翌79年の4月に本部の正式な承認がおり,同年10月27日創立総会を開いた。当日午前中は地下鉄工事現場の見学会で,総会は午後4時から5時までわずか1時間もたれた後,直ちに懇親会に移行,8時半まで盛大に行われた。常に現場に立脚していること,「アフターファイブこそ九州支部の神髄」と言われるように,会員相互の親睦を重視していることなど,九州支部の伝統はこの時に作られたのである。なお,創立当初の会員数は,個人会員220名賛助会員38社であった。初代支部長は山崎達雄九州大学教授(当時生産研究所所長)である。以来,会員数は着実に増え,現在では約500名に達している(図-1)。
| 1985 | 岩盤分類 |
| 1986 | やさしい応用地質学 |
| 1987 | 土質柱状図の読み方と作り方 |
| 1988 | 新しい地盤調査法T |
| 1989 | 新しい地盤調査法U |
| 1990 | 防災地質の現状と展望[本部主催] |
| 1990 | 新しい地盤調査法V |
| 1991 | 九州における防災地質(その1) |
| 1992 | 九州における防災地質(その2) |
| 1993 | 地形と応用地質学〜九州の地形は語る〜 |
| 1994 | 地形と応用地質学(その2)〜地形から得られる地質情報の実際〜 |
| 1995 | 地震による地盤災害とその対策〜特に九州を対象として〜 |
| 1996 | 応用地質技術者のためのパソコン入門 |
| 1997 | 応用地質学からみた環境問題 |
九州支部の特色は何よりも会員構成にある(図-2)。応用地質学会が地質学を標榜する以上,理学部地質出身者,いわゆる地質屋が多いのは当然であるが,工学系の方が約4割を占める。高卒の方もほとんど工業高校の土木工学科か採鉱学科の出身者である。第2代支部長の山内豊聡九州大学教授(当時)のような土質力学の大家が支部長を引き受けてくださったことが象徴するように,工学系の方々が積極的に運営に関わってくださった。このことが九州支部の活動を豊かに厚みのあるものにしている。従来,軟弱地盤の専門家は土質工学会,地すべりの専門家は地すべり学会,がけ崩れや土石流の専門家は砂防学会へという図式で,応用地質学会はダムやトンネルなど岩盤を扱う地質屋さんの集まりだったと言ってよい。九州支部は,初代支部長の山崎先生が生産研という工学系の研究所長だったこと,第2代支部長の山内先生が工学部教授であったことなどから,工学系の方々が違和感なく入会できたのであろう,さまざまな専門の方々が集まった。そもそも土質力学の創始者Terzaghiは,研究生活を応用地質学の研究からスタートし,晩年,「現場におけるねばり強い克明な調査と観察」の重要性を訴え,応用地質学に帰ったという1)。地質は理学,土質は工学といった人為的な壁は本来なかったのである。両々相まって発展してきた歴史を考えれば,九州支部は理想的な会員構成と言ってよい。期せずして学際的な学会になり,異業種交流の場になった。懇親会などで出来た人脈が仕事や学問の発展に大いに役立っている。その意味でもお互いにとって,九州支部の存在はメリットが大きいと言えよう。
海外との関係についてみても,九州人は常に海外に目を向け,海外に雄飛してきた。古代から朝鮮半島とは密接な関係があったし,遣唐使も坊津を拠点とした。倭寇時代から御朱印船時代まで,中国だけでなくルソンから遠くシャムまで南海を股にかけて活躍し,彼の地に日本町を建設したのは九州人が中心だったという。ちなみに『元和航海記』を著した池田与右衛門は肥後の人だし,加藤清正も16畳の大広間や風呂まで付いた大船を建造した。鎖国時代に出島や対馬が外国に開かれた窓の役割を果たしたことは周知の通りである。こうして九州人の中には進取の気性と国際性が受け継がれてきた。早慶二大私学の創設者大隈重信・福沢諭吉はそれぞれ佐賀・大分の出身だし,東京開成学校(後の東大)初代校長畠山義成は鹿児島出身である。現在でも九州出身の開明的な起業家が多いという。
さて,翻って九州のおかれている自然条件について見てみよう。九州は西南日本弧と琉球弧の会合部に位置しており,四国や関東で確立された日本列島の地体構造区分を教科書的に当てはめることは出来ない。琉球弧はそれ自体長さ1,000kmもある独立した島弧である。九州の地質の特徴は,桜島はじめ世界でも有数の活火山を数多く抱え,火山性堆積物に広く覆われていることにある。土木地質学的にもそれに起因する独特の課題を抱えている。
次のキーワードは国際化である。これについては,前章で述べたように,九州には伝統がある。何しろ地理的に有利な位置にある。九州―東京と九州―上海の距離はほぼ等しい(図-4)。現在東アジアの経済は苦境に立たされているとはいえ,世界人口の1/3を擁しており,21世紀の成長センターになることは間違いない。九州はそのアジアへの表玄関である。九州は火山国であり,奄美・沖縄など亜熱帯も抱えている。われわれはこうした特殊な地質学的風土病に対するノウハウを長年培ってきた。東南アジアは九州と同様の地質条件にある。こうした諸国へ知識移転し国際貢献に資する道こそ,21世紀初頭の九州支部が目指すべき方向であろう。ただし,かつての大東亜共栄圏やエコノミックアニマル的発想は厳に慎まなければならない。荒稼ぎの対象とのみ捉えるのでは善隣友好関係は決して築けないであろう。
引用文献