかし、いずれにせよ、肝心のことは何一つ報道されていない。

 では、肝心のこととは? 真実だ。つまり、次のことだ。
 「問題は、ホリエモンが善か悪かという問題ではなくて、何が悪であるかということと、その悪が何によってもたらされたかということ」
 マスコミが報道するのは、次のことだ。
 「粉飾という帳簿上の不正経理が悪であり、その悪はライブドアによってもたらされた」
 しかし真実は、こうだ。
 「投資家に莫大な損失という実害をもたらしたことが悪であり、その悪は検察と東証とマスコミによってもたらされた」
 このことがまったく報道されていない。真実が報道されていない。かわりに、いけいえとなったホリエモンの小さな不正ばかりを報道する。十億円程度の不正など、世の中に掃いて捨てるほどあるのに、そのことを無視して、ライブドアだけが不正経理という帳簿操作をしたと見なす。不正経理そのものが莫大な被害を生んだと思い込ませる。(これが嘘だということは前項参照。)
 こういう嘘の報道と、真実の隠蔽。それが問題なのだ。そのことをほったらかして、「ホリエモンを悪と見なすかわりに、ホリエモンを善と見なす意見を紹介すれば、それでバランスが取れる」
 と思い込む。ひどい錯誤だ。その錯誤を国民にばらまくのだから、これもまたひどい詐欺的な行為である。

 結局、マスコミのやっていることは、ただ一つ。虚報のみだ。その結果は? オオカミ少年と同じ。「狼が来た」と大嘘を叫ぶことで、社会を混乱させる。それと同じことを、マスコミはやっている。
 そもそも、新聞社の記者に問いたい。「あなたは何のために、新聞記者を志したのか?」と。よく考えてみるべきだ。本来、「真実を報道するため」ではなかったのか?
 なのに、今は、どうか。真実を隠蔽して、虚偽を報道することのみに専念している。社会に貢献するどころか、社会を混乱させる。人々に役立つどころか、人々に大損させる。
 これでは、犯罪も同然だ。ライブドアよりもずっと重い罪になる。

 マスコミのなすべきことは、多面的な視点を提供することだ。ただ一つの報道に染まっているときに、「別の見方」を提供することだ。情報の提供。それがマスコミの使命である。なのに、情報を提供することでなく、情報を提供をしないことが、現状のマスコミの役割となっている。有益な情報(真実)を流すかわりに、無益な情報(嘘)を垂れ流すことで、真実を隠蔽してしまっている。
 情報の提供でなく、情報の隠蔽。これは最悪である。だったら、何一つ報道しない方が、ずっとマシである。嘘ばかりを垂れ流すぐらいなら、口をつぐんでいる方が、ずっとマシである。つまりは、マスコミは、存在そのものが悪なのだ。ライブドアとは比較にならないくらい、存在そのものが悪なのだ。さっさと消滅してしまった方が、ずっとマシである。

 下記の「付記1」でも、マスコミはその傾向がある。ひたすら異論を封じようとする。政府の意見のみに、世論を一色で染めようとする。自分のお好みの意見だけを大切にして、自分とは反対の意見を封じ込めようとする。
 ライブドア問題でも、やはり同様なのだ。「ライブドアは悪だからつぶしてしまえ」という意見ばかりをやたらと報道して、「そのせいで、いったん被害を受けた株主が、さらに大きな被害を受ける」という事実を隠蔽する。「ライブドアは詐欺をやって数千億円もの金を懐に入れた。ホリエモンは莫大な金を盗んだ」という嘘ばかりを報道して、「その金は株主のものだから、ホリエモンのものではない」という真実を報道しない。「株価を下げたのは、ライブドアだ」という嘘ばかりを報道して、「株価を下げたのは、上場廃止にすると声明した東証だ」という真実を報道しない。
 マスコミのやっていることは、虚偽の報道だけであり、真実を封殺することだけなのだ。ライブドア事件であれ、下記の皇室問題であれ、何であれ、自分たちの都合によい意見だけを報道して、お気に召さない意見を封殺する。
 マスコミの独裁専制体制。それを、マスコミは「民主主義」と呼ぶ。これぞ、正真正銘の詐欺。

 [ 付記1 ]
 マスコミのメチャクチャな例の一つ。朝日の社説。( → 02日の社説のページ
 皇室典範の改正問題をめぐって、「寛仁さまは発言を控えるべし」と主張する。その理由は、「皇族は政治にタッチしないという大原則に反するのではないかと考えるからだ」という。また、「寛仁さまひとりが発言を続ければ、それが皇室の総意と誤解されかねない」とも理由づけする。かくて「黙れ」と結論する。
 この主張は、次の諸点で問題がある。

 (1) 政治
 これは政治の問題か? 通常、政治の問題に皇室が発言しないというのは、「国民の問題には皇室は口を挟まない」という意味だ。しかるに、今回の問題は、自分自身(もしくは自分たちの家系)の問題である。これを「政治」と呼ぶのは、詭弁である。
 こんな詭弁が許されるなら、次のことも成立しかねない。
 「夫婦が結婚するのは、婚姻届という法律の問題である。法律の問題は、国が担当する。ゆえに、夫婦の結婚は、国が決める」
 暴論であろう。要するに、政治の問題であろうとなかろうと、自分自身の問題については誰もが発言する権利を持つ。「黙れ」なんていうふうに発言を禁じるのは、民主主義の根幹に反する。形式の問題ではない。理念の問題だ。

 (2) 私的諮問機関
 社説は「国民の間で大いに論議しなければならない」と主張する。それはその通り。しかし、現実には、どうか? この問題を決めるのは、国民ではなくて、政府でもなくて、首相の私的諮問機関でしかない。要するに、小泉首相のお気に入りのわずか数名の担当者(密室で決められた人たち)が、国民の意見も聞かないで、勝手に議論する。そして、自分たちの意見を公開した上で、「オープンにしたから民主的だ」と威張る。
 民主的というのは、お上の決めたことを大々的に宣伝することではない。それは独裁と同じだ。民主的というのは、国民の声を吸い上げることであり、国民にお上の意見を宣伝することではないのだ。
( ※ この件、前にも述べた。 → 11月25日b

 (3) 天皇と皇太子
 この件について、「天皇陛下は記者会見でたびたび女性天皇や皇位継承について質問されたが、回答を控えてきた。皇太子さまも会見で質問されたが、やはり答えなかった。おふたりとも、憲法上の立場を考えてのことにちがいない。」と朝日は書く。間違いとは言えないが、正確ではない。天皇と皇太子が黙っているのは、黙るべきだと思っているからというよりは、自らの立場の重さを知っているからだ。口を開けば、重大な問題となる。だから、言いたくても、黙っているのだ。お二人ならばたぶん、「国は皇室を廃止せよ」とか「国は天皇を虐殺せよ」とか、メチャクチャなことを国民が決めても、黙って従うだろう。それだけの高潔なお人柄だ。だからといって、国民がどんな横暴をやってもいいということにはならない。しかも、今回の場合、国民の総意というよりは、小泉の私的な横暴だ。(私的な諮問機関が決めた方針なのだから。)

 まとめ
 国または国民がとんでもない横暴をやろうとしたときには、誰かが「それは良くない」と声を上げることは必要だ。正しくても正しくなくても、意見を出して、議論の俎上に載せることは、必要だ。それを報道するのがマスコミの使命である。
 朝日の方針は、その正反対だ。異論を封じ、政府の意見のみに、世論を一色で染めようとする。自分のお好みの意見だけを大切にして、自分とは反対の意見を封じ込めようとする。

 [ 付記2 ]
 マスコミが語るべきは、嘘ではなくて、真実である。まず誤解をなくすことが大事だ。
 たとえば、次の意見がある。
 「上場廃止になって倒産すれば株券は紙屑に」
 朝日は盛んにこの意見を報道している。「上場廃止になればもはや株の取引はできなくなるから無価値になる」というふうに。
 これは嘘八百である。正しくは、こうだ。
 「たとえ上場廃止になっても、株式は価値を失わない。東証における株の取引はできなくても、国民間で私的な取引はできる。非上場の株と同様に、価値をもつ」
 この世に非上場の株など、たくさんある。それらの株は、一文の価値もないのではなくて、立派に価値をもつ。単に流動性が弱いだけのことで、価値はあるのだ。無価値になることはない。たとえば、私の親戚の小企業の株でさえ、その株は立派に価値をもち、一株何十万円もの価値のあるものとして、取引される。(大株主に「買ってくれ」と頼めば、ちゃんと買ってくれる。もし拒んだら、大株主は、会社を乗っ取られてしまいかねないので、そんなことはしない。)
 また、次のことも大事だ。
 「ライブドアは決して赤字倒産しない」
 普通の赤字倒産は、資金繰りが付かなくなって、不渡りを出して、倒産する。ライブドアは、赤字でなくて黒字なのだから、倒産しない。仮に倒産したら、黒字倒産であるから、株主には1株あたり 180円が分配される。
 いたずらに世間の不安をあおるよりは、まず真実を報道するべきなのだ。

 [ 付記3 ]
 実を言うと、マスコミを擁護する主張もある。次のように。
 「マスコミは単に、視聴者・読者の望んでいるものを与えただけだ。視聴者・読者が望むから、その望むものを与えただけだ。ゆえに、真の責任は、視聴者・読者にあり、マスコミには何ら責任はない」
 いかにももっともらしい主張だが、仮に、これが成立するなら、次のことも成立する。
 「ライブドアは単に、投資家の望んでいるものを与えただけだ。高値で株を売却したのも、嘘を付いたのも、投資家が望むから、その望むものを与えただけだ。ゆえに、高値も、嘘も、それを望んだ投資家に責任があり、ライブドアには何ら責任はない」
 こうなると、ライブドアはまったく免罪されてしまう。メチャクチャですね。
 というわけで、いくら国民に責任転嫁したくても、マスコミの責任は免罪されないのだ。今現在でさえ、「語るべき真実を語らない」という大罪を犯している。たとえ虚偽の報道量が減ったとしても、「語るべき真実を語らない」という大罪はずっと犯しつづけている。

