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新・日本フォーク・ロックベスト選:解説 by Mr.T

 何年か前、そう、もう6年以上も昔の話となってしまった。ひょんな出会いから、はまたにさん(註:管理人です)とカセットテープでお気に入りの曲を交換した。それが幸いにもこのホームページの1コーナーの基となった。

 その後、時代は流れ、CDとMDを自作できる時代となった(今はDVDだと言わないで)。今回ある新たな友人のために、CD版で、それも1枚に厳選し、「日本フォーク・ロックベスト選」のニュー・バージョンを作った。

 といっても、好みがそう変る訳でなく、わざわざ別の曲で揃えるのも自分の気持ちに不自然な感じがしたので、多くは旧版と重なっている。それでも、曲を変えた人もいるし、その後新に出遭ったアーティストも3名ほど加わっている。改めて、このホームページを訪れるフォークファンやURCの再発などに新鮮さを感じている若い人たちに、参考リストとして供したい。

 今度作る時は、もっとがらっと(大幅に)変えてみたいとは思っている。素敵な歌達は、もちろん、まだまだ山ほどある訳だから・・。

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 世の数多くのフォーク・ロック(一時期はニューミュージック、今はJ−POPと呼ばれることが多い)の歌たちの中から、ベスト曲を選出するというのはおこがましい限り(まだ出会っていない楽曲も多数)。また、感受性は人それぞれで、押し付けるものでないことは十分認識している。

 それでも、自分の良いと思う作品、感じた感動が何がしか伝われば良いなあと思い、無理やり1枚のCDに編集した。本来1人3曲は入れたいが、今回は、思い切って一人1曲、厳選を重ねて代表的フォーク・ロックのシンガー・ソングライター14人を並べた。

 これらの楽曲の中に、1曲でも貴兄の心の琴線に触れるものがあれば幸いです。
―― 以下、誉め過ぎ感が目立つかもしれないが、愛情の深さゆえ、ご容赦。

    1.岡林信康    2.吉田拓郎    3.泉谷しげる    4.小室 等    5.高田 渡

         6.加川 良    7.友部正人    8.斉藤哲夫    9.大塚まさじ    10.遠藤賢司

             11.金森幸介    12.早川義夫    13.オクノ修    14.中川五郎



1.岡林信康 〜 山辺に向かいて

(1)この人は
 日本フォーク界の最重要人物、フォークの神様、日本のボブ・ディラン。私の人生の師(救命ボート)でもある。フォークからロック(はっぴいえんどをバックに)、演歌、ポップス、テクノを経て「我が国固有のロック」であるエンヤトットに至る(おそらくは美空ひばりに続く国民的歌手であることに気づいていない人も多い)。
 この人の良さは、「フォークの神様」として期待される重圧に耐えかねて、山奥の廃墟に引き篭もったりしながらの生き様が歌に直結しており、声にその時々の弱さ・脆さが透けてみえる自然さでしょう。

(2)このアルバムは <街はステキなカーニバル('79年)>
 音楽スタイルがめまぐるしく変遷する岡林の履歴の中でも、最もオーソドックスで一般受けするフォーク・ロック作品として、安心の1作。特に「山辺に向かいて」と「君に捧げるラブソング」の2作品を含むところが、永遠の価値を生み出している。

(3)この曲は 「山辺に向かいて」
 寒村での農耕生活の中で、病んだ心が自然に癒された際の解脱歌のひとつ。新緑から紅葉、雪に覆われる山、雪が川に落ち海へ注ぎ、白い雲へと「めぐる生命の音」を歌って「いろんな顔を見せてよまだ見ぬ俺の」「たやすく決めつけないさ自分のことを」と、田舎の村での自然の中で(神様と期待された)自らの怯えやこだわりを脱却し新たな可能性を悟って行く姿を見事に表現している。
 

2.吉田拓郎 〜 人生を語らず

(1)この人は
フォークの王様、日本のボブ・ディラン兼プレスリー。私の人生の友でもある日本フォーク界の代表選手。その大衆性(ポピュラリティ)故に当時のフォークシーンから迫害されつつも、ブルドーザのような馬力で岡林が鍬で耕した大地を平定し、ユーミン、桑田へのニュー・ミュージック・ビジネス既定路線を切り拓いた功績(と罪?)は、大。
 この人の良さは、その情熱と馬力、総合的なパワフルさにあるでしょう。最近のTV出演等は?マークで、元々毀誉褒貶も激しい人ですが、作品自体を虚心に見つめれば(音楽面も含め)十分に真剣でハイクオリティです。

