西へ

西へ。
西方浄土へ?いや、兵庫県の地方中堅都市へ、ぎこちないスーツ姿のボクを乗せて0系新幹線はがたがた揺れながら加速する。窓外の景色を眺めながら、ボクはいつものくせのため息を何度もついていたことだろう。
その日ボクは大学の担任の勧めで関西の私立高校の面接試験に来ていた。古い城下町の中ほど、瀟洒な垢抜けたチャペルをもつその学校の長い長い廊下の先に校長室があった。60歳で退職するまで100円単位で決まっている給与一覧表を書いた紙を見せられながら、シスターの校長はにこやかに笑い、「今月あと三人試験を受けるんですけれど、もうあなたに決まっているの。だからよろしくね」と言い、軽くウインクした。ボクはそんなからくりに驚く暇もなく、とっさに「末永くどうかよろしくお願いします」とお辞儀した。そして、事務所に立ち寄ると、5万円という高額すぎる交通費を受け取り、サインして印鑑を押した。

校門を出るとほっとした。でも、もう後戻りはできないという、寂しい風が次第に強く心を吹き抜けた。ネクタイを引き抜いて内ポケットに丸めてしまいこんだ。ボクが泥酔したのはそれから僅か2,3時間後のことだ。
パチンコ店の喧騒。すえたような腐った食べ物の匂い。アンモニアの匂い。汗の匂い。ソースの匂い。夏の真っ昼間30年前のじゃんじゃん横丁の暑さが忘れられない。ボクはその街を安い数本の串かつをつまみに日本酒を一気飲み過ぎた。通天閣そばの公衆便所のそばで「兄ちゃん大丈夫かいな」とキャップをかぶった歯のない老人に話しかけられた。これで落ち着いた、両親も、ボクをかわいがってくれた大学の先生達もそう思って喜んでくれるだろう。その一方で、ボクが一度決まった就職を反古にして、みんなをがっかりさせる…。そんな予想、いや決意めいたものがまたたくまに溢れてきて、ボクはその街で酒に逃れた。動物園の周辺を徘徊し、茶臼山の池の辺りでへたばった。泣きたくても泣けない。弱い自分とまだ何かできるという強がりな自分が同居し、優柔不断な自分を苦しめた。カキーンという打球音と歓声、騎馬軍団のひづめの音と銃声が耳元で繰り返す。

あぶさんや、真田幸村のことを考えていたのだ。そして、決意は次第に固まってきた。
どうせ餓死するわけじゃなし。不義理は時間が解決する。自分の正直な勘に頼ってみようと。バイトで食いつなぐ生活を続けてみようと。焦らなくていいんだと。

 丘をのぼって下界をみると 小さな世界がそこにある
  ひとはあくせくどこへ行く ひとは疲れた足どりで しかもひとはいそいでいた

 丘をのぼって下界をみると 小さな世界がそこにある
  ひとは命の絶えるまで ひとは短い人生を しかもひとはいそいでいた

 丘をのぼって下界をみると 小さな世界がそこにある
  ひと彼らの思うまま ひとは彼らの道を行く しかもひとは目をつぶり