[付録] ニュースと感想 (85)

[ 2005.03.18 〜 2005.04.02 ]   

  《 ※ これ以前の分は、

    2001 年
       8月20日 〜 9月21日
       9月22日 〜 10月11日
      10月12日 〜 11月03日
      11月04日 〜 11月27日
      11月28日 〜 12月10日
      12月11日 〜 12月27日
      12月28日 〜 1月08日
    2002 年
       1月09日 〜 1月22日
       1月23日 〜 2月03日
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       2月22日 〜 3月05日
       3月06日 〜 3月16日
       3月17日 〜 3月31日
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       4月17日 〜 4月28日
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       5月11日 〜 5月21日
       5月22日 〜 6月04日
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       6月20日 〜 6月30日
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       7月11日 〜 7月19日
       7月20日 〜 8月01日
       8月02日 〜 8月12日
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    2003 年
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       4月07日 〜 4月14日
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       4月24日 〜 4月25日
       4月26日 〜 5月11日
       4月26日 〜 5月11日
       5月20日 〜 5月29日
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       7月03日 〜 7月27日
       7月28日 〜 8月21日
       8月22日 〜 9月27日
       9月28日 〜 10月22日
       10月23日 〜 11月08日
       11月09日 〜 11月16日
       11月17日 〜 12月12日
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    2005 年
       1月08日 〜 1月16日
       1月17日 〜 1月29日
       1月30日 〜 2月14日
       2月15日 〜 3月02日
       3月03日 〜 3月17日
         3月18日 〜 4月02日

   のページで 》




● ニュースと感想  (3月18日)

 【 著作の予告 】
 どのような書籍を執筆中で、どのような時期に刊行するか、おおまかに予定を示します。

 (1) 経済学の教科書
 できあがっているのですが、高度かつ難解かつ抽象的すぎるので、当面、出版の見込みが立ちません。次の (2) が売れたあとで、刊行します。
 話のレベルは、大学の経済学の教科書ぐらいですが、頭を使わないと読めないので、一般のビジネスマンには、受けそうにないですね。というわけで、後回し。

 (2) 経済学の入門書
 このホームページに書いてあるのと同じような話を、同じように面白く書いた入門書。洗練度を高めて、もっと面白くもっと明晰。……話のレベルは (1) よりもずっと下ですが、それだけに、一般のビジネスマンにも受ける話。ただし、これも、当面は後回し。現時点の原稿完成度は 30%。

 (3) 進化論の概説書
 進化論の完璧な話。生命の神秘をえぐりだす。「生命とは何か?」「愛とは何か?」という古来からある哲学的な問題に、見事に科学的な原理を示す。コロンブスの卵のような驚愕の思想が次々と繰り出され、従来の発想や概念を根底から覆す。(ホームページにも書いてありません。未公開。)
 進化とは何か? 生命の形成の歴史だ。だから、進化を知れば、生命の真実を知ることができる。
 たとえば、男は、金のために生きるというより、愛のために生きる。女を激しく愛したり、子を優しく愛したりする。場合によっては、女や子を守るために、わが身の命を犠牲にすることすらある。……それは、なぜだろう? 従来の学説では、まったく説明できない。「利益のため」とか「遺伝子を増やすため」とかいう説明では、まったく説明できない。
 利己的な行動と、愛の行動とは、通常、正反対である。ではなぜ、生物は、利己的な行動を取るかわりに、愛の行動を取ることがあるのか? そこには何らかの合理的な原理があるはずだ。では、いったい、どんな? 愛の原理とは、どんな原理なのか? 
 愛というものは、ただ言葉によって、「愛はすばらしい」「愛は大切だ」と歌われるためにあるのではない。愛というものは、生命と深く結びついている。生命の本質は、愛なのだ。
 人が生きるとき、金を得ても、食事を食べても、酒を飲んでも、それで真に幸福になることはない。飢えは満たされるが、満たされたとき、幸福感は失せる。しかし、愛する女を初めて抱きしめたときや、産まれたばかりの子を初めて抱き上げたとき、この上ない幸福を感じる。「自分はこのために生きてきたのだ」と深く実感する。
 では、なぜ? 人間が人間であるからか? 違う。人間が生命であるからだ。生命と愛とは、ほとんど同義のものであるのだ。では、なぜ、生命と愛とは、かくも深く結びついているのか? ── その原理を科学的に解明する。
( ※ ただし、その解明は、目的ではない。「進化とは何か?」を考えたとき、ついでにそのことが解明されるのだ。真実の一面として。)
( ※ 現時点の原稿完成度は 80%。)

 [ 付記 ]
 刊行の予定日。おおよその予定ないしメドです。
 ・ 6月 ごろ ……  (3)  (進化論の概説書)
 ・ 9月 ごろ ……  (2)  (経済学の入門書)
 ・ 10月ごろ ……  (1)  (経済学の教科書)

 [ 参考 ]
 現在の進化論がいかにデタラメだらけか、という話は、つい先日に述べたとおり。
  → 3月10日


● ニュースと感想  (3月19日)

 「風が吹けば景気が悪くなる」について。
 「風が吹けば桶屋が儲かる」というのは、落語。同じようでいて、似たことを主張するのが、エコノミスト。
 「風が吹けば、花粉が飛ぶから、日本の景気は悪くなる」
 これも落語みたいだが、本気でそっくりのことを報告した民間経済研究所がある、
 「花粉が飛ぶと、外出が減るから、個人消費が減る。薬剤費の支出も増えるが、差し引きして、個人消費は大幅減少」
 ずいぶんとまあ勝手な試算である。落語並みだ。冗談扱いするならいいのだが、まともな顔で報道するのが朝日新聞。(朝日・朝刊・経済面 2005-01-27 )
 どうやら、普段の記事で冗談ばかり報道しているから、冗談と事実との区別がつかなくなってしまったようだ。
 もちろん、こんな馬鹿げたことは、ありえない。誰だって、すぐにわかるはずだ。では、正しい認識は? 問題の本質を考えると、次の二点だ。

 (1) 時期の遅延
 「花粉が飛ぶと、外出が減るから、個人消費が減る」という現象は、全くないわけではない。そういう事実は、見られるだろう。では、個人消費が減るというのは、何を意味するか? 消費に回すべき金が、どこかに消えていってしまうことか? 
 実は、通常の景気ならば、このことはまったく意味をもたない。なぜなら、消費が減った分、投資が増えるからだ。「消費減少 → 貯蓄増加 → 金利低下 → 投資増加」という経路だ。必ずしもそううまくは行かないが、それは、日銀の処理がまずくて、投資の増加のための金融政策が不十分だから。日銀の処理が十分であれば、消費減少と投資増加とは、ぴったりと一致するから、特に問題はない。景気への影響はゼロだ。仮に影響があるとしたら、日銀のせいだ。
 一方、不況のときには、消費が減っても投資は増えない。ただし、この場合も、消費が減った分、貯蓄が増える。貯蓄が増えれば、その分、1カ月後か数カ月後に、消費が増える。とすれば、消費がちょっと遅れるだけだ。要するに、時期の遅延があるだけだ。
 だから、正解は、「個人消費が減る」ではなくて、「個人消費が一時的に減って、その後に増える」である。常識的に言えば、2月に消費が減った分、お金が貯まるので、4月に消費が増える。そういう形で、時期の遅延があるだけだ。消費がすっかり縮小してしまうわけではない。
 「時期の遅延ある」という試算ならば意味があるが、「消費が減る」という試算は意味がない。

 (2) 所得とマクロ
 上記の試算で大事なのは、「消費をしなければ、その分、所得が貯まるので、あとで消費が増える」ということである。ここでは、「所得」の効果が重要だ。
 ただし、こういう認識をするには、「所得」を重視するマクロ的な認識が必要だ。しかるに、古典派には、その発想がない。「所得は常に一定である」と仮定する。その上で「合理的期待形成仮説」なんてのを主張する。
 だから、古典派の主張によると、「消費をしなければ、その分、所得が貯まる」という事実を無視して、「消費をしないと、その分のお金は、どこかに消えてしまう」と勝手に仮定するわけだ。
 馬鹿げた試算である。ケインズは公共事業を主張するとき、「金は天から降ってくる」というのを前提として借金を無視したが、古典派は経済効果を計算するときに、「金を貯めても、金は天に蒸発してしまう」というのを前提とする。どっちも狂気的。……というか、どっちも、自分勝手な前提の上に、緻密な論理を立てている。砂上の楼閣。

 [ 余談 ]
 金は、天から降るのと天に蒸発するのとがあるから、両方を見ると、帳尻が合っているのかも。何の帳尻? 理屈の帳尻。
 こういう帳尻を計算しても、もちろん、無意味です。ただの無駄論議ができる。何の真実も生産しないで、虚偽知識ばかりが増える。……ま、古典派やケインズの経済学ってのは、そういうものです。
 経済学の定義。「経済現象の真実を解明する学問分野ではない。経済現象をダシにして空疎な体系を構築して、そのことで、ゴミ同然の研究者の雇用を増やす学問分野」


● ニュースと感想  (3月20日)

 「自動車業界の好調」について。
 景気が悪化しても、自動車業界だけは、好調だ。これは、なぜか? 
 一つは、自動車業界の特殊事情がある。売上げの半分以上が輸出であって、国内景気の影響を受けない。しかも、輸出がすこぶる好調だ。(これは、円安の影響も大きい。たとえば、対ユーロでは、非常に円安になっている。自動車業界が優れている、というわけではない。)
 もう一つは、補助金だ。実は、自動車産業というのは、日本で最大の補助金を受けている産業なのだ。理由は、下記。
 とすれば、これを「立派な産業」「立派な会社」と呼ぶのは、ためらいますね。税を免除されている郵政公社を、「黒字を出す立派な企業」と呼ぶようなものだ。

 [ 補足 ]
 自動車産業は、日本で最大の補助金を受けている産業だ。この件を、説明しておこう。
 衆知のように、道路予算は巨額となっている。自動車関係の税は莫大だが、それを差し引いても、政府から巨額の予算が投入されている。そのくらい道路予算は巨額だ。ついでに言うと、この道路というのは、自動車専用道路のことであり、歩行者や電車や船は通れません。自動車だけのため
 比較して言うと、歩行者や電車や船は、けっこう税金を取られています。たとえば、線路には、固定資産税がかかる。一方、道路は、固定資産税を取られないし、逆に、巨額の金を投入してもらっている。
 簡単に言えば、政府が自動車業界に莫大な補助金を投じているから、自動車業界は莫大な利益を上げることができる。……ただし、マスコミは、「トヨタや日産は経営が上手だから利益を上げる」というふうに、おべっかを使う。多額の補助金を自動車だけのために投入していることを、すっかり忘れている。
 もう一つオマケで言えば、自動車というのは、殺人の凶器であり、毎年莫大な人数の死者を出す。新潟大地震レベルではなくて、イラク戦争並みの死者を出している。日本は戦争状態に近いわけだ。自動車には善悪の両面があるのであって、決して「素晴らしい夢の道具」なんかではないのだ。(自動車会社という悪魔は、夢の道具だと吹聴するが。)
 マスコミの使命って、何でしたっけ? 事実を報道すること? 事実を隠蔽すること? ……あ、そうか。広告主におべっかを使うことでしたね。(つまりは読者をないがしろにすること。)
 実例:
 「燃料電池やハイブリッドのため、自動車業界に補助金を」
 「自動車業界は、最大の排ガスを出すが、最も環境に優しい」
 「自動車業界の経営は、高水準の利益で素晴らしい」
 「自動車業界は、高利益でも賃金を上げない。成果主義です」
 もう、メチャクチャ。マスコミの報道は、理解できません。

 [ 余談 ]
 トヨタがライブドアの株を売却した。時間外取引で。( 2005-03-18 ごろ?の新聞記事。経済面。)
 「時間外取引」がしばしば話題になるが、経団連の会長のいる会社がやっているんだから、どうせなら、こちらに文句を言えばいいのにね。特に、「時間外取引」が問題視されてからやっているのは、こちらなんだから。
 つまりは、「異端児には文句を言うが、偉い人には逆らえません」という体質が、暴露されたわけ。誰の、とは言ませんが。


● ニュースと感想  (3月21日)

 「ライブドアの抗争」について。
 ライブドアに資金を出して、かわりにライブドアの転換社債を大量に保有していた外資会社がある。この会社が、転換社債を株式にして、株式市場で大量に売却していたという。(各紙・朝刊・経済面 2005-03-19 )
 だからライブドアの株はあんなに暴落したわけだ。逆に言えば、この先はもう売却者がいないから、ライブドアの株はどんどん上がりそうだ。フジがライブドアを買い占めるかもしれないし、他社がライブドアを買い占めるかもしれない。
    他社 → ライブドア → ニッポン放送 → フジテレビ
 という株の保有関係。ライブドアの株をもっている人が一番得。だったら、ライブドアの株が上がるはずですよね。
 週明けに高裁の判決が出ると、ライブドアの株が暴騰しそうだから、今のうちに買っておくと良さそうですね。余裕資金があれば。(私は責任もてませんが。)
 高裁の判決? もちろん、ライブドアの勝利。(これはまず間違いなし。)

 [ 付記1 ]
 ホリエモンに対する私の評価は? 「スーパースター」ならぬ「トリックスター」である。大江健三郎などの使った、現代哲学用語。文化の周縁にいて、周縁から中心に殴り込んで、中心を引っ掻き回す役目。道化的。
 真の改革者は、引っ掻き回すだけでなくて、建設する。たとえば、日産のゴーン社長。一方、トリックスターは、建設者ではなくて、引っ掻き回すだけ。
 トリックスターは、どう評価されるか? 実は、多面的な価値がある。
   ・ 保守派にとっては、体制を破壊する反逆者。悪。
   ・ 革新派にとっては、体制を破壊する改革者。善。
   ・ 一般民衆にとっては、舞台の芸人。劇の引き立て役。面白い。
   ・ 歴史的には、変革をもたらす契機となり、次期の改革者たちの露払い役。

