[付録] ニュースと感想 (97)

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● ニュースと感想  (11月15日)

 「天皇制と民主主義」について。
 天皇制について、廃止論がある。「人の上に人を作らず」という平等論を基準にして、「国民より偉い天皇がいるなんてけしからん」という主張だ。
 これについては私は先に「天皇は奴隷のようなものだ」と述べた。つまり、「国民の上にいるどころか下にいる」という解釈だ。( → 10月27日
 とはいえ、労働条件ではそうだとしても、心理的には天皇は国民の上にいる。では、それは、悪いことか? 私は、「良いことだ」と思う。なぜか? 
 仮に、天皇がいなくなれば、どうなるか? 国民は誰もが平等になるか? とんでもない。日本には「お上に従え」という風潮がある。つまりは、政府が偉く、そのなかで総理大臣が一番偉い。ただし、総理大臣でさえ、現状では天皇の前では頭を下げる。その天皇がいなくなれば、総理大臣は事実上の独裁者としてふるまえる。こんなのは、まっぴらだ。
 一般に、欧州の大統領制では、権限の少ない儀礼的な大統領(元首)がいて、実務をになう首相はその下にいる。こうして、権限のバランスを取っている。外交や国防に関しては、大統領の権限が強いので、首相が勝手に戦争をやりだすようなことはない。一方、そうでない米国では、大統領が実質的な独裁者となって、嘘をついて戦争をすることでも何でも、勝手のやり放題だ。

 日本では米国の大統領制を「理想的な民主主義」と見なす風潮が強い。しかし、民主主義というものは、そもそも、理想的でも何でもない、欠陥だらけの制度なのだ。チャーチルが皮肉で述べたように、「最悪の制度」とすら言える。ただし、それよりマシなものがないから、それを採用するだけだ。
 「民主主義はすばらしい」なんて信じていると、民主主義を勝手に利用した政治家が、ゲリマンダーのごとく自分に有利な選挙制度を作ったり、一票の格差を1対2を越えるようにしたり、勝手のやり放題にしたあげく、「私は民主的に選任されました」と称して、戦争でも何でも勝手にやる。
 民主主義がいかに愚劣な制度であるかを示す例はある。それは、「ヒトラーが民主的に選任された」ということだ。民主主義が本当にすばらしいものであれば、ヒトラーもまたすばらしいということになる。

 「民主主義は理想的だ」というのは、ただの錯覚である。「人はみな平等だ」というのも、ただの錯覚である。そして、詐欺師のような連中が、この錯覚を利用して、国民をだます。ヒトラーであれ、小泉であれ、同様だ。
 というわけで、詐欺師に対抗して、身分的な権限の独占を防ぐために、天皇制という制度は、なかなか良いのである。「権力を持たない人間が最高の位置に就く」というのは、「権力を持つ人間が最高の位置に就く」(独裁者が存在する)というのよりも、ずっといいのだ。……ブッシュやヒトラーや江沢民や金正日を見れば、そのことがわかる。

 [ 付記1 ]
 ここで重要なのは、天皇そのものではない。天皇と呼ばれる人間がどういうふうに仕事をして暮らすかということではない。むしろ、われわれの感じ方だ。われわれが天皇をどう感じるかということだ。
 このことは先日のゲーム論にも当てはまる。ゲームそのものが問題なのではなくて、ゲームをわれわれがどう受け止めるかということが問題だ。もちろん、受け止め方によって、各人で差がつく。ゲームそのものの良し悪しや価値が問題なのではなく、ゲームをわれわれがどう扱うかが問題なのだ。物の問題ではなく、人の問題なのだ。
 天皇制も同様だ。天皇と呼ばれる人間がいるかどうかが問題なのではない。その人をわれわれがどう感じるかが問題だ。「象徴天皇制」とは、「権力を持たない人を最高者として感じる」ということだ。それは「権力を持つ人を最高者として感じる」ことよりも好ましい。
 その意味では、「人の上に人を作る」というのは、好ましいことなのである。天皇というのはボランティアの一種である(その気概が絶対に必要である)のだから、他のボランティアをやる人を「立派だ」と見なすように、天皇を「立派だ」と見なして崇拝していいのだ。
 現実には、世の中は、拝金主義である。「世界最大の金持ちであるビルゲイツこそ一番立派だ。みんなビルゲイツを見習おう。日本にもビルゲイツを輩出させよう」という記事をマスコミはしばしば掲載する。(たとえば朝日新聞。)……しかし、金持ちというのはただのエゴイストにすぎないのであって、そのことはビルゲイツも村上ファンドの村上も同様だ。「金持ちを崇拝する」のとは逆の、「ボランティアを崇拝する」という制度は、社会的には非常に好ましいのである。
( ※ ビルゲイツを尊敬するのは、良くないが、悪くもない。ブッシュやヒトラーや小泉を崇拝するのは、悪い。「お上は偉い」という発想も悪い。……「天皇陛下は偉い」という発想はちっとも悪くない。できれば、みなさんも、天皇陛下の真似をして、国民のために奉仕してほしい。そういう気持ちをもてば、みなさんも、天皇陛下のように尊敬されるだろう。そういう形で「人から崇められる」ということは、悪いことではなく、良いことだ。)

 [ 付記2 ]
 仮に、天皇制を廃止した場合、天皇と同等の広報者を雇用するとしたら、現在の百倍以上のコストがかかるだろう。そこらのタレントよりもはるかに安い給料で働いてくれる超一流スターは、国民にとっては最も節約のできる方法である。シャラポワなんか、ちょっとテレビに出演して「ダブル何とか」と語るだけで、数億円だ。

 [ 付記3 ]
 「天皇は高給をもらえるので羨ましい」という意見がある。こういう意見を聞いて、似た意見をどこかで聞いた覚えがあるな、と思った。誰の意見か? そうそう、杉村太蔵議員だ。彼の台詞。
 「当選して最初に議員報酬を調べました。そしたら年収2500万ですよ。ウヒョ〜」( → 引用元
 びっくりしながら大喜びで語る杉村議員。国会議員の責務も忘れて、単に給料のことばかり。……よく似てますねえ。そっくりだ。
  「天皇は高給をもらえるので羨ましい」なんて語るような、杉村もどきの人が天皇にならないで、ホントに良かった。


● ニュースと感想  (11月15日b)

 「個人情報保護」について。
 紀宮の新居について、マスコミが「大使館並みのセキュリティーのあるマンション」というふうに報道している。しかし、これに該当するのは、一箇所だけだ。ネットですぐにわかる。事実上、新居が特定されてしまっている。
 これでは「個人情報の保護」に違反し、プライバシーが暴露されてしまう。マスコミがこんなことをやって、いいんですかね? こんな報道をするマスコミは、「発禁」にされても当然だ、と思える。
 「そんな情報を垂れ流すと、ネットで検索すれば、すぐにばれてしまう」
 ということが、マスコミにはわからないのだろうか? ネット時代の情報知識があまりにも不足している。愚劣。

 ついでだが、私の「個人情報保護」の見解は、次の通り。
 「閉鎖的な集団内では、ある程度の公開は許容される。例。学校のクラス会。住宅の協同組合。大学の掲示板」
 「無差別的な全国的な公開では、住所と氏名の全データの公開(電話帳ふう)は許容するが、住所と氏名以外のデータの公開はすべて禁止。また、特定の個人の住所をことさら掲示するのも、禁止。……例。住民登録票のうちの住所と氏名の部分のみの一覧表なら、公開。ただし、個人または会社が情報を個別に(一次的・直接的に)知るのは構わないが、その情報をマスコミやネットに一般公開する形で垂れ流すのは禁止。つまり、二次的な公開は禁止。」
 たとえば、紀宮の住所をすでに知っている誰かが、区役所に行って住民票でそれを確認するのはいいが、確認した情報を新聞やネットに垂れ流してはいけない、ということ。直接的に掲載しなくても、実質的に特定を許容する情報も、同様だ。これが冒頭の例に当たる。私が裁判官なら、「プライバシー侵害」という理由で、マスコミ各社に損害賠償を命じる。

 ま、私としては、ここまで公開された以上は、さっさとマンションを解約することを紀宮にお勧めします。さもないと、あとで後悔するでしょう。解約の費用は、マスコミ各社に払ってもらいましょう。ま、払わなくても、そのことが記事になるだけで、いい話題になる。マスコミにお灸をすえるべし。

 [ 付記 ]
 「こんなことを書いた南堂も同罪だ。幇助罪もしくは共犯だ」という意見が来そうだが。 (^^);
 だとすると、私は黙っているべきだったかな? そう判断した場合、本項はあとで抹消される可能性があります。心配な方は、本項を保存しておくといいかも。
( → 10月22日 個人情報保護の話。)



● ニュースと感想  (11月16日)

 「天皇制と徴兵制」について。
 天皇制について、皇位継承を「長子優先」にするという案が決まりそうだ。ちょっと古い話だが。( → ニュース
 これについては、私は前にも論じた。( → 10月27日
 ただ、それとは別に、こういう決定の方法について論じておこう。ここでの決定方法は、こうだ。
 「政府の公的機関ではなくて、ただの私的諮問会議で勝手に論議して、それをあたかも国民全員の論議のごとく扱い、それを政府提案として国会で法制化する」
 これは国民をほったらかした「密室政治」である。どこでどういう論議があったかもはっきりしないまま、内輪の少数の人間だけで勝手に論議して、あげく、「全員一致です」という方向にもっていって、勝手に決める。
 しかも、ここで委員となる人は、政府が勝手に人選する。要するに、政府の担当者が勝手に「こうする」と決めたあと、その方針に従わない人は、「やめてもらってけっこうです。やめないと損しますよ」と圧力をかけて、辞任させる。そしてかわりに、政府の言うことを聞く御用学者を任命する。かくて、必ず、政府の思惑通りの方針に、「全員一致」で決まる。
 これがいわゆる「審議会」方式である。この件は、私の指摘ないしイヤミではなくて、ただの事実だ。出典は、有名な「お役所の掟」という本。上記の話は、ほぼ丸写しに近い話だ。(ちょっとイヤミを利かせているが。)

 つまりは、日本は、民主主義国家ではなくて、民主主義の形式を取った独裁国家にすぎない。「国民が議論して決める」のではなくて、「独裁的な首相がこうだと思った方向に否応なしに決まる」というわけだ。

 「それがどうした」なんて思っていると、そのうち、日本にも「徴兵制」が復活するかもしれないぞ。国民に内緒で私的な審議会で「徴兵制復活」という方針さえ出れば、あとは300議席を利用して決議するだけだ。国民が反対しようが何だろうが、関係はない。首相好みの審議会委員という少数の人間だけを確保しておけばいいのであって、国民の賛同や反対なんかまるきり関係はないのだ。国民の意見はまるきり無視されるのだ。(そのことは、今回の皇位継承順位の論議からもわかる。)

 では、民主的であればいいか? いや、そうとも言えない。何しろ野党である民主党の党首もまた、やたらと「集団的自衛権」なんて唱えて、米国の犬に成り下がっているからだ。小泉にとっての自衛隊は「給水部隊」だったが、前原にとっての自衛隊は「実戦部隊」だ。で、実戦部隊を、お飾りでなくて実際に使うとなれば、どうしたって、徴兵制は不可避だ。徴兵制のある国とない国とが戦えば、基本的には、徴兵制のある国が有利だ。A国が2000万人の男子を動員できて、B国が10万人の男子を動員できるのなら、どうしたって、A国の方が有利だ。(武器のレベルを別とすれば。)
 ま、まともに軍を考える人なら、徴兵制の導入は当然である。徴兵制のない軍というのは、お飾りに近いかもしれない。(兵器が圧倒的な強い米軍を別とすれば。)

 というわけで、「天皇制なんかどうでもいいや」と思っているうちに、あなたもいつか徴兵制で引っ張られるようになるかも。そして、その基本は、次の二つ。
  ・ 日本では民主主義はまともに機能していない。
  ・ 日本では野党ですら与党の分派にすぎない。
 政府に反対するような人間は、日本ではごくごく少数派なのである。私と朝日と共産党ぐらいかも。ひっくるめて「左翼」と呼ばれて、ほっぽり出されそうだ。
 で、左翼(?)をほっぽり出したつもりの日本人も、政府にほっぽり出されて、戦場に向かう。自業自得かな。

( ※ 「政府がそんなことをするはずがない」と思うのは、よほどおめでたい人だろう。政府にとって大切なのは、国民じゃない。自分自身と米国だけだ。たとえばトヨタの会長は、国民のためになることをしているのではなくて、トヨタと米国のためになることをしているだけだ。国民なんてのは、トヨタのために奉仕するゴミにすぎない。それがトヨタの会長の本音だ。彼の言動はまさしくその通り。たとえば、「デフレを深刻化させて、日本国民が困っても、ちっとも構わない。トヨタの利益さえ上がればいい」と主張して、さんざん賃下げを主張した。で、まさしく、そうなった。「トヨタは大儲け、国民は低賃金と失業」だ。そして、朝日のような新聞が、「企業の決算が好転したから景気回復だ、万歳」と提灯持ちをする。……デフレで虐待されてもいまだに政府を信じて小泉に投票するような人は、よほどおめでたい。あげく、戦場で死ねば、それで満足でしょう。)


● ニュースと感想  (11月16日b)

 「戦争の情報操作」について。
 イラク戦争が嘘八百でなされた、という件は、私もこれまで何回も記述したが、また新たな報道が出た。ちょっと前の記事だが、朝日のサイトおよび朝刊にある。一部抜粋すると:
 米政権、イラクとアルカイダの関係で情報操作疑惑
                         2005年11月07日01時19分
 6日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、イラクと国際テロ組織アルカイダとの関係があるとするアルカイダ幹部の供述について、米軍の情報機関が02年2月の機密報告で「意図的に誤解させようとしている」と分析していたと報じた。ブッシュ大統領やチェイニー副大統領らは03年3月のイラク戦争開戦の前、この幹部の供述を根拠にイラクとアルカイダの関連を強調しており、政権による新たな「情報操作」の疑惑が浮上した。
 ブッシュ大統領は02年10月の演説で「イラクがアルカイダのメンバーに爆弾製造の訓練をしていることをつかんだ」と発言していた。しかし、米同時多発テロ事件の米議会独立調査委員会は04年6月の報告書で「信頼できる証拠はない」と結論づけている。
 今回明らかになった機密報告は、同容疑者の供述の信頼性について、情報機関が早くから疑問を抱いていたことを示すものだ。
 ま、米国によるイラク戦争の口実が嘘八百だということは、「大量破壊兵器なんか存在しない」という形で、私も当時から記述してきた。今回は、さらに、アルカイーダとの関連で、嘘がばれたわけだ。
 日本国民であるあなたには関係ない? いや、関係ある。日本は米国の犬なんだから、ご主人様が戦争をすれば、犬も駆り立てられる。その名分が「集団的自衛権」という名の「集団的侵略権」だ。
 日本が他国を侵略しても、自衛隊の問題だけであって、一般国民は関係ないか? 「その通り」と思っていた英国国民は、あちこちで地下鉄テロなんかに見舞われて、ひどい被害に遭っている。日本はこれまで「給水」ぐらいしかしなかったから、日本はテロを免れていたが、前原みたいなSLマニアが出てくると、「給水」ぐらいでは済まないから、日本も英国並みになりそうだ。
 日本がイラクで給水をすれば、イラク人も日本で水鉄砲を飛ばすぐらいかもしれないが、日本がイラクで軍事活動をすれば、イラク人も日本で軍事活動をするだろう。ま、日本軍がイラク人を百人殺せば、イラク人が日本人を百人殺すのが自然だろう。
 「相手を殺しても、自分は殺されることはない」なんて思うのは、とんでもない錯覚だ。イスラムの教えは、「目には目を、歯には歯を」である。


● ニュースと感想  (11月17日)

 「村上ファンドとTBS」について。
 村上ファンドがTBSの株式をすでに売り抜けていた。市場価格が高騰したところで、市場で売却した。差益は短期間で 150億円。TBSの買収を目論んでいた楽天は、村上ファンドから株を買うことができなくなったので、TBSの支配権を得ることは不可能となった。(朝日・朝刊 2005-11-16 )
 このあと、楽天は、仕方なく市場で売却するとしたら、150億円(?)の損。このてんまつの意味は? こうだ。
 「詐欺師の口車に乗せられた連中が馬鹿を見る」
 村上ファンドは楽天に「TBSは価格が安くてお得ですよ。どんどん買いましょう」としきりに勧めた。で、「私もこんなに買ったんですよ」と告げる。それを見て、強欲な楽天は、「じゃ、私も買おう。あとで村上ファンドの分も買っちゃおう」と思って、さっそくTBSの株を買う。市場価格が上がっても、どんどん買う。ところが、知らないうちに、村上ファンドはTBSの株を売り抜けていた。ボロ儲け。
 で、あとに残されたのは、高値づかみをした楽天と、尻馬に乗って提灯買いしていた連中だ。村上ファンドが高値で売り抜けた分、彼らが損をする。
 「欲の張った連中が、逆に損をする」
 という構図だ。詐欺というものは、常にそうである。詐欺師は常に、「これを買いなさい。すごく儲かりますよ」と教えて、カモから金をふんだくる。
( ※ 似た例に、ディスカバリー・ネットという詐欺がある。これも、欲の張った連中をカモにする。 → Open ブログ

 このことから、村上ファンドに対する阪神の対策法もわかる。前にも述べたとおり、「時価発行増資」である。ただし、価格を低めにするといい。こうだ。
 「もともと株価は 500円程度。その株価が、村上ファンドの買い占めと噂のせいで、1000円ぐらいに上がった。だから、『500円ぐらいの価格での時価発行を検討する』とこっそり発表するといい。とたんに、村上ファンドは、『株価が下がらないうちに』と思って、大急ぎで売り抜ける。市場価格も下がる。そうなったら、時価発行を取りやめる」
 結局、口先三寸だけで、村上ファンドに対して阪神の全株の売却を強要できるわけだ。詐欺師の口先に対する、防御の口先。

