ミニ染色講座(5)
見果てぬ夢、バイオ染料
(Cultivated vegitable cells for pigments)
写真1.バイオ染料のカルス(オウレン、アカネ、ムラサキ)を用いた絹布染色の色見本 写真2.上からオウレン(黄連)カルス、アカネ(茜)カルス、ムラサキ(紫根)カルス

 バイオという言葉をよく聞きます。bio- つまり「生物」という意味のバイオで、近いところでは、バイオ燃料というと、穀物などを発酵させたり、化学的な手を加えてアルコールにして、ガソリンの代用にしたものをいいます。おかげで穀物が代用ガソリンの原料に流れて、食糧や飼料の供給量に影響し、食品全体の値上がりを招いています。
このページでいう、バイオは、そうした面のバイオではなく、食糧の生産源である耕地を守るために、植物染料をタンクの中で培養しようというバイオ技術のことです。
因みに、このページの管理者はバイオの技術者ではありません。

このページではまず、思いっきり草木染めの悪口を言っちゃいましょう。

悪口1.染材の品質が一定しない。
 商業染色の最重要課題は染め色の再現性です。つまり、いつでも同じ色が出せること。
染めるたびに色が違って出るようでは営業マンがキリキリ舞をします。しかし、それが草木染めの面白いところでもあるのですが…。
 
 草木染めの材料は植物ですから農産物と同じ。個体の部位によっても成分が違います。
野菜の大根でたとえますと尻尾は辛くて根元が甘いように。育てかたでも出来具合が全く違うから、隣の大根はおいしくても、うちの大根はまずいと言うことがある。
 化学染料は単一の色素を純粋にとりだすことができるので、薬品同様に品質管理を徹底すれば常に同じ製品を出荷することができ、染色技術者は以前の記録をたよって、いつでも追加注文に応じることができます。

悪口2.染材の供給が安定しない。
 農産物の常として、収穫は天候に左右されます。また生産できる季節もきまっています。
私は100本に近い大量のムラサキを、高温と多雨によって一夜で全滅させてしまったことがあります。

 さて、では品質が一定していて安定供給できる草木染めの材料を一体どうすれば生産できるのでしょうか。もしそれが可能になれば、草木染めをもっと普及することができる。
たとえば、ベビー用品や、肌着とかの安全性が要求される繊維製品の染色は、すべて草木染めにすればよいのでは、というのが私の夢だったのです。

 渡りに船、というのはこのことでしょうか。草木染めに使う植物の細胞をタンクで培養しているという話を聞きました。
もう、お話ししてもよい時期だと思いますので、お世話になった方々にご迷惑のかからない程度でご披露したいと思います。
 ある学術団体の研修会で私が講師を務めたご縁で、当時の三井石油化学工業(株)の専務取締役をしておられた藤田泰宏氏とお知り合いになり、同社の生物工学研究所が開発されたムラサキの培養細胞のサンプルをいただくことができました。
それが、私とバイオ染料とのつきあいの始まりです。

 その後、菅 忠三氏をはじめ、研究所の方々と共同研究をさせていただくことになり、私は専ら染色技術の開発に参加することができました。大勢の卒論学生のテーマにもなり、活気に溢れた数年間をすごすことになりました。
すでに、口紅の色素には使われていて、「バイオの口紅」というキャッチフレーズで売り出した化粧品会社の担当者は、売り上げの功績で社長賞をもらったそうです。
 自然志向、エコロジー、という言葉がはじめて人の口に出るようになった時期で、ファッションカラーでもエコロジーカラーが発表され、合成色素の有害性がジャーナリズムによって激しく攻撃された頃です。