 [ 付記2 ]
 なお、田中真紀子も、かつてはトリックスターだった。第1章 から引用すると、こうだ。
 真紀子の役割は、文科系の学問用語でいう「トリックスター」である。トリックスターは、何か実用的な結果を出すことが役割なのではない。トリックスターの役割は、「人々の意識を引っ掻き回すこと」である。「物事はこうあらねばならない」と思い込んでいる人々に対して、奇妙キテレツな行動を取って、驚かしたり、笑わせたり、泣かせたり、意表を突いたりで、頭の中身を掻き乱す。そのようにして旧来の体制や構造を乱して、そこに新たな生命を吹き込み、そこに新たな秩序を組み上げる準備をもたらすのである。
 トリックスターは、それ自体は、何も作り出さない。一陣の嵐を巻き起こしたあと、自分自身は何も残さずに立ち去る。しかし、トリックスターの影響を受けて、他の人々は、何かを作り上げることができるのだ。それは決して、トリックスターに指示されて作り出したものではない。彼ら自身が作り出したものだ。しかし、それは、彼らだけでは作り上げられなかったものだ。トリックスターがいたからこそ、彼らはそれを作り上げる力を、自らのうちから引き出せたのである。
 トリックスターは悲しい。道化やピエロの目には涙が浮かぶ。人々は決して、トリックスターに感謝したりはしない。何かをなしたとすれば、自分たち自身の力で、それをなしたのだと思い込む。トリックスターに感謝したりはしない。
 しかし、それでいい。トリックスターは英雄ではない。人々に忘れられるのが使命である。
 ただ、人々が感謝しようが感謝するまいが、トリックスターのなした成果ははっきりと残るのだ。人々が真紀子に感謝することはないかもしれないが、たしかに人々の目に見えない形で、真紀子の影響は、世間に浸透し、官僚たちの心に浸透する。今、われわれは、そのことに留意しておこう。
 田中真紀子は、舞台をさんざん引っ掻き回したあとで、退場した。これは、私の予言通り。


● ニュースと感想  (3月21日b)

 「セル生産」について。
 3月07日b ではセル生産について、次のように書いた。
「作業の速度を自分で調整できるからだ。無理強いされることはない。いくらで もゆっくりやってよい。やりたいときにやればよく、休みたいときに休めば よい。」
 これについて、昨年3月12日b にご指摘をくださった識者から、次のような疑問を受けた。
 「そういうことは、ありえないと思う。製造業としてはコスト低減が必須であるからだ。セル生産は、効率向上を目的として、作業者が徹底的にこま鼠のように働かされるものだ。」

 これについては、以下のように回答しておく。
 この件は、「基本/例外」という違いで理解できる。
 「セル生産は、作業者が徹底的にこま鼠のように働かされる。」
 というのは、基本。一方、例外がある。たとえば、二日酔いのときや病気のとき。こういうときには、ゆっくりやってもらう(またはサボってもらう)方が、企業としては得だ。なぜなら、無理にやらせれば、不良品が大量に発生して、莫大なコストアップになるからだ。
 ここでは、生産者と労働者の配分の比率が問題なのではない。「双方が損」や「双方が得」という道がある。「双方が損」を避けて、「双方が得」というのを選べるのが、セル生産。
 実は、「セル生産が最高の方法だ」と述べたいのではなくて、「作業速度を人間(各人)が個別に調節できるのが好ましい」と述べている。人間は機械ではないのだから。
 
 なお、私はここ数日間、風邪を引いていた。その間、頭がさっぱり働かなかった。私はこういうときには、休むことにしている。無理して働かない。
 一方、私の友人のX氏は、無理して働くので、いつまでもずっと風邪を引いたまま、生産性を低下させている。……彼は機械 or コマネズミのように働く。私は小原庄助のように休む。(ただし、休みっぱなしではない。治ったら、コマネズミ。)
 要するに、作業量を「可変的」と「固定的」のどちらにするか、という問題。そこが本質。

 [ 付記 ]
 さて。コマネズミのように働かないで済む方法はあるか? ある。それは、貧乏することだ。小原庄助流。働かないで、休んでいられるが、貧乏。
 一方、「働かないで金を稼ぐ方法」というのは、ちょっとないですね。
( ※ 「働かないで金を稼ぐ方法」というのを夢見る人は、たいてい、ギャンブルをやる。で、たいてい、金を失う。)


● ニュースと感想  (3月22日)

 「BSE」について。
 狂牛病(BSE)に関連して、米国が「輸入を認めよ」と圧力をかけている。ライスがビーフで、なんていうダジャレを誰かが書いたら、小泉がさっそくこのダジャレを言って、受けを狙ったとか。情けないねえ。せめてダジャレぐらい、物真似でなく言えないんですかねえ。
 ところで、私が腑に落ちないのは、次の記事を読んだから。
 「米国は、日本には輸入解禁を強要するが、米国自身は、日本の牛肉を(BSE疑惑の理由で)輸入禁止にしている。日本産のレトルトカレーも、ビーフ入りは輸入禁止」という記事。(朝日・朝刊・2面 2005-03-20 )

 ほんとですかねえ。あまりにも冗談じみているので、信じがたいぐらいだ。ボケとツッコミの漫才みたいだ。
 「このアホ! そのアホを、何とかせえ!」
 「おまえはんかて、アホやんか」
 漫才みたいだが、漫才ならまだいい。
 米国 「このアホ! そのアホを、何とかせえ!」
 小泉 「おまえはんかて、……あ、いえ、その……」
 大あわてで、口を手でふさぐ。漫才にもならない。


● ニュースと感想  (3月22日b)

 「携帯電話と電波規制」について。
 携帯電話の電波で、心臓のペースメーカーが異常を起こす、という話がしばしば聞かれる。で、「携帯電話なんかもう普及しているのに、ペースメーカーがいつまでも古臭いのは変だ。もう異常を起こさなくなっているのでは? また、異常を起こさないように機器を改良するべきだ」という意見があった。(朝日・夕刊・コラム・経済気象台 2005-03-20 ……うろ覚えなので違っているかも。)
 一方で、「私は心臓のペースメーカーを埋めている。電車に乗ったら、目の前の若者が携帯電話を取り出したので、やめてほしいとていねいに頼んだら、相手はしきりに詫びた」という意見があった。(朝日・朝刊・投書欄・声 2005-03-21 )

 さて。この二件をまとめて考えると……
 ペースメーカーという機器を改善すべきだ、というのは、ごもっとも。ただしそれは、技術者の話。たとえ改善されたとしても、古いペースメーカーを体内に埋めたままの人は今後も数年間は生存するから、今すぐの対策にはならない。
 また、たとえ対策になったとしても、車内で携帯電話をぺちゃくちゃとしゃべられるのは、傍迷惑だ。公衆道徳の面から、やめてほしいですね。満員の車内で、あちこちでうるさくしゃべられたら、ひどく不快だ。
 
 となると、やはり、車内の携帯を規制するのが、一番だと思える。ただし、現実には、技術的に不可能。そこで、携帯を規制する技術を開発するのが、手っ取り早い。携帯の買い換えのサイクルは2年だから、2年でほぼ実現できる。
 その技術は? 「携帯遮断電波」である。微弱な「携帯遮断電波」を流して、それの流れている環境では、携帯が自動的に応答を停止する。画面には「公共の環境にいるので、電波が遮断されています」と表示されるだけ。
 これには、電車にその電波発信装置と、携帯の受信装置とが、ともに必要だ。ただし、技術的には、ごく簡単だ。コストも非常に安価だ。こっちの方を技術開発してほしいですね。

 [ 付記 ]
 携帯電話は、なぜ有害か? 電波基地の電波を受信するのは、ごく簡単であり、ラジオの受信と変わらない。しかし、電波基地に向けて電波を送信するのは、そうではない。自分自身が、電波基地になって、かなり大がかりな電波を発信していることになる。
 ペースメーカーの患者にしてみれば、自分の隣にラジオ局があるようなものである。そこから強力な電波を発する。だから、問題となる。
 私の想像だが、PHSなら、この問題はないと思える。電車内にPHSの基地を付けるにせよ、電車内に携帯遮断電波の基地を付けるにせよ、その基地と各人の機器との距離は数メートルだから、その電波は微弱だ。これなら別に問題はないと思える。
 ペースメーカーの患者にとって有害なものが使われるのは、携帯利用者の各人にとっての便利が優先されたから。強者が「オレさえ便利ならいいさ」と考えて、弱者の立場を考えないわけ。……ま、その代表が、携帯電話の会社や機器メーカーだ。
 新技術は、利便さを与えると同時に、毒にもなる。「新技術はすばらしい」とばかり称賛するどこかのマスコミは、注意するといいですね。そういうのは、ただのアホです。ボケかも。……私がツッコミを入れなくちゃ。


● ニュースと感想  (3月23日)

 「迷惑メールの撃退」について。
 迷惑メールが最近、手が込んできている。スパム・フィルターを抜けるための手立てをあれこれと利用しているので、手元に届く迷惑メールが増えてしまう。困ったものだ。世界中の生産性を低下させている。他人に迷惑をかけて、自分だけ利益を上げよう、という魂胆。
 本質的には、これは、インターネットの「無料」という「善意前提のシステム」を悪用しているわけだ。こういう悪徳の輩は必ず登場するものだ。(公衆便所の紙を盗んだり、無人販売の野菜を盗んだり。)……大多数の善人は、悪人の迷惑行為を阻止するように、知恵を働かせる必要がある。
 というわけで、迷惑メールを一網打尽にするための、撃退法を示そう。下記の通り。
 なお、このフィルター制度を利用するか否かは、利用者各人に委ねられる。利用したい人は、月額百円程度を払って、利用すればよい。利用したくない人は、月額百円程度をケチって、かわりに、迷惑メールをたっぷり送ってもらうといい。仕事の低下率は、月額、数千円にもなりそうだが。
 でも、まあ、「萌ちゃんとエッチ」なんていう標題をこっそり楽しんでいる人も、少しはいるかもしれない……そんなわけないか。
( → 1月13日6月01日 にも、類似の話。)


● ニュースと感想  (3月23日b)

 「ロボットとの共存」について。
 人とロボットとの共存について、安全性の観点から、問題点を探る記事があった。(読売・朝刊・経済面 2005-03-22 )
 これは、良い記事だ。「人とロボットとの共存はすばらしい」と礼賛一本槍になるのではなく、問題点を探る形で、批判の目を向ける。こういう態度こそ、マスコミのあるべき姿である。褒めておこう。
 要するに、「小泉の波立ち」を読んでいれば、ちゃんとした記事が書ける、ということ。
( → 3月08日 にも同種の話題。)


● ニュースと感想  (3月23日c)

 「重力を含む統一場理論」について。(専門的な話であり、素人向けではありません。)

 → 量子論のページ


● ニュースと感想  (3月24日)

 「私の主張のまとめ」。
 暇つぶしにインターネットを見ると、私の主張を「財政赤字」とか「減税」とか、簡単にまとめている意見が散見された。そういうふうに簡単にまとめられると困るので、違いを明示しておく。

 (1) 財政赤字
 私の主張は、「財政赤字拡大」というケインズ派の主張とは異なる。むしろ、このようなケインズ派の意見を批判している。
 私の中朝は、「中和政策」および「タンク法」である。すなわち、「現在の減税、将来の増税」だ。単純に言えば、「国から国民への貸し付け」である。国民から見れば、国から借金することだ。
 ここで、ミソは、利率だ。通常の借金なら、1%〜30%の利息を取られる。ところが、私の方法だと、利率はマイナスで済む。たとえば、10万円の減税に対して、7万円の増税で済む。差額の3万円は、返済する必要がない。(なぜなら、別のところから生じるから。 → マイナスの利率 )

 (2) 減税と増税
 減税というのが何のことだか、さっぱりわかっていない人が多いようだ。減税を単に無駄遣いの一種と思っているらしい。しかし、私の方法では、減税のあとで増税があるのだから、差し引きして、チャラである。古典派流であれ、ケインズ流であれ、「減税と増税」の差し引きは、チャラである。つまり、彼らの主張によれば、私の方法は何ら敬服効果をもたない、ということになる。
 では、減税と増税をともに行なうことの意義は、何か? それは、両者の時期をずらすことによって、マクロ的な均衡点を移動させることだ。均衡点を移動させることで、均衡点のGDPを5%〜7%ぐらい増大させることができる。……これが、マクロ的な意義だ。(修正ケインズモデルを使うとわかる。何度も説明したとおり。)
 このことがわかっていない人が多いようだ。そこで、わかりやすく、簡単に説明しておこう。次の[ 補説 ]で示す。

[ 補説 ]
 (1) 均衡点の移動
 「均衡点の移動」とは、何か? それは、「縮小均衡」の状況を脱して、「元の均衡」に戻ることだ。
  ・ 縮小均衡 …… 需要も供給も、500兆円。
  ・ 元の均衡 …… 需要も供給も、540兆円。
 前者も後者も、ともに均衡している。
 ただし、前者では、GDPが小さいので、必要とされる企業も労働者も少ない。その分、倒産や失業が発生する。(これが現状)
 一方、後者では、GDPが大きいので、必要とされる企業も労働者も多い。その分、倒産や失業が解決する。(これが景気回復後)
 で、前者から後者へ移るのが「景気回復」だ。このような変化が「均衡点の移動」である。
 古典派の解釈では、「前者も後者もどちらも均衡だから、どちらも最適」というふうになる。これが古典派間違い。(「神の見えざる手」を信じる立場。自由放任で最適化するという立場。縮小均衡を是認する立場。)
 マクロ経済学は、均衡を否定するのではなくて、縮小均衡を否定する。そして「均衡点の移動」を主張する。そして、そのためには、「生産量の変動」というマクロ的な視点をもつことが必要だ。
 ここまで見ればわかるとおり、私の立場は、「財政赤字の拡大による減税」なんかを主張していないことがわかるだろう。均衡点の移動のためには、金は必要ないのだ。
 ついでに、理科系の人のために説明しておこう。ポテンシャルの高さがほぼ同じAおよびCという地点があるとする。ただし途中で、ポテンシャルの高いBという地点がある。ここは、山だ。現状は、Aであり、理想的な点は、Cである。AからCへ移動することが最も好ましい。では、そのために、どうすればいいか? 
 