 では、以上のすべてが成立する原理は、何か? こうだ。
 「村上ファンドは常に短期の利ザヤを狙っている」
 本人も言っているとおり、「2年で15%の収益よりは1年で10%の収益」を狙う。同様に、「1年で10%よりは、半年で7%」を狙う。ただし、これは基本原理だ。実際に行動するときは、この原理に則って行動するが、口先は必ず反対のことを言う。「短期売買はしないで、中長期的に株式を保有します」と。で、これを信じると、楽天みたいに馬鹿を見るわけだ。
 詐欺師というものは、言っていることとやっていることが、正反対である。ま、株の売買も、同様だが。「株の投機家が正直に方針を語る」なんてことを信じている人は、よほどおめでたい。そもそも、(短期の)株取引は、ゼロサムゲームであるから、誰かが得をすれば、誰かが損をする。金儲けする人は、社会の富を増やすかわりに、他人の富を奪って、自己の富を増やす。……基本的には、詐欺や泥棒と同じである。ただし、合法的である、という点が違う。それだけのことだ。
 なお、なぜ「合法的か」と言うと、「損をする人は、参加者だけに限られる」からだ。損をする人は、一般の真面目な善良な人ではなく、「自分もまた、詐欺みたいなことをやって、濡れ手で粟ふうに楽して儲けたい」と思っている連中ばかりだ。で、こういう連中が、「楽して儲かる」と信じて参加したあげく、大損する。……これを称して、「カモ」と言う。
 楽天は村上ファンドのカモになった。ディスカバリーネットの参加者もほとんどはカモになる。たいていの(短期の)株取引も、カモがたくさんいるから成立する。……頭のいい人間は、「あなたもこれをやると大儲けできますよ」と宣伝して、自分ではちょっとだけやって(ほとんどやらないで)「私もこんなに大儲けしました」とだけ宣伝して、カモをたくさん引き込む。
 こういう連中は、とても頭がいい。と同時に、とても良心が欠落している。「株なんか危険だ」と教えるかわりに、「株で儲かりますよ」と教えて、他人に大損させたあげく、自分だけは儲かる。……「合法的な犯罪」に近い。
 こういう「合法的な犯罪者」のトップにいるのが、村上ファンドの首謀者である。ただし、似た連中は、世の中にたくさんいる。「株で大儲け」というような本を出している連中は、みな同様の「合法的な犯罪者」と言える。他人の富を奪って、自分の富を増やす。

 [ 付記1 ]
 村上ファンドの狙いは、阪神を解体して、バラ売りすることである。これはとんでもないことのようだが、村上ファンドだけが悪いわけではない。そもそも、こういうことが成立するのは、阪神という会社がまともな経営をしていなかったからだ。そのせいで、詐欺師の付け込む余地が出る。その意味で、阪神という会社は、旧態依然とした間抜け会社である。(どっちも悪い。)
 ただし、注意しよう。阪神が間抜けだからといって、村上ファンドが「改革を迫る善玉である」ということにはならない。村上ファンドは、いわゆるハゲタカファンドのように、(中期的に)「企業を再生して、再生したことの利益を得る」のではなくて、(短期的に)「株の売り抜け」を狙うだけだ。阪神を健全化して利益を得るのではなくて、「阪神は儲かるぞ」と人々に信じ込ませて(だまして)、その錯覚を利用して、人々(カモ)の金を奪おうとするだけだ。社会全体の富を増やしてその富を得るのではなく、社会全体の富を一定にしたまま他人の富を奪うだけだ。錯覚を利用して。村上ファンドを「改革を迫る善玉である」と見なすのは、錯覚である。
 そして、これはちょうど、小泉を「改革を迫る善玉である」と見なすのと、同様である。彼は口先だけは「構造改革」「郵政改革」などと口にしたが、実質的には、何一つ実行していない。4年もかけて、経済政策は、無為無策である。(どちらかと言えば、国債30兆円枠や不良債権処理などで、景気回復を遅らせただけだ。)……ただし、彼は、自分にとっては多大な成果を挙げた。300議席である。社会の富を減らして、自分だけは大幅な利益を得たわけだ。
 村上と小泉。二人の詐欺師。

 [ 付記2 ]
 他人の富を奪って、自分の富を増やす、というのが詐欺師だが、実を言うと、経済学者のほとんども、この手の連中だ。
 「自由主義経済で経済は理想的に発展する」
 と信じている連中(古典派)が、そうだ。
 しかし、これ(自由経済による最適化)は、とんでもない話だ。詐欺師がカモの利益をかすめ取ることは、社会の利益を増やすのではなく、かえって減らすのだ。「自由経済は全体状況を悪化させる」という場合もある。そして、その一般原理を「合成の誤謬」と呼ぶ。
 「合成の誤謬」を理解できないのが、「古典派」の連中だ。今の経済学では、この「古典派」が政治や学会を牛耳っている。だから社会は悪くなるばかり。
( ※ ついでに言えば、本当のことを言う私みたいな人間は、「トンデモ」と呼ばれて、攻撃される。「多数派の意見に反する、けったいな奴」という扱いだ。詐欺師ばかりが歓迎される社会。カモ社会。)

 [ 付記3 ]
 詐欺ではないが、似た方法もある。ITを利用して、次のことをやる。
 「人々をゲーム中毒にして、さんざん金を巻き上げる」
 この場合、ゲーム会社は、人々の富を奪うのではない。金と商品は交換だから、ゼロサムゲームではなくて、ただの商売である。
 では、これは、等価交換か? 違う。普通の商売ならば、売り手も買い手も何らかの価値を増やす。(さもなくば取引をしない。)しかし、ゲーム中毒の場合は、違う。買い手は、自らの価値を減らすのにもかかわらず、中毒になっているせいで、その商品を買ってしまうのだ。「ゲームなんかやると、金と時間と知性の無駄だ」とわかっていても、やめられずにまたしてもゲームを買ってしまう。FF1で中毒になったあと、FF2、FF3、……というふうに、際限なく買い続ける。子供のときに中毒になると、大人になってもずっと買い続ける。(煙草や酒の中毒と同じである。中毒患者は、こう弁明する。「×××をやると、気持ちが良くて、ストレスが解消できるから、×××にはメリットがあるんだ。」)
 ここでは、ゲームの買い手は、金を奪われるというよりは、知性(精神の発達)を奪われるのだ。いつまでも子供と同じゲームにはまって、停滞したまま、その先に移れない。
 この取引では、ゲームそのものは、何も悪くはない。ゲームそのものを介在させて、ゲーム会社とゲームマニアの関係がある。ゲーム会社がゲームマニアに対して、「金を奪い、喜怒哀楽の感動を与える」という形で、形式的には等価交換の形を取りながら、実質的には、知性を奪う。その結果、社会全体の知性は減り、ゲーム会社が莫大な富を蓄積するのだ。いわば、「カモと悪魔」の関係だ。(悪魔は快感を与えて、かわりに魂を奪う。)
 で、読者のみなさんには、こうお勧めしたい。
 「悪魔にカモにされて知性を奪われるよりは、他人をカモにして金を得る悪魔になる方が、まだマシである」
 「麻薬中毒になって廃人になるよりは、他人を廃人にして金を得る麻薬売人になる方が、まだマシである」
 要するに、頭のいい(良心のない)人間は、自分ではゲームなんかろくにやらないで、他人をゲームづけにするのだ。村上ファンドが、楽天にTBS株を買わせたのと、同様である。楽天が大損したとしたら、ゲーム中毒(マネーゲーム中毒)になったせいであり、自業自得である。廃人になるかわりに倒産したとしても、他人を恨むべからず。
( ※ 自由主義経済とは、そういうものだ。詐欺師と悪魔ばかりが、やたらとはびこる。民主主義に似て、ひどい制度である。 → 11月15日 民主主義 )


● ニュースと感想  (11月17日b)

 「オリックスと村上ファンド」について。
 阪神の上場について、オーナー会議があった。おおかたの意見は、「上場禁止」だが、オリックスだけはオーナー会議で村上ファンドによる阪神球団買収を後押ししている。「村上ファンドの阪神球団上場を規制するな」という形で。(11月11日の各紙朝刊)
 ここで、孤軍奮闘して村上ファンドを擁護するオリックスを扱おう。オリックスは、村上ファンドの45%の資金を出している。にもかかわらず、「オリックスは村上ファンドとは何の関係もありません。金を出して委託しているだけです」と弁解している。
 しかるに、オーナー会議のことからすれば、オリックスが村上ファンドと協力し合っていることは明白だ。それでいて、上記のような嘘八百の弁解をする。
 こんな嘘八百を信じるオーナー連中ってのは、よほどだまされやすい人たちなのかも。詐欺師の嘘にコロリとだまされる。

 ついでに言えば、オリックスは昨年、近鉄の選手を無償で引き受けた。「タダで譲渡」という、あまりにも不公正な取引をなした。そこには何らかの裏取引があったはずだ。(例:近鉄の重役をオリックスの重役として迎えて数千万円を払う。つまりは賄賂。)
 で、こういう薄汚い会社のオーナーを政府の諮問会議の議長に迎え入れたのが、小泉である。当然、そこには何らかの裏取引があったはずだ。(例:オリックスが小泉の後援会または自民党支部に数千万円を払う。つまりは賄賂。)
 オリックスというのは、元はといえば、金貸し業みたいなところをやっている会社であって、何かを生産している会社ではない。「オリックス製の商品である物品を販売します」なんてことはなくて、「金貸しのサービスを高利で販売します」というふうにしているだけだ。……こういう会社が、プロ野球と日本政治を牛耳っている。情けないね。

 [ 付記 ]
 なんて書くと、そのうち、刺客が襲いかかってくるかも。怖い。……で、それが怖いから、たいていのマスコミは、口をつぐんでいるわけだ。ああいう連中の背後には、黒服族がいる。
 もしかして、近鉄の経営者も、恐れをなして、球団を手放したのかも。黒服族が来て、勧告する。「オリックスにタダで球団を渡した方がいいですよ。おたくには、孫娘がいるんでしょ。孫娘がかわいいんだったら、球団をさっさと手放した方がいいですよ。言うことを聞いた方が、身のためですぜ。警察に通報しても無駄だよ。こっちは総理を握っているんだからね。えっ。」
 けど、これを最初にやったのは、ナベツネだ。「ダイエーを売却したい? だったら小久保をタダで寄越せ。さもなくば、球団売却を阻止するぜ。」
( ※ 小久保本人は、FAホークスに戻りたがっているらしい。ネットニュースによる。知りたければ、適当に検索してください。)


● ニュースと感想  (11月18日)

 「株価の上昇」について。
 最近、株価が上昇している、という報道がある。( 2005-11-17 ニュースなど。)
 これをもって、「景気が回復している」というふうに解釈する向きもある。だが、株価と景気とは正比例しない。その例は、バブル期に見られる。株価は当初の三倍ぐらいに上がったが、別にGDPが3倍になったわけではない。企業の利益率だって、このころは「株価収益率」が最低レベルまで落ち込んでいたのだから、株価は明らかに高すぎたことになる。
 要するに、余った資金が株式市場に流れ込んだから、株価が上昇しただけだ。そして、余った資金が株式市場に流れ込むというのは、その分、実需が回復していないからだ。本来ならば、
 「消費増加 → 投資増加 → 消費増加 → …… 」
 という好循環があるはずなのに、(所得不足のせいで)消費が増えないから、投資もろくに増えない。資金ばかりが大量に余っている。かくて、株式市場に流れ込む。(それまでは海外に流れ込んでいたのが、最近は国内の株式市場流れ込んでいるわけだ。)
 こういうのは、いずれも、マネーだけの減少である。大事なのは、マネーの指標ではなくて、実需の指標だ。
 では、実需の指標は? 次の通り。
  ・ 投資は(外需に吊られて)回復しつつある。4%ぐらいの伸びも。
  ・ 消費は(所得不足のせいで)相も変わらず、マイナス値〜0%ぐらいの伸び。
 両者を合わせれば、「わずかに上向きつつある」というだけだ。生産性の向上が年に2%ぐらいあることを考えると、GDPは年に2%ぐらいは伸びていいはずだし、実際、他国はそうなっている。しかるに日本だけは、成長率は 0.5%ぐらいであり、この小さな値を見て、「景気が回復している、デフレがストップした」と喜んでいるありさまだ。馬鹿丸出し。
 現状は確かに悪化してはいないし、いくらか上向きではあるが、その量があまりにも小さすぎるがゆえに、経済政策としては完全に失敗しているのだ。そう評価するのが正しい。「景気が上向きだ」と見なすのは、判断を完全に誤っている。
 例。小人症の患者は、成長ホルモンが不足しているせいで、普通の人よりもずっと小さな体にしか成長できない。たいていの医者は、「成長ホルモンを投与して正常化せよ」と判断する。日本のヤブ医者だけは、「この患者も少しは成長しています。マイナスではなくプラスの成長です。ゆえに正常です」と判断する。
 異常な状況を異常だと認識できない人は、その人の頭が異常なのである。

 [ 余談 ]
 小人症になるのは、成長ホルモンが不足した人だけではない。ゲームをやりすぎる[そのせいで読書をしない]人も、頭が大人に成長できなくなるので、頭が小人症になってしまう。いずれも成長不足。
 このことはデータによって証明済み。ゲームの時間はどんどん増えて、読書の時間はどんどん低下している。たぶんそのせいで、生徒の学力と体力は年々どんどん低下している。各種統計から判明。
 ちなみに、学力レベルが最高水準にあった世代は、初代ファミコンが発売された直後のころの高校生世代。この世代までは、年ごとに向上する。しかるに、この世代のあとでは、どんどん低下するばかり。脳がファミコンとPSに食いつぶされる。
 あなたが世間から「天才」と呼ばれる方法はある。それは、周囲の人間をみんなゲームづけの白痴にしてしまうことだ。あなた一人がゲームをやらなければ、あなた一人が正常なので、あなただけは天才と呼ばれる。(村上ファンドの村上は、そのクチかも。彼はテレビゲームなんていう子供じみたことはやらないで、大人向けのマネーゲームをやる。賢いですね。で、テレビゲームの大好きな楽天の三木谷は、まんまとカモにされる。)


● ニュースと感想  (11月18日b)

 「量的緩和の効果」について。
 日銀が量的緩和を解除しそうだ、という報道がある。これは、「日本の景気が回復しつつある」という見解を前提とした話だ。では、本当に、日本の景気は回復しつつあるのか? 
 ここで、次のデータがある。「日本政府は、円安介入を辞めたが、民間の銀行が円安介入と同じこと(ドル買い)をしている。その規模は 16兆円にも及ぶ」
 元の記事を引用すると、次の通り。
 円安誘導の主役である政府は、一昨年の初めから昨年の3月中旬 まで、かつてないほどの巨額の円売り・ドル買い介入を行った。それ以降、現在に至るまでの19カ月間は、米国の保護貿易の動きを懸念してか、まったく介入はなされていない。
 ところが、動かない政府に代わって銀行が自らあるいは貸出先を通じ16兆円もドル保有ポジションを積み上げ、介入と同じ効果を発揮したと推測される。銀行が国債を買い、政府がドルを買うという流れが、銀行がドルを買うという流れに変わったということだ。 (出典:朝日・夕刊・株式欄・コラム・経済気象台 2005-11-02 )( → 朝日のサイト
 当のコラムでは、その意味は特に書いていないが、私は次のように考える。
 政府のかわりに民間銀行が円安介入と同等のことをしている。そのおかげで、輸出企業は好調である。かくて、輸出を通じた景気回復効果が出ている。とはいえ、それは、需給の均衡した正常な景気状態ではなく、相も変わらず供給超過(需要不足)の状況が続いている、ということだ。その帳尻をかろうじて輸出の増加で補っているにすぎない。
 これは、一時的なカンフル剤による治療と同様で、本質的でもないし、永続可能なものでもない。単純に言えば、「将来の富を食いつぶして、現在は豊かになる」というのと同様である。(ドル買いをしたことで外貨預金が貯まるが、その外貨預金を下ろすとき、ドル安・円高になって、預金が大幅に目減りし、大損をする。1ドル=120円ぐらいでドル預金して、1ドル=100円ぐらいでドル預金解除をするから、120円を払って、100円しか戻らない。下手をすると、80円かも。)

 結局、量的緩和によって、金余りになっているから、その余った金でドル預金をして、円安にして、輸出を増やして、輸出企業先導の(仮の)「景気回復」がなされている。しかし、量的緩和をやめれば、メッキも剥がれるから、(仮の)「景気回復」はつぶれて、たちまち「供給過剰・需要不足」という真実が露見するようになる。
 で、この時期に、政府は同時に「増税」を予定している。とすれば、将来は、お先真っ暗かも。

 [ 付記1 ]
 「じゃ、どうすりゃいいんだ?」という質問に対する答えは、何度も述べたとおり。「輸出主導」ではなく「内需主導」の景気対策をなせばよい。その方法は、「減税」。その財源は、「将来の増税」。これ以外にない。
 一方、「量的緩和」は、やってもやらなくても駄目。やれば、一時的には良くなるが、将来ではいっそうひどいことになる。病気の本質を治療せずに、上べだけをいじることは、やってもやらなくても駄目なのである。大事なのは、本質だ。


● ニュースと感想  (11月19日)

 「シェリングとゲーム理論」について。
 ちょっと古い話だが、ノーベル賞の話。ノーベル経済学賞は、シェリングという学者に与えられた。では、彼の業績は? ネットで調べると、次の記述がある。
 シェリングの「フォーカル・ポイント理論」という考え方が紹介されていて、「人々が一致するためには『これが(正)解だと思う』ものが、一つだけ、正確には出来る限り一つだけあれば、それで十分
http://www.qmss.jp/pubs/maruzen/ryumurak-mm.htm

