オクノ修編 ~ 特殊ライブ・レポート付き ~

 人物編16回目は、「日本フォーク界」の最も正当な後継者と目されるオクノ修さんです(決してゆずとか19ではありませんヨ!)。修行僧のようでありながら、最終解脱を果たしたかの如き至高振りは、まるで古伊万里の茶碗か京都禅寺の石庭のよう。敢えて分かり易く喩えるならば、60年代の日本代表選手が岡林信康で70年代が吉田拓郎だった、とすると(その途中は兎も角)、「21世紀初頭はオクノ修だ」とも言えるだろう(前2者ほどのポピュラー性は無く、そもそもご本人の辞退が確実だが・・)。
 元々は70年前後(つまりは日本フォークの生い立ち頃)から活動を始め、故高田渡(パウロ高田)氏の愛弟子に当たる。その頃は、様々なバンド形式で、アシッド・フォークないしサイケデリック・ロック、ニューウェイブ的な音楽も志向&試行していたが、この10年間ほどは、まさしく高田師匠的「フォーク・ソングど真ん中」の直球勝負に徹している本格派。
 知る人ぞ知る、というか前回私自身も紹介した通り(前レポートへリンク)京都の名門喫茶「六曜社」のマスターが本業で、東京でのライブは数年に1回程度しか開催されない。今回の西荻ライブには後述の通り運命的に駆け付けることが出来たが、もし「世の中に瓜二つの人が居る」説が真実なら、私の近年の心象風景は、「限りなくオクノさんに近い」と改めて深い感銘を受けた。
 さて、オクノさんのアルバムは数多くなく、しかも殆どリハーサルのまんま録っておいた、みたいな実験作(の蔵出し)も少なくないので、5枚選定することは(前期アシッド・ロック時代を除く)殆ど全部を推薦することに他ならない。が、今回は「それで良い!」ことにした。
 さらには、歌詞が極限まで深謀熟慮で煮込まれているうえ、オクノ修のCDには、ご本人の意向だろう、歌詞が掲載されていないため、多くの場合歌詞の中で私が感銘を受ける部分を引用(用字は原則として私の弟作成のコード集に準拠)することにして、余計な解説は控える方針とした。

 

1.唄う人('03年作品)
・ベスト1は、09年現在、最新(ライブを除く)のオリジナル・アルバムである本作品。殆ど短歌のようなシンプルさで研ぎ澄まされた静寂や深い悲しみを歌っている。このアルバムに感じられる「驚くほど痛切な哀しみ」が一体何処から産まれ出るものなのか・・・分からない。永遠の謎なのか。

1)春
・「何もないはずなのに なぜか心騒ぐ 春の陽を浴びてただ 歩いているだけなのに」この歌い出しと繊細なメロディに、魂を持って行かれた気がした。
・「ひとりで歩く道 久し振りだけど 心では皆一つだと 感じていたいから」「ゆくあてがあるわけじゃない 確かなものなんてない そばにいる あなたの心さえ 何もわからない」
・解説無用、というか、こういう世界観・人生観に共鳴する方は、オクノ修を聴く価値がある。

2)人生のアラカルト
・これまた、歌い出しが素晴らしい、としか言いようがない。「道端で 息絶えた 蝉の羽を 少し揺らして 秋が来た」 ですよ。
・「時間だけが 苦い思いを癒してくれると・・・」「なぜか いとおしい 一人一人の淋しさが」・人生のアラカルト・メニューは、「売り切ればかりで もう頼むものがない」と歌う点には、(まだお若いのにと)若干の違和感も。

3)できたら僕は
・「できたら僕は この悲しみを 冬の落ち葉の 焚火のように あたたかいものに変えたい と思った」
・「できたら僕は できる事なら とぎれぬ唄を きざみ続けて 忘れてしまいたい 私の事は」・そう思った時が無い人には、この歌は通じないかもしれない。

 

2.帰ろう('01年作品)
・第2位は、人生の機微を「商品足り得ない素朴さ」で初々しく歌い上げ感動を呼んだ25年振りのこの作品。いわばオクノさんの25年分の各種活動を経た熟成が濃厚に炒り込まれた感があり、アルバム・ジャケットもウディ・ガスリー風で、高田渡の「ういういしく唄っている姿がとてもうれしい」推薦文も効いていた。