      B
  A ──ヘ__   
         C

 古典派ならば「自由放任」を主張する。すると、Aという点からいつまでたっても抜け出せない。(縮小均衡の状態。)
 私の立場は、「中和政策」である。すると、AからBに上がるために、外部からエネルギーを与える必要がある。しかしその後、BからCへ下るときに、与えたエネルギーよりももっと多くのエネルギーを返却してもらえる。かくて、一時的にエネルギーを貸与することで、AからCへの移行が可能となる。
 ここでは、「差し引きしてエネルギーを消費しない」ということに注意しよう。財政政策にはコストがかかるが、中和政策にはコストがかからないのだ。むしろ、コストはマイナスで済むのだ。
 結局、何が肝心か? 「最適化」が、「自由放任」でなく、「適切な介入」によってなされる、ということだ。「自由放任にすれば最適化がなされる」ということはなく、「適切な介入をすれば最適化がなされる」ということだ。……ここに、マクロ政策の意義がある。こういうマクロ政策は、「自由放任で最適化」という主張をする古典派には、決して理解できないことだ。
( ※ ナッシュ均衡などの理論を知っておくとわかりやすい。)
 (2) 所得の効果
 では、均衡点を移動させるためには、どうすればいいか? ── それは、マクロ的に理解される。
 不況のときは、需要不足である。そして、需要不足のときには、需要を拡大するのは「所得増加」なのだ。
 これが重要である。このことを理解することが、マクロ経済学を理解するということだ。(前に詳しく説明したとおり。)
 ひるがえって、不況という供給過剰の状況で、供給側をいじろうとしてばかりいるのが、古典派だ。供給には問題がなく、需要に問題があるときに、供給側ばかりを正常化しようとする。
 たとえて言えば、栄養失調の患者に対して、「すべては心臓が問題です。心臓こそ身体の中核です。ここを健全にすれば健康は回復します」と主張して、心臓病の薬ばかり与えるようなものだ。栄養失調の患者は、栄養を与えることが先決だ。そう理解するのが、マクロ経済学を理解するということだ。
 ただし、これを曲解すると、次のように主張する人々も出てくる。
 ケインズ派 …… 「栄養失調ならば、栄養を与えればよい。ゆえに、患者のかわりに、医者であるオレがいっぱい食べてやる」
 マネタリスト …… 「栄養失調ならば、栄養を与えればよい。ゆえに、その患者のかわりに、隣の患者に栄養を与えればよい」
 ここで、患者は消費であり、医者は公共事業であり、隣の患者は投資だ。
 ケインズ派は公共事業を主張し、マネタリストは投資拡大を主張する。しかし私の説は、そのどちらでもなく、消費拡大だ。そのためにこそ、(一時的な)減税がある。

 では、中和政策の消費拡大とは、何を意味するか? 次のことだ。
 「働いてから金をもらう」かわりに「金をもらってから働く」こと。
 これは、対比的に示すと、次のことを否定している。
 「働かないゆえに金をもらわない」
 これが不況の状況だ。これはまた、「縮小均衡」の状況であり、前述の「GDPが少なめ(500兆円)」の状況のことだ。そして、この状況を抜け出して、「GDPが多めめ(540兆円)」の状況に移りたい。そのための方法が、「金をもらってから働く」ことである。つまり「減税のあとで増税」だ。
 「均衡点の移動」というのは、実は、ケインズ流に、財政政策による公共事業でやってもいいし、マネタリスト流に、金融政策による投資拡大でやってもいい。ただし、小幅の不況のときにはともかく、大幅な不況のときには、両方が無効になっている。莫大な公共投資をやるわけには行かないし、どんなに多額の量的緩和をやっても無効になっている。だからこそ、ここでは、消費拡大のための減税を一時的に実施するべきなのだ。(その方法が、「中和政策」ないし「タンク法」だ。)

 とにかく、私の提案しているタイプの「減税」は、「減税と増税」のセットであるから、経済学の教科書に書いてあるような「減税」とはまったく異なる。当然ながら、財政赤字は拡大しない。一時的には拡大するとしても、中期的にはお釣りが来る。
( ※ ついでに言うと、「減税は駄目。財政赤字は駄目」という方針は、財務省がずっと行なっているが、その結果は、「景気回復に失敗」つまり「不況の持続」であり、結果的には莫大な財政赤字を生み出している。財政赤字を減らすためには、一時的に財政赤字を増やすことが必要なのだ。 )

[ 付記 ]
 何だか話がごちゃごちゃしたようなので、簡単にまとめておこう。
 不況のときには、マクロ的な政策が必要である。そうしないと、最適化できない。(自由放任では駄目だ。)
 また、不況のときには、供給でなく、需要がネックとなっている。だから、需要を拡大する必要がある。しかるに、公共事業や金融政策は無効になっている。だから、減税しか有効ではない。(だから、消去法により、減税しか残らない。)
 しかも、減税というのは、最も王道の方法である。なぜなら、「所得増加」というマクロ的な効果があるからだ。つまり、公共事業や金融政策が無効ではないとしても、それでもやはり、減税が最も正当な方法なのだ。経済政策の王道は、増減税という所得政策なのであって、財政政策や金融政策なんかではないのだ。


● ニュースと感想  (3月25日)

 前項の続き。「自由放任の否定とマクロ政策の必要性」について。
 前項の話を補足しておく。(ただし、本項で述べる話は、これまで何度か述べた話と同趣旨。焼き直しふうのエッセー。ただのオマケ。)

 政府は所得制策(マクロ政策)をするべきだ、と前項で述べた。なぜその必要性があるか(自由放任ではダメか)というと、企業がエゴで行動するからだ。
 不況の回復期に、企業がちゃんと労働者に賃上げで報いれば、政府がいちいちでなくてもいい。しかし、自由放任だと、企業は賃上げをしないから、なかなか景気が回復しない。でもって、自分で自分の首を絞めるような馬鹿な企業のかわりに、政府が出てくる幕があるわけだ。
 「企業のエゴに任せれば、自由放任で、状況は最適化する」なんていう経団連の擁護をするような人々は、マルクスによって否定されている。
 「労働者をこきつかって、徹底的に搾取してやる。労働組合を作ろうとした奴らには、暴力団を使って弾圧し、労働者の権利を徹底的につぶす。有給も賃上げもすべてなし。スト権もなし。病気休暇もなし」
 こういう女工哀史みたいなのが、昔の労働体制だった。こういう企業エゴは、近代社会では否定されているのだが、いまだに古典派経済学者は、「企業エゴにまかせれば経済は最適化する」と信じている。でもって、現在、「トヨタや日産は史上最高にボロ儲けしているのに、労働者への還元はごくわずか」というふうになる。だから、総所得が増えず、景気はなかなか回復しないわけ。(トヨタも正社員はけっこう言い給与をもらっているが、期間従業員や派遣社員は薄給だ。現代版、女工哀史。)
 それでもまあ、トヨタは、最高利益を上げている分、絶対水準は悪くはない。ただし、トップ企業のトヨタが並みの給与だから、並みの企業は賃金下落の圧力がかかる。本来なら、トヨタは圧倒的な高給与にしているのが当然だ(成果主義ですね)が、そうしていないから、他の企業は「トヨタでさえあれだけなのだから、うちはもっと下げる」というふうになる。

 ベンチがアホやから、野球をやってられへん。企業と政府がアホやから、経済はずっと不況ですねん。…… 私だけがしきりに「アホ」と悪口を言っているが、たいていの人は、政府と企業の提灯持ちだ。「政府は何もしないのが正しい。企業は利益を溜め込むエゴ行動が正しい」とヨイショする。おかげで、国民の富は奪われる。
 国民の富は奪われると、どうなるか? マルクスならば「搾取だからけしからん。国民の取り分を増やせ」とパイの分け前を要求する。しかしマクロ経済学者は、別のことを主張する。「国民の富が奪われると、パイが小さくなるから、総需要も総生産も縮小して、企業自身が損するんですよ」と。……この事実を理解できない人々が多いのが、現状だ。


● ニュースと感想  (3月25日b)

 「ライブドアの抗争」について。
 ニッポン放送の新株予約権の発行について、「発行禁止」という高裁の判決が出た。つまり、ライブドアの勝利。
 この判決は、法律的には、当然だ。地裁の判決前には、「どちらが勝つかは五分五分」なんていう新聞記事もあったが、やはり、「ライブドアの勝利」というのが順当であったわけだ。(法律的には、当然。前にも私の述べたとおり。 → 3月04日c

 また、高裁は「フジによる取引停止は、不公正取引なので、独禁法違反の恐れ」を強く指摘している。普通、裁判所が争点でもないことをあえて「法律違反の恐れ」と指摘することはない。そういう指摘をするとしたら、よほどの違法行為だ。当然、このような違法行為は、マスコミが前もって指摘しておくべきだった。しかるに、マスコミは口をふさいだまま。
 一方、朝日や読売と来たら、いまだに「時間外取引はいけない」なんていう主張を何度も掲載している。時間外取引の件は、地裁・高裁ではっきり判断が下された。裁判所が判断を下したことを、外野があれこれと「気に食わん」と吠えても、犬の遠吠えにすぎない。こんな記事には、一文の価値もない。また、たとえその主張が成立するとしても、あまりにもささいな形式犯だ。せいぜい「文書の記載ミス」ぐらいの価値でしかない。それより、「不公正取引」という、れっきとした犯罪を報道するべきだろう。
 重罪を報道せず、微罪ばかりに目くじらを立てる。それがマスコミ。主客転倒。シッポが犬を振る。……馬鹿丸出しのマスコミ。法律音痴のマスコミばかりにうんざりしたら、小泉の波立ちを読みましょう。たとえば、不公正取引の件についても、 3月16日b にちゃんと指摘してある。これを読んで、転載すれば、高裁にいきなり指摘されて恥をかく、という失態をさらけ出さずに済んだはずだ。
 
 さて。それはそれとして、「ライブドアがフジテレビの株を買い占める」という報道がある。これについては、その趣旨の報道が出たあとで、フジがポイズン・ピル(毒剤)としての約款変更をして、ライブドアは当面はフジ株の買収をやめると言明した。とはいえ、同社の幹部は、買収の色気を見せている。
 そこで、私なりに、予測を述べておこう。
 「ポイズン・ピルによる株式買収防止は、ほぼ無効である」
 要するに、資本主義の世界では、物を買うのを阻止することは困難だ。何とか手法的に阻止しようとしても、手法的にそれを逃れる方法がある。モグラたたきみたいなものである。徹底的につぶすことは、困難だ。

 具体的に言うと、次のような「ポイズン・ピルの抜け穴」が考えられる。
 複数の企業で同時に少しずつ、フジテレビの株を買う。合計株数が過半数に満たない時点では、隠しておく。合計株数が過半数に達した時点で、表明する。その後は、次の二通り。
 一つは、それらの複数の企業と「企業合併」の形で、株式を吸収する。(子会社を経由してもよい。ペーパーカンパニーを利用する。)
 もう一つは、新株が発行されたあとで、それらの複数の企業が、新株を引き受ける。たとえば「弥生」という会社がフジ株を購入してから、フジ株をライブドアに売却する。フジが新株を発行するとしたら、ライブドアは新株を割り当ててもらえないが、弥生が新株を割り当ててもらえる。で、弥生が新株を割り当ててもらってから、ライブドアに無償で譲渡する。

 要するに、抜け穴なんて、いくらでも考えられる。「金を払えば物を買える」というのは経済の原則であり、株もまた例外ではない。売買を阻止しようとして、変な手法(ポイズン・ピル)を使っても、その手法の抜け穴は、いくらでも見つかる。「抜け穴ふさぎ」なんてのを、いくら考えても、モグラたたきだから、手遅れだ。

 [ 付記1 ]
 それはそれとして、ニッポン放送などの連中は、ひどいね。負けるのに決まっている「新株の発行」なんてのをやったりして。これは、時間稼ぎ以外、何もやっていないことになる。頭が悪すぎる。頭が古すぎる。こんなことだと、経済の喧嘩にはとうてい勝てません。
 また、ライブドア側の主任弁護士が、途中で辞任したが、この人も、頭が悪いですね。勝てるに決まっている裁判で、途中で辞任するなんて、経歴に傷が付くだけだ。どうせなら、何もしないでいれば、「歴史的な大勝利」というハクがついたのに。……もしかして、フジの側から、「辞めろ」と圧力がかかったのかも。だとしたら、そう見られる分だけ、余計にカッコ悪い。「相手側から圧力を受けて辞任した、腰砕け弁護士」と見なされる。最低。
 教訓。勝ち負けを見極めた上で、勝ち馬に乗るべし。目先の小さなニンジンに引っかかって、勝ち馬から途中で降りると、馬に馬鹿にされる。

 [ 付記2 ]
 「堀江社長の経営のもとでは、やっていられない」という(ニッポン放送とフジの)社員の声が、しばしば新聞で報道される。しかし、こういうのは、まったくの誤解に満ちた虚報である。虚報を掲載するのはやめてもらいたいものだ。
 資本家と経営者とは、異なる。株主と社長とは、異なる。なのに、この両者を混同しているのが、社員とマスコミだ。
 ホリエモン本人が述べているように、彼は自分では会社を経営しない。彼の仕事は、一般の会長や株主と似ており、社長を選任することだ。日常の経営は、社長がやるのであって、会長や株主がやるのではない。
 ここを誤解して報道するべきではない。
 結語。
 現状のマスコミは、ひどすぎる。「不公正取引」という事実については、何も報道しなかった。「ホリエモンの経営」という夢想については、ありもしないことを事実であるかのように報じた。事実については報道せず、虚偽ばかりを報道する。それがマスコミ。
( → 【 追記1 】( 03-10 ) にも同趣旨 )


● ニュースと感想  (3月25日c)

 「生体認証システム」について。
 掌静脈・指静脈・虹彩という3通りの生体認証技術をともに採用した1台3役のATMが開発された。(各紙・朝刊 2005-03-24)
 ただし、この機械には、政府の推進する「指紋」はありません。馬鹿らしい認証技術だから。( → 3月15日b 指紋認証 )

 [ 参考 ]
 関連情報は、さまざまなニュース検索で。(検索リスト)
   → ニュース検索 yahooニュース検索 gooニュース検索 infoseek
 特定情報は、次のサイトで。
   → 生体認証1生体認証2指紋認証


● ニュースと感想  (3月26日)