 国際紛争にあたっては、実際に報復に踏み切るよりも、「脅し」をちらつかせ続けるほうが相手側に対して最終的に優位に立てる
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20051010AT2R1000B10102005.html
 要するに、ゲーム理論の一種である。で、国際紛争の解決に、ゲーム理論を適用して、ああだこうだと論じる。
 「フォーカル・ポイント理論」というのは、訳せば「焦点理論」である。( focal point = 焦点 ) ここでは、「合意」の重要性が明らかになる。何らかの正解が実際に存在するというよりは、人々が「正解だと思う」ような合意点があればいい。実際に正解であるかどうかより、人々の合意が行動を左右する。大量核兵器がなくても、大量核兵器があると信じ込めば、信じた西側諸国はこぞってイラクに派兵し、派兵を拒んだ国は米国に叩かれて損をする。
 また、武力行使に踏み切るよりも、「武力行使に踏み切るぞ」と脅す方が有効だ。実際に武力行使に踏み切ると、ともに損する。「勝利」というよりは、「ともに負け」に近い。フセインを脅し続けるのが一番有効だが、脅しにひるまないからといって実際に攻撃しても、かえって損してしまう。これがわかるので、金正日を攻撃することはない。(このことを理解するのに、実際にイラクで莫大な無駄を費やす必要があった。本を読めばすぐにわかることが理解できないブッシュは、実際に戦争をするという無駄を犯した。読書しないで、戦争ゲーム感覚で、戦争に踏み切った。読書よりも戦争ゲームが好きな大統領がいると、現実世界がもてあそばれる。)

 [ 付記 ]
 私の感想を言えば、この業績は、当たり前すぎる。面白くない。こんなのでノーベル賞をもらえるのなら、私の「タカ・ハト」ゲームの説の方がずっとマシであろう。
  → 4月14日c
  → 一覧


● ニュースと感想  (11月19日b)

 「ドラフト情報」について。
 結果はこちら。
  → 日刊スポーツ

 楽天は、四国リーグの有力選手を取るかわりに、高齢のベテラン・アマをたくさん取った。ちっとも噂に上っていない選手を、楽天はどうやって取ったのか? 誰も探さないような有力選手をしっかり見極めることのできる、凄腕のスカウトがいるのか? 
 実は、楽天にはいないが、在野にはいる。ネットで公開されている。このサイトの情報を丸ごと頂戴して、このサイトの情報に従って指名したのが、楽天だ。
  → 在野のスカウト
 下位の選手のプロフィールなどは、ちゃんとこのサイトに出ている。いずれも、お勧めと推奨されている。

 ついでだが、この人の評価では、阪神の指名選手は、あまり高評価ではない。さもありなん、という感じである。実際、阪神の過去の指名選手と来たら、太陽・江草・能見など、いずれも伸び悩みである。(もともとケガ持ちの選手を指名することが多いせいで、入団後もケガが続くことが多い。)その一方で、ダルビッシュという松坂レベルの有望株を逃している。
 この人の見立てによると、今年の高校生では、巨人の辻内は別格として、横浜の指名した選手(親が相撲取り)が有望であるようだ。

 ともあれ、上記のスカウトは、なかなかの凄腕だ。大リーグのチームの委託(日本人選手を見ること)も受けていたらしい。実際、指摘を読むと、「ほお、すごい」と感じることが多い。たいしたものだ。


● ニュースと感想  (11月19日c)

 明日以降、少しお休みする予定です。


● ニュースと感想  (11月24日)

 「充電式のハイブリッド車」について。
 充電式のハイブリッド車は、実用化まであまり遠くないところにあるようだ。
 → HotWired 「充電可能ハイブリッド車、高まる期待と問題点」
 ( ※ キャパシタ → 6月10日b

 つまり、バッテリーの寿命がちょっと短いことぐらいだ。これはバッテリーの交換に費用が一回かかる、ということを意味するだけ。6年目にバッテリーの交換の費用がかかる。それだけ。燃料電池に比べれば、はるかに実用化に近い。
 「夜間の充電が面倒臭い」という指摘もあるが、これは、大した問題ではない。「自動充電装置」を作成するだけだ。自動車を車庫の一定箇所に駐車させると、あとはプラグとコンセントが自動的に接続して充電すればいい。簡単なロボットの一種。……こういうのは、今はまだ開発されていないから、情報関係(ロボット関係)の技術者は、今のうちに開発するといいですよ。
( ※ 提携先は、トヨタ。だけどトヨタは、充電式のハイブリッドを開発するのを、いやがっている。となると、ホンダを相手にするのがいいかも。外国メーカーも最近はハイブリッドに熱中しているから、そっちでもいい。)
( ※ 電気自動車 → 5月25日


● ニュースと感想  (11月25日)

 「建築の耐震強度偽造の事件」について。
 建築の耐震強度偽造の事件が話題になっている。責任の所在は、次の通り。
  ・ 建築設計事務所の建築士 …… 強度不足の虚偽設計をした。(首謀者)
  ・ 建築確認審査を行った指定確認検査機関 …… 審査がずさん。
  ・ 建築主(ビルを建築して販売した) …… いい加減な設計を見抜けない。

 この三者は、いずれも責任がある。上のものほど悪質だが、下のものほど負担が大きい。建築主の方は莫大な損失をこうむったあげく、倒産の危機にさらされている。
 では、悪質さの度合いは別として、どれが最も責任があるか? 実は、最大の責任は、国にある。
  ・ 国 …… 建築確認審査は国の業務なのに、民間機関に任せて、知らんぷり。
 たとえて言おう。子を育てるのは、親の義務である。なのに親が、その義務をほったらかして、一番安上がりなメイドに任せた。安上がりなメイドは、もちろん馬鹿だから、面倒臭くなって、手抜きをした。あげく、子供は死んでしまった。ここで、責任者は、誰か? メイドか? メイドの監督者か? メイドを派遣した派遣会社か? いや、親だ。子を育てるのは親の義務だし、他人に委託するのなら十分にチェックするべきなのに、いい加減な判断で、単に「安上がりだから」という理由で、下劣なメイドに任せた。そんなことをした親が悪い。
 今回の事件も同様だ。

 この問題の本質は、何か? 次のことだ。
 「自由競争で経済は最適化する、ということは、必ずしも成立しない」
 その典型的な例が、「チェック」という業務だ。ただの商品販売ならば、自由競争でもいいが、「チェック」という業務は、自由競争ではならない。なぜなら、「手抜き」というサボりをしてもそのことがわかりにくいからだ。
 では、その本質は? それは、こうだ。
 「自由経済では、詐欺が成立する」
 
 一般に、「自由経済はすばらしい」という発想は、「誰もが善人である」ということを前提としている。しかし、現実には、詐欺師が登場する。他人をだまして、正当な商品を与えたと信じ込ませて、偽物を与える。被害者がそれを「偽物だ」と気づくまでは、詐欺師は利益を得られる。うまく行けば、被害者が損失に気づかないまま、詐欺師は逃げ通せるかもしれない。
 このような「詐欺師の事件」は、枚挙に暇がない。次のように。
 これが現実だ。その現実に合わせて、「犯罪的な行為は処罰する」という制度が必要だ。しかるに、「自由経済はすばらしい」「小さな政府がいい」「政府の規制は最小に」という発想を取ると、世の中、詐欺師のような連中が、まかり通るようになる。今回の事例は、その一例にすぎない。彼らを許容する制度にしているから、彼らがのさばる。それというのも、根源に、「自由経済はすばらしい」という錯覚があるからだ。

 [ 付記 ]
 直接の関連はないが、「視覚の錯覚」という話題で、面白いサイトがあるので、紹介しておこう。やや長めの評論。
  → 遠近法の錯覚


● ニュースと感想  (11月25日b)

 「天皇の皇位継承」について。
 皇位継承の問題については、11月16日 でも述べた。そこで肝心のことは言い終えているのだが、少し追加しておこう。
 「女性天皇」は、歴史上、何度か出現したことはある。ただし、一時的な代役であるにすぎず、その子は天皇にはならなかった。連綿とつながる系譜は、男系の系譜である。
 さて。今度、女性天皇が新たに正式に決まると、どうなるか? どこかの男性が女性天皇と結婚して、自分の子を天皇にすることができる。これはつまり、次のことを意味する。
 「天皇の系譜の乗っ取り」
 これにどんな意味があるか? 普通の人は、そんなことに意味はないと思うかもしれないが、世の中には、「乗っ取り」ということに、異常に情熱を燃やす人がいる。たとえば、ホリエモンとか、三木谷とか、そういう連中が、会社を買収するつもりで、天皇家を乗っ取りたくなる。「下らない会社を乗っ取るより、天皇家を乗っ取る方が面白いな。金ならさんざん得たし、あとは名誉だけだ」と思って、自分の子を天皇にしようとする。で、さっそく、行動を開始する。三木谷は妻帯者だが、ホリエモンは独身だ。で、二十年後、第二のホリエモンみたいな人物が、さっそく、愛子様にアタックして、「私はIT長者ですよ。どうか結婚してください」と猛烈にアタックして、天皇の夫としての座を射止める。で、結婚したあとは、浮気でも何でもやり放題だ。彼のほしいのは、天皇の夫としての地位だけである。そして、実質的な結婚生活は、本当に愛している女と行なう。……かくて、「天皇家の乗っ取り」が成功する。
 こういうことを実際にやりそうな人物として思い浮かぶのは、ホリエモンよりは、村上ファンドの村上みたいな奴だ。「詐欺師」という言葉がぴったりの人間であるがゆえに、天皇家をだますのには最もふさわしい人物だ。……こういう連中は、今後も何度も出現するだろう。

 では、こういうことが起こりがちなのは、なぜか? それは、男と女の、生物学的な違いによる。一般に、男と女は、結婚について次の行動を取る。
 「男が申し込み、女性が諾否を判断する」
 このような行動様式がある以上、女性天皇は男性天皇とは同じ行動を取らない。つまり、男ならば、「男性天皇が女を選んでアタックして、何人にも断られたすえに、誰か一人の女に許諾してもらって、結婚する」というふうになるが、女ならば、「女性天皇が男を選んでアタックして、何人にも断られたすえに、誰か一人の男に許諾してもらって、結婚する」ということはありえない。かわりに、「民間人の男が女性天皇にアタックして、一人の男が選ばれる」というふうになる。その場合、アタックするのは、詐欺師のような連中に限られてしまう。(天皇の夫という座は、まともな男にとっては、あまりにも損だからだ。名誉はあるが、損得ではひどい損。得になるとしたら、超低収入の男だけだが、そんな男は、結婚を申し込んでも断られてしまうから、問題外。)

 男と女とは違う。この違いに目をそむけて、「何でも男女平等にすればいい」というのは、「劇場のトイレの数も男女平等にすればいい」とか「女に生理休暇があるなら、男にも生理休暇を」というのと同様で、ひどい不公平なのだ。
 政府の人間は馬鹿すぎる。ではなくて、小泉の委託した私的諮問機関の委員はあまりにも粗野で横暴すぎる。こんな粗野で横暴な連中に国家の制度を決めてもらうような国民は、どうかしている。……気づいたときには、たぶん、手遅れだ。天皇家を詐欺師に乗っ取られて、詐欺師の子孫を国家の象徴として仰ぐことになる。
 将来、日本の紙幣には、村上ファンドの村上のような、いじきたない男の顔が印刷されるかもしれない。「第××代天皇の肖像」というような感じで。

 [ 付記 ]
 紀宮は、何の肩書きもない民間人となるがゆえに、純粋な愛情に基づいて結婚できた。(それ以上かもしれない。1億円ぐらいの金と引き替えに自由を奪われてもいい、と思う傑物を得たことになる。たとえば、この夫は、もはやエロ映画館なんかに入ることはできない。)
 ところが、女性天皇になるとしたら、愛子様はもはや、こういうふうに純粋な愛情に基づいて結婚する権利を奪われ、「打算に基づいた結婚」しかできなくなる。彼女の人生から、真の愛情というものが消えてしまう。……あまりにも悲惨だ。
 女性天皇という制度は、一人の女性の人生を破壊してしまう。英国の歴代の女王も、普通の結婚はできなくなり、義務感に縛られ、「私は国家と結婚しました」というふうに宣言するハメになる。
 男ならばそういうことはないが、女ならばそういうふうになる。「国家の都合ではその方が好都合だ」というふうに理由を述べる委員たちは、ほとんど人でなしである。彼らには人間的な優しさというものがまったく欠落している。彼らの頭には「国家利益」という言葉だけがあり、「愛」という言葉が欠落しているのだ。


● ニュースと感想  (11月26日)

 「天皇制への報告書」について。
 天皇制について、首相の私的諮問会議による報告書が出た。政府はこれに基づいて、法律を国会に提出する予定だ。(朝刊・各紙 2005-11-25 )
 この報告書の要旨は、
 「女系天皇を認め、長子優先にする」
 ということだ。ま、このような方針があること自体は、一つの意見として、傾聴するに値するだろう。私は別に、自分の意見と違うからけしからん、というふうには主張しない。とはいえ、この報告書には、問題がある。

 報告書の主旨は、次の二点からなる。
 「男系維持の方針だと、天皇が断絶する可能性があるので、女系天皇の道を開くべきだ」
 「長子を優先するべきだ」
 この二つの方針のうち、前者は問題ない。「天皇の断絶か、女性天皇か」という二者択一なら、「女性天皇」という道を認めるべきだろう。
 問題は、後者だ。「男性の後継者(弟または従兄弟)がいるときに、あくまで長子にこだわり、男性天皇よりも女性天皇を優先するべきか」ということが選択肢があり、そこで、「男よりも女を。長子優先」という方針が出された。
 しかし、前者と後者とは、別のことだ。「男系維持の方針だと、天皇が断絶する可能性があるので」という理由で、「弟よりも姉を」という結論にはならない。

 報告書では、この二つの点は、一応、区別されているようだ。とはいえ、マスコミの解説では、この二点を混同して解説している記事が多い。注意しよう。

 なお、報告書では、前者についてはまともな根拠が与えられているが、後者についてはまともな根拠が与えられていない。
 「長子優先の方が自然であるし、制度が安定する」
 と示しているだけだ。こんなものは、理由には何にもならない。かわりに、次のように述べても、少しもおかしくない。
 「男子優先の方が自然であるし、後継者たる男子がいる限りは制度は同様に安定する」
 要するに、今回の報告書は、意見としては成立するが、その内容は、詭弁だらけの詐欺師的な論理に満ちているのだ。そのことは、はっきりと自覚しておこう。
 つまりは、詐欺師の詭弁により、天皇制まで決められる、ということ。小泉純一郎は、構造改革内閣ではなく、詐欺内閣として、歴史に残るだろう。(その時代の国民は、だまされたカモ国民となる。)

 [ 付記 ]
 そもそも、審議会というものは、次のようにするべきだ。
 「論点を整理して、賛否両論をまとめる」
 たとえば、長子優先か男子優先かについて、論点をまとめる。そして、どちらの主張を採択するかは、国会に任せればよい。
 現実には、今回の審議会では、全員一致の形で、「長子優先」になってしまった。ここでは、「一方の意見ばかりが存在する(反対論が存在しない)」ということから、まともな議論がなされていなかった、と判明する。(通常ならば、賛否両論があり、最終的には多数決となる。)
 だから、「全員一致」という結果は、審議会がただの隠れミノにすぎなかったことを、暴露する証拠なのだ。
 例。民主主義の国会では与野党(賛否両論)が対立するが、独裁体制では(大政翼賛会や共産主義下の議会のように)全員一致になる。
( ※ 審議会というものがいかにデタラメなものであるかについては、先日にも簡単に述べたが、もっと前にも詳しく述べた。 → 9月19日 の [ 付記2 ])


● ニュースと感想  (11月26日b)

 「詐欺師への対策」について。
 自由経済では、(建築審査などで)詐欺師が暗躍する。先日に述べた通り。
 では、どうすればいいか? 対策はどうするべきか? ── この件は、自明だと思ったので述べなかったのだが、私の意見について誤解する人も出ているようだ。「南堂は国有化すればいいと思っているのか? しかし、民間に任せれば駄目だが、だからといって、国が検査すれば民間以上に良くなる、というふうにはなるまい。国有化なんか駄目だよ」というふうに。
 もちろん、私は「国営化」なんかを推奨しているわけではない。では、民間まかせでもダメで、国営化も駄目なら、どうするべきか? 私としては、次の二つを指摘しておく。
 「検査者に対するチェック・システムの確立」
 「不良検査に対する責任体制の確立」
 この二つが結論となるだろう。

 つまり、現状では、建築設計の検査会社であれ、公認会計士であれ、ずさんな検査が野放しだ。そこで、
  ・ ずさんな検査を行なわないかをチェックする
  ・ ずさんな検査をした検査者には責任を取らせる
 という対処が必要となる。そして、一般に、中小の会社や個人は、責任を取る能力がない。ゆえに、特定の大規模の会社(資本金が百億円以上)だけが、このようなことをなせる。
 具体的には、保険会社だ。たとえば、損保ジャパンという保険会社が、この対処をなす。すなわち、建築設計の検査会社や、公認会計士に対して、「保険契約」を結んで、彼らがずさんな検査をした場合には、損保ジャパンが被害者に対する最終支払いを保証する。ビルが倒壊しそうなら、被害者に被害の全額を支払う。ただし、単にそうするだけだと保険会社が損をするから、保険会社が、保険契約者(建築設計の検査会社や公認会計士)の業務を、たえず抜き打ちチェックする。そのチェックは、チェック専門の契約会社に任せる。
 
 ともあれ、上記の眼目は、
 「検査者に対するチェック・システムの確立」
 「不良検査に対する責任体制の確立」
 である。この二点がしっかりしていれば、問題は起こらないはずだ。

  【 追記 】
 本項で述べたことは不十分であった。次項(翌日分)の方が、いっそう本質的である。


● ニュースと感想  (11月27日)

 「チェック体制の確立」について。
 建築審査や会計検査では、詐欺師が暗躍する。すなわち、建築士や公認会計士が、依頼者である企業の委託を受けて、虚偽の審査をしがちだ。なぜなら、虚偽をやればやるほど、委託者である企業は得をするし、企業の注文を受ける審査者も得をするからだ。ここでは、「虚偽をするものが得をする」という制度がある。
 この制度が、問題の根源だ。(前項で述べたことは不十分であり、本項で述べたことがいっそう根源的。)
 では、この制度が良くないことの本質は、どこにあるか? 次のことだ。
 「審査を受ける側が、審査者を選ぶ」
 これは、たとえて言うと、「泥棒が警察官を雇用する」というのに等しい。泥棒は、自分が泥棒をしたときに逮捕する警察官を、自分で雇用することが要求される。そうすることで、泥棒は費用を負担するので、政府の行政コストが減る、というわけだ。一種の民営化(小さな政府)である。なるほど、そうすれば、行政コストは減る。そのかわり、泥棒は、自分の意に沿わない警察官を忌避できるから、自分の意に沿う警察官だけを雇うようになる。警察官は、失業したくないから、泥棒の注文を受けて、泥棒をなるべく見逃そうとする。── 要するに、「公然たる賄賂」という制度である。
 馬鹿げた話のようだが、途上国では、このことは常識だ。警察官の給与があまりにも低いので、やむなく賄賂をもらう。賄賂をもらうために、やたらと無実の国民を摘発し、袖の下をもらって、釈放する。……国民生活はメチャクチャである。そして、それと同じことが、今の日本でも起こっている。