 私がバイオ染料に注目したのは、人に優しい天然色素が均一、かつ大量に、思いのままに生産コントロ−ルできるという点でした。
 その生産工場では、人の背丈ほどある培養タンク内で、無数の小さな生きた細胞が、宇宙に浮かぶ星雲のように培養液の中でゆっくりと回っておりました。広大な石油コンビナートの敷地内でしたから、さしずめ、中間プラントといった規模でありましたが、需要が増せばいくらでも大きくできるというお話でした。
 農産物を、品質、生産量ともにコンピュータで制御できる時代がいよいよやって来たな、と私は思いました。

図1 ムラサキカルスの生産過程  [麓,藤田,菅;染色工業,Vol.36,535(1988)より]
 そうしたことがどうして可能なのか、生産過程をかいつまんで説明しますと、図1に示したように、発芽後間もない植物の組織を切り取り、培地に移して培養すると、切り口からカルスと呼ばれる不定形の細胞集塊が成長してきます。このカルス細胞を、増殖と色素生産に適した液体培地に移し、コントロールされたタンク内で増殖させると、ムラサキの場合には、23日間の培養で、乾燥重量当たり20%近いシコニン系色素を含んだカルスを大量に得ることができるのです。
 農地で栽培する紫根の場合ですと、1%の色素を含むムラサキの根(硬紫根)を得るために約4年間を要しますから、細胞培養の生産性は、栽培の800倍に達することになります。しかも現在、中国から輸入されている紫根のなかに、新彊(しんきょう)紫草と呼ばれる植物からの軟紫根があり、その色素量は硬紫根の半分にも満たないのです。

 1980年代から90年代前半にかけて、このような方法で生産あるいは試験生産された植物色素関連の培養細胞には、上記のムラサキのほか、アカネ、オウレンなどがありました。
また、バイオ関連企業には、上記、三井石油化学工業のほかに、当時の日本専売公社や日本ペイントがありましたし、日本ペイントでは、ハナキリンというサボテンに似た植物の花の色素(アントシアニン系)を試験生産していました。
 ムラサキ、アカネ、オウレンのカルスは、写真2に示すように顆粒状をしています。また、これら三種のカルスと、数種の媒染剤との組み合わせで、赤色系、青色系、黄色系のほぼ全域にわたる色出しが可能になると考えた私は、ある年の夏休みに、約一ヶ月かけて色見本の染色を行いました。布は絹布です。
そのときのカルスを提供された会社によって宣伝用パターンカードに仕上げられたのが、写真1です。(染色した貼付布を白い台紙と共にスキャンしましたので、暗色化して見える色がありますが…)

 和服地の染色には実際に使われていましたし、そこまで進んでいたバイオ染料産業ですが、諸般の事情で1990年後半になりますと、カルス生産を軸とするバイオ色素事業は各社とも中断しなければならなくなりました。
 その理由には、染料・繊維業界全体の低迷もありますが、諸産業全体にひろがったリストラと、世間のバイオ関連事業に対する偏見とを見過ごすわけにはいきません。
つまり、景気低迷の時機が到来すると、各社とも本業を中心とした建て直しのために、副業ともいえるバイオ事業の縮小や廃止を迫られたようです。
一方、バイオ関連産業が遺伝子工学部門など多方面へと拡大するようになった結果、当初は自然志向の見地から好意感で受け入れられていたカルス生産が次第に疑問視され、誤解されるようになったのです。

 カルス生産は遺伝子の組み替えとか、細菌の増殖生産とは一線を画していて、植物組織そのものを増殖させるのが本筋ですが、何故か近頃はバイオといえば、神を恐れぬ不適な事業とでも言わんばかりの風潮があり、悪い方向に直結した概念を与えてしまいました。残念なことです。

 20世紀では、ちらりとしか陽の目を見ないバイオ染料ですが、21世紀のいつ頃かに、無害と薬効を謳われる分野で再評価され、合成染料と棲み分けて復活する夢を私は見続けています。
 人間に役立つ科学の多くは開発当初では受け入れられずにいることが多いのですが、バイオ染料もきっとそうではなかろうかと思っています。
 

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