 [ 付記4 ]
 関連情報。次の報道があった。
 「ライブドアのフジ保有株、企業買収ファンドが触手」( → 夕刊フジ
 さて。企業買収ファンドとは、どこでしょう? 村上ファンドですかね? これだと、1月30日 に述べたとおりになる。( → 該当箇所
 つまり、
   錯覚 : 投資家  →  ライブドア   ( 5000億円の流れ )
   現実 : 投資家  →  村上ファンド ( 4000億円の流れ )
 てな具合でしょうか。で、最大の詐欺師である村上ファンドがボロ儲けするとしたら、マスコミがすごく加担したからだ。村上ファンドとしては、一挙に数千億円をプレゼントしてくれたマスコミに、足を向けて眠れませんね。マスコミに大感謝。
 世間がライブドアを「虚業、虚業」と批判するおかげで、真の虚業である投資ファンドが、濡れ手で粟で、ボロ儲け。うまい商売だ。

 教訓。
 「何も働かないでボロ儲けするには、マスコミを通じて、嘘を報道して、国民をたぶらかすことである」
 「自分が詐欺師であることを見破られない方法は、他人を詐欺師に仕立て上げることである」
 「人々にあえて損をさせるには、『今すぐ損をしないと、あとでもっと損をしますよ』と脅かして、『だからこうしなさい』と優しく猫なで声をかけることである」
 「人々を自分の思い通りに操るには、『あなたは正しい』とイアーゴーのように褒めることである。マスコミであれ、国民であれ、『あなたは正しい』と褒めれば、思うがままに操れる。」
 以上の出典は、「悪魔の法則」( by a devil whose name is Hisashi Nando )


● ニュースと感想  (2月04日)

 「ライブドア問題の本質・その9」について。
 では、いよいよ、事件の真犯人を明かすことにしよう。
 まず、すでに述べたことを振り返ってみる。肝心のことは、次の二点だ。

 第一に、ライブドアは一般国民の金を奪ったわけではなく、投資家間で金の配分が変更されただけだ。次の図式のように。
      元の株主  ←  新規の株主  ←  さらに新規の株主
 新規の株主は金を損するが、その損した分の金は、既存の株主のものとなる。既存の株主は、新規の株主から金を得るので、どんどん富が増える。それを見て、「お、株主は得をするな」と思って、次々と新規の株主が参入する。これは、自転車操業であるから、永遠に続くことはない。とはいえ、破綻するまでは、その構造が成功して いるように見える。この構造は、ネズミ講と同様である。

 第二に、「小さな原因 → 大きな事件」という増殖過程があったこと。ライブドアの粉飾自体は、どこにでも見かけるような、ただの帳簿の不正にすぎない。この程度のことなら、掃いて捨てるほどある。しかるに、小さな不正が、大きな事件に、拡大した。その拡大の構造にこそ、真の原因がある。

 以上の二点が本質だ。そして、この二つの点からなる本質は、ただの一言で語ることができる。すなわち、「バブル」である。
 実際、80年代のバブルも、この構造をもっていた。たとえば、この構造をもっていた。
 (1) 「元の株主  ←  新規の株主  ←  さらに新規の株主」という形で資金が流入して、株価と地価ががどんどん高騰した。
 (2) 「日本式経営は優秀だ」などという嘘が蔓延した。

 当時の嘘を思い出そう。日本株価の高騰の理由を説明しようとして、実にたくさんの嘘が並べ立てられた。
 「日本式経営は優秀だからだ」
 「単一民族で効率的だからだ」
 「日本はハイテク技術が優れているからだ」
 これらはもちろん、成立しない。なぜか? このとき急にそうなったわけではないからだ。たとえば、日本式経営は80年代に急に日本式経営になったわけではない。日本人は80年代に急に単一民族になったわけではない。だから、これらはすべて、嘘である。そして、その嘘を根拠として、バブルが急激にふくらんでいった。小さな嘘から、巨大なバブルがふくらんでいった。その事情は、ライブドアの小さな嘘から、巨大な事件が生じたのと、同様の構造である。
( ※ もう一つ、「会社の土地資産が上がったから株価も上がる」という嘘もある。これは、「土地から株価へ」という循環構造の論理がある。真っ赤な嘘というよりは、論理の循環構造。理由にならない理由。手の込んだエセ論理。)

 さて。では、バブルの本質は、この嘘であったか? 嘘を付いた奴が悪いのか? 違う。ライブドアの事件では、小さな嘘が根源であったわけではないのと同様に、80年代のバブルでも、小さな嘘が根源であったわけではない。
 では、根源は? 「小さなものを大きなものにふくらませる」という増殖の過程だ。その増殖の過程が根源だ。
 では、その増殖の過程とは? それはなぜ生じるのか? 

 ここで、先の図式を思い出そう。
      元の株主  ←  新規の株主  ←  さらに新規の株主
 この図式は常に成立するわけではない。この図式が成立するためには、一番右の「さらに新規の株主」というのが、次々と流入する必要がある。もしその流入がストップしたら、成長神話ははじけてしまう。とすれば、一番右側で、「さらに新規の株主」というのを、次々と流入させる必要がある。それは、何か? 
 それは、「大量の余剰資金」である。よく考えよう。そもそも、通常ならば、こういう馬鹿げた構図は成立しないのだ。なぜなら、人々は、馬鹿げたネズミ講みたいなものに投資するよりは、堅実な貯蓄に投資するからだ。国債であれ何であれ、まともな利息が得られるのであれば、人々はまともな貯蓄をする。しかるに、例外的に、次のようになることがある。
  ・ 貯蓄の金利が異常に低い (ゼロ金利)
  ・ 金融市場に日銀が莫大な資金を投入して金余りにする
 この二つのことが成立する場合には、金は行き場を失う。金は、企業で投資されることもなく、国民で消費されることもなく、政府の国債になることもない。(実際には、「まったくない」のではなくて、「少ししかない」というふうになるが。)……ともあれ、大量の金が、行き場を失う。どこに貸しても、ゼロ同然の金利しか得られない。そういう金が大量に余っている。なぜなら日銀が金をどんどん供給するからだ。
 となると、その金は、必然的に、資産市場に向かう。すなわち、「株式市場」と「土地市場」だ。……そして、その結果、株価と土地が高騰したのが、80年代のバブルだ。ここでは、
 「日銀の大量の資金供給 → 低金利金利 → バブル」
 という過程があった。

 では、現在の経済は? 実は、その構造は、まったく同様である。
 「日銀の大量の資金供給 → ゼロ金利 → ミニバブル」
 という過程がある。ただし、80年代のバブルと違うのは、次のことだ。
  ・ 土地価格はあま余り上昇しない。
  ・ 株価はまだ上がり始めたばかりである。
 その意味で、バブルはふくらみかけたばかりであり、まだ大きくふくらんではいない。

 では、ライブドアの事件は? 実は、その構造は、まったく同様である。
 「日銀の大量の資金供給 → ゼロ金利 → 個別バブル(ライブドアだけのバブル)」
 これが「小さなものが大きくふくらむ」という構造の本質だ。本質的な点は、何も変わっていないのだ。
 ただし、ライブドアの場合には、不正経理という嘘が付随した。そのせいで、この構造が、極端に現れた。たいていの企業の株価では、増殖の構造は小さく働くだけだったが、ライブドアの株価では、増殖の構造は極端に大きく働いた。……不正経理という嘘ゆえに。

 ここまで理解すれば、ライブドアの事件の本質がわかる。それは、こうだ。
 「ライブドアは、バブルを極端になしただけだ。他のたいていの企業のバブルは小さくふくらむだけだったが、ライブドアのバブルはきわめて大きくふくらんだ」(嘘が付随したから。)

 ここで、次の事実に注意しよう。
 「バブルをふくらませるということは、日本の経済政策そのものであった」
 その理由は、こうだ。
 「なぜなら、極端な量的緩和をなして、ゼロ金利にしたから。さらには『株価が上がれば、景気は回復する』と称して、人為的に強引に株価を上げようともした」

 以上のことをまとめると、次のように言える。
 「ライブドアは、『やってはならない』と禁じられたことをやったというよりは、日本政府が『やれ』と推進したことをあまりにも過度にやっただけだ」
 比喩的に言おう。「泥棒をしてはいけない」と言ったのに、土左衛門が泥棒をしたというのなら、土左衛門は悪いことをしたことになる。一方、政府が「これをやれ」と命じたことを、過度にやって、そのせいで社会に迷惑をかけた、という場合がある。この場合には、責められるべきは、土左衛門はなくて、政府なのだ。土左衛門がおかしかったというよりは、政府の方針がどこかおかしかったことになる。(このとき、土左衛門がちょっと嘘を付いたかどうかは、たいして問題ではない。)

 結局、ライブドアのやったことは、「バブルをふくらませる」という政府の推進する方針に乗ったことだ。
 すると、その結果、「小さなバブルを日本全体でふくらます」という政府の目論見に反して、「大きなバブルを一企業だけでふくらます」というふうになってしまった。政府の目論見では、全員がネズミ講の詐欺師になって、全員が儲けるはずであったのだが、ライブドアは、その裏を掻いて、自分だけが詐欺師になって、自分だけが儲けてしまった。
 こうなると、政府としては、「裏を掻かれた」と怒り狂うのは、当然だろう。また、利益の分け前にあずかれなかった国民も、「ライブドアは詐欺師だ、虚業だ」と怒り狂うのも、当然だろう。心情的には、それが当然だ。
 ただし、彼らが怒り狂うのは、自分たちが正しいからではない。自分たちが詐欺師になり損ねたからなのだ。本当なら自分たちが詐欺師になって大儲けするはずだったのに、ホリエモン一人がうまいことをやってのけた。だから、悔しくて、仕方ないのだ。