 この問題を解決するには、どうするべきか? 次のようにすればいい。
 「審査者を、企業でなく、政府が選ぶ」
 たとえば、企業は、建築士を選ぶとき、どんな粗悪な建築士を選んでもいい。手抜きでも何でも、勝手にお好みの建築士を選んでいい。また、建築物も、どんなに手抜き工事のボロボロの建築物を構築してもいい。ただし、である。審査者は、国が選ぶ。その費用も、国が負担する。審査者は、国の注文を受けて、すでに完成した建築物をチェックする。図面を見たり、工事の状況を観察したり。……で、最終的に、評点を下す。「建築設計の安全性 90点。工事の状況 85点。 合格ラインである80点を上回っているので、合格」というふうに。この評点を、広告に掲示することを、義務づける。そして、その評点を見て、消費者は建築物を購入する。……なお、合格ラインの 80点を下回る物件は、販売禁止にする。また、審査にミスがあることが判明した場合には、審査者(会社)は、ミスの責任を取って、消費者に賠償する。
 こうすれば、違反建築は起こりにくい。もし違反建築があれば、販売禁止になるので、建築主が大損する。それを避けるため、建築主が自力で厳密にチェックする。(違反すると、得をするのでなく、損をするから。)

 この制度のポイントは、「審査者を、企業でなく、政府が選ぶ」というふうにすることだ。この場合、「小さな政府」にはならず、「大きな政府」になる。
 では、そのことで、国民の負担は増えるか? いや、増えない。なぜか? 政府は費用を負担するが、その費用の分は、建築主に補填してもらえるからだ。それには、審査を受ける建築主から「許可料」として徴収すればいい。
 これだと、建築主は余分な費用を国に払うことになるか? いや、建築主は、審査者に審査料を払うかわりに、政府に審査料を払うだけだ。払う金額は変わらない。たとえば、審査に百万円の費用がかかるとして、建築主は、審査者に費用を払うかわりに、政府に費用を払うことになる。

   現状:   建築主    →     審査者
   改定:   建築主 → 政府 → 審査者

 この二つでは、経路が異なるが、払う金額(百万円)は同じだ。また、政府としては、支払う金額が多くなるので、「大きな政府」になるが、実質的には、「百万円が入って、百万円が出る」だけだから、差し引きして、無駄は何もない。「大きな政府が非効率だ」ということはないのだ。

 結語。
 「小さな政府が大事だ。民に任せることが大事だ。規制緩和が大事だ。それが構造改革であり、そうすれば万事がうまく行く」
 という古典派ふうの発想は、嘘八百である。小さな政府か大きな政府かが問題なのではない。無駄があるか無駄がないかが問題なのだ。無駄の有無では同じなのに、あえて政府を小さくすることばかりに熱中すると、「警察のいない政府」もしくは「警察官を泥棒が雇用する政府」になる。これは「夜警国家」にもならない、ひどい発想だ。
 「民営化を推進する構造改革で万事OK」と主張して、郵政民営化を推進するような詐欺師(小泉)を信じたあげくが、このざまだ。
 建築審査や会計検査で、とんでもない問題が次々と起こるのは、決して偶然ではなくて、「詐欺師の言葉をそのまま信じる」というふうにした日本には必然的なことなのだ。問題はただの氷山の一角にすぎない。
 問題を真に解決するするには、「構造改革」「小さな政府」「自由経済」なんてものを信じるような思考を、根本的に破壊する必要がある。それはつまり、「詐欺師の口車に乗せられず、物事の真実を見よ」ということだ。


● ニュースと感想  (11月27日b)

 「選挙と詐欺師」について。
 イスラエルの首相が日本大使と会談して、「選挙で大勝する方法は?」と勝因について質問した。(朝日・夕刊・2面 2005-11-25 )
 これと同じ例は、他国のケースでもある。たしか、選挙の近いカナダだったと思うが、やはり同様に、「勝因は?」という質問が出た。
 もちろん、いずれの場合も、日本側(大使など)はまともに答えることはできなかった。そこで、私が答えよう。
 「選挙で大勝するため方法は、詐欺師になることである」
 要するに、「真面目に正しい政策を訴える」という王道を取るかわりに、「国民をたぶらかして票を得る」という邪道を取ればいい。ヒトラーであれ、小泉であれ、「詐欺師で大勝」というのは、共通している。
 小泉の場合には、こうやった。
 「改革は善だ、という原理を打ち出し、これを国民の頭に植え付ける。自分は改革派だから自分のやることはすべて善。敵(元自民と民主党)は、自分とは逆で、改革反対の悪である。敵のやるとおりにすれば、すべてが悪くなる。自分のやるとおりにすれば、すべてが良くなる。改革なくして景気回復なし。改革あれば景気回復あり。自分の言うとおりにすれば万事うまく行く」
 こういうふうに嘘八百を大々的に宣伝して、国民をだます。本当は、郵政事業の会社の持主が、政府から民間になったぐらいで、日本経済全体が大変動を起こすはずなどはないのだが、そういうことがあるかのように、国民を錯覚させる。

 その方法の原則。
  1.単純化 (景気対策の詳しい経済理論なんか無視して、改革だけに絞り込む。)
  2.二極化 (改革ついて、是か否か、というふうに二極化する。踏み絵ふう。)
  3.自分を善の側と見なし、敵を悪の側と見なす。
  4.誇張   (自分の言うとおりにすれば万事良くなる、と拡大解釈する。)
 以上が、詐欺師の手口だ。こうやって、国民をだますことこそ、選挙で大勝するコツである。(ただし、こういう真実は、他人には教えません。)

 なお、こういう方法をうまく説明した本がある。ヒトラーの「わが闘争」という本だ。そこには「短い力強い言葉を繰り返す」という方法も示してある。そして、その見事な実践者が、「ワンフレーズ政治」で名高い小泉だ。
 小泉はヒトラーの正当な後継者なのである。画像を見てもわかる。昔の映画では、ヒトラーが拳を振って力強く演説する。現在のテレビでは、小泉が髪を振り乱して力強く演説する。その演説の仕方は、実によく似ている。国が苦況であるときに国民から圧倒的に支持を得ている、という点でも、よく似ている。
 困難な状況では、力強い独裁者ふうの政治家が人気を得るのだ。詐欺師として。


● ニュースと感想  (11月28日)

 「小泉暗殺の計画」について。
 小泉を暗殺する、というテロリストの予告がネットに出た。
  → ZAKZAK 「小泉暗殺」アル・カイーダ系組織ネットで予告
 小泉暗殺というのは、私も話半分で、前に書いたことがある。しかし、本気でこんなことをほざく連中が出るとは、思いませんでしたね。  (^^);
 で、私の見解は? 「やれ」でも「やめろ」でもない。かわりに、こうだ。
 「小泉なんか、どうせ、もうすぐ退任する。退任間際のよぼよぼ老人なんかを暗殺しても、意味ないですよ」
 ま、政治的効果というよりは、宣伝または示威行動として、日本の首相を暗殺したがっているのだろう。しかしねえ、そんなことなら、ネット上で「仮想 暗殺」でもした方がいいですよ。あるいは、ゲームで、暗殺ゲームでもやっていなさい。

 さて。実を言うと、ゲームには、とても良い美点がある。それは、「暴力に走りがちな馬鹿な連中を、ゲームづけにする」ということだ。
 日本では最近、不良少年やヤクザが減っている。陰湿ないじめをする連中は相も変わらずたくさんいるが、暴力をふるいがちな粗暴な連中は、数が減っている。「喧嘩をするのが生きがい」というような連中は、だいぶ減っている。
 なぜ? たぶん、暴力をふるって憂さ晴らしするかわりに、ゲームをやってストレスを解消しているのだろう。
 というわけで、頭の悪い粗野な連中に限り、ゲームをやることをお勧めします。他人をぶん殴ってストレス発散をするかわりに、ゲームボタンのボタンを押してストレス発散をしてください。それなら、他人を破壊するかわりに、自分を破壊するだけで済みます。

 というわけで、アルカイーダ対策としては、次の政策をお進めします。
 「アルカイーダに、ゲーム機とソフトを、たくさんプレゼントする。彼らをゲームづけにする」
 この方がずっと有効です。現状の下らない方法よりは。つまり、無効な対策(地下鉄のゴミ箱の撤去/東京ドームの入口で鞄のチェック)なんかをするよりは。あるいは、イラクに自衛隊を派遣するよりは。(自衛隊の派遣は逆効果でした。)


● ニュースと感想  (11月28日b)

 「宇宙の謎」について。
 宇宙探査機「はやぶさ」の成功に関連して、中村正三郎のページに、(引用ふうに)次の文章があった。
 見えるというか光を含めた電磁波で観測可能な物質の質量は、我々の宇宙が いまのような姿になっているために必要な質量のたった4%なんですね。残り の23%がダークマターと呼ばれる謎の物質、さらに73%がダークエネルギ ーと呼ばれる謎のエネルギーなんです。
 つまり、96%はダークで、我々人類はそれが何がなんだかまだわかってな いんです。宇宙の96%も何にもわかってないんですよ。すごい話ですよね。
 これは、現代物理学の公式見解であり、常識と言える。
 ただし、常識が正しいとは限らない。というか、この常識は、「何もわかっていません」という敗北宣言にすぎない。正しいとか正しくないとかいう以前の問題だ。仮説にすらなっていない。

 そこで、仮説の形ではあるが、私の説を示す。それは、次のことだ。
 「宇宙のエネルギーの大部分は、真空のエネルギーである。たとえば、太陽の放つ光のエネルギーは、真空中を伝播する。そのとき、真空中には何もないのではなくてエネルギーがあるのだ。そして、エネルギーは、質量と等価である。ただし、エネルギーは、質量としては観測されない。そのせいで、真空には何も観測されず、何も存在しないように見える。とはいえ、観測されなくても、そこにはエネルギーがあるのだ」
 この発想は、いかにも自然だが、現代物理学には反する。なぜなら、「観測されたものだけが存在し、観測されないものは存在しない」というのが、現代物理学の立場だからだ。ごく単純化して言えば、「目をつぶれば宇宙は存在しない」という観念論である。それが現代物理学の立場だ。かくて、「真空中には何も観測されないから、真空中には何も存在しない」と結論し、そのあげく、「必要なエネルギーが見つからない」と大騒ぎする。
 しかし、「観測されないエネルギーも存在する」という発想を取れば、話は簡単だ。この場合、真空とは、何もない空間ではなくて、エネルギーに満ちた空間である。そこには、質量はないのか? 実は、実数の質量はないが、虚数の質量はある。そして、虚数の質量が、エネルギーなのだ。実数の質量と、虚数の質量(エネルギー)とは、相互に転換可能である。その転換が、「真空中から、粒子と反粒子が同時に発生する or 同時に消滅する」という現象だ。

 以上のように考えれば、何ら謎は生じない。われわれは決して、「何もわかっていない」わけではない。少なくとも私は、「宇宙の真実」を理解している。(今のところ仮説ではあるが。)
 なお、この説を実験的に証明することは、すでになされている。それは「カシミール効果」である。
 → 量子論のサイト
 → カシミール効果


● ニュースと感想  (11月29日)

 「マスコミの横暴」について。
 犯罪被害者の実名を警察が公開しないで秘匿する、という方針(内閣府の検討会による)を、朝日が批判している。引用しよう。
 「事件や事故の被害者を実名で報じるか匿名にすべきかは、それぞれ状況によってちがう。報道機関はさまざまなケースに直面し、そのたびに悩んできた。しかし、その前提となる警察の発表は、やはり実名でなくてはならないと考える。 事件や事故は、みんなの関心事だ。伝える報道機関が事件の全体像を知るには被害者側からも話を聞く必要がある。」 ( 朝日・社説 11月24日

 全体の趣旨は、問題ない。国による情報の秘匿は、確かに好ましくない。とはいえ、マスコミは信頼できるのか? 
 「それでも、私たちは報道の自律によって問題を引き受けたいと願っている。」
 と朝日は書く。しかし、「当人任せ」「自律に任せる」という方針が、どんな結果をもたらすかは、最近の耐震強度偽造の事件で、明らかになったとおりだ。世の中に悪質な連中がいる限り、「当人任せ」「自律に任せる」という方針では済まないのだ。「世間には犯罪者がいっぱいいるが、マスコミだけはすべて善人である」という「性善説」(むしろ「自惚れ」「誇大妄想」)は、とうてい成立しないのだ。朝日はどうも、世間を妄想で洗脳するだけでなく、自分自身も洗脳されてしまっているようだ。

 では、「犯罪者の自律に任せる」という方針のかわりに、どうすればいいか? もちろん、「犯罪への罰則」が必要だ。では、どんな? 
 現状では、「民事裁判による補償」という制度がある。しかし、アメリカと違って日本では、慰謝料はスズメの涙である。テレビの法律番組では、「これにふさわしい慰謝料はどのくらいでしょうか?」というクイズがあり、タレントたちは「100万円」「500万円」などと慰謝料を推定するが、弁護士の示す相場は「20万円」ぐらいである。要するに、「被害者の損失にふさわしい金額」ではなくて、「加害者(個人)が容易に払える金額」を基準にしている。で、それを、巨大な企業にも適用する。巨大なマスコミが一個人の人権を徹底的に侵害して傷つけても、ごく小額の慰謝料が払われるだけだ。実質的には、何も罰がないに等しい。

 そこで、私としては、次のことを提案したい。
 「犯罪被害者の実名報道など、マスコミによる人権侵害については、刑事罰を加える。ただし、親告罪とする」
 すると、どうなるか? たとえば、マスコミによる人権侵害があったとき、当のマスコミの編集長には、「禁固6カ月、執行猶予1年」というような判決が下る。それが相場だ。ただし、こうなると、マスコミはカッコ悪い。そこで、「訴えないでください」と被害者に頼む。というのは、「親告罪」だから、被害者が訴えない限り、犯罪として立件されないからだ。で、被害者は、「十分な謝罪と補償がなされた」と感じた場合にのみ、訴えを取り下げる。かくて、最終的に、「十分な謝罪と補償がなされる」という結果になる。……ここでは、「実刑を加える」ということ自体が目的とはならず、「実刑を加える」ということを見せ札にして、「十分な謝罪と補償がなされる」という結果をもたらすわけだ。

 マスコミとしては、上記のことを提案するべきだろう。「自分たちは正しい」なんて言い張るだけでは、画餅のようなものにすぎない。「自分たちは正しいことをすると誓います。もし誓いを破ったら実刑を受けます」というふうに責任を明言するべきだ。そうしてこそ、マスコミは信頼を受けるようになる。
 「自分たちは正しい。ゆえに、正しくないことをしたとき、罰則を受けるという制度は必要ない」と述べるのでは、虚偽の建築設計をした詐欺師的な連中と同様だ。
( ※ ま、現状のマスコミは、詐欺師みたいな連中ばかりだが。……問題は、本人が、自分たちを「善人」と自惚れていることだ。おまけに国民がそれを信じていることだ。)
( 参考記事は、朝日・朝刊・特集 2005-11-25 )


● ニュースと感想  (11月30日)

 「ハリ・ポとお子様ランチ」について。
 ハリーポッターシリーズの新作映画が公開され、その講評が出ている。
  → http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20051124205.html

 読むとわかるとおり、ベタホメである。激賞と言っていいだろう。
 で、この評価に対する、私の感想は? 

