名阪カラーワーク研究会の
ミニ染色講座(2)
草木染め.その2
黄檗(きはだ)の樹皮を干す人たち …長野県戸隠にて編者撮影
   黄檗は黄色の染料になる 医薬にも使われる
         草木染めの色
                                     
 
 
媒染剤のあれこれ
謎めいた灰
万葉集に詠まれた歌に、「紫は灰さすものぞ、つばいちの…」という一節がありますが、前回のこの講座に写真で紹介した紫根を、材料に使って紫染めをするときには、染める前に、媒染という処理をしておくことが必要です。
この歌にある「つばいち」は、その媒染に椿の灰を使うことを示唆しているのだと言われています。
しかしまた、つばいちと呼ばれていた市(いち)があって、当時そこで取り引きされていた灰のことを意味しているのだとか、あるいはつばいちという特定の地名を示しているらしいとか、異なった解釈もあるようです。
紫根染めの媒染剤には椿の灰がよいということは、現在、学問的にも裏付けされています。
各種の植物の灰を分析した人のデーターによると、椿の灰にはアルミニウムイオンが比較的多く含まれているそうです。
したがって現在では灰の代わりに明礬を使うのが一般的なアルミニウム媒染のやり方です。
平安時代に、朝廷の行事儀式に必要な用度をまとめている「延喜式」には、当時の官衣を染める染色材料が書かれてあり、灰を必要としている染色も数多くあげられております。
しかし、技術的なノウハウについて言及した文献はほとんどなく、この延喜式の場合でも、紫根を使って染める場合に集めなければならない灰の量が書いてあるのですが、灰の種類については何も特定されておりませんし、どのように使うのかも書かれていません。
草木染めには現在もなお、不可解な問題が沢山残されており、解明のためにおこなう研究は、密林の中をさまようような快感を伴うようで愛好家がのめり込む理由のひとつになっています。
草木染めの底の深さは、はかりしれないと言っても良いでしょう。
したがって、植物など天然の材料を使って染める場合に「極意」とでもいうべきノウハウが文献として残されている実例は少なく、技法は親子や師弟の間で口伝され、伝承されて、まるでかげろうのような、目に見えない姿で世界中のあちこちで生き残っているのです。
昆虫学者と染色
あの有名な昆虫学者のファーブルも、昆虫の観察に没頭する以前は草木染めで茜色を染める研究をしていました。
なぜかと言いますと、家業が染色業であったことと、当時、赤色(茜色)は軍服の染めに需要が多く、しかも良質の茜染めが困難であったこと、そして貧乏学者は世間から相手にされない時代でしたから金儲けを必要としたからです。
茜染めは、アカネの根を使うのですが、紫根染めと同じように媒染をします。
彼はその茜染めの研究に励み、数多くの特許を取得しました。 おそらく、媒染に工夫を凝らしたことでしょう。
スタンダールの「赤と黒」で象徴されていた頃のイメージは彼の時代まで続いており、赤は軍服の色(ナポレオンも着ていました)、黒は僧服の色であり、両者がヨーロッパ権力の象徴となっていたわけです。
しかし、やがて合成染料の台頭によって茜染めは衰退し、それがきっかけで彼は昆虫学以外の研究はしなくなりました。
ついでですが、良質の茜染めが困難であるということは編者も身をもって体験しております。
茜染めそれ自体は難しくはなく、誰でも処方通りにやれば一応、染めることは可能ですが、納得できる濃い朱(あけ)の色に仕上げるには相当苦労しなければなりません。
陶器などの焼き物の色を思うように仕上げるのは大変難しいと聞きますが、それに似ているのではないでしょうか。
編者の茜染めの苦心談についてはいずれ続編で紹介することにしましょう。
 
お節介役の媒染剤
さて、話を媒染の本論に戻しますが、最初の疑問はなぜ媒染が必要なのかということですね。
媒染という言葉の意味は、染色を媒介するということですが、媒染には2つの役目があり、一つは染めつかない染料を染まるように手引きをする役目、もう一つは染まった染料の発色を助ける役目です。双方の役目を果たすことで、色美しく丈夫に仕上げることができます。
化学的な詳細は略しますが、媒染剤は染める方と染められる方のどちらか、または双方に、染色を果たすための条件が分子レベルで欠けているとき、それを補う役目をします。

