1. 浅暮三文『ダブ(エ)ストン街道』
2. 川端裕人『リスクテイカー Risk Takers』
3. エラリー・クイーン『ニッポン樫鳥の謎』
4. 氷川透『密室ロジック The Rhetorical Locked-Room』
5. 小林泰三『海を見る人』
6. 上遠野浩平『ビートのディシプリン SIDE2[Fracture]』
7. 大平貴之『プラネタリウムを作りました。 7畳間で生まれた410万の星』


浅暮三文『ダブ(エ)ストン街道』 (講談社, 1998)

タイトルの読み方が判らないが、はじめに注意書きがある。 ダブ(エ)ストンは赤道近くの島で、名前も場所もはっきりしない。 ダブ(エ)ストン街道といっても道ではなく、ダブ(エ)ストンで森でない部分を指すらしい。
作品のねらいは判る。奇妙な味の世界である。
うまく書けているし、雰囲気はよい。
でも、衒学趣味や異常さがそこそこの段階でとどまっていて突き抜けていないんだな。破綻する寸前で、つじつまがあっている。

どこにいても道を尋ねられる考古学者の主人公(語り手)、ケンちゃんこと吉田健二が恋人のタニヤを探す旅に出る。手がかりはタニヤから来た一枚のハガキ。ハガキはガラス瓶に入れられブラジルの海岸に流れ着いたものが転送されてきたのだった。そこに書かれていた「ダブエストンとか、ダブストンとか」という土地の名前。ケンは十七世紀の英国の探検家ポール・カーライルが書いた「赤道大全」にその名を見つけ、赤道の諸島を巡るうちに遭難し、ダブ(エ)ストンに漂着する。

恋人のとんでもない夢遊病とかダベットンツバメとか王様の行列とか幽霊船とかサンタクロースとか半漁人とか。魅力的なキャラクターが次々に現れ、彷徨っている。ダブ(エ)ストンでは誰もが道に迷っている。人生の縮図であるとか、教訓を見つけようという読み方がしたい方はご自由にどうぞ。迷う話だが、この物語を読んで頭がこんがらがって迷い込むことはない。ストーリーは明白だし、郵便屋アップルの出自は判りやすい謎。数年に一度、霧が晴れるというドサイの赤道祭には、もっと奇跡的なことが起こっても良いと思う。でも希望を持たせる終わらせ方には好感。たぶん、もっともっと脱線して、細かいところに蘊蓄を注ぎ込むと、エーコの小説のような熟成した味わいがでてくるのだろうと思う。ワインで言えばボジョレイのような軽みがあって、これはこれで悪くないし、私は好きだ。ダブ(エ)ストンから唯一帰還したというカーライルの手段には笑った。

装幀に京極夏彦さんがかかわっている。裏表紙の緑の半漁人、この本を買うときに引いちゃうかも。各章の扉に描かれたイラストとキャプションは、フランス風の線画。一瘤半ラクダには笑った。これは良いセンスだなあ。


心に残ったフレーズ

「なにかを見つけた時も、そりゃ悪くはないが、俺にはなにかを探してる時の方が楽しくて仕方ない。」

川端裕人『リスクテイカー Risk Takers』 (文藝春秋, 1999)

株式市場のことなんか、全然興味がなかった。でも市場の原理を知らないと世の中の動きを理解することができない。市場は世界中の人々の生活を左右する巨大な力を持っているのだ。昔、主人公が仕手戦を仕掛ける漫画を読んだんだけど、株価が下がっている局面で儲かる理屈が、理解できなかった。それは「カラ売り」っていうのだが、その仕組みはこうだ(と私は理解している)。

誰かの持っている100円の株を10円払って借りて売る。 その株はどんどん下がっている。80円まで下がったところで買い戻す。借り賃10円払って株を返しても、結局10円手元に残ることになる。
私にはなんか騙された気分も残るが。 この作品に出てくる「ヴォラティリティ・トレード」の説明はこうだ。
具体的には、行使価格(ストライク)、つまりオプションの権利を行使する価格が同じ買う権利(コール)と売る権利(プット)を1単位ずつ組み合わせる。例えば、110円で円を買う権利と売る権利を同時に買うのだ。この時、権利を得るための「保険料」であるオプション・プレミアムを、コールとプットの両方のために払わなければならないが、このやり方ならその後円安に振れても円高に振れても利益が出ることになる。… 唯一、損が出る可能性は、価格が行使価格の近辺で留まってしまった場合だ。
難しい、、、

語り手はコロンビア大学のMBAを取ったばかりのケンジ・タナカ。最初に記録者として顔を出し、「これは僕たちの3年間の記録だ。」といっておきながら、語り手の視点がぶれているのが小説技巧として残念。例えば連邦準備制度(FRB)のグリーンスパン議長と大統領との会話が神の視点で語られたりする。