(2)このアルバムは <今はまだ人生を語らず('74年作品)>
 様々な意味で、拓郎最高潮期の勢いが全面に乗り移ったような素晴らしいアルバムで、歌詞、曲、演奏、歌唱等のバランスが取れ、死角がない。表題曲「人生を語らず」を初め、失恋の傷みが痛切な「僕の唄はサヨナラだけ」「贈り物」のほか、南沙織に捧げた「シンシア」、岡本おさみとのコンビで、森進一によりレコード大賞に輝いた「襟裳岬」が入っているのも、当時の音楽(歌謡?)界を席捲したという意味で象徴的であろう(それ故反発を感じる向きも多かろうが・・)。名盤。ただし、誠に残念ながら「ペニーレーンでバーボンを」の中に差別用語「***桟敷」があるというバカゲタ!理由で発売禁止となって久しく、現在は入手困難。せめてベストアルバム(タイトルのペニーレーンって皮肉?)でその他の曲を聴くしかないのが、歴史的損失と言えよう。

(3)この曲は 「人生を語らず」
・私の最も愛する楽曲。結婚式に出ると「今はまだ人生を語らず」と書く。「空を飛ぶ事よりは地を這うために、口を閉ざすんだ臆病者として」といった歌詞は(いかにも若いが)人生の指針となり、「超えるものは全て手探りの中で、見知らぬ旅人に夢よ多かれ」と励まされて生きて来た。強い意志の力を感じさせる。

3.泉谷しげる 〜 翼なき野郎ども

(1)この人は
 フォークの異端児、日本のブルース・スプリングスティーン ! TVタレント化したが、実は遠藤賢司に並ぶロックの天才である事がこの曲でお判りいただけると・・・信じたい。最初からトラマエ方が既にロック(ないしパンク)していた(故に杏里後のフォーライフレコードには居られなかった)。
 
(2)この曲は 「翼なき野郎ども」
 '78年に発売された<'80のバラッド>の冒頭曲。現代社会のいらつき感、ざらつき感を見事に表現した日本フォーク・ロックの最高到達点のひとつ。出だしの描写「火力の雨降る街角 なぞの砂嵐にまかれて 足とられ ヤクザいらつく午後の地獄 ふざけた街にこそ家族が居る」の時代先取り感覚が鋭すぎる名曲。



4.小室 等 〜 クリフトンN.J.

(1)この人は
 日本フォーク界の始祖、古老。哲哉ではない!! 日本のピート・シガー。別役実や谷川俊太郎の詩など日本語を歌に乗せるという「アスファルトへの草生やし」に一生を捧げた(?)地味ながら高品位のシンガー・ソングライター。人生の真実を生真面目に歌い続けるその姿こそが、日本フォークの良心かもしれない。

(2)この歌は 「クリフトンN.J.」
 '78年の谷川俊太郎とのコンビによる第3作<プロテストソング>より。人生普遍の真理は、ここに極まる。「ぼくらは みんな 過ちを犯し そのくせ 正義を口にする ぼくらは みんな 憎しみを恐れ そのくせ 愛するのが下手だ」谷川−小室ラインに死角なしの見本。



5.高田 渡 〜 酒が飲みたい夜は

(1)この人は
 日本を代表する文字通りの「フォークシンガー」といえばこの人。現代詩人などの詩をアメリカンフォークソングの曲に充て込むというパクリの元祖?でありながら、古今東西・ワンアンドオンリーの存在感を放ち、絶大な人気を誇る高田渡です。
 この人の良さは、その真実を衝いた普遍的な詩と伝統的な曲、厚みと深みの歌声でしょう。「ステージで歌いながら寝た」とか「酒が云々で、まだ死んでない」といった話題で採り上げられるのは辟易ですが、もう出ないかと思っていたアルバムが90年代以降にも何枚か発表されたのは、望外の喜びでした。いずれ、無形文化財か人間国宝に指定して頂きたいものです。「エンケンに駄作なし」と誰かが断言していたが、この人も同じ。
 