 では、真実は? それは、こうだ。
 「バブルをふくらませるという政府の方針そのものが、根源的に狂っている」
 「国民全員がマネーゲームで儲けることができるという政府の方針そのものが、根源的に狂っている」
 「量的緩和を続けるという日本の経済運営そのものが、根源的に狂っている」

 つまり、「ライブドアは詐欺師だ」と怒り狂うのでは、何の解決にもなっていないのだ。「自分たちこそ詐欺師だ」と気づくことこそ、必要なのだ。なぜ? 「ライブドアがいつか破綻した」というのと同じように、「自分たちもいつかは破綻する」という結果が待ち受けているからだ。
 バブルというのは、しょせんは、
      元の株主  ←  新規の株主  ←  さらに新規の株主
 という金の移転にすぎない。何の富も生み出さない。ただのマネーゲームである。しかしながら、そのマネーゲームを、今まさしく、日本は経済政策として実行しているのである。「量的緩和」ないし「ゼロ金利」という形で。「必要以上の金を莫大に供給する」という形で。つまり、「上の図式の一番右側に、次々と金を流入させる」という形で。

 世間では、次の見解がある。
 「ライブドアは虚業だ。ただのマネーゲームをやっているにすぎない」
 この見解について、私はこれまで、特に否定しなかった。かわりに、次の図式を示した。
 「ライブドアより周囲の方が黒い。そっちを見失うな」
            
 そうだ。「ライブドアは虚業だ。ただのマネーゲームをやっているにすぎない」というのは、正しい。ただし、それと同じことは、日本の経済政策そのものであるのだ。なぜなら、日本の経済政策とは、こうだからだ。
 「実際の生産活動を増やそうとはしない。単に貨幣の量だけを増やすことで、経済を水ぶくれさせようとする。」
 この政策は「マネタリズム」と呼ばれる。現在の経済界の主流の発想である。政府も日銀も、この政策のもとで、経済を運営している。したがって、「金利を下げる」「量的緩和をする」「企業や国民に、投資や投機を仕向ける」ということばかりに熱中する。その一方で、「実際の生産活動を増やすこと」(つまり需要不足のときに需要を増やすこと)という方針を取らない。経済をすべてマネーゲームで運営して、経済の生産活動をほったらかしにする。
( ※ 素人には信じられないかもしれない。だが、「経済は貨幣的な現象である。ゆえに貨幣を増やせば景気は回復する」という嘘を堂々と主張しているのが、たいていの経済学者だ。「経済は実際の生産活動である」と主張する私は、あまりにも異端である。狂気の渦のなかで正気を保つ孤独。)

 ここまで読めば、真犯人が誰かは、明らかになっただろう。
 真犯人は、日本の経済運営をしている全員だ。つまり、代表者は首相と日銀総裁。その政策を推進したのは、経済学者やエコノミストのほとんど全員。たとえば、マスコミでは、朝日や読売の社説は、いつも「量的緩和を続けよ」とばかり主張する。……こういう連中がすべて、真犯人なのだ。

 要するに、真犯人とは、ライブドアの株価を暴騰させた嘘つき野郎ではない。そんな嘘つき野郎は、ただの下っ端にすぎない。彼の背後に、こっそり隠れて、真の真犯人がいる。悪の親玉がいる。それは、ライブドアの株価を下落させた悪人というよりは、日本経済全体を長期に低迷させている悪人だ。

 本来ならば、次のことが必要だ。
 「日本経済を不況から脱出させる」
 「そのために日本経済の生産量そのものを拡大する」
 「そのために、余った供給を拡大するのでなく、不足した需要を拡大する」
 しかるに、現実には、次のことをやっている。
 「余った供給を、生産性向上で、さらに拡大する」(構造改革……無効)
 「生産量を無視して、マネーばかりをやたらと増やして、バブルをふくらませようとする」(マネタリズム……弊害あり)
 こういうことをやっている連中こそ、真犯人なのだ。この真犯人は、ライブドアを破綻させただけではなくて、日本経済全体を低迷させて、国民全体の生活を破綻させているのだ。
 だからこそ、私は、次の図で注目点を示す。
 「ライブドアより周囲の方が黒い。そっちを見失うな」
            
 ライブドアがどうなろうと、たいていの人にはどうでもいいことだ。それより、日本経済そのものが、15年も低迷状態であることの方が、ずっと問題なのだ。

 [ 付記 ]
 現実には? 政府はライブドアの問題と根源的に同じ間違いをやらかしているし、マスコミもまた政府の宣伝ばかりを語る。
 「企業の業績が改善しました」
 「失業率が改善しました」
 しかし、改善したかどうかなど、たいして問題ではない。マイナス9がマイナス8かマイナス7に改善したからといって、たいして意味はない。それよりは「大幅なマイナス」という現状を根源的に改める必要があるのだ。若い多くの国民が、正社員になれず、月収十万円ちょっとのアルバイト収入しかなくて、結婚もできず、子供も埋めない、というひどい状況がある。地獄のようなありさまだ。そんな状況のなかで、「地獄のなかで階段を一歩上がりました。その分、天国に近づけました。大成功」と吹聴しているのが政府であり、それを宣伝しているのがマスコミだ。

 では、なすべきことは? 次のことだ。
 「ただちに不況を完全に解決すること」
 それは、決して不可能なことではない。なぜなら、それは単に、「元に戻すこと」にすぎないからだ。また、どこかから大量の富をもってくる必要はなく、単に、「働けない人が働けるようにする」というふうにするだけでいいからだ。外国や天から莫大な金が降ってくる必要はない。単に国民がしっかり働けるようになればいい。それだけのことだ。そして、それこそ、政府が何にもまして、なすべきことなのである。
 しかるに、「ライブドア、ホリエモン」と叫んでいると、その肝心の目的から、目を逸らされてしまう。嵐のなかの小舟にいて、今すぐ自らを救う必要があるときに、テレビやゲームの話題に夢中にさせてしまう。
 その馬鹿らしさこそ、大きく目を開いて、注視すべきことなのだ。

 [ 余談 ]
 息抜きに、下記の話をどうぞ。おもしろい話が二つあります。
 「ゲイツとジョブズ」「ゴミと分別」
 → Open ブログ


● ニュースと感想  (2月05日)

 「皇位継承とマスコミ批判」について。
 本日は、ライブドア問題を一休みして、別の話題。

 先日、皇族による発言を封じようとする朝日の社説があった。これについては、前に批判したとおり。( → 該当箇所
 その後、朝日がふたたび、同趣旨の社説を掲載した。( → 朝日のサイト
 言っていることはまったくの同趣旨。同じ話を二回も書いている。前回の記事の複製かと思ってしまった。古い新聞でも読み直しているのかと思った。つまりは無内容。恥ずかしくもなく同趣旨の話を二回も書くのだから、呆れますね。自分で何を書いたか、すっかり忘れてしまったらしい。
 しかも、呆れたことに、「批判があったから弁明する」という形を取る。その批判というのが、「言論機関が皇族の言論を封殺する」という批判で、これだけなら私と同様。ただし、朝日の弁明は、「皇族にも言論の節度・ルールがあるから」というもの。
 馬鹿じゃなかろうかね? そんなことは誰だって知っている。だから「皇族が自由に政治について語るべし」なんてだれも言っていない。「自分たち自身のことについて語る権利はあるか」ということが問題となっている。「最低限のことも語る資格はないのか」ということが問題となっている。朝日はそれを取り違えている。
 また、「冷静な議論を」というのが朝日のタイトルだが、実際には、「議論をするな」というのが社説の趣旨だ。
 「皇族は黙っていろ」
 「国民はろくに意見も交わさないでいい」
 「政府だけが勝手に決めて、提案したらろくに議論もしないで、さっさと拙速であっというまに法制化してしまえ」
 というのが社説の趣旨だ。タイトルでは「議論を」と述べて、内容では「国民は議論せずに、さっさと政府だけが決めろ」と主張する。矛盾じゃないですか。
 そもそも、問題は、「女系天皇」より、「第一子優先」である。これについての国民の意見はまったく収斂していない。なのに、政府は小泉の独断で、さっさと法制化してしまう。二千年ぐらいの歴史の末にある現状を、たったの2年ぐらいの論議で政府が勝手に変更してしまう。あまりにも独断専行の暴挙であろう。本来、二十年は議論するべきだ。それでも間に合うのだから。四十年かけても遅くはないかも。
 たぶん、朝日は、「男女平等なら男子優先よりも民主的だ」と思っているのだろう。これは大いなる錯覚である。「第一子優先」なんて言葉でたぶらかしているが、これは歴史的には「長子優先」と呼ぶべきだ。そして、「長子優先」というのは、封建的な発想なのである。なぜなら、「男子優先」「長子優先」の二つを柱としてきたのが、古臭い封建的な発想だからだ。そのうち一つをはずすことばかりに熱中して、もう一つの方にこだわりすぎている。
 一方、民主的な発想は、こうだ。
 「最も適した子が相続する」
 つまり、長子であれ末子であれ、男子であれ女子であれ、最も適した子が親の仕事を相続すればよい。(これについては「一子相伝」という関連概念もあるので、お暇なら検索するとよい。)
 ともあれ、朝日の主張する「長子優先」というのは、まさしく封建的で非民主的な主張なのである。こんなことを主張して得意がっている記者は、マスコミ担当者として、自らの無知を恥じるべきだ。
( ※ なお、私の主張は……「天皇の皇位継承順位は、国が定める必要はない。本人が決めればよい。つまり、姉と弟が、たがいに相談して、どちらがふさわしいかを、自分たち二人で決めればよい。そして、二人の意見が対立した場合には、親である現天皇が決めればよい。」 → 10月27日