 「ライブドアの抗争」について。
 ニッポン放送の所有するフジ株式を、ソフトバンク系列の会社に貸与したという。ライブドアへの妨害策。(各紙・朝刊 2005-03-25 )
 まったく。呆れますねえ。男は勝負したら、勝敗に従うべし。負けたら負けたとはっきり覚悟を決めるべし。だらだらと逃げるのは、潔くない。カッコ悪い。みっともない。サイテー。
 はっきり言っておこう。これはニッポン放送の幹部による「業務上背任」(特別背任)という、れっきとした犯罪だ。豚箱入り。フジとソフトバンク系列会社は、この犯罪に加担している。共謀で訴追されても当然だ。
 新聞は「ホワイト・ナイト」だの「クラウン・ジェル」だの、馬鹿げた用語で解説しているが、「ホワイト・ナイト? 白夜ですか?」ととぼけた国会答弁をした小泉の漫才パフォーマンスの方が、まだマシに見える。
 だいたい、「ホワイト・ナイト」だの「クラウン・ジェル」だのは、勝負が決していないときならば意味をもつが、勝負が決したあとでは、ただの「会社の利益の毀損」にしかならない。当然、業務上背任。違法行為。
 ついでだが、このソフトバンク系列の会社の経営者は、「孫正義の判断は仰がなかった」と強調した。わざわざこんなことを強調するのは、なぜか? 通常では自己の失態としか見せないことを、なぜ強調するのか? 自分のやっていることが、後ろめたいからだ。で、「豚箱に入るときには、孫正義を巻き添えにしたくない」と考えたわけだ。
 情けない。自分のやっていることが犯罪的だと自覚していることになる。「正しいことをやっています」と堂々と宣言できないから、かろうじて退却路を設定しておく。要するに、「自分のやっていることは、ただのいやがらせであり、正当な経済活動ではない」と、わかっているんですね。そういうことを、あえてやる。人間として、最低。

 なお、これがどうして問題かを、はっきりと指摘しておこう。
 「今回の行為は、大株主の利益を損なうことだけを目的としてなされた、反・利益的な行為であるから」
 仮に、ライブドアが半数を制していない時期であれば、「ライブドアの意図を挫くため」という理屈が成立する。その場合は、「ホワイト・ナイト」だの「クラウン・ジェル」だの、そういう概念も成立する。
 しかし、ライブドアが半数を制したあとでは、もはやライブドアの株数を減らすことはできないのだから、「ライブドアの意図を挫くため」という理屈が成立しない。かわりに成立するのは、「いやがらせ」であり、「大株主の利益を損なうこと」である。
 こういう行為が成立するとしよう。次のことが横行する。
 こうなれば、日本経済は、メチャクチャだ。そして、そういうことを避けるために、「業務上背任罪」というのがあるのだ。ニッポン放送は、この犯罪を犯している。
 なお、「フジ産経グループに残ることがニッポン放送の利益になるから」という主張は、成立しない。仮に、その説が成立するなら、単に「フジ産経グループに残る」と取締役会で決議すればよい。それだけのことだ。
 今回の株式貸与は、経営方針を決めるためにあるのではなくて、将来の経営方針の決定権を失うためにある。経営の是非ではなくて、経営の是非を決める能力を失うことが、問題となっている。ここのところ、勘違いしないようにしよう。
 例。「ハンバーグと魚のどちらでも食べられますよ」という状況のときには、単にハンバーグを取ればよい。「魚を食べたくないから、魚を捨ててしまう」という方針を取った子供は、親にぶん殴られます。ここでは、「ハンバーグか魚か」という選択が問題になっているのではない。ここを勘違いする論拠が多いので、だまされないように、注意しよう。
 また、「五年後に返してもらえるから問題ない」というのも、成立しない。五年間、失われてしまうからだ。仮に、こんな言い逃れが成立するなら、「五億年後( or 無限時間の後)に返してもらえるのでもいい」というのが成立してしまう。屁理屈。
 
 [ 付記1 ]
 今後の見通し。業務上背任(特別背任)で、ニッポン放送の幹部が訴追される。ソフトバンク系列会社と孫正義は、不正義のカドで裁判所に呼ばれる。そのうち、腰砕けになる。
 仮に、腰砕けにならなければ、ソフトバンクが増長して、フジを支配する。孫正義は、かつてマードックと組んで、テレビ朝日を支配しようとした、国賊だ。「外資による支配の恐れ」なんてのではなく、堂々と「外資による支配」を実行しようとしたのだ。だいたい、孫正義自体が、名前からもわかるとおり、外国系である。経歴だって、外国にさんざん出掛けて、日本離れしている。彼は日本への愛国心なんて、ほんのかけらさえもない。(日本への敵対心ならばあるだろうが。)
 フジテレビやニッポン放送の社員は、「ライブドアによる買収はいやだが、ソフトバンクによる買収ならば歓迎する」という声が多いという。馬鹿丸出し。ソフトバンクなんて、白装束の軍団からわかるとおり、最低の企業でしょうが。気違いじみていますね。ソフトバンクの支配下になったりしたら、リストラで、大幅な給与ダウンや首切りに襲われるだろう。
 こういう狂気の社員にも呆れるが、これを堂々と報道するマスコミにも呆れるね。まるでオウムの信者の「麻原はすばらしい指導者です」という声を堂々と報道するようなものだ。「事実なんだからそのまま声を報道します」という名目で、狂気の声をマスコミで流布する。
 独裁者によるマスコミ支配を「すばらしい」と称賛する狂気の声を、そのまま掲載するマスコミ。マスコミによる狂気の二重奏。

 [ 付記2 ]
 悪夢のシナリオ。
 ソフトバンクがフジテレビの株式を大量に取得し、マードックと組んで、フジを傘下に収める。マードックが「オレの気に入らない意見は全部排除」と主張して、アメリカのFOXテレビとそっくりにする。ブッシュ礼賛ばかりを放送したように、小泉礼賛の放送ばかりをやる。反対する社員は全部追放。フジ産経グループはもともと右翼の塊だから、ほとんどの社員が賛成する。「マードック万歳」と唱和する。
 ついでに、日本テレビも、ナベツネの方針が取られる。かくて、日本の二つの民放と、一つの半・国営放送(NHK)は、政府の軍門に下る。「保守は万歳」というニュースばかりを放送して、「武力行使賛成、自衛隊派遣賛成」という意見ばかりを垂れ流し、国民を洗脳する。
 再び、戦争勃発。今度は、北朝鮮と。北朝鮮がテポドンを発射するが、ほとんどは日本海に落ちる。たまに日本に届くのもあるが、たいていは田畑や森林に落ちるだけ。(日本の国土の大部分は森林だから。人口密集地はごく少ないが、そこに当てるだけの精度はテポドンにはない。)結局、田んぼに穴があくぐらいの被害だけ。
 しかし、これに乗じて、ブッシュが日本に軍隊を派遣して、日本を占領する。西半分は、孫正義を大統領にしたあと、韓国に併合させる。東半分は、マードックを知事にして、アメリカの管理下に置く。(プエルトリコみたいなもの。)
 かくて、孫正義とマードックとブッシュが大喜び。番犬として、小泉を雇い、犬小屋に入れる。
 かくて、日本支配計画は、大成功。道化役は、金正日。さんざんブッシュに利用されたあとで、捨てられる。小泉だけは、シッポを振るので、飼ってもらえる。


● ニュースと感想  (3月26日b)

 「キルギスの革命」について。
 かつてはソ連に属していたキルギスで、革命が起こった。人民が蜂起して、大統領は国外逃避する。(各紙・朝刊 2005-03-25 )
 これは、古典的な革命ですね。フランス革命みたいだ。違いは、暴力をともなわないこと。暴力革命でないこと。デモからいつのまにかなだらかに庁舎占拠に至った。ソ連からロシアが独立したときに少し似ている。(あのときは軍がロシア政府の庁舎を攻撃する構えを見せたが。)
 ウクライナでも政権交替があったが、あれは選挙を経ていたので、革命というほどではなかった。政権交替がスムーズに行かなかっただけだ。今回のは、古典的な革命。
 今どき、こんなのが見られるとは、思ってもいなかった。歴史を体験する。

 [ 付記 ]
 どうせなら、中国や韓国でも、革命が起こればいいのだが、ここでは、民衆が政府に洗脳されてしまっている。ちょっと無理。北朝鮮と同様ですね。いや、もっと悪い。
 せめて日本政府が、正々堂々と反論すれば、中国や韓国の洗脳状態を解くことができるのに、「黙って頭を低くしてやり過ごす」という立場。だからいつまでたっても、中国や韓国とのトラブルが絶えない。
 「植民地政策を反省せよ」
 「はい、すみません」
 なんて馬鹿げたことを半世紀も繰り返す。こんな馬鹿なことをやっているのは、世界広しといえど、日本ぐらいですね。馬鹿にされたあげく、竹島をぶんどられる。そのうち、日本全土をぶんどられるかも。
 「植民地にされていたから、逆にこっちがおまえを植民地にしてやる」
 「はい、すみません」
 なんてね。漫才みたい。


● ニュースと感想  (3月26日c)

 「愛・地球博の開幕」について。
 愛・地球博の開幕というテレビ番組があちこちにあふれている。ざっと見たが、面白そうではある。だが、「看板に偽りあり」と指摘しておこう。
 これは先端技術の博覧会のようだ。あれこれと最先端の情報技術が触れている。テーマも、環境がテーマになっているらしくて、その意味では「地球博」の名に値する。しかしながら、残念なことに、「愛」がない。
 ふん。「愛」という言葉の安売りは、やめてもらいたいものだ。愛もないのに「愛」という言葉だけをふりまくのは、口先男のやることだ。一番、下劣だ。
 たとえば、障害者対策や高齢者対策など、ほとんど見られない。技術開発にしても、障害者や高齢者のためのサイボーグ技術はほったらかしにされて、技術者の自己満足のロボット技術ばかりがあふれている。優しさのカケラもない。トヨタのロボットなど、寒々とした表情で、ETみたいに気持ち悪い。案内ロボットも、まるで死人かゾンビみたいだ。
 だから、ロボットがあふれているのは、すばらしいというより、寒気がするね。ロボットの侵略だ。人間様が追い立てられそうだし、そのうち、殺されるかも。
 というわけで、「看板に偽りあり」と指摘しておこう。
( → 5月31日7月29日 ロボットよりもサイボーグ )
( → 3月08日 ロボット様による侵略 )

 [ 余談 ]
 愛があると見えるのは、キャラクターのキッコロとモリゾーというマスコット。これだけは、愛があると見える。これだけは、ロボットでなく、ぬいぐるみ。……皮肉ですね。

 [ 付記 ]
 この博覧会では、弁当の持ち込み禁止や、コンビニによる弁当販売の数量制限などをして、会場内の売上げを増やして、協会の利益を増やそうとしている。「うんと儲けが出そうだから、儲けが出たらこうしたい」などと、皮算用を練っているという。(朝日・朝刊・経済面 2005-03-25 )
 では、それは、協会の努力か? 実を言うと、この博覧会には、税による支出が 900億円もあるそうだ。(朝日・朝刊・社説 2005-03-25 )
 要するに、こういう図式。
   (税金の流れ)  国民の財布 →  政府   → 万博協会
  (食事代の流れ) 国民の財布 → 飲食店 → 万博協会
 国民の財布から、金が二重にぶんどられて、万博協会の懐に入る。幹部は、ウハウハ。
 愛・地球博で、協会わいわい、国民窮迫。


● ニュースと感想  (3月27日)

 「サッカーのイラン戦での敗北」について。
 サッカーで日本がイランに敗北した。当然ですね。国内の控え組との戦いでも、1対2で負けているんだから。
 要するに、ジーコなんかを監督にしたのが、失敗。トルシエが最善だが、誰も監督にしないのが次善の策だった。それなら、前回のチームを基準にして、少しだけ向上したはずだ。(選手の成長の分だけ向上。作戦は前回のまま。)
 今回のチームは、前回のチームをいったん解体した。その上で、選手の意思に任せた。つまり、チームとしての戦略を解体したまま、ゼロにした。……負けて当然。
 システムでは、3バックを全面否定して4バックにしたあとで、作戦もなしに3バックに戻した。そのあげく、本番ではふたたび不慣れな4バックにした。最悪。
 選手は、欧州組を主体としてチームを形成しながら、欧州組を呼ばないで練習した。最悪。
 どうせなら、トルシエのように、(欧州組を主体としないで)全員を同じように扱って、「誰が出ても大丈夫」というふうにするべきだった。なのに、「欧州組だけでチームを形成」としながら、「欧州組なしで練習」をして、「本番では欧州組だけ」だ。あまりにも、ちぐはぐ。
 作戦も、「4バックがいい」と大々的に主張しながら、3バックに戻して、本番では4バック。あまりにも、ちぐはぐ。
 負けて当然。これまで(ロスタイムで点が入ったりして)僅差の勝利が続いていたのは、ただの運でしょう。国内組を出していれば、引き分けに持ち込めたかもしれないが。……ただし、それには、ジーコ解任が必要。

 [ 付記 ]
 トルシエのときには、どんなに勝利しても、嵐のようなトルシエ非難を浴びせる。ジーコのときには、どんなに敗北しても、「神様」と崇める。……狂っているとしか思えないんですけどね。


● ニュースと感想  (3月27日b)

 「ライブドアの抗争」について。
 ライブドアの抗争が、ますます面白くなってきた。3月16日b には、こう書いた。
 「フジテレビの社長が逮捕される可能性が出てきた」
 「これは、明白な不公正取引に当たる。独禁法違反だ」
 ここでは、「逮捕される可能性」と示唆しただけだったが、いよいよ、本当に逮捕されそうだ。というのは、ニッポン放送の所有するフジ株式を、ソフトバンク系列の会社に貸与したからだ。

 これは、二通りの解釈が成立する。
 一つは、「ニッポン放送の利益になる」場合だ。この場合は、ニッポン放送の経営者は、逮捕されない。そのかわり、フジの社長が、「不公正取引」を強要したカドで、逮捕される。罪状は、「不公正取引」および「強要・恐喝」だ。要するに、総会屋というゴロツキと同様である。脅迫して、数百億円にも上る株式を、没収したわけだ。史上最悪の総会屋だ。
 もう一つは、「ニッポン放送の利益にならない」場合だ。この場合は、ニッポン放送の経営者は、逮捕される。なぜか? ニッポン放送の経営者は、フジの経営者ではない。だから、「ニッポン放送の利益にならないが、フジの利益になる」行為をすれば、業務上の背任になる。かくて、「背任罪」で逮捕される。同時に、背任を共謀したフジの社長も、「強要・恐喝」の罪で逮捕される。……なお、これを免れるとしたら、ニッポン放送の経営者個人に対して強要・恐喝したのではなく、ニッポン放送の会社に対して強要・恐喝した場合。その場合は、不公正取引になるから、先の理由で逮捕される。

 というわけで、罪状は異なっても、いずれにせよ、フジの社長は逮捕される。フジテレビが関与していなければ(ニッポン放送の独断であれば)、逮捕されないが、今回は、フジとの共同(共謀)行為であることを、はっきりと声明しているのだから、それはありえない。先に二通りのいずれかだ。かくて、逮捕。
 逮捕の時期は、公正取引委員会またはライブドアの告発を受けたあと。できれば、公正取引委員会に頑張ってもらいたいですね。社会正義と法律のために。さもなくば、公正取引委員会は、張り子の虎であり、存在価値がない。