1)ダーティ・オールド・タウン
・港街の薄汚れた空気感を孕む名品。大好きな唄で愛唱中。
・「くたびれた街かど エサをあさる猫の群れ あの娘に会った 運河のほとり」「夢ははかなく よごれた風に 春をさがし 流れる雲は月をかくした」
・特に以下のくだりにはドキッとさせられる。「いつかおれは おのを作り この深いやみの街を 切りさき走る 夜汽車のように」

2)風がねむる僕の丘を
・「風がねむる僕の丘をふきすぎてゆく 読みかけの本がならんで僕を見つめてる どんな小さな物音も 強く心にひびく夜」
・「青い夕ぐれがつめたく街をつつんでく だれも知らない君の事を 君さえ君を見うしなって」・「だれかのそばにいたい こんな夜には だれも見えないこの町に ただ風だけがふきすぎてゆく」

3)夜がそこまで
・「夜がそこまで やってきている 早く君をむかえにいかなくちゃ 青い空気が君のことを かくしてしまう前に」
・「こんなに心配しているけれど きっと君はだいじょうぶなんだ 会えばいつでもやさしい声で うたってる君の唄を」
・「もうこんなに長く一緒にいるのに まだまだ たりないよ」ここは夫婦なんだろうか、それとも親子、よもや?

 

3.こんにちわマーチンさん('02年作品)
・第3位のこのアルバムは、京都の小川沿いの珈琲焙煎小屋で、仕事の合間にマーティンD-18(中古で14万8千円)ギターを練習し、それをカセットデッキで録音して友人で配った作品のCD化。
・このアルバムが、私自身のギター購入や教室入門に与えた影響は大きい。私にD-18を買わせた決定打作品。金森幸介さんのD-18も憧れだが、とても真似できないテクニックな気がして、何とか到達可能な目標が出来た気がした(後日、実は複雑な技能を確認し、多分一生無理だわ)。

1)ハートランド
・「心に咲いた花に 戸惑いながら 明日へと続く道を 捜しているのか一人でゆけない 幸せという名の 遠い国」「ゆきたいよ 心休む場所に ゆきたいよ きっとあるはずさ」
・「言葉は手に変われ とても温かい手に 夢は今に 今に 変われと願うならばあなたの夢は 何をめざしてゆくのか あなたの夢は 何をめざしてゆくのか」
・全体に素晴らしく、(既にカバーしている方も居るが)スタンダード化可能。

2)とまらない汽車
・「もう こんなに遠くまでやって来たのに まだ 君の肩に手をふれることもできない」「とまらない汽車に乗って あの町この町と ただ巡りゆくだけか 神の心のまま」
・「私の望むのは ただ私でいることが 巡る季節のように あなたに映ること」
・オクノさんと神様、というか宗教の関係も気になりますね。小坂忠と同様、クリスチャンなのかな?

3)日々のあわ
・「なにもおかまいできませんが どうかくつろいでください 静かにそそがれたあついお茶からゆげがたつ あーあー 日々のあわ ぶく ぶく とあなたのいちにちよ あなたのいちにちよ」
・「くれゆく街を背にのこし 郊外電車は はしりさる 流れる河 光る水どの家のあかり 君をまつ」・多少だが、加川良が高田渡を歌った「下宿屋」的な香りも。

 

4.てのひらのなかのうた<COFFEE SONGS>('06年作品)
・第4位は、上記「こんにちわマーチン君」と殆ど同じテイストのギター弾き語り中心(バックに船戸博史のコントラバスあり)ベスト的アルバムながら、ライブ(札幌)である点が異なる。当初はオフノート・レーベルから、他のアーティストと混在して6枚組として発売された後、(さすがに売れなかったので、神谷さんが)個別売りを認めたもので、私はその前にヤフー・オークションで単品を落札GETした。

1)やがて船は出てゆくだろう
・「やがて船は出てゆくだろう 青い海の向こうへ そして ぼくは また ひとりぼっちになってさ 青い海を見つめているのかな」
・「老いていく世界を どうすることも出来ない 限りない未来も 私は届かない」
・ボブ・ディランの「船が入ってくるとき」と関係が深いのかな? 

2)電車が出てゆく
・「電車がでてゆく 君すむ街を あとにのこして 電車がでてゆく」「遠い空を見ても もうだきしめる事もできない」
・「心でだきしめても ただせつないだけで 君といることが ぼくの ただ君といることが」・こうした一連のラブソングのモデルは、誰なんだろう?