 [ 余談 ]
 分量が物足りないとお思いでしたら、下記をご覧ください。
  → Open ブログ 「携帯+ワープロ」


● ニュースと感想  (2月06日)

 都合により、本日はお休みです。かわりに下記をご覧ください。
 → Open ブログ


● ニュースと感想  (2月07日)

 「世相の言葉」について。
 言葉をめぐる雑感。(暇つぶしふうの話題です。)
 「よさげ」という言葉をよく見る。が、別に、あまり気にしないでいた。ただ、よく考えてみると、この言葉は文法的に成立しないのだ。変な日本語ですね。ありえなーい。
 この「ありえなーい」というのも、変な日本語ですね。上の意味で使うなら正常だが、今の流行語では「ウッソー」と同じ意味である。これも、ありえなーい。

 というようなこと考えて、ついでに検索して見つけたのは:
  → 参考サイト
  → 検索一覧
  → 死語辞典

 最後の「死語辞典」は、比較するための、昔の流行語。で、感じたのは、こうだ。
  ・ 「昔の流行語は、程度の激しいことを強調するものが多かった。」
  ・ 「今の流行語は、脱力系のものが多い」
 ま、最近でも、程度の激しいことを強調するもの(例。チョーベリグ・ありえなーい)もあるが、「よさげ」みたいな脱力系が多いようだ。これは、世相のせいもあるかも。不況とオタクと萌えのミックスで。
 なんか、やばい感じ。


● ニュースと感想  (2月07日b)

 「ライブドア問題の本質・その10」について。
 前回 (2月04日)では、最も核心的なことを示した。すなわち、ライブドア事件の本質は、「バブル」である。80年代のバブルは日本全体のバブルであったが、ライブドア事件のバブルはライブドア一社のバブルだった。それは、一社だけのバブルであるから、「ミニバブル」と称するよりは、「マイクロバブル」または「局所的バブル」と称するべきものだ。
 ともあれ、事件の本質は、バブルだ。そして、バブルの意味は、次の二点だ。(前回に述べたことを抜粋する。)

 第一に、ライブドアは一般国民の金を奪ったわけではなく、投資家間で金の配分が変更されただけだ。次の図式のように。
      元の株主  ←  新規の株主  ←  さらに新規の株主

 第二に、「小さな原因 → 大きな事件」という増殖過程があったこと。
 以上の二点を「バブル」と称したわけだ。

 さて。こうして事件の本質がわかると、そのあと、いろいろとわかることがある。それらを示すために、とりあえず、次の二つの課題を示そう。
 「真実に対して、誤解は何か?」(人々はどこをどう誤解しているか?)
 「真犯人を知ったあとで、対処はどうするべきか?」(ギャーギャー騒ぐかわりに何をするべきか?)
 この二つを課題について、明日以降、いろいろと論じていこう。
 

● ニュースと感想  (2月08日)

 「ライブドア問題の本質・その11」について。
 まずは、次の課題を扱おう。
 「真実に対して、誤解は何か?」(人々はどこをどう誤解しているか?)
 これは大切なことだ。なぜなら人々は大いなる錯覚にとらわれているからだ。この錯覚には、倫理的な錯覚と経済的な錯覚とがあるが、本項では、俗っぽい話題たる、倫理的な錯覚の方を扱おう。(経済的な錯覚は、次項以降で。)

 倫理的な錯覚とは、ライブドアを倫理的に批判することの錯覚である。通常、次のような批判を取る。
 「ライブドアのやったことは悪である。不正経理というのはまさしく法律違反であるから、悪である」
 「ゆえに、その後の被害のすべては、みんなライブドアのせいだ。投資家が損したのも、世間が大混乱に陥ったのも、みんなライブドアのせいだ」
 「悪いことは悪い。悪は悪。不正は不正。こういう悪人を絶対に許してはならない」
 「ゆえに、ライブドアみたいな悪の企業が倒産しても、当然である。また、悪の企業が市場に残るのは許されないから、断固、上場廃止にするべきだ」
 要するに、「勧善懲罰」みたいな主張で、「悪のライブドアをやっつけろ」という主張である。日本中のほとんどが怒り狂ってライブドアを非難する。特にマスコミの上げる火の手はすごい。

 しかし、これはほとんど狂気である。そのことは、これまで何度も指摘したとおり。重複になるが、ふたたび述べよう。
 そもそも、50億円だかそこらの粉飾(ただの帳簿上の不正)があったからといって、倒産させて、株主から数千億円の金を奪ってしまえ、というのはメチャクチャすぎる。ライブドアの法律違反とは、単に帳簿上の項目を間違えただけにすぎない。別に、莫大な金を他人から盗んだわけではないのだ。
 また、この帳簿の不正は、「脱税」ではなくて、逆に、「利益でないものを利益に計上した」ということなのだ。「脱税」という形の帳簿処理で国の富を奪ったことではなくて、逆に、「税の払いすぎ」という形で国に富を与えたことなのだ。……ま、それだって、株主にとっては損だから、不正は不正である。しかし、こんな不正は、脱税の不正に比べれば、法律違反の程度はあまりにも小さい。仮に、こんなことが正当化されるとしたら、次のようなことが起こる。
 「年末調整で調べた結果、あなたは今年、税を3万円多く支払いすぎていました。例年ならば、3万円を還付するところですが、ライブドア事件が起こったので、今年はあなたを税の払いすぎもしくは不正申告という理由で、逮捕します」
 これじゃ、メチャクチャである。「納税をちょろまかした」という理由で逮捕されるのならわかるが、「税の払いすぎ」で逮捕されるというのは、道理が通らない。で、それと同じようなことを主張しているのが、昨今の風潮だ。

 だから、単に形式的な法律違反を見て、「不正だ」「悪だ」と騒ぐのは、とんでもないことなのだ。実質的に何がどうなったかを見るべきなのだ。
 で、その詳しい分析は、翌日回しにするとして、まずは、次のことに注意しよう。
 「物事を判断するときに、感情的になって、善悪感情だけで決めるな」
 単純に「悪いことは悪い」「悪は悪だ」「犯罪を許すな」「あいつは悪人だからとっちめよ」というワンパターンの発想になってはならないのだ。物事を単に白黒だけで決める、というのは、人間の陥りやすい、悪い癖である。この悪い癖を諌(いさ)めるために、次の言葉を引用しよう。
 「汝らのうち罪なき者、この女を石もて打て」
 キリストの言葉だ。これを聞いて、当時の人は、誰もが口をつぐんだという。で、今の人々はどうか? 自らを反省できるだけの判断力があるのか? 
 われわれは誰もが、多かれ少なかれ、罪をなしている。ライブドアの犯した「不正経理」などは、「嘘つき」の罪だが、このような罪なら、赤ん坊以外の誰もが犯しているはずだ。なのに、善人面をして、「私は嘘を付いたことはありません」というそぶりをみせる人こそ、真の嘘つきだ。
 また、人をだましたことを問うなら、女をだましたことがある男だって、けっこういるはずだ。特に、本人にはそうした意識がなくても、相手の女が「だまされた」と思っている場合は、結構ありそうですね。(「南堂のことだろ」と腹を探らないでくださいね。 (^^); )
 ま、私なら、過激な誇張を何度も言ったのだから、たしかに「嘘つき」の罪を問われるのは仕方ない。私は十分に自覚している。
 一方、善人面をしている連中こそ、うさんくさい。彼らは自己反省がないまま、他人の罪ばかりを責めている。他人における罪というたった一点を見ているから、それ以外の点とをまるきり無視する。もちろん、自分のことも無視する。そして、そういう連中こそ、「自分は嘘つきではない」という嘘を付いているがゆえに、自分も嘘つきであるので、ライブドアと同じなのだ。ホリエモンは確かに嘘つきだが、彼らもまたホリエモンと同じ穴のムジナなのだ。つまりは、仲間同士の争いである。共食いみたいなものですね。

 では、何をなすべきか? 大事なのは、ホリエモンを責めることではなく、ホリエモンを見て、他山の石とすることだ。他人の罪を見て、他人を責めることではなく、われわれの社会そのものを反省することだ。責めることではなく、反省することだ。
 ところが、現実には、そうしない。ライブドアを責めることばかりに熱中している。そのせいで、「真実を見る」ことができず、「偽りを見る」というふうになる。「正義を主張する」つもりになって、「悪を主張する」という結果になる。
 
 具体的に言おう。次の主張がある。
 「ライブドアは、悪だから、上場廃止にして、倒産させてしまえ。もともと虚業だから、倒産させたって弊害はない」
 で、そうしたら、どうなるか? 実際には、ライブドアには、形式以外の実際の業態がある。たとえば、ライブドアのサイトでは、広告を集めて金を得る仕組みがある。旅行のサイトもある。インターネットでいろいろとやっている事業がある。他にも、金融関係でも、いろいろとやっている。そういう事業が、どうなるか? 倒産とともに、これらの事業が消滅する。── この場合、まさしく、現実にある富が消滅する。ライブドアの犯した法律的な罪は、帳簿上の不正にすぎないが、ライブドアを倒産させるという制裁は、帳簿ではなく実際の損失をもたらす。ライブドアの犯した不正経理は、数十億円のものにすぎなかったが、ライブドアを倒産させるという制裁は、数千億円の規模の損失をもたらす。
 こういうことは、まさしく狂気の沙汰である。「経済テロ」と呼んでもいいだろう。NYのビルを飛行機で爆破するのと同様の狂気的なテロである。