 [ 付記1 ]
 それとは別に、今後の見通し。シミュレーション。
 最後のあたりは、前日分の記述を参照。( → 3月26日
 この最後のところはもちろん冗談だ。

 [ 付記2 ]
 フジテレビの今回の方針は、「提携」を不可能にした。徹底抗戦をしたゆえに、もはや、和睦は不可能だろう。当然、全面戦争だ。
 ライブドアはもはやフジに対して「提携」をもちかけることはあるまい。フジの日枝を豚箱に入れること。それだけを目的とすればよい。和睦はありえず、フジの全面降伏だけがあり得る。フジとしては、訴追を免れるために全面降伏するか、訴追されて社長を豚箱に入れるか、二つに一つしかない。
 それにしても、今回のフジテレビの方針は、大失態でしたね。現実的には、完全に全面降伏するしか、道は残されなくなった。
 ただし、ライブドアが「小泉の波立ち」を読んでいれば、の話。読んでいなければ、負けちゃうかも。……たとえば、高裁の判決の前には、「小泉の波立ち」を読んでおけば、いちいち裁判官に「不公正取引」なんて指摘される前に、自分で主張できたはずなのだ。なのに、そうしなかった。大失態。
 結論。「小泉の波立ち」を読んだ方が勝ち。

 [ 付記3 ]
 朝日はライブドアの敗北を予想している。「株主に損失を与えたと言えるかどうか疑問だ」と。(朝日・朝刊・経済面 2005-03-26 )
 朝日の記事は、「株価が下がらなければ損失をこうむったことにならない」という趣旨だろうが、これは三つの意味で間違い。
 第1に、損失を受ける(はずだった)のは、株主一般ではなく、ライブドア。ニッポン放送の狙いは、フジの利益を増やし、大株主であるライブドアに損をさせること。これは、日本中の新聞に出ているのだから、否定のしようがない。
 第2に、株主一般は、結果的に損をこうむった。株価が下がったので。また、株価が下がるのは、当然予想できたはず。
 第3に、株の価値の基本部分は、議決権である。株というのは、議決権があるから、資産価値がある。議決権のない株など、ほとんど無意味だ。ちなみに、議決権のない株を市中で流通させれば、非常に低い株価にしかならない。(優先株は、議決権がないが、倒産時に優先権を受けられるというプレミアムがつく。だから、まともな株価が付く。単なる議決権消失の株価など、配当しかもらえない。無意味。)
 「株式から議決権が消失してもいい」なんていう主張が堂々とまかり通ったら、資本主義が崩壊する。狂気的だ。

 [ 補足 ]
 前日の記述への補足として、付け加えておこう。
 ニッポン放送の今回の方針は、マスコミの報じるような「ホワイト・ナイト」や「クラウン・ジェル」などの言葉では、表現されない。正しくは、「焦土作戦」である。用語を間違えないようにしよう。
 「焦土作戦」とは、「破れかぶれ」または「自暴自棄」のことだ。その本質は、狂気である。比喩的に言えば、こうだ。
 「北朝鮮が日本を侵略しそうだ。しかし、北朝鮮に支配されるくらいなら、日本を焦土にした方がマシだ。ゆえに、米国に頼んで、日本中に原爆を落としてもらう。これならもう、北朝鮮に侵略されないだろう。……国民が皆殺しになるが、それはそれでいい。そうすれば、北朝鮮には殺されないから、幸福だろう」
 これと似た発想をした人はいた。ヒトラーだ。負けそうになったら、ドイツ国内で金持ちを次々と虐殺したり、また、人類の至宝とされる印象派の名画などを「焼却せよ」と命じた。(かろうじて救われたものもある。)……これもまた、焦土作戦。
 こういう例を見ると、「狂気だ」というのは、はっきりとわかる。ところが、ヒトラーがやればわかるが、自分がやるとわからない。それが今の日本だ。
 マスコミに至っては、狂気を狂気と指摘するどころか、原爆を落とす人を「白馬の騎士」と称して、さんざん持ち上げる。頭がイカレている。頭が焦土化されている。

 [ 余談 ]
 ついでだが、「white knight」は、「白馬の騎士」ではなく「白騎士」です。どちらかと言えば、チェスの「knight」の白い駒に似ている感じ。「白騎士」は、馬じゃなくて、(イメージ的に)騎士の衣装が白い。一方、「白馬の騎士」というのは、少女の夢想において、「素敵な花婿」という意味。間違えないようにしましょう。……日本のマスコミの知識は、少女マンガ並み。


● ニュースと感想  (3月28日)

 「サイボーグ技術」について。
 下半身(下肢)の機械化をする、パワー・スーツが開発された。6月に愛・地球博で発表の予定。将来は量産化するつもり。(朝日・夕刊・科学面 2005-03-26 )( 京都新聞のサイト にも共同通信の記事。)
 これは、私の推奨した「サイボーグ技術」である。好ましい方向に状況が進んでいるようなので、ここに紹介しておいた。

 [ 付記 ]
 朝日や共同通信の記事では、「ロボットスーツ」という用語で解説している。たぶん、開発者がこの言葉を使ったのだろう。
 しかし、正確に言えば、これは用語ミスだ。なぜなら、「ロボット」という用語は、次の二点を満たすことが必要だからだ。
  ・ (手や足などの部分ではなく)全身をもつ。
  ・ (生物の助力を必要とせずに)自力のみで動く。
 今回の技術は、そのいずれをも満たさない。ゆえに、「サイボーグ」または「パワースーツ」と呼ぶべきだ。
 なお、「ロボットスーツ」という用語で示されるものは、マンガのガンダムがあるが、上の二つの条件をいずれも満たす。
 第1項は、自明。
 第2項は、わかりにくいかもしれない。ガンダムの手足を動かすには、人間の操作が必要だ。しかし、ガンダムの馬鹿でかい手足そのものの動力源は、完全に機械だけである。人間の動力は不要だ。一方、今回の技術は、人間の動力を必要とする。人間の動力を、ほぼ2倍に拡大するだけである。人間の動力がゼロの場合には、機械のパワーもゼロしか発揮されない。

 今回の記事のような機械は、自立的でないし、部分的な器官に相当するので、ロボットでなくサイボーグに相当する。「何でもかんでもロボットという用語を使おう」と思うのは、勘違いだ。
 一般に、部分機器を人体と一体化して装着し、装着者の意思によって部分機器を操作する場合、その技術は、サイボーグ技術である。一方、ロボットは、人体からは分離しており、それだけで自立する全身である。用語を間違えないようにしよう。
( → 11月23日

( ※ ただし現実には、この間違った用語が幅を利かせている。素人が多すぎるせいかな。……ネットでも「ロボットスーツ」という用語がかなり検索される。本当は「パワースーツ」 powered suit なんですけどね。)
( ※ この手の用語ミスが広がると、概念がひどく拡散しそうだ。仮に、全身でない部分機器を「ロボット」と呼ぶのであれば、ただの店内監視カメラでさえ、人間の目の代替をしていることになるから、これもまたロボットになってしまう。もっと原始的には、ただのスピーカーさえ、人間の発声器(喉)の代替をしていることになるから、これもまたロボットになってしまう。また、人工心臓や、人工呼吸器や、人工透析機さえも、ロボットになってしまう。ひょっとして、人工咽頭や、人工肛門や、ただのメガネさえも、ロボットになってしまう。……馬鹿げた話だ。部分機器をロボットと呼ぶことはないのだ。もちろん、人工的な下肢を(半分だけ)機械化しても、それをロボットと呼ぶことはないのだ。)

 [ 余談 ]
 器官を損傷した人のために、フランクフルト・ソーセージふうの部分機器もあるといいかも。
( → 次項の最後。)

  【 追記 】
 「ロボットの定義」について。
 「ロボットの定義として、上記の定義は不適切では? ロボットとアンドロイド(人型ロボット)との境界が曖昧だ」
 という質問が来たので、一応、答えておく。
 その質問は、ちょっと、方向が違う。上記の定義は、「人型」(など)であることを前提とした上で、ロボットとサイボーグを区別する。つまり、上記の定義は、ロボットの定義ではない。
 では、ロボットの定義は? 実は、これは、かなり面倒だ。「自律行動をする機械」というのが、無難なところだが、これは基本である。現実には、用語の概念がかなり拡散している。たとえば、産業ロボットは、自律行動をしない機械だ。ただの工作機械にすぎない。ただし、人間の労働者の替わりをする。その意味では「人間並み」である。また、Web 検索ロボットも、同様だろう。……これらでは、かなり概念が拡散している。
 ロボットという用語は概念がかなり広い。そのなかに、アンドロイドやパワースーツも含まれる。ただし、サイボーグまでロボットに含めるのは行き過ぎだ、というのが、私の判断だ。
 おおざっぱに図示的に表示すると、次の図式。

   産業用ロボット   アシモ    サイボーグ
       ……━━━━━━━━……

 ロボットの範囲は、アシモを中心として、左は産業用ロボットから、右はサイボーグまで。
 さて。ここで、両端における境界線が問題となる。つまり、産業用ロボットやサイボーグが、ロボットに含まれるかどうかが、問題となる。
 右の境界線を見て、私は「サイボーグはロボットではない」と主張している。それが本項の話題。(人型または二足歩行を前提としながらの話。)
 一方、左の境界線を見て、「産業用ロボットはロボットか」というような話題もある。これは、本項では扱っていない。(このあたりは概念が拡散しているから、用語の定義はあまり意味がないと思う。扱う分野ごとに用語を定義すればよい。)
 なお、図では、例示すると、こうだ。アトムやエイトマン(ヒューマノイドないしアンドロイド)は、アシモの少し右側。鉄人28号やガンダムは、アシモの少し左側。


● ニュースと感想  (3月28日b)

 「性犯罪の抑制」について。
 暴力的な性犯罪(わざと曖昧な用語で書きます)をする犯罪者は、再犯率が非常に高いという。性衝動を自分でも制御できないので、たとえ刑務所で矯正教育を受けても、まるきり効果がない。かろうじて犯行を抑えられるのは、年を食った場合だけ。つまり、とても長期間にわたって服役して、年のせいで性衝動がなくなった場合だけ。……これは、法学者がそう主張しているのではなくて、性犯罪者本人がそう語っている。「自分でもどうにもならないんだ」というふうに。
 で、そういうわけで、いつまでたっても、性犯罪者によって人生を破壊されたり生命を奪われたりする女性が、後を絶たない。(読売・朝刊・社会面 2005-03-25 )

 私の見解。はっきり言って、これは、病気である。病気は医学的に治療するのがベスト。刑務所で矯正する、というのは、まったく無意味だ。なぜなら、これは、脳の問題ではなくて、性ホルモンの問題だからだ。「その行動はよくないことですよ」と脳に教えても、まったくの無駄だろう。そもそも、そんなことは、脳はわかっている。しかし、性ホルモンが脳を乱すのだから、脳に責任を取らせるのは、まったくの見当違いだ。服役させたとしても、まったく効果がないのは、当然だ。単に税金の無駄遣いをやっているだけだ。
 性犯罪というのは、一般に、性ホルモン過剰症である。だから、性ホルモンの分泌を下げるように、外科的に処置をすればよい。去勢(精巣の摘出・放射線照射)を片側だけやるのでもいいが、もうちょっと弱い形でもいい。(ちょん切るのとは違います。)
 これは、器官を損ねることのように見えるので、「非人道的だ」と非難するような、エセ人道論者が必ず出てくるはずだ。しかし、病気の組織を部分的に削除するのは、ただの治療であるにすぎない。癌細胞を除去するのと同様である。
 ちょっと似たものに、ロボトミーという手術がある。これは脳を部分的に破壊することなので、非人道的だ。当然、非難される。しかし、性ホルモン過剰を抑制して、人並みの分泌量に下げるのは、少しも非人道的ではない。むしろ、人道的だろう。健全にするわけなのだから。
 たとえば、巨人症では、成長ホルモンが過剰に分泌されて、短命になる。副腎皮質ホルモンが過剰になると、クッシング症候群という病気になる。いずれも、治療を要する。病院に行けば、ちゃんと治療してくれる。ところが、性ホルモン過剰症に限って、ちゃんと治療してもらえない。かわりに、豚箱に入れられ、人生を奪われる。これこそ、非人道的。
 読売は、性犯罪の抑制をめざすキャンペーンをやっているようだ。その意図は良いとしても、「重罪で対処」とか、「性犯罪者を世間に告知せよ」とか、そんなことをやっても、何の対策にもならない。冒頭に述べたとおり、「自分でもどうにもならない」行為なのだから。
 かろうじて少しだけ効果があるのは、「性ホルモンを抑える」という薬物療法。( 読売・朝刊・社会面 2005-03-27 )……ただしこれは、飲み忘れると、効果はない。

 そこで、私の提案。
 性犯罪者には、次のように判決するとよい。(そのために法律を改正する。)
 「被告は、有罪。ただし、性ホルモン過剰という病気が本質だから、この治療を受けることを前提に、刑を大幅に減じる。判決。器官をすべてちょん切った場合は、刑の執行猶予。外科的な治療(去勢)の場合は、短期の禁固。単なる内科的な治療(薬物療法)の場合は、中期の懲役刑。治療しない場合は、性欲が減じるまで(老人になるまで)、長期の禁固。どれに決めるかは、本人の選択に任せる」
 なお、性犯罪のあげく殺人を犯した場合については、前に述べたことがある。再掲すると、こうだ。(元の箇所は → 8月02日a

 粗暴犯については、死刑と無期刑の間に、「去勢つき懲役刑」というのを選択実施できるいいだろう。たとえば、
 「本件は、きわめて残忍であった。自らの性的欲望に駆られて、若い女性を陵辱し、あげく、被害者に逃げられるとまずいと思って、身勝手に殺害した。そんなことを五回も繰り返した。人倫にもとる野獣とさえ言える。遺族の悲しみは、察するにあまりある。……しかしこの犯罪は、本人が先天的に男性ホルモン過剰体質であったのが根本原因だ。そのせいで、粗暴な獰猛な性格となり、自分でも自分を抑えきれなくなってしまった。これはあくまで性格であり、精神病ではないから、本人の責任は免れない。しかし、男性ホルモン過剰という体質さえなければ、このような犯罪は行なわれなかったはずなのだ。……そこで、次の判決を下す。原則として、死刑。ただし、本人が自発的意思により去勢を受ければ、無期懲役に刑を減じる。どちらがいいかは、本人が決めればよい」
 なお、仮に私が女性の立場だったら? やはり、ちょん切ってやらないと、気が済まないですね。その場合、メスで切るのではなくて、肉切り包丁で切る。麻酔なしで、ジョッキン。フランクフルト・ソーセージが一本できる。