 そもそも、ハリポタというのは、テレビゲーム(ロールプレイングゲーム)とそっくりだ。魔法の世界で、怪獣が現れて、主人公が生き延びる。ほぼ同じ内容を、小説とゲームと映画という3通りの媒体で表現できるわけだ。
 で、それはそれでいい。別に「小説や映画が良くて、ゲームが悪い」とは言わない。しょせんは子供の世界の話だから、目くじらを立てるのも大人げない。

 問題は、大人がこれをどう扱うかだ。上記の評論によると、こうだ。
 「子どもでも十分楽しめる」
 という説明が与えられている。呆れたね。これを「大人向けのもの」と見なしたあげく、「子供でも大丈夫」と判断しているわけだ。

 しかし、ハリポタというのは、そもそも子供向けのストーリーである。私の血縁者である小学生と中学生の男女も、おもしろがって本を読んでいるが、子供向けのものなのだから、喜ぶのも当然だろう。
 しかし、これを大人が喜ぶとしたら。……

 呆れて物が言えない、という感じ。こんな子供向けの童話世界にはまって、そこから抜け出せない大人というのは、比喩的に言えば、「いつまでたっても、赤ずきんちゃんみたいな童話本しか読めない大人」と同様である。こういう大人が、どうして出現するのでしょう? よく考えてくださいね。

 [ 付記1 ]
 誤解されないように注釈すると、子供を扱う映画が悪いわけではない。現在、同時期に公開されている映画で、「子供の男女の話を詩情豊かに描く」というテーマの映画もあるが、こういうタイプの映画は、わりと好きである。書籍で言えば、「星の王子様」みたいなもので、大人の観賞に堪える。
 一方、ハリポタなんてのは、書籍であれ映画であれ、お子様ランチであって、まともな大人の観賞には堪えないだろう。評論では「大人っぽい雰囲気がある」そうだが、それは画像の雰囲気であって、映画のテーマそのものが大人らしいテーマではあるまい。「子供の話を大人っぽく詩情豊かに描く」のではなくて、「子供と大人の話を子供っぽくファンタジーっぽく描く」だけだ。
 大人だったら、こんな幼稚な童話みたいな話よりも、「ファンタジーの世界の話を、リアルに描く」という話を読んでほしいですね。それはつまり、「SF」である。マイケル・クライトンなんか、いいですね。

 [ 付記2 ]
 さらに誤解されないように注釈すると、本稿では、趣味の問題を論じているのではない。「大人趣味は良くて、子供趣味は悪い」と論じているのではない。かわりに、こう主張している。
 「精神の発達障害になるな」
 肉体の発達障害なら、誰にでもわかるだろう。たとえば、室内に閉じこもりで、ろくに運動しなければ、その人の肉体は貧弱なものとなる。正常に発達できなかったからだ。
 同様に、精神の発達障害もある。たとえば、ゲームやパチンコやテレビにのめりこんで、ろくに読書をしなければ、その人の精神は貧弱なものとなる。読み書き能力も発達しないし、知能指数も向上しない。
( ※ 参考情報 → Wikipedia「知的障害・精神遅滞」
 一般に、言語の理解には、生まれて以来、20年程度の長い時間がかかる。その20年間をどう過ごすかが大事だ。若い時期に読書経験(文字言語)がふんだんにあれば、言語で考えたりする能力が身につく。単におしゃべり(聴覚言語)があるだけなら、言語で考える能力は身につかない。……その違いは、文明人と原始人の違いだ。
 まともに読書する時間がなければ、精神がまともに発達しない。馬鹿や白痴というわけではないが、文明人のなかの原始人のような状態となる。(文盲に近い。)
 そして、これは、ただの冗談ではないのだ。近年、若者の言語能力の低下は、非常に憂うべき状況となっている。テレビが発達してもこんなことにはならなかったのに、ファミコンが登場して以来、若者の言語能力の低下が、急激に起こっている。
 だからこそ私は「精神の発達障害になるな」と勧告するのだ。それは人々に向かって、「おまえはゲームをやるから馬鹿だ」と悪口を言うためではなくて、人々を痴呆化の泥沼から救いたいからだ。

 [ 付記3 ]
 とはいえ、私は孤軍奮闘である。IT系のマスコミや関係者は、「ゲームはすばらしい」「今度の最新版ではすばらしい画像で感動できる」というふうに、ゲームを賛美する。悪魔のように。
 でもって、私は、異端者として、ゲーム信者である人々から糾弾される。人々を救おうとすればするほど、人々から糾弾される。
( ※ 2000年前のエルサレムにも、そういう人がいましたね。彼は磔(はりつけ)になって火あぶりにされた。)
( ※ 教訓。大衆を救おうとする者は最大の損失を受け、大衆をたぶらかす者は最大の利益を受ける。……かくて、詐欺師がもてはやされる。)

 [ 付記4 ]
 悪口っぽい私の話を読んでも、それだけでは(注意はできても)言語能力の発達はおぼつかない。言語能力の発達のためには、良い文章を読むことが必要だ。例として、次の文書を示す。
   → 海外詩編 (pdf) ( 表示するより、ダウンロードするとよい。)
 ここにある、オリビア・ニュートン・ジョンの訳詩(16頁「自分を信じて」「真実の愛」など)には、なかなか良いものがある。ご一読あれ。ゲームやハリポタなんかでは決して得られない、深い感動が得られるはずだ。それは「目に見えない真実」に触れることの感動だ。……それほど巨大なものを得るのに、たったの一分間ほどの読書で済む。ゲームやハリポタでは、何十時間かけても、同じものは得られない。


● ニュースと感想  (12月01日)

 「ゲーム馬鹿」について。
 ゲームマニアによるゲーム肯定論。
   → ゲーム界の謎:「正義の味方」が暴力的な理由
 内容は:
 「主人公である暴漢が社会を暴力的に破壊するゲームがある。悪人が主役となるゲーム。これに溺れる人を、保守的な人々は批判する。しかし、普通のゲームだって、警官や正義のヒーローが悪人を残虐に殺す。似たようなものじゃないか。」
 「あげく、現実の世界でも、保守的な政治家たちは、正義の警官が暴力的に振る舞えるような(市民を勝手に逮捕できるような)体制をつくりだそうとする。こんなのは困る」
 「現実とゲームの区別をしよう。正義の味方が暴力をふるって喜ぶのは、ゲームの世界だけにしよう」

 ゲームづけになったあげく、頭の論理が倒錯的になる、という見本だ。本人はたぶん、大まじめで、こう書いているのだろう。
 「現実世界で粗暴に振る舞うのは間違っているが、ゲームの世界で粗暴に振る舞うのは正しい」
 というわけだ。仮に、これが正しいとするなら、次のことも正しいことになる。
 「現実世界で幼女にわいせつ行為をするのは間違っているが、ゲームの世界で同じことをやるのは正しい」
 「現実世界で幼児を殺害するのは間違っているが、ゲームの世界で同じことをやるのは正しい」
 こんな異常犯罪をやることを「ゲームの世界だから正しい」なんていうことは、絶対にありえない。「こんなゲームをやるマニアを逮捕せよ」「ゲームを発禁にせよ」というほどのことはないが、「そんなことをする人間は頭がイカレている」ということぐらいは本人が自覚するべきだ。
 同様に、相手が幼児でなくて人間であっても、平然として人殺しをするような(殺害や暴力を善と見なすような)ことは、まともではないのだ。自分が「間違ったことをやっている」と自覚するならともかく、「自分のやっていることはまともだ(ゲームの世界でやるのなら正常だ)」と思うでは、もはや、物事の価値判断が正常にできなくなってしまっている。(幼女犯罪の是非が判断できないようなもの。)
 
 結局、ゲームづけになると、頭がイカレてしまい、人格が破壊されてしまう、という見本だ。現実とゲームの区別をするだけで得意になっており、物事の善悪を区別できなくなっている。

 [ 付記1 ]
 最近見た漫画のストーリー。
 (1) オタクが五人ほど集まった場合 …… 自分がどれほどオタクであるかを自慢し合う。「こんなにマニアックなこともやっているんだぞ」と。
 (2) オタクのなかに一般人が一人混ざった場合 …… 自分がどれほどオタクでないか(一般人であるか)を自慢し合う。「ちゃんと現実の彼女とデートするんだぞ」と。
 ……この笑い話のミソは? 「現実の彼女とデートするんだぞ」と自慢する一般人はいない、ということ。オタクというものがいかにズレているかを示す見本。

 [ 付記2 ]
 参考記事の引用。妻からの身の上相談。
 「夫は午前一時ごろまでテレビゲームをしています。乱れた生活態度を注意すると『ストレス解消でやっているんだ』と怒鳴られます。(だから)尊敬のかけらさえ感じません。ゲームに熱中するなんて、暗くて無教養です。とにかくすべてが嫌になってきます。」(読売・朝刊・身の上相談のコラム 2005-11-24 )
 というわけで、この身の上相談では、妻が離婚したがっている。
 ま、ゲームにはまっている夫、というのは、男の立場から見ると、「パチンコにはまって家事をまったくやらない妻」というのに相当するから、離婚したくなって当然だろう。

  【 追記 】
 本分の最後([ 付記1 ]のすぐ前)で、「人格が破壊されてしまう」と結論した。このことは決して誇張ではない。
 ベトナム戦争症候群というものがある。ベトナム戦争で戦争をやったあと、帰国すると、普通の市民生活に適応できない。やたらと粗野になって、他人と正常な人間関係を築けない。妻は「夫は別人になってしまった」と感じるので、離婚される。あげく、誰とも人間関係を構築できないまま、孤独に酒びたりになり、最終的には、自殺する。
 なぜこうなるのか? 「殺される」という強いストレスのもとで、やたらと他者を殺す。(ソンミ村事件のように)女子供さえも、敵に見えて、やたらと殺してしまう。……殺し、殺されかける、ということを続けると、人格が破壊されてしまう。
 これは、実は、精神分裂病(統合失調症)の状況にきわめて近い。実を言うと、「強いストレスを受け発狂する」というタイプの精神分裂病がある。( → google 検索 ) そして、ベトナム戦争症候群の患者は、精神病の症状によく似ているのだ。その共通点は「強いストレスのせいで、脳が異常になり、人格が破壊される」ということだ。
 脳が不変だと思うのは錯覚である。強い疲労を受けると肉体が破壊されるように、強いストレスを受けると脳が破壊される。極端に強いストレスを受けることはなくとも、あまりにも長時間にわたってストレスを受け続けた場合にも、同様のことが起こる。……その意味で、「ベトナム戦争症候群」は、一種の軽い精神分裂症と言える。そして、同様のことは、ゲームの殺人中毒になったマニアにも起こる。
 その症状の典型的な例が、「他人と正常な関係を構築できない」ということだ。特に、夫婦であれば、夫婦間の関係がおかしくなる。その例が、すぐ前の夫婦の例だ。(ゲーム中毒の夫のせいで妻が困っている、という身の上相談。)
 関連して言うと、広島の女児殺害事件では、ペルー人が女児を殺害した。ここでは、ペルー人は、もともと異常だったわけではない。日本語が話せないという孤立した状況で、対人関係を構築できないまま、解雇された。かくて、強いストレスを受けた。すると、脳がストレスに耐えかねて、異常に暴走した。そのとき、異常になった脳は、暴走の吐き出し先を、女児に向けた。
 ゲーム中毒のオタクが萌え系になる(幼女趣味になる)のは、決して不自然ではない。当然のことなのだ。脳が異常になって、人格が破壊されると、対人関係を構築できないので、対人関係を構築しないで済む幼女に興味を向ける。大人の女性は自分を正常に扱ってくれないが、幼女が相手ならその問題を回避できる。……かくて、正常に発達できなくなった人間は、必然的に、萌え系になる。
 逆に言えば、萌え系の人間は、脳の(軽い)異常さが発現した人間である。「軽い精神分裂病」と言える。
 ゲームというものは、ストレス解消になるのではなくて、やればやるほどストレスをどんどん溜めるようになる。やっている最中はストレスを解消できるように感じるが、それというのも、ふだんストレスを溜めるようになるからだ。
 その点は、煙草や麻薬の中毒と同じである。やっているときだけストレスを解消できる。逆に言えば、やっていないときには、ストレスがどんどん溜まりやすくなる。それが禁断症状だ。やればやるほど、禁断症状がひどくなる。……この点は、煙草も麻薬もゲームも同じ。そして、やりすぎると、麻薬もゲームも、中毒になる。(煙草の場合には、物理的な限界から、ひどい中毒になるほどには、煙草を吸う人は少ない。とはいえ、ニコチンという物質を多量に摂取すると、やはり同様の中毒が起こる。 ( → 参考情報
 前述の夫婦で、夫が「ストレス解消になる」と叫んでゲームを正当化したとき、その夫は、ニコチン中毒や麻薬中毒と同様に、ゲーム中毒になっているのである。彼がストレス解消になると感じるのは、単に禁断症状が出ているだけのことだ。そして、禁断症状がひどくなると、人格の破壊が起こり、さらにひどくなると、精神分裂症となる。
 要するに、ゲーム中毒で「ストレス解消になる」と叫んでいる人は、軽い精神分裂病になっているわけだ。もちろん、子供がこの状態になれば、健全な発達は阻害される。(アルコールや煙草の悪影響と同様。)
 おまけで言えば、子供がアルコールを飲み続けると、脳がおかしくなる。また、女性が妊娠中にアルコールを飲んでも、赤ん坊の脳がおかしくなる。妊娠中の女性は、酒を飲まないように、注意しましょう。この件は医学的に証明済み。( → google 検索
 とはいえ、アル中患者は、反発する。
 「うるへー。酒を飲むとストレス解消できるんだ。酒で極楽になれるんだ。ばかやろ。おまえなんかに、文句を言われる筋合いはないね。ヒック。文句あるか。このやろ、ぶん殴ってやる。ヒック」

( ※ 蛇足で注釈しておこう。ここでは「ゲームは悪だ」「酒は悪だ」と述べているのではなくて、「ゲームや酒の中毒にならないようにしよう」と述べている。物自体が悪なのではなくて、物に影響されることが悪なのだ。ゲームや酒を買っても、利用せずに棚に飾っておくだけなら、何ら悪影響はない。また、ほんのちょっと味わうだけでも、悪影響はない。……ただし、中毒患者は、この両者を混同しがちだ。「ゲームや酒をやらずに文句を言うな」と。その伝で言うと、麻薬中毒の患者を治療していいのは、麻薬中毒の医者だけ。そんな医者に治療されて、どんな目に遭わされても、私は知りませんがね。)
( ※ 要するに、「ゲームや酒なんか下らないものだ」と思って、多少たしなむ程度なら問題はないが、「ゲームや酒はすばらしい。無上の極楽をもたらしてくれる」というふうに溺れるようでは、やばい。そのときにはもはや、悪魔の手の上にある。そこで、「悪魔にたぶらかされるな」というのが、私の見解。醒めていればいいが、酔っては駄目。禁断症状が出るようでも、やはり駄目。)


● ニュースと感想  (12月01日b)

 「有機EL」について。
 ソニーが有機ELに本腰を入れるという。(各紙・朝刊 2005-11-30 )
 しかし、今ごろになって気づくんじゃ、遅すぎますねえ。私が書いたのは、半年前。( → 6月08日 ) 最初に話題にしたのは、3年近く前。( → 2003年3月07日b
 ついでに言えば、他社はもっとひどいかな。で、こういう各社がどうなるか、というと、その見本は、すでに示されている。
  ・ ソニー  (トリニトロンに集中したあげく、時代に取り残される。)
  ・ パイオニア (プラズマに集中したあげく、時代に取り残される。)
    → 参考記事

 一方、まともな例としては、業界の最先端を行って技術開発した会社がある。
  ・ シャープ
  ・ サムスン
 この二社は、どちらも、液晶の技術開発を大々的にやった。

 で、後者の二社に相当するのが、現時点では、「有機ELの技術開発を大々的にやる」という会社。それにそうとするのは、現時点では、「サムスン」だけだ。かろうじて、ソニーが追いつこうとするが、周回遅れ。他社は? スタートラインに立ったまま、いつまでたっても、歩み出さない。その理由は、「金欠です」「開発費用がありません」。
 これらの会社の運命は、パイオニアと同様です。家電各社の社員は、将来、わが身がどうなるか、パイオニアを見ながら、考えましょう。


● ニュースと感想  (12月01日+)

 本日分のゲーム中毒と精神分裂症について、あとで【 追記 】を書き加えた。
  → 該当箇所


● ニュースと感想  (12月02日)

 「DNAの意味」について。
 数年前、「ヒトゲノム計画」というのがあった。「人間のDNAをすべて読み取ろう。そうすれば生命の秘密がわかるので、生命についての知見は大幅に向上する」というわけだ。
 で、どうなったか? われわれは生命について完璧に理解できるようになったか? 「イエス」と答えるのが予定であったが、現実は正反対で、「完璧にノー」ということが判明している。すなわち、
   遺伝子 → タンパク質 → 生理活性作用
 という図式が成立するのは、生命のごく一部にすぎない。DNAの大部分は、遺伝子のない領域(タンパク質を形成しない塩基配列)であるが、そこでは、遺伝子としての作用がないかわり、RNAの役割に関係する作用がある。
 つまり、DNAとは、「遺伝子の集団」ではないのだ。ゆえに、「遺伝子がわかれば、すべてがわかる」ということは、成立しない。また、「塩基配列がわかれば、すべてがわかる」ということも、成立しない。(ただの塩基配列は、役割がわかっていないので、未解明の暗号文みたいなものにすぎない。)
( → Yahoo ニュース理研の研究

 結語。
 第五世代コンピュータであれ、ヒトゲノム計画であれ、壮大な計画を作っても、それがもくろみ通りに行くとは限らない。目標そのものが根本的に狂っている可能性が十分にある。最先端の専門家というのは、最も賢明な人間なのではなくて、最もバクチ的な行為をやる人間なのだ。
 で、それが悪い、ということにはならない。失敗と成功とがともにあるだろうし、失敗を恐れては成功もおぼつかないだろう。
 私が言いたいのは、「冒険はやめよ」ということではなくて、「冒険は冒険だとわきまえよ」ということだ。「第五世代コンピュータはすばらしい」だの、「トロンはすばらしい」だの、「ヒトゲノム計画はすばらしい」だの、マスコミはさんざん書き立てたが、いずれも結果的には、予想に比べて百分の一ぐらいのものしか残さなかった。……先端科学というものは、そういうものだ。やたらと期待しすぎない方がいい。科学であれ何であれ、「バラ色の夢」を振りまくのは、詐欺師である。やたらと信じない方がいい。
( → 5月25日 の最後 )
( ※ 先端科学はともかく、先端技術は重視した方がいい。たとえば、前項の「有機EL」がそうだ。)


● ニュースと感想  (12月02日b)

 「専門馬鹿」について。
 男系天皇論の根拠として、「Y染色体の維持」という根拠が上げられている。これはまあ、生物学的には、そこそこの意味がある。
 とはいえ、社会的には、たいして意味があるわけではない。染色体のことを考えて結婚やら仕事やらを考える人はほとんどいないだろう。

 それはそれとして、次のような意見もある。
 「われわれが直面しているのは、千数百年もの間純粋に受け継がれてきた『Y』を、いま絶えさせていいのかという問題だ」(動物行動学研究家の竹内久美子氏)( → Yahoo ニュース
 この人は、進化論についていろいろと書いているが、どうも、よくわかっていないようだ。
 ミトコンドリアイブの話からわかるように、女系のミトコンドリアと、男系のY染色体は、「母親から娘へ」または「父親から息子へ」というふうに、同性同士でのみ、受け継がれる。すると、(子供が二人いるとして)4分の1の確率で、ミトコンドリアを引き継ぐ女子が産まれなかったり、Y染色体を引き継ぐ男子が産まれなかったりする。その結果、ミトコンドリアやY染色体は、しばしば血統が途絶える。
 このことは、良くも悪くもなく、ただの当り前の出来事である。従って、上記の「いま絶えさせていいのか」という問題には、もちろん、「かまわない」と答えていいだろう。生物学的には。(ただの当り前のことだからだ。)
 ただ、天皇家は例外的に、男系のY染色体が長年に渡って維持されてきた。それを維持するかどうかは、生物学的というよりは、文化的な問題だ。文化的な問題と生物学的な問題を、ごっちゃにするべきではあるまい。(上記の人は、このごっちゃ混ぜを、よくやらかす。)