 で、こういうことを主張するのが、「悪は悪だ」という感情的な主張だ。彼らの主張は、あまりにもビン・ラディンのようなテロリストに似ている。
 「アメリカは悪だ。悪は悪だ。ゆえにアメリカを破壊せよ」
 「ユダヤ人は悪だ。悪は悪だ。ゆえにユダヤ人をぶちのめせ」
 これとそっくりなのが、次の主張だ。
 「ライブドアは悪だ。悪は悪だ。ゆえにライブドアを破壊せよ」
 「ホリエモンは悪だ。悪は悪だ。ゆえにホリエモンを監獄にぶち込め」
 どちらも狂気的なテロという点で、同様なのだ。そして、その根底にあるのは、次の発想だ。
 「悪は悪。善は善。敵は悪。自分は善」
 こういう独善的な発想が、世界に破壊をもたらす。自己正当化の狂気が、他人を攻撃し、世界を破壊する。
 だからこそ、「善」だの「悪」だのと決めつける前に、善悪感情を捨てて、冷静に実状を考えるべきなのだ。

 [ 付記 ]
 なお、誤解しないでほしい。私は別に、「ライブドアのやったことが悪ではない」と述べたいわけではない。ライブドアを弁護したいわけではない。ライブドアのやったことは、たしかに悪である。ただし、その悪の意味を、勘違いしてはならないのだ。そこが大事なのだ。
 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」
 というのが多くの人々の意見だ。相手が何をやったかもろくに理解しないで、「あいつは悪いことをやったから、あいつはとんでもない悪だ。全否定せよ」と主張したあげく、豚だのイノシシだのデブだの、勝手に悪口を言うような連中は、そのこと自体が名誉毀損というれっきとした犯罪をなしている。自分自身が立派な犯罪者となっていることも忘れて、相手を悪人だと見なす。こういう連中は、まず自分自身を鏡に映すべきだ。おそらく、鏡を見た瞬間、その醜さに卒倒するだろう。
 「真実を見よ」
 これが私の主張だ。ライブドアのやったことは、確かに悪であるが、その悪がどんな悪であるか、はっきりと理解することが必要だ。ライブドアのやったことを、ことさら顕微鏡で拡大して、小さなトカゲをゴジラのように見せかける、というのが、多くのマスコミのやっていることだ。
 こういうふうに「小さな不正を大きな不正に見せかける」というのは、一種の報道バブルである。その報道バブルは、ライブドアのやった集金バブルと、大同小異なのである。
 「ライブドアはとんでもない悪だ」と主張する連中こそ、ライブドアとまったく同じ穴のムジナなのである。だからこそ、私はこう主張したい。
 「善や悪という感情的な価値判断で、正確な事実認識を取りこぼすことなかれ」
 「錯覚するな」
 「真実を見よ」
( ※ 数日後の項目で、その悪がどんな悪であるかを、正確に分析する。つまり、経済学的に。)


● ニュースと感想  (2月09日)

 「私の内心は?」について。
 前日分への補足。私の内心をゲスの勘ぐりで推測する人もいる。
 「おまえはライブドアの株を買ったから、それでライブドアを擁護しているんだろう」
 呆れたね。私は常日頃、「素人は株を買ってはいけない」とか「マネーゲームをするな」とか「金よりももっと大切なものをめざせ」と言っている。株なんかでマネーゲームをするはずがないじゃないですか。(なお、たとえ買うとしても、ライブドアなんていうボロ株を買うはずがない。)

 で、勘ぐりをする人のために、舞台裏を教えば、私の気持ちは、こうだ。
 「大馬鹿が馬鹿を見て、『馬鹿』とけなすのが、アホくさすぎる」
 要するに、現状は、動物園のキツネザルがオランウータンを見て、「動きが鈍くて進化していない猿」と馬鹿にするようなものだ。テストで零点の大馬鹿がテストで20点の馬鹿を見て、「頭が悪い」とけなすようなものだ。アホくさくて、仕方ない。漫画チックすぎる。それに呆れているのだ。
 なるほど、ライブドアは確かに悪である。私はそれを認める。しかし、ライブドアを非難する人々が、ライブドア以上の巨悪なんだから、まともな目で見れば、チャンチャラおかしい。見ている方は、ヘソが茶を沸かす。
 で、この馬鹿らしさを、私はあえて告げているのだ。── 何のために? ひとりよがりで威張っている猿を調教するために。


● ニュースと感想  (2月09日b)

 「世の中の悪」について。
 ちょっと話題がズレて、最近の世相の話題。人々はライブドア事件にかまけている。そのせいで、肝心の巨悪を見逃しがちだ。その例を、いくつか示そう。

 (1) 東横イン
 同じく法律違反といっても、ただの帳簿の不正にすぎないライブドアより、障害者に実害をもたらす東横インのほうが、よほど悪質である。社会的弱者を虐待して、自己の利益を増やすのだから。その点、余剰金をかかえた人々からその余剰金を預かった(集金した)だけのライブドアより、はるかにひどい。
 面白いのは、経団連だ。ライブドアを批判するが、東横インを批判しない。なぜ? 自分自身もそうだからだ。
 「社会の弱者を虐待して、自分の懐の利益を増やす」
 これは、経団連の、ほとんどすべての企業に共通することだ。まともなのは日本IBMぐらいで、あとはみんなメチャクチャである。
 「女性雇用の不平等・法律違反」
 「身障者効用の未達成・法律違反」
 これらは、たいていの企業に共通する。実際に女性や障害者の雇用率を見れば、すぐにわかる。
 とにかく、こっちの方が、ライブドアよりもはるかに悪質である。巨悪。

 (2) 賃金不払い
 サービス残業と称される賃金不払いもある。一般国民にとっては、こっちの損の方がはるかに身に迫るだろう。たとえば、下記の企業では、賃金不払いという犯罪がバレている。
   トヨタ・マクドナルド・東電・古河電工・ビックカメラ ( → 出典
 これらは氷山の一角だ。たいていの企業では、バレないまま、賃金不払いが放置されている。有給休暇をつぶされることもあるし。
 つまり、人々は、ライブドアという無関係の他人の微罪を責めることに熱中していて、自分たちの財布から金を盗まれることをほったらかしている。他人の掘った穴ばかり見ているから、自分たちの足元に大きな穴が気づいているのに気づかない。
 肉をくわえた犬が、よその犬を見て、ワンと吠えた。とたんに、自分のくわえた肉をこぼしてしまった。馬鹿丸出しですね。

 (3) 狂牛病
 これも悪の一つ。どういう悪か? よく聞くのは、「小泉が米国の利益を優先したせいで、日本国民は米国の利益の犠牲になる」というもの。ま、それはそれで、必ずしも間違いとは言えない。しかし、だからといって、「日本は全頭検査だから安全だ。米国も全頭検査にしろ」なんて主張するのは、とんでもない錯覚である。
 なぜ? たとえ全頭検査をしても、狂牛病は見逃されやすい。いい加減なコスト優先の畜産をしている限り、牛骨粉などをこっそり内緒で使ったあげく、狂牛病がひろがるのは、ありがちなことことだ。……この件、今週号の「美味しんぼ」(週刊ビッグ・コミック・スピリッツ)より。
 ま、私の想像では、日本人がこぞってライブドア批判をしているのは、こぞって狂牛病になっているせいだろう。だって、狂っているもんね。

 (4) マスコミの煽動
 ついでに言えば、マスコミの悪もひどい。なかでも最もひどいのは、例によって煽動と洗脳に熱心な朝日である。たとえば、2月07日の朝刊だ。ライブドアの子会社が離反しているというのを、一面で大々的に掲載している。
 こんなのは、たかが子会社の経営方針にすぎない。どの会社がどのような経営をしようが、ただの小さな経営方針だ。日本中には莫大な企業があり、莫大な経営方針を立てている。そのうちのたった二社か三社の経営方針など、国民にとっては何の関心もないはずだ。なのに、それをあえて大々的に掲載する。
 何のために? 国民を不安であおるためだ。たかが子会社のささいな経営方針を針小棒大のごとく誇張して、社会不安をあおる。投資家を狼狽させて、ライブドアの投げ売りを促進させようとする。で、投げ売りが進んで、見事にライブドアが倒産したら、「してやったり。これで悪を滅ぼしたぞ」と得意がりたいのだろう。
 こういうふうにマスコミの力で国民を煽動しようというのは、マスコミとしては最も悪質である。ライブドアは投資家をたぶらかして集金したが、朝日は国民全体をたぶらかして経済を破壊しようとする。ほとんどヒトラーと同様である。ヒトラーは国民に不安を与えて、国民を煽動し、自己の目的を達成しようとした。それと同じ手口を朝日はやっている。ライブドアのやったことなど、朝日に比べれば、児戯に等しい。なぜなら、ライブドアは、朝日の一面記事に大々的な嘘や誇張を書かせたことなど、一度もないからだ。
 この日、朝日の経済面には、「ライブドアの株が下げ止まって上昇した」という小さなベタ記事もあった。こういう記事を比較的大きく掲載するなら、まだ意味がある。それは「社会不安を抑制する」という意味だ。しかるに、現実には、朝日はその反対のことをやる。あおってばかりいる。ヒトラーや小泉と同様に。
 よく見よう。ライブドアは確かに悪だが、ライブドアの罪はたかが知れている。それに比べれば、小泉のやった罪ははるかに大きい。ライブドアは株主をだましたが、集めた金は多額でも、奪った金は少額だ。一方、政府とマスコミが国民全体から奪ってドブに捨てた金は、15年間で百兆円をはるかに上回る。悪質度を金額で計るなら、ライブドアの1万倍ぐらいだ。  で、こういう政府の責任から国民の目を逸らさせるために、「ホリエモンが悪い」「悪いのはホリエモンだ」と、マスコミが合唱しているわけだ。政府の犬となって。ついでに、馬鹿な猿みたいな連中が、マスコミと同調して。……犬と猿の狂想曲。たぶん、どっちも、狂牛病ですね。米国産の牛肉の食べ過ぎ。
 