ケンジは同級生でギター弾きのジェイミー・コダーイと組んでKTパートナーズというヘッジファンドを立ち上げる。コンピュータを使って株価を予測するなんて、誰でも考えることだ。しかし、市場の値動きは天気と同じで長期の予測は原理的に不可能といわれている。そこで、理論物理学の天才ロバート・ヤンが加速器を作るための資金集めと言って参加、最先端の数学的手法を導入してこれまでにない高精度の予測を実現するという設定。 3人は伝説のファンドマネージャー、ルイス・シェパードソンの資金と支援を得て、投機の世界に乗り込む。最初は好調に滑り出したが、想定外の事件で大損失を出し、ルイスの手先に落ちぶれるが、ルイスのねらいはとんでもないことだった。

ヤンの野望は超弦理論を完成させて物理学に終焉をもたらすことだ。ルイスは、ヤンのプログラムを使って為替市場を終わらせようとしていたのだ。プログラムは裏と表の世界で流通し、多くの投資家がプログラムに従って投資するようになると、今度はそのことを組み込んだ新しいプログラムが必要になる。一種のセルフ・コンシスタントな計算になるのだろう。プログラムに頼った売買が増えれば、予想はしやすくなる。コンピュータで予想したとおりにレートが変動するのならば、もはや投機に意味はない。それでも、予期せぬ政変、テロや戦争などにマーケットは反応する。ルイスの真意は、

ここにはネタバレが書かれています。
為替市場安定化の金融工学的手法を提供することだった。

サイドストーリーとして同級生の<赤の女王>アレックスがケンジに勝負を挑む。マネーだけでなく、人間として彼らがどうなっていくのか、ちょっと気にかかる。 なぜなら、私はこう思うからだ。

「経済は重要だけど、すべてじゃない」(高橋源一郎『ゴーストバスターズ』より)

心に残ったフレーズ

「ヤンはまぎれもない天才じゃ。やむにやまれぬ衝動に従って走っておる。彼の人生は彼のものであって、彼のものではない。おそらくは神に魅入られた存在なのじゃ。」

エラリー・クイーン『ニッポン樫鳥の謎』 (井上勇訳, 創元推理文庫, 1961)

最近、日本文化を誤解、誇張した映画が話題になっていた。情報の多い今ならワザとやっていると判るけど、この作品が書かれた1930年代ならどうだろう。想像もつかない。しかも日本といっても沖縄とか言われたら、そんな風習もあるかなと、迷ってしまうだろう。

ストーリー自体は密室殺人の変形。ヒロインのエヴァ・マクルアが控えていた部屋を誰も通っていないのに、父の婚約者で女流作家のカーレン・リースが喉を刺されて死んでいた。凶器はハサミの片割れで、エヴァは死体を発見した動揺で落ちていたハサミ(の片割れ)を手に取ってしまう。カーレンの部屋にはエヴァのいた部屋の他に屋根裏に通じるドアがあるが、それは内側から閉じられていたので、エヴァは窮地に陥る。カーレンに呼ばれて来たもと大リーガー投手の私立探偵、テリー・リングは気を利かせて屋根裏に通じるドアを開けたり証拠隠滅を指示してエヴァの嫌疑をそらせようとするが、エラリー・クイーンに見破られる。

ここにはネタバレが書かれています。
しかし、死体の喉に残っていた刃先の欠片が発見され、エヴァの手にしたハサミの片割れは、真の凶器ではないことがわかった。それでは誰が凶器を持ち出したのか。カーレンは大切に飼っていた樫鳥(かけす)を死の前に自由にしたのである。かけすは光り物を巣に隠す習性があるので、なんと凶器をくわえて外に逃げたのだった。
で、オチは自殺。 しっかし、〈ハラキリの儀式の必須条件〉はなあ、、、
「あなたは、まだ研究がたりなかったんですよ。ぼくはよく調べてみたのですがね。男の日本人は自殺するのに、おなかを切り開きます。女はのどを切るのです」
「おお」と、警視はいった。
感心するんじゃないよ〜。笑うところです。 だいたい、ハラキリ前に着物に着替えるのなら白装束だろう。

ところが、この結末にはもう一つひねりがある(密室殺人、実は自殺、だけではいくらなんでもお粗末すぎるものね)。文学賞を受賞してこの世の春状態のカーレンの自殺の動機は何か。カーレンは屋根裏部屋に姉のエスターを隠していた。エスターはある過失で人を殺してしまい、カーレンは姉の心の傷と文才を利用して姉を操り、姉の作品を自分の名義で発表していた。そのエスターが逃走したので、カーレンはテリーを雇って探させていたのだが、実は事件の前にエスターは死んでいたことが判る。それにしても一ヶ月後に膨大な遺産が入る予定で、しかもカーレンの婚約者のジャン・マクルア博士は癌研究の権威ときている。そんなカーレンが死に急ぐ動機とは何か。