 専門用語をやたらと持ち出すくせに、自分の言っている専門用語をよくわかっていない。つまり、専門馬鹿。どの分野にも、たくさんいます。

 [ 付記1 ]
 生物学的に説明しておくと……
 あなたのY染色体も、途絶える可能性が非常に高い。子供が二人生まれるとして、可能性は4分の1。子供が1人生まれるとして、可能性は2分の1。子供が一人も生まれないとして、可能性は百%。……それぞれを勘案すると、だいたい、50%ぐらいの確率で、あなたのY染色体も途絶える。2世代後(あなたの孫の世代)には、50%の3乗で、12%ぐらいしか、生き残る可能性はない。
 で、それで、問題か? 別に、問題ではない。あなたのY染色体が途絶えても、あなたの兄弟もいるし、従兄弟もいるし、もっと遠い縁者もいる。それらにもほぼ同じY染色体がある。(あなたと兄弟は、どちらも同じ父のY染色体を引き継ぐから)。で、そっちの方を見ないで、自分だけのY染色体を見るから、「途絶える、途絶える」と大騒ぎするわけだ。
 馬鹿げている。

 [ 付記2 ]
 「Y染色体の維持」を考えるなら、天皇家のY染色体からはなぜ息子が生まれにくいかを、よく考えた方がいいだろう。
 だいたい、「Y染色体の維持」にこだわると、男子が産まれなかった場合には、「天皇家廃絶」や「天皇制廃止」に結びつく。そんなことでいいんですかね? 
 私としては、やはり、「なるべく男子」とするだけでいいと思う。


● ニュースと感想  (12月03日)

 「始祖鳥と恐竜」について。
 始祖鳥は鳥類ではなく恐竜である、ということが、とうとう確定的になったらしい。記事を引用しよう。
日本の高校教科書(生物)には始祖鳥は「最も古い鳥類と考えられている」と紹介されている例もあるが、今回の発見は恐竜であることの有力な証拠となる。
 研究チームは、ドイツの約1億5000万年前の地層から発掘された始祖鳥類(全長約50センチ)の骨格を分析。その結果、脚や口、胸の骨格が鳥類より恐竜に近い特徴を持っていた。特に、足の親指が、木をつかむ鳥のように後ろ側に伸びていなかったこと、中指に恐竜のように大きく動く関節があったことが明らかになった。
 真鍋真・国立科学博物館主任研究官は「始祖鳥と鳥類に共通のわずかな特徴がなくなり、始祖鳥と恐竜の間に境界線を引く必然性がなくなった」と話している。
Yahoo 毎日新聞

 足の親指に該当する第一指は、鳥では他の指とは反対向きで、木の枝などをつかみやすい構造だが、この化石では他の指と同じ向きに付いていた。人さし指に当たる第二指には、指を上下に大きく動かせる関節があり、特定の獣脚類と似通っていた。さらに口の裏側や胸、足首などの骨の形も、獣脚類と共通の特徴が見られたとしている。
東京新聞

  脚の親指はドロマエオサウルス類などの羽毛を持つ獣脚類恐竜と同様に、前向きに伸びていた。さらに人さし指も、獣脚類恐竜同様、上下に大きく動かせる構造と分かった。いずれも鳥類とは異なっている。
朝日新聞・夕刊
 これでいよいよ、学会の主流派の見解はくつがえされたことが確定的になったわけだ。
 朝日の記事(朝刊)などでは、「鳥類の起源は何かがわからなくなった」という趣旨の話が出ているが、別に、わからないことはない。二年以上前から、はっきりとわかっている。その大略は、次のページにある。
  → クラス進化論 (付録・鳥類の進化)
 要するに、「鳥類とは翼をもつ恐竜(の進化物)である」という発想が根源的に間違っている。もっと正しく言えば、「鳥類とは前肢が退化した恐竜(の進化物)である」と考えればよい。

 その違いは? 走鳥類(ダチョウなど)が、普通の鳥類よりもに来るかに来るかだ。
 従来の説では
    普通の鳥類 → 走鳥類  (翼の退化で 走鳥類に)
 私の説では
    走鳥類 → 普通の鳥類  (翼の発達で 普通の鳥類に)

 両者の根源的な違いは、それ以前の進化の差となる。
 従来の説では
    恐竜 → 普通の鳥類 → 走鳥類  (恐竜の前肢が翼に変化)
 私の説では
    恐竜 → 走鳥類 → 普通の鳥類  (恐竜の前肢が退化・消失)

 従来の説では、「前肢と翼の中間的なものをもつ恐竜」がいてもいいはずだ。しかし、そのような化石は、見つかっていない。一方、私の説では、「前肢が小さな恐竜」がいていいはずだ。そのことは、化石により、判明している。鳥類の登場する直前の恐竜は、前肢がどんどん小さくなってきている。初期の恐竜は四足歩行ばかりだったが、後期の恐竜は(ジュラシックパークに出たティラノサウルスのように)立って二足歩行するものがたくさん出現した。これらは前肢が小さい。このように前肢の小さくなった恐竜(獣脚類の仲間)から、鳥類が出現した。……このことは、化石の骨格から、判明している。

 化石的な事実を見る限り、上記の二つの説のどちらが正しいかは、完全判明している。しかしながら、現在の生物学者は、化石的事実に合わない「前肢が翼に変化」という説にこだわり、「前肢が退化・消失」という説をトンデモ呼ばわりするのだ。

 結語。
 事実に合致しない説を「正しい」と認定して、事実に合致する説を「トンデモ」と呼ぶ。虚偽の説を「真実」と呼び、真実の説を「トンデモ」と呼ぶ。……それは、あらゆる学問に、共通することだ。以下、実例。
  天文学 (昔の天動説)。
  進化論 (今回の話)。
  物理学 (「観測が現実を決定する」という説 ( cf. 11月28日b )。
  経済学 (「自由で最適化」という古典派の嘘)。
  政治 (「構造改革で幸福」という詐欺師の嘘)。

 [ 付記 ]
 「走鳥類が恐竜と鳥類の中間である」ということの傍証は、たくさんある。走鳥類の顔が両者の中間的であることや、走鳥類と(先祖型の)恐竜にはトサカや羽毛があることなど。実際、鳥類型恐竜というタイプは、見た目では、走鳥類との区別はほとんどない。


● ニュースと感想  (12月03日b)

 「恋愛とヒラメキ」について。
 恋愛をすると頭にヒラメキが生じやすい、という意見がある。これを裏付ける生理学的な研究がなされた。引用しよう。
 恋に落ちるとどきどきしたり、そわそわしたり、幸福感に包まれたり、羽目を外したりするが、このような熱愛中の感情は、「1年以上」続かないということが、イタリアのパヴィア大学の研究で分かった。
  研究によると、人を好きになると抱く感情は、神経成長因子(NGF)という分子によって引き起こされるが、この分子は、独身の人やパートナーと長年にわたる落ち着いた関係にある人からよりも、激しい恋に落ちたばかり人から多く検出されたという。
  しかし、1年後に、熱愛中だった同じ人間を再検査してみると、その量は、ほかの人と同じレベルにまで下がっていることが判明した、という。
 出典は、ロイター。読売の朝刊・国際面にも簡単な記事がある。朝日のサイトにもある。
 なお、英語ニュースを調べたが、ほぼ同趣旨の記事。また、本人による要約もあるが、ほぼ同趣旨。論文本体は有料。30ドル。
 詳しいことを知りたければ、一般向けの概説書や雑誌がそのうち出るから、それを読みましょう。

 [ 付記 ]
 このことの教訓は? 
 「研究のためには恋愛なんかしないで、真面目に本を読んで実験器具をいじっていればいいのだ。恋愛の雑念を捨てて、研究に専念しよう」
 という主流派の意見は、実はひどい間違いだ、と判明したこと。
 一方、「研究のためには恋愛が大事だよ。あちこちの女と恋愛しよう」というスケベな研究者の方が実は成果を挙げられるのだ。今までは「トンデモだ」と思われていた意見が実は正解で、「真面目な正統派」と思われていた意見が実は勘違いだった、というわけだ。


● ニュースと感想  (12月04日)

 「天皇制へのQ&A」について。( ※ 特に読む必要はない。本項は、重箱の隅みたいな話である。)
 11月26日の話についてのコメントが nando ブログ(の最後)に来た。
 毎回、拝見させていただいていました。しかしながら、11月26日のニュースと感想で、この程度の知識で書いていたとわかり、大変失望しました。
 「天皇制への報告書」についてで、「男系維持の方針だと、天皇が断絶する可能性があるので、女系天皇の道を開くべきだ」から、『「天皇の断絶か、女性天皇か」という二者択一なら、「女性天皇」という道を認めるべきだろう。』と言う考えを出されています。
 女系天皇の話から全く別物の「女性天皇」を持ち出すとは。『マスコミの解説では、この二点を混同して解説している記事が多い。注意しよう。』などと書いていますが、その当人が「女系」と「女性」を混同しているようでは何の説得力もありません。
 「女系天皇」とは、母親のみが皇室の血縁者であり父親は血縁者でない天皇になります。両親の血縁だけが問題になるので本人の性別は関係ありません。男であっても母親だけが皇室血縁者なら女系天皇です。男だったら「女系男子」、女だったら「女系女子」です。どちらであっても『皇統』は断絶します。
 「女性天皇」は文字通り女性の天皇で、こちらは本人の性別だけで両親は関係ありません。もっとも男系が維持されていますので、すべて「男系女子」となります。推古天皇が最も有名です。女性天皇は過去に例があるように男系は維持できます。
 なぜ男系維持が大切かというと、男系とは父親を遡る系統であり、そして皇室を遡るとすべて神武天皇にまで辿り着きます。女系天皇を認めた場合、女系天皇の父親は皇室血縁者ではないので、神武天皇に辿り着かなくなります。例えば「愛子様が韓国人と結婚すれば将来は天皇の祖は韓国人になる」と言う意見があります。男系ではあり得ませんが、女系天皇を認めると可能性が0ではなくなります。
 また、12月2日で専門馬鹿の話をしていますが、一般ではミトコンドリアやY染色体はたびたび途絶えてるから皇室でも途絶えてかまわないと書いていますが、これはY染色体が途絶えていない皇室の話であり、一般では途絶えているからというのは何の関係があるのでしょうか。問題にしているのは皇室の話のはずです。一般では無意味だから特殊な例でも無意味というのもどこぞのマスコミがよくやる手でしたね。
 グーグルを使えば女系天皇問題を詳しく述べたサイトがたくさん出てきます。とりあえずまとめサイトを一つあげておきます。(http://www.geocities.jp/banseikkei/)ちょっと引けば「女系」と「女性」の区別を説明したサイトは山のように出てきます。
 これについては、一般読者向けにも解説の必要を感じたので、以下に、回答を記す。(ただし、当人宛の文章として書いたので、ですます体。)

 お答えします。
 第一に、女性天皇と女系天皇の区別ぐらい、私はちゃんとできています。(ただし、文中では、ちょっと曖昧な記述をしたところがあるかもしれません。その点は、以下で。)

 第二に、女系天皇と女性天皇とは、通常はほぼ同様の関係にあります。女性天皇なしに、女系天皇が生じることはありません。たとえば、愛子様が女性天皇になると、そこから女系天皇の系譜が生じます。(直系で続けるならば。)
 ただし、女性天皇と女系天皇とが背反関係になることもあります。そちらのご意見は、そのような場合を想定しているのでしょう。ただし、それは、「天皇に子供が生まれないので、先代天皇の直系子孫ではなくて、甥や姪や遠縁の者が天皇になる、という場合です。……しかしながら、今回の問題では、「天皇に子が生まれない」という場合については論議されていないので、そのような場合については(話が面倒になるので)記述を省略しているだけです。
 私の記述は、学術論文ではないので、例外的な場合についてはいちいち言及しません。今回の焦点は、「愛子様が天皇になるか、弟が天皇になるか」ということだけです。愛子様が天皇になる場合は、女性天皇でそこから女系天皇となる。そのことを話題にしているだけです。一般の場合については、言及外です。「言及していないのは混同しているからだ」というのは、ちょっと見当違いです。私の話は、一般論を述べているのではないのですから。

 第三に、「一般ではミトコンドリアやY染色体はたびたび途絶えてるから皇室でも途絶えてかまわないと書いていますが、」という記述ですが、真意を読み違えています。最後までちゃんと読んでください。「一般では途絶えている」というのは正しくありません。「一般では、(形の上では)途絶えているように見えるが、(実際には)途絶えていない」ということです。途絶えるとか途絶えないとかいうことが無意味なのです。たとえば、私のミトコンドリアやY染色体は、必ず初代天皇の時代の誰かにたどりつきます。その血統は決して途絶えていません。誰かの血統は必ず途絶えずに残っています。子孫の側から見ると、誰もが一定の血統を維持しています。(ただし、先祖の側から見ると、ほとんどすべての先祖が、自分の血統を失います。)要するに、「一般では途絶えている」ということはなく、「一般の祖先では途絶えている」というべきです。

 第四に、「一般の祖先では途絶えている」ということが問題となっているようですが、これについて「問題にしているのは皇室の話のはずです。一般では無意味だから特殊な例でも無意味」という批判が来るのは、もともと承知しています。だから、「皇統を途絶えさせてもいい、皇統なんか無視してしまえ」という書き方にはなっていません。「なるべく皇統を維持せよ」つまり「なるべく男系男子を維持せよ」というのが、私の主張です。

 第五に、基本的に、趣旨を勘違いしているようですね。報告書は、「女性天皇や女系天皇を優先せよ(男子がいる場合にも第一子である女子を優先せよ)」と主張しているのに対して、私は「なるべく男系男子を維持せよ」と主張しているのす。その論拠に、細かな注釈が不足しているという点では、ご指摘の通りです。しかしながら、重箱の隅を突つくあまり、私の趣旨を根本的に読み違えているようですね。どうしても私の説に納得が行かないのであれば、重箱の隅を突つくよりも、「なるべく男系男子を維持せよ」という私の主張を正面から批判するべきです。その意味は、「男子がいる場合にも女性天皇・女系天皇を認める」という報告書を支持するか、「男系男子が維持できない場合には、天皇制を廃絶せよ(皇統を完全に途絶えさせよ)」という天皇制廃止論者か、そのどちらかになります。
 重箱の隅を突つく(説明不足の点を指摘する)よりは、「なるべく男系男子を維持せよ」という私の主張を正面から批判してください。
 なお、私の意見に対する批判の多くは、「例外的な特殊ケースに言及していないから話が不正確だ。ゆえに間違っている」というものです。これはタコツボ化した研究者がやりやすい批判です。物事の核心を扱わず、細かな補足点にばかり着目する、という傾向。普通の人は、こういうことはやりません。おそらく、今回の批判も、研究者の立場からなされたのではないでしょうか? 「学術的な厳密さが必要だぞ」という立場から。
 まあ、私の毎回の話はごく短いので、言及していないことは、毎回、多々あります。長い論文ではないので。で、そこを「穴」と見る立場もあるのでしょうが。

 [ 付記 ]
 上記の批判者が根本的に勘違いしているのは、「男系の維持が可能である(だから男系の維持を優先せよ)」と考えていることだ。
 しかしながら、男系の維持は非常に困難だ。報告書によると、男系男子を維持することにこだわった場合、愛子様の弟が生まれないときには、非常に遠縁の皇室血縁者が天皇の座に就くことになる。その人は(明治時代でも江戸時代でもなく)室町時代に天皇の直系から分岐した者である。こういう遠縁の人を「天皇の男系男子」と見なすようでは、もはや「皇統」という考え方が曖昧になりすぎてしまう。
 極端に言えば、20万年前の「ミトコンドリアイブ」がいたように、20万年前の「Y染色体アダム」がいたはずだ。そのアダムから、天皇の皇統を含む多数の人々が生じた。われわれ日本人の大半は、「Y染色体アダム」の子孫だ、とすら言える。(イブやアダムまで戻るのは、極端すぎる話だが。とはいえ、初代天皇だけをことさら重視するのは、生物学的にはあまり意味がない。初代天皇が創造主だったわけではないからだ。)
 ともあれ、男系男子にこだわった場合、室町時代の皇統からの分岐をたどってまで、ひどい遠縁ながら、男系男子を維持するべきなのか? そこのところを、良く考えた方がいいだろう。
 なお、私は、別に、「これこれの案が絶対だ」と述べているわけではない。「なるべく男系男子を」という発想の方が、「第一子(女子)を優先」という発想よりもマシだ、と述べているだけだ。……特に、「なるべく男系男子を」と「絶対に男系男子を」とを、比べているわけではない。この是非は、言及外だ。
 今回の批判は、言及外のことに対する批判。よくあるんですよね。「(条件1のときには)AよりもBが良い」と私が主張すると、「それは間違いだ。(条件2のときには)Cもあるぞ」というふうに、背後から襲いかかってくる批判。

  【 追記 】 ( 2005-12-07 )
 追記をいくつか記す。

 (1)
 男系の皇統が室町時代に遡る、ということは、ネットに情報がある。引用すると:
 旧宮家復活について。現在の「男系の男子」という原則を貫くのならば、これがもっともありうる解決策だと思われます。皇族から一旦外れてから復帰して天皇の位についたのは宇多天皇(59代)だけで前例が少なく、また復活させる旧宮家の範囲が難しいという点もありますが、前者にはこだわる必要がなく、後者も対応できる範囲だと思われます。
 しかし、それ以外にも問題がないわけではありません。まず、敗戦に伴って消滅した宮家はすべて「伏見宮(ふしみのみや)」系の宮家です。伏見宮家は室町時代の崇光天皇(すこうてんのう 北朝3代)に遡ります。よって、例えば皇太子の跡を仮に旧久邇宮である久邇家の某氏が継承するとすると、皇太子からは実に38親等という非常に遠い親戚関係です(もっとも久邇家は昭和天皇の皇后、香淳皇后の実家なので母系では7親等)。
 これで果たして世襲といえるのかどうか。
http://homepage2.nifty.com/nextgate/side_e_11.htm
 (2)
 「万世一系」を維持するべきかどうかは、よく考えた方がいいだろう。というのは、男子が産まれにくくなっているのは、そういう傾向の性質がこのY染色体にもともと付随しているからだ。生物学的な問題を考えた方がいい。
 実を言うと、同様の問題は、欧州の王族において、例がある。「血友病」だ。歴史上で有名な王族には血友病であることが判明している血統がある。
 引用すると:
イギリスのヴィクトリア女王の次女アリスが嫁いできたとき、実は彼女は血友病の遺伝子を保有していた。だから、子孫にその病気が現れた。そして、この血友病の遺伝子をもっていたアレクサンドラがロシアの最後の皇帝に嫁いだため、その長男は血友病になり、怪僧ラスプーチンが登場しロシア革命にいたる有名なドラマが起こったのである。この血友病の遺伝子の家系図は、生物学の教科書によく扱われている。
http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/miyamoto/writing/essayreport/chiikibunka.htm