 [ 付記1 ]
 紀子様がご懐妊。男子の可能性がある。となると、現在の政府改定案は、「男子が存在するのに、あえて女性天皇を即位させる」ということを意味することになる。馬鹿らしいので、国民の支持は得られまい。あっけなく廃案だろう。で、朝日のような絶対的な「女性天皇優先論者」も、あっけなく撃沈だろう。
 私は予想するが、もうしばらくすると、政府も朝日も、過去の前言をあっさりひるがえして、「やっぱり男子優先にしましょう」と言い出すに決まっている。過去の論拠の現実無視(男子誕生はないという勝手な断定的な思い込み)をさらけだして、おのれの恥を天下のもとにさらすわけだ。
 みっともない。猿回しの猿みたいだ。見物してやれ。政府と朝日の二人三脚、猿回し。ひっくりかえって、でんぐり返し。
( ※ と書いたあとで、朝日は 08日の社説を見たら。……社説はとりあえず、「静かに見守りたいと思う」と取りつくろっている。なんじゃ、これは。個人ブログの私的感想ですかね。困りものだ。社説なら、同じことを言うにしても、「拙速で法制化を進めるべきでない」と明言するべき。つまり「男子継承を排除する方針を拙速で立てたのは間違いでした」と明言するべき。社説を文学化して、言葉をゴマ化すのはやめてほしいですね。社説欄の文章が下手な素人感想文になってしまった。読者に金返せ。さもなくば、詐欺。)
( ※ 私の個人的な感想を言えば、小泉や朝日は、罪を問われるべきだ。なぜなら、彼らは、「皇太子夫妻や礼宮夫妻は、生殖能力または男子出産能力をなくしている」という勝手な断定をしているからだ。「種なし野郎」と罵るようなものだ。侮辱罪または不敬罪で逮捕されるべき。……できれば、ホリエモンと同じ監獄へ。)

 [ 付記2 ]
 ライブドア関連で、野口英昭・エイチエス証券副社長が那覇市のホテルで自殺したことについて、マスコミでは「本当は他殺だ」という噂が出回っている。しかし最期を看取った人が「違う」と否定している。
  → 読売のサイト
 これはまあ、十分納得できますね。なぜ? 現場がカプセルホテルだから。ここを選ぶのは、自殺のためでしょう。生きるつもりなら、高級ホテルにしたはずだし。また、誰かが殺害するなら、わざわざものすごい密室を作るはずがない。推理小説マニアじゃあるまいし。当然、路上で殺害するはず。だいたい、人殺しが相手の腹を切るはずがないですよね。心臓を狙うに決まっている。
 噂が正しいとすれば、殺人犯は、粗暴な暴力団員(低脳)で、密室殺人を狙う推理小説マニア(冷静な知能犯)で、腹を切って時間をかけて殺す猟奇殺人者(狂人)で、相手が死ぬ前に自分がつかまってもいいし相手が死ななくてもいいと判断する変人。……矛盾している。ありえないですね。
 こんなありえない噂を事実のように報道する連中こそ、「風説の流布」で逮捕すべき。……できれば、ホリエモンと同じ監獄へ。

  【 追記 】 ( 2006-02-12 )
 野口副社長の自殺について、「やはり納得できない」という声がある。特に大きな理由は、「両手首を切った」ということ。片手ならば自分で切れるが、両手では自分で切れない、というわけ。また、「手首を切ったあとで腹を切れるはずがない」という声もある。
 私としては、「腹 → 喉 → 左手首」の順で切ったあと、右手首を刃物に打ち据えた、ということで説明が付くと思う。
 ただ、現場を見たわけではないし、検死書を見たわけでもないので、断定は控えたい。なお、
 「自殺を考える人がカプセルホテルか高級ホテルか等は、人によって違うと思います。」
 という声もあったが、それは誤読。
 「生きるつもりの副社長がカプセルホテルを選ぶはずがない」
 というのが私の主張だ。どうせ会社の経費で落ちるのだから、カプセルホテルに宿泊するはずがないでしょう。カプセルホテルにしたのは私的な行為のため。というよりは、ボーイが来ると困るようなことをするため。密室でないとできないようなことをするため。
 ま、それでも、事実関係を把握しているわけではないので、私としては断定を控えたい。「風説の流布」を批判した私が、勝手に「風説の流布」をするわけには行かない。「あれは自殺だ」と断定するつもりはない。「そこそこ説明が付く」というふうに語っているだけ。


● ニュースと感想  (2月10日)

 「朝日の強弁と無反省」について。
 皇位継承問題をめぐって、朝日がさっそく立場をひるがえした。先に私が予想したとおりで、つい先日ほどまでの強硬な「女性天皇論」から、あっさりと「慎重論」に転じた。キリシタンの「転び」みたいなものですかね。
 ま、それはそれでいい。常識的な転換である。ただし、方針を転換するならば、転換したことを認識した上で、過去の過ちを反省するべきだろう。
 ところが、現実には、その正反対だ。「私たちはもともと慎重論を唱えていました」というふうに、過去を偽り、自己の正当化を図る。ひどい強弁だ。引用しよう。( → 社説のページ
 私たちは社説で、有識者会議の報告について「妥当だ」と支持した。一方で、「皇太子さまの次の世代に男子が誕生する可能性がないわけではない」として、そうした事情も考えなければならない、と主張した。
 現実に「男子が誕生する可能性」が出てきたわけである。皇位継承という天皇制の基本にかかわる問題で、国民の意見が激しく対立するのは望ましいことではない。
 将来にわたって皇位継承を安定的なものにするために論議を深めていきつつ、出産が無事にすむまで改正案の国会提出を待つ。それも選択肢の一つである。
 引用部分以外のことを含めれば、社説の趣旨は次の通り。

  (1)「小泉首相がこれこれのように方針を転じた」
  (2)「その理由はこれこれである」
  (3)「小泉首相の方針転換は、現状が転換したので、妥当である」
  (4)「この方針転換は、私たちの主張してきたことだ」

 一言で評価すれば、「恥知らず」であろう。理由は次の通り。
  (1) 「小泉首相がどうのこうの」というのは、つまりは、「首相の言うことに従うだけの犬にすぎない」と自認しているも同然だ。
  (2)「理由がこれこれ」というのは、以前から反対派が述べていたことだ。それを一切否定していたくせに、今になってそれを自分の意見による解説として、読者に提示している。自分の反対していた意見を、自分の意見だと誇る。言論における泥棒または詐欺に等しい。
  (3) 「現状が転換した」というが、礼宮夫妻は別に、今年になって急に出産可能になったわけではない。出産可能であったことは、もともとわかっていたことだ。なのに朝日は、その可能性をあえて否定して、「出産不可能を前提として話を進める」という暴走をなしていただけだ。つまり、可能性を否定するという自己の過ちを見失っている。結局、「現実認識の間違い」という自己の間違いを、「現実」の方に責任転嫁している。(こんな論理がまかり通るなら、東横インでもヒューザーでも、「現実が変わって、バレたのが悪いだけであり、自分自身はちっとも悪くない」というメチャクチャな強弁が成立してしまう。つまりは、朝日はこれらの悪徳企業と、同じ穴のムジナ。反省しないだけ、朝日の方が悪質。)
  (4) 「これはもともと自分たちの主張してきたことだ」という強弁に至っては、口あんぐりである。あれほどまでに慎重論をつぶそうとしてきたことを、すっかり忘れてしまったらしい。というより、自分が何を言っているかも、わかっていないようだ。「慎重論を否定して、拙速な法案成立を推進する」というのが、これまでの立場だったのだ。なのに、今回、その方針を百八十度転換した。自分の方針がひっくりかえったのに、そのことを理解していない。単に、「前な流れに乗って前進していたし、今度も流れに乗って前進していて、どちらも前進している。だからどちらも同じである」というふうに主張しているだけだ。つまり、「北風のときには流れに乗って南に向かい、南風のときには流れに乗って北に向かい、どちらも前進している。だから、どちらも同じ方向をめざしている」と強弁している。

 以上、ほとんど狂気の論理である。そして、その意味は? 
 「朝日というものは、どんなにひどい間違いをしても、それを正当視する。自分の立場を百八十度転換しても、その方針転換を認めず、自分は一貫して同じ方針を取っていると強弁する」
 つまりは、無反省である。どんなにひどい失敗をしても、どれほどひどい虚報を垂れ流しても、そのことを絶対に反省しない。あくまで「自分は正しい」とだけ主張する。真実を虚偽で塗りたくる。かくて、やっていることと言えば政府の犬になることだけだが、それを自己の方針だとして、さんざん誇示する。

 たとえて言えば、威張るチワワだ。チワワは飼い主に散歩させてもらっていて、飼い主の思うがままに鼻先を引きずり回される。しかしチワワは、こう強弁する。
 「私は常に正しい方向に進む。どの方向に進むかは、飼い主が私の意を汲んで、うまく道筋を決めているからだ。私が飼い主に引っ張られているのではなくて、飼い主が私の方針に従って道筋を決めているだけだ」
 ま、威張りたいだけの子犬なら、こういう強弁をして、自分を慰めるのも、仕方ない。非力な犬は、そうしないと、自尊心を保てないのだろう。弱きもの、汝の名は朝日なり。
 