3)うたううたい
・「どれが僕のものか? ひくく頭さげて わらいかけてやめた ひとりでいたくせに」「夢のはなしだから 悪く思わないで 君のたべたわた菓子みたいな重さだから」
・「うたううたうたい うたはないうたはない 」
・これって、「歌わない」でなく「歌は無い」で、良いのかな・・両義か?

 

5.12Songs<Beat Mints>('02年発売作品)
・最後は、バンド「ビートミンツ」名義で、'90年に録音されたテープのCD化である。他のアルバムに比べれば(録音レベルのチープ感はさて置き)音が多彩で若い印象が漂う。
・ライナーノーツに、ご本人が「音楽と音楽が戦うのではなく、生きている人間のそばに寄りそえる音楽がやりたい」「70歳くらいになったら出来ているだろうか?と、今年50歳になる僕は思っているのです」と記されている。

1)マリー マリー
・「心に風が吹いてくる頃には どこかでお前に会える気がして このままこの道ずっと歩いて 歩いてゆきたい お前に会うまで」
・「マリー マリー 忘れたくない マリー マリー お前の微笑み」
・マリーって、誰なんだろう?とまたも愚問。

2)去年の夏
・「去年の夏 私は 一枚皮のサンダルを買った 去年の夏 私は 砂糖の好きな少年を抱いた」「それがあまりに悲しくて 泣きながら冷たいキュウリを何本も何本もかじったりした」
・「去年の夏 私は 溶けてゆく氷のひとしずく 去年の夏 私は 冷たい土に耳をあて歌を探した それはあまりに遠い声で 風の音にさえぎられ 何回も何回も 問い返す問いかけ」
・うーん、(若さゆえ?)歌詞が難解だった頃の歌の感じですね。

3)まっくろくろすけ
・「まっくろくろすけ どこいった タンスのかげに かくれたな 
わかっているんだ おまえの いきそうな所は」
・「いないと思えばどこにもいないし かげもかたちもないけれど いると思えばきっといるんだ ぼくのかげの中 まっくろくろすけ どこいった 光をあてるぜ」
・これが「となりのトトロ」のキャラクターなのかは、不明。裏をかいて単にペットのハムスターの話だったりなんかして?

*** 特殊ライブ・レポート ******************

 09年3月25日、西荻北の「TORIA GALLERY」へオクノさんの歌を聴きに。私にとって特殊で忘れ難く有難い一夜となった。諸般の事情からロクに眠れないほど忙しく、直前まで「遅れて行けるか」「いや無理だ」と葛藤していたら、前日になって「自宅等で集中作業しろ」という信じ難い展開となった。当日夕刻まで必死で頑張った成果物を郵便局に持込み、「ぽっかり空いた時空からオクノ神様が舞い下りた」感じの一夜であった。

 吉祥寺の自宅から7分くらいの距離だが、案内図とは逆方向から当てずっぽうに歩いたら道に迷い、近所のお店で尋ねて発見。汗かきつつ開演ギリギリで入場すると主催者のKさんが(メールでやり取りしたので)最前列を確保してくれていた。飲み物も自由でサワー2缶を持ち込み。前夜は「疲れた時はマッサージだ」との人生の先輩助言で凝りをほぐしていたが、癒し効能は当夜の方が絶大で「趣味が人生を救う」感を持った。
 
 第一部は、渋谷毅さんのピアノソロ。私の場合、歌詞がないとBGMになってしまう<苦笑>ので、この40分間がいわば本番前の格好のリラクゼーション&シンキングタイム。ただでさえ涙腺がもろいので、過労の極限でオクノさん聴いて泣いたら困ると数枚持ち込んだハンドタオルで汗を抑えながら、オクノさんへの質問等、閉場までの段取りを考える。
 
 第二部は、いよいよオクノさんのソロ。1曲目からいきなり新曲(と思ったら、帰宅後、最新作(と言っても過去音源)の「街角の唄たち」に収録されていたことを発見)。何だかいきなり今日の私のために語りかけてくれるような内容。思わず書き取った自分のミミズ字では読めない・・が、絶好の癒し歌
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たしかなものにかたくカギかけて
私には戸惑いも ましてたしかな言葉もない 揺れるなら みな揺れる
溺れているはあなたのこと 優しい歯を見せ 笑うから
ひとりではできないと まして2人じゃ1人がふたつ 揺れながら考える