紫根や茜の色素は、媒染に使われるアルミニウムイオンと結合して発色しますが、アルミニウムイオンはまた、染められる側の絹や羊毛の繊維分子とも結合します。したがって、先に繊維の方にアルミニウムイオンを結合させておけば、色素を繊維に引きつけることができます。そして同時に色素は発色します。この処理を先媒染といいます。
繊維にくっつくことができても、媒染剤の手助けがないと発色できないという色素もあります。その場合は染めた後で媒染剤で処理をするので後媒染といいます。

 
媒染剤には何を選ぶか?
灰に含まれる金属塩が媒染に有効とわかってから、いろいろな金属塩が媒染剤に用いられるようになりました。
アルミニウム、鉄、銅、錫、クロム、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、チタン、コバルト、マンガンなど、果ては鉛まで…。
使う金属イオンによって面白いように色も変わります。しかし、少量でも人体に有害なものや、環境保全によくない重金属イオンは避けなければなりません。
編者はアルミニウム、鉄、銅の金属塩だけを使うようにしています。
カルシウム、マグネシウムはもっと安全ですが、効果的な媒染剤にはなりません。

銅は心配しなくてもよいのか、という疑問に前もってお答えします。
後媒染によく使われる銅イオンの量は僅かでよいのです。酢酸銅を使う場合を例に上げると、繊維重量に対して30〜50倍量の媒染液を0.1%溶液にしておきます。液はうっすらと青い銅イオンの存在を示しますが、媒染処理でほとんど吸収され、青い色は消えてしまいますから、個人で少量を扱う場合なら特に心配をする必要はないといえましょう。

それでも微量の銅が…、という懸念に対して、銅が人体に必要であるお話をしましょう。
粉ミルクの含有成分を見て下さい。銅が添加されております。赤ちゃんの成長促進には銅が必要なのです。編者自身も確認して驚きましたが、なんと、硫酸銅が微量ですが加えてあるのです。微量ですよ。大量でしたら足尾銅山の鉱害のようなことがおこりますから。

 


「過ぎたるは及ばざるがごとし」にならないように
金属の種類によって安全量は違います。日常欠くことのできない食塩はナトリウム塩ですが、とりすぎると体に良くないことはどなたもご存じで、要はどれだけの量を摂取するかという問題です。
兵役が義務づけられていた昔の話ですが、厳しい軍事訓練をのがれるために、炊事場から盗み出した醤油を大量に呑むのだそうです。すると高熱が出て、軍医の診断により医務室で休養できたということを聞きました。

アルミニウムや銅のイオンが微量でも困るというなら、缶ビールは怖くて飲めませんね。アルミの鍋やアルミ缶、銅製の鍋や食品加工器具はいたるところで使われ、少量のアルミイオンや銅イオンを私共は常に摂取しています。
編者は、アルミ媒染に明礬を使います。これは濁り水を飲料に使う場合の清澄剤にもなりました。鉄媒染には、木炭製造の副産物で健康飲料にもなっている木酢に、鉄分を溶かしている木酢酸鉄を使っています。銅媒染には食品添加物として厚生省が認可しているグルコン酸銅を規定量で使っています。

地球はどちらを選ぶか
紫根による紫染めに話を戻しますが、米沢市で伝統染色にこだわっておられる諏訪染色工場の諏訪好風氏にお会いしたことがあります。
諏訪さんは、椿の灰で媒染をするために伊豆大島まで行かれ、トラック一杯の椿材を買い込んで米沢まで運び、何日もかかって燃やし、灰にされたそうです。しかし、灰はわずか手のひらに一杯ほどしかとれず、悔しくて涙が出たとおっしゃっていました。
それから後、伊豆の地元で椿油の製造工場の竈に、燃料にされていた椿材の灰が蓄積されているのを見つけられて、その灰を交渉して譲り受けることで目的を達したとのことでした。
沢山の木を燃やして灰を得るために、森林資源を消費し、炭酸ガスの発生で地球温暖化に拍車をかける場合と、鉱物資源として堀りだすこともできる明礬の少量を効率よく使う場合と、どちらのアルミ媒染が地球に優しいのかなあと、編者は今、ぼんやり考えております。
 

トップに戻る