 とはいえ、以上は、朝日だけに限ったことではない。他のマスコミも、大同小異だ。ライブドア問題でも、いまだに虚報を垂れ流しているし、間違いを是正しない。無反省。ただ威張るだけ。無知な犬と同じですね。短いシッポでも振っていなさい。


● ニュースと感想  (2月10日b)

 「ホリエモンへの勧告」について。
 ライブドアを非難する連中も馬鹿げているが、非難されているホリエモンも馬鹿げていますね。逮捕されたあと、自己の正当性を、しきりに主張しているらしい。あげく、「否認」と見なされて、ずっと保釈されそうにない。
 考えてみよう。経営者としてなすべきことは、何か? 有罪にならないことか? 自己の正当性を証明することか? 違う。会社を経営することだ。
 その意味では、いつまでも保釈されないのは、最悪である。自分が社長でなくて被告となっている間に、会社は無能な新社長に乗っ取られてしまった。この新社長のやっていることと言えば、ほとんど無為無策。なぜ? 新社長の狙いは、ホリエモンを復帰させないで会社を私物化することだけ。ホリエモンを追い出して自分が社長の座から追い出されないことばかりをめざしている。ライブドアそのものを救おうという発想がない。手をこまぬいているだけ。つまりは、自分がお山の大将になりたがっているボスザルだ。もとのボスがいないので、「おれがボスだ」と威張るのに熱中しているだけ。で、山のことは、ほったらかし。あげく、ライブドアという山は、荒廃する。検察のせいで荒廃するというよりは、自分が無能であるせいで荒廃から守ることができない。
 だとしたら、ホリエモンのなすべきことは、さっさと保釈されることだ。そのためには、「私は正当だ」なんて主張するより、「不正経理の罪だけは認めます」とあっさり有罪を認めた方が利口であろう。この程度の犯罪なら、結構あるのだから、いちいち騒ぐほどのことではない。実刑でなく猶予刑を取ることに専念するべきだ。いくら何でも、殺人罪ほど、ひどい刑にはならないはずだ。なお、人を殺した場合、自動車で殺したのであれば、懲役で3年ぐらいかな。帳簿の数字をゴマ化し巽で、それを上回るとは、信じられないね。(でも、たった十円を盗んだ泥棒が、懲役3年、という例もあるしね。また、女の子を自動車に載せて帰宅させたおじさんが、「女の子は嫌がっていなかったよ」と弁明しても、「親が心配した」という理由で、誘拐罪で重罪に問われたこともある。日本の裁判所はけっこうメチャクチャだ。先日も、「デブ」と悪口を言っただけで監獄にぶち込まれる、という例もあったし。)

 話が脇に逸れたが、ホリエモンは、無意味な法律争いなんかしないで、さっさと経営の場に戻る方が利口だろう。「無実で釈放されましたが、ライブドアは消えて存在しなくなりました」なんてことになったら、何の意味もない。「手術は成功しました、患者は死にました」というのに似ている。あるいは、「患者は死にましたが、手術代金は頂戴します」かな。


● ニュースと感想  (2月11日)

 「倫理と社会制度」について。
 本質からは少し逸れるが、ライブドア問題について論じよう。「善悪」ということを話題にする。
 ライブドアの問題について、「ライブドアは不正なことをやって投資家をだましたからけしからん。詐欺的な行為はけしからん」というふうに倫理的に非難する声が多い。こういうふうに物事を「善悪」で判断することは、一般大衆はしごくやりがちである。単純に言えば、
 「あいつのやっていることは気に食わない」
 というふうに好き嫌いで決めているだけだ。だから「豚だ、イノシシだ、デブだ」というふうに悪口を言って、自分の好き嫌い感情を吐露する。
 要するに、本当は単に「好き嫌い」で判断しているだけなのだが、そういう感情的な判断を「自分は正しいことをいっているから自分は正しい」というふうに見なしているわけだ。ま、一般大衆というのは、そういうものであるが。

 しかし、幼稚な大衆は別として、まともな頭のある人なら、まずは、次のようにはっきりと区別しなくてはならない。
 「倫理と法とは違う」
 物事を「良し悪し」で感情的に決めつけるのは、「倫理」の発想である。ここでは漠然とした善悪感情で物事を判断する。
 物事を「法律違反か否か」で判断するのは、「法」の発想である。ここでは、善か悪かではなくて、定められた法律に違反しているかどうかで物事を判断する。
 ま、ここまでは、誰でもすぐにわかる。で、これを、現実に当てはめてみよう。

 2月10日の朝日・朝刊を見ると、ライブドア特集の連載で、次の趣旨の記事があった。
 「ライブドアはどうして不正経理をしたのか? 不正経理を防ぐにはどうすればいいのか?」
 ここでは、ライブドアのやったことを特別な「悪」と見なして、「悪」をなくすために、われわれ「善」なる人間はどうすればいいか、というふうに問題提起している。
 これが素人のやりやすい善悪判断だ。こういう判断をする場合、「悪」と「善」の二種類がいると見なして、「悪」をなくすにはどうすればいいか、という発想をする。そのあげく、次のような結論を出す。
 「善をなすように、企業はみんな倫理をもつべきだ。金儲けばかりを考えず、社会的な意義を考えるべきだ。企業は善をめざそう」
 「悪を根絶するように、不正なことをなした企業には厳罰で処するべきだ。法を改正して、不正には重罰を科せ」
 しかし、これらは、あまりにも見当違いな方策である。金儲けを目的とするだけの企業について、金儲けとは別の「善」をなせと要求しているからだ。ま、企業が社会貢献のメセナとして、「善」をなすのなら、それはそれでいい。しかし、企業が本来の経済活動をやるときに、そこに「金儲け」とは別の「善」を要求するのは、あまりにもお門違いだ。
 単純に言えば、あなたが仕事をするときに、その仕事の「善・悪」で物事を反ダウするようなものだ。たとえば、自動車のセールスマンなら、自動車を販売するときに、「利益が上がるかどうか」を考慮して値引き額や訪問回数を決めるのが普通だが、「客が医者か教師か安売り店かパチンコ店」というふうに、客の社会貢献度で売却を相手を決めるようなものだ。こんなことをやるセールスマンは、セールスマンとして失格だろう。

 では、正しくは、どう考えるべきか? これについては、不正経理の本質的な原因として、前に次のことを指摘した。( → 11月27日1月24日
 「企業が不正経理をやるのは、不正経理をチェックする公認会計士を企業自身が選ぶからだ。これは、建築違反をする企業が、自分勝手にチェック機関を選ぶのと同様である。いわば、泥棒が警察官を選ぶようなものだ。」
 これがライブドアの不正が起こったことの本質的な原因だ。
 これを比喩的に言えば、こうである。
 「泥棒という犯罪を野放しにする法制度にしておく。その法制度のもとでは、泥棒をやっても処罰されないので、泥棒をやった者が得をする。それでも通常は、人々が倫理的だったので、問題がなかった。ところが、あるとき、倫理観の薄い人が登場して、泥棒をやった。とたんに、人々は、彼を大非難した。『あいつは倫理観が足りない悪人だ!』『倫理観を高めるために社会教育をしよう』」
 しかし、これは、見当違いの処置である。社会に足りないのは、社会の倫理観ではない。「泥棒を禁じる」という制度である。そして、この制度のために必要なのは、「泥棒を厳罰に処する」という法律ではなくて、「泥棒をしたら、つかまえる」という警察体制なのだ。ところが、この警察体制が、「警察官を泥棒が選任する」という仕組みだと、まともに機能しない。── ここに、事件の原因の本質がある。
 だから、ライブドアの事件を見て、「ライブドアは悪だ、ライブドアの倫理が足りない」というふうに非難するのは、まるでお門違いなのだ。問題なのは、ライブドアの倫理が不足したことではなくて、倫理の不足を野放しにする社会制度なのである。
 
 では、なぜ、こういう社会制度があるか? それは、次の理由による。
 「公認会計士が厳密な会計検査をすることを、政府があえて阻害する。企業が不正経理をすることを、政府があえて許容する。」
 これが日本という国の基本原則なのである。なぜか? 経団連がそのことを自民党に要求するからだ。談合であれ何であれ、公正取引委員会などが、「社会の善」を増やそうとする方向で法律を改正しようとすると、経団連が断固としてこれを押しつぶそうとする。自民党は、経団連にスポンサーになってもらっているので、その言うことを聞く。かくて、国の方針が歪められる。
 何のことはない。金銭で泥まみれになっているのは、ライブドアではなくて、日本という国そのものなのだ。だから、「ライブドアは悪い、悪をやっつけろ」なんていう主張は、日本全体の悪をかえって隠蔽してしまうのだ。「悪をのさばらせる」という制度があるから問題なのであり、なすべきは「悪をのさばらせる」という制度を改正することであるのに、あえて目立つ赤い金魚(ライブドア)ばかりを追いかけているわけだ。で、「赤い金魚を追い払えばそれでいい」と思い込む。本当は、違う。赤い金魚が一匹どうのこうのなどは、あまりにも些末な問題だ。むしろ、「悪をのさばらせる」という制度そのものに目を向けるべきなのだ。なすべきは、ライブドア一匹を処罰することではなくて、われわれの誤った意識そのものを処罰することなのである。