たしかなものにかたくカギかけて 何も見えないようにして
知らないわけを聞かないで 寄せてくる時間の波に 返す言葉はないから
私には戸惑いも ましてたしかな言葉もない
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 2曲目終わった辺りで「何かしゃべったら」との客席からの声に、オクノさん「何でも聞いてくださいね」。何と幸運な展開かと唸りながら、大好きな「ダーティ・オールド・タウン」を聞きつつ質問を高速で考える。例えば、「岡林信康の音楽的変遷と、今年からのエレキ復帰をどう考えるか」等の難問も有り得るが、困らせてもいけない。なるべく単純な方が良い。

 そこで微妙な線を狙って「この歌はモデルの街があるんですか?」運河だから小樽かと単純に思っていたら「ダブリン」(アイルランド)と即答。そうか、トラディショナル、とは歌詞もあちら(海外)なんだと感心していたら「訳は中川五郎さんです」とのこと。

 次に、予想外に「追放の歌」のカバーが歌われた。質問は「高田渡のカバーアルバム(一昨年京都で教えてもらった)はいつ出るんですか?」に対し「休みの国の方が先。数曲習得できたから」との貴重情報。よもやカイゾクさんが余命短い、なんてことは<清志郎も闘病中だし(5月2日に逝去)・・>?と思いつつ、寸止め。もしかすると、私がオクノさんをカバーする自作アルバムの方が早いかも<苦笑>。

 次に質問した辺りで、「質問はここまでに」との進行上の要請(渋谷さんとのデュオが待っていたのだ)。その何曲かオクノさん一人で歌った後、渋谷さんとのデュオは、2人とも酔いが回ってきたこともあって一段とリラックスしたものに。「もう単なるヨッパライのおじさんです」「何やる?練習したのは全部終わったね」「適当に(ピアノ)入って行くから」といった会話で会場全体を和やかムードに包み込みながら、「夜がそこまで」等の名曲が歌われた。

 終演後は、最後まで残って、許可をもらってギターを撮影、と思っていたらご本人が片付けに現れたので、「このギター(マーティンD-18)は何年製ですか?。実はなるべく同じのをと中古で買ったもので・・」(ギター購入記にリンク)と聞くと「いや、そんな良いもの(オールド)じゃないよ。90年代だなあ。

 番号撮影すると分かるよ(つまりは、ご本人は気にしていない)」とギターを差し出してくれさらには抱えて写ってくださった。HP掲載等も「ご自由に」と快諾。因みにご本人はインターネット系をしない由。因みに、後日調べたところ、オクノさんのギターは91年製、私のギター比丁度5歳年上で、オクノさんとの年齢差に合致!、すなわちお互い死ぬ頃には良いギター(オールドもの)になる?計算、と判明。

 最後に、「4月4日はどこに?高田渡生誕祭には出ないんですか?」と質問したところ「僕はああいうところには行かないから。春一番にも出ないし」とのお答え。「NHK『フォークの達人2』出演等、有名になりたくないんですか?」と問うと「はい」とキッパリのお答え。「分かりました」と告げ、次回の東京ライブの季節と街だけ聞いて退散。最後、出口でKさんに「命の恩人です」と囁いて、その場を立ち去った。

 因みに「お互いのために聞くべきでない」と封印した究極の質問は、「歌は事実に基づいているのか想像の産物か」という極めてデリケートなもの。聞かなくて良かった(下手すると歌作り=互いの人生に影響)。私は今後も、自分なりに勝手にオクノさんの歌を聴いたり歌ったりしながら、京都に行き時間があったら、六曜社地下店に座り、カウンター越しにオクノマスターの淹れる珈琲(最近飲めるようになった)を飲むことだろう。

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 人物編は、この辺りで一段落した感もあり、次はいつ頃、誰になるかまるで自信がない。
 むしろ、岡林神様の完全復活(復刻)と九段ライブを記念して、過去の岡林解説のうち陳腐化した部分を改訂するか、「日本フォークアルバム30選(基本編・応用編・通編)」等の新作執筆を企画中。どなたか出版しませんか?

<09年5月記>