エヴァはジョンの養女であった。エスターはエヴァの母親でかつてジョンと親しかった。カーレンの秘密を知ったジョンは復讐のため、カーレンが治療できない癌であると嘘の診断をし、海外に旅立ってしまう(エラリーとは帰国の船上で知り合い、到着の直前にカーレンの死の報せを受ける)。自分が癌で助からないと思いこんだカーレンは自殺を選んだのだ。エラリーはこの謎解きをジョンにだけ示し、自分で罪を償うように迫る。嘘の証拠をでっち上げて、心理的にジョンを追いつめるのは、ジョンがカーレンを自殺に追いやったのと同じようなもんだと思うけど。
そうそう、エヴァは医者のスコットと婚約するのだけれど、この事件で腰が引けているスコットに嫌気がさして婚約破棄、テリーを選んでしまうのだ。かわいそうなスコット。

こういう結末は、すかん。私的な結論は駄作です。読みにくい訳文を無理して読みとおすことはないっす。

氷川透『密室ロジック The Rhetorical Locked-Room』 (講談社NOVELS, 2003)

今回は安楽椅子探偵に挑戦。でもうまくいかないものだ。 大学時代のバンド仲間がまたまたたまたま巻き込まれた殺人事件。 社会人ってこんなにコンパするものなのか? 詩緒理は氷川に惹かれているようだけど、氷川も気があるのか。 だからといって容疑者から簡単に外しすぎ。 論理で言えば、一番犯人の可能性が高いのは彼女でしょ。それを回避するためにわざわざ面倒な論理を積み上げているように読めるのだ。

でも、論理だけでは、犯人を捕らえることは出来ない。もどかしい。 結局のところ、

「べつだん、殺人事件の謎を解決したわけではない。」 「そんな水準で謎を解決したとか称するのは最も恥ずべきことだ」
よせよ。そんなふうに思うのなら、もっとスッキリさせなさいって。

小林泰三『海を見る人』 (ハヤカワSFシリーズ, 2002)

いわゆるハードSFで、バクスターの作風に近い。量子力学、相対性理論、宇宙論を駆使して奇妙な世界を構築し、その中で生きていく者の視線でこの世界には現れない不可思議な現象を描く。そこにSFの核であるセンス・オブ・ワンダーを求めるのである。 物理学者である前野先生の解釈(絵解き)には、どのようなワザが背景にあるのか指摘してあるが、もちろん作者の意図が完全に判るわけではない。

「時計の中のレンズ」
砂時計世界を移動する民の物語。<歪んだ円筒世界>から低重力のカオスの谷を抜けて<楕円体世界>に向かう若き族長の苦心と失恋。モモンガ羊に蝙蝠羊って、笑わせてくれる。

前野先生のページには、

<かたもの細工>と<やわもの細工>は地球つぶして<楕円体世界>にして、周りを<歪んだ円筒世界>で包んでこの世界を作ったわけね。なんでそんなことをしたのか、脱出プロジェクトって何なのか。そこは私にもよくわからないのだが。
と書かれているけど、SF的な理由はなんとでもつけられるでしょう(バクスター的には異星人の侵略から逃れるためとか)。

「独裁者の掟」
叙述トリック。オチは判っていたが、テーマは重い。目的は手段を正当化するか。
量子ブラックホールをエネルギー源とする2隻の恒星間宇宙船。ボイドを通過中、物質不足によるブラックホールの暴走のため、あらゆる物質を投入し乗員の生活は困窮を極め、宇宙船同士の争いに発展した、、、

「天獄と地国」
空賊に襲われた村から金目の物を探す「落ち穂拾い」。重力が逆に働いている世界。地面にぶら下がって、天獄に落ちないように移動するというのが面白い。実は遠心力だったりするのだが。

「キャッシュ」
恒星間宇宙船の中の電脳世界の危機。マトリックスみたい。ポイント制で魔法を使えたりする。コンピュータのリソースが不足しだした原因は?

