名阪カラーワーク研究会の ミニ染色講座(6)茜(アカネ)のプロフィー ル(増訂版)
1.茜の植物
茜色は西の空が夕焼けに染まる時のオレンジ色に近い朱色です。
その、茜という文字は、西の字の上に草かんむりがついています。
読みはアカネ(赤根)ですから、西の空を彩る夕焼け色を染める、根の赤い草を茜と名付けたのでしょう。
その草はアカネ科アカネ属。
そして、染められた夕焼けの色の名前に、染め草の名前をつけました。
茜色というロマンティックな固有色名は、歌の枕詞に、佳人の名前に、そして、小説の題名にもなっています(黒岩重吾「茜に燃ゆ」)。
どれほど赤いのだろうと掘り出してみると、大部分が淡いオレンジ色をしています。 しかし、多年草ですから、古くなった太い根は赤色をしていま
す。
日本の野山に自生する代表的な茜は四つ葉あかねと言われ、ハート形をした葉が、茎の節に四枚輪生しています。
因みに、東京都には赤坂という地名がありますが、あのあたりで多くのアカネが栽培されていたという話もあります。
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| 日本茜(Rubia akane Nakai) 中央の立て棒は支柱です | 日本茜の根 | 西洋茜(Rubia tinctrum L.) |
草木染めの実習をするために、掘り出したばかりの葉っぱのついたアカネを持ち込みましたら、「あ、これなら実家の裏に沢山生えてたわ」と叫んだ主
婦がいました。
ですが、都市部に生える雑草では見かけませんし、山村の人でも、この草の名前を知っている人は少ないでしょう。
それに、どこにでも生えているというものでもありません。
京都の北山連山を歩き回って、やっと数カ所で見つけましたが、大変掘りにくくて、根は、木の根や、れき石の間に細く深く入り込んでいました。
蔓性のざらざらした茎を伸ばし、這い回って繁茂するので、畑の持ち主には嫌がられますが、秋に移植すると枯れてしまうので、気難しい一面もあります。ま
た、周囲に雑草がはびこるといつの間にか消えてしまいます。
東洋茜を代表するインド茜と日本茜はハート型をした四枚の葉が輪生するのに対して、西洋茜は六葉(むつば)茜ともいわれ、写真のように披針形をし
た六枚の葉が輪生します。
ただし、幼生には四枚葉がみられます。
一般に茜の名で売られている乾燥品は西洋茜の根が多いようです。
インド茜もよく知られていて、乾燥品が輸入されています。インド茜は茎や葉でも染めることが出来ます。売られているのは乾燥した茎を短く切断した ペレット状のものが多く、面白いことに、染め比べますと根よりも茎の方がよい赤色なりました。
因みに、インド茜の学名は一般にRubia cordifolia L. munjista といいますが、ブータンではRubia manjitha R.となっています。昔は日本茜(Rubia akane Nakai)にもインド茜と同じ学名が古い薬用植物図鑑などで使われていました。地上部の外観が似ているためと思われます。
2.茜の色素成分
合成染料が始めて世に出た頃、有名になったのは藍の色素のインジゴと、西洋茜の色素アリザリンでした。
その当時、よく使われた天然染料が藍と茜であったために、まず合成のターゲットにされたのでしょう。
アリザリンは西洋茜に含まれる成分で、日本茜やインド茜には、アリザリンを含まず、プルプリンという色素が茜色を染める主役となります。
茜には黄色の色素成分が多く含まれ、普通に煮だして染めると黄味の強いオレンジ色になりますが、純品のアリザリン、プルプリンで染めた色は
下の写真で見るように赤みの強い色です。
赤系の色が染まる植物には、茜のほかに、紅花や蘇枋(すおう)がありますが、色の堅牢さでは茜に叶いません。
したがって、茜は赤色を染める染料として大変重宝されたのです。
日本茜が、日本古来からの在来種なのか、渡来民族が藍と共に大陸から持ち込み、帰化した植物なのか、さだかではありませんが、インド茜の系統であ
ることは、地上部がよく似ていること、プルプリンの前駆体であるプソイドプルプリンを含むことからもうかがい知ることができま
す。
因みに、中国産の茜には、インド茜系統のものと、日本茜の系統のものとの二種類があります。
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| 左 left:プルプリンで染めた絹布 (Dyed silk with Purpurin) 右 light:アリザリンで染めた絹布 (Dyed silk with Arizarin) |
なお、アリザリンとプルプリンは、どちらの分子もアントラキノンと名付けられる色源体を持っていますが、その色源体に付いている助色団の位置と数 が少し違うだけです。
そのほか、それら助色団の付く場所と数の組み合わせの違う誘導体が種々含まれ、その多くは黄色の色素ですが、それらが混ざり合い、茜の生体内、あ
るいは、採取後の貯蔵期間中に、互いに変身ごっこをします。
たとえば、日本茜は採取直後のもので染めると赤みが多いですが、乾燥貯蔵したものを使うと黄みが多くなります。
それに、それらの色素分子はいずれも生体内で糖と結合しているので、加水分解して糖が離れるときに最も変化しやすく、赤い色の色素が黄色の色素に 変身したり、その逆が生じたりします。
