ミニ染色講座(8)

 
  合成染料物語
 

1.開発の歴史
    1)嫌われ者のコールタール

現在は石油文明の時代ですが、18世紀は石炭文明の時代で、燃料・動力源がすべて石炭でした。
電灯がまだ無い頃で、石炭ガスを使うガス燈が家の中や街頭をぼんやりと照らしていたのです。


空気を遮断して石炭を熱しますと、石炭ガスというガス燃料が出てきます。それをガスタンクに集め、そこからパイプを張りめぐらせて家庭や公共施設、街灯などへと配給していました。
ガスを採ったあとの石炭を、さらに熱しますと、どろりとした黒い液体のコールタールが出てきます。
最後にコークスいう個体の残骸が残りますが、これは殆ど炭素で、燃料となるほか、鉄鉱石から鉄をとりだす精錬に必要な材料となります。

石炭ガスとコークスはこうして重宝がられたのですが、コールタールの使い道には困っていました。
臭くて役に立たず、野積みで捨てられていたと言います。
今で言う、産業廃棄物の厄介者ですが、そのうち捨てる場所にも困るようになります。
そこで、なんとか利用のみちはないものかと、化学者達がこのコールタールをいじくりまわすことになるのです。
その厄介者のコールタールを、まず蒸留してみますとベンゼンが出てきました。このベンゼンの化学構造は「亀の甲」と言われていて、6個の炭素原子が輪になって繋がり、その一つ一つに水素原子がついていて、芳香族といわれる有機化合物の基本となる物質です。
硝酸と反応させるとニトロベンゼンというものが出来ますが、このニトロベンゼンに金属の錫を加えて水蒸気蒸留すると、還元という化学反応が起こってアニリンという物質が出て来ます。
天然インジゴを分解してもアニリンを取り出せることを知っていた化学者は、しめた!!と思いました。
アニリンがコールタールからも、天然インジゴ(藍)からもとれるということは、コールタールとインジゴは親戚同士で、コールタールからインジゴがきっと造れるんだという自信をもったわけです。
当時、天然インジゴは大変高価で取り引きされておりました。多くの農業労働者を使ってインドで製造され、高い船賃を払ってヨーロッパに運ばれていたのです。
それに、まだスエズ運河が開通していない頃で、インドからは、アフリカ南端を迂回する航路しかありませんでした。
やがて、化学者達の努力が実り、コールタールを原料とする合成色素がヨーロッパで生まれることになります。
藍のインジゴや茜のアリザリンなど、天然染料に含まれる色素成分が100%に近い純度でコールタールから合成されるようになりますと、その勢いで、天然にない色素までが合成によって生産されるようになりました。
同じ頃、マラリヤの特効薬である天然のキニーネを合成でつくりだすことに成功した医薬品工業でも、アスピリンを始め、次々と天然にはない新しい新薬を合成して、同じような道を歩みました。
今は、それらの合成染料は原料の多くが石炭ではなく、石油に変わりましたが、合成色素のことをタール色素とよぶことがあるのは、コールタールを原料とした沢山の合成色素が生まれたからなのです。

2.合成染料の種類と使いわけ
 何千何万とある合成染料を、応用面で分類しますと、およそ10種類に分けられます。

  アクリル繊維を染めるカチオン染料
1)直接染料(Direct dyes)
その名の通り、面倒な操作が要らず、水に溶かして木綿や絹を直接染めることができる。
その代わり、汗・洗濯・日光などに対する染色堅牢度が低い。色の鮮やかさにおいても他の染料より劣る。
かつては、ベンジジン系の直接染料が癌を誘発することで恐れられたが、今は安全な代替え品目に換えられた。
2)酸性染料(Acid dyes)
絹、羊毛などの蛋白繊維や、ナイロンを染める。 水に溶けてそのままの色で染まるが、酸性にして染めるのでacidという名前が付いた。しかし、分子が大きくなった染料はミーリングタイプといって、ほとんど酸を必要としない。 鮮麗な色もあり、染色堅牢度は充分とは言えないが、1シーズンの外出着には充分である。 
3)反応染料(Reactive dyes )
現在、木綿やレーヨンを染めるのにもっとも多く利用されている染料で多くの種類が開発されている。その名の通り、繊維分子と化学結合するので堅牢度もよく、反応性の高いものは低温条件で、低いものは高温条件で染める。 また、反応を助けるためにアルカリ剤を添加する。
この染料は酸性染料の分子に、反応基をつなげたような構造をしているので、酸性染料に匹敵した鮮麗な色が選べる。