「母と子と渦を旋る冒険」
母船から打ち出された探査機、純一郎君の苦難。探査機が落ち込んだ重力井戸の中で新現象と思われたものが遠心力やコレオリ力であったというオチ。

「海を見る人」
ブラックホールの近くに暮らす人々の恋愛物語。

「地面は自分から離れるにつれてせり上がって、まるですり鉢の底にいるみたいで、村全部ですら見渡すこともできないし、空はすぼまってストローから覗くみたいにしか見えない」
のイメージは、前述した前野先生のページに説明図が載っているので参照ください。
どうしてこの世界では光の速度が小さく設定されているんだろう?
と前野先生は書かれていますが、それはそれ(バクスター的には物理定数のことなる宇宙に迷い込んでしまった地球人が築いた村であるという説明もありえるでしょう)。

「門」
量子テレポート、タイムパラドックスもの。これもオチは予想できた。

上遠野浩平『ビートのディシプリン SIDE2[Fracture]』 (電撃文庫, 2003)

ブギーポップ・シリーズ。SIDE1ではブギーポップの出番はなかったが、今回は回想シーンでちょっとだけ登場する。凪の扱いはもっとひどくて、戦いの後に駆けつけただけ。ランダバウト、最強さんとリセットの攻撃から辛くも逃げ延びた合成人間ピート・ビートが、反統和機構<ダイヤモンズ>のパールに救われる。ビートの回想によると「ブギーポップは笑わない」に出てきたモ・マーダーが師匠らしい。

「君のような情報分析タイプの合成人間は、力を求めても限界がある。」
ビートの強さは何か、カーメンとの関係は? という謎が残される。 私のお気に入りキャラ、スプーキーEも回想に登場。ブギーポップはビートとモ・マーダーが守ってきた<かけらさま>ミンサーに引導を渡す役。ビートには
「君は---世界の敵にはなれないな---」
という不戦宣言。 統和機構の追っ手バーゲン・ワーゲン(ドイツ系の超能力者集団でメンバーがロートとかシュヴァルツとか)との戦いで、パールに憧れる<ダイヤモンズ>のジィドが戦い慣れた技を見せる。浅倉朝子は<イナズマ>高代に守られて戦いの現場に向かうが、ビートとはすれ違い。朝子もいろいろ複雑そうである。ああ、このシリーズ、すっきりと終わらないですねえ。

大平貴之『プラネタリウムを作りました。 7畳間で生まれた410万の星』 (株式会社エクスナレッジ, 2003)

どこで道を間違えたのだろう。 私だって工作好きの子供だったのだ。 でもいつしか受験勉強などにかまけて、本格的にものを作ることを止めてしまった。 小学生の頃、工作雑誌に載っていた電子回路を作りたくて、近所の電器屋さんに部品が売ってないか訪ね歩いた。電子部品は普通の電器屋には売っていない。東京なら秋葉原があるけど、地方の都市だと電子工作をするのに苦労する。近所に教えてくれる大人もいなかった。うらやましいことだ。友だちづきあいの好きな性格でもなかったので、だんだん読書のような内向的な趣味に堕ちていったのだ。環境もある。運もある。でも、一つのことに興味を持ち、ものを作り続けること。努力を続けること。それができるのは才能だ。プラネタリウムを作るために大学を休学してアルバイトをしたという。 一人のアマチュアがプロよりも優れた装置を作り上げた。 やがて、そのすばらしさが知られるようになり、国際会議で発表、国内で公開の機会が増える。 天文の知識と、機械加工、電気回路(電源まで自作!)、コンピュータ制御、レーザーを使う超精密加工技術、CG、それに公開にかかわる人間相手の交渉、共同作業。プラネタリウムがこれほどのジェネリック・エンジニアリングだったとは知りませんでした。

科学館にあるような施設としてのプラネタリウムは、次々と姿を消している。 人が星空が嫌いになったわけではない、と思う。銭湯が減ったのは、風呂に入らなくなったからではなく、内風呂が標準になったからだ。 インターネットに接続されたコンピューターは、家庭や仕事場で自由に星空にアクセスすることを可能にした。 それではプラネタリウムはなくなるのか? そうはならないと大平さんが答えている。 コンピュータの画面では得られない、従来のプラネタリウムでも達成できなかった高画質の星空が、技術と芸術の融合をもたらしつつあるのだ。 暗い部屋の天井に映し出すと、天井が抜けて夜空が現れたように感じたという。 「メガスター」は、縦横460×高さ600、重量35kgで170万個の星(11等星まで)を映し出す。 開発中の「メガスターII」は、580×700の本体で25メートルのドームに410万個の恒星を投影できるという。可動式で車に積んで、飛行機の手荷物で、世界中どこにでも運んで行けるプラネタリウムという新しい可能性。 私は普段は星空を観ることはない人間だけど、メガスターを体験してみたい、と思った。


心に残ったフレーズ

僕はエンジニアだ。そしてプロだ。エンジニアとは、プロとは何だろう。技術を持っていることだろうか。いくら高度な知識や技術を持っていても、人の役に立てないようではただの独りよがりにすぎない。プロとは与えられた条件の下で最前の結果を出せる者のことだ。自分の持つものを、いかに世の中が期待する形で提供できるか。それこそが重要なのだ。



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