● ニュースと感想  (3月28日c)

 「遺伝子の修復」について。
 メンデルの法則を覆す研究結果、米国の科学者チームが発表 という記事がある。内容は、以下の通り。
 「植物は、親の世代が遺伝的な欠陥を持っていたとしても、正常に発達するために祖父母かそれ以前の世代から受け継いだ別の遺伝情報を選択することがあるという。」
 「ヒトにも遺伝的欠陥を回避したり、さらにはそれを修正したりする能力があるのか、という問題が提起されることになる」
 「正常なDNAの回復を実行する特定の遺伝子が組み込まれているのかどうかもわかっていない。……正常な遺伝子の鋳型がどこに保存されており、何がその発現のきっかけとなるかを突きとめるには、もっと多くの遺伝子を対象としたさらなる研究が必要だろう」
 「他の科学者たちは、この研究を「素晴らしい」と絶賛している。」
 ふん。どうってことはないですね。当り前のことだ。私の進化論のページを見れば、どうしてそういうことが起こるかは、一目瞭然だろう。
  → クラス進化論のサイト
 ま、本項ではいちいち解説はしませんが、上記サイトの「第2部 概要」というページを読めば、わかります。(ただし、直接の解答は書いてないので、ちょっとだけ頭を働かせる必要がある。やや優秀な高校生ぐらいの頭があれば、わかるはず。)


● ニュースと感想  (3月29日)

 「有機材料」について。
 ナタデココを材料にした電子基板、という新発明が先日報道された。その続報としての、本人へのインタビューがある。先端技術の材料は開発され尽くされたと思えたが、まだまだ新材料は見出される、という本人の話。(朝日・朝刊・2面・コラム 2005-03-28 )
 先端技術の材料は開発され尽くされた、ということはありえないのだが、工業技術者の間では、そんな「研究の行き詰まり」を感じている人も多いのだろう。
 しかし、先端技術では、高コストのものが可能である。たとえば、情報機器やロボットでは、グラムあたりの単価が千円〜1万円ぐらいでも採算に乗る。鉄などに比べればずっと高価格だから、先端技術をつぎ込める。
 では、どんな材料があるか? 研究され尽くされたのは、無機材料だ。有機材料は、まだまだ宝の山だ。特に、生物由来の有機材料。分子数が数万以上になるタンパク質など。工業的に作成することは不可能だが、生物由来のものを加工することは可能だ。ナタデココも、その一例。カイコの繭から化粧品が作られることもある。

 この伝で言うと、ロボットに有機材料を使ってほしいですね。現在のロボットは、冷たい無機物質ばかりだ。むしろ、有機物質を使って、人工筋肉などを使う方がいい。緻密なモーター制御なんかより、人工筋肉でおおざっぱに制御する方が、よほどまともな動きが可能だろう。
 未来の先端技術。それは有機ロボットだ。発想の大転換。物真似ばかりをやるトヨタやソニーと違って、どこかの大学研究室でやりませんかね? 無機ロボットはホンダに任せればよい。どうせ、商売になるのは、有機ロボットだけだ。(柔らかい肉体なら、人間を傷つけない。)


● ニュースと感想  (3月29日b)

 「地震の発生確率」について。
 全国各地における、地震の発生確率というデータ(地図形式)が、発表された。該当サイト でも公開中。(読売・朝刊・2面 2005-03-24 。なお、読売が掲載したサイトは古いサイトであり、 24日現在やたらとビジー状態であるようだ。)
 このデータを見ると、福岡では発生確率が 0.1%未満だ。それでいて、つい先日、福岡で震度6ぐらいの大地震が起こった。この発生確率、まったく当てになりませんね。
( ※ このデータは福岡の地震があったあとで補正されたわけではなく、地震が起こる前のデータであるはずだ。日程からして、補正する余裕はないので。だから、「福岡の発生確率は99%」と記しておくべきなのだが。全然、はずれ。)

 ついでだが、「確率」という用語は、不適切。1回限り、または、1回あるかないかという現象には、「確率」という用語は使えない。使えば、無意味になる。かくて、このデータは、用語レベルではほとんど無意味。
( → 4月05日
( → シュレーディンガーの猫 のページには、確率についての解説がある。)


● ニュースと感想  (3月29日c)

 「杉人工林」について。
 「杉人工林による林業振興で環境改善」という記事がある。(朝日・朝刊・特集面 2005-03-27 )
 例によって朝日が、この虚偽を大々的に宣伝している。しかし、これは虚偽である。そのことは、何度も説明した通り。
 正しくは? どうせ林業をするなら、杉林よりも混合林の方がよい。そもそも林業より花粉症が問題だ。( → 2月09日b 「杉林と花粉症」。)
 単調な針葉樹林よりも、多様な生物の生息できる広葉樹林の方が重要だ、という話も、先日示した。( → 3月12日 「沈黙の夏」)
 ちなみに、朝日のお薦めする「杉人工林」というのが、まったくない地域がある。それは、沖縄だ。沖縄では、杉人工林がないので、花粉症がまったくない。( → 3月15日
 マスコミに洗脳されると、虚偽ばかりを信じて、真実から遠ざかるばかり。せめて、マスコミに「自分を反省できる能力」があれば、一方的な洗脳キャンペーンなんかをやらずに、ある説に対して賛否両論を掲載はずだ。ところが、マスコミは、「オレは正しい。オレは偉い。だから、馬鹿な世論を誘導してやろう」と考えるばかり。かくて、毎日毎日、洗脳記事のオンパレードだ。……北朝鮮と同様。北朝鮮では、**日が国民を洗脳する。日本では、*日が国民を洗脳する。( * は伏せ字。)


● ニュースと感想  (3月29日d)

 「韓国の対日強硬策」について。
 韓国の大統領が対日強硬策を主張している。竹島や教科書問題を掲げて、日本側の屈服を要求している。韓国内でも「日本の全面的な白旗を要求しているようなものだ」という声すら上がっている。(各紙・報道)
 これについて、「日本政府はしっかりしろ」というような声も国内で上がっている。(各紙・社説)
 ただし、この大統領は、反日派ではない。もともと就任時に、「過去の問題を取り上げません」と述べたほどで、進歩派だ。ただし、国内の支持基盤が脆弱になるにつれて、国民に迎合するために、反日の声を上げた。

 ここまで見ると、本質がわかる。根っこは、韓国の反日世論にある。だから、「政府間の交渉で済ませよう」という提案は、無意味である。たとえ政府間で合意しても、韓国世論が納得しない。そういう交渉は、基本的に不可能だ。
 では、どうすればいいか? 当然、韓国世論を変えるしかない。どうやって? それが問題だ。

 ここで、かつての第二次大戦前の歴史を見よう。日本が中国を支配下に置いた。これ自体は、列強の中国支配と、大差はない。ただし、中国は、米国世論を誘導するために、多大な努力をした。多くの人々が米国の世論を掻き立てて、反日キャンペーンをやった。米国世論は「反日」で大いに盛り上がった。一方、日本では、ただ一人の駐米大使が奮闘しただけだった。結果的に、米国は日本に石油の禁輸を言い渡した。これが第二次大戦の根源である。つまりは、世論キャンペーンが雌雄を決した。
 現状では、どうか? 韓国は極端な反日意見に洗脳されている。ここでは長年の世論キャンペーンの効果が出ている。これに対し、日本には、ただ一人の駐韓大使さえもいなかった。何しろ、かつての駐米大使は英語がペラペラで討論も得意だったが、今の駐韓大使は韓国語はろくにできないから、やれと言われても無理。ならば代役をたくさん立てるべきだが、日本政府にその意思がない。というわけで、かつて石油の禁輸を受けたのと同じように、竹島を占拠されたりして、大いに損害を出している。下手をすれば、戦争だろう。

 この問題の核心は、何か?   「洗脳を解く意思があるか否か」
 である。反日キャンペーンに染まった韓国世論を、断固として逆キャンペーンによって解放し、真実を突きつけること。虚偽のかわりに、真実を得ること。── その意思があるか否かだ。
 で、あるか? もちろん、ない。なぜなら、日本自身が、洗脳に染まっているからだ。「偉いものには従う」という方針のもとで、ブッシュの洗脳に染まって、「イラクには大量破壊兵器がある」なんていう夢想を信じた。
 また、経済学でも、物理学でも、進化論でも、あれやこれやと、完璧な虚偽に洗脳されている。「シュレーディンガーの猫」であれ、「連続的進化」であれ、そんな理論では事実を説明できないし、むしろ、矛盾が発生する、と判明しているのにもかかわらず、矛盾だらけの理論を「真実」だと思い込む。( → [ 付記 ]
 人々は洗脳から脱せない。最も科学的であると見なされる物理学者や生物学者でさえ、真実とは正反対のことを信じて、そこから脱せない。地動説のかわりに天動説を信じたり、進化論のかわりに天地創造説を信じたり、そういう無知蒙昧な太古の人々と同様に、現代の人間は矛盾だらけの理論を真実だと思い込む。
 韓国人であれ、日本人であれ、人々は洗脳から脱せない。それが、他者を傷つけ、自分自身を傷つけるのだ。

 教訓。
 韓国人の愚かさを見て、日本人の愚かさを知るべし。他山の石。

 [ 付記 ]
 「経済学でも、物理学でも、進化論でも、あれやこれやと、完璧な虚偽に洗脳されている」と上で述べた。この件は、下記を参照。
   → 7月31日

 [ 補足 ]
 韓国ではけっこう、冷静な意見も社説など出てくるようになったという。対日批判一辺倒ではなくて、大統領をいさめる声も出ているという。(朝日・朝刊・国際面 2005-03-28 )
 とすると、洗脳からいくらか、脱しかけているようだ。ただしつい先日、日本擁護の意見を出した大学教授が辞任に追い込まれた、ということもある。「脱しかけている」としても、「脱した」わけではない。

  【 追記 】 ( 2005-04-01 )
 日韓関係を正常化する方法を示そう。うまい方法。
 まず、現状を見よう。北朝鮮からの脱北者が、韓国にいくらか流入してきている。この数は少ないが、韓国はこれを負担に感じているようだ。ところが、である。北朝鮮と民族和解をすると、北朝鮮の数千万人もの総人口を支えなくてはならない。これを韓国だけで負担するのは不可能だ。韓国は日本にすがるしかない。
 とすれば、日韓関係を正常化するために、この問題を扱うといい。つまり、「北朝鮮との民族和解のあとで、北朝鮮をどう扱うか?」というテーマで、両国で論議する。
 たとえば、日本の大臣がしばしば訪韓して、論議する。「日本は北朝鮮との関係を正常化させるつもりだ。金正日には退位してもらって、北朝鮮を民主化する。日本はそれを支援する」というふうに。
 韓国はこれを話題にする。頭を働かして考える。「北朝鮮が解放されたら、国民が韓国になだれ込まないように、日本に支えてもらわなくてはならない。莫大な金で支援してもらわなくてはならない」という意見が形成される。となると、「謝れ、謝れ」なんて言っていられない。かくて、日韓関係は正常化するはずだ。
 どうです。うまい方法ですね。「からめ手」という方法だ。正面突破を狙って、たがいに喧嘩するのは、愚の骨頂。(例。竹島。歴史問題。)
 「どの問題で喧嘩するか」を考えても、仕方ない。「どの問題で協調するか」を考えればよい。そうすれば、自然に、喧嘩もしなくなる。
 喧嘩というのは、しょせんは、理屈ではなくて、感情だ。国家間では常に利害の不一致がある。利害の不一致を完全になくすことはありえない。解決策は「妥協」つまり「双方の譲歩」しかありえない。そのためには、理屈よりも、感情が大事だ。
 ちなみに、日本政府を見てごらんなさい。自分の頭で理屈を考えたりはしない。「ご主人への忠誠」という感情だけにとらわれているので、どんな無理難題でも、言うことを聞きます。
「米軍のイラク派兵費用を分担せよ」「はいはい」
「イラクに自分でも派兵しろ」「はいはい」
「狂牛病の危険がある牛肉を輸入せよ」「はいはい」
「三べん回ってワンと言え」「ワン」


● ニュースと感想  (3月30日)

 「野球」について。2件。

 (1) 高校野球の日程
 春と夏の高校野球大会で、日程が立て込んでいて、投手の方が壊れる。しばしばいわれる話。
 そこで、「選手のベンチ入り数を18人から増やせ」という案があった。しかし旅費を負担する大会当局が、お金がなくて、嫌がっている。(週刊 Yomiuri Weekly )
 だったら、話は簡単。日程を立て込まないようにすればよい。つまり、決勝と準決勝(さらには準々決勝)を、後回しにすればよい。別に、まとめてやる必要はないのだから。
 ベスト4ぐらいになれば、数は限られているのだから、この分だけ、翌週回しにして、別途、旅費を負担すればよい。その旅費は、民放のテレビ局に負担してもらう。昼間の番組なのに高視聴率が望めるから、民放は喜んで負担してくれそうだ。NHKは、ベスト4が決まるまでを放送すればよい。一方、NHKはBSで放送すれば、BSの宣伝になるから、それでNHKも儲かる。
 三方一両損、ならぬ、三方一両得。

 (2) プロ野球の勝敗
 27日の試合で、楽天が大敗した。26対0。ただの1安打。初めに大量点を取られてそれでパー。
 すばらしい。見事に「捨てゲーム」をやった。これでますます、パリーグが面白くなる。私の指導が利いたかな?  (^^)
 これからもどんどん「捨てゲーム」をやってもらいたいものです。敵地ではね。そのかわり、本拠地の試合に、戦力を集中しましょう。弱者の知恵。この調子で捨てゲームをやると、最下位にならないで済むかも。
 なお、「あれは捨てゲームじゃないぞ」なんて、真顔で反論しないでください。念のため。  (^^);

 [ 付記 ]
 捨てゲームを回避するには、戦力の均衡をすればいい。「戦力の均衡」については、同趣旨の意見の記事もある。(朝日・朝刊・スポーツ面 2005-03-29 )
 ただし、私の方は、先に解決策を述べている。( → 3月16日


● ニュースと感想  (3月30日b)