(2)このアルバムは <ねこのねごと('83年作品)>
 殆ど忘れられた80年代にどっこい残した、不可思議にして味のある名盤。89年に(他のいくつかの作品に先立って)CD化された時には、「これを私以外の誰が買うのか」と喜びつつ訝ったのを覚えている。

(3)この曲は 「酒が飲みたい夜は」
 私のフェバリットソングかもしれない。「酒が飲みたい夜は 酒だけではない未来へも口をつけたいのだ」「夜明けは誰のぶどうの ひとふさだ」といった、えもいわれぬフレーズが重なり、深い世界に浸ることができる。思わずウィスキーをロックでやりたくなる歌(この頃出たライブビデオはその名も「グラス・ソングス」だった)。この頃、吉祥寺マンダラ2で実物の高田渡を見て感激したのを覚えている(その後数知れず見ることになろうとは・・)。

 

6.加川 良 〜 君におやすみ

(1)この人は
 その昔高田渡の弟子にして、とうに師匠を陵駕せんとする真の(孤高の言うべきか)フォークシンガーです(拓郎のライバル扱いもされましたが、彼がひまわり、この人がコスモス)。その生真面目過ぎるまでのポリシーや音の追求は「(南は当然として)なぎら的フォーク特番」をも拒み、益々「幻の魚」度を高めている感がありますが、どっこいその人気が高いことは、通の間で行われたHPアンケートでの1番人気ぶりから窺われます。この人の良さは、夜風と放浪のラブソングに見られる優しさ、女言葉で歌われる屈折と熱情の圧の高さと、太くて乾いた歌声でしょうか。私の子供には「夜風」と名付けようかと思っていました(が実現せず)。

(2)このアルバムは <駒沢あたりで('78年作品)>
 ベスト1は中期のこの1枚。息の合ったレイジーヒップの演奏をバックに、加川良の言葉と曲と歌が最高のドラマを繰り広げます。最初の「女の証し」で「いつまでさみしい女を続けていましょうか」と女言葉で濃い情念を歌い上げたかと思えば、駒沢やメンフィスの風景を切り取ったり、深い精神世界を表現したりと、これまでの集大成のような名曲揃いです。

(3)この曲は 「君におやすみ」
 どこか北の地方でのさすらいの旅の途中、季節は晩秋、大阪に残した女性を想いながら駅で朝まで来ない列車を待っているところです。「おなかにそっと手のひら乗せているのはいいなあ」「走るデッキにもたれハーモニカでも吹くのはいいなあ」と、豊かな時間の中で暖かくしっとりとしたラブソングに仕上がっています。

 

7.友部正人 〜 びっこのポーの最後

(1)この人は
 日本が世界に誇るアジアのフォークシンガー。作品レベルと声質においてボブ・ディランと比較され、ブルーハーツなど若きアーティストからの尊敬を一身に浴びる天才詩人(言葉の魔術師)。人を眠らせる絵葉書のような甘い叙情フォーク(といわれる青春歌謡)と対極にあり、心の深層をかきむしるハードでドライな歌の数々は、傑作揃い。
 他の追随を許さない詩のレベルの高さとざらついた声の質感は特筆ものでしょう。それにしても、友部正人が50歳過ぎまで生きているなんて想像できたでしょうか?吉田拓郎が「明るい日常」をテーマにしたアルバム(こんにちは)を作ることはあっても、友部がじゃらんに連載し温泉につかる時代が来ることは、あの70年代前半悩み多き高校生だった私には夢想だに出来ませんでした。
自分の身代わりに命を削っても真髄を追求してくれるアーティストとして、80年代に東京で見た時にも怖くて近寄れませんでした。最近では間近にすれ違っても違和感ない時代です。そんな訳で、一頃のパワーは失せて来たという見方もありますが、我が道を行く若さ、カッコ良さは今でも超一級のフォーク(ロック)シンガーです。劇薬注意。覚悟の上、心して聴くべし。

(2)このアルバムは <どうして旅に出なかったんだ('76年作品)>
 ベスト1はやっぱ分岐点となったこの1枚。それまでの詩の朗読調弾き語りから、「ザ・バンド」的編成のフォーク・ロックに進化し(これを退化と見るかどうかで評価が分かれるが、当時は買う価値が付いたプロ作品と思ったのがお恥ずかしい)音楽性も兼ね備えた無敵のアルバム。名曲揃いながら、不幸な事に最高傑作の「びっこ・・」の用語により発売直後に回収(その前に買った1枚が今も我が家宝)されてしまい、現在は一部再録のCD「1976」としてしか入手できない。(拓郎同様)こんなことがあって良いのだろうか!