 [ 余談 ]
 朝日にもたまにはまともな記事がある。2月10日の朝刊には、「マンザナール・プロジェクト」という社会貢献の事業が報道されている。私財を 7000万円ほども投じて、アフリカでマングローブの植林をして、社会貢献をする。これは、年取った老人一人の事業だ。彼一人で、多大な貢献を成し遂げた。 ( → 検索
 で、莫大な富を貯め込んだトヨタは、この老人一人に比べて、どれだけの社会貢献をなしたか? いや、社会貢献をするどころか、「経団連の会長の座を占めて、独禁法の改正や企業会計検査の商法改正を、断固として押しつぶして、悪しき状況にとどめた」というふうにしただけだ。社会貢献ではなくて、社会悪化である。
 こういう巨悪は、断固として排除されるべきだろう。ところが、排除されない。なぜ? 一つは、自民党が、金を大量にもらっているから。もう一つは、マスコミが、トヨタから金(広告費)を大量にもらっているから。だから朝日はしばしば、「トヨタは世界一の優良企業だ。莫大な富を生み出している」というふうに、三下のごとく宣伝している。朝日なんて、ただのトヨタの広報紙だ、といってもいいぐらいだ。袖の下である広告費がもらいたいものだから、一般記事でしきりに賛美する。「ハイブリッドで社会に貢献する、すばらしいトヨタ様」というふうに。まるでオウムの麻原を賛美するようなものだ。……で、トヨタの推進する社会悪は、ことごとく見逃される。
 で、トヨタの悪行を隠すために、赤い金魚ばかりをしきりにあげつらうわけだ。いけにえみたいなものですかね。単細胞をだますための、オトリみたいなもの。一般大衆が、この赤い金魚というオトリに、ことさら熱中する。
 「悪である赤い金魚を懲らしめよ」
 なんていう発想は、「社会に蔓延する巨大な黒い金魚たちがたくさん跋扈するのを、放置して許容する」というぐらいの効果しかないのだ。それらの企業は、もちろん、不正経理や賃金不払いなどの悪をこそこそとたくさんやっているのだが、あまり目立たないだけのことなのだ。赤くはないがゆえに、見逃されているだけなのだ。

            
 「赤ばかりを気にするから、まわりの黒に気づかない」
 かくて、人々が「赤い、赤い」と大騒ぎしているせいで、悪がひそかに広く跋扈する。人々がライブドアの数十億円の帳簿処理というオトリに熱中している間に、トヨタはろくに給料も払わないで何十兆円もの莫大な金を貯め込む。それでいて、社会貢献のためには、老人一人にも劣るほどのことしかやらないのだ。(アメリカ人のためにはやるが、アメリカ人以外のためにはやらない。)

( ※ おまけで言えば、トヨタの罪はメチャクチャに重い。儲けているのに給料をろくに払わないから、他の企業はもっと給料を少ししか払わない。そのせいで、国民の総所得が抑制され、総需要の不足をもたらし、社会全体を不況の底に落ち込ませる。日本がいつまでも不況であることの原因の何分の一かは、トヨタのせいなのだ。トヨタが莫大な金を貯めれば貯めるほど、その分、社会全体から金は奪われて、その金は単に死蔵される。……これが日本全体が不況から脱出できない理由の一つとなっている。ライブドアは一般人の金を一円も奪っていないが、トヨタは国家の経済活動を大幅に縮小させ、そのせいで、一般人の財布は大幅に貧しくなっているのだ。これは、金を奪う金銭泥棒とは違うが、仕事[つまり労働と対価]を奪うという意味の機会泥棒ではある。その迷惑の量は、ライブドアの比ではない。……ま、赤くないので、目立たないんですけどね。)


● ニュースと感想  (2月12日+)

 ちょっとした追記。野口副社長の自殺について、先日分への補足。
  →  該当箇所
( ※ 特に読む必要はありません。むしろ、食事の前後に読むのはお控え下さい。吐き気がするかもしれないので。)


● ニュースと感想  (2月12日)

 「ホリエモンの量刑」について。
 ライブドア問題の本質を探る話はともかく、私の極論を面白がって読んでいる人も多いようなので、極論を一つ。
 「ホリエモンは無罪にするのが妥当である」
 微罪ではなくて無罪にすべし、という主張だ。面白い話題なので、以下に述べる。なお、これは極論ではあるが、正論でもある。もっとも頭の良い裁判官が判決した場合には、無罪にするはずだ。(ただし、現実には、頭の固い非論理的な裁判官が多いから、以下の通りになるとは限らない。)

 「無罪」が妥当であることの根拠は、法律論による。可罰性があるかどうか(悪いかどうか)が問題ではなくて、「有罪」と宣告することの妥当性を問題とする。すると、次のことが問題となる。
 「検察の検挙は、公権力の乱用に当たる」
 わかりやすく比喩で言おう。誰かが泥棒のような犯罪をやったとしよう。で、検察は、それを有罪に持ち込もうとして、違法なことをやったとする。盗聴とか、脅迫とか、証拠捏造とか、検挙自体が違法な方法によってなされた検挙であったとする。この場合には、検挙自体が無効になるので、「無罪」となる。なぜか? こんな違法なやりかたで検察の検挙が認められたら、以後は検察は違法行為のやり放題になるからだ。

 同様のことは、ライブドアにも当てはまる。ライブドアのやったことは、よくある違法な不正経理であるに過ぎず、本来ならば、書類送検が妥当であった。なのに、いきなり、会社の経営陣をごっそり縄でひっくくった。これはあまりにも過剰な検挙であり、公権力の乱用に当たる。ゆえに、「無罪」が妥当である。
 仮に、こんなことが許されたら、世の中のほとんどの企業は、倒産に追い込まれる。たとえば、賃金不払いをやったトヨタやビックカメラ。また、政府自体が賃金不払いのやり放題だから、政府もまた高官のほとんど全員が逮捕される。
 特に悪質な例でいえば、三菱自動車や雪印などが、記憶に新しい。これらの企業は、非常に悪質なことをやったが、公権力によって倒産に追い込まれるようなことはなかった。たとえば、三菱自動車は、ひところ巨悪の違法行為をやったが、それとは別に、正常な経済活動をまともに実行している。実際、最近では、「アイ」という軽自動車を出して、大好評だ。これらの企業に対して、検察が得意になったあげく、「不正があったから、みせしめで倒産させてしまえ」なんていう横暴を通すのは、とんでもないことだ。そんなことをしたら、関連企業の倒産も含めて、世間は大混乱になる。
 検察による公権力の横暴は、あってはならないのだ。もしあれば、断固として排除しなくてはならないのだ。

 一般に、「悪いことをしたやつがいたら、仲間の全体を懲らしめよ」という主張は、「連帯責任主義」と呼ばれる。「ホリエモンの悪ゆえに、ライブドアの社員もみんな懲らしめよ」というのも、同様だ。俗っぽく言えば、典型的なのは、次のことだ。
 「高校の野球部の補欠部員が、グレて、万引きをやったので、野球部全員を連帯責任で、出場停止にする」
 たかが一人か二人の不法行為で、真面目な全員が連帯責任を負わされる。こんなメチャクチャを主張するのは、日本ぐらいのものだろう。ま、本人に当たる部員たち自体が自発的に辞退するのならまだわかるが、周囲の大人たちが勝手に出場禁止を命じるのは、公権力の横暴に近い。(そういうことを命じる本人が、酒場で女遊びをしたりしているものだが。こういう奴に限って、善人面して、口先で倫理を説く。)

 というわけで、「一罰百戒」のつもりで過重な罪を科するのは公権力の横暴だし、経営陣が違法行為をしたからといって企業全体をつぶすのも公権力の横暴だ。それは公権力によるテロ活動なのである。
 というわけで、公権力によるテロをのさばらせないためにも、そのような行動は「無効」とするのが、妥当である。かくて、ホリエモンは、「無罪」が妥当であろう。

( ※ ま、庶民感情からすれば、納得は行かないでしょうね。「悪いことをしたやつが、検察の失敗のせいで、無罪になるなんて」と思って、しっくり来ないでしょうね。とはいえ、法律論は、感情論ではないので、以上のようになるのが妥当だ、というのが、私の結論だ。私が裁判長だったら、「論理があまりにも見事なので、その通り、無罪にします」と判決するでしょう。たぶんね。)
( ※ 現実には、ホリエモンの弁護士は、もっと無能だろうから、上記のことを主張しそうにない。だから現実には、ホリエモンは有罪になりそうだ。弁護士の選び方を間違えたのが、ホリエモンの敗因となるはず。ついでに、ライブドアも、つぶれるかも。自滅で。それはまあ、自業自得でしょうね。「小泉の波立ちをあらかじめ読んでおけばよかった」と思っても、後の祭り。情報収集の不足は、自己の責任。)

 [ 付記 ]
 本項で述べたことは、本日別項の分と、趣旨が矛盾しているように思えるかもしれない。しかし、そう思うとしたら、あなたは私の言わんとしている趣旨を理解していないことになる。
 本項で述べた「有罪・無罪」は、法律的な形式論である。「良い/悪い」とは別のことで、単に形式的な法律論を述べているにすぎない。
 一方、前項で述べたことは、「経済的に悪がある」ということで、これは、形式論とは別の、実質的な悪のことである。
 世間の人が犯しやすい過ちは、「悪は有罪にせよ」という主張だ。これはとんでもない間違いである。「悪」については、それをなした人を監獄にぶち込むのが正しいのではなくて、「悪」そのものを絶滅することが正しい。比喩的に言えば、世の中の泥棒をみんな監獄に入れることが正しい策なのではなく、泥棒をしなくなるようにすることが正しい策である。「泥棒をみんな監獄に入れれば、泥棒がなくなる」と思うのは、あまりにも早計過ぎる。
 例示しよう。飢えている人が、金も食物もないときには、泥棒するしかない。だからここでは、重罰の制度を整えても、何の意味もない。むしろ、彼が飢えないで済むように、食物と仕事を与えればいいのだ。悪人を死刑にするべきなのではなく、凡人を悪をなさないようにするべきなのだ。それが正しい策である。
 「悪を懲らしめよ」という発想は、あまりにも単純すぎて、真実からは遠く隔たっているのだ。そのことを、私は指摘している。






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「小泉の波立ち」
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