 「野球とサッカーの言葉遣い。」について。
 野球とサッカーで、気になる言葉遣いがあったので、論評しておく。

 (1) 野球の言葉遣い
 楽天の本拠地球場である球場名として、「フルキャストスタジアム宮城」としばしば報道されるが、この名称はダメだ。
 「フルキャストスタジアム宮城球場」だから、和訳すると、「フルキャスト球場宮城球場」で「球場」という語がダブっている。
 英語と日本語のチャンポン。日本語になっていない。どうしてもその語順でやるのなら、和訳して報道してほしい。つまり「全配役球場宮城」と和訳して報道するべきだ。
 一部で「フルキャスト」という固有名詞が使われているが、ふん、そんなことは、知ったこっちゃない。「固有名詞だから和訳しない」なんて主義だと、映画の題名も小説の題名も、みんなカタカナになってしまって、わけがわからなくなる。
 ともあれ、報道機関というのは、正しい日本語を使うのが、最優先だ。会社の勝手な都合など、知ったことではない。変人が変な言葉遣い(スタジアム……球場)という変な用語を使ったなら、その変な用語をそのまま使うべきではなくて、訂正して使うべきだ。
 ゆえに、「フルキャスト球場宮城」か「宮城球場」か、どちらかが好ましい。私のお勧めは、後者だ。略称のつもりで、勝手に使えばいいだろう。
 その根拠は? 「フルキャストスタジアム宮城球場というのは、長すぎるので、使えません」と断ればよい。だいたい、「寿限無寿限無……」というようなものすごく長い名前を付けたなら、勝手に省略するはずだ。それと同じ。
 ついでに言うと、球団名として「ソフトバンク」というのも長すぎるから、「ソフバン」にしてほしい。「ソバ」でもいいが。「ソフバン」の最初と最後をくっつけて「ソン」でもいいですよ。オーナーが喜ぶんじゃないの? (だけど「ソン」は読みにくいですね。「ソソ」か「ンン」みたいで。何やら、ひわいだ。)
 なお、野球でも「ホーム」「アウェー」と書く記者が多いが、ちゃんと言葉を使うべきだ。「本拠地」「敵地」という言葉がある。こちらを使うべきだ。それができないようでは、日本語音痴である。
 やたらとサッカーの物真似なんかしても、ダメだ。

 (2) サッカーの言葉遣い
 サッカーでは、ファンのことを「サポーター」と呼ぶ。この用語は、変ですね。どこかイカレている。(外国語ではともかく、外来語という日本語としては。)
 通常、外来語の「サポーター」という言葉は、水泳のときに「フル○○」にならないように使うものだ。要するに、女性の「乳首パット」(ニプレス)みたいなものである。英語ではともなく、日本語(外来語)ではそういう歴史で使われてきた。
 とすれば、こんな言葉を使うサッカー界の人々は、イカレているね。男女差別をなくすため、彼らは「サポーター」でなく「ニプレス」と呼ばれるべし。  (^^);
 なぜ? 彼らは、やたらと英語かぶれになり、植民地根性で宗主国の言葉を崇拝しているからだ。自分の言葉で考えようとせず、ご主人様の言葉で考えようとする。こんな連中は、奴隷根性に染まっており、いつまでたっても、自立することなどできはしまい。

 [ 付記 ]
 「サーター」という言葉の別の意味は、「支柱」である。他人を支えるばかりで、自分の足で自立しようとはしない。「主柱」になろうとする気概がなく、他人を支えることに満足感を感じる。そんな奴隷根性では、いつまでたってもサッカーの世界で勝利することも及ぶまい。
 普通の世界では、ファンは「お客様は神様です。王様です」と扱われて、ファンは尊重されている。ところが、サッカー界では、金をもらう方が威張って、金を払う客の方は「サポーター」と下僕扱いされている。その下僕扱いされたファンが、嬉々として喜んでいる。
 情けないね、まったく。むしろ、怒鳴りつけてやればいいのだ。「お客様をサポーターと呼ぶなんて、客あしらいがまったく間違っているぞ。おまえたち、自分を、何様だと思っているんだ。威張るのも、たいがいにしろ。いつまでたっても甘えが抜けないアマチュア根性をたたき直して、プロとして客を尊重せよ」と。

( ※ ま、私は、客としては怒鳴りませんけどね。経営者の立場になれば、客を下僕扱いするなんて、信じられないことですよね。まったく。)


● ニュースと感想  (3月30日c)

 「『もったいない』という概念」について。
 「『もったいない』という言葉は英訳できない」としばしば言われる。(たとえば、朝日・朝刊・投書欄・声 2005-03-27 )
 これはどうしてかを、説明しよう。

 しいて英訳すれば wasteful だが、これは「もったいない」という言葉とは意味やニュアンスが違う。 wasteful living は「浪費的な生活」「無駄な生活」だが、その意味合いは「余分な物を買いすぎる」であり、「余分な物を買わなければよい」である。たとえば、新しいベンツを買わなければよい。
 一方、「もったいない」は、新しいベンツを買ったときに古いフォードを捨ててしまうことだ。新しいベンツを買うかどうかには関係なく、古いフォードを捨てるかどうかだけが問題となる。

 この根底には「まだ使えるものを捨てない」という美徳がある。日本にはそれがあるが、欧米にはない。「まだ使えるものを捨てない」というのは、美徳ではなくて、単に貧しいだけだ。「いらないものはどんどん捨ててしまえ」という価値観がある。
 で、昨今の環境重視の社会では、日本の価値観が重視されている。となると、やはり、価値観を示すために新しい言葉を使うしかあるまい。

 私としては、新しい言葉を使うことをお勧めする。たとえば、適当な接頭語を wasteful にくっつけて、 subwasteful のような新語をつくって、「もったいない」という概念を示す。例文といっしょに。
 例文の半和訳。「まだ使える物を捨てるのは subwasteful だ。」


● ニュースと感想  (3月31日)

 【 正誤訂正 】
 ライブドアの話についての正誤訂正。

 3月27日b の記載について、「記述が正しくない」旨、読者からご連絡があった。その通りです。というわけで、修正のため、読者の指摘を、そのまま引用させていただく。
 そのかわり、フジの社長が、「不公正取引」を強要したカドで、逮捕される。罪状は、「不公正取引」および「強要・恐喝」だ。
 との記載がありますが,「不公正取引」(独禁法上は「不公正な取引方法」)については,私的独占や不当な取引制限(カルテル等)と異なり,罰則がないので,不公正取引を罪状として逮捕されることはありません。また,不公正取引については罰則がないので,公正取引委員会が告発することもありません。なお,公正取引委員会委員長は国会で,独禁法違反にはならない旨答弁しています。( → 該当サイト
 また、[付記2]のところには、
たとえば、高裁の判決の前には、「小泉の波立ち」を読んでおけば、いちいち裁判官に「不公正取引」なんて指摘される前に、自分で主張できたはずなのだ。なのに、そうしなかった。大失態。
 という記事もありますが,独禁法違反の有無については地裁の仮処分を求める段階で,ライブドア,ニッポン放送の双方から主張がなされています。( → 該当サイト

 以上のご指摘を受けました。というわけで、間違いをお詫びして訂正します。すみません。
( ※ 書いている最中も、何となく、こんなふうに叱られるハメになるんじゃないかという気がしたんですけど。……ま、ライブドアの話は、経済学の論議というよりは、世間話のネタですから。あんまり正確さは期待しないでください。)
 ところで、「罰則がない」という上記の話の本質は、こうだ。
 「独禁法は、ザル法である」
 そうでした。独禁法はザル法なのでした。経団連などが圧力をかけたので。

 [ 付記 ]
 それとは全然関係ないが、別の正誤訂正。
 朝日のコラムが、「心臓のペースメーカーが携帯電話の電波で乱されることは……」というふうに考察したので、私もそれに言及した。( → 3月22日b
 ただし後日、朝日のコラムが、「その話は不適切でした」と正誤訂正ふうのお詫びをした。(朝日・夕刊・株式面・コラム・経済気象台 2005-03-29 )
 というわけで、一応、ここに注記しておく。


● ニュースと感想  (3月31日b)

 「ライブドアの抗争」について。
 ライブドアのホリエモンは、当面、和解をめざすことにして、交渉する予定だという。(朝日・朝刊・経済面 2005-03-30 )
 面白くないですね。もっと喧嘩してほしいのに。  (^^);
 しかしまあ、経営の常道ではある。

 さて。今後の見通しは? 
 ライブドアは過半数を握っているから、6月の株主総会で、経営陣を総取っ替えできる。これは経営陣にとっては恐怖だ。昨日までは重役で、明日からは窓際族。ほぼトップから、いきなり左遷。サラリーマン人生で最悪の悪夢。
 というわけで、経営陣の役職を安定させることを代償として、手打ちする、……というのが、私の見通し。これなら、双方、失うものがない。ただし、ライブドアから、新規に取締役を何人か送り込むだろう。また、社長だけは、首を替えるだろう。
 貸株の返却は、あるはず。さもなくば、和解がない。和解がなければ、経営陣は首。先の悪夢。
 フジとの提携は、何とも言えない。ただし、貸株の返却があれば、フジの立場は悪くなる。となると、和解と同時に、提携はありそうだ。フジだって、現経営陣の役職が安定すれば、それで文句はないはず。
 日本的解決。企業の仕事じゃなくて、人の肩書きが最優先。

 [ 付記 ]
 和解したら? ま、両社の勝手ではある。しかし私としては、「世間を馬鹿にしないでほしいね」とも言いたいね。さんざんドキドキ・ハラハラさせて、最後は仲良く手打ちする、なんて、世間を馬鹿にしていますよね。
 それとも、これは新型の番組なんでしょうか? 秋の新番組。「フジテレビとライブドアの物語」。ゴールデンアワーで連続ドラマで放映。配役。日枝は**。ホリエモンは**。ネットでも有料コンテンツで配信する。
 ふん。馬鹿にしないでほしいね。


● ニュースと感想  (3月31日c)

 「企業は誰のものか」について。
 ライブドアの抗争で、「企業は誰のものか?」という話題があり、「株主のものだ」というのが普通の声である。ただし、この見解には、経営者や社員が「納得が行かない」と感じるかもしれない。そこで、説明しておこう。
 仮に、企業が社員のものであるとしよう。だとすれば、企業が収益を上げた場合、その収益の大部分を社員がもらえることになる。「業績給」なんていうケチなことは言わずに、大半を社員がもらえる。それはそれで嬉しいだろう。
 しかし、そのかわり、企業が損失を出した場合、その損失を社員が負担することになる。当然ですね。「収益の配分はもらいたいが、損失の負担はいやだ」なんていうわがままは、成立しない。(金は天から降ってこないから。)

 というわけで、世の中には、二つのタイプがある。
  ・ リスク負担型(業績変動) …… 収益と損失に応じた配分。
  ・ 一定・安定型(固定的)  …… 収益と損失に関係なく配分。
 このうち、労働者は、後者を取る。つまり、「労働に応じた配分」であり、業績には対応しない。(現実には、部分的にのみ、対応する。ただし公務員は、完全に固定給。)
 
 結局、労働者は、「労働に応じた給与」をもらう。資本家は「業績に応じた配分」をもらう。資本家は、利益を上げれば収益の多くを受け取り、損失が出れば資本金によって損失を負担する。そのかわり、経営者を選任する権利(経営を委託する権利)を有する。これが「議決権」だ。
 
 ニッポン放送の場合は、フジテレビを設立した時点で、会社が「資本家」になったわけだ。ここでは、ニッポン放送の経営者が「投資」という経済活動をしたことになる。こういうタイプもある。
 さて。では、ニッポン放送がその株をどう扱うかということは、ニッポン放送の経営者の裁量にあるか? 「投資」という行動を変更することに合理性があるなら、裁量にある。合理性があるというのは、単に保有することよりも、会社の利益(=株主の利益)にとって有利であることだ。
 現実には、今回の貸株は、会社の利益(=株主の利益)にとって有利でなく、他社(=フジテレビ)にとって有利であるだけだ。ニッポン放送の経営者は、ニッポン放送の株主から経営を委託されたのだが、ニッポン放送の株主のためではなくて、フジテレビのために、行動を取った。
 これは、業務上の背任に当たる。( → 3月27日b に述べたとおり。)


● ニュースと感想  (3月31日d)

 「フジテレビと堤義明」について。
 堤義明の罪が、解明されつつある。マスコミはこれを見て、「堤は悪いやつだ。共謀者も悪いやつだ」と非難している。(読売・朝刊・特集コラム 2005-03-26 )
 堤義明の罪は、経営を私物化したことだ。しかし、よく考えてみよう。これは、フジテレビのやったことに、そっくりだ。
 堤義明は、経営を私物化して、勝手に経営を振り回した。取締役会議さえ開かないほどの独裁経営をして、会社と株主に損害を与えた。かわりに、自分だけは利益を得た。
 フジテレビは、ニッポン放送の経営を私物化して、ニッポン放送の所有するフジテレビ株を、実質的に没収した。株式総会さえ開かないほどの独裁経営をして、会社と大株主(ライブドア)に損害を与えた。かわりに、自分だけは利益を得た。

 どちらもそっくりだ。経営を私物化して、独裁的に勝手に会社を動かす。あげく、株主に損害を与える。「会社は株主のもの」という資本主義の原則を逸脱して、経営者が会社の資産を勝手にほうりだす。
 どちらも犯罪だ。堤義明が非難されるなら、フジテレビも非難される。罪は同等である。
 なのに、現在のマスコミは、たいていが「五分五分」という立場だ。あるいは、読売のように、フジ支持だ。これはいわば、堤義明という犯罪者の犯罪行為を擁護するのと、同様である。
 日本のマスコミは腐っている。彼らは犯罪者の犯罪行為を、指摘できず、擁護することしかできないのだ。犬小屋の犬。

 [ 付記 ]
 こういうふうにマスコミが無責任でいると、どうなるか? 先日、「ハンセン病」の裁判で、マスコミの責務は批判された。また、25日に、エイズの判決があったが、ここでも、マスコミの責務は(批判はされなかったが)明白だ。エイズの蔓延した時期、マスコミは一部の識者の声を無視して、エイズの薬剤の危険性をほったらかしていた。責務の放棄。
 マスコミの記者は、何をやっているか? 自分で記事を探すことはしない。記者クラブに日参して、お上の下賜する情報を拝受するだけだ。だからいつまでたっても、マスコミは犬の地位から抜け出せない。わんわん。


● ニュースと感想  (4月01日)