(3)この曲は「びっこのポーの最後」
 この作品は、本当に日本フォーク・ロックの最高傑作。元々ボブ・ディランの「ライクアローリングストーン」に触発された友部が、それに比肩する曲を神から与えられたといった感じか。「ブルックリン生まれの若親分も今じゃ女たちの足を洗う汚いボロバケツさ」「あんたはただベッドのうえで濡れたピストルを手でこすっているだけさ」。あらゆる解釈は拒絶されているが、人生とはからっぽか。こういう寝ている人を叩き起こす刺激的な歌があって良い。

 

8.斉藤哲夫 〜 グッド・タイム・ミュージック

(1)この人は
 哀感漂いどこか懐かしくもポップな、関東屈指のメロディーメーカー。ビートルズの影響を受けたという意味では、財津和夫に匹敵するか。時代がその才能を正しく受け止められなかった悲劇から、暫くトラックの運転手や実家(食堂)の手伝いをしながら活動していたが、最近CDを出すなど漸く復活の兆しかな。

(2)この曲は 「グッド・タイム・ミュージック」
 '74年の同名サードアルバム<グッド・タイム・ミュージック>より。美しい中にあっても、どこか寂しいメロディが「グッド タイム ミュージック 心の中まで 洗い流してくれる あの歌 その日暮しの バイオリン弾きの 悲しいミュージック」「あなたの精一杯の 人生の歌を 聞かせて」とスケール大きく歌い上げます。バックはまだアマチュアの山下達郎ほかとの噂。

 

9.大塚まさじ 〜 男らしいって分かるかい

(1)この人は
 フォークの神様ボブ・ディランに因んだ、大阪は難波元町のコーヒーハウス「ディラン」から風は起こりました。高石友也や岡林信康とは違った、内面的な形で寓話然とした少年や男のロマンを歌い、音楽的にも高いものがありました。「大塚まさじは顔で歌う」といわれる独特の歌唱法で、一連の夜の街歌は日本のトム・ウエイツとも言われます。

(2)この曲は 「男らしいって分かるかい」
 '71年のディランUとしてのファーストアルバム<昨日の思い出に別れをつげるんだもの>より。まさじ流解釈によるアイ・シャル・ビー・リリースト。「男らしいってわかるかい ピエロや臆病者のことさ 俺には聞こえるんだ彼らの おびえたような泣き声が」。いつの日にか自由になることを待ち望みながら・・。名曲といわれた「プカプカ」のA面で、「男らしい」の意味深い味わいがあります。私の原点であり目標となる歌です。

 

10.遠藤賢司 〜 Hello Goodbye

(1)この人は
 日本フォーク・ロック界を股にかけこれらを超越した自称「純音楽家にして、不滅の男」。そのセンスは井上陽水、情念は三上寛に比肩し、日本のニール・ヤングと呼ばれる。あくまでも静かな囁きソングと、大音響の絶叫ソングの落差が特徴であり、魅力。
 
(2)この曲は 「Hello Goodbye」
 '74年作品の<嘆きのウクレレ>より。純粋な恋愛(嫉妬?)感情を失神ものの痙攣ギターとともに紡ぎだす名曲。「君はまだあいつの眼の中にある 見たこともないノルウェーの青い海の底に 静かに身を横たえてるのかい」「またもし君が僕の為じゃないなら 死んでしまえ 魚に食われさし込む月の光にくわれ 砂にくわれて・・」には、ノックアウトでやられた。俳優佐野史郎の愛唱歌でもある。

 

11.金森幸介 〜 美しい絵を描く人達がいる

(1)この人は
 40歳を過ぎてからの音楽と言うものがあって良いと思います。純文学ならぬ「純音楽」があります。60年代末に出現したフォーク・ロックの(ユーミン・サザンとは別方向の)最高到達点がここにあります。ここ数年のMy Favoriteです。この人の歌に随分と癒されて生きてきました。
 関西フォークの重要人物で「日本最高のシンガー」という人もいますが、ずっとマイナーなままここまで来ました。近年「サイレンス印象派」と称して、オープンエア(屋外)でのライブ録音作品などを自主制作しています。NYテロのとき聴いていた旧作「箱舟は去って」も染みました。
 02年、50歳を記念して50曲を再録し5枚組50セット限定で、という特別限定盤(結局170セットになった)を発売。私もゲットして聴いています。