4)塩基性染料(Basic dyes)、カチオン染料(Cationic dyes)

分子の色素本体はカチオン(陽イオン)である。 したがって、酸性染料などとは反対に、絹・羊毛分子の陰イオンと染料の陽イオンが結合する。 非常に鮮麗な染料で、水に溶けてそのままの色に染まるが、クラシックなbasic dyeは、染色堅牢度がきわめて低い。 詳細は、次の項 3.の裏話を参照して下さい。


5)建染染料(Vat dyes)

バット染料、あるいはスレン染料といった方が分かり易い場合もある。 vatは藍染めの瓶(かめ)を意味しており、藍の建て染めのように、アルカリ性の還元浴で溶かすことにより染めることのできる染料で、戦前のドイツで開発されたインダンスレンは最高級の堅牢度を誇っている。今では各国で生産され、木綿などのセルロース繊維を染める。
強いアルカリと、強い還元剤を用いることで染料分子は一旦還元構造となり溶解して色を変えるが、その構造のまま吸収させると、後で空気酸化により本来の発色に戻り、不溶性の堅牢な染色となる。
6)硫化染料(Sulpher dyes)
染料の化学構造に多くの硫黄原子を含んでおり、多量の硫化ナトリウムを加えたアルカリ性還元浴で染める点では、建染染料と似ており、それに次ぐ堅牢性があるが、塩素漂白に弱く、染めてから日が経つと染料の硫黄分が酸化して硫酸に変わり、セルロ−ス繊維を脆化させる欠点がある。


7)ナフトール染料(Naphthol dyes または Azoic dyes)

染料という名が付いているが、アゾ色素をつくる一歩手前の成分であるナフトールを、まず、アルカリに溶かして繊維に吸収させる。 その繊維を芳香族アミンの亜硝酸塩の液に入れると両成分が繊維上で結合し、アゾ色素が生成して顕色する。  木綿に対し独特の深味のある、赤を中心とした色を染める。 したがって、ナフトール属を下漬け剤、芳香族アミン類を顕色剤といい、その組み合わせで色が決まる。


8)媒染染料(Mordant dyes)

天然染料の茜や紫のように、染める前か、あるいは後に金属塩で媒染し、色素に金属イオンを導入することが必要な染料である。
分子の化学構造が酸性染料を母体としているものを特に酸性媒染染料(acid mordant dye)、あるいはクロム染料ともいう。 クロム染料の名は、染めた後にクロム塩(重クロム酸カリ)を使い、酸性高温下で媒染するため。  羊毛の濃色染め向きで、染色堅牢度がよく、数年間使用するコート、オーバー地の染色に向く。


9)金属錯塩染料(Metal complex dyes)

媒染染料は染色の前後に金属塩による媒染をしなければならないが、その工程を省くために、媒染染料の分子に金属原子を封じ込めた構造をとる染料が開発された。分子が大きくなって水に馴染みにくいため、むら染めになりやすいが、堅牢度が媒染染料に匹敵するので利用が多い。  酸性染料で染める要領で緩染用の助剤を加えて染める。
近頃は反応染料などにも堅牢度の向上を目的とした含金属タイプの染料が増えている。
10)分散染料(Dispersed dyes)
完全には溶けず、分散状態のまま染めるのでこの名がある。 合成繊維は一般に水に馴染まない油性のものが多いので、水に馴染みにくいこの種の染料と相性がよく、染まりやすい。
アセテート繊維はセルロースを原料とする半合成繊維であるが、木綿などのセルロース系繊維用の染料では染まらなかったために開発されたもので、温度80℃ぐらいで直接染める。
合成繊維には高温で染めるが、とくにポリエステル用に多くの種類が開発され、120℃くらいの高温高圧で染める。
 