 「地震と津波」について。
 スマトラ島沖で地震が二回あったが、去年と今年とでは被害が違う。地震の規模は、今回は3分の1ぐらいだが、津波の被害は格段に小さい。その理由は、震源の水深。前回は水深が深く、今回は水深が浅い。震源は、前回は深海の底であり、今回は浅瀬の底である。
 では、なぜ、水深が重要なのか? 新聞記事では、不正確な情報が掲載されていた。(朝日・朝刊・総合面 2005-03-30 )
 本当は、こうだ。
 「水深と、津波の波長との、大小関係」
 一般に、水深は、波の波長よりも、深いことが必要だ。

   水面
  ━━━━━━━━━━━━━━
  〜〜 
  ━━━━━━━━━━━━━━

   海底

 式で書くと、
   ・ 水深 > 波長 …… 波は伝わる
   ・ 水深 < 波長 …… 波は崩れる
 というふうになる。
 たとえば、沖合から来た波だ。海をちゃんと伝わってくるが、海岸の砂浜に近づくにつれて、波は崩れてしまう。波長よりも水深が浅くなるからだ。
 前回は水深が二千メートルほどで深く、今回は水深が数十メートルぐらいで浅い。だから、津波が伝わるか否か、という違いが生じる。津波が発生するかどうかではない。どちらも同じように発生するのだ。ただし、水深が浅いと、発生してもすぐに消滅してしまうので、遠くまで伝わらない。

 ついでだが、津波は、時速数百キロの高速で伝わる。音速に近い速度になる。
 音波は水中を高速で伝わる縦波。
 津波は水中を高速で伝わる横波。

 ただし、伝わるのは波だけであり、水が高速で移動するわけではない。沿岸部で津波に襲われると、逃げ遅れることが多いが、ここでは、ただの高波である。川の堤防が決壊するのと同様の被害。水は急激に押し寄せるが、人間の走る速度と同じぐらいだ。ただし、いったん水に飲み込まれると、大変だ。身動きできないまま、浮遊物にぶん殴られて、骨折することも多い。
 比喩的に言うと、川の流れに呑み込まれるのではなくて、滝壺に呑み込まれる。

 [ 付記1 ]
 本項のことから、次の問題に答えられる。
 「なぜ浅瀬や川の波は小波なのに、海の波は大波なのか?」
 わけは、先のことからわかる。
 波を生む風の大きさが違うのではない。水深が問題だ。海では、水深があるので、大きな波になれる。浅瀬では、水深がないので、大きな波が生まれかけても、崩れてしまう。残るのは、小さな波だけ。

 [ 付記2 ]
 波とは何か? 
 物理学で数式を書くとわかる。モデル的に言えば、吊したバネの一番下に、重りがついている。重りを下に下げてから、手を離すと、重りが上下にずっと揺れ続ける。これが波。
 波の振幅は、上下の幅。振幅の上限と下限に達する前に、天井や床にぶつかると、波が壊れてしまう。これが、本項の水深。


● ニュースと感想  (4月01日b)

 サイト案内。2件。

 (1) goo
 goo にある 教えて! という検索。過去のQ&Aから質疑応答を検索する。
 goo で、検索語を入力して、単なる検索のかわりに「教えて!」のところをクリックするのでもよい。
 
 新聞でも広告中なので、私も使ってみたが、なかなか便利でした。特に、パソコン関係。知らない分野については、経験者に聞くのが、手っ取り早い。

 (2) 質問掲示板
 パソコンに関する、よろず質問受け付け。いろいろと質問と回答があって、パソコンでトラブった初心者には、役立ちそう。他人の不幸は役に立つものだ。
  → 質問受付掲示板

 このうち、No.122137 には、私のサイトが紹介されている。ま、どうでもいいが。
 ( ※ No.122137 の掲載されたページに飛ぶには、冒頭の「ワード検索」で検索するとよい。検索語は「koizumi」)


● ニュースと感想  (4月01日c)

 「新しい液晶モニター」について。
 液晶モニターの新しいタイプの提案として、以下の話をずっと昔に書いたのだが、お蔵入りにしておいた。
 そうしたら、この提案そのまんまで、NECが「新発想」と銘打って、発売してしまった。VALUESTAR の新機種。(読売・朝刊・全面広告 2005-03-24 )
 ちっ。出し抜かれた。この記事を書いたのは、一年以上前だから、さっさと掲載すれば良かったかも。
 というわけで、証文の出し遅れみたいではあるが、遅ればせに、今になって古い項目を掲載しておく。

   *   *   *   *   *   *   *   *   *
 
 新タイプの液晶とキーボードの提案。
 液晶の下にキーボードを置くスペースがほしい。次のような感じ。(横から見る。)


 [ 現状 ]

      │
      │
      ┝┓
      │┃
      │┃
       ┃
  nnnnnnnn  ┃
      ━┛


 [ 改定案 ]

      │
      │
      ┝┓
      │┃
      │┗━━┓
          ┃
      nnnnnnnn
    ━━━━━━┛

 縦の細線は、液晶画面。(側面図。)
 太線は、液晶画面を支えるための、支持用の金具。板金。
 青色の図は、板金の上に置かれたキーボード。(キーボードの底は、平面ではなくて、短い足がある。板金とキーボードは直接は接触せず、キーボードの足が接触するだけ。)
 これだと、画面をキーボードに比べてかなり手前まで移せる。また、普段、そこにキーボードを収納できるので、場所を取らない。移せる。
 キーボードは、なるべく、幅の短いミニキーボードにする。正面図は、次のようになる。


    ┌────┐
    │    │
   ┏┥    ┝┓
   ┃│    │┃
   ┃└────┘┃
   ┃ nnnnnnnnnn
   ┗━━━━━━┛

 何だかコストがすごくかかりそうに見えるが、そんなことはない。やり方しだいでは、現状に比べて、コストの増加はなしで済む。なぜか? 上記のように、液晶支持機を固定しないで、ただの金属ラックにすればいいのだ。あらかじめ金属製の棒でラックを作っておいて、そこに液晶パネルを載せるだけ。最後にラックの底部に、金属製の棒を覆うプラスチック板をかぶせる。それでおしまい。総費用は千円程度。現行のままでも足には千円ぐらいはかかるから、費用の増加はなしで済む。

 [ 付記 ]
 現状では、どうするべきか? 
 パソコンラックまたはパソコンデスクで、机部分が2段になっているものがあるので、これを使うといいだろう。ただし、たいてい、2段目(2階部分)は、手前にまで伸びていない。となると、キーボードをとても奥の方に置くしかない。すると、今度は、膝が下の構造部分にぶつかる。また、椅子の肘掛けが、机にぶつかる。
 それでもまあ、できる範囲内で、なるべくこうするのが良さそうだ。とにかく、背中を椅子の背もたれに常にくっつけておく、というのが、疲れないコツだ。逆に言えば、前屈みになるのは、肩凝りの原因である。
 ついでだが、マウスパッドは、2段重ねか3段重ねにして、なるべく高くすると良さそうだ。
 なお、すべてのことの前提として、「ブラインドタッチができること」がある。これなしには、すべては無意味だ。そして、ブラインドタッチをするためには、日本語入力の設定をそのための設定にする必要がある。つまり、私のソフトを使う必要がある。
  → カスタマイズファイル Homes のページ


● ニュースと感想  (4月01日d)

 韓国との関係正常化について。(日韓問題への 追記)
    → 該当箇所


● ニュースと感想  (4月02日)

 「審議会の人選」について。
 政府の審議会の委員の4割以上が官僚OBで占められているという。月収114万円。委員長は130万円。「これでも薄給で、民間の現役には依頼できない」と総務省が弁明する。(朝日・朝刊・1面 2005-04-01 )
 ここでは、金額が高いかどうかより、根源が狂っている。
 民間人に、依頼できなければ、依頼しなければよい。そもそも、依頼すること自体がおかしい。「市場原理」に従って、公募すればいいのだ。当り前ですね。馬鹿馬鹿しいぐらい、単純な話。

 ついでだが、もっと根本的な事情もある。そもそも、審議会なんて、必要があるのだろうか? 今やインターネットでネット会議だってできる。国民から広く意見を集めればよい。そのなかで、適切なものを採用して、兼業の臨時委員に任命して、ネットで論議してもらえばよい。それをすべて公開する。
 通常の審議会なんて、議事録はたいていが未公開だ。審議会なんてものは、廃止した方が、ずっとマシだ。

 [ 付記 ]
 「お役所のご法度」という本に書いてあるが、審議会というのは、ただの隠れミノにすぎない。あらかじめ官僚が筋書きを書いて、その方針で政策を決める。イエスマンには補助金を与え、うるさい委員には辞任してもらう。……だからどうしても、現状では、官僚OBばかりが委員になる。
( → 9月19日 [ 付記2 ] )


● ニュースと感想  (4月02日b)

 「職業紹介の市場開放」について。
 ハローワーク(という変な名前をついた公共職業安定所)の業務を民間に市場開放せよ、という声が上がっているが、厚労省は「仕事を奪われる」と抵抗しているという。これを民間業者が批判して、「おれたちに仕事を任せれば効率が向上するぞ」と威張っている。で、政府や民間エコノミストは、民間業者の肩を持っている。(読売・夕刊・社会面 2005-03-28 )
 ここには、「市場原理で経済改善」という構造改革派の主張がある。しかし、本当に、そうなるか? シミュレーションしてみよう。
  1. 職業紹介の業務を、民間に市場開放する。
  2. 民間が勝ち、厚労省が負ける。
  3. 全体としての効率改善が進む。
  4. 国民は喜ぶ。
  5. 厚労省の職員が無駄に遊休する。
 で、結局、どうなる? 厚労省の職員は、仕事をしないまま、給料をもらうことになる。少しも経費は減らない。これでは、無意味だ。
 では、厚労省の職員を解雇すればいいか? そうかもしれない。そうすれば、厚労省の職員は失業して、民間のハローワークで並ぶことになる。これまでは自分が失業者に職を紹介していたが、今度は自分が職を紹介してもらう立場になる。
 何だか、冗談みたいですね。

 というわけで、冗談をやりたいのであれば、この方法は面白い。しかし、まともな政策ではない。
 そもそも法律で、公務員の身分は保証されている。それをいきなりチャラにするのは、ひどい法律違反だ。法治国家の体をなさない。
 たとえば、あなたの会社でも、同じことが起こるかもしれない。
 「本社は経営改善のため、解散します。黒字だけど、解散します。その後、優秀な人材だけを、薄給で再雇用します。普通の人は、派遣のアルバイト社員として再雇用します。こうやって、大幅に人件費を削減します。儲けたお金は、経営者と株主で折半します。経営者には年収二十億円ぐらい。株主には配当を倍増。その費用を捻出するために、人件費を大幅に削減します」
 こんな契約違反(労働条件の一方的改定)を勝手にやることは、不法労働行為として、法律で禁止されている。それと同様のことを、厚労省にやるわけには行かない。「公務員をやっかむ」という卑しい妬み根性では、何も解決しないのだ。

 正しくは? こうだ。
 「仕事をしないという理由で公務員を解雇するのではなくて、仕事をしない公務員に仕事をさせる。(そのことで、仕事をしない公務員を解消する。)」
 たとえば、かつての日産で考えよう。阿呆な経営者ならば、「仕事をろくにしていないから給与引き下げ」とか、「企業が弱体化しているから、日産を倒産させて、技術者をトヨタに再雇用してもらって、経営資源の配分の最適化をする」とか、そういうことをやるだろう。一方、ゴーン社長は、「社員にしっかり働いてもらう」という方針を取った。
 経営者の役割は、社員に「しっかり働け」と命令することではない。「社員がしっかり働ける」という環境を整えることだ。これが経営の要諦だ。
 厚労省も同様だ。ハローワークがまともに機能していないのであれば、ハローワークをまともに機能するようにすればよい。職員が多すぎるなら、職員を解雇するのではなくて、職員に他の分野で働いてもらえばよい。効率を上げることが大切なのであって、ぶっつぶすことが大切なのではない。病人がいれば、健康にすることが大切なのであり、殺すことが大切なのではない。
 まともな経営者は、まともな経営をする。ダメな経営者は、「市場原理」とだけお経のように唱えて、自分では何もしないまま、「神の手」にすべてを任せようとする。

 [ 余談 ]
 神の手とは? ジーコの手か? マラドーナや福西の手か? いずれにせよ、こんなのを真似すると、ろくなことはない。


● ニュースと感想  (4月02日c)

 「愛知万博と市場原理」について。
 愛・地球博で、人気の展示には、長蛇の列ができたり、整理券が高値(1万円)売買されたりしているという。
 いやですねえ。こういうところでこそ、「市場原理」で需給を調整してもらいたいものだ。
 これなら、お金のない人も、安い時期に安い展示を見られる。お金のある人は、お金を払って、並ばずに済む。国家は、収入が多くなるので、税金の投入額が少なくて済む。展示する企業は、人気のところでは多くの収入を得るので、展示を増やせる。
 単なる「需給のミスマッチ」は、市場原理で解決する。これが基本。市場原理で解決する場合には、それで解決するべし。
( ※ 逆に、マクロ政策は、市場原理で解決できないのだから、市場原理で解決しようとしてはいけない。)


● ニュースと感想  (4月02日d)

 「牛肉の輸入解禁」について。
 BSE疑惑だった牛肉が輸入解禁されそうだ。ま、科学的根拠とか何とかの話もあるが、ここでは、それとは別の話をしよう。
 ことの是非は別として、米国の犬である小泉としては、ご主人様にたてつくことはとうてい不可能だろう。ただし、それならそれで、せめて、ご主人様にちょっとぐらい注文を付けるべきだ。
 「こっちは輸入解禁をするから、そっちも輸入解禁せよ」
 と。どんな? 

 第1に、次のこと。
 「BSE疑惑で輸入禁止している日本の牛肉を、輸出できるようにすること」
 当り前ですね。現状ではできていないが。( → 3月22日 ビーフカレー )

 第2に、次のこと。
 「過去の輸入制限について、補償すること」
 鉄鋼やら電器製品やら、やたらと課徴金を課して、輸入制限をしていた。その課徴金を、当該企業に返還するべし。
 それがイヤだったら? 米国からの牛肉の輸入を解禁するかわり、高額の課徴金を課すればよい。米国がやったことを、やり返すだけ。
 
 結語。
 どうせ犬なら、シッポを振って媚びるだけでなく、後ろ足で砂を蹴って、砂をかけてやるべし。文句を言われたら、ブッシュの足に、おしっこを引っかけてやれ。







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「小泉の波立ち」
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