こう言いますと、いかにも不安定な色素のように聞こえますが、アリザリンやプルプリンは、金属イオンと結合する構造になっていて、丈夫で安定な染 色を可能にします。
茜の成分について、プルプリンやアリザリンのほかにどれほどのアントラキノン系の色素誘導体が含まれているかを調べましたら、構造不明のものも含 めると20種ほどになりました。
下の図は高速液体クロマトグラフを使って分析された結果で、大小さまざまのピークが種類の違う色素を示しています。
結果をまとめますと表のようになりました。
実にたくさんの色素が混じっていることがわかると思いますし、酸性水溶液で加水分解(表には水解と略記)すると、赤い色素のプルプリンが生成することが判
ります。
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HPLC Chromatogram 日本茜と西洋茜から抽出された色素の高速液体クロマトグラフ 太線thick line:日本茜(Rubia akane) |
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HPLC Chromatogram インド茜(Rubia munjista)の根と茎から抽出された色素の高速液体クロマトグラフ 太線thick line:根(root) |
高速液体クロマトグラフで検出された茜の色素成分の表
| 色素成分 | Rt (min) |
日本茜 (生鮮品) |
日本茜 (乾燥品) |
日本茜 (バイオ) |
同左 水解後 |
インド茜 (茎) |
インド茜 (根) |
西洋茜 |
| ムンジスチン配糖体 E−色素配糖体 E−色素 プルプリン ルビアジン
|
4.0〜4.5 6.45 7.4〜7.7 7.65 11.4 11.95 11.9〜12.1 12.65〜13.15 13.7〜13.75 * 15.94 * 18.9 19.05 20.0 19.9〜20.05 22.6 23.7 25.23 * 25.75 25.75〜25.85 * 27.15 29.9〜29.95 30.85 * 31.4 36.35 |
◎ ● ◎ ● ○ |
○ ○ ● ● |
◎ ◎ ◎ ● |
○ ● ○ ◎ ● |
● ● ◎ ◎ ◎ |
● ● ◎ ◎ ○ ○ ○ ○ |
● ○ ○ ● |
上表を見てもわかるように、西洋茜以外の茜には、アリザリンが含まれていません。また、プルプリンが含まれているのは、バイオによる日本茜の加水 分解物だけですが、天然の日本茜とか、インド茜に含まれるムンジスチンの配糖体も、加水分解する際に、条件次第でムンジスチン(黄色)かプルプリンに変わ ると考えられています。
3.染色
大抵の植物染でおこなわれているように、まず、茜を煮出して色素を抽出します。
そのとき、少し酸を入れる人もいますが、これは、前述のように色素が糖と結合して配糖体である場合に、糖を加水分解する有効な手段です。
延喜式(平安時代に宮中の諸用度を書きとめた基準書)では、茜で染める場合に米を必要とすることが書かれていて、後世に論議を呼びました。何故、米が必
要なのか。筆者の実験によると黄色色素を米粥が吸収してくれることがわかりました。
茜を使って黄みの少ない、よい赤色を染める方法は、洋の東西を問わず、その技が競われました。
秘法が凝らされ、数々の特許さえ出されています。
昆虫学者で有名なファーブルも、家業の染色で富を稼ぐために、茜の染色法を考案し、特許を申請していた一人でありました。
インド茜や西洋茜による基本的な染色法は簡単です。
まず、あらかじめアルミニウムイオンを含む液で被染物(絹、羊毛などの動物繊維)を処理しておきます。この処理を媒染といいますが、染める前に媒染する
ことを先媒染と言います。
0.5〜1%ぐらいの明礬水溶液に2時間以上浸けておくか、60〜80℃で30分ぐらい処理するとよいでしょう。そのあとよく水洗します。日本では明礬
を自然に産出する場所が少なく、昔は木灰を使いました。特に椿の灰が好まれたのはアルミニウムイオンを多く含んでいたためであったという裏付けがなされて
います。
酢酸アルミニウムを使う場合は、0.2%ぐらいの溶液で温度を上げずにやはり2時間以上浸けたあと、よく水洗します。
次ぎに、米酢または酢酸で酸性にした水(pH5ぐらい)で茜を30分以上煎じ、染める前に重曹で中和(泡が出なくなる)した液に、媒染の済んだ被
染物を入れ、80℃以上の温度で20〜40分染めます。
その後は水洗して陰干しすればよいのですが、さらに新しい染液で短時間染めてまた媒染液に浸けるという重ね染めをする場合もあります。
上記が基本染法ですが、日本茜を使って赤みの茜色を染める染液をつくるには工夫が要ります。
長時間、流水に曝すという方法もありますが、米粥に一晩浸けて黄色の成分を抽出させてから洗い、煮出します、
個人個人の技術的なノウハウで、上記の染め方は書き換えられる可能性を秘めていますが、ハンカチやスカーフを染める程度なら基本染法で充分です。
また、絹や羊毛などの動物性繊維を染めるには上記の染法でよいのですが、木綿は厄介です。
多くの媒染用草木染めがそうであるように、木綿を浸染する場合は染め付きにくいので、あらかじめ繊維をタンニン処理をしてからアルミ媒染するなどの工夫
が必要です。
(以上の分析結果には、麓 泉、菅 忠三「茜の含有色素と染色絹布の色」;染色工業誌、第41巻、bV(1993)を引用しています)