(2)この曲は 「美しい絵を描く人達がいる」
 3年前の<静かな音楽になった>というアルバムより。大阪は服部緑地公園の野外音楽堂を借り切ってオープンエアで録音しています(気のせいか空気感が感じられる)。ビンセント・ヴァン・ゴッホの絵を通して、芸術家の高みや尊敬の念を表現しています。「言葉にならない言葉を紡いで 音にならない音に乗せて 歌にならない歌が書けたら 声にならない声で歌えたら」とは、究極の歌の表現かもしれません。

 

12.早川義夫 〜 この世で一番キレイなもの

(1)この人は
 知る人ぞ知る日本ロックの創始者で、本来、高石友也と共に岡林の前に来る人。岡林やはっぴいえんどをプロデュースし、桑田桂祐等の尊敬人物でしたが、さっさと「ぼくは本屋のおじさん」にドロップアウトし、伝説の人となって26年。94年に奇跡的な復活を遂げました。自分自身を突き詰める姿勢は背筋に何かが走るほどで「歌は歌のないところから聴こえてくる」「音が出る一歩手前の沈黙が美しいかどうかで全てが決まる」等の至言多数。フォーク・ロック黎明期に「ジャックス」のリーダーとして一世を風靡し、高田渡、加川良等のアルバム・プロデューサーとしての功績も大きい。
 
(2)この曲は 「この世で一番キレイなもの」
 多くのロックファンが待ち望みつつも信じ難かった26年ぶりの復活が驚きの、同名のアルバム<この世で一番キレイなもの>の最初の曲。いきなりの純粋さに感涙の嵐となった。「キレイなものは どこかにあるのではなくて あなたの中に 眠ってるものなんだ」「いい人はいいね 素直でいいね キレイと思う 心がキレイなのさ」。真実の追究。この後も、個人的で奥深い世界をピュアに歌い続けている。

 

13.オクノ修 〜 夜がそこまで

(1)この人は
 70年代初期に、アシッドフォーク・ロックで通の人気を得ていたが引退。京都にある六曜舎という珈琲店のマスターで、焙煎小屋で毎日自身の世界観をじっくりと挽き込み、熟成した歌達を、25年ぶりにギター1本の弾き語りアルバムで発売。人生の機微を「商品足り得ない驚くべき素朴さ」で初々しく歌い上げます。

 中期にアシッドフォークやサイケロックのバンド活動をしていたことを含め、最近再評価の機運が高まり、私自身も01年に出遭った、最も新鮮なアーティストです。
 いずれの作品も、一言ではネクラと言われそうですが、しんみりと聴き入ることをお薦めします。思わず涙腺をやられる方の感受性は、まだまだ捨てたものではありません。どれか1曲でも、何かを感じる出遭いがあることを祈りながら・・。

(2)この曲は 「夜がそこまで」
 最新作といっても1枚しかない(旧作は続々と再発化進行中)アルバム<帰ろう>から。時間が止まったような、現代人が忘れてしまったような、懐かしくも奥深い世界を、じっくり、正直に歌っています。「こんなに心配しているけれど きっと君はだいじょうぶなんだ 会えばいつでもやさしい声で うたってる君の唄を」。最近の愛唱歌です。

 

14.中川五郎 〜 また恋をしてしまったぼく

(1)この人は
 高石友也や岡林信康と並ぶ、60年代末関西フォークの立役者(受験生ブルースの作者でもある)でしたが、その後長く作家、訳詞家、音楽評論家(海外ロック等)として活動。ここ20年以上CDは出していません。

(2)この曲は 「また恋をしてしまったぼく」
 初期は戦争反対的なストレートなプロテストソングの旗手でしたが、中期からは私的な生活に根ざした繊細で赤裸々な愛の歌を多く歌うようになりました。その中でも、同名のアルバムからのこの曲は、中年男の叶わぬ恋愛の惨めさを歌って秀逸。身に沁みるものがあります。

以  上