 ヴィクトリア女王とアルバート殿下の間には、4人の王子と3人の王女がありました。3人の王女は、ドイツ皇后となったヴィクトリア、ヘッセン大大公妃となったアリス、バッテンベルグ家に嫁いだベアトリスでした。さらに、女王の孫の世代になると、ギリシャ王妃、ロシア大公妃、プロイセン皇弟妃、ロシア皇后と広がっていきます。それに、王子達の配偶者まで入れると、ヨーロッパの大部分の王室にヴィクトリア女王の子孫がいることになります。
 ヴィクトリア女王の子孫は、ヨーロッパ王室のネットワークを作りましたが、その一方で、血友病もばらまくことになります。これは、女王ではなく夫君アルバート殿下に起因するものということです。ロシア最期の皇帝ニコライ2世の皇太子アレクセイなどが有名です。
http://blog.aimee.jp/archives/cat_1431757.html
( ※ 引用者注。「女王ではなく夫君アルバート殿下に起因する」という点には疑義がある。後述。)
 将来の皇室に健康な人が生まれることを、私は切に望む。それは男系男子の維持よりも、はるかに重要なことだ。

 (3)
 科学を別にすれば、「万世一系」を意味する「男子優先」には、いくらか疑義がある。なぜなら、「夫にとって妻の子が嫡子であるかどうかはわからない」ということがあるだ。つまり、子が間男の子である可能性がある。その場合、夫の知らないうちに、系統は入れ替わってしまったことになる。
 その実例はある。そして、そのことが、思わぬことから判明する。それは夫または妻だけから遺伝するような形質の場合だ。その例が「血友病」だ。血友病は、伴性劣性遺伝で、女子により遺伝されて男子に発現する。(例外もあるが少数。)
 ヴィクトリア女王は、子孫には血友病の子孫がいる。このことから、ヴィクトリア女王は血友病の因子をもつ。とすれば、その親が因子をもっていたはずだ。ところが、父と母(ケント公夫妻)は、系統からわかるとおり、血友病の因子をもっていない。ヴィクトリアだけが例外だ。なぜか?
 先代の王ジョージ四世は、子孫を残さなかった。娘シャーロットは生まれたが、シャーロットは子を残すことなく病死したからだ。かくて、直系の後継者は途絶えた。
   → 系図
 そこで、彼の弟の子(つまり甥)が王位を継ぐことになった。そのため、ジョージ四世の弟たちは、未婚ではあったが、後継者競争をして、子を残す競争をした。勝利したのは、ケント公である。
 ケント公はそれまで子供ができなかった。ところが、彼が五十歳を超えて、にわかに初めての子ができた。そんなに遅くなって、なぜ? そこに疑義がある。どうやら、その子(ヴィクトリア)は、ケント公の子ではなく、間男の子であったらしい。ケント公の妻は、不義をして、子を生んだ。ケント公は、それを自分の子と認めた。認めなければ、王位継承者の父となれないからだ。
 というわけで、英国女王ヴィクトリアは、正当な嫡子ではなく、また、英国王の血統に属するわけでもなく、まったく外部の「ケント公の妻 + その間男」の子であったらしい。それが血友病から露見したわけだ。「血友病の保因者である間男がいたはずだ」と。
( ※ 出典は、R・ゴダード「一瞬の光のなかで」(上)205頁。文庫本なので、入手は容易。)

 なお、このことは、ひょっとしたら、日本の皇統にも当てはまる可能性がある。というのは、昔(中世)の日本は、「母系社会」であって、「父系の血統」は重視されなかったからだ。男は夜這いして、女に子を生ませる。女は、男に関係なく、自分の子を育てる。だから子の父親が誰であるかはさして問題とならない。……中世の日本は、そういう社会だったのだ。
( ※ ついでに言えば、欧州も同様である。最近、中世の欧州を舞台にしたテレビゲームが盛んだが、あの当時の男女関係は、ほとんど乱交であった。そして、それは、別に悪いことでも何でもなかった。個人の家もなく、集団で暮らして、雑魚寝のような社会であったから、乱交は別に構わなかったのだ。……出典・参考文献は、たぶん、ケン・フォレット「大聖堂」。うろ覚えだが。なお、「大聖堂」は、テレビゲームなんかによりも、圧倒的な感動を味わえます。テレビゲームを甘ったるいお子様ランチとすれば、「大聖堂」は超豪華な満干全席だ。)

 (4)
 冗談で言えば、「万世一系」に対する私の感想は、次の通り。
 「人間は、馬じゃない」
 血統なんて、たいして意味はないのである。Y染色体がどうのこうのというが、こんな染色体より、他の染色体の方がよほど重要である。
 だいたい、人間においては、血統なんて馬ほど大事ではない。
 だから、万世一系なんて、たいして意味はない。たまたまそれが続いたから、それを重視するだけだ。そんなものがなくなっても、気にするには当たらない。大切なのは、国民が皇室を敬愛するという、人間的な感情だけだ。敬愛だけだ。
 血統書で価値を決めるのは、馬だけでいい。「万世一系」を重視する連中は、天皇家を馬のように扱っているわけだ。不敬罪に当たる。

 (5)
 私としては、最善の案は、次の通り。
 「愛子様の結婚相手を見てから、天皇を誰にするか決める」
 愛子様の結婚相手が韓国人または米国人なら、愛子様を女性天皇にしない。愛子様の結婚相手が普通の日本人で、「雅子妃を男にしたような感じの人」(学力も何も超エリート)であるならば、愛子様を天皇にして、その息子を女系男子の天皇にする。
 その決定時期は、愛子様の結婚の時期だから、およそ20〜30年後だ。あわてることはない。40年ぐらいは、浩宮が存命なのだから。


● ニュースと感想  (12月05日)

 「天皇と遺伝子」について。
 前日分の続きで言おう。天皇制について、「男系男子の維持を」とどうしても主張したあげく、「どんなに遠縁でもいい」という説に従うと、非常に多数の人が、神武天皇の子孫に該当してしまう。ひょっとしたら、私も、神武天皇の子孫かもしれない。  (^^);

 ちょっと計算してみよう。皇紀を 2650年と見て、一世 代25年で、106世代。1世代で2人の子孫が残るなら、子孫の数は2の 106乗だ。つまり、
  81129638414606681695789005144064
 である。一方、日本の人口は、1億3千万人だから、
  130000000
 である。
 とすれば、結局、日本人のほぼ全員は、神武天皇の子孫だ、と考えられなくもない。(すぐあとで訂正する。)

 実は、すぐ前の計算は、詭弁である。
 なぜか? 神武天皇の同時代の誰もが、同じ数の子孫を残すことになるからだ。要するに、自然淘汰みたいな現象があるから、机上の計算通りにネズミ算で子孫が増えることはないのだ。
 では、正しくは? 日本人のほとんどは、神武天皇時代のごく少数のアダムの子孫だ、ということ。神武天皇の時代のうちの男子で、おのれのY染色体を今日まで残している人は、ごく少数だ、ということ。
 それは何を意味するか? Y染色体の祖先はごく少数だが、その後の突然変異で、各人のY染色体は大幅に差がある、ということだ。
 要するに、Y染色体の一致は、たいして意味がない。その後の突然変異が大量にあるからだ。神武天皇の子孫は、今日では莫大な数の子孫がいるだろうが、その大多数は、突然変異のせいで、Y染色体に多大な差がある。
 結局、「皇統の維持」なんてのは、生物学的には、たいして意味がないのだ。なぜなら、突然変異が、莫大にあるからだ。遠縁の血縁者は、突然変異がたくさんあるので、「Y染色体が同じだ」とは言えない。要するに、「Y染色体は同一のものが維持されている」ということは、ありえないのだ。突然変異ゆえに。
( ※ 一般に、個体差レベルの突然変異は、容易に起こるものだ。一方、種のレベルの突然変異は、容易には起こらない。この両者をちゃんと区別しておこう。「皇統の維持」を考えるときは、個体差レベルの遺伝子の同一性が問題となる。だが、そんなものは、ひんぱんな突然変異ゆえに、簡単に崩壊してしまうわけだ。実際、神武天皇の子孫には、多様なY染色体がある。)
( ※ 韓国人の某氏のY染色体と、日本人である浩宮のY染色体とは、比較して、どちらが神武天皇のY染色体との共通点が多いか? 「浩宮に決まっている」というのが俗説だが、実際には、そうとは言えない。韓国人の某氏のY染色体の方が、神武天皇に近いかもしれない。そうなる確率は結構ある。仮に、1%だとすれば、韓国人の1%である数十万人は、浩宮よりももっと神武天皇に似ているY染色体をもつことになる。偶然の当然変異の結果だが。)

 結語。
 本項における核心は、こうだ。
 「血(血統)が一致している」ということと、「遺伝子が一致している」ということとは、同じことだ、というふうに見なされている。しかしそれは、2世代ぐらいの短期では成立するが、数百年以上の長期では成立しない。なぜなら、数百年以上の長期では、個体レベルの突然変異が蓄積するからだ。
 「皇統の維持」は、「血の一致」と見る限りは同一性が保たれているが、遺伝子レベルで見る限りは、数百年以上の長期では、なかば無効になるのである。
 具体的に言えば、「浩宮は百年前の明治天皇の子孫だ」という言葉は、十分に意味があるのだが、「浩宮は大昔の神武天皇の子孫だ」という言葉は、せいぜい系図の意味ぐらいしかない。つまり、遺伝子的には、たいして意味がない。……なぜか? 今日、神武天皇の子孫なら、たくさん存在するからだ。また、それらの子孫同士で、Y染色体はかなり大幅に異なるからだ。

 [ 付記 ]
 だから、前述の
 「われわれが直面しているのは、千数百年もの間純粋に受け継がれてきた『Y』を、いま絶えさせていいのかという問題だ」
 という意見は、根本的に狂っているわけだ。「千数百年もの間純粋に受け継がれてきた『Y』」なんてものは、存在しないからだ。現実には、突然変異のせいで、多様に変化してきたのだから、「純粋に受け継がれてきた」なんてことは、とうていありえないわけだ。天皇の皇統が系図の上で途絶えようが途絶えまいが、現実には突然変異のせいでYは自分自身でどんどん変化していってしまうのである。


● ニュースと感想  (12月05日b)

 「天皇と試験管ベビー」について。
 前日分の続きで言おう。天皇制について、「男系男子の維持を」とどうしても主張するのならば、「試験管ベビー」が最も現実的な案であろう。
 現実には、次のいくつかからの、択一。
 この中では、どれが納得できるか? どうしても血統にこだわるのなら、「試験管ベビー」が最も納得できるだろう。

 [ 付記 ]
 仮に私が天皇であるとしたら、是非とも、「側室」にしたいですね。で、妻を説得する。「国家のためだ。泣いて我慢してくれ。私も日本のために、泣く泣くやらざるを得ないんだ。私自身は本心では、ちっともやりたくはないんだがね」と。
 国家による、浮気の正当化。(これだけが、天皇になることのメリット。)


● ニュースと感想  (12月06日)

 「ドラクエ」について。
 またまたゲーム中毒の話。(しつこくて、済みません。)
   → HotWired ドラクエの評論 (ゲーム画像つき)
 「このゲームはとりわけ病みつきになる。ストーリーをたどる楽しさを覚えたものの中でも、とくに奥が深くて興味をそそられる。そして、これまでに夢中になったものの中でも最上の部類に入る、息をのむほど美しいゲーム世界だ。」
 激賞である。べた褒め。

 ま、子供がこう書いたのなら、私も全面的に賛成しよう。たしかに、子供にとっては、すばらしい童話の画像と物語だ。
 で、これを書いたのは、どこの小学生か? 実は、大人です。呆れてしまった。この人は、頭が小学生レベルのまま、いつまでたっても発達しない。いつまでたっても、童話の画像と童話の物語のまま。絵画のセンスも、物語のセンスも、小学生レベル。
 精神の発達障害の見本。

 [ 付記 ]
 この画像が子供じみているということは、上記サイトの画像を見れば、一目瞭然だろう。まったく子供向けの画像である。
 で。どうしてこういう趣味が大人にはふさわしくないかというと、私も作成しているブログのテンプレート・デザインで、そのことが判明しているからだ。
 テレビゲームの画面に出るようなキャラクターや、あるいは萌え系のキャラクターのデザインを使って、ブログのデザインに採用して公開しているデザイン作者がいる。で、そのようなキャラクターデザインのテンプレートは、すごく人気があるか? 実は、最低である。まったく人気がない。大人で、かつ、文章をちゃんと書けるような人は、キャラクターデザインなんて、ガキっぽいので、まったく使う気になれないわけだ。
 ま、女性ならば、かわいい「動物イラスト」などを使うのを好むこともある。とはいえ、それは、あくまでイラストだ。(たとえば、リラックマ。) 一方、ゲームのキャラクターなんていう子供じみたものは、大人にとってはまったく人気がない。
 ただし、ゲーム・オタクの人たちだけは、ドラクエや萌え系のキャラにはまっている。世間の標準からは、まったく懸け離れている。幼稚。……ま、現実の世界でも、大人の女性でなく少女としか、付き合いたくないんでしょうね。不気味。
 上記の HotWired の記者も、女性の好みがどんなのかと思うと、気持ち悪くなりますね。たぶん、ロリマニアだ。こんな連中が記事を書くなんて、気持ち悪いサイトだ。「その魅力に迫る」だの、「息をのむほど美しい」だの、ほとんど女性を描写するような言葉で、ゲームを描写する。はまっているね。気持ち悪い。げげげ。
 なお、こういう気持ち悪い連中のための施設が、日本ではどんどん繁殖している。「メイド喫茶」「メイドバー」というやつだ。秋葉原だけにあるのかと思ったら、あちこちに繁殖しつつある。(ネットで検索できる。宣伝になるので、ここでは記さず。……写真を見たら。げげげ。気持ち悪い。)

 [ 余談 ]
 私はなぜこれほどにも、ゲーム・オタク批判をするのか? それは、日本から、少女被害の犯罪をなくすためである。
 広島の少女殺害に続いて、栃木の少女殺害。昔にはまったくありえなかった犯罪が、萌えキャラ・マニアの増殖と軌を一にして、ぐんぐん増加していった。このような犯罪を撲滅しよう! 犯罪予備軍も撲滅しよう! 
 「南堂がまた奇怪な妄想をわめいている」
 と批判する人もいるだろうが、ふん、あなたにかわいい娘がいるのなら、そんな悠長なことは言っていられないぞ。かわいい娘がいたら、ゲーム・オタクにはなるべく近づけないようにしますよね。でしょ? さもないと、段ボール箱のなかに………
( → Open ブログ 誘拐防止機器

 [ 注釈 ]
 なお、。本項の趣旨は、ゲーム批判ではない。ゲームそのものは、別に悪くはないと思う。日本のゲーム産業が世界で最優秀であり、米国のゲームをしのいでいるということは、むしろ好ましいことだ。ハリウッド流の単細胞的なアクション映画みたいなゲームよりは、「友情と感動」をテーマにする日本製のゲームの方が、よほど好ましい。
 とはいえ、それは、あくまで「遊び好きのお子様向け」に対しての、ビジネスの話だ。「勉強もしないで遊びまくる」という馬鹿ガキを相手に、金を搾り取ってやろう、という金儲けを前提としてのことだ。
 で、それで金を搾り取られるアホなガキのことは、どうでもいい。どうせ世の中には古来、馬鹿ガキがたくさんいるのだから、私の知ったことではない。
 問題は、馬鹿ガキならぬ、馬鹿大人(ガンモドキならぬガキもどき)である。昔なら、こんなのは存在しなかったのだが、近年、急に増殖してきている。彼らの頭を何とかして、子供から大人に成熟させたい、というのが、私の願いだ。知能指数ならぬ精神成熟指数を、現状の 50ぐらいから 100ぐらいに引き上げたい。彼らの恋愛対象を、11歳ぐらいのロリから、20歳以上の大人に引き上げたい。いや、それ以前に、引きこもりの連中を、暗い室内から明るい戸外に引き出したい。
 テレビゲームなんかやめて、戸外の遊びやスポーツをやりましょう。肉体を健康にし、精神を健康にしましょう。
  A sound mind in a sound body. (健全なる精神は〜)
  An evil mind in a game boy.   (私のダジャレ)


● ニュースと感想  (12月06日b)

 「獣医の嘘」について。
 「専門家はみんな嘘つきだ」という例の、獣医版。
  → http://plaza.rakuten.co.jp/aikentotozan/diary/200504080000/

 要旨:
 「犬の歯石を取ってあげましょう」と獣医は言うが、嘘八百。歯石を取るのに、麻酔をかけると、かえって死ぬ可能性がある。
 歯石なんか取らなくてもいい。ドッグフードを与えるかわりに、骨を与えればいい。骨をバリバリ食べると、砕けた骨で、歯石は取れる。人工飼料のかわりに、自然本来の食物を与えることで、解決できる。

 教訓。
 どの世界でも、専門家は自分の利益のために嘘をつく。


● ニュースと感想  (12月07日)

 天皇の皇位継承についての追記 (細かな情報追加)
   → 該当箇所


● ニュースと感想  (12月08日)

 「進化についての誤解」について。
 天皇制について「万世一系」という話題が出たが、これについての世間の評価はまったく間違っている。なぜなら、普通の進化論に従っているからだ。
 普通の進化論に従えば、「優秀な遺伝子が残る」ということから、「残った遺伝子は優秀だ」というふうにもなる。大昔からずっと残っている純粋な遺伝子は、最優秀の遺伝子だ、ということになる。
 一方、クラス進化論によれば、まったく逆の結論が出る。進化の源泉は、遺伝子同士の交雑だ。純粋であればあるほど進化がなされにくく、大幅に交配があればあるほど進化がなされる。

 具体的に言えば、「近親婚の有無」である。日本の皇統は、「万世一系」をあえて守ろうとして、ひどく近親婚がなされてきた。最近では、「ふたたび近親婚をなせ」という論調が出ている。つまり、「女性天皇の夫として天皇の血縁者(遠縁の人)を選べば、女性天皇の息子は天皇の皇統を引き継ぐことになる」という論調だ。
 これは積極的に「近親婚」を進めることだ。なるほど、そうすれば、「万世一系」は維持されやすい。また、普通の進化論に従えば、進化も起こりやすい。ゆえにそれは最善の道である。
 しかし、クラス進化論に従えば、それは最悪の道である。近親婚により、異常な遺伝子が血統から抜けにくくなり、異常な遺伝子がいつまでも保たれる。たとえば、「男子が産まれにくい」というような遺伝子が。

 普通の進化論とクラス進化論のどちらが正しいかは、事実を見ればわかる。次の命題の是非だ。
 「自分の遺伝子を最もよく残す無性生殖の生物と、自分の遺伝子を半分しか残せない有性生殖の生物は、どちらが進化において有利か」
 普通の進化論によれば、無性生殖の生物は、自分の遺伝子をたくさん残せる(百%の自己クローンを残せる)ので、進化において有利である。有性生殖の生物は、自分の遺伝子をたくさん残せない(50%の自己クローンしかを残せない)ので、進化において不利である。
 クラス進化論によれば、無性生殖の生物は、交配によって他者の遺伝子を取り入れることができないので、進化において不利である。有性生殖の生物は、交配によって他者の遺伝子を取り入れた子を残せるので、進化において有利である。
 両者の評価は、まったく正反対だ。普通の進化論によれば、無性生殖の単細胞生物は、最も進化できる生物である。クラス進化論によれば、有性生殖の両生類や哺乳類こそどんどん進化できる生物だ。
 どちらが正しいかは、一目瞭然。大腸菌と人間とを比べて、どちらが進化した生物かを見ればわかる。
 
 というわけで、「遺伝子の維持」を目的とする「万世一系」というような主張は、生物学的にはとんでもない主張なのだ。それに従えば、皇族を遺伝子の汚染から防護せず、近親婚による汚染を促進することになる。愛子様に「近親婚せよ」と主張するに至っては、狂気の沙汰だ。
 「万世一系」を主張する人々は、天皇の遺伝子を壊れた遺伝子で汚染しようとするのと、同様である。彼らは天皇制の破壊論者なのだ。
 そして、天皇制を救う唯一の道が、「外部から正常な血を取り入れること」である。換言すれば、「近親婚を脱すること」である。── 「万世一系」というのは、最悪の発想なのだ。それは将来の天皇を、遺伝子不全の人だらけにしようとすることだ。

 [ 付記 ]
 現在の天皇の皇統は、すでにかなり近親婚が進んでいる。皇太子妃ですら、まったくの民間人が該当したのは、近代では美智子妃がたぶん初めてだろう。大正天皇や昭和天皇の妃は、皇統の血縁者であった。
 というわけで、今後は、なるべく外部の血をどんどん入れる必要があるだろう。愛子様に対して近親婚を勧めるなんて、言語道断である。その遠縁の人は、ひどく遠縁であるがゆえに、いくらかは緩和されるので、愛子様については問題は起こらないかもしれない。しかし、近親婚を是認するという根源的な発想がある限り、やがていつか、とんでもない事件が発生しかねない。

 [ 参考 ]
 参考として、クラス進化論のページより、引用する。
 Q  有性生殖においては、血縁度は、高い方が好ましいのか、低い方が好ましいのか?
 A  血縁度は、低い方が好ましい。つまり、血縁淘汰説とは逆のことが成立する。
 血縁度が高い交配とは、近親婚を意味する。そういうふうにして血縁度を高める交配をなすことは、好ましいことではなくて、好ましくないのである。親子や兄弟の交配は最悪であるし、親戚間の交配もあまり好ましくない。好ましいのは、逆に、血縁度を低くするような交配、つまり、遠く離れたグループ間の交配である。
( → 該当ページ
 たとえば、親子同士や兄弟同士の近親相姦について、評価が正反対となる。従来の進化論の発想では、近親相姦は「自分の遺伝子をたくさん残せるから最善の交配」であるのに対し、クラス進化論の発想では、近親相姦は「他人の遺伝子を取り込めないから最悪の交配」である。


● ニュースと感想  (12月08日b)

 「仮想生命体」について。
 マイクル・クライトンという作家は、「ジュラシックパーク」を書いた作家で、なかなか目の付けどころがいいが、2003年刊の「プレイ PREY」という作品でも、目の付けどころがいい。「人工知能は時代遅れだ、仮想生命体こそ研究課題だ」というような話がある。
 これは、次の二つの流れと関係がある。
 「脳を単独でシミュレーションしても無意味であり、肉体をもつロボットとしてミュレーションするべき。つまりは、知能と感覚センサーとが合体するべき」
 「遺伝子を単独で考察しても無意味であり、複数の遺伝子の連帯的な作用こそ考察するべき」
 要するに、生命というのは、「脳だけ」とか「単独の遺伝子だけ」とかいう単純なもので構成されているのではなくて、複雑な組織体として考察されている。それをバラバラな単独部分としても考察しても、それはいわば「死んだ生命」もしくは「ただの切り離された臓器」のようなものだから、生命の真実をとらえることができない。もっと総合的に考えるべきだ。
 この流れに沿って、あれこれと近年の話題が取り上げられている。上下二冊本だが、前半には科学的な情報があふれており、後半には冒険活劇的なアクションシーンが続く。もちろん、肝心なのは、前半だ。

 この本で面白いのは、「プログラムの進化」という話題である。プログラムが生命のように自動的に進化していく。そして、その根拠は、次の二つの原理だ。
  ・ 自然淘汰(適者生存) …… 優れたものが生き延びて、劣るものが滅びる。
  ・ ランダムさの導入 …… プログラムが一定の割合で突然変異する。(特に、変化の範囲における定数。)
 具体的には、まず、人工生命(肉体と知能をもつ)を構築して、そのあとで、知能については、進化を導入する。この進化は、プログラムでシミュレーションされたもの(あるいはプログラムとしての進化)であるから、非常に急速に進む。1日が自然生命の百万年にも相当する。最初は下等生物だったものが、一週間もたつと非常に利口になり、人間に襲いかかることもできるようになる。
 これは、近年の人工知能研究における「進化のシミュレーション」の最先端の研究成果を利用している。そのせいで、とても面白い。(より詳しい人は、ネット上で「人工生命」という語で検索すると、いろいろとわかる。)
 
 で、私は、何が言いたいか? こうだ。
 「この本は、人工生命の最先端の研究成果を利用しており、世界最先端の水準を教えてくれる。それゆえ、まったくの間違った話をしている」
 人工生命の最先端の研究成果というのは、まったくの間違いなのだ。なぜか? 上記の二つの原理だ。これは、進化論における標準的な理論である。これが根本的に間違っている。
 「自然淘汰」によって起こる進化は、「小進化」だけである。そして、「小進化の蓄積によって大進化が起こる」ということは、まったく実証されていないし、むしろ、その逆のことが化石的に実証されている。つまり、「進化は連続的ではなく断続的に起こる」という事実だ。これは、「大進化は、小進化の蓄積によって起こるのではなく、別の原理によって起こる」ということを意味する。
 上記の二つの原理は、この事実に矛盾する。すなわち、実証された事実に肺はなする。だから、上記の二つの原理に基づいて「急速に進化する」と述べることは、正しくないのだ。
 換言しよう。ある生命体について、「手の長さが変わる」とか「皮膚の色が変わる」とかいう程度の小さな変化ならば、塩基の置換で確率的に起こるから、小進化で起こるだろうし、二つの原理で説明できる。しかし、一つか二つの塩基の置換ではなくて、百以上の塩基がいっぺんに置換されるような進化は、小進化の蓄積によっては起こらないのだ。なぜなら、塩基について、
  旧種  AAAAAA
  新種  BBBBBB
 という差があるとき、中間的な「ABAAAA」や「BBAAAA」などは、中間種としては生存できないからだ。たとえば、翼と腕の中間的な形態をもつ生物は、翼でもない腕もない変な奇形器官をもつだけだから、生存できない。(不利なものなので淘汰されてしまう。)
 生物においては「中間種は不利なので生存できない」という原則がある。進化は連続的には起こらず、必ず断続的に起こる。断続の幅が小幅になることはあっても、断続が消えて連続になることはない。連続になるのは、一つの種のなかの「亜種の違い」だけである。(例:白人と黒人の中間亜種が生存できる。)
 
 現在の進化論は「塩基単位の変化による突然変異で淘汰が起こる」ということを前提としている。しかし、そんなことは、現実にはありえないのだ。現実には、進化は、「数十か数百の塩基がいっぺんに変わる」というふうにしてしか、起こりえない。そして、そのことは、「突然変異の蓄積と自然淘汰」という発想では、とうてい説明できないのだ。
 そして、この「断続的な進化」を説明できる理論は、現時点では、一つしかない。「クラス進化論」だけだ。そして、これが欠けているがゆえに、マイクル・クライトンの本は、残念ながら、嘘八百の話となっている。(ま、もともと小説 fiction なんだから、嘘八百でもいいのだが。)

 [ 付記1 ]
 この本で、最後のあたりのアクションシーンは、いかにも映画化を前提としたアクションシーンだ。これが続くので、面白いと思う人もけっこう多いだろうが、私は「テレビゲームみたいで子供じみている」と呆れてしまった。テレビゲームによる白痴ブームは、こんな作家にまで及んでいるようだ。
 読んでいない人のために記そう。どういうシーンかというと、比喩的に言えば、こうだ。
  ・ ジュラシックパーク …… リアルな恐竜が画面で現実のように動く
  ・ プレイ PREY   …… 怪物が仮想的な像をつくって変容する
 読んでいて、気持ち悪くなるだけ。感動なんか、全然ないです。この本がほとんど売れないのも当然。ゲームそっくりな本なんて、本の長所を殺しているわけだから、最悪。

 [ 付記2 ]
 参考情報を記す。
  → 理研「生物の機能に学び、ロボットを人の暮らしの中へ」
  → クラス進化論
  → HotWired 車の「交配」で究極のF1カーを作るプロジェクト
  ※ この記事だけは、注目に値する。「交配」は、ダーウィンの進化論にはない概念だが、クラス進化論では最重要の概念である。この記事の研究者は「クラス進化論」を知らないはずだが、もし理解すれば、高度な研究成果を実現できるだろう。……日本の富士通や日立などの研究者も、この線で研究を進めれば、世界で第一の研究者になれる。他の研究者を圧倒的に引き離せるだろう。(たとえば、上記の「交配」の記事の研究なんて、クラス進化論からすると、ざっと十年ぐらい遅れていると言える。十年遅れの記事が、最先端の記事として、ネットで配信されるわけだ。)

 [ 付記3 ]
 交配を重視するクラス進化論は、あまり理解されない。どうして? それが世の常だからだ。
 一般に、既存の学会では、新たな学説が出ると、その主張者を「トンデモだ」と非難するものだ。実例は、枚挙に暇がない。たとえば、キュリー夫人は、女性であったことも理由となり、さんざん学会の専門家から批判された。ノーベル賞をもらうまで。
( → 12月06日b 「獣医の嘘」も参照。)


● ニュースと感想  (12月09日)

 「マイクル・クライトンの嘘」について。
 マイクル・クライトンという作家は、私は好きである。最初の「アンドロメダ病原体」から、大好きになった。たいていの本は読んでいる。
 ただし、近年、「ジュラシック・パーク」を出したころから、科学マニアの趣味よりも、売れ線狙いが出てきたようで、残念なところがある。「おもしろさ」狙いで、科学的真実から、かなりはずれてきてしまっているのだ。そのせいで、嘘八百が多い。
 以下、個別に評価しよう。

 (1) ジュラシック・パーク
 「琥珀のDNAから恐竜を再生する」という話題。ありえそうだが、ちょっと無理気味だ。というのは、琥珀のなかのDNAは、もはやボロボロになってしまっていて、再生が困難だからだ。染色体がバラバラになっているだけでなく、塩基も壊れている。
 で、体内分は、類縁のワニや鳥のDNAなどを参照にして、復活する、というのがアイデアだが、それは「チンパンジーの遺伝子を利用して人間のDNAを構成する」というに比べて、圧倒的に難しい。ほとんど神の手腕が必要だ。
 最新の情報では、DNAにあるのは、遺伝子だけでなく、遺伝子以外の部分(これまではガラクタだと見なされてきた部分)こそ、重要性がある。そこはRNAに関する部分だ。この部分も考慮すると、「ジュラシック・パーク」は、まず実現不可能だ。確率的に言えば、ゼロ同然。「ジグソーパズルを放り投げたら、落ちたときに、たまたま全部がぴったりとはまった」という確率のようなものだ。
 つまりは、荒唐無稽。

 (2) タイム・ライン
 「並行宇宙」という話題。要するに、「この世界ではヒトラーは死んでいるが、別の世界ではヒトラーは生きている」という狂気的な説に基づいている話。
 あまりにも馬鹿げた説なのだが、物理学の世界では、これが現在では最も正当と見なされている。マイクル・クライトンが間違っているというよりは、物理学者の大半が間違っている。で、その間違いのせいで、マイクル・クライトンもまた、狂気的な説に基づいた「並行宇宙の物語」を書いているわけだ。
 現在の物理学がどういうふうに主張しているかを知るには、本書はわかりやすい。読むうちに、「なるほど、もっともだ」と思う人も出てくるだろう。そして、通常の物理学では、それを論破することはできない。
 この説を「トンデモだ」と論破しているのは、世界でただ一人。私だけである。ところが、狂人のなかでは、正常な人間は、狂人扱いされてしまう。情けないことだ。人類は狂気に染まっており、そのうちの一人が、マイクル・クライトンである。彼が狂気を世界に伝道する。
 真実を知りたい人は、私のページを読めばわかる。
   → 二重スリットと観測問題

 (3) プレイ PREY
 「人工生命」という話題。前項で示したとおり。研究者の話題は「仮想生命体」だが、ひとひねりして、物質のある肉体性を与えて、「人工生命」に仕立て上げている。これは相当の飛躍なので、ここからして相当にSF的である。現実性はひどく薄い。真面目に論じるべき話ではあるまい。だから、「肉体性」については論じないことにしよう。
 問題は、「仮想生命の進化」という研究レベルの話だ。これが根源的におかしい。「偶然の蓄積による進化」つまり「小進化の蓄積による大進化」というのは、現在のダーウィニズムそのものだが、これが根本的に間違っているのだ。実際、事実を見ても、化石から判明するのは、「断続的進化」である。対比すれば、こうだ。
 ダーウィニズム …… 「常に、連続的に進化が少しずつ蓄積する」
 化石による事実 …… 「ほぼ常に、進化はまったく起こらない。例外的に、あるとき突発的に大進化が起こる」
 理論と現実とが食い違う。ならば、その理論(仮説)は間違いとして廃棄するべきだ。そして、現実に合う方の理論(仮説)を採用するべきだ。……こういう発想を、「科学主義」と呼ぶ。
 現実には、どうか? 今の進化論の世界にあるのは、科学主義ではない。かわりに、妄想だけが跋扈(ばっこ)している。人類は狂気に染まっており、そのうちの一人が、マイクル・クライトンである。彼が狂気を世界に伝道する。
 真実を知りたい人は、「クラス進化論」のページを読めばわかる。(前項で示したリンク。)

 結語。
 マイクル・クライトンは、真実をこの世界に広める科学者ではなく、現代科学における矛盾点をうまくとらえて、荒唐無稽の話を仕立て上げる人である。その話はまったくの虚偽なのだが、それは、彼が科学を誤解しているからではなくて、現代の科学者が虚偽の仮説を信じているからだ。ちょうど、中世の「天動説」という虚偽の仮説を信じていたように。
 彼は、科学的な真実をうまくとらえたのではなく、科学的な虚偽をうまくとらえたのだ。それゆえ、小説 fiction としては、おもしろい小説となる。
 普通の読者は、それを「面白い」と読んでいればいい。まともな頭のある人は、「現代科学の矛盾点を露出させた指摘」として受け止めればよい。彼の話は嘘八百の虚構なのだが、それというのも、現代の科学が嘘八百の虚構だからだ。……マイクル・クライトンは、現代科学の穴をうまく見出して面白く仕立てるのが、とてもうまいのだ。
 彼の話を「面白い」と受け止めるだけか、「厳しい警告」と受け止めるべきか。その違いで、読者が素人か否かが決まる。

 [ 付記 ]
 マイクル・クライトンは最近また、「地球の温暖化は嘘」というような話題で、「恐怖の存在」という新刊書を出した。やはり、時流に乗った話題を興味深く仕立て上げるということばかりに熱中して、本質がねじまげられてしまっているようだ。
 このことは、容易にわかるので、普通の読者からも、どんどん批判が来ている。私がいちいち指摘するまでもない。
 → Amazon 読者の書評
 ※ アフィリエイトは付いていないので、上記をクリックして本を購入しても、私には一円も入りません。
 ※ それゆえ、私は、上記の書を自由自在に批判できます。「すばらしい本だから是非購入しましょう」なんていう嘘はつきません。金と引き替えに、精神を売り渡すようなことは、しません。

 [ 余談 ]
 冒頭でこの作家を「大好き」と書いたので、念のために注釈。この作家は私の好みかと言えば、全然違う。「暇つぶしの本を書く作家で、一般に知られていないマイナーな人」という範疇で、好みであっただけ。今や、売れ線作家となったので、そう見れば、ふん、こんな人、まったく尊敬できません。本の中身が空っぽなので。あくまで暇つぶし用。ゲームよりはずっとマシだが。
 ゲームをやるくらいなら、マイクル・クライトンを読みましょう。だけどどうせなら、「大聖堂」や「ジャン・クリストフ」や古典の名作を読みましょう。お金がなければ、ネットの無料文学(古典)を読みましょう。


● ニュースと感想  (12月09日+)

 「シュレーディンガーの猫」のページを、一新しました。
 内容的には変わりありませんが、わかりやすく整理されています。最初のページでは、簡単な要約を掲載しているので、短い文書を読むだけで、ざっと理解できます。





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「小泉の波立ち」
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