   直接染料で編者が染めた綿カタン
糸の見本の一部
  赤系色はナフトール染料で、それ
以外は建染染料。
編者が染めた見本の一部
 
3.裏話…生き延びた塩基性染料
塩基性染料はメチレンブル−とか、マゼンタとかいう名前で古くから知られている合成染料です。
物体色の3原色の一つであるマゼンタは、この赤い塩基性染料の名前からとったものです。
ほかに、オーラミン(黄色)、メチルバイオレット(紫色)、マラカイトグリン(緑色)、ビスマルクブラウン(茶色)などがあります。
合成染料の第1号であるモーヴェイン(紫色)も塩基性染料でした。
塩基性染料は絹や、毛糸のような蛋白繊維を染めるほか、ナイロンにも染まります。
木綿はタンニン酸で媒染をしておきますと、よく染まります。
僅かな量で濃色が染まり、経済的ですので、昔、お漬け物の沢庵を黄色に着色するのにオーラミン、グリンピースを緑色に着色するのにマラカイトグリ ンが使われていた時代がありましたが、これらは肝臓障害を惹きおこすことがわかり、食品使用が禁止になりました。それでも、わずかな量できれいな色が出せるので、食用色素を使わずに隠れてこれらを使い、摘発された業者が新聞を賑わせたものです。
これらの塩基性染料の鮮麗さは抜群ですが、染めた色は大変耐久性に劣り、洗濯や日光、汗などのすべての堅牢度が、これまた抜群に低いのです。
しかし、染色堅牢度に関心が低かった大正から昭和の始め頃まではよく使われました。
やがて洗濯機が普及し、白い衣類と色物の衣類が同時に洗濯機に入れられるようになって、色移り、色褪せが問題になりだすと、急速に使われなくなりました。
筆者が若い頃に勤めていた会社の年取った営業系の重役さんは、「以前の技師はきれいな色を出しとったんやが。ほれ、こんなきれいな色や」といいながら、古い昔の染め見本を抽斗から出して見せ、「なんで君はこの色が出せんのや」と、あごを突き出しました。
「この色の染料は、堅牢度が低ぅて、今は使えませんので…。」と説明しても、信じられんというような顔つきで、「ふぅん、ほんならほかの染料で出したらええやないか」と、まるで腕が悪いために言い訳をしとる、と言わんばかりの目つきをしました。
その色見本どおりの注文が来たこともあります。
見本を染めた塩基性染料で染めて出すと、当然ながらクレイムが戻ってくる時節になっていたのです。
やがてどこへ注文に出しても同じ結果になるということが、わかってもらえるようになりましたが、辛い思い出の一つでした。
この染料はやがて、どこの工場でも倉庫の隅っこに追いやられ、試験室の棚の上でも、ほこりをかぶるようになりました。
染料会社も製造を中止しました。
ところがです。思いがけないことがおこりました。


それは、アクリル繊維の登場です。
この繊維の分子構造を化学的に調べると、染料分子の結合できる場所が全くありません。
事実、当時使われていた、どの染料を試しても染まりませんでした。
ご承知のように、どんなに性能のよい繊維でも、色が着かないと衣料用としては全く不適当なのです。
今では三大合成繊維の一つに数えられるアクリル繊維も、開発当時は染まらないという理由でまさに衣料産業から葬り去られようとしたときがあったのです。
染色研究者は、諦める間ぎわまで追いつめられて、最後にチラリと棚の奥で埃を被っていた塩基性染料を見たのです。
「どうせ駄目だろうが、こうなったらやけっぱち」 とまで言ったかどうかわかりませんが、とにかく試したそうです。
ところがどうでしょう。 なんと。 染まったのです。

さて染まりはしたけれど、前例からして、どうせ、色の堅牢度(耐久性)は低いだろうと、期待はしませんでした。
しかし、それも案に相違して実用に耐える堅牢性があったのです。
たまげたそうです。
何故だろうかといろいろ調べたら、繊維を合成するときに使われた触媒が陰性基になって繊維分子の端にくっついて残り、陽性基をもつ塩基性染料と、イオン的に結合する役割を果たしていたことがわかりました。触媒というものは普通、反応を促進する役目はするが、化合物には入ってこないものなのです。
それならば、原料に陰性基をもつものを混ぜればよいではないか。
ということで、現在のアクリル繊維は染色しやすいタイプへと改良されたのです。


塩基性染料の方も、それまで以上にアクリル繊維に濃く、堅牢に染まるよう改良されて、カチオン染料という名前でよく知られるようになりました。
私達がアクリル繊維を着て楽しめるようになったのも、この塩基性染料、つまりカチオン染料のおかげなのです。
というよりも、最後まで諦めなかった染色研究者へ拍手を送るべきでしょう。

ドラマはまだ続きます。アクリル繊維があまりにも鮮やかな色で市場に躍り出ましたので、それまでのナイロンやポリエステルの業界は文字通り色を失いました。
あわてた業界は、アクリル繊維の真似をした繊維、つまり、カチオン染料に染まるようなポリエステル繊維を急いで改質するよう研究者に命じました。
はた迷惑というのはそのことでしょうか。
しかし、おかげでファッション業界は、派手な色使いが欲しいままにできるようになったのでした。